平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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今回薄味


139:virus

「関係している資料は全部僕のアドレスに送って! 念のためにこっちでスキャンしてから恩田さんに通す。それと、現地の人間は各自が持っているシンドラー社の伝手と接触。可能な限り重役間の対立を煽って時間を稼いで。取れるところは全部取るよ!」

 

 恩田さんから飛んできた要望を元に、部下へ電話やメールで指示を飛ばす。

 恩田さんが僕達調査会社に交渉相手に関して調べ物を頼むことはあったが、こうして僕達の物量を頼って攻撃的な依頼をしてくるのは初めてだ。

 

(恩田さんも、本気で怒る事があるんだな……)

 

 依頼されたのは時間稼ぎ。

 恩田さんが手を打つまでの間、シンドラー社がこの緊急事態で慌てるだろう所を更に社内をかき回してほしいという事だ。

 本気で事を構えるらしく、横から手を挟んできそうな社内のスパイ、並びに容疑者のリストまで一緒に送られてきている。

 

「なんかもう……CIAとかBNDとか、ハリウッド映画でおなじみの名前をこういう真面目な書類で目にするとなんか一周回って馬鹿らしくなってくるね」

「気を緩めたら食いつかれますわよ、七槻様。とにかく、素早く正確に人員を配置しませんと。コクーン並びにノアズアークの監視、観測はこちらにお任せください」

 

 事件自体はすでに解決した。透君がものの見事に、コナン君からの情報を元に解決した。

 あれだけの情報量で、自分の目で見た訳でもないだろうによく解決したものだ。

 

(……本当に、推理力も僕より成長して……なんだか嫉妬しちゃうなぁ)

 

 ふと、考えることがある。

 もし、彼がもっと早く自分の側にいてくれれば。

 あの四国での惨劇が起こったばかりの時に、彼がいたら。

 僕とあの子の、共通の友達だったら。

 

 あるいは、彼女の自殺も止められたんじゃないだろうか。

 彼女の無実を、警察に叩きつけられたんじゃないだろうか。

 

「うん。それじゃあ、ここは事務所の皆とふなちに任せる。僕は会社に戻って全体の指揮を取るよ」

 

 でも、まぁ……。

 今は、透君の手足を動かす頭脳役として、出来る事をやらなきゃね。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「つまり、ジャック・ザ・リッパーは元々モリアーティの部下だったけど暴走を始めていて、それでも命令は聞くはずだから明日の朝刊に指令を載せる。それを見て勝手に動けと、そういうことか」

 

 戻ってきたコナンから聞いた話をまとめるとそんな感じだった。

 

(大切なのは、俺が持ってる情報とコナンが持ってる情報の差だな)

 

 コナンが知らず、俺達だけが知っていた情報としてDNA探査プログラムがある。

 樫村さんから託されたヒロキ君の遺作。

 重い……。けど、重いってことはそういうことなんだろうなぁ。

 

(というか、アレそもそもちゃんと正常に動くんだろうな?)

 

 夏美さんの一件でテストした時に自分も試したけど俺のご先祖はラスプーチンとか出たし、いまいち信用しきれないんだよなぁ。

 もう一人なんか出たけどそっちは表示された瞬間エラー出たし。

 なんだったか……フルネームは分からなかったけど……烏丸だっけ? 誰だよ。どっかの戦国武将か?

 

「で、おい」

「? どったのコナン」

「おめぇ、もうトマス・シンドラーの犯行動機に心当たりがあんだろ。言えよ」

「それを口にするにはまだ早ぇんだってば……」

 

 おおかたお偉いさんである自分の中に殺人者の血が! 隠し通さなければ! みたいな感じなんろうけど、それにコナンがたどり着かなければ意味がない。

 

 というか、とんでもないAIの反乱って言葉に皆ビビってるけど、中身実質10歳の子供でヒロキ君の分身って所が抜け落ちてるんだよなぁ。

 

 まぁ、命懸けたり背負ったりするのに慣れてないとそうなっちゃうか。

 どうせこの世界だと皆どこかで今みたいに人質になったり閉じ込められたりするんだろうし、そういう環境の中で健やかに成長していってくれ。

 

 だがコナン、おめーは……いや、主人公ってそういうものか。

 キチンとフラグを立てないと気付けない物には気付けない。

 

 おそらく、ジャック・ザ・リッパーという一世紀前の事件に対しての答えもあるんだろう。

 んでもってこの世界にはその痕跡というか足跡が――ヒロキ君が気付いたモノが設置(せっち)されている。

 

「というかだな、お前がまず解決すべきはジャック・ザ・リッパー事件の方だし、その事件に関しては俺は途中参加者なんだよ。最初からここのモノを見てきたお前らに余計なこと言って先入観持たせたら意味がないだろう?」

「それはそうかもしれねぇけど……」

 

 これも本音だ。

 江戸川コナンという主人公の周りには、必ず事件解決に必要なピースは揃う。

 であるならば、基本的にコイツの才覚に任せるべきだ。

 

(特にDNA関連の情報なんて、ぶっちゃけ最後の最後に出しゃいいし、このジャック・ザ・リッパー事件においてはノイズだしなぁ)

 

「とにかく、朝になるまで動きようがないんだ。おーい、少年少女諸君」

 

