平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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133:箱舟、出航

 暗闇の中、男がナイフを構えて走り出す。

 

 先にいるのは、男にとって消さねばならない物を持っている人物だ。

 

 急所を狙って確実に仕留めなければならない。

 

 

 

――なにをしているの!!!

 

 

 

 背後から突然、女の声が響いた。

 反射的に目を背後に向けてしまうが、それはちょうど刃物を突き立てる瞬間だった。

 ズレた、と感触で男は理解した。

 

 女が声を上げたことで、よそ見をしていたターゲットが警戒してしまった。

 

 だが勢いを付けて突き立てた刃は深い。

 時間さえかかれば死ぬだろう。

 少し回して傷を大きくした上で引き抜いた刃。

 そのほとんどが血に濡れている中、わずかに覗く銀色の輝きが、次の獲物を映していた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ちっくしょうどうなってんだ!!?」

 

 サプライズ前の最後のテスト中に突然起動して外部からの接触をすべてシャットアウトし始めた『コクーン』を前に、プログラマーの金山誠一は、一度は後ろで縛っていた長髪をまたボサボサにさせながら必死にキーボードを叩いている。

 

 持ち込んでいたコクーンを子供たちが使うゲーム機としてのコクーンとリンクさせ、各ステージの一部難所において浅見透がゲストキャラとして子供達をナビゲートする。

 それが最初の計画だった。

 

 だが、こちらよりも性能の劣る量産タイプとリンクした時に動きに不備が出ないかの調整をするためにコクーンに機乗した浅見透は、今は繭の中で目を閉じてじっと動かない。

 

「おおお、おい金山、これプラグ引き抜いた方がいいんじゃねぇか?? 無理やりにでも引きずりだした方が――」

「馬鹿野郎! 催眠状態にある上に五感がリンクしているんだぞ!! 慎重にやらなきゃどうなるかわかんねぇんだぞ!!」

 

 その側に控えていたチンピラ風の男、金山の友人である大嶺良介が口をはさむがすぐに金山が大声で怒鳴りつける。

 

「わ、悪かったよ。でもそんな大声上げなくてもよぉ……」

「……わりぃ、大嶺。つい――。……なぁ、どっかからタオルもらってきてくれねぇか。ハンカチでもなんでもいい。汗を拭うものが欲しい」

 

 緊急事態に対処しなければならないという緊張から、金山は手汗を幾度もすでに汗でジットリしているシャツにこすりつけている。

 舞台での簡単な挨拶もあるからと着て来た下ろし立てのシャツは、すでに所々にシミが出来ておる。

 

「わ、わかった! 給仕さん捕まえて持ってきてもらう!」

 

 こういう時に出来ることがないのがもどかしいのか、大嶺は慌てて外へと飛び出し、辺りは探し始める。

 

「金山! ボスは!?」

 

 そんな時、今度は鳥羽初穂が飛び込んでくる。

 いつだって不敵な笑みを浮かべている彼女が、かなり慌てている。

 

「今度は副所長か! 見ての通りだ! 訳のわからないエラーで起こせない!」

「クソッ! こんな時に!」

 

 思わず不機嫌な態度のまま返してしまう金山だったが、鳥羽も焦っている。

 気になった金山が、眉を不審げに寄せる。

 

「何があったんですか?」

「樫村の旦那が刺された。今緊急搬送された所だ」

「ウソだろよりによって今!?」

 

 今一番力を借りたかった凄腕のプログラマーが重体に陥ってると聞いて、金山の顔にまたも冷や汗が浮かぶ。

 

「それだけじゃない! 紅子の嬢ちゃんもやられた!」

「ハァッ!? あの嬢ちゃん、今日は例のスーツ着てただろ!?」

 

 コクーンでの救出、制圧訓練のためのデータ入力のために、浅見探偵事務所の個人装備の詳細を金山はよく知っている。

 無論、スーツの耐久度もだ。

 

「刃物自体は通らなかったけど衝撃を殺しきれなかったみたいだ。肋骨の何本かが折れて内臓に刺さってるんだ! 一応応急措置は施したけど……」

「あぁ……クソッ! スーツの軽さが仇になったか!」

 

 以前シミュレートの参考のために調べさせてもらった警察の防刃ジャケットに比べて、動きやすさを重視したために軽量だというのを金山は知っていた。

 開発元の阿笠博士からそこらの説明を受けていたのだ。

 

