若くなったトグサみたいなのを想像しております
敵の数は多くない。後からワラワラ湧いてきたとしても10人超えればいい所だろう。
しかも武器はほとんどが酒瓶やら椅子やらの即席鈍器で、しかも動きは完全にチンピラである。
横須賀で戦ったカゲや、ロシアの傭兵に比べるとお粗末もいい所だ。
(走り切って疲れているとはいえ、さすがにコイツら相手にゲームオーバーは恥ずかしすぎる)
「このやろぉぉぉぉぉっ!!」
人を殴るには動作が大きくならざるを得ない椅子を振りかぶって来ているチンピラ……え~と、その4か5当たりの一撃を躱して、その後頭部を強く押して床に顔を叩きつける。
うん、よし、動かなくなったな。
子供の目の前だからな、できるだけ殴る蹴るといった分かりやすい暴力は使わずに綺麗に勝ちたい。
出来るだけスマートにあっさり片づけたい。
というか、こっちは完全なミステリー世界なのになぜこうも乱闘が起こるんだ。
……あぁ、
なんでこっちに来たのさ蘭ちゃん。
もっと適切なゲームあっただろ蘭ちゃん。
コロッセウムで無双してればよかったじゃん蘭ちゃん。
君なら多分装備もいらなかったよ蘭ちゃん。
君がナンバー1だ。
(とにかく、ダメージ判定食らいそうないつもの受けの姿勢は厳禁か)
下手に真正面からの殴り合いに持ち込もうとすると、受け身一つで変なダメージ判定食らうかもしれんし無茶は出来ない。
さすがにこっちのノアズアークも、ゲームが起動しているままの状態で根本を書き換えるのは難しいと言っていたし、やはりここは流れに乗るしかない。
そもそも、こうして思いっきり拳銃あんま使わずに大暴れしているのは念のために弾は温存しておきたいというのもあるが、音声しか聞こえていないという外を落ち着かせるためでもある。
外でもなにか起こっているだろうし、お偉いさんたちがパニックになって変な動きをした結果、ウチの精鋭の邪魔をする可能性が十分以上にある。
(多分だけど、無理やりゲームを終了しようとしたりしてるんじゃねぇかな……。失敗するか反撃くらうかだろうけど)
偉い人だろうが偉くない人だろうが、混乱したら何もできなくなるか手当たり次第になにかしようとするかのどっちかしかいない。
当たり前の事といえば当たり前の事なのだが、それでこちらのパフォーマンスに負荷をかけられても困る。
(さて、外じゃあどうなってることか)
ある程度は予想が付いているが、それでも今回は細部に関わる前にノアズアークに引きずり込まれてしまった。
「浅見」
とりあえず相手が良い感じにまとまってきたので、蘭ちゃんとコナン、志保に子供達を誘導させてこっちの背後に庇う――蘭ちゃん! だから前に出なくていいんだってば!!
で、なにコナン?
「お前、どうやってここに?」
それさっき言った。
「だーかーらー。こっち側のノアズアークに介入してもらったんだってば」
「だからもう一つのノアズアークってなんだよ!?」
知らん! なんか気が付いたら最初からいたんだよ!
ついでにこれ声だけは向こうに漏れてるみたいだから気を付けてくれ!!
うっかり自分や志保の事バラすんじゃないぞ!?
安室さんやマリーさんが外にいるんだからな!?
「ずっとウチのセキュリティを請け負ってくれてるシステムだったんだわ。まさかおしゃべりできるレベルとはついさっきまで全く知らなかったけど」
「知らなかったって……」
「ホントさ。ウチの情報を読み込むために、他の邪魔から全部守ってくれていたんだとさ」
まぁ、正直おかげで助かっている。
おかげでサーバーを始めとした設備投資の額がエグい事になった件については水に流してやろう。
CIAやFBIの不正アクセスに対してカウンターをしてくれていたのは本当にありがたい。
特に病院関連のデータを防いでくれたのは恩に着る。
志保――灰原に万が一の事があったら、その時はもうなりふり構わずに気になった所で大暴れして、目に付いた火種に片っ端からガソリン叩き込むくらいしか取れる手段がなくなる。
『……所長』
ノアズアークの、やや大人びた声の方が声をかけてきた。
『ごめん、やっぱり僕に出来るのはここまでだ。ここに来て、急に外部からの攻撃が激しくなった』
「瞬時にカウンターってのはやっぱ無理かい?」
『ああ。ここで頑張っている子供たちに万が一の事がないように、リンクも出来るだけ切っておく。……気を付けて』
ちくしょう、この緊急事態でわざわざ仕掛けてくる連中がいるのか。
さすがに怜奈さんあたりは自重してくれていると思いたいんだけどヴェスパニアであちらさんにはあれこれ仕掛けたし、仕返しに向こうが仕掛けてくる可能性もあるっちゃあるのか。
(まぁ、初穂の事だから恩田さんをもうフリーにさせてるだろうし、なにか問題があれば動いてくれるか。問題は――)
「なぁ、おい」
「? なに、コナン」
「……本当に、なにも知らなかったのか?」
「貴様」
さっきからそう言ってるじゃろがい!