 とりあえず、今回のメインゲストたる面々も含めて皆に声をかける。

 いつもの事件ならば容疑者候補って所だが今回は外に犯人が――あぁ、いや、中に混じっていてもおかしくないのか。

 

(さすがに子供が実はジャック・ザ・リッパーなんてオチにはここまでの流れからならんだろうから、この中に子供に成りすましたノアズアークが混じってるって感じかな)

 

 もしそうならますます安心だ。

 あとは自分が変な油断をしてコナンの足を引っ張らなければいい。

 

「浅見探偵、アタシ達に御用ですか?」

「ん。こういうのは君達の方が得意分野だからな」

 

 なんだろう、おネェ系とまでは言わないが少し女性っぽい男の子が声を掛けてきてくれる。

 ありがたい。子供のグループを相手にする時は向こうから誰でもいいから一人踏み込んでくれると後が楽だ。

 

(あとは、発言誘導して使える案を出させて、それを承諾すればとりあえずの関係は作れるか)

 

「君たちは直接聞いていたから改めての確認になっちゃうけど、まぁ、あれだ。朝まで待たなきゃいけないとか言われちまった。こんな知り合いなんて100%いないロンドンでさ」

「そ、そうですね……言われてみれば朝までアタシ達だけで過ごすなんて」

 

「――でも、この世界はゲームだ。そうだろう?」

 

 子供たちの顔を見回して観察する。

 うん、少年探偵団はさすがだ。少なくとも緊張しすぎている様子はない。

 楓もやる気満々だし、志保の奴も……おい、こういう時にコナンの次に頼れるお前がなんで一番不安そうに……違うな、俺を心配してくれてんのか。

 ……内心はともかく、それなりにこういう鉄火場では頼れる男を演じてるつもりなんだけどなぁ。

 

「こういう時に、どうすればさっさと次のシーンにいけるか、なんか思いつく事はあるか?」

 

 まぁいい、今はとりあえずこの子達との関係構築だ。

 万が一って時に、こっちの誘導に素直に従ってくれる位には関係構築しておかないと来た意味がねぇ。

 

(赤いジャケット……諸星君は目の動きから動揺がそれほど見られないけどこちらに不審感あり。もう心を許してくれてる女っぽい子と一緒で後回し。髪を結んでいる子は少し怯えているけど比較的気が強い。けど立っている位置や諸星君を時折見ている事から彼の意向を優先する可能性あり。となると、……)

 

「どうだい? そこの君」

 

 この一番臆病そうな肥満体の子がベストか。 

 一番臆病そうで一番委縮してるけど、さっきの乱闘の時には体を動かそうとしていたしガッツはある。

 

 とりあえずこの子の緊張をほぐせば空気が一気に変わる。

 

「え、えぇと……ゲームなら……その」

 

 コナン、光彦、お前らなら分かってくれるよな?

 先に答え言いそうな元太を抑えておいてくれるな?

 ……よし、そうだ、それでいい。

 光彦、お前には今度何かご褒美を上げよう。

 

「宿屋とか、そういう所へ行ってお金払えば勝手に朝になってくれる……と思います」

 

 そうそうそれそれ、そういう子供ならではの意見を子供が言ってくれることに意味がある。

 

「でも、それだと金がかかるだろ? 俺達そんな金持ってねぇぜ」

 

 するとそこに諸星君の反論が飛んでくる。

 うん、まぁ、そうだろうね。

 

「うん、まぁそこは任せてくれ。金稼ぎは得意でね」

 

 嘘ではない。

 強いて言うなら金を増やすのが得意なのだが、まぁゼロからやるのもできなくはない。

 

 なにせ今の自分には、手品という特技が植え付けられているのだから。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「正気か、ジン!?」

 

 このままいけば、少なくとも最悪の事態を防げる。

 そう考えていた矢先のジンからの連絡は、キュラソーにとっては到底受け入れることが出来ない物だった。

 

「すべてを破壊するつもりか!?」

『問題ない。こういう時のためのプログラムだ』

「何が起こるか分からないぞ!?」

『なにが起こっても足は付かない。繰り返すがこういう時のためのプログラムだ』

 

 バーボンは先ほどまでと違い、鬼気迫る顔でノートパソコンやその他のデバイスを操作している。

 一縷の望みをかけて見つめるキュラソーに、バーボンは無言で首を横に振る。

 

『これは最大のチャンスだ。一番の問題だった浅見探偵事務所のセキュリティ。その大本がここに来ていて、俺達だけではなく他の組織の攻撃も含めて対処している。なら――ここで、そのセキュリティそのものを消してしまえばいい。足は極めて付きにくい』

「その結果、会場の面々が全員死亡でもしたら――」

『安心しろ、お前たちに足がつくような真似はしない』

 

――そういう事を言っているんじゃない!

 

 そう怒鳴りそうになったキュラソーの肩を、バーボンが掴んで引き留めた。

 これ以上噛みつけば、余計な疑いがキュラソーに懸かるかもしれないとバーボンは判断した。

 

 だがその顔には、キュラソーと同じくらいの危機感と嫌悪感が浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

『お前達は浅見探偵事務所の面々と行動を共にしてアリバイを作っていろ』

 

 

 

 

『その間にこちらでコンピューター・ウィルス――ナイト・バロンを使用する』

 

 

 

 

『上手くいけば、お前達も事務所員という表の顔で出世できるかもしれんな。クックック』

 

 

 

 

 


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