「まぁ、一目で防刃ジャケットって分かる代物だったら確実に殺せる喉を狙われていたかもしれない。そう考えるとまだいい方だけど」

「嬢ちゃんの容体は?」

「まだなんとも……」

 

 くしゃくしゃになっている長髪を、更に掻きむしる金山。

 ただでさえ焦っていた所に、よく知っている人間が害された怒りと、失うかもしれない恐怖で手が震える。

 

「とにかく、どうにかボスを起こす方法を考えてくれ! こっちは現場に入る!」

「あぁ、出来る限りを試してみる!」

 

 部屋を飛び出していく初穂の背中に向けて反射的にそう答えた金山だが、正直手段が全く思いつかない。

 ため息をつきながら、ずっと格闘しているパソコンの画面に再び向き合う。

 

「……んあ?」

 

 そこには、今までになかったウィンドウが追加表示されていた。

 

「……チャットアプリケーションの一種か? んなもんコイツの中にゃ入れてねーぞ。誰だ?」

 

 ウィンドウに、一文字ずつ文字が追加されていく。

 

 

――『ごめんなさい』 

 

 

 

 

 

 

――『少しの間、この人を貸してください』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「すみません遅くなりました!」

 

 血にまみれた部屋の中に安室透とアンドレ・キャメル、マリー・グランが飛び込んだ時には、すでに多くの刑事が到着していた。

 目暮警部、高木巡査部長、佐藤警部補に白鳥警部、そして会場から駆け付けた千葉巡査部長。

 

「凶器はナイフのような、刃渡りも厚みもある刃物か」

「えぇ……おそらくは腰だめに構えてこう、ダーーーッ! と……あぁ、キャメル様ちょうどいい所に! ちょっと廊下で被害者役をやっていただけませんか!? 樫村様と背格好が似ているのは貴方だけですので!」

「わ、わかりました!」

 

 そして越水七槻や中井芙奈子といった、浅見透の周りにいる人間もここにいる。

 

「これだけの血痕……返り血はどうにかしたとしても凶器を隠すのは難しいハズ……ですね? 沖矢さん」

「ええ、それがいったいどこにいったのか」

「問題はそこですね。目暮警部、申し訳ありませんが警察官の方を数名回していただけないでしょうか?」

 

 無論、浅見探偵事務所の方々も揃っている。

 遠野みずき、沖矢昴、恩田遼平。

 

 その誰もが、裏社会でもかなりの実力者である『あの組織』の面々が警戒するに足ると認めている人材だ。

 

 狙撃の名手であるキャンティとコルンは、安室透とマリーが持ち帰ったロシアとヴェスパニアの記録から遠野みずきの狙撃の腕を脅威だと認めた。

 

 機転や体術、狙撃技能、そして推理力から、第二のシルバー・ブレットになりうる男と組織の人間が恐れ始めている沖矢昴。

 

 そして、決して手を出してはいけない男だと『ラム』が浅見透の次に恐れている男。恩田遼平。

 

 身内に怪我人が出ている緊急事態だというのは分かっているが、それでも思わず安室は安堵を覚えてしまった。

 気が付いたら、こんなにも頼もしい人間達が自分の後ろにいてくれるのだと。

 

「? あれ、そういえば瑞紀さんは?」

 

 ふと、安室のこの中に、所長を除けば一番小泉紅子と仲が良かったマジシャンの姿がない事に気が付いた。

 

「今は出入口の手荷物検査や金属探知機の担当者に、本堂君や捜査一課の人と一緒に話を聞きに行っています」

「不審な者や引っかかった事例はどんな物だったか、か」

「ええ。瑞紀様、やはり燃えてらっしゃいますね。先日の事件で浅見様が行方不明になった時と同じくらい、怒ってらっしゃいましたわ」

 

(……だろうな)

 

 その光景が容易に想像できた安室とマリーは、然りと頷く。

 

 事務所員なら全員知っているが、浅見透と瀬戸瑞紀、そして小泉紅子の三人は極めて良好な関係を結んでいた。

 鳥羽初穂曰く、よっぽど馬が合うのだろうと言うくらいには仲良しだった。

 瀬戸瑞紀のマジックショーの打ち合わせをしたり、浅見透が瀬戸瑞紀の魚嫌いを直そうと小泉紅子と並んでキッチンに立ったり、逆に彼女の買い物の荷物持ちを、二人でぶぅぶぅ言いながら務めたりと。

