平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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051:『ナイト・バロン』

 夜もだいぶ更けて来た。

 事務所内の自分のデスクにかじりついて必死に先日の事件の報告書を初穂さんと一緒にまとめながら、どうしてこうなったんだろうと、新米調査員「恩田遼平」はこれまでの足跡を振り返る。

 

「……やっぱり嘘はいけないですよね……」

「いきなり何言ってんだい、アンタ」

 

 ふと彼がもらした一言に、わずかとはいえ先輩の鳥羽初穂があきれた声を出す。元々医療アドバイザーという建前の元、実質所長向けに応急処置要員として採用された彼女だが、とうの浅見透の提案で調査員を兼任することになった。

 実際観察力は高い。特に殺人事件の調査の際は、死因の判定、そしてその傷口などから状況などを推察し、場合によっては傷口の様子などから凶器の特定までこなす調査員だ。エースの安室や越水とは少々気が合わないようだが、間違いなく『浅見探偵事務所』にとってなくてはならない人物であるのは疑いようもない。

 

「いえ。自分が変な嘘つかなければ、今頃自分はただの大学生だったんだろうなって」

「ご不満なのかい? 今の恵まれた状況が? 給料なんてバイト扱いのアンタでも下手な社会人よりもらってんだろうさ」

「え、えぇ。金銭面で不満なんてまったく。いえ、職場自体にもないんですが……」

 

 あまりに、自分はここにふさわしくない。そういう気持ちが日に日に強くなっていた。

 安室透やキャメルは自分の事を使いやすいと褒めてくれる。

 瀬戸瑞紀は自分に才能があると認めてくれる。

 ただ……誰よりも自分が自分を信じられない。

 

「……今回の事件。紅子さんとふなちの推理を、自分が推理したように話しちゃいましたけど、あれでよかったのかどうか……」

「なんだい、そんな事を気にしてたのかいアンタ」

 

 どかっ! と自分の椅子に腰をかけて足を組む。普段は猫を被っているが、安室さんや沖矢さん達がいない時はこんなものだ。この姿を見るのは自分と所長――というか浅見家の人間くらいじゃないだろうか。

 

「別にいいんじゃないのさ。瀬戸から言われてただろ、アンタの演技は説得力が出せるって。アンタに求められてんのはそこさ」

 

 そう、先日の訓練の時に、初めて人から才能があると言ってもらえた。

 『この事務所のエース』から。

 

 

 

――恩田さんは、いい演技の才能がありますね。

 

 

 

――私みたいに他人の模倣は難しいと思いますけど、状況に応じて人格を使い分けられるようになれば、活躍できる場面も広がると思いますよ?

 

 

 

「顔はいいけど高飛車……っていうか生意気な女子高校生はもちろん、観察力や発想はいいとしても発言が普段飛んでる中居じゃ、警察への説得や説明には向いてないさ。……ムカつくけど、女より男のほうがこういうときは強いもんなのさ」

「はぁ……」

 

 言っている事は分かるが、それは他人の努力や才覚へのタダ乗りではないか。そう恩田は思ったのだ。

 

「納得できないかい?」

「正直に言えば」

「アンタ自身が、あんな風に推理したり相手を挑発して吐かせたりできないから?」

「……はい」

 

 恩田の表情が優れないのを見て、鳥羽は深くため息を吐く。

 鳥羽から見て、この恩田という後輩は自信がなさすぎた。以前毛利小五郎の格好をしていたというのも、自分への自信の無さを、違う他者を模倣する事で補おうとしていたのではないかと邪推している。

 

「別に、推理が出来る必要なんてないし、それで失敗したところでいいじゃないかい。所長の口癖、言ってみな?」

 

 いくら超人揃いのこの事務所でもミスはある。扱う事象が大きいだけに、たまにシャレにならない事もある。

 推理ミス、企業間の決裂、人質解放交渉の失敗、警報システムへのハッキングミスなどなど。

 そうしたミスの報告をした時、あの若い上司はいつもそれを笑い飛ばし、

 

「……過程には拘るな。終わりよければすべてよし」

「それから?」

「ミスは過程にすぎない。そこから次の一手を模索するのが仕事である」

「更に?」

「……所員のミスは所長のミス、責任は全て自分にある。だから自分の判断を信じろ」

 

 これが、自分の年下が言っているのだから辛い。恩田からすれば、ついこの前まで後輩だった男だ。

 逆に鳥羽はこの言葉をわざと鵜呑みにして、割と好き勝手にやっている。

 

「深く考えすぎなのさ。というより、役割が違う」

 

 鳥羽は、胸ポケットから煙草を取り出し、火を付ける。

 

「……元看護師が煙草なんて吸っていいんですか?」

「ほっときな。身体に悪いもんは心にいいんだよ」

「それ、所長の言ってることですよね」

「真理さ」

「所長でも煙草は吸ってませんよ」

「アタシは逆に酒を呑まないのさ」

 

