平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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「どうやら、来た甲斐はあったみたいね」
「……小泉紅子。単身で乗り込んでくるなんて……正気?」
「なんで君まで来ちゃうのさ。紅子にはキャメルさんのフォローを頼みたかったんだけど?」
「貴方、私に会う前にさっさとあの老人との対決にいっちゃったじゃない。それだと死ぬわよ。ほら、ちょっとかがんで」
「…………だからさ。この頭撫でる儀式に何の意味があるの?」
「気休めよ」
「俺の?」
「私のよ」
「…………さいですか」


「なぁにトオル、お前そういう趣味なの?」
「ぶっ飛ばしますよ窃盗犯」
「その呼び方止めろって言ったろい」
「唐突に乗り込んで悪かったけど、貴方達の邪魔をするつもりはないわ、ルパン三世。ほら、そこで体育座りしている人」
「む?」
「これ、よかったら使いなさいな」

「……これは……刀?」
「ウチの蔵を探って、なるだけ見合いそうなものを引っ張り出してきたのよ。まったく、持ち込むのに苦労したわ」
「う、うむ、確かにかなりの業物と見受けるが」
「貴方の得物に比べたらナマクラもいい所でしょうけど、代打ちとしてならどう?」
「……かたじけない。しかしなぜ拙者に――」
「そういうモノが視えたからよ。まぁ、最初は浅見透に使わせようと思ってたんだけど……使えるのなら存分に使ってちょうだい」



「…………トオルくんトオルくん」
「なんすか?」
「メアリーちゃんといいあの美人ちゃんといい、君ん所の女の子ってば癖が強すぎない?」
「頼りになるでしょ?」
「なりすぎでしょ……」







「……なんと麗しい」







113:開幕直前

 

 

 

 小学校が終わって、元太たちと別れてから浅見探偵事務所に顔を出すと、飯盛さんや亀倉さん、西谷さんといったレストランスタッフが普段は所員しかいないメインの事務室の中央テーブルに集まってなにか話し合っていた。

 

 まぁ、聞いてみると話し合っていたというより、ただの愚痴大会だった。

 

「それじゃあ、皆今夜のヴェスパニアのパーティにヘルプとして参加する予定だったんだ?」

「そうなのよコナン君。サクラサクホテルの総料理長が、特に亀倉さんの腕をすごく気にいっててね。割と前から打診されていたのよ。本当なら、昨日改めてホテル側のスタッフと最後の打ち合わせをやってそのまま仕込みに入って、今も厨房にいるハズだったんだけど……」

「突然ヴェスパニア側から、ホテルのスタッフ以外を関わらせないでほしいって言われてアタシたちはお役御免! まったくもう、昨日から明日までお店をわざわざ閉めたってのに!」

「まぁまぁ、飯盛さん。ここ最近は店も連日連夜忙しかったし、たまにはゆっくり休みましょうよ。新店舗の移転計画などもあったでしょう?」

「それ、一番忙しかったのそれこそ亀倉さんですよね? ここ最近仕入先をどこにするか走り回って……。今夜のパーティだって、貴方と向こうの総料理長が一生懸命――」

「まぁ、僕は修行先の料亭や、それこそ例のまんぷく食堂で忙しいのに慣れてますから。それに、作ったものを廃棄するという話ではないので、まだ自分は安心できるというか……お金は、当初の額よりかなり多めにホテルから頂いていますし」

「もう! 相変わらず人がいいんだから亀倉さん」

 

「み、皆大変だったんだね……」

 

 やべぇ、そんな忙しい中で亀倉さん、飯まで作ってくれてたのか。

 ……今度おっちゃんに、それとなく亀倉さんの店もっと使うように言っておくか。

 

「今一番大変なのは鳥羽さんじゃないかしら。ほら、さっきの事で今も会議室使ってるみたいだし」

「ええ、キャメルさんと刑事さんも出てきませんし。……そろそろ何か差し入れでも入れた方がいいのでは」

「止めときなさい。知っちゃ不味い事話してるかもしれないし、そういうのはあの双子ちゃんの仕事でしょ」

 

 浅見たちがロシアに行っている間、事務所の運営維持を任されている鳥羽さんはもちろん、最近じゃあ公安の捜査案件に協力していたキャメルさんも出席する貴賓の警護に当たる事になっている。

