「やっぱりお城には秘密の地下通路っていうのはお決まりですよねぇ」
あっさりと秘密の地下室を発見した一行は、それぞれの懐中電灯の灯りを頼りに薄暗い、洞窟のような通路を進んでいた。
「瀬戸のねーちゃん、この地下通路は大丈夫なんか? なんかこう……罠みたいな仕掛けとか……」
薄暗く、どこかおどろおどろしい雰囲気に本能的な恐怖を感じたのか、和葉にくっつかれたまま服部は瀬戸に問いかける。
なにかあった時に、今のままでは碌に動けないと考えたのかもしれない。
「あぁ、それは多分大丈夫です」
「そうなんか?」
「はい。先ほどから聞こえる風の音や方向からして、ここはおそらく、ある種の脱出路の役割も兼ねているんだと思います。隠されていた入口のように、道を塞ぐ類の仕掛けはあるかもしれませんが……妨害するような仕掛けがある可能性は低いかと」
もちろん、警戒は必要ですけどね? と締めくくる瀬戸に、服部と世良の高校生探偵のコンビは感心の相槌を打つ。
「やっぱり、探険となったら瑞紀さんだね」
「えっへへー。ありがとう」
先導する瀬戸のすぐ隣にいるコナンが褒めると、瀬戸は嬉しそうにはにかむ。
瀬戸瑞紀と江戸川コナンは、瀬戸瑞紀の調査員としての初仕事となった香坂家の屋敷の調査以降、なにかと揃って事件に巻き込まれる事が多い。
そのためか、特にあのアクアクリスタルでの連続殺人事件以降はコンビとして動く事が多かった。
「あ、そうだ夏美さん」
「はい?」
「例の鍵、持ってきてますよね?」
鍵とは、あの屋敷の調査の際に発見したエッグの図面と共に発見した、古くて、そして大きな鍵だ。
瑞紀曰く『鍵の形状が独特すぎて、もしこれに対応する錠を開けろと言われたらかなり苦労しますねぇ』という代物。
「はい、肌身離さず持っています」
「よかった。かなり独特な鍵なので、もしそれが必要になった時に私の腕で開けられるか心配だったんですよねぇ……それと、沖矢さん」
「例の物ですか?」
「ハイ」
沖矢――瀬戸瑞紀のアシスタントをしていたという『設定』を持つ男は、それを知っているコナンに軽く目配せをしながら、自分の鞄からそれを取り出す。
「大丈夫です。事情を話して、鈴木会長から借り受けています」
ここにいる人間が、大金をはたいて手に入れようとしているお宝を。
「おお、おい! アンタそれ……エッグじゃないか!!?」
「持ってきていたのかよ……っ!」
片や、エッグを使って大きい金を稼ぎたい男――美術ブローカー、乾将一。
片や、エッグの周りで起こる出来事を映像に収めて金を稼ぎたい男――映像作家の寒川竜。
ある意味で非常に似通っている二人が、今にも飛び付かんばかりの目で沖矢が鞄から取り出したエッグを凝視している。
「瑞紀さん、いつの間に!?」
なにも聞かされていなかったコナンも驚いて彼女を見上げていた。
「前にコナン君達と一緒に見つけた図面を見た時から、ちょっと思いついた事があってね」
香坂夏美も少し驚いてエッグを見つめていた。
だが、この中でも特にエッグを望んでいただろうロマノフ王朝に関する研究者――浦思青蘭は、エッグを一瞥するだけですぐに視線を他へと移す。
まるで、何かを警戒するように。
「多分、必要になるんじゃないかと思って鈴木会長と相談役に許可を取っておいたのよ」
瑞紀は、いつも通り白い手袋で覆った手をひらひらさせながら、時折曲がり角を警戒しながら先へと進む。
そして――
「……うん、まぁ、こういうのがあるだろうなぁとは思ってたけど……」
ほぼ一本道だった通路が、唐突に壁で遮られていた。
行き止まり……とは考えていなかった。
少なくとも、この場にいる探偵と呼ばれる人間は全員。
「ご丁寧に綺麗な壁に紋章まで描いてるたぁ……何かありますって言ってるようなもんだな」
