平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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129:世界を見つめる男

 

「銃火器のバラ撒き、か。あの老人にしては金のかかる真似をするな」

「あら、貴方の元上司のお爺様も彼に出会っているのよ。いくらだって変わるでしょうに。貴方や私がそうみたいに」

 

 とある田舎の、一年分先払いで借りている安いマンスリーマンションの一室。

 以前から『名無しの男』が使っていた隠れ家の一つだ。

 

「それにしても、さすがね透君。ここまで一気に勢力を拡大させるなんて」

「もはや、正攻法であの男に勝つのは不可能に近いな」

 

(おそらく、あの組織でも……もはや浅見透の相手にするにはよほど入念な準備をしなければ手こずるだろう)

 

 直接あの男と対決したサソリのような女は、他でもないその男から贈られたグラスで酒を飲んでいる。

 元々事が終わったら逃走するための用意をしていた。

 女からすれば、どちらにせよそこで仕事は終わるからだ。

 

 それでも、彼女が手放せなかったものがこのグラスだった。

 遊び慣れているようでまったく慣れていない男が、自分のセンスの悪さに絶望しながら必死に選んだ、陳腐にも程があるつまらないプレゼント。

 

 そのつまらない物を、女は捨てられなかった。

 

「となると、彼の裏口を叩こうとするのは当然の流れね。で、どう? 私が痕跡消している間、貴方も彼の事調べ回ってたんでしょう?」

 

 やや暗い部屋の中でもサングラスを外さない男は、弾の入っていないリボルバーを抜いては構えて、手のひらの上でもてあそんではまた素早く構えるという動作を、もう小一時間は続けている。

 

「……元から奴の周りにはFBIやCIA、公安がうろついていた。もっとも、最近では急に公安の人数が大分減ったがな」

「なにかしらの事で疑っていたけど、容疑は晴れたって所かしら?」

「かもな。あの家の警護に数名ついているようだが……」

「まぁ、今日チラッと見たけど、あのお城に現れた精鋭と同格の連中が守っていたわ」

「察しの悪い素人があの家を攻撃しようものなら、その瞬間に無力化されるな」

 

 もはや、日本で最も安全な地域の一つに数えてもいいくらいの警備網だ。

 

「となると、やっぱりバックドアになりうるのは工藤新一の存在ね」

「あぁ、だが不自然なほどに接点が見つからない」

「……そうね、彼との対決直前ギリギリまで徹底的に調べたのだけど、全然彼らの接点が出てこない」

「それは、今彼らを調べている人間ならおそらく全員が把握しているはずだ」

 

 テレビには、浅見探偵事務所の人員――双子のメイドを尾けていて、結果撒かれているCIAの工作員の様子が映っていた。

 つい先日、名のない男が調べていた間に起こった出来事を録画していたものだ。

 

「この通り、今浅見透に近い人間はまず優秀。しいて言うなら奴の家の人間が狙い目……と言いたいけど」

「ただですら守りが固められていて、しかも触れたと分かった瞬間文字通り滅ぼされる竜の逆鱗。誰も恐れて近づけない」

「えぇ、だからどこも尻込みしている。……ねぇ、以前貴方が守ったあのお嬢ちゃんは?」

「いや、毛利蘭は何も知らなかった。例の遊園地で観たのが最後だということだ……となると」

「? なにかあるの?」

「あぁ、聞いた日には、確か組織の人間が取引を行っていたはずだ。あるいは、工藤新一は奴らと接触したのかもしれない」

 

 黒の組織。かつて名のない男がいた犯罪組織。その実態は、幹部である男も理解しているわけではない。

 

「工藤新一が奴らに接触した可能性は十分にある。警察から盗んだ資料では、俺の知る幹部二人が事件の容疑者として巻き込まれている。その事件を解決したのも工藤新一。奴だ」

「……その時に接触した、と」

 

 

 

「さて、一体どういう接触の仕方だったのかしら?」

「わからん。ジンは毒薬を飲ませて殺したと言っているが、死体が見つからなかった。それが引っかかる。すぐには死ねず、さまよった結果分かりにくいところで今も腐敗しているか、あるいは――」