お前、一昨日のグルニエの家の一件から急にどうした!?
「とにかく後回しだ。コイツらさっさと黙らせないとな……」
二階から降りてきた新手やら、ダメージが足りなかったという判定なのか起き上がってくる。
え、そういえばこれどうしてこんなアクションシーンになってんの?
外以上にカッチリ設定されたミステリーの世界……じゃないの?
「浅見のにいちゃん! こんな奴らやっつけちまえ!」
「そうだよお兄ちゃん! ババッとやっちゃって!」
「元太、楓、暴力で解決するのを簡単に選択肢に入れるんじゃありません。しかも人の力を頼るとか絶対ダメ」
自称でも少年探偵団なんだからもうちょっとスマートに行こうよ
いかん、なんか俺の行動が子供たちの教育に悪影響を及ぼしているような気がしてきた。
基本暴力は駄目なんだってば。
一度こうして仕切り直した時に、ちゃんと待ってくれてる人とかは特に。
殴っていいのは話を聞かずにたいそうな凶器振り回す奴だけだ。
そういう時は自身の安全を図ったうえで間合いを見て、いけそうなら足をへし折れ。
機動力を潰せば人間大抵は何もできん。
この米花とはいえ日常生活で相手を打ち倒すための攻撃なんて愚行の極み。
んな真似したらコナンに自信満々に指を差される犯罪者ルート待ったなし。
まぁ、逃げるための一撃は覚えておいて損はないからな。
「おいコナン。外も中も今の状況がサッパリだ。ここまでお前が指揮したんだろ? なんか案出せ」
「出せって……いや、ちょっと待て」
なにか言いたいことが色々あるみたいだけど、とりあえず目の前の事に集中してくれマジで。
コイツの事だから、なにか妙な情報手に入れて思いつく事片っ端から疑っている中で俺がヒットしたんだろう。
それ自体はストーリーに対してなんらかのフラグが立ったって事だから別にいいんだが、こちらが渡す情報まで疑われたらやりづらくなるな……。
一方でマフィアというか悪党というかチンピラ連中は完全に間合いギリギリで止まってしまっている。
やはりゲームだからか、実戦で何度も肌が感じたわずかな動きのバラつきというものが感じられない。
「浅見」
「おう」
「一番奥の男が抱えているワインボトル、奪う事は出来る?」
視認すると、奥の方にワインボトルを大事そうに抱えている男がいる。
……逃げようとして逃げそびれた感じか?
いや、ゲームの中っていうなら、フラグキャラか。
万が一逃がしたら途端にゲームオーバーになったりしないだろうな?
(まぁ、とにかくあのワインがキーアイテムってことか。オーケー了解了解)
後ろにいる少年探偵団は強気だが初めて見る子たちはかなり緊張してるし、蘭ちゃんは俺が腕で制するのを止めた途端に飛び蹴りというラウンド2開戦のゴングを鳴らしかねない。番犬か君は。
「とりあえず、落ち着かないか? このままだとそっちの男が持っているワインボトルがうっかり割れちまうかもしれないだろ?」
喋っていて吐き気がする。
これはあれだ。悪趣味なロールプレイングみたいなものだ。
文字通りの外の縮図だ。
こうして目の前のキャラクターと普通に喋っているだけで自分がえらく滑稽な存在に思えて口元がヒクついてるのがよぉく分かる。
くそぅ、今までの事件の中でも正直一番不快な事件だ。
もう制限なんて知るか。
終ったら事後処理全部初穂と恩田さんに回してしこたま酒飲んで酔いつぶれてそのまま寝るんだ。
「おっと、逃げるなよ」
慌てて出入口に向けて走り出そうとしている奴の足元――出来るだけギリギリを狙ってバン! と発砲する。
いかん、右目がどういうわけか見えているから狙いづらい。
……あぁ、でもこっちじゃあ音も完全に頼りになるわけじゃないから別にいいのか。
ちくしょう。この事件、吐き気がするくらい大嫌いだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ワインボトルを抱えて逃げようとした男を、目の前の男が拳銃一発で容易く足止めする。
浅見透。
黒川邸での殺人事件で知り合った男。
続く森谷帝二の連続爆破事件から積極的に俺に協力し始めた謎の男。
――なぁ、なんでお前は俺に協力してくれるんだよ?
