「そ、それで浅見さん飛び出して行っちゃったんですか!? 撃たれたばっかりなのに!?」
白鳥刑事が話してくれたお父さんの事、それに新一が電話で言った事を相談したくて、お見舞いを口実に浅見さんに会いに行ってみたら、彼ではなく彼を探しまわっている高木刑事に会った。
「あぁ、狙撃される心当たりについて聞こうと思ったら鈴木相談役が「アヤツはもう行った」って言って……慌てて皆で探し出して追い掛けたけど撒かれちゃって……」
「な、何を考えてるんですか、あの人は!!?」
「僕が知りたいよぉ……」
高木刑事が泣きそうな声でそう言っているが、今はどうでもいい。越水さんとふなちさんが一緒だったはずだけど――
「蘭ちゃん? どうしたの?」
あの二人の事を高木刑事から聞き出そうとしたとき、後ろからまた違う声が掛けられた。佐藤刑事だ。
「佐藤刑事! 浅見さんが飛びだしちゃったって」
「えぇ。彼、足も速いのね。あっという間に走っていっちゃって……見失っちゃったわ」
そういう佐藤刑事の目が、少し――ほんの少しだけ赤くなっている気がする。どうしたんだろう?
「とにかく、浅見君の事は安室さんに任せてきたわ。彼なら浅見君に追いつけるでしょ」
そういえば、安室さんと佐藤刑事は結構仲が良かった。浅見さんも一緒にだが。
部活の帰りなどの、少し遅い時間に浅見さんの事務所に寄ると、事務所の中で浅見さんと安室さん、佐藤さんの三人と、他の誰かが混じってお酒を飲んでる光景をよく目にする。……一番多いのは由美さんかもしれない。
「じゃあ、佐藤刑事達は?」
「これから毛利さんと一緒にいる目暮警部と合流するわ。浅見君が10っていうのもしっくりこないし、10番を指し示す物が何も見つかっていないしね」
じゃあ、お父さんは10と思われる人の所にいるんだ。
「蘭ちゃんは家に帰りなさい。大丈夫! 私達が必ず、この事件を解決するから!」
元気そうにそう言う佐藤刑事の様子を見て、なんとなく分かった。多分、佐藤刑事もお父さんの事を聞いているんだろう。
「…………でも」
じっとなんてしていられない。自分の父親のせいで多くの人が狙われているのだ。お母さんだって……。それに――いくら腕に自信があったからなんて言っても、お母さんに銃を向けて、そして傷つけたお父さんを許せないし、信じることができない。そんな今、お父さんを信じてただ待つなんて……。
「あれ? 瀬戸さん? っとと――もしもし?」
考えがまとまらなくなってきた時、高木刑事が震えだした携帯を取り出しながら離れていく。瀬戸さんも動いているんだ。当たり前か、所長である浅見さんが撃たれた事に関係がある事件だ。あの事務所の人達は皆仲がいいから……きっと皆が怒っているだろう。心配させている浅見さんにも、あの人を傷つけた犯人にも。
「――えぇ!? 10の付く人がもう一人いた!? 今からそっちにいくって……コナン君も一緒なのかい!?」
――えぇっ!?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「事務所に来ても誰一人いねぇし……」
「鍵が開けっぱなしでしたが……大丈夫なんでしょうか?」
「中が荒らされてねぇし大丈夫だと思うけど……コナンの電話も繋がらねーし、探偵バッジの方も範囲外ときたもんだ」
とりあえずコナンと合流しようと思った俺は、キャメルさんに頼んで毛利探偵事務所へとたどり着いたのだが、事務所が完全にもぬけのからとなっている。
……あれ? この香り――
「瑞紀ちゃんがいたのかな?」
「え?」
「あの子がよく使ってる香水の香りが少し残ってる」
「…………」
「何か言いたい事でも?」
「……いえ、何も」
いや、なんとなく何思ったか分かるけど仕方ないじゃん。分かっちゃったんだから。
(しかし……コナンと瑞紀ちゃんがコンビで動いているとなると、逆に余計なおせっかいか?)
