平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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010:束の間の平穏……平穏?

(前のページからの続き)

 

 ――結局名前を聞き損ねてしまったけど、あれかな。なんかハーフっぽかった。

 それにしても、あの子まで浅見透という名前に反応したってことは、完全に自分は『工藤新一』の助手として世間から見られているのだろう。

 まぁ、好都合と言えば好都合だ。このまま警察やマスコミの関係者、それに加えて各業界方面に人脈を伸ばして、なんらかの異変が起こった際に素早く察知できる情報体制の構築が当面の目的だ。

 時間は無限にあるといえるし、ないとも言える。これから先、江戸川に関わり続ける――そして江戸川と共に行動をする事で、時計の針を進める事が出来たのならば、そのうち本命に関わることもあるだろう。その時に上手く立ち回れるように準備をしておかないと……。準備なしで戦場にいくとか無謀以外の何者でもない。

 

 書いてて思ったが、とりあえず水無さんともうちょい親しくなっておいて損はないかもしれない。

 先日の謝罪メールの時も、すぐに気にしなくていいとメールを返してくれたし、その時の流れで携帯電話の番号も交換している。

 その日なんか、わざわざ『向こうも貴方との会話を楽しんでいたから大丈夫よ』と電話で教えてくれた。

 本当に頼りになる人で困るわ~。その後も電話で色々話してしまったけど、かなり楽しい時間だった。

 ただ、電話にちょくちょくノイズが走るのさえなければもっとよかったのに……。あれだけがちょっと耳ざわりだった。

 

 

 

5月18日

 

 なんか江戸川が高熱で寝込んでいるらしい。風邪の状態で歩き回るからだよ……って思ったけど、どうも状況が少し違うらしい。蘭さんからの電話だと、今朝のニュースにもなっていた外交官の殺人事件に、また毛利探偵一行と、服部平次とかいうこれまた高校生探偵が関わっていたらしい。また探偵かよ。

 

 まぁ、ぶっちゃけそっちはどうでもいい。問題は、その場で間違った推理を披露した服部平次を止める様なタイミングで、工藤が現れたと言うのだ。

 アイツ、なにやらかしたんだ……。

 蘭さんいわく、新一もかなり体調悪そうだったから、もしそっちに来たらすぐに教えてほしいという事だった。

 

 教えないけどな!!

 

 ともあれ、一度工藤に戻ったと言う事は時計は進んでいるとみていいだろう。

 爆弾からスタートして死体に囲まれるような生活に片足入れている覚悟をしているんだ、これで全く気配がなかったら泣くぞ。

 とりあえず、明日は江戸川の見舞いに行こう。

 

 そういえば、源之助が何かを噛んだり爪を立てたり落としたりしてる。何かの小さな機械みたいなんだけど、これ何だろう? 見覚えが全くない。とりあえず使い物にはならないみたいだし、なくても困りそうにないし(そもそも猫の唾液だらけに加えて傷だらけで壊れている可能性大)、捨ててもいいかな?

 この家に来るのって越水とふなちだけだし、奴らの落し物かもしれん。明日一応二人に見せてみようと思うけど……どこにこんなんあったんだろ?

 

 

 

5月20日

 

 越水が一日のほとんどを俺の家で過ごすと言い出した。え、なんでそうなるの?

 ふなちも今までよりもこっちに来るようにしますと息巻いていた。なんで?

 そのふなちに連れられて、いつの間にかふなちと仲良くなってた千葉刑事に高木さん佐藤さんペアまでが今日は来た。本当になんで!?

 

 俺がなにかやらかしたのかと頭が真っ白になったが、どうにも俺を心配してくれている模様。

 どうやら昨日の機械、盗聴器だった模様。まじでか。

 

 いや、盗聴器仕掛けられたってのはショックだけど、それで家に人が増えるのはどう考えてもおかしい。

 心配してくれるのはありがたいけど、男の一人暮らししている家に乗り込むのってどうよ。いや、家賃光熱費とかどうでもいいから。

 

 で、そっちも問題だけど、一番デカイのはやっぱり盗聴器だ。

 誰だ? というか、どこだ? 地雷を俺はどこで踏んだ? あれか、工藤の家にいたあの女か?