 

 

「そのジンという男と、なんらかの取引をして生き延びている?」

「……かもな」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

〇1月21日

 

 今日の朝一でとりあえずの協力者となった刑事の皆さんはそれぞれのホームへ帰宅。

 突然のとんでもニュースに全員頭を抱えていたが、どうやらまだそれぞれの県警では、まだそういった事例を確認できていないようだ。

 

 特に諸伏さんを気にしていた安室さんは、長野県警との連携を強化すると言っている。

 まぁ、実際あの二人なんか相性よさそうだし任せて問題なかろう。

 諸伏さん、名探偵級の切れ者だし。

 

 珍しくウチに来た小田切さんからも銃火器の件について話を聞いたが、どうも報道管制を敷く方向で話がまとまりつつあるようだ。

 多分、枡山さんの手の平ダンシングドンピシャなアクションだと思うけど、銃火器が街中に出回っているっていう事実はパニックを引き起こしかねないと言われるとなぁ。

 

 あれ? でもとっくに銃火器なんて自然なもんじゃないの?

 多分この1月だけでもウチの事務所員の被発砲回数トータルでとんでもない数になってると思うけど。

 

 防弾スーツにめり込んだ弾丸、かなり警察に提出した覚えあるし。

 遠野さんももうそろそろ撃たれる衝撃に慣れてきましたとか言ってたし。

 

 まいっか。

 

 

〇1月24日

 

 どうも蘭ちゃんの周りを探ってる連中が増えてるようなのでこちらで牽制しておいた。怜奈さんを通して。

 なんか最近いろいろと顎で使うような真似してゴメンね? 今度、前に怜奈さんが言ってたフレンチの店奢るんで勘弁してください。

 

 まったくもう、工藤新一の方からアプローチしようとするのは分かるけどこの世界で絶対的な勝利が約束されている主人公と、そのヒロイン補正っつーある意味最強の悪運の持ち主の蘭ちゃんに手を出すとか破滅への一本道なんだからやめておきなさいってば。

 枡山さんでも絶対にやらない暴挙だよ?

 

 書いててこれなんか違うな。枡山さんだからこそ絶対にやらない暴挙か。

 

 こっちはまだ交渉とか取引にはある程度乗れるけど、完全な犯罪者って向こうにターゲッティングされたら完全に破滅して場外退場待ったなしだからな。

 

 まぁ、この世界は多分コミックか映像媒体――多分アニメーションのどちらか、あるいは両方だろう。

 

 場合によってはスペシャル~とか、あるいは……劇場版? とかで復活するかもしれんけどその時点で敗北の未来確定だからな?

 

 

 コナンが関わる事件はだいたい、アリバイや密室などの殺人。誘拐事件などで写真や手紙、音声から行かなければならない場所を割り出すパターン、そして暗号だ。これらに中確率でランダムに爆弾とか爆発とか狙撃とか銃弾がセットで付いてくる。

 

 気になっているのは暗号の時だ。

 特に、今でも俺たちの関わった事件を元に色々と小説を書くためによく取材に事務所を訪れる香保里さん――新名香保里さんの依頼で出会った暗号事件。

 

 行方不明の任太郎氏がFAXで送ってくる探偵左文字の新作の原稿に隠された暗号を解くという事件内容だったのだが、あれは明らかに文章というか小説という媒体で表現するには暗号文が長すぎた。

 

 挿絵チックな絵を描くという手もあるが、覚えている限りのあの時の会話と何枚もある暗号文を考えると、わざとらしい原稿全文載せた絵を乗せる必要がある。

 となると、一度にその場にいた人物、もといキャラクターの動きと同時にあの長い原稿を違和感なく見ている人間が認識するのは映像、あるいは絵画的なイメージが一番しっくりくる。

 

 ドラマとかの可能性もあるけど、爆破が多いし犯人が多すぎる。

 ひょっとしたら俺たちが余計な所まで引っ張っているからかもしれんけど、もしこれがドラマだったらおそらく役者が足りないだろう。

 