コナンは主人公を張る能力があるし、瑞紀ちゃんは普段こそドジっ子だが決める所は決めてくれる、何気に安室さんと同じく我が事務所のエースだ。推理力も相当なもので、コナンや安室さんとは違うマジシャンとしての視点が役に立つ事が多い。ちょっと厄介な案件だと思った時は、大体安室さんか越水と瑞紀ちゃんのペアを当てることが結構多い。瑞紀ちゃん、地味に自衛もしっかりできる子だし。普通のトランプ投げつけて、暴漢がナイフ持ってる手に当てて武装解除した時は思わず感嘆の声を出してしまった。いや、今思い返してもやっぱあの子凄いわ。
「あれ? ここに鍵ありますね。それにメモも……って、所長、これ瀬戸さんから貴方宛てにです」
「……俺宛て?」
少し事務所の中を見て回っていたキャメルさんが、机の上の物を指して俺に声をかける。
そちらに目を向けてみると、なるほど確かに。鍵を重しにして、一枚の紙が置かれている。
「出ていく時は鍵をかけておいてください……瑞紀ちゃん、俺がここに来ることが分かってたんだな」
「……あの、最後に赤字で添えられている『ご愁傷様です』の一言は――」
「俺の目には何も見えん」
「はぁ……」
やけに最後の一文だけ達筆に書きやがって……、ちくしょう、森谷の時のふなちからのメールを思い出すな。結局あの時は色々あってそこまで怒られなかったけど。あー、やっぱりなんらかの形で一応捜査に協力させておけば……いやいや――
「あのぅ、所長」
「はい? 何か気付いたことが?」
「いえ、ずっと気になっていたんですが……どうして副所長と中居さんを置いて来たんでしょうか? あの二人がいれば、捜査もかなり楽だと思うんですが。特に副所長は、安室さんと同じくらい切れ者ですし」
「……俺が撃たれりゃ、アイツの事だ。いつもみたいに冷静にとはいかねーだろ」
ここに来るって事を予測したうえで、鍵開けたまんま行ったってことは、なにかヒントを残しているはずだ。直接さっきのメモに書くかメールくれればいいのにそうしないのは、一応の抵抗っていったところか。
事務所の様子を眺めながら、
「四国の件で分かったけど、アイツ、実の所かなりの激情家なんですよ。エンジン入るどころか怒り狂うかもしれないアイツには、文字通り命かかってる今回は後ろに控えておいてほしいのが本音です。……次郎吉さんの下でふなちも一緒なら、うかつに動くような真似はしないでしょうし……」
ついでに言うなら、俺個人が狙われているんなら出来るだけアイツ等とは距離を取っておきたい。
俺に万一の事があっても、次郎吉さんなら面倒見てくれるだろうし、安室さんがいるなら事務所の方だって安心だ。
「……まぁ、ヤバい事になる前にケリをつけましょう。――急いで解決しないと越水の怒りゲージが限界を突破しかねん」
「……もうすでに振り切っているのでは……」
「ごめんキャメルさん、今日耳日曜、何言ってるかわかんない」
「今まさに会話していますよね!?」
あーあーきーこーえーなーいー
「……っと、なるほど……こういうことか」
「何か分かりましたか?」
こっちに近づいてきたキャメルさんに何も言わずに、書類棚の上を指す。
そこには場違いなトロフィーと一緒に大きめの写真立てが飾られており、その写真立ての下には、一枚のトランプが挟まれていた。種類はもちろん――スペードの10。
その写真に写っている人こそが、次のターゲットの可能性がある人。そう言う彼女のメッセージだろう。
「この人は確か……プロゴルファーの?」
「俺もあまり詳しくないですけど、以前に小五郎さんから話だけは聞いていますよ――辻弘樹さんの事はね」
さて、敵が複数いるのならば、まずは手っ取り早い方から潰させてもらおう。
こういう時に動いてくれる高木刑事……佐藤さんと一緒っぽいからパス。千葉刑事……ふなち経由で七槻の先兵になってそうだからこれもパス。白鳥刑事……目暮警部と一緒に行動してる可能性が高いので同じくパス。由美さん……対価が怖いのでこちらもパス。……よし、所轄だけど内部の動きを聞くことくらいはできるだろう。ピ、ポ、パっと――
「誰にかけているんですか?」
「この間知り合った杯戸署の人」
「……婦警ですか?」
「…………なぜ分かる」
イカン、最近ちょっと俺のイメージがぐらついている気がする。やっぱりどこかで軌道修正しないと――
「お、もしもし三池さん? 今大丈夫ですか? えぇ、ちょっと緊急で教えてほしい事があるんですけど――」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あの後、小沼博士の運転で来たコナン君と瀬戸さんと合流した後、私はお父さんも辻さんの所に向かっていると聞いて、そのままヘリポートまで向かった。そうだ、レストランでお会いした時も、今度ヘリコプターを飛ばすという事を言っていた。
