平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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054:爆弾は爆発させるもの。地雷は踏み抜くもの。

 闇に包まれていた辺りが、突然光で照らされていく。

 片付けられていないコード、ダンボール、ショーウインドウ。それらのほとんどは破損していて、場所によってはガラスの破片が床に散らばっている。

 それらをブーツで、できるだけ音を立てないように歩いていた男――コルンは怪訝そうに周囲を見回す。

 

「誰かが電気を点けた。……カルバドス? いや……」

 

 そう考えるが、すぐにそれを否定する。カルバドスは今、キャンティが相手をしているはずであると。

 そうなると復旧させられるのは――

 

「女の方」

 

 それしか考えられない。

 となると、女がいるのは電源を復旧させられる場所になる。

 明るくなったおかげで周辺の様子はすぐに分かる。

 コルンは地図に目当ての場所が書かれていないかそちらに足を運ぶ。

 が、ちょうどその一歩目で足を止める事になった。胸ポケットに入れている携帯が震えだしたからだ。

 

 一瞬取るかどうか迷うが、結局コルンは携帯を手に取り通話ボタンをプッシュする。

 

「キャンティ?」

 

 この状況で自分にかけてくる人間は彼女しかいないと、彼は考えた。事実、返って来た声は彼女の物だった。

 

『コルン、今どこにいんだい!?』

「中層部」

『すぐに上がってきな!! 女を見つけた!』

「……女、そこにいる?」

 

 この建物の中にいるのは内部にいるカルバドスと女。先ほどモノレールの到着音がしたから外を固めているジン達も来たのかもしれない。

 とにかく、こちらサイドでない人間はカルバドスと女だけ。そうコルンは考えていた。

 

『女だけじゃない! カルバドスだけでも厄介なのに、もっと厄介なのがきやがった!!』

「厄介……誰?」

『赤井だ! 赤井秀一が女と一緒にいる!!』

「……」

 

 赤井秀一。組織の人間なら知らない者はいない組織の天敵。

 幹部ですら、いや幹部だからこそ恐れる『銀の銃弾』。

 

「分かった」

 

 携帯の向こう側から炸裂音と跳弾音が聞こえてくる。

 カルバドスはほぼ弾切れだった。となるとすでに赤井秀一とは交戦状態。コルンはそう判断する。

 

「ただ……こっち、電気が突然点いた。他に誰かいる」

『――っち! FBIかい?!』

「……多分」

 

 コルンは、考えるのは苦手だった。いかに綺麗にターゲットを撃ち抜くか。それ以外の事に頭を使った事が、はたして何度あっただろうか。

 もっとも、皮肉な事に電話の相手もそれは同じなのだが。

 

『……いいさ、どうせすぐにジン達が後ろを固める。数がいるのならとっくに動いているさね!』

 

 再び、ノイズまじりに跳弾の音がする。

 

『すぐに上がってきな!』

「どうする?」

『赤井を仕留める! その手柄で――』

「カルバドス、助ける」

『そういうことさ!』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「あらら、こっちには来ないか。ちっと予想外だな」

 

 災害等の緊急時用の予備電源を復旧させ、シャッターを下ろして明美さんと源之助が安全に上に行けるようにルートを作り終えた。

 生き残っている防犯カメラで状況を確認する限り、どうやら一応諸星さん――もとい、赤井さんとの合流には成功したようだ。

 源之助がなぜかあの白い布っきれを咥えて離さないから大丈夫かと不安だったが、どうやら杞憂だったようだ。

 

(……今思ったