平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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047:連鎖する銃弾

「……やはり、動きに厚みがないな」

 

 マリー=グラン――いや、キュラソーは、背後から忍び寄り、そして昏倒させたCIAらしき男の襟首から手を離す。

 当然だが意識のない男の頭は重力に逆らえず、床にゴトンと叩きつけられるが、それでも起きる気配はない。

 さっそく男の所持品を調べてみるが、身分を示す物はパスポート以外持ちあわせていない。

 万が一の時に備えて、余計な情報を自分のような敵に与えないためだろう。

 慎重、というのは別にいい。問題は、そこまで対策させているのに一人で行動させているという点だ。

 日本という、日本人以外はどうしても浮きやすい国での活動だからかもしれないが……。

 

「……調べていたのは本堂瑛祐か、鈴木財閥か……あるいは――」

 

 浅見探偵事務所か。

 あの事務所は、ただの事務所ではない。徐々に、そして確実に広がっていく人材の輪。流れを見る限り、いずれは間違いなく政界にも絡む事になるだろう。別ルートからの情報だが、組織のターゲット候補になっている土門康輝という政治家が、浅見透との会談を希望しているらしい。

 警察に対して非常に協力的で、かつマスコミ受けがいい浅見透は、過激な発言が目立つとはいえクリーンなイメージが強い土門康輝の印象を更に強化するだろう。

 

(……浅見透が政界に関わる、か)

 

 組織としてはともかく、個人としては……似合うとは思うが、同時に止めてほしいと心から思う。余りそういう世界に、足を踏み入れてほしくはない。色々な意味で心臓に悪いやり取りが激増するのが目に見えている。なにより、政治家特有の本心を隠す仮面の様な笑顔など、あの男にはしてほしくない。

 

(なんにせよ、CIAは本腰を入れているとは言い難い状況だ。今しがた昏倒させたこの男を救うために人員を送り込んでくるだろうが……。ソイツラをもう少し捕まえて情報を集めれば、あとは逃がして構わないだろう)

 

 コイツにも顔は見せていないし、見せるつもりもない。監視カメラの機能も掌握しているし問題はないだろう。下手に殺して、本腰を入れられても――面白そうとは少し思うが、やはり面倒だ。

 ここは小競り合い程度で終わらせるべきだろう。

 

(さて、もう一つ気になる事があるとすれば――こいつら以外に小競り合いの気配がある事だが……)

 

 このあたりは指定暴力団、泥参会(でいさんかい)の縄張りだったはず。もしや、違う反社会組織との抗争でも行っているのだろうか。

 

(――念のため、こちらも調べておくか。下手に本堂瑛祐が巻き込まれでもしたら、ようやく掴みかけた浅見透の信頼を失うことになる)

 

 とりあえず、適当でいいから変装をしておこう。ここから先は、完全に顔を隠し続けたまま戦うのは不可能だ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 その一報を受けて、思わずベンチから立ち上がってしまった。

 本堂瑛祐を保護、そして退避させる人員が何者かの襲撃を受け、現在交戦中。

 既に三名が連絡の取れない状況に陥っており、現場は混乱しかかっている。場合によっては、本堂瑛祐の保護を一時保留――撤退する。

 それが、仲間から送られたテキストメールの全てだ。あまりに短く、あまりに急で、あまりに……あまりに……

 

(どうして……どうしてこんな事に……)

 

 そもそも、本来ならば元いた学校で、普通の学生生活を送っていたはずなのだ。確かに、自分を追ってくる可能性はあった。でも、まさかここまで事態の中心に近づくなんて……っ。

 

(瑛ちゃん……っ)

 

 自分達に関わらせたくはなかった。だから『カンパニー』の事は一切伝えていないし、遠ざけていた。

 それが、今あの子を追いつめている。仮にあの子が捕まえられても、重要な情報は持ちあわせていない。あるとすれば、私との関連性くらいだが、近々『カンパニー』は水無怜奈を『事故死』させる予定だった。

 あまりにも事態が動き過ぎたため、体制を整える事にしたのだ。中途半端に深い所にいるキールという存在は、一歩間違えれば逆に情報を抜かれかねない危険性がある。

 そのために、ピスコと接触してしまった本堂瑛祐を遠ざけると同時にピスコの拉致、あるいは暗殺。そして、その後に事故死を偽装し離脱する。そういう筋書きだったのが……。現状、さらに事態は悪化し、どうなっても『こちら』に悪影響を及ぼさないだろう本堂瑛祐から実質手を引きかねない所まできてしまっている。

 

(どうして、どうしてそこまで瑛ちゃんに注意が集まってしまっているの……っ!?)

