平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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一部の方々から瀬戸瑞紀はどうしたというご意見をいただいておりますが
彼女……彼女? にはすでに役目がありますので今回のアンケでは見送らせていただきました。
天国へのカウントダウン編後の際にはまた自由に活躍してもらいますのでご了承ください


145:裏では毒蜘蛛vs蠍、二大美女の死合が同時上映されております

「ジャック・ザ・リッパーは……お前だ!」

 

 チャリング・クロス駅へとあの化け物野郎を追い詰めた俺達は、そのまま奴が乗り込んだ列車に飛び込んだ。

 これまでコナンと共に関わった事件は、最初から犯人が分かっているか、ある程度の時間を共有した容疑者の中から見つけ出すパターンがほとんどだった。

 

 今回は前者と思っていたら、まさかのその場にいる乗客の中から紛れ込んだ犯人を捜せパターンだった。

 どうも調子が狂ってるっぽいコナンが当てられるかちょいと不安だったけど、無事に当てることに成功したようだ。

 

 ジャック・ザ・リッパーの殺人の動機。

 自分を捨てた母親――ハニー・チャールストンへの恨み。

 捜査を攪乱するための最初の殺人、そして本命であるターゲットの殺害。

 

 そしてその後、モリアーティの教育によって異常性格犯罪者として完成したという事。

 

(これは多分、ヒロキ君が推測した――いや、演算してはじき出した現実だろうな)

 

 樫村さんから預かったDNA探査プログラムのことも考えると間違いないだろう。

 今頃拘束されているだろう腐れカスの動機も、大体予想通りだったがハッキリしてよかったよかった……おいコナン、お前いちいちチラッとこっち確認すんな。お前主人公じゃろがい。

 

 まぁ、さすがにモリアーティによって異常性格犯罪者になったってのはこのゲーム世界に合わせたヒロキ君のアド……リブ……。

 

 ――いや、昨晩のヒロキ君の話だとロンドンには『本物』のシャーロック・ホームズがいる事になってるんだったな。 

 となると、モリアーティもひょっとして存在している事になってたりする?

 

 やめろ? 気が付いたら枡山さんと肩組んで踊る仲になってたりしない?

 そんなことになったら間違いなく世界中が犯罪だらけの末法世界になるからな?

 そうなったら俺も頭のネジ外すしかなくなる。そうしなきゃ止められないもん。

 

 ……そうか。

 考えたら、そもそも現実だって手品の件のようにコロコロ変わるところはあるんだし、ルールが違うだけでこことなにも変わらないのか。

 

 みんなしねばいいのに。

 

 まぁいい、とにかくこっから先はパズルの時間だ。

 

 コナンが指摘したジャック・ザ・リッパー。

 女の格好をしていた赤い長髪の男が立ち上がり、ジャック・ザ・リッパーの証であるという、ずっと指輪をはめ続けていたために一本だけ細くなった指を見せつけニヤりと笑う。

 

(理屈で言えば、蘭ちゃんはともかく俺は想定外……そもそも高校生は蘭ちゃんだけだった。もっと言えば、そもそもそこは本来園子ちゃんが来るはずだった。ノアズアークもそこらへんを考えて難易度を調整しているハズ……なんだけど)

 

 大切なのはノアズアークの理屈なんて関係なく外のそのまたさらに『外』の人間にとって『面白くなる』方向に事態が必ず転ぶことだ。

 

(さて、そういう意味で一番ヤベェのは……)

 

 そんなの決まってる。

 注意するのは一人しかいねぇ。

 

(まぁ、ピンチになるのがヒロインの仕事だよなぁ)

 

 ボスモードに入ったジャックが変装用の衣装を脱ぎ捨て、臨戦態勢に入る。

 ……待て、そういえばその女モノの服どっから用意した。

 

 ま、まぁいいか。

 俺もたまにふなちとか瑞紀ちゃんに訓練と称して女装というか女の変装させられるし。

 

(とにかく、このまま追いかけっこになるなら乗客が邪魔だ。それを消すなら妥当なのは……)

 

 煙幕あたりで視界をいったん消すのが妥当か。

 そうすりゃ乗客が慌てて逃げ出すっていうワンクッションを置いて

 仕掛けるか、待つか……。

 

(まぁ、ゲームの上でのクライマックスの舞台っていうシチュエーション的な密室ならば待った方がいいか)

 

「蘭ちゃん、迂闊に――」

 

 って貴様! 俺が大事な事言おうとした途端に煙幕焚くんじゃない!!

 

「待ちなさい!」

「待つのは君なんだってば――ちょ!!!」

 

 はっや!?

 待てやこんの猪女! なんでいっつも余計な時に先陣切ろうとするんだ!!?

 

「浅見! 早く蘭を――」

「待て、止まれ! 焦るな! 煙幕が晴れるのを待て!」

 

 あっぶねぇ!! お前この放送外に漏れてるの分かってる!?

 ミステリーの主人公なんか色んな人間に理不尽な疑いや妬み受ける存在なんだから、特に訳ありのお前はとっさのヒロイン呼び捨てみたいなバレるフラグは避けろよ!!?