今この場にいる、テレビに出る機会の多い探偵の中でも屈指の知名度を持つ探偵――毛利小五郎がつぶやくと、それに頷く人間が続く。
「お、意外と勘が働くじゃんおっさん」
「誰がおっさんだ小娘ぇっ!」
沖矢やキャメルと言った浅見探偵事務所の面々。それに高校生探偵の服部と世良、工藤――コナンも頷く。
「さぁて……」
一方で、その壁――正確には壁画に真正面から向き合う瀬戸は、滅多に見せない不敵な笑みを浮かべる。
「前菜はさっさと終わらせないと……ですね」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「急な命令をして悪かった」
「いえ、気にすることはありません。我々としても、金払いと物分かりの良い上司は大事にしたいですから」
「……ボーナスと危険手当はいつもと同じでいいよな?」
「そう言う所ですよ、所長」
自分達の前に整列する、武装――いや、防備を固めた6人の男女。
その一歩前で、同じ装備で敬礼する『山猫隊』のリーダーは、傭兵というか山賊っぽい笑みで敬礼をしている。続くように、後ろの6人も。
(なんだかんだで上手くやっている面子だと思うけどなぁ)
一応ぶっきらぼうとは言え丁寧な対応をしてくれているが、油断してはいけない面子ではあると思う。
事務所面子で言えば初穂に近いだろうか? 理由が2,3揃えば裏切る事もあるだろう。
ただ、そういうある種真剣なビジネスライクな関係が不思議と心地よく感じる面々だった。
加えていえば、あのカリオストロでの一件以降はなおさら関係が良好になったと感じる。
自分もそうだが、あの時指揮を取った安室さんにも一目置いたのか、この間の降下訓練時も前より親しげだった。
「ここに到着したのは?」
「今より1時間と312秒前であります」
「……1時間と5分ちょい、か。その間は?」
「迂闊に手を出すなとの指示でしたので、屋敷の周辺を固めております。その間、侵入者は確認しておりません」
ふむぅ……。
あの狙撃手が枡山さんの手の物なら、最悪この日本でカリオストロみたく枡山さん側の部下連中と直接戦う羽目になるかもしれないと思ってたけど、
(あれか? アクアクリスタル戦の時みたく狙撃戦か? まぁ、こうして歩いていて頭ぶち抜かれてないから今は大丈夫だろうけど……さてどうしたもんか)
目的は俺の様子見か、あの格闘での牽制か。
そもそも、本当に狙いは俺だったのかすら怪しくなってきた。
気が付いたら頭の中というか俺の過去に、知らない奴との因縁とか生えてくるかもしれないし。
あるいは逆に、俺以外の人間に過去が生えてくる可能性だって十分以上にあり得る。
例えばコナンとか小五郎さんとか。
……ちくしょう、やっぱり一度世界を滅ぼす気で暴れた方がいい気がしてきた。
安室さん辺りに殺されそうだけど……まぁ、それでもいいや。
(青蘭さんが枡山さんと繋がってたらどうしよう。それだったらちょっと泣きそうなんだけど)
個人の犯行でロマノフ関連の財宝狙いで、その過程で俺が邪魔になったというか、妨害に入った俺を殺そうとしたのならば理解できるし全然問題ないのだが……。
あの爺さんというワンクッションがあって俺と関わったと言うのは……なんか、こう……キツい。
殺しに来るなら、余計な物なしで真っ直ぐ殺しに来てほしいわ。
向けられる感情に、その人の持ち物以外の不純物が混ざるのは……うん、なんか嫌だ。
(ま、それはそれとして……メアリー?)
以前に阿笠博士がコナンに作ったイヤリング型携帯電話。
あれをもっと小型化した物で懐刀の一本に連絡を付ける。
色んな方向に万能の才能を見せる、忍者みたいな子に。
『遅かったな』
(すまん、今君は?)