 

 思わず声に出してそう嘆きそうになる。だが、そんな事に意味はない。どうにかしなくては。

 

(カルバドス……ごめんなさい)

 

 出来る事ならば、力になってあげたかった。借りはキチンと返す男だったから、力を貸しておけば後々役に立つだろうという下心もあったのは否めない。だが……いや、こんな事を考えてもしょうがない。

 家族を救う。そう決めた。

 

 車を向こうに止めてあるが……万が一を考えると、『キール』が騒動に関わろうとしている事はあまり知られない方がいい。

 まずは、適当な移動手段を手に入れる。まずはそれからだ。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「……これは予想外の動きですね」

「ですねぇ……」

 

 息子さんの親権を母親さんに取られて月に一回だけ彼に会いに来ている埼玉在住の藤堂さん(仮名)の、どうでもよさそうな軽い口調に、俺も釣られて軽く返す。ってか、その声どうやって変えてるの? 変声機? 瑞紀ちゃんに作ってもらったって、あの娘そんなことまで出来るんですか……。

 

 ともあれ、ついに怜奈さんに動きがあった。

 それ自体はいいのだが、問題は彼女の向かう先だ。

 

 てっきり枡山邸に向かうものだと思い、コナン達に伝えておいたのだが……どうやら、この場を離れようとしているように見える。

 様子や気配からして、なにか焦っているような気がするが……ふむ。

 

「どう思います?」

「不測の事態が起こったのでしょうが……問題は、それがどのような事態なのかということですね」

 

 色々と考えられるが、まず大事なのはその事態に枡山さんが関わっているかどうか。これについてはコナンから、客人が来た以外はまだ動きがないと言う事だ。どうも、その客人は知っている相手の様だったが……。

 意外と考えなしに突っ走る事もあるからちょっと不安だったけど、どうやら瑞紀さんがちょうどいいストッパーになっているみたいだ。アイツ自身が、もう少し様子を見ておくと言った事に少しホッとする。

 

「枡山さん自身に動きがないと言う事は、厄介な犯罪がらみじゃないってことか」

「さぁ、それはどうでしょう。本人はただ、そこから指示を出しているだけかもしれません。唯一、確実に言えるのは、そのなんらかの事態の現場に、彼自身がいないという事だけです」

 

 だよなぁ……。

 ただ、何にせよ怜奈さんをこのまま放置するわけにもいくまい。ただ、そうなるとコナンと瑞紀――健一君を置いてけぼりにする事になっちまう。藤堂さん(仮名)も向こうに付けるべきなのだろうか。

 

「所長の好きなように動くべきだと思いますよ」

 

 悩んでいると、それを見透かしたように藤堂さん(仮名)が声を掛けて来た。

 

「所長が舵を取っていただければ、後は我々がベストを尽くすだけです。その舵取りに万が一不安な所があれば、当然フォローもいたします」

 

 もっとも、私は貴方の判断に全幅の信頼を置いていますけどね。と、真顔でのたまう。やめてください、ハードルと胃痛レベルが跳ね上がって死んでしまいます。

 キーになる人間は二人。アナウンサー、水無怜奈と自動車会社会長、枡山憲三。

 向こう側には主人公とマジシャンが付いていて、こっちは――まぁ、人をそれなりに呼ぶことの出来る出来そこないの探偵と、万能エース二号の二人。

 ぶっちゃけ、現状ではまぁ、それなりにバランスは取れていると思う。

 問題は、それが事態の解決に見合うかどうかだけど――

 片や真っ黒確定の経済界の大物というボス臭漂うお方。片やドジッ子っぽい目元が似ているヒロイン候補の謎の同級生と関係がありそうな敵の女幹部。

 

 ……物語の展開の可能性で言えば、怜奈さんは『味方になる敵』、あるいは『いやいや従っている有能な敵』パターンのどちらかの気がする。無論、本当に敵だったり、あるいはそもそも敵の敵だったなんていうパターンもあり得るが……この際こっちは保留。

 敢えてそう仮定すると、説得のために主人公を連れていくか、強そうな敵に戦力を残していくかの選択と言える。

 

――よし。

 

「そうですね、それじゃあ――向こうの援護に向かってくれませんか?」

「なるほど、冷静ではいられないような精神状態の美しい女性を、その頭脳と口でお得意の策略にかける訳ですね?」

「…………」

 

 沖矢さん、この件が終わったら飲みついでに話しあいましょう。じっくりと。飲み代は俺が持ちますんで。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「この声は……っ」

「……ジン、それにウォッカか」

 

 宮野明美が探している妹――シェリーに関係しそうな事を次々に聞かれていた所に、聞き覚えのある声が僅かに聞こえて来た。

 

(最悪だな)

 

 おそらく、ピスコが呼んだのだろう。奴の言葉を信じるのならば、すでに俺がスパイだという証拠は出揃っているハズ。――そうか。

 

(ピスコ……この女が、俺を救おうとする可能性があるのを知っていたな?)