 

 というかマジで落ち着きねぇな今回のお前!

 

(というか、飛び込んじまった時点でもう……)

 

 ゲームで言う、ルートが固定されたんだろうな。

 事実、煙幕が晴れたそこには、ジャックも蘭ちゃんも――さらにはそこにいたはずの乗客たちも消えていた。

 

 コナンが、いつの間にか握りしめていた拳を床に叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「すみません、自分は一旦会社に戻ります」

「ん? シンドラー・カンパニーにさらにデカい動きがあったかい?」

 

 この近辺での撃ち合いがあると目暮の旦那から聞いたウチらは、この会場の警備を実質請け負う事になった。

 一応、その後の事実確認の捜査のための現場保存役の警察官は数名残しているが、他の警備はほとんどウチらの仕事だ。

 

(ちっ、ここ最近辞めてく警察官が増えてるって噂はマジかい。そういや、七槻の嬢ちゃんのトコの会社でも元警察官から送られてくる履歴書が増えてるって話聞いてたな)

 

 本来物量は警察、そのバックアップや、あるいは通常警察が介入できない分野のためパイプ役を務める最精鋭が自分達というのがボスの考えだったハズだが、最近では数でもこっちを使う事が多い。

 

(警察も、そしてアタシらもあの爺さんの手の平の上から抜け出せないか……)

 

 先日の放置車両内に残されていた銃火器の件もそれだろう。

 横流し、あるいは警察内部からの盗難を匂わせると同時に、そこらの車両から銃火器が出たという事で警察官全体にプレッシャーを与えるのと同時に、その圧を多少でも下げようとしていたコチラの動きに牽制を掛けてきた。

 

(話が進みかかっていた、駐車違反対応の民間――ってかウチへの委託の話もストップかかっちまった)

 

 日に日に限界を超えているのが目に見える警察官の姿をいやというほど見ている。

 そろそろどうにかしなければならないと、ここ最近ボスや安室、恩田とも話し合っているが……答えはまだ出ない。

 

「ええ、どうやらシンドラー・カンパニーはこちらの想像以上に現状に恐怖を感じているようです」

「買収されることに対して?」

「いえ、残された役員達は、年月をかけて育ててきたシンドラー帝国が、今回の一件を元に空中分解することを恐れているようです」

「……おい、ひょっとして?」

 

 朗報とも悲報とも取れるような答えを思いついて、恩田を睨むと奴は頷いて。

 

「彼らは、我々が後ろ盾になる事を希望しています」

「……交渉次第じゃ食えそうだね」

「そのつもりです。少なくとも、向こうの提案を頭から拒否する選択肢はないかと」

「だろうね。アタシでも食えるんなら食えって言うさ。ただ……」

 

 あまりにも急激に組織が発展しすぎている。

 まだボスが事務所を立ち上げてから二か月と半分だって言って誰が信じるだろうか。

 

(あの作家先生……はともかく嫁さんが時折妙な目でこっち見てくるのも、そこらへんに理由があるんだろうし)

 

 最初はよかった。

 具体的には自分が入ったばかりの頃は、まだ鈴木次郎吉の腰巾着。

 というより、鈴木財閥の客寄せパンダという扱いだった。

 

 それがカリオストロの一件があった頃から見方が変わり、少しずつ隠し撮り狙いの記者が増えてきた。

 そしてロシアの一件とその後の各国発表によって立場が一気に変わった。

 今では、鈴木に並びうる企業集団と持て囃されている。

 気が早い週刊誌はすでに『浅見財閥』という言葉を使い始めた。

 

(これで恩田が上手く立ち回ってクソ野郎の会社を飲み込んだら、今度はその言葉を大手メディアも使いだすだろうね)

 

 それはつまり、自分達に向けられる圧力が更に強まる事を意味する。

 自分はいい。恩田ももう問題ない。安室部長やその他主力組も問題なし。

 

 強いて言うなら、死体遺棄やら保護責任者遺棄罪やらで叩かれやすい秘書の幸や遠野がちょっと不安だ。

 

 特に遠野。

 アイツはまだ精神的に脆い所がある。

 

 ボス……は、頭のネジを毎日落っことしてるし。

 素のままだと潰れるから無意識のうちに頭のネジを外しているように思えて仕方ないが、それでもどうにかしちまうのはボスの才能と言っていい。

 

(……そういや、あのクソ姉貴からも最近金の無心の電話来やがったな……)

 

 出来るだけムカつく罵り方したからもう来ないだろうが。

 

「メディアの対策も並行してやっておきます。もう越水さんには人手をお借りしてますので」

「向こうはこっちと違って人選が緩い。味方じゃない可能性を忘れなさんな」

「はい、承知しています」

 

 ……うし、やっぱり恩田に心配はいらないか。

 

 向こう側で双子のメイドが準備完了のハンドサインを出してる。

 会社の事で、アメリカサイドも慌て始めたって所か。

 やっとこさアタシの出番が来たようだ。

 

