平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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134:世界の中の世界

(最悪だ。ただでさえ面倒な仕事を押し付けられていたのに警察まで来るとは……いや、それよりも小泉紅子に万が一の事があれば……っ)

 

 樫村忠彬、並びに小泉紅子の殺害――未だ未遂――事件の証拠品の捜索役を自ら志願し、現場から離れた私は、あちこち走り回ってる捜査員の目を避けながらあの嫌な男に通信を取っている。

 

「ジン、聞こえるか? 不味い事になった。計画を変更――いいや、中止する必要がある」

 

 人工知能、ノアズアークの反乱。

 どこかSF染みた、だが起こってしまった前代未聞の大事件。

 50人の子供たちを人質に取ったAIによるテロ。

 目的は――『日本のリセット』

 

(浅見透の持つカードの一枚であるシステムと同名というのが気にかかるが……)

 

 少なくとも、今回の計画のメイン・ターゲットの方のノアズ・アークはあんなにペラペラと喋ったりしない。

 ただ黙ってシステムに望ましくないやり方で侵入する物を徹底的に排除するだけのプログラムだ。

 

(子供達がゲームの参加権を持っていなかったのが幸いだが……)

 

 先ほどノアズアークがゲームのルールを説明した。

 これから参加している子供たちは、当初の予定通りゲームのプレイヤーとして参加していく。

 ただし、文字通り命が懸かったゲームになる。

 

 中で行われているであろうゲームの詳細は聞いていないが、そのゲームでゲームオーバーになったらそれまで。

 今、まさに一人脱落した。続けて一人。

 起動状態だったコクーンが突然スリープモードになり、冷却材の粉末を大きく吐き出してからクルクルと格納されていく。

 

『どうやら、面白い状況になったようだな』

「面白がっている場合か。警察がうろついている。うかつに動けんぞ」

 

 当初の計画の中には、持ち込んでいる改良型コクーンを奪取するというプランもあった。

 これはただでさえ難しいだろうと踏んでる所に警察が来た。

 

(まぁ……浅見透と直接戦う可能性が減ったのは不幸中の幸いか)

 

 万が一そういった命令が来たら、自分でも脱走を本気で考えるかもしれん。

 あるいは、浅見透にすべて吐いて保護を『依頼』するか。

 

 ……いや、駄目だ。

 万が一浅見透が組織と全面攻勢などという悪夢が実現しようものなら、どう動けばいいのかまったくわからない。

 

「ジン、今回は引くべきだ。イレギュラーが多すぎる」

『イレギュラーが多いという事は、こちらへの目くらましも多いという事だ。違うか、キュラソー』

「……それは……そうとも言えるが……」

 

 イレギュラーに助けられるという事もあるにはある。

 ピスコが正にそうだ。

 あの老人がばら撒く酒瓶のおかげで、こちらの仕事はかなりやりやすくなってきている。

 

 ふと、脳裏に先ほど駆け付けてきた見知った刑事や応援の警察官たちの服装や顔色を思い出す。

 警察官らしく一見キチンと整えられている服装だが、アイロンかけが甘くなっている。

 顔色が悪い、一目で睡眠不足だとわかる警察官が多々いるし、高木渉に至っては挙動が少し怪しい。

 

(中居芙奈子と話している時に観察した千葉和伸は普通に見えたが、あれは休日である程度睡眠を取ったからか……)

 

 確実に警察の士気は下がりつつある。

 警視庁ではまだ確認されていないが、どこかの県警では過労による退職者や殉職者が相次いでいると聞く。

 

「それで、どうするつもりだ」

 

 廊下の窓から、階下が見える。

 目の前に並ぶ子供たちの『繭の棺桶』を前にうろたえ、泣きわめくこの国の重鎮たち。

 寝かされているのは、先ほど報告が来た負傷者か。

 

 よくわからない物にうかつに触るなど、馬鹿以外の何者でもないと思うのだ……が……

 

「……っ!?」

 

 繭の中で眠っている、仮想世界の中で試練に振り回されているだろう子供達。

 その中に、あるはずのない顔ぶれがあった。

 

(中谷楓!? 円谷光彦に小島元太……吉田歩美に灰原哀まで!? 馬鹿な! 参加権の抽選に漏れていたはずでは!?)