 ……いや、あれは追いつめられるとクソ度胸発揮するタイプっぽかった。怪しさではトップだけどとりあえず保留。……名前を伏せてたあの人とかもうそうだけど●●●●―――

 

(ここからの2行がペンでぐちゃぐちゃにされている)

 

 あかん、疑い出すとキリがない。共闘関係にまでは持って行ったが、本当の意味での信頼関係にまでは届いていないだろう江戸川、工藤の情報が欲しい蘭さん、マスコミの怜奈さんに関係者の鐘下さん(偽名)などなど……

 信じることも、疑うことも大事な事。問題はどっちを選ぶかだ。

 とりあえず、風呂に入りながらどうするか考えよう。

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

―― プルル、プルル、プルル

 

 机の上に置いていた携帯電話が鳴り響く。

 一瞬、『仲間』からの通信かと思って身構えるが、ディスプレイに表示されている名前を見て……私はさらに身を固くした。

 

――『浅見 透』

 

 初めてあった時からこちらに対してアドバンテージを持ち続ける青年。ベルモット……あの性悪女のここ最近のお気に入りにして、同時にあの女が危険視している相手。

 彼女の変装はほぼ完璧だ。顔も身体も、そのほとんどが……。ただ一つ、実際に変装したまま行動するために、ある程度の制限がかかってしまう手以外は。

 それでも彼女は、違和感のない特製の手袋を付けて、可能な限り『リアル』に近づけた。実際、彼女の手は、見た限りでは完全に少し毛深い男のそれだった――が、彼には通用しなかった。

 

 

 

 

『綺麗な手ですね』

 

 

 

 

 

 あの時のベルモットの気配。殺気と歓喜が混じったような気配は今でも忘れられない。

 

 

――ピッ

 

 

「もしもし、透君? どうしたの?」

『すみません、こんな時間に……折り入ってご相談がありまして……』

 

 相談。さて、その言葉もどこまで信じていいのだろうか?

 見た目も雰囲気も平凡と言える彼が、ふとした瞬間に垣間見せるあの雰囲気。

 陳腐な表現だが――狙った獲物を視界に納めた獣の視線。――飢えた獣。

 まだ彼と交流を持ってそんなに経っていないが、伝え聞く話が彼の異常性を物語っている。

 連続爆弾魔との対決に始まり、ベルモットの変装を見抜く観察眼、離れたベルモットやカルバドスの気配を感じる勘の良さ。推理力。最近、また一つ事件を解決へと導いたという話を『仲間』から聞いた。

 油断すれば、こっちが食われかねない。

 

「どうしたのかしら? ひょっとして、変な取材でも入った?」

『えぇ、そうみたいなんです』

 

 変な取材……こちらが情報をリークした連中のどこかが無茶でもしたのだろうか。

 

『実はですね、先日ウチに盗聴器が仕掛けられてまして……』

「――っ! な、なんですって!?」

 

 なんだ、それは!? 私はそんなもの仕掛けていない!!

 今、『組織の仲間』で彼の監視を命じられているのは実質私だけ。ベルモットは興味本位で接してはいるが、まだそんなものを使うほどじゃないはず。……カルバドス? いや、尚更違う。

 …………じゃあ、誰が……!?

 

『一応警察の方にも連絡はして、今盗聴器を調べてもらっているんですが……多分何も出ないでしょうね』

「…………た、大変ね」

 

 何も証拠は出ないと彼は確信している。つまり、それがプロの物だと彼は見抜いていると言う事になる。マズイ――!

 

『えぇ、本当に……007やらCIAでもあるまいし、誰がそんな事をしたんでしょうね』

 

 電話の向こうでは『ハハハー』といつもと変わらない感じで笑っているが……私は思わず歯を噛みしめてしまった。

 

(007……CIA……。やっぱり、彼は知っている。でも、どうして――どうやって!!?)