『地下の隠し通路だ。瀬戸瑞紀が先導して、関係者全員で調査をしている。私は気付かれないように後ろから付いて行っているが……』
地下……上が崩れるかなんかして逃げ道を塞がれるパターンとみた。
となると、何かが仕掛けられているのはその上か。
(隠し通路の入り口があったのは?)
『この屋敷を設計した男の執務室。扉の蝶番の所に傷を付けている。お前なら分かるだろう』
分かるかなぁ……片目失くして。
というか目眩がしている時点で本当はヤバいのだが。
(出入り口はそのままか?)
『あぁ』
まぁ、どっちにしろ全部の部屋を調べるし問題ないだろう。
さて、爆弾が無いはずがないからそれを解体して脱出路を確保しなくちゃ。
だってコナンがいるし。だって犯人もういるし。しかもまた特別な舞台だし。
「浅見君、どうかしたのかい?」
「えぇ、いやちょっとね」
深~~~いため息をつく。つくしかない。
もう、ホント――
「さっさと俺を殺しに来てくれたら話早いのになぁって思って……」
隣で宇宙人を見るような目を向けてくる瑛祐君の目が、やけに印象的だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「中身はやっぱり普通の家か」
瑛祐君は外の山猫隊に預けて、白鳥刑事と一緒に中を調べている。
白鳥刑事なら、キャメルさんや安室さんと訓練している事もあっていざという時でも結構動けるし問題ないだろう。
入口こそ鍵がかかっていたが、この程度の鍵ならば俺でも開けられた。
しかし……いくつか部屋を周ってみたけど……。
「……これ、普通の家かい?」
「いや、もっとこう……絡繰屋敷みたいなのを想像していたんですが」
いや、隠し通路や隠し金庫がある時点で確かに絡繰屋敷なのだが、なんといえばいいのか……忍者屋敷の西洋版みたいなのを期待していたのだ。
だが、今の所は普通の部屋ばかりだ。
いや、一般家庭的なそれではないけど、鈴木家とか大使館関連でよく見る感じの。
今いる『皇帝の間』とか、鎧やら絵画が並んでいるので抜け道や防犯の仕掛けがあるかとちょいとワクワクしたけど、とくに目立つ物は無かった。
精々がギリギリまで落ちてくる釣り天井のスイッチくらいか。天井に所々まるい隙間があるから、あそこから棘が飛び出すのだろう。
「…………ん?」
ふと、狭くなった視界に違和感を感じる。
この『皇帝の間』はそんなに広い部屋ではない。
その広くない部屋の中心部にある、おそらくは観賞用のソファ。入口からは見えなかったその上に、似つかわしくない物が落ちていた。いや、正確には落ちているのではなく――
「? 積み木?」
子供が即席で作った様な簡単な家……いや、塔? が建てられていた。
二本の柱の上に、三角形の屋根が乗せられている。
「コナン君か、君の事務所の人間のサインかな?」
「いやぁ……」
例の隠し通路があるという書斎に残すのなら分かるけど、こんな場所に残されても……。いや、念のためにこうして全部の部屋調べているけど。
「ん~?」
とにかく調べようと、傍に近づく。
柱は二本。よくこの柔らかい所に立っている物だ。片方は三角柱、片方は四角柱。
(なんの意味だこれ?)
迂闊に触ると崩してしまいそうなので、触るのを躊躇う。
……あぁ、そうだ。これがなにかのサインなら、こんな壊れそうな所普通は選ばないよな。
とりあえず触ろうとした手を膝の上に降ろし、顔を近づける。
その時、足に何かがぶつかった。
「――ん?」
サインはこれだけじゃなかったかと、足元に視線を下ろす。
そこには、二つ目のサインがあった。
――ピスコの酒瓶、という決定的なサインが。
「走れぇっ!!!!!!!!!!!」
とっさに出た俺の叫びに、白鳥さんは俺の方を向きながらも出口に向かって走っていた。
俺もソファの背もたれに乗り上げ、痛む足をこらえながら飛び越え、同じ方向に走る。
轟音と閃光が、辺りを塗りつぶす。