 

 警備スタッフには、越水さんの所が用意している専門の訓練を受けた警備スタッフも動員する予定だったらしい。

 もっとも、こっちもヴェスパニア側が直前になって『警備人員はあくまで浅見探偵事務所の人間だけでお願いしたい』と注文をつけて来たために、今警備計画を見直している真っ最中とのことだ。

 

 さっき部屋の前の通りかかったときに声がちょっと聞こえたけど、キャメルさん珍しく怒ってたなぁ。『安全にかかわる事の段取りをなんだと思ってるんですか!?』って。

 鳥羽さんは変わらないというか、『お偉いさんなんてそんなもんさね』と軽く流していたっけ。

 

(自他共に認める悪人って言ってるし実際そうなんだろうけど、あの浅見が重用するだけあって現場から交渉、交流まで色々な場面に慣れてるよなぁ、鳥羽さん)

 

 そんなことを考えていたらちょうど会議室のドアが開いて、鳥羽さんとキャメルさん、それに神経質そうなメガネをかけた刑事が出てきた。

 

「なんだ坊や、アンタも来てたのかい」

「鳥羽さん……。お疲れ様」

「はっは、アンタに気遣われるたぁ、アタシもまだまだかね」

 

 顔色も含めて一見するといつも通りの鳥羽さんだが、よく見るといつものブラウスの袖や襟元が少し汚れている。

 

(こりゃ、しばらく事務所に泊まり込んでるな……)

 

「あぁ、コナン君。こんにちわ。学校帰りかい? いつもの子供たちが見当たらないけど……」

「うん。キャメルさんもこんにちわ。今日はアイツら、皆で紅葉御殿に行くって言って……」

 

 もう少ししたら、あそこの屋敷は綺麗な紅葉に覆われるからなぁ。

 一番綺麗な紅葉と見比べるために、今の紅葉を写真を撮っておきたいとか。

 

「それより鳥羽さん、今日の警護に就くんだよね?」

「あぁ。まったく、たった二人で警護もクソもないだろうに……」

「……ホントにキャメルさんと二人だけで警護するの?」

「あんま使いたくない手だったんだけど……招待客の中に、あくまでただの高校生ってことで真純を滑り込ませた」

「世良の姉ちゃんを?」

「実力的には安室さんや沖矢に一歩及ばないけど、逆に言えばあと一歩であのレベルの女だからね」

「えぇ。彼女、格闘戦では私でも勝てない時がありますし、学生の身分でなければ所長に進言して、我々の所員として迎え入れたい人材です」

 

 キャメルさんの言葉に後ろの刑事は目を丸くして「そこまでなのですか……」と呟いている。

 

「坊や、アンタも来るかい?」

「行っていいの?」

「そもそも、例によって例のごとく鈴木の嬢ちゃんが来るしねぇ。ってことは蘭姉ちゃんも来るだろうし、多分毛利の旦那も来るだろうし……ねえ?」

「……どっちにせよ僕も行く流れになりそうだね、ソレ」

「まぁね。……正直、こういう公的な依頼で坊やに頼るのもどうかと思うんだけど、アンタがパーティ会場にいてくれるってだけでこちらとしては多少安心できる。相手がただの暴漢だった場合、毛利の旦那も立派に頭数に入るからね」

 

 いつもならばこういう仕事の時の主力だって言ってた山猫の人たちもいないから、完全に人手が足りていないんだ。

 

「ヴェスパニアの人には、人手不足って事伝えたの?」

「あぁ、とっくに。向こうに行く前にボスも、違約金払うことになるけど断ろうって方針だったんだけどねぇ、なぜか頑なにウチに警護をって言われて……まぁ、今に至るって事さ」

「……なんか、こう……妙だね」

「だろう? そこまで怖がるんならそもそも警察を入れればいいのに」

 

 というか、依頼と行動が噛み合っていない気がする。

 いや、そうか……ひょっとしたら

 

「ねぇ、その依頼ってヴェスパニア政府から出されたものなんだよね?」

「あぁ」

「具体的に、誰が出したものなの?」

「具体的にって……」

 