 工藤や快斗君、蘭ちゃんに青子ちゃんみたいな似た造形は数組いることにはいるけど、それ以外は皆確かに顔違うし。

 

 あともう一個、ここまでの事件を思い返すと、過去の事件や事故で子供が亡くなったことはあったが、関わった直接の事件で亡くなったことは確か一度もなかった。

 

 主人公のコナンが元は高校生で、今は小学生になっている。それに同じ小学一年生で構成されている少年探偵団の存在や活躍を考えると、この世界は低学年から上の少年を対象にしている作品だと俺は推測している。

 

 絶対とは言えないが、少年少女を対象にしている作品の世界ならば、殺人事件がストーリーの根幹とはいえ勇気や友情、愛と言ったものが勝利する世界だ。

 

 まあ、主人公側であればの話であって、それ以外だとむしろ愛や友情が敗北して殺人に発展しているわけだが。

 

 となると、主人公に疑われるのはともかく敵認定されるとヤベェんだよなぁ。

 疑われないように気を付けねぇと。

 

 

〇1月27日

 コナンが、誰かに見られている気がすると言って事務所にやって来た。

 またFBIか? CIAは怜奈さんから締めてもらってるしこっちでも動きが鈍ってるのは確認している。

 

 まぁ、FBIならまだいいんだが問題は例の組織か枡山さんが動いている場合だ。

 黒の組織ならまだいい。言葉としてはどうかと思うが、もともとの主軸だった以上コナン達は例の組織に対して相性が有利だ。ゲーム風にいうなら、特攻持ちと言ったところか。

 

 問題は枡山さんが動いている場合。

 ピスコの瓶がどっちの事務所にも届いていないならまだ様子見だと思うが、唐突にその先入観を利用して『あーさーみくーん! あーそーぼー!』からのレッツパーリーになっちゃう可能性は十分以上にある。泣いちゃいそう。

 

 いや、ロシアの一件の頃とはもう違う。今度こそ、少なくとも緊急事態でも最低でも時間は稼げるだけの数は揃えた。

 人員の数はともかく、質では負けていない。

 逆に言えば人数では負けているので、最低限唐突な奇襲は避けたい。

 

 だから、コナンがいう見られている気がするっていうのは無視できねぇ。

 

 というか、主人公クラスの「いや、気のせいだったみたいだ」とか完全に嫌な方向に流れるフラグだから全力で潰しておくべきなんですわ。

 

 とりあえず、護衛も兼ねて瑞紀ちゃんか遠野さんを付けるようにしておこう。

 元々エースの瑞紀ちゃんはもちろん、遠野さんも今では立派な戦力だ。

 

 ただ遠野さん、閉所恐怖症っていうドデカい弱点あるから、そこも矯正しないとなぁ。

 心療内科の定期カウンセリング、一応外部に委託してるんだけどどっかウチで取り込む必要がやっぱあるな。

 

 どこか買収して取り込むか。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

屋根裏部屋(グルニエ)付きの家? が、新しく建てられたのか」

「あぁ。採光窓もついてて、三階建てって感じかな。えーと、ほら、あそこ。向かいのビルとビルの隙間の所をまっすぐ……。小さくて分かりづらいけど、見えるか?」

「ほーう、探偵事務所からでもまっすぐ見えるのか」

 

 毛利探偵事務所の様子を見に――具体的には、俺へのアプローチを諦めて小五郎さんや蘭ちゃんに余計な事する奴がいたらソイツで遊ぼうと思って来たんだけど、思った以上に反応がない。

 

 浮足立つ奴もいないし、ガラス窓越しに俺を狙撃する奴もいない。

 まぁ、コナンには言ってるけどすでにここの窓、こっそり防弾ガラスにすり替えた上で強度を高めるフィルムも貼ってるから通常のスナイパーライフル程度じゃあまず抜けんけど。

 

 くそぅ、ここで襲ってくれるんならここらの地形に慣れるための演習名目で連れてきたカゲやここ最近増えた傭兵たちで一気に包囲して確保する予定だったんだが……。

 