 

『どうした、キュラソー』

「……いや、なんでもない」

 

 動揺するな。

 いや、それはもう遅いが気取られるな。

 この男に隙を見せて良い事など一つもない。

 

 足音が近づいてくる。

 だが、この音を出来るだけ小さくする歩き方は……バーボンか。

 

 本来ならば一度ここで隠れるか離れるべきなのだが、あえて堂々と通路の真ん中に立つ。

 少しの間をおいて、予想通りバーボンが現れた。

 奴はキョトンとしているが、携帯電話を指さした後に手を広げて『待て』と合図をすると、察したのか完全に足を止める。

 

 バーボンが通信機器の類を使っている様子がない様子から、今からジンが話そうとすることは自分だけに知らせておきたい物だろう。

 人差し指を立てると同時に、携帯をスピーカーモードにする。

 不味い事態になりそうなのだと気づいたバーボンの眉間に、さらに皺が寄る。

 

『ふん、訳の分からんプログラムが暴れている今なら、連中の方のコクーンに干渉できるかもしれん』

「待て、ジン。トラブルを起こして一応リンク状態にある量産型のコクーンに影響があれば、最悪50名の子供が死ぬ! 大惨事だ!」

『それがどうした』

 

 

 

 

『仮になにかあってガキ共が死のうが、殺したのはプログラムだ。お前じゃない。違うか?』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(あー、いかんいかん。焦るな焦るな。ダイイングメッセージの意味が作家先生の言う通り『切り裂きジャック(ジャックザリッパー)』なら、坊やもゲームに参加してミステリーの奴に参加してるのは間違いない。ボスの声が聞こえないけど、坊や達がゲームさえクリアすれば昏睡状態からは帰ってこれるハズ)

 

 副所長になってから訓練以外はひたすらデスクワークだった所にコレだ。

 ボスにはそれなりに恩義を感じているし、一応このまま付いていく覚悟はできているが、面倒な役職を押し付けられたと思わなくもない。

 

 安室で駄目なら、いっそ恩田を副所長にすりゃいいんだ。

 

 いや、ダメか。

 

 アチコチに飛び回ることが多いアイツが肝心な時に事務所どころか日本にいるとは限らない。

 

 ……あぁ、なるほど。

 確かに自分しか適任がいない。

 

 とにかく、今はあからさまになにか隠してるこの大社長から目を離さないことだ。目暮の旦那たちもここ本部にいるけど、普段に比べて多少注意力が散漫だ

 ……というか、いつも被ってるシャッポが少し汚れている。

 もしかして家にもほとんど帰れてないんじゃないかい?

 

「鳥羽探偵、貴女は事態をどう見ているのでしょうか?」

 

 あとお偉い作家先生は一々アタシに絡むな!

 アンタの嫁さんがこっち睨んでるだろうが!

 害はないけど鬱陶しいんだよ!

 

「さっきも言ったけど、相手はゴツい凶器を持ちこんだ上で、それを持ち去っている。つまりは、最初から場を整えていたってことさね。この会場で樫村の旦那を殺さないと、ますます犯人にとって都合が悪くなるハズだった」

「破壊されたハードディスクの中身がよほど大事だったのでしょう」

「……バラされたら困る物。……って感じの物だろうね。多分。ハードディスクすべてって事はどこにあるか分からなかったか、あるいはその大事なもののデータ量が膨大だったか」

「ええ、私もそう思います」

「そして犯人は『ここ』で、あるいは『今』殺さなきゃいけなかった」

「犯人は出席者の中にいる、と?」

「……会場の中にいる人間を外に出すわけにはいかないって所までしか、今は言えないねぇ」

 

 クソッ、こういうときこそボスが指揮取ってくれりゃ楽なのに!