 そこまで言って鳥羽さんは気が付いたのか、額に手を当てて軽くため息を吐く。

 

「ジラートっていう侯爵様だね。死んじまった女王様の弟。つまり今夜来る王女様の叔父ってわけさ」

「それじゃあ、警護に関しての指示は?」

「そっちはキースっていう伯爵様。やけに態度が不遜で、目暮の旦那……はともかく高木の奴、地味に怒りのゲージが溜まってるね」

「あの……どういう事でしょうか?」

 

 納得したような態度になった鳥羽さんに、メガネの刑事が訪ねる。

 

「ようするに、内部争いの可能性があるってことさね」

「内部……ですか」

「疑心暗鬼なのか、あるいはなんらかの情報があるのか……キースって奴は警備を出来るだけ自分の所だけでやりたいんだろうさ」

「でもジラートさんは、なんとしても鳥羽さんたちを付けておきたい。その理由は分からないけど」

「だから、ウチの手数が少なくなってる事に目を付けたキースって奴が、そこをついて依頼をウチだけって事にしたんだろうさ。実質いてもいなくても変わらない存在になるし。ある意味向こうもこちらを監視しやすくなる」

「……警備を薄くしたのは、ミラ王女を害しやすくするためというのは考えられませんか?」

 

 キャメルさんがそう言うが……。

 どう……なんだろう?

 

「なくもない……って感じかなぁ。アタシの勘だと」

「うん。僕もそう思う。だって、本当にそのキースって人が王女様に悪い事しようとしているんなら、ちょっとあからさますぎるんじゃないかなぁ。そのまんま当たってたって可能性もあるとは思うけど」

「……なるほど」

 

 キャメルさんがメガネの刑事に目配せすると、刑事はインカムで何かつぶやいている。

 多分、パーティは無理でもホテル客として私服警官を紛れ込ませるのだろう。

 

「まぁ、今日の夜さえ乗り越えれば明日の朝には羽田から帰国。一安心って所だ」

 

 鳥羽さんはそういうと、時間まで仮眠すると言って事務所の貸し部屋の鍵を借りてさっさと入っていき、キャメルさんと刑事はコーヒーを飲みながら計画を詰めていた。

 

 そうしている間に世良が来て、俺は世良と共に一足先にパーティ会場に行くことになった。

 

 

 

 そしてその夜、まさかと思っていた事件が起きた。

 

 ミラ王女の毒殺未遂事件が発生したのだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「始まりは冷戦だ」

 

 それまでいた民家のような所から移動させられることになった灰原は、老人が運転する車の助手席に座っていた。

 老人は、依頼されていたもう一つの大事な品物の取引がようやくまとまり、その場所へと向かっていた。

 

「冷戦という史上最大の我慢比べにより、かつてこの地にあったソビエトという国は疲弊しきった」

 

 楽しそうに運転する老人の後ろの席には、無表情のままライフルケースを横に置いてトランクケースを抱えている男が一人――兵士にしては少々虚弱な印象を受ける男が座っている。

 さらにもう一人、退屈そうな顔をしている日本人の美女も。

 こちらは分かりやすく拳銃を二丁、ホルスターにぶら下げている。

 

 場所を見て車から飛び出して逃げようかとも灰原は考えていたが、男の方はともかく女の方は逃がしてくれなさそうだと判断していた。

 灰原がさりげなくドアに手をかけた時でも、気が付いたら拳銃を抜く態勢に入っていたからだ。

 

「当時のこの国のトップは、このままでは国が立ち行かなくなる。政治、経済、そして外交にも、あまりに味が薄かった従来のやり方に自由というスパイスを一振りかけなくては。そう考えたのだよ」

「……ペレストロイカ」

「そう、ペレストロイカ。今の君ではしばらく聞くことがないだろう言葉だね。……む? 小学生の社会の授業はそこまでいくのかね? なにせ孫も子供もいなくてね、そういう知識には疎いのだよ」

「知らないわ。私だって、小学校の教育カリキュラムに興味ないもの」

「そうかね? クックック、まぁそうか」

 

 明るい中を走っていた車は気が付けばトンネルの中へと入り、光は全てどこか人を不安にさせるオレンジの光になる。

 長い、長いトンネルだ。

 