「で、気になってる事っていうのは? なんか、あそこに人が住み始めたんだろう?」

「あぁっ、俺らが一度中を見に行った時以降にな」

「……まず、小学生の集団がなんで家見に行くことに?」

「いや、歩美ちゃんが……」

 

 あぁ、乙女回路が走ったのか。

 なんとなく想像ついたわ。

 

「で、どういう家なんだ? わざわざグルニエなんて作るってことは、土地自体は狭いって感じ?」

「あぁ、不動産会社の人が言うには30代の夫婦と子供二人くらいの家庭を想像してって……日当たりは問題ないけど、階段が少し急だったな」

「あぁ、土地狭いとそうなるよね」

 

 あとで調査会社を通して、家の間取り図入手しておくか。

 

「だけども、そこに移り住んだ夫婦っていうのが、老夫婦なんだよ」

「? 老夫婦? ……お前が引っかかってるのはそこか?」

「一応、今日少年探偵団の皆で一回訪ねにいったんだけど」

「お前ら毎回毎回アグレッシブすぎない? いやまぁ、しょうがねぇんだろうけどさ」

 

 せめて訪ねていく時は事務所に電話してこいよ。大人一人つけるだけでもだいぶ違うだろ。

 そもそも、そういう時に万が一事件が起こったら歩美ちゃんとか光彦君あたりが人質にされるんだよ。高確率で。お前の推理ショーが終わった瞬間とかに。

 そういうのを防ぐために人員揃えてるんだからマジで頼むよ、コナン。

 

「で、どうだったんだ?」

「……辻褄はあってた。その、宇土(うど)って家の奥さんがグルニエ付きの家にあこがれていて、ついでにあの家の近くには一人息子が住んでいる家があるんだってさ」

「……そこまではお前も納得しているんだけど、どうにも引っかかる事がある。でも、それが何なのかハッキリしていない……って所か?」

「ああ、どうにも気になって……」

 

 うーん、これどっちのパターンだ?

 ようするにマジもんの犯罪者かその未遂者がいるパターンか、事件と思わせてほのぼのしているのか。

 

 犯罪者を相手に対応するのが余裕で、そうじゃないパターンでも対応が出来てかつ組織の人間じゃないし妙な組織の影がない人間。

 

 今日の事務所待機勢は……初穂にマリーさん、キャメルさんに紅子に体力訓練中の遠野さん、それに――よし

 

「コナン、ちょっと待ってて。事務所に瑞紀ちゃんいるからこっちに呼び出す。合流したら、ちょっとその家訪ねてみないか?」

「瑞紀さん? 今日待機だったの?」

「ついでに事務仕事な。この間、三水吉右衛門の偽装されたからくり扉を彼女が見つけて……それを市が観光名所にするとかで、そのからくりについての詳しい報告書というか鑑定書の作成を急かされていてね。午前中は現場を再調査して、お昼から紅子と一緒に楽しそうに書類作成してたから」

「からくり扉……相変わらずそういうの大好きだね、瑞紀さん」

「大好きだぞ。もうテンションが全く違うからな」

 

 面白いモノを見つけたらそこに遊びに誘ってくれるし、目の事も黙ってくれてるしホントいい子だ。

 最近はすごく気にしてくれてるの丸わかりで申し訳ない。

 一緒に行動する時はいつも行動を補佐してくれるしすごく助かってる。

 

「ま、出かける用意しておけよ。電話したら多分すぐに来てくれるから」

 

 

 




〇コナン、瑞紀、浅見の三人で謎の老夫婦の家を訪れる。

〇瑞紀、おばあちゃんと雑談をする。

〇おじいちゃんの方を追跡したコナンと浅見、尾行した先の中華街で謎の中国人と遭遇。
 投げつけられた青龍刀を白羽取りした浅見、コナンを逃がすために交戦

〇浅見透vs謎の中国人! ファイ!






〇『米花町グルニエの家』
アニメ:file418(アニメオリジナル)

感想というかネタバレは次回の本編開始時、および後書きコラムで取り扱うことになるが、個人的な感想としてはあの中国人の爺さんはマジでなんで日本に住んでいるんだ……


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