 

 正直、犯人の予測は付いている。

 日本に来るだけで騒がれるため、お忍びで出歩くのは極めて難しく、今回たまたま都合よくここで樫村の旦那と怪しまれずに顔を合わせることが出来る。

 

(野郎……。捜査は安室さん達に任せて、とにかく証拠の隠滅とかをされないようにコイツから目を離すわけにはいかないねぇ)

 

 キャメルに目配せをして、その後小さく目をトマス・シンドラーに向ける。

 よしよし、ちゃんと気付くようになってきたね。

 小さく頷いてやると、やはり向こうも頷いて素知らぬ顔でお偉い社長さんの後ろで、程よい距離を保って突っ立っている。

 

「樫村の旦那とは大学の友達だったんだっけ?」

 

 下手に猫被って対応すると、後ろの大女優の機嫌をますます損ねそうだしもういつも通りでいい。

 おかしいな、副所長ってのはもっとこう、色々装って顔役になるような役職のハズなのに、アタシがやろうとすると素のままの方がなにかと得になる。

 

「ええ。……悪友でした」

「気を悪くしないでもらいたいんだけど、金に困ってたとかそういう噂は?」

「それはありません。ただ――」

 

 ……なんかあんのかい、やっぱり。

 

「この一年、私は樫村と探偵と依頼人という関係だったんです」

「……差し支えなければ、依頼内容を聞いても?」

「ええ。依頼されたのは、彼の息子――サワダ・ヒロキ君の死んだ原因について調べてほしいと」

 

 ……また聞いた名前が出て来たな。

 

「二年前に自殺してしまった、頭のいい子だっけか」

「ええ」

「苗字が違うのは……母方かい?」

「そうです。樫村と別れた後、アメリカに渡る時には母方の性を名乗っていました」

「……なるほど」

 

 少なくとも点と線が繋がった。

 天才少年の血のつながった父親と、現保護者。そして父親は息子の死に不審を抱いた、と。

 

(証拠はある。必ずある。本人もシクったと感じているだろうからそっちのプレッシャーは今もかけられ続けているハズ。そういう意味じゃあ、腹立たしいけどノアズアークの反乱もいい材料になっている)

 

 相手は権力者だ、万が一にも変なやり方で逃げようとされたら面倒だ。

 そういう意味でも、そのうち発見するだろう凶器を始めとする証拠の他にも、揺さぶるための武器が欲しい。

 

「恩田」

 

 作家先生に一言断ってから携帯を取り出して、呼び慣れた元々のペアを呼び出す。

 

『はい、なにか動きはありましたか?』

「まだだ、ただ思ったよりも大事になる可能性が出てきた」

『…………』

 

 無言になった。長考モードに入ったね。

 アタシの苦手な方向に頭を回してくれるのは頼もしいけど、誰かが聞いてる可能性があるから適当な相槌だけでも打ちながら会話してくれるともっと頼もしいんだけどねぇ。

 

「アンタは捜査から外れて体と頭と手札を温めておきな」

『了解。そちらに戻り、待機します』

 

 よし、察したね。

 キャメルといい恩田といい、ますますいい感じに使いやすくなってきている。

 

(こっちはとりあえず万が一に備えて手札を一枚伏せた。あとは状況を維持しながら必要なカードを待つだけ)

 

 必要なカードさえそろえば一気に片づけられる。

 問題は、それを見つけてくるのが役目の駒の働きだ。

 

(沖矢や安室、マリーあたりは大丈夫だろうけど……。仲間意識の強かった高校生組が焦ってないかがちぃと不安要素、か)

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「入口の手荷物検査も金属探知機も、やはり当たりと言える程のものはなかったですね」

「まぁ、正直そこまで期待はしていませんでしたが……こういうのは外から埋めていくのが基本ですので」

 

 本堂瑛祐と瀬戸瑞紀のペアは、手荷物検査場の担当者から一通り聴取を終えると、同行してくれた警察官と別れてシンドラー社長や目暮警部達がいるシステム管理室へ向けて歩いていた。

 

「紅子さん、無事だといいですね……」

 

 本堂瑛祐にとって、小泉紅子という女性は不思議な存在だった。

 とっても高飛車で、自分を執事か何かと勘違いしているんじゃないかと思うくらいにはよく顎で指図してくる人なのだがそこまで嫌味を感じず、気が付けば事務所の学生組の中で妙なリーダーシップを発揮している。