 

 なんとなく、読めて来た。あの時俺がピスコに大人しく殺されていればそれでよし。宮野明美が俺を助けた場合は、その事実を利用して何かを行うつもりだった――という事か。そして、その何かは……

 

 

 

 

――お願い、教えて。志保は――私の妹はどこにいるのっ!?

 

 

 

 

 コードネーム・シェリー。実働隊である自分は詳しくは知らないが、非常に優秀な科学者である事は聞いた事がある。組織にとって非常に有益な存在だとも。

 

(……思い出した。あの男、例の狙撃指令の少し前から、組織の息がかかった製薬会社の資料を揃えていた。恐らく、最初から……)

 

 組織にとって非常に有益、故に発言力のあるシェリーを自らの手に入れる事で、組織に置ける影響力を強めようとしたのだろう。そしてその目的は、組織内で再び返り咲くため。

 

(……ラムの側近のキュラソーを呼び寄せたのも、あるいは何らかの計画を用意していたのかもしれんな……)

 

 もっとも、今は考えても仕方がない。こうなった以上、どう足掻いてもジンは俺とこの女を殺すだろう。

 懐には拳銃が残っている。あの時、俺を見張っていた男から奪った、一発しか残っていないリボルバー、M37を抜き、――女のコメカミに突きつける。

 

――チャキ……ッ

 

「な……っ!」

「選べ、宮野明美」

 

 女は、目を見開いてこちらを見る。

 

「どちらにせよ、俺もお前も利用されるだろう。生きていても、死体になっても。……いや、その前にジンにここで殺される方が高いか……」

「…………」

「死ねば楽になる。少なくとも、お前の妹がピスコに利用されていく様は見なくて済む」

「ピスコが……っ」

「もうお前も気が付いているだろう。ピスコの目的は、お前の妹だ」

 

 薄々、その疑いは持っていたのだろう。宮野明美は、深いため息を吐く。

 

「ここで確実に楽になるか、あるいは――」

「決まっているじゃない」

 

 こちらに全てを言わせず、宮野明美は俺を睨みつける。先ほどまでと違い、力のこもった眼で。

 そして、先ほど空にした肺の中に再び空気を入れた宮野明美は、小さく、だが強く言葉を放つ。

 

「お姉ちゃんが、何もせずに妹の事を諦められるわけないじゃない……っ!」

「……そうか」

 

 眼に、揺るぎや諦めは見えない。なら、もうこんな脅しは必要ないだろう。

 銃口を下げ、撃鉄も下ろす。両手共に撃ち抜かれはしたが、右手の方はどうにか動かせるのも確認できた。

 

「おい、武器は持っているか?」

「け、拳銃一丁だけ……」

 

 そうして取り出したのは、自分を撃った拳銃だろう。銃身が非常に短いスナブノーズ・リボルバー――コルト・ディテクティブスペシャル。

 すでに一発分薬室が空いているのは、自分に向けて撃ったパラフィン弾の分だろう。

 

「この銃は自前か?」

「え、えぇ……向こうにいた時に、女ならこれが使いやすいって店の人に言われて……」

「……なるほど、悪くない。いいセンスだな、その店主は」

 

 宮野明美から拳銃を受け取り、代わりについさっきまで突き付けていた銃を代わりに渡す。

 仮に弾薬を十分に持っていても、撃ち慣れていないこの女では使いこなせまい。

 だから、一発。――本当にどうしようもなくなった時、敵か、あるいは自分に向けて使う……お守りの様なものだ。

 

「おそらく、ピスコはわざと俺たちに銃を持たせているのだろう。自決してもよし、襲ってきても、スパイであるという裏付けに使うつもりだろう」

「……じゃあ、不意を突くのは難しい?」

「あぁ。だから――さっさと尻尾を巻いて逃げるぞ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

『というわけだ、コナン。不満はあるだろうけど枡山さんはそっちに任せた。沖矢さんもいるなら、ちょっとやそっとの異常事態でも対処できるだろ』

「あぁ、俺も瑞紀さんは信頼してるし、その紹介っていう沖矢さんの能力も疑っちゃいねーけど……むしろそっちこそ大丈夫?」

 

