「それで、なんの取引だったの?」
この物騒すぎる老人と思っていた老人は、自分が考えていた以上にとんでもないことをしていた老人だった。
「なぁに、ただの石ころさ。まぁ、実際取引自体は君を連れてくる前に終わっていて、ここに来たのは最後の確認というやつだったのだがね」
「欲しい物なんていくらでも買える新興財閥のお歴々が欲しがる石ころが、ただの石ころなわけないでしょう?」
「まぁ、そうなのだがね」
今自分たちがいるのは、どこかの応接室のような場所だ。
道中の様子からして、おそらく軍の施設だろう。
それも、この世でもっとも物騒なものを扱う。
「数年前……いや、君達からするとあるいはついこの間かもしれんが、ヴェスパニアで大きな地殻変動があったのを覚えているかね?」
「? え、えぇ。でも数年? 確か、半年くらい前の話じゃなかったかしら?」
「おや、やはりそうだったかね。すまないねぇ」
クックック、と全くすまなそうな顔をしていない、胡散臭い笑みを浮かべる老人は相変わらず上機嫌だ。
数日前からは特に。
「あの地震のおかげで起きた地殻変動により、あの国のとある場所にて、本来ならば数十キロ以上は下にあるはずのモホロビチッチ不連続面が顔を出したのさ」
「モホロビチッチ……たしか、地球の地殻とマントルとの境界のことだったかしら」
「その通りだ。専門外のことでも博識だねぇ、哀君」
自分と一緒に枡山憲三についてきていた連中は、渡されたお金や武器の確認を行っている。
あのレイコと呼ばれていた女なんて、札束の山にわかりやすく反応していた。
「当然サクラ女王は、異変が起きた縦穴を徹底的に調べさせた。なにか異常があっては大変だからね」
「そこで見つかったのが、その石ころというわけ?」
「その通り」
一方、老人はここにきて念入りに武器の整備を行っていた。
どういうわけかあっさり武器の持ち込みを許されていたこの老人は、自分の拳銃をここで丁寧に分解整備し、組み立て終わったら今度は磨いている。
「ヴェスパニア鉱石」
ある程度磨いて満足がいったのか、まだ弾を装填していない拳銃を何度も構えて、何かを確かめている。
「見つかったのは本当に偶然だ。サクラ女王も不運な……。もし、調査を適当に終わらせていれば、このような事態にはならなかっただろうに」
「……その鉱石には、なにか特別な?」
「うむ。一言でいうならば――究極のステルス素材だ」
「ステルス……じゃあ、フェライトのような電波吸収材の役割を」
「話が早いねぇ、その通りだ。いかなる電波や電磁波もパーフェクトに吸収する性質。便利だろう?」
「……それを核弾頭に……本当に?」
「言っただろう? とびっきり分かりやすい敵が必要なのさ。……あぁ、サンドバッグとも言うね」
「それで、何も知らない香坂さん達を傀儡の女王に? 仮に彼女が本当にロマノフの血筋だとしても、信じるだけの正当性はあるの?」
「あぁ、今頃、浅見君達が確認してくれているのではないかな?」
「……あの人が?」
「組織から離脱する時に拝借してきた資料の中の一つ。誘拐、勧誘予定のプログラマーリストの中に、樫村という面白そうな男がいてね。なかなか面白いシステムを持っていたので利用させてもらった。ついでに彼の元に有能な人間を集めたかったのでちょうどよかった。システムはもちろん、あのシンドラー・カンパニーや樫村君とのつながり、そしてこのロシアでの一戦は、間違いなく浅見透という男をさらに上へと押し上げる」
「……敵なんでしょう?」
「敵だから恋をしたのだよ」
「……貴方の言うロマン?」
「そうだとも。分かるかい?」
「分からないけど分かるわ」
相変わらず、この老人は浅見透に対して妙な執念を感じる。
「もっとも、彼らも詰めが甘い。ラスプーチン気取りの愚者をパージするまではよかったのだが、自分が殺されるかもしれないと思っていた奴は、人質……いや、案外ただの女として欲しただけかもしれんが……、香坂夏美を先に自分の手元に移送し、軟禁するように手配していた。おかげで彼らは今、自分たちの隠れ蓑をどうするかで頭を抱えているようだ」
ようやく拳銃の手入れに満足がいったのか、老人は手元で拳銃をくるくる回したり左右の手に投げ合ったりして感触を確かめ、満面の笑顔で今度こそ拳銃にマガジンを差し入れ、初弾を装填し、
自分に向けてまっすぐ銃口を向けた。
「……っ。今更なに? 撃つつもり、ないんでしょう?」
「あぁ。ないとも」
そう言いながら、老人は銃を下ろす素振りを見せない。
「ただ、彼の気配と香りと……まぁ、あれだ。いわゆるロマンスの匂いを感じたのでね。哀君、緊張感は戻ったかな?」
「…………おかげさまで」
「そうか、それはなによりだ。ほら立ちたまえ。座ったままだと、いざという時の動きに遅れが出る」
「いざという時? それって――」
突然遠いどこかから爆発音が鳴り響いた。一つや二つではない。何かが連鎖爆発している。
続いて聞こえるのは大量の銃声。かなりの人数が走り回り、撃ちまくっている。
「さて、最後に聞いておきたいのだが……哀君」
「なにかしら?」
「なぜ、工藤新一は江戸川コナンになったのだと思う?」
「……嫌味かしら。あの薬を飲んだから――」
「あぁ、すまない。そういう意味ではなくてだね」
拳銃を動かさずに片手で灰皿の上から火がついている吸いかけの煙草を取り上げ、口に咥えて軽く煙を吐き散らす。