 越水や中居に飲み過ぎを叱られている浅見の口癖を、悪びれずに口にした鳥羽は、ぷはーっと気持ちよさそうに煙を吐き、煙草を挟んだ指をついっと恩田に向け。

 

「ま、精々悩みな。で、辞めたくなったなら所長に直談判するこった」

 

 

――気が付いたら、きっとアンタはここに残るって決めるさね。

 

 

 

――あのボウヤ、口は達者だからね

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 ボタン一つでアクアクリスタルへと向かうことが可能なモノレール。特別な技術をなにも必要とせず、ボタン一つでこの大きな鉄の塊が動かせるというのは、非常に便利だ。

 一人で十分以上に目立ち、敵の目を惹きつけられる。

 

――チュインッ! チュインッ!!

 

 発車させたモノレール、それも自分が入る辺りの窓ガラスはすでに割れている。弾丸で、ではない。自分であらかじめ割ったのだ。撃ち合いになった際、割れた窓ガラスの破片が飛ぶと地味に面倒な脅威となる。

 ついでにその際、見つかるわけにはいかない変装のマスクは外してある。

 つまり、今の自分は素顔をさらしているわけだ。

 

「お前達としては、なんとしても押さえておきたい存在だろう? ……ジン、ピスコ」

 

 かなり適当に銃弾を撃ち込んでいるのだろう。あてずっぽうな跳弾ばかりがモノレールの外装を心地よく弾いていく。

 どういう流れで現状になったのか完全に把握はしていないが、どうやら彼女はこの施設に追いつめられているのは確実な様だ。

 やっと……やっとこの日が来た……っ。

 

(正直、彼には感謝しなくてはならないな)

 

 日本に来てからまったく手掛かりが見つからず、少し焦りを見せていた時に、彼女に会った。中居芙奈子という女。彼女が手にしていた似顔絵を見た時、心から驚いたものだ。

 それから彼に――浅見透に目を付け、部下を彼の元に送り込み、彼の部下に逆に目を付けられ……自分もまた、彼の部下となった。

 

 そして今、ここにいる。――FBIの一員としてではなく、浅見透の部下としてでもなく。

 

 

 ――約束を守るため、一人の男として。

 

 

(所長からも、好き勝手にやっていいと言われているし、思う存分暴れさせてもらおうか)

 

 カルバドスという男の思考は分からないが、宮野明美の思考は分かる。

 あの女は、何があっても妹の事を諦める事はしない。つまり、この場所になんらかの逆転の手があるという事になる。

 そして、その場所が包囲されつつある今でも特にリアクションがないと言う事は、ここに組織の連中の目を集めたいのではないか。それならば、自分の存在はこれ以上ない『撒き餌』になる。

 

「状況が収束しつつある。さて、所長君。君はどうするつもりだ?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(本当に……いったい、どこまでが手の内なのかしら)

 

 浅見透。おそらく、この状況も最初から想定していたのだろう。赤井秀一を配置していたのがその証拠だ。

 おそらくジン達は、これから来るだろう公安に対して動くつもりだったハズだ。

 そこに予想外の戦力が強襲をかけたのだ。カルバドス達を諦め態勢を立て直すか、ここで諸共仕留めるかで躊躇いが出来たはず。

 

(そして、その間に彼も接近か)

 

 今、ここに彼はいない。どういうわけか用意していた変装セットを身につけて行ってしまった。

 自分はここで待てという指示だ。顔がバレている私は念には念を入れて可能な限り危険は避けるべきだと言う話だ。

 

(相変わらず、本当にやさしいのか、ピスコのように裏があるのか判断できない)

 

 少なくとも、彼が瑛ちゃんを――自分の弟を害するつもりはないように見える。

 そこに、賭けるしかない。 

 

 まず、私がするべきことは……

 

「毛利蘭と鈴木園子の保護、ね」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(やっべぇ、ホントにどうしよう)

 

 いや、状況が動いたの良いんだけどまさかというかなんというか……。

 狙撃で車を壊して相手の逃走手段を奪えませんか? ってメール打とうとしたらこれである。

 

 今起こっている事を整理すると、どうやら沖矢さんというか諸星さんというか赤井さんが、枡山会長を含む危ない連中をまとめて引きつけてくれている……で、あっているんだよね?

 

(……とりあえず車に発信器付けておくか?)