 

 水無怜奈が偽名であること。これは別に知られてもしょうがない。だが……もう一つのほうは、どうやって彼はたどり着いた!?

 

『警察の調査を一応は待ちますが、水無さんにも協力をお願いしてほしくて……もしマスコミ内でそれらしいことをしたという話を耳にしたり、怪しい動きがあったら教えてほしいんですよ。……これ以上の干渉はごめんですし』

「え、えぇ……そうね。こちらでも大至急調べてみるわ」

『お願いします。水無さんのこと、信じてますから』

「…………ありがとう。さっそく、知ってそうな人に連絡をとってみるわ」

『ありがとうございます。――それじゃあ、また電話しますね? 夜遅くにすみませんでした』

「ううん、気にしないで。何かあったらまた電話ちょうだい? ……それじゃあね」

 

 通話を切り、あたりに沈黙が広がる。だが、胸の鼓動は強く、うるさく脈を打っている。

 

(どうする……どうする!)

 

 彼はベルモットとも繋がりがある。組織に入っている人間というわけではないが、彼がうまく立ち回れば私はすぐにも追われる立場になる。

 

(彼を守らなくてはならない。私個人としても、CIAの一員としても)

 

 先ほど浅見からかかってきた携帯とは別の携帯を取り出し、頭に焼き付いている仲間の電話番号をコールする。

 幸い、今なら監視の目が緩んでいる。『仲間』に連絡をしないと!

 

(まさか……彼、ここまで読んで……っ!?)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「盗聴器が破壊された? なるほど……」 

 

 部下から報告を受け、降谷は『やはり……』と思っていた。

 浅見 透。『例の組織』との不自然な繋がりが見られる妙な男。

 尤も、彼自身の行動に怪しいところは少なかったため、念のための一時的な調査として盗聴器を設置したが、先日すぐに破壊されてしまった。

 そこで、念のためにもう一度仕掛けに行くよう指示を出したのだが、彼のそばにいる越水、中居という二人の女性が彼の家にいるようになり、さらに警察の人間が彼の周りをうろつくようになったために近づきづらくなっているようだ。

 

「彼は盗聴器を捨てたんですか?」

『いいえ、どうやら盗聴器自体は警視庁に提出されたようです』

「ふむ……まぁ、それは問題ない」

『えぇ……。ですが……気になることがいくつか』

「気になること?」

『はい、今日の話なんですが、浅見透の近辺の空き家のいくつかが、急に買い手がついております。それと同時に、彼の家の周りを通る人間が少し増えています。そのうちの何人かは……外国人です』

「……へぇ」

 

 それは興味深い話だ。盗聴器に気が付いた彼は、身の危険を感じたはずだ。そして彼は、身を守るために彼の知り合いに助けを求め……。

 

「浅見透から目を離すな。彼のバックボーンにも興味があるが、『組織』の人間も彼に興味を持っている。……ことが起こるとすれば、彼の周りだ。念のために、越水七槻、中居芙奈子の両名にも人員を」

『監視ですか?』

「いや、それもあるが護衛を主としてくれ。彼女たちを何としても守り抜け」

 

 浅見透のことは何度も調べているが、怪しいところは全く出ない。それが逆に怪しいからこうしてさらに調べているのだが……。

 彼は隠された地雷のような存在だ。どこを踏んだら爆発するかわからない存在。

 直接目にしてはないが、彼女たちは彼にとって大事な存在であることは間違いない様だ。

 もし彼女たちが害されたら……。

 

(間違いなく爆発する。浅見透という特大の爆弾が)

 

 どういう形でかは分からないが、こうして彼の周りにそれらしい影が現れた今、楽観視はできない。浅見透にはなんらかのバックボーンがある。

 

「……だれか来る。切るぞ」

 

 足音が聞こえてきたため、返事を待たずに電話を切る。そろそろこっちの仕事の時間のようだ。

 足音が徐々に近づき、その主が姿を現す。

 