「西側諸国と相互に依存し、他の社会主義国とは対等の関係を掲げた外交。金にならない産業を無理やり存続させた旧来の経済体制から市場経済の導入、さらに政治の民主化と……まぁ、いろいろ頑張ったが、結論から行けば上手くいかなかった」

「自由市場による競争の激化から崩壊していく多数の産業、食料は配給制になり抗議運動が活発に……」

「そう、そしてその後、地方の独立運動などが活発になり……まぁ、結局崩壊し、今のロシアとなったわけだ」

「……ピスコ」

「哀君、私はもう組織の幹部ではないのだが……まぁ、悪くはないか。ヴィランというものは得てして、陳腐でわかりやすい名前で呼ばれるものだ」

 

 で、なにかね? と目で問うピスコに灰原は前を見ろと注意をし、

 

「民主化という自由の波がソビエトを襲い、跡地にロシアが出来たっていう一言で済む歴史の授業はもういいわ。貴方の狙いはなんなの?」

「なにも」

「……なんですって?」

「だから、なにもないのだよ。私は彼と遊びたいだけだったからねぇ。それで適当に遊ぶ理由をさがしていたら、彼らから依頼を受けたというわけだ」

「……香坂夏美の誘拐」

「それともう一人。まぁ、そちらはわざわざこちらへ来てくれたようだが」

「……それが誰かはともかく……どうして?」

「先ほどの話に戻るが……自由が振りかけられたこの国は美味くなったかい?」

 

 老人のつまらない比喩に、少女は眉を顰める。

 

「……いいえ。豊かになった者もいるんでしょうけど……急激な民主化は却って格差を広げ、国力を大幅に下げる結果になった」

「その通りだ。そうなると将来が見えなくなった大衆は大体いつだってこう思うんだ。『あぁ、あの頃はよかった』と。まぁ、年金で生活するハズだった高齢者や円満退職目前だった失業者等はなおさらだねぇ」

「そういう人が貴方の雇い主?」

「いいや、真逆さ。自由主義によってこの国の実権を握りつつある存在。つまり『逆戻りは困る連中』が私に頼んできた」

「……なのにどうして、古い時代……それもソビエト以前の象徴であるロマノフの血筋を?」

「つまりは、ソビエト時代を否定することになる」

「懐古主義に傾くんじゃ?」

「なぁに。万が一君主制になろうとも、システムの側にさえなれば依頼者達は儲ける側だ。そもそも、その君主に政治力など決してないのだからね」

「それで香坂夏美と、そのもう一人を……」

「まぁ、身寄りのない所で脅しつければそう動かざるを得ないものさ。一応もう一人、乗り気の候補者がいたらしいが……まぁ、ソイツは中途半端に能力のある俗物だったようでね」

 

 老人は指を銃の形にして、自分のこめかみにあてて軽く弾いた。

 

 気が付けば、車を出してから20分ほど経っていた。

 終わりが見えないほど深く長いトンネルの中、ようやく老人は車を止める。

 

「仮に今の政府が踏みとどまり『逆戻り』を防いだ所で、今は自分たちの経済活動を支援してくれている政府もいつかは自分たちを抑える存在になりかねない。その可能性を閉じるには、自らで、完全なる自らの経済活動のための国家を作ればいい。彼らはそう考えたのさ」

「つまり……クーデター?」

「少し違う。彼らはここが難しい土壌であることを理解している。ただ国を乗っ取った所で、消費者にして労働力であるロシア国民は付いてこない。それどころか空中分解しかねない」

「……ただの乗っ取りじゃあ駄目なら……」

「駄目なら? どうするかね?」

 

「……国をわざと割る気? 自分たちに乗る者と、そうでないものに選別して……だから分かりやすい象徴が欲しかった?」

「正解だ。一応ね、だがもう一つ必要なものがある」

 

 老人は、小さく笑う。

 

「とびっきりの悪者さ」

 

 そう言って老人は車を降りて、助手席の扉を開けてまるで執事のように一礼する。

 

「哀君、これを付けたまえ」

「? これは……」

 

 老人が灰原に差し出したのは安っぽい紙のベルトだった。

 サイズは小さく、手首に巻き付けるものか。

 