「オッケー、ならアタシも戻る。犯人も暴行未遂の現行犯ですでに拘束済みだし問題なし。キャメル、警備の方は?」

「子供達や来客のいるホールには越水社長からお借りした警備部門の人間を、所長がコクーンにダイブしている舞台裏、それにサーバールームなどの重要箇所にはカゲを配備しています。それと、山猫隊を巡回警備に」

「……よし。安室達と連絡が取れないのは例の銃撃戦と関りがある可能性がある。山猫にはヴェスパニアの時の装備を?」

「はい。ただ、出力などを都の条例に合わせているので、それに合わせて弾薬の効果範囲が小さくなっているそうです」

「……それでも警察のバックアップには十分か。目暮の旦那に話を通して、山猫の半分で銃撃戦の現場を押さえさせろ。どう転ぶか分からないスキャンダルだ。うちに累が及ぶことはないだろうけど、この緊急事態において、行政である警察とウチが協力体制にあったっていう分かりやすいアピールは保険になる」

「なるほど。了解しました」

 

 手慣れた敬礼を返し踵を返すキャメルの背中も、恩田と同じだ。

 不安はあれど慢心はなく、わずかな自信と猜疑心を抱えながらそれを隠して背筋を伸ばす。

 いい。キャメルもいい感じに育ってきている。

 

(ったく、平のままならアタシャ今頃のんきにはしゃいでられたんだけどね)

 

 所長命令に加えて責任ある立場ってのは面倒な事この上ない……。

 次の休暇にゃ、恩田やマリーを引き連れて朝まで飲まなきゃやってられねぇ。

 

「……ボスが子供達と一緒に帰ってくるまでにある程度片付きゃいいけど」

 

 そうじゃなきゃ、ボスの奴コクーンから飛び出した瞬間に今度はリアルの撃ち合いに『ヒャッハー! 憂さ晴らしじゃあ!!』と飛び入り参加しかねない。

 

(んなことになったら、今度こそ美和子の奴ブチ切れてボスに手錠かけてどっかに監禁するかもねぇ)

 

 そうなったら、その様子を肴に旨い酒が飲めそうだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ジンめ……ヘマをやらかしたな」

「……キュラソー」

「なんだ、バーボン」

「その顔は、同僚の失態を責める顔にしては不適切ですよ」

「む、そうか。……そうだな」

 

 本来ならば現場である米花シティホールにいるべき二人の非正規諜報員(NOC)が車の中に身を寄せていた。

 

「副所長に適当な報告をしなくてよかったのか?」

「ここで適当な報告をしても、鳥羽副所長や沖矢さんにはバレそうですからね。それならいっそ緊急事態だったと説明した方がいいでしょう」

「緊急時に持ち場を離れる部長はどうなんだ?」

「……『我々に、形式ばった横並びの捜査は必要ない』」

「……あぁ、そうだな。そうだった」

 

 確かにある程度の統率こそあるが、浅見探偵事務所所員に必要なのはただ一つ。

 個々人による現場の判断と行動にともなう結果としての組織的活動だ。

 

 おかげで個人に求められるものが極めて多いのが欠点と言えば欠点だが、緊急時のフットワークの軽さは他にない武器だった。

 

 独断かつ緊急の隠密行動など今更だった。

 逆に言えば、結果を出さなければならない。

 

「我々の任務はジンの撤退支援、あるいはカルバドスの捕縛」

「とはいえ、すでに目暮警部が動いています。おかげで我々はうかつに動くことが出来ない」

 

 一応それぞれが拳銃こそ所持しており、万が一に備えて装填こそしているが、すぐにそれぞれ安全装置を掛け直してホルスターにしまっている。

 

「まぁ、正直カルバドスには色々と聞きたい事があったので、私としてはちょうどいい機会なんですが……」

「私もそうだがタイミングが悪すぎるな。……ならば、多少でも警察を妨害してジンの脱出を援護するか」

「あのジンに貸しが作れる日が来るとは」

「……期待しすぎるなよ、バーボン。あの男は借りた物を返さないかもしれん」

「さすがにそこまで油断はしませんよ」

 

 方針を決めつつある二人は、まったく焦りを見せなかった。

 

「問題は」

「カルバドス」

 

 バーボンにとっても、キュラソーにとっても生け捕りにしたい男。

 この男をどう取り扱うかの方が、二人にとって大事だった。

 

「正直に言えば、彼から聞きたいことは山ほどあります」

「同感だ」

「ですが、ここで無理してとらえようとすれば我々の裏の顔がバレかねません。メディアも集まってきていますし」

「それも同感だ」

 

 

 

「……じゃあ、適当にちょっかいかけて逃がす方向でいいですね?」

「そうだな。あくまで民間の探偵でしかない我々には、物騒な物を持って暴れている犯人に犯行を止めさせるだけでも十分な『結果』と言えるだろう」

 

 

 

「ええ。……それでは行きましょうか」

 

 

 

 




多分次回くらいでベイカー街編終わってエピローグに入ると思います

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