 

 人のこき使い方が上手い、と世良真純は彼女を評した。

 まったくもってその通りだと、本堂瑛祐は実感している。

 

 こういう現場で小泉紅子がいない。あるいは、いなくなるかもしれない。

 その事実が、喉に刺さった小骨のように学生組の心を刺激していた。

 

「簡単に死ぬような人じゃないので、大丈夫ですよ。それよりも、こんなバカな事をしでかした人間の方が問題です」

「ええ、絶対に捕まえましょう」

 

 怒りに燃え上がっている本堂とは違い、瀬戸瑞紀は静かだった。

 静かにキレていた。

 

「……本堂君」

 

 必死に怒りを抑えて冷静でいないと、『瀬戸瑞紀』ではいられないほどにキレていた。

 

「凶器は、多分あのブロンズナイフだよね?」

「あぁ、ホールの奴ですよね? さっき鑑識さんがルミノール反応が出たと言っていたので間違いないでしょう。今は指紋を調べています」

「うん、だけどさ」

 

 瀬戸瑞紀は入り口の方を振り向き、一瞥してから再び考える。

 

「回りくどすぎない?」

「……と、言いますと?」

「殺害が目的だったら、もっと便利な凶器はあったと思うんだ。例えばロープとか、それこそ梱包用の物なら会場内のそこらで調達できた」

「絞殺では時間がかかるから……とか?」

「なら撲殺は? それこそ、固い物があればいい。小さくても、それらを袋に詰めて頭を殴れば死ぬよ。一撃とは言わなくても数回で。布状の物で包んでいれば、音だって多少は抑えられる」

「……なるほど。確かに。……つまり、凶器はナイフ……あのナイフじゃないといけなかった?」

 

 本堂瑛祐はあの、あの立派なブロンズ像を思い出す。

 だけど、以前鈴木園子に連れられて皆と某アイドルグループのコンサートにここ米花シティホールに来たときは、あんな目立つ大きなブロンズ像は絶対になかったと。

 

「瑞紀さんは、このまま報告と調査をお願いします。マジシャンの瑞紀さんの視点は必ず役に立つハズです」

「分かりました。本堂君は?」

「僕はブロンズ像について調べてきます。ひょっとしたら、ナイフ共々何か分かるかもしれません」

 

 本堂の頷きに、瀬戸瑞紀はどうにか笑顔を作って返す。

 

「まぁ、今一番の大事は、子供達の方なんだけどさ」

 

 だが、それも長続きしない。

 今度は憂鬱な目で、子供たちが今も遊び(・・)続けているだろうホールの方向の壁に目を向ける。

 

「所長も、巻き込まれてるんだよね」

「多分……今の所、会場から所長の声はしていないようですが」

「した方がいいのか、しない方がいいのか……」

 

 今現在学生である世良や本堂達には会場の誰よりも強く聞こえていた。

 ノアズアークの、『大人』への怒りが。

 

「仮に、所長が関わったとしても何ができるかな」

「……普段なら、なにやっても最終的にはなんとかしちゃいますけど」

 

 今回の現場は仮想空間だ。

 一見なんてことのないように思える、だが下手をしたらこれまでで一番危険な現場。

 なにせ、常に自分の命を握られているようなものだからだ。

 

「分かりません」

「そう、だよね……今回ばかりは、中にいるコナン君達に頼るしかない、か」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーくそ。君も、もうちょっと早く声かけろよな。おかげでここに入るのに時間かかった」

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、やんなきゃならない事は理解した」

 

 

 

 

 

 

「ここは作り物の世界で、いるのは外の子供達(紙の上の人)設定されたNPC(データの上の人)だけ。創造者は明確で、ルールもゴールもハッキリ設定されている。ついでにいうなら世界の舞台はこのロンドンの一区画のみ」

 

 

 

 

 

 

基本何も変わらない(・・・・・・・・・)上にこんだけ明確な縛りがあるとか、イージーモードにもほどがあるわ」

 

 

 

 

 

 

「うし。行くか」

 

 

 


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