「あら? 誰かと電話をしていたのかしら」

「なに、表の顔の依頼人ですよ。浮気調査の経過報告がありましたので」

「あぁ……そういえばあなた、探偵をしていたわね」

「それよりも遅かったですね、ベルモット」

 

 組織でも謎の多い幹部ベルモット――女優クリス=ヴィンヤードは髪をかき上げて、そこに立っている。

 

「えぇ、ちょっとお気に入りの様子を見に行ってたのよ」

「……例の彼ですか。あなたほどの大女優に気に入られるとは、彼も光栄でしょう」

「ふふ、彼は私を女優とは気づいていないでしょうけど……」

 

 ベルモットは自分の右手をさすりながら笑っている

 

(握手しただけで、ベルモットの変装を見抜くなんて……)

 

 観察力、洞察力に優れた人物。正直な話、降谷個人としても浅見透には興味がある。

 やはり、一度彼とは直に接触する必要がある。今はまだ無理だろうが機会を見て……

 

「まぁ、今はその話はいいわ。行きましょう? バーボン」

「えぇ、すぐに車を出しますよ」

 

ポケットからキーを取り出し、自分の車に向かおうとして……足を止める。

 

「あぁ、ベルモット。一つだけ聞きたいんですが」

「何かしら、バーボン?」

「例の彼、どんな人間なんですか?」

「そうねぇ……普通の男よ。本当にどこにでもいそうなハタチの男の子。でも――」

 

 ベルモットは、そこで一旦口を閉ざした。

 

「ふとしたときに、私の知り合いに似た気配を持つのよ」

「知り合いですか?」

「えぇ、一人は私の個人的な知り合い。そして、彼の持つ気配はもう一つ――あなたがよく知る男よ、バーボン。悪い意味でね」

「…………へぇ、それはそれは」

 

 自分がよく知っている男。その言葉だけならわからないが――

 

(悪い意味――か)

 

 脳裏に浮かぶのは、一人の男。この組織にいて……そして裏切った――いや、最初から裏切っていた男。

 願わくば、自分の手で決着をつけたい男――!

 

 

「会うのが楽しみですね」

 

 

 

――浅見 透くん

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「浅見様! ご飯の用意ができましたわ!」

「できましたじゃねぇ! 何ナチュラルにうちで飯食ってんだ!」

「まぁ、作っているのは越水様ですが……」

「…………」

 

 警察と水無さんが打った手の二段構え。だれが仕掛けたかはわからないけど、とりあえず盗聴器はあれから仕掛けられた様子はない。定期的に佐藤さんや高木さんも来る……千葉刑事はどういうわけかふなちとある程度は話せるようで、来るときは大体ふなちに引きずられてやってくる。

 うん、いや、それはいいんだが……。

 

『浅見君、ふなちさん! 早く来ないと夕飯冷めるよー?』

「…………どうしてこうなった」

 

 最近ではふなちも借りてるアパートではなく、車で一緒に越水の部屋に帰って寝泊まりしているようだ。もうそれルームシェアのほうが早くね? あ、もう計画してるんですかそうですか。

 

「源之助様もお腹空きましたよねー?」

 

 さっきから俺のズボンの裾で遊んでいる源之助をふなちが抱き上げてクルクル回っている。

 おい源之助、『なーお♪』じゃねーよ。お前俺が抱き上げる時より喜んでねーか?

 

「はぁ…………」

 

 まぁいいや。意外とこういう生活も悪くない。明日は講義が終わったら水無さんが話があるらしいし、今日ぐらいはゆっくりしよう。

 明日から、盗聴器の件も含めて身の回りを固めておかないと……。

 

「ちょっと待って越水ー、今行くー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胃が痛い…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 




越水「また危ないことに首突っ込んでるんでしょ!? そうでしょ!?」
浅見(ブンブンブンブン)「知らねぇ、俺知らねぇ」

水無「彼からどうにかして詳しい話を聞かないと」

降谷「赤井に似た男か……」
ベルモット(ニッコリ)







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