ヘリポートに到着した時には、お父さんと目暮警部、白鳥刑事が辻さんと話している。きっと、今回のフライトは取りやめるように説得しているんだろう。近づいていったら、実際そうだった。
「それで、毛利さんに関わる人間が次々と襲われていて、次は私かもしれない。そういう事ですか?」
「えぇ、ですから今回のフライトは取りやめた方が――」
「大丈夫ですって。狙っているって言っても、これから僕は空に行くんですよ? 何にもできやしませんよ」
目暮警部が説明しているが、辻さんは聞く気はない様だ。
「そんなに不安でしたら、毛利さんや刑事さんも一緒に乗られたらどうです?」
「あ~、いや……空を飛ぶ物はちょっと……」
お父さんは高い所がダメだ。完全に外が見えない飛行機の通路席とかならどうにか大丈夫みたいだけど、ヘリコプターみたいな狭くてすぐ下が見える物はダメだろう。
「あのー、それなら私、乗せてもらってもいいですか?」
そんな時、手を挙げて瀬戸さんがそう言いだした。
「安室さんから可能な限り警察に協力しろと言われていますし、私としても所長の狙撃事件につながっている可能性があるのならば出来ることはしたいんですが……」
目暮警部もお父さんも、反論したそうに口をモゴモゴさせるが、そう言われると弱いのだろう。結局大きなため息をついて、
「分かった。瀬戸君も一緒に乗りなさい。君ならばまぁ、大丈夫だろう」
何が大丈夫なのだろうと思ったが、なんとなく分かる様な気がする。あのすっごい優秀な人達が揃っている事務所の中でも安室さんと瀬戸さんは、どんな厄介事に巻き込まれてもなんとかしてしまうだろうという安心感がある。浅見さんは……何とかするけど最後に大怪我しそうで怖い。頼りになるけど頼りに出来ないというかなんというか……。
「警部、村上は目的地である東都空港で待ち伏せをしている可能性があります。念のため、私は先にそちらに向かっておきます」
「うむ、頼んだぞ白鳥君。そしてこちらは……ほれ、行くぞ毛利君!」
「あのー……私も白鳥刑事と共に空港へ――」
「一人だけ逃げる気か! 行くぞ!!」
「いやあの、私ちょっとトイレに……け、警部殿ーーーぉっ!!」
お父さんは警部に無理矢理ヘリコプターの中に押し込まれていった。
瀬戸さんも乗り込もうと近づいているが、タイミングが計れず少し困った様な笑みを浮かべている。
「蘭君。残念だが、君達はここまでだ。後は、我々警察に任せてくれ」
「大丈夫です蘭さん。私達、浅見探偵事務所も安室さんを始め、皆完全にスイッチ入っていますから! このトランプにまつわる事件、必ず解決します!」
瀬戸さんが大げさに胸を張ってそう言うのと一緒に、後ろにいる小沼博士も「うむっ!」と力強く頷いている。……いつもどこか抜けている二人だけど、やっぱりあの事務所の一員なんだ。説明しづらい、変な説得力がある。この人達なら、本当にどうにかしてしまうんだっていう……。
「分かりました……。瀬戸さん、お父さんの事お願いします」
「はい、任されました!」
本当に、この人の笑顔は強い。
瀬戸さんは呑気な様子のままヘリの助手席に乗り込みドアを閉め、――そのままお父さんたちと一緒に飛び去って行った。
「それでは蘭ちゃん、事務所まで儂が送っていくぞ? 儂も、阿笠先生の所に用事があったからの」
小沼博士は、先日阿笠博士と話してからすっごい尊敬している。今では先生と呼んで一緒に色んな研究をしているらしい。この間は昆虫の飛ぶ構造とUFOの飛ぶ構造がどうのこうのとすっごい話しあっていたけど……。
口にした事はないが、あの事務所の人脈は色んな方向に飛び火していて謎だらけだ。図にしてみたら凄い事になるんじゃないかな?
「では蘭さん、私も空港の方に行きますので……」
「あ、はい。ご迷惑をおかけしました――ほら、コナン君行くよー? ……コナン君?」
これ以上長居する必要はないとコナン君に声をかけるが返事がない。慌てて辺りを見回すが、どこにもいない。
「コ、コナン君!?」
「あー、蘭ちゃん? あのメガネの少年なら――」
――キキィィィ……ッ!
小沼博士が何か言おうとした時に、小さなスキール音を響かせて見覚えのあるパジェロがヘリポートに乗りつけてきた。あの車――キャメルさんの車だ。そして助手席に座っているのは――
「キャメルさん……それに、浅見さん!!?」
あの人ときたら本当に……っ! 越水さん達を心配させているのになんてことない顔をして――っ!
「しょ、所長!? 病院を抜け出したとは聞いておりましたが……」
車がしっかり止まる前に飛び降りるように車から出た浅見さんは、そのまま白鳥さんの方に向かっていく。私の事なんて目に入っていないように。――そんな所がちょっと『アイツ』にそっくりで……少し、いやかなりイラッと来てしまった。
「ちょっと浅見さん!! 今まで一体どこに――」
「アイツは、コナンはどこ行った!?」
「え……」
そうだ、浅見さんの事で頭が沸騰しかけたけどコナン君!