 浅見さんから探偵バッジの連絡が来たのは、ジンが枡山邸の中に入っていってすぐの時だ。

 

『正直、不安。だけど、重要度というか……やっかいな事が起こるとしたらそっち側の可能性が高いと思う。だから、手持ちの戦力は全部そっちにぶっこむよ』

 

 こうやって、平然と自分の身の安全を削る辺りは、森谷の事件の時から一貫して変わらないと強く思う。

 越水さんやふなち、楓ちゃん達の身の安全は、何重にも対策を練って確保し続ける。その分自分の安全に関するリソースはガンガン削っているような気がするのだ。

 

「……油断すんなよ? 黒ずくめの連中って事は確定してんだから。水無怜奈は」

『あぁ、分かってる。念のために、こっちもキャメルさんと合流する予定だよ』

 

 なるほど、と思う。キャメルさんならば運転技術に長けているし、追跡――場合によっては逃走にも力を貸してくれるだろう。

 

『今メール送ったら、安室さんと一緒にいるみたいだ。戦力的には悪くないさ』

「……安室さん、浅見さんの『勘』ではかなり濃いグレーなんだよね?」

『……まぁ、そう……かな』

 

 そう答える浅見さんの歯切れは悪い。

 論理で勝負する探偵にはあるまじき事だが、浅見透が口にする『勘』は中々馬鹿に出来ない。

 最近だと、辻さんが目薬に細工をされて危うく彼が操縦するヘリが落ちかかった時。

 手段も、本当に狙われているかも全く分からない状況で、強い確信を持って対策を練っていた。一歩間違えれば大惨事になっていた事態を、ほぼ無傷で終わらせたのは間違いなくあの人の『勘』のおかげだ。

 そして、その『勘』が、安室さんと、あの人の紹介した女――マリー=グランが非常に怪しいと判断している。

 

「……やっぱり、安室さんが敵だなんて考えられない?」

『まぁ、な』

 

 それは分かる。俺も同じだ。

 浅見さんがスコーピオンと対決してから設立させられた浅見探偵事務所。

 その事務所設立時から、ずっと浅見さんを支えてきた探偵――安室透。

 捜査一課の人達からは、トオル=ブラザーズなんて呼ばれるくらい浅見さんとコンビを組むことが多く、正直俺も信頼している人だ。

 

「……浅見さん、怪しいっていうのも変わらないんだよね?」

『……あぁ。変わんねぇな』

「でも、同時に信じてる?」

『……あぁ』

「それも、『勘』?」

『いや。経験と、情……かな』

「……そっか」

 

 意味のあるやり取りじゃない。なんとなく交わした会話だけど、それだけで浅見さんが、安室さんをどう思っているのか分かった。――正直、もっと慎重になるべきだし、そう言おうと思ったけど……。

 

(とても、聞き入れそうにねぇよな……)

 

 多分、なんだかんだ言いながらギリギリまで、この相棒は安室さんを疑いきることはできないだろう。

 

 

 ――それでいい。浅見透は、それでいい。

 

 

「……繰り返すけど、気を付けて。水無怜奈にとっての非常事態が、こちらにとって良い事とは限らないよ」

『あぁ。そっちも気を付けてな、ホームズ』

 

 

 

 

 

 

「分かってるさ、ワトソン君」

 

 

 

 

 

 




本庁刑事恋物語を視聴しながら執筆。
そう言えば目暮警部って子供いないor出てきてないなぁと考えながら……

というか、佐藤刑事の好きな人が目暮警部と考えられていた時期もあったんだなぁとなんか懐かしい気分に。ここら辺は完全に記憶に残ってなかったですね。



また忘れてた! 名前だけの登場ですが、

土門康輝(どもんやすてる)
アニメ:File425 ブラックインパクト!組織の手が届く瞬間
原作49巻

衆議院選立候補者、元自衛隊幹部。
非常に正義感が強い人らしく、反社会団体や犯罪に対しては強硬な姿勢を崩さない方です。
 コナンだとこういう人って大抵裏があるイメージがありますが、少なくとも原作内ではそういった描写は一切ない方です。
 こういう人なら、劇場版の政治家キャラでも出てきておかしくないなぁと思うんですが……

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