 

 今回の事件が解決した所で、組織の中枢に近づけるとは思えない。あれからコナンと共に事件を解決して、事務所の体制を整えはしたがまだまだスタートしたばかり。ほんの一年二年で一気にこのループが終わるほど事態が進むだなんて考えていない。

 もっとも、主人公だろうコナンは当然相手を追いつめるための手段を取るだろうから、俺は第二の策。要は予備の策を整えておけばいいだろう。

 多分だが、いくつかの手掛かりを得はするものの核心にたどり着く事は出来ないハズだ。ここを上手く使えば、大幅に短縮できるはず。

 

(選択肢は二つ。主人公達が揃ってる状況で、敵の幹部を一網打尽にするか。あるいは現場を主人公たちに任せて、確実な利を取るか)

 

 前者のデメリットは当然ハイリスクな事。だが見返りは十分すぎるほどにある。後者はローリスクだが確実性に欠ける。車に付けて、途中で乗り捨てられたらアウト。そもそも脱出に車を使わない可能性もある。

 

(いや、そもそも……)

 

 そうだ、そもそも。

 仮初(かりそめ)かもしれない関係とはいえ、年下で馬鹿ばっかりやってる俺の命令で命を賭けてくれる部下を、見捨てるという選択を自分にできるかどうか。

 

 ノー、だ。瑞紀ちゃんも沖矢さんもマリーさんも俺の部下だ。今向かっている安室さんもキャメルさんも。

 敵かもしれない。

 そして、裏切られたら――

 

(まぁ、どうしようもないし、その時はその時か)

 

 ぶっちゃけ、痛い目に遭う可能性なんて最初っから計算内だ。殺されそうになるのは……まぁ、そりゃそうだ、主人公の近くのポジションになるってのはそう言う事だろう。

 撃たれたり、刺されたりするくらいなら……別にいいか、と思う。

 

(要するに、裏切ったり疑うような勇気がないってことだよなぁ……)

 

 コナンに悪いところばかりを押し付けている気がして、正直申し訳ない。

 一度、こういうところも話しておくべきか。まぁ、今はとりあえず――

 

「……行くか」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ピスコ、どういうことだ。なぜアイツがいる」

 

 それは私の台詞だ。

 そう叫びたいのをぐっとこらえ、残弾数を確認する。ある程度は持ってきていたが、今回はあくまで処刑ショーだったのだ。まさかここまで事態が動くとは思っていなかった。無論、念のための備えとして子飼いの兵を持ってきているが、先ほど公安の追跡を振り切れず交戦に入るという報告を最後に途絶えている。

 

(く……っ! まさか、切り札のアイリッシュまで……っ!)

 

 嫌な予感がする。伏せた手札の読み合いをしている時に、一方的に札を焼かれているような気分だ。

 こちらは向こうの札をまだ一枚も見ていないと言うのに……っ!

 

「――赤井秀一が来たと言うことは、こちらの行動は漏れていると見ていいだろう。宮野明美は、奴との繋がりを疑われていた女だ」

「ふん、自分の女を取り返しに来たか。意外にロマンチストな野郎だ……」

 

 ジンは、不敵な笑みを浮かべる。そうだ、確かに状況は悪くない。カルバドスと宮野明美という獲物二匹がいる檻に、猛獣が自分から入ってくれたようなものだ。リスクはあるが、悪くはない。

 

――目の前の状況だけは

 

(く……っ)

 

 浅見透。

 恐らく、奴だ。

 あのアイリッシュを足止めできる存在など、そうそういない。

 自画自賛になるかもしれないが、アイリッシュには教えられる全てを教え込み、そしてそれを見事に超えてくれた自慢の息子だ。

 

(公安なんぞに遅れは取らん。逃げ出す事自体は可能だろう、だが……間に合わんかっ)

 

 可能ならば、本堂瑛祐を確保した後はこちらと合流。カルバドスと宮野明美の始末を手伝わせるつもりだった。自分でやってもよかったが、可能な限り手数は欲しかった。――確実に、自分の手柄にするために。

 

(だが、それを打ち崩すか! 麒麟児め!)

 

 身体が熱くなる。内側の血が沸騰し、暴走して、外側に出ようと喰い破ろうとしているような、そんな久々の感覚だ。

 

(いいだろう、ならば――)

 

 ジンとウォッカが、モノレールに向けてひたすら撃ち続けている。

 その反対方向――背後の方から音が響く。

 まるで低く唸る、獣の様なエンジン音。それが、近づいてくる。

 我々ののど元を喰い破らんと。

 

(貴様は私が撃つ。他の誰でもない、私がだ。そうして初めて……そう、初めて私は貴様に勝ったと胸を張って言える。だから――)

 

 さらに近付く。獣の足音が。振り向くと、バイクが一台。主を――白い仮面に黒のシルクハットとマントでその身を隠した主を乗せて、真っ直ぐこちらに向かってくる

 

闇の男爵(ナイト・バロン)! 洒落がきいているではないか!!!」

 

 奴の本来の相棒――工藤新一の父親が世に生み出した怪人。

 神出鬼没、怪盗でありながら冷酷な殺人鬼にもなる目的も正体も不明の存在。

 まさしく、奴にふさわしい。

 

「来いっ!!」

 

 二輪という足を持った鉄の獣が、主を乗せて自分たちを飛び越え――狩り場へと向かう。

 

 

 

 

 

 


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