「あー、浅見所長。江戸川君なら……瑞紀ちゃんと一緒にヘリコプターに乗って行ったぞ」
「えぇぇーーーっ!!」
一緒に乗って行ったって――どうして止めてくれなかったの瀬戸さん! 小沼博士!
「あ、いや、瑞紀ちゃんが江戸川君と一緒にこちらに目配せをしてきたのでつい……」
「ついって――」
「所長、どうしましょう? ……所長?」
車を降りて浅見さんの傍に来たキャメルさんが心配そうな顔でそう言うが、浅見さんは胸ポケットに入れてるサングラスを片手で器用に開いてかけると、深刻なのか軽いのかよく分からない声で、小さく呟いているのが聞こえた。
「そっかー。そっかそっかー…………乗っちゃったかー」
浅見さんは、その場に「どかっ」と片膝立てて座り込むと、その膝に肘を立てて頬杖をつきながらしばらく考え込みだした。白鳥刑事は、何も言っていないのに横で浅見さんに、今の状況を全部話している。
「なるほど。なるほどなるほど……」
状況を全て聞くと頬杖を解いて、その手で今度は面倒くさそうに頭をバリバリと掻き毟る。そして――
「白鳥刑事」
「はい。何かお役に立てますか?」
白鳥刑事も、浅見さんと仲がいい刑事の一人だ。浅見さんの呼びかけに少し皮肉気に返答すると、浅見さんも口元をニヤッと歪めて、
「地図、貸してもらえる? それと、刑事の立場」
「……それだけかい?」
「とりあえずは。……ダメ?」
「まさか――」
「喜んで、協力させてもらうよ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ぐあ……あぁぁぁぁっ!」
「辻さん! しっかりして、右に流れています!」
「くぅ……っ」
ヘリを発進させてしばらくは大丈夫だった。ヘリに何かが仕掛けられた様子はなく、そのまま快適な空の旅を(おっちゃん以外は)楽しんでいた。異変が起こったのは、それからしばらくしてからだ。
時折、辻さんが目をこすっていたり、顔をしかめて目を細くしていたのは気になっていたが、突然顔を抑えて絶叫しだした。眩しくて目を開けられないと、
(クソ! このままじゃ墜落しちまう!)
「辻さん、ペダル操作!」
瑞紀さんの声で我に返ったのか、流れかけてた態勢を取り戻す。けど、目が開けないこのままじゃあ……っ!
「毛利君! ヘリの操縦は出来るかね!?」
「出来るわけないでしょ!!」
後ろでは高所恐怖症のおっちゃんはもちろん、目暮警部も焦っている。
「私が出来ます!」
そんな時、瑞紀さんが声を上げる。
「辻さん、こちらに……コナン君。悪いけど――」
「大丈夫、少しはヘリの操縦は分かるから、移動させてる間はなんとか安定させるよ」
それまで瑞紀さんの膝に乗せられていた俺は、操縦席に潜り込んで操縦桿を掴む。この身体だとペダル操作が難しいけど、少しの間なら可能だ。そして、辻さんと瑞紀さんが完全に入れ替わり――
「どうする、コナン君? とりあえずは大丈夫だけど」
「うん、早く辻さんを病院に連れて――いや、もうどこかに緊急着陸をしないと……っ」
――どうする! どうする!?
そんな時に、胸の探偵バッジが機械音を上げる。これは――
『コナン! やっぱり何かあったか!?』
――浅見さん!
思わずホッとしそうになるが、ここで安心している場合ではない。墜落の危険がなくなったといっても、辻さんの容態がどうなるか分からないんだ。
「所長! こっちは大丈夫ですが、辻さんの容態が変なんです!」
俺の探偵バッジに向かって瑞紀さんがそう言うと、浅見さんは、
『おぉう、やっぱり何かあったか……』
やっぱり、何かが起こることを予想していたんだろう。
「今からどこかに着陸させるつもりだけど……」
『そうなると思ってたよ。今、白鳥刑事に頼んで帝丹小学校の全校生徒を避難させた所だ。校庭を空けるようにな』
帝丹小学校! そうだ、あの場所ならもうこの近くだ!
「瑞紀さん」
「えぇ、了解です!」
瑞紀さんが進路を少し直すと、帝丹小学校が目視できる。浅見さんが言うとおり生徒は校門前に整列して待機していて、広い校庭の端にはキャメルさん、蘭と小沼博士、そして――サングラスをかけたままこちらに軽く手を挙げている、ワトソンが立っていた。
「そっかー、コナンが乗っちゃったかー」
(あ、落ちかけるな)
サブタイトルは今回使用したこれとは別に、『なお、使用されたヘリはカプコン製』のどっちにするかで悩みましたw