 

「トメさん、凶器の目途はつきましたか?」

「おぉ、安室の兄ちゃんか。おう、大体だが――」

 

 鑑識のトメに、安室が確認を取った所やはりナイフという事だ。

 刃渡りなどおおよその詳細を聞いて、安室は想像を固める。

 

「……安室副――失礼、安室部長、表ホールの展示品にあったブロンズ像は? たしか、想定されている凶器に近いナイフを握っていたと記憶しています」

 

 マリーが事務所員として口を開き、上司である安室に提言する。

 再会した時には副所長だった安室は、今では再編で調査部部長という、調査員としてのトップに立つ男になっている。

 

「そいつは本当か、別嬪さん。案内してくれ、すぐに他の鑑識を回す」

 

 安室がマリーに目配せすると、すぐに頷き立ち上がった鑑識員数名を連れて外へと出て行こうとして、何かを避ける様に体をよじった。

 

 部屋の出入り口の所で、ちょうど部屋に駆け込もうとした人間とぶつかりかけたのだ。

 

「樫村!」

「優作君!?」

 

 目暮が驚きの声で迎えたのは、このパーティの主役の一人。 

 今日のために用意されたいくつかのゲームの内の一本のシナリオを作った、世界でも有名な小説家だ。

 

 その後ろには、彼の妻である有名な女優も駆け付けている。

 

「工藤優作先生ですね。浅見探偵事務所の安室透と申します」

 

 すかさず、安室透が手を差し伸べて、軽く挨拶をする。

 

「ええ、貴方たちの活躍はかねがね伺っております」

 

 本来ならば顔役は、近々正式に調査員以外の肩書が付くことになっている恩田遼平の仕事なのだが、彼は今、世良真純と共に監視カメラの映像を精査しに行った所だ。

 もちろん、警察の人間も一緒だ。

 ヴェスパニア事変以降、本格的に事務所を再編して組織としての動きをするようになってから、それぞれが警察との連携,協力を意識して動くようになっている。

 

「樫村氏の容体ですが、まだなんとも言えません。急所はギリギリ外れていたのですが出血がひどく……現在、病院で緊急手術中です」

「……まだ息はあるのですね?」

「はい」

 

 第一発見者が施設警備員と共に巡回していた鳥羽初穂だったのは不幸中の幸いだった。

 看護師だったこともあって、緊急救命や応急措置の訓練を主に積んでいる.

 とっさに止血を始めとする措置を施せたのは大きい。

 

「? そういえば、浅見探偵はどこに? パーティが始まる前に、少しだけお見かけしたのですが」

「……?」

 

(そういえば――)

 

 言われて初めて気が付いたのか、安室透はあたりに目をやり、小さく首を傾げる。

 なんとなく、どこかにいるハズだと思い込んでいたせいで気付かなかったのだ。

 

(いつもならとっくに指揮を執ってドーンと構えているハズなのに……どこに行った、アイツ?)

 

 組織のトップ足る浅見透の不在をどう説明したものかと考えていると、そこに更に息を切らして駆け込んでくる人物がいた。

 鳥羽初穂だ。

 

「わりぃ、皆! よりにもよってウチの最大戦力にもトラブルだ!」

 

 彼女の呆れたようにも聞こえる悲痛な叫びに、越水七槻は顔を青白くさせる。

 

「あぁ……。また、ですわね」

 

 一方、浅見探偵事務所の中でも極めて高い順応能力を持つ中居芙奈子は頭を抱えて深いため息を吐いた。 

 この腐女子は慣れすぎである。

 いや――

 

「鳥羽副所長、それは所長の身に差し迫った危険があると?」

「……なんとも言えない。が、とりあえずボスはしばらく動けない。だから残った面々で警察のバックアップに入る。いいかい?」

 

「異論はありません」

「所員一同、了解のようです。で、どうします副所長?」

 

「……まぁ、ボスに付いていける連中だし、話が早いのは当然か」

 

 この場にいるほとんどがとっくに慣れていた。

 副所長である鳥羽は、残っている血痕や破壊されたハードディスクなどを見て、数秒目をつむってから指示を出す。

 