「毛利小五郎は明智小五郎、目暮十三はジュール・メグレ、白鳥という刑事は古畑任三郎。……西の高校生探偵は服部……平次君だったか? となると銭形平次か」
「……なにが言いたいの?」
「もし、あぁ、『もし』だよ? ここが――我々が生きる世界が、何者かが思いつき形にした『物語の世界』だとしよう」
「……貴方にしては陳腐な想像ね」
「そうだろう? まったくだよ。仕方ないさ『狂人』なのだから」
豪華な料理よりも美味しそうに紫煙を吸い、老人は続ける。
「物語の世界において、名前というものはとても大事だ。当然だろう? 名前のないキャラクターはただの背景でしかない。名前が付くことで初めて役割が与えられ、人格が与えられ、そして生を得る」
爆発音は続いている。時折途切れても、合間を縫うように機関銃の大合唱が鳴り響く。
「だからこそ、重要な立ち位置のキャラクターの名前は考えられている。特徴的な響きだったり、変わった漢字だったり、あるいはモチーフが存在したりね」
「探偵や刑事に、物語の名前が使われているから? そんなのただの偶然じゃない。そもそも、親が子に名前を付けるときだって同じよ」
「言ったではないか、『もし』の話だと。……それとも、これまでの話でなにか感じたのかね?」
「…………」
「くっくっ、続けよう。工藤新一。平成の世に現れた高校生探偵。彼は体が小さくなり、自分を殺害しようとした組織の目を避けるために別の人間。小学一年生を演じる事になった」
爆発音が近づいている。
「ここで彼は、自分を『江戸川コナン』と名付けた。探偵ではなく、探偵を生み出す作家の名前をつなぎ合わせた」
銃声も近づいてくる。
「その結果、彼は事実『探偵を生み出す人間』になったのではないかな? 考えてもみたまえ。毛利小五郎が、現代最高の名探偵の一人になったのはなぜだ?」
「それは……」
「彼が隠れ蓑にしたというのも確かにある。だが、それだけだというわけではないだろう? 隠れ蓑にしただけなら、鈴木園子や……あの群馬の刑事のように眠って解決した人間はもっと評価されているハズだ」
もう十分煙を楽しんだのか、煙草をプッと器用に灰皿の上に吐き出す。
「彼は元々刑事だった。探偵になるバックボーンはあったし、普段は確かに名探偵になれる存在には見えないが……彼が『眠らず』に解決した事件があるように、光るものは確かにあった。だから『江戸川』という作者の存在がそれを磨いた」
ロシア語の騒がしい声があちこちで聞こえだす。
よくよく聞くと、四人がどうとか、弾が当たらないとかそういった感じの事を叫んでいる。
「江戸川コナンの関わった事件は全て調べ上げた。そこから見えるのは、誰でもいいわけではないということだ。土台になりうる素質を持った上で、彼の隠れ蓑を務められるだけのなんらかの能力を持っていることで初めてその人物は、江戸川コナンという作者から探偵の――違うな、『名探偵』の役目を与えられる」
「鈴木財閥の令嬢という、ある意味最高のバックボーンを持ちながら事件をいくつか解決したことになっている鈴木園子が、女子高生探偵と持て囃されないのもそれならば納得がいく。彼女は探偵役になれても名探偵の役につく素養はなかった」
爆発音がいきなり消えた。
いや、爆発音の代わりに何かの金属音が入るようになり、破砕音はますます近づいている。
「しかし毛利小五郎は名探偵となった。その素質と能力があったから、『江戸川』という作者によって名探偵の役割を与えられて、現代の『明智小五郎』になった」
「ならば、『彼』は?」
「頭は切れ、体術に長け、銃の腕前は一流で、そして致命的に人として常道から外れている、そんな彼にふさわしい役は? 『コナン』という男に名探偵の役割を与えられる男は?」
破砕音に加えて、エンジン音までが耳に入る。
あぁ、今なら分かる。
老人が何を考えているのか。
こうも彼の気配を感じては、わかってしまう。
「どうかね、哀君?」
「…………ホームズ」
「
老人の笑みに、狂喜が混じる。
「そうだ。ホームズ」
こちらに向けている拳銃を握る手に、力が入るのが分かり、思わず身をすくめる。
「ホームズ。ホームズ、ホームズ!」
この数日で散々聞いた、皮肉気で静かな笑い声はもうない。
自分の中の感情を腹から出し切るような哄笑だ。
「あぁ、君の事をずっと思い返していた! 出会った日の事からずっとずっと! 最初の始まりの一日からずっとずっと! それが30日を超えた時に首を傾げ、50を超えた時にまさかと思い、100を超え、200を超え、300を超えて確信した! 歓喜した! 君の戦う仕組みの枠の大きさを知った! 理解した時の私の感情を分かってもらえるかね! 浅見君! いや!」
突然、部屋の壁に亀裂が入った。
いや、亀裂というには綺麗すぎる、まるで斬られたような――
「ホームズ! 我が愛しの!」
亀裂の入った壁に向けて、老人が銃を向ける。同時に迷わず発砲。
壁に当たるだけのハズのそれは、途端に細切れになった壁の向こうから飛んできた弾丸とぶつかり、宙に火花を散らしてその場に落ちる。
あったはずの壁の向こうには――
「浅見透っ!」
「志保! こっちだ!」
同じように銃を構えた男が、――探偵がいた。
「
コナンVSルパン三世のキャラ紹介は事件終わった時にしようと思ってたんですが
よくよく考えると今のままだと微妙にわかりづらいですね
次回更新時までに簡単な紹介コラムを書いておきます
だからちょっと更新遅くなってもいですよね?()