「これはなに? なにか黒くて固い物が入っているけど」

「あぁ、その半透明の物がいつでも見えるようにしておくといい。大事なことだからね?」

「……これって……カメラのフィルムを切ったもの?」

「あぁ、それから目を離してはいけないよ? ま、あくまで念のためのモノだがね」

 

 老人は同じものを手首に巻いて、フィルムが張り付けてある面をトントンと叩く。

 

「それが半透明から黒く濁ったのなら、急いで離れなきゃいけないというサインだからね」

 

 その言葉の意味するところを理解し、灰原の顔は真っ青に染まった。

 

 

 

 




ルパン,五右衛門,浅見,メアリー、紅子をアジトに残して目標施設に潜入
事態を把握した浅見透、殺人事件が恋しいから日本に帰ると駄々をこねメアリーに急所を蹴り上げられる。


恩田、以前瀬戸瑞紀が鈴をつけていたICPO職員を通して移送させていたジョドーと面会。交渉。




「お目にかかるのは初めて、ですね」
「儂はお前を知っている。資料という形でだがな」
「……ただの嘘つきが、ずいぶんと有名になったモノです」
「あの男の勢力を拡大させたのは、他でもないお前であろう」
「私はただの所長のスピーカーですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」
「そう思われていないことは、お前が一番肌で感じているのだろう。……熱心に監視されているようだが?」
「……これ、熱心な方なのですか? その、正直比較対象があんまりなくて……よくある程度だなぁとしか思ってなかったのですが」
「…………さすが、というべきか」
「……すみません。相手が相手なので、柄にもなく無駄な前話を……本題に入りましょう」
「分かっておる。あの男から、散々話は聞いていた。そして儂は毎回こう返しておったわ。『正気か、小僧?』……とな」


「儂はあの男の腹に大穴を開けた男で、あの男は儂の主君を倒した男だぞ」
「それでも……いいえだからこそ、所長は貴方のお力を必要としております。ミスタ・ジョドー」

「……儂の部下の一部が、枡山憲三に付いたというのは真か?」
「はい。全体のおよそ三分の一が姿を消しました」
「そうか。……ではさらに三分の一は死んでいたか?」
「……はい」
「……互いに殺し合わさせられたか。生き残った者が奴に付いたのだろう?」
「ご遺体の傷の様子からして、おそらく」
「……枡山憲三。人の闇を知っておる」



「恩田遼平。浅見透も、そこの通信機器で聞いているのだろう。貴様らの誘い、受けるには条件がある」
「……聞きましょう」
「栄光を」
「…………」
「カリオストロ公国に、今一度栄光を……っ」



「カリオストロ公国は闇なくてはやっていけなかった小国だ。国連加盟国といえど人口は三千人余り。工業を興すには国土が小さすぎ、産業を興すには人が少なすぎた」



「もしゴート札という闇がなくば、良くて観光資源が頼りの弱小貧国。大体は歴史の中で列強に飲まれていただろう」



「闇が強くなければ、強かったからこそ公国は公国足りえた。伯爵殿下しかいなかった。複雑化していく現代情勢の中で、殿下だけが、列強と渡り合える唯一のお方だった。そんなお方にお仕えできるのは、儂にとってなによりの誇りだった……」




「我らは敗北し、伯爵殿下のカリオストロは終わった。それはいい。勝者となったクラリス姫殿下……いや、女王陛下が新たなカリオストロを作っていくのは当然の流れだ。……だが、正直に言おう。女王陛下にあの国を守れるとは思えぬのだ。勝者の形に国が変わっていくのはいいが、我らが我らなりに守り、築いた国が弱まり、列強のいいようにされる姿を見たくはない」




「儂の知る限り、あの男しかおらぬ。それができるほどの闇を見せてくれたのは、伯爵殿下以外には、奴しかおらぬ!」




「……ということですが、所長?」







『イテテテテ……うん。その条件、確かに受け取った』




『さっそくだけど、その条件を達成するためにやってもらいたいことがある。面白い依頼のおかげでチャンスも来たし』




『残ってるカゲは同じようにそちらに移送してある。彼らをまとめて、指示を待ってほしい』






「…………かしこまりました。旦那様」




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