――んーーー……。俺の目的と多分合致してるから?
――じゃあお前の目的ってのは?
――……時計の針を進めること?
――んだよそれ。
思い返せば、浅見透は助手役を買って出て幾度も共に事件を解決してきたが、その動機に関しては決して語ることがなかった。
踏み込もうとしたこともあったが、いつもはぐらかされて……気が付いたら踏み込もうとはしなくなった。
「おい、それで? あのワインどうすりゃいいんだ?」
「え、あぁ……えぇと……」
拳銃を構えたまま暴漢を制し、背後の俺達が突然襲われないように警戒している姿は間違いなく俺達の味方としてこれ以上なく頼もしい姿である。
――だが新一、彼には気を付けろ。彼には不可解な点が余りに多い。それを忘れるなよ?
(あぁ。分かってるよ、父さん)
思い返せば、浅見透という男に対して分かっていないことが多すぎた。
そしてそれを良しとしていた自分がいた。受け入れていたというべきか。
「あ、そうだ。ちなみにコナン」
「んだよ」
「お前がここに来たのは、外で何かあったからか?」
「……あぁ、現状を把握してなかったのか」
「こっちのノアズアークも急に始まったしつこいクラッキングの対策で外部の情報まで手が回らなくてな。それで、なにがあった。手短に教えてくれないか?」
一瞬、正直に答えていいのかどうか迷った。
疑うとかそういうのではなく、今回の被害者の中には――彼が信頼している人間が入っているのだから。
(……少なくとも、今回はアイツも味方だしな)
自分達を仮想空間に閉じ込めた方のノアズアーク曰く、リンクしている以上浅見透もプレイヤー全員がゲームオーバーになれば死ぬということだ。
もっとも、いかにも脅すような口調でそう言うノアズアークに対して浅見透は「命が懸かってない日なんて俺にはないからいつもと変わらん」と切り返してノアズアークを絶句させた。
そのノアズアークはそれから沈黙したままだ。
どれだけリアルでも
それを、浅見透は冷めた目で見つめている。
見覚えがある。
たまに彼が見せる、神がかり的な――もはや予言と言っていい『読み』を見せる時の目だ。
大丈夫。
大丈夫だ。
気にかかるところはある。
不審な所もあるにはある。
だけど悪人じゃない。
味方だ。
……味方のハズだ。
「樫村さんが刺されたんだ」
「……そっちか」
「そっち?」
「いや、スマン。それで?」
「傷が深いからまだ安心はできないけど、すくなくとも即死は免れた。ただ、きっとその原因なんだろうけど……紅子さんも刺されて――」
重体なんだ。
そう言葉を続けようとした瞬間、すごく気軽に、それこそ鍵とか缶ジュースの類を仲の良い人に投げ渡すように。
浅見透は構えていた拳銃を、モラン一派に向けて軽く投げた。
虚を突かれ、だが反射的にそれを奪おうと手を伸ばすモラン。
だが、それよりも早く。
浅見透が間合いに踏み込んでいた。
「――お、おい浅見!?」
浅見は、手を伸ばしたせいで無防備になっていたモランの後頭部を掴んでテーブルに叩きつける。
同時に自分で投げた拳銃をキャッチして、その側にいた男の頭をグリップで殴り倒す。
敵の一人が、浅見が俺達の側から離れて暴れ出したことに恐れて、こっちに走ってきている。
子供の一人でも人質にしようかと思ったのだろうが、その側面から飛んできた椅子が横っ面に直撃して昏倒する。
椅子が飛んできた方向には、瞬く間にその周囲の悪漢を昏倒させ、サッカーのパスのような気軽さで椅子を蹴り飛ばした浅見透が立っていた。
いつの間にか拳銃を腰のベルトに強引にねじ込んで、その代わりに手にしていたのは奪えるかと先ほど尋ねたワインボトルが握られている。
呆然としている残る悪漢たちに対して、浅見はまたあの冷たい目を向け、静かにつぶやく。
「逃げるか? それとも頭を叩き割られるか? こっちが行動に出たんだ。さっさとルーチン通りに動け」
「ただでさえこのロンドンも
「さっさとコナンから詳しい話聞かないと悪いんだ。早くしろ」