「聞き込みや記録の精査はもうやってるんだろう? まず、犯人に痕跡を消されないように、スタッフの動きを止めてくれ。ゴミなんかは下手に動かさず――いや、もうどこにあったのか写真で記録して全部回収してくれ。それと、パーティを中止するにせよそのままにするにせよ会場を見張る人間がいる。多めにだ」

 

 そして鳥羽はチラリと、破壊された物品に目をやる。

 

「犯人はおそらく余裕がない。こんなやっかいな状況で犯行に及んだのも、確実に消したい物と人があったからだ。おまけにそれも紅子が介入したおかげでまだ成功かどうか決まり切っていない。そんな状況で、当初から立てていたんだろうプランに沿って凶器をどこかに隠した。丁寧に血を拭って持ち去っているんだからねぇ」

 

 

「――だからこそ、必ずどこかに隙がある」

 

 

 ほぅ。と小さく感嘆の息を漏らす人間がいた。

 工藤優作だ。

 

 逆に妻の有希子は、不満そうに頬を軽く膨らませている。

 自分や夫の優作よりも目立っている存在が気に入らないのだ。

 そういう本能である。

 

 ついでに、夫が自分と違う女に注目しているというのも気に食わない。

 美貌で勝っているという自信があってもだ。

 

「とりあえず目暮の旦那、そっちの方針を教えてくれない――ぁん?」

「? どうかしましたか?」

 

 優作が一歩踏み出し、問いかける。

 そして有希子がそれを引っ張って連れ戻す。

 

「いや、こういう時絶対現場にいるハズの眼鏡の坊やがいないなと……。恩田! ――はさっき真純と出ていったな。沖矢、坊やは?」

「コナン君なら、先ほどそちらのキーボードを覗き込んだ途端に飛び出していきましたよ?」

「アンタって奴は! それを先に言いな!!」

 

 手袋を付け直した鳥羽がキーボードに駆け寄ると、確かに血痕が付いたキーが三つあった。

 

「? R,T,J?」

 

 なんのこっちゃと鳥羽がつぶやき、他の人間の意見を求めようと振り返った瞬間、電気が一瞬消えた。

 その後、パチパチっと再点灯するが、心なしか少し元の明るさよりも暗い。

 

「……おい、安室さん」

「もう呼び捨てでいいんですよ、副所長。で、なんです?」

「今すっごい嫌な予感がした」

「意見が合いますね。僕もです」

 

 二人がそう言ってチカチカする電灯を見つめていると、突然館内のスピーカーにスイッチが入る。

 

 

 

『――我が名は、ノアズ・アーク』

 

 

 

 そして、ただ一人を除いて誰もが予想していなかった緊急事態が始まる。

 

 

 

 






『犯人との二日間(前後編)』
アニメオリジナル547-548話

 前に紹介したことがあるのですが、かなり時間も経ったし念のためにもう一度。
 本作でプログラマー役としてよく出てくる金山誠一、そしてその友人の大嶺良介が登場する一作。
 結構好きな話でたまに今でもたまに観返してしまうエピソード。

 その中の容疑者――いやもう容疑じゃねぇな。誘拐実行犯として出てくるのがチンピラの大嶺良介。
 そしてその友人で事件の大本の殺人事件の真犯人候補として出てくるゲームプログラマーが金山誠一です。

 金山誠一は、原作エピソードの中ではゲーム作成に天才的なセンスを持っており、毛利小五郎からゲームの天才と言われていますが、クッソブラックな会社に捕まっており安月給で働かされております。
 まぁ、でも年収300万……。うーん、実績あるんだし転職楽そうなんだけどなぁ。
 ひょっとしたら作中で出ていないだけで何かしらの弱みがあったのかもしれない。

 そしてその友人で飲み仲間の大嶺良介。
 天才的な運転技術の持ち主。うむ、天才的。自動車学校から出禁を食らうレベルの才能。
 小学生のゴーカートでももっと上手に運転するわ。

 やってることはしょうもないし、やってることも擁護一切できないハズなのに細かくポイント稼いでいくツンデレ。
 お前なんなんや!?

 こういうちょっと見どころある悪い奴、なんだかんだ使いやすくて好きなんですよね
 UFO事件や時限爆弾を乗せた車事件の二人組とか、火の用心の落とし穴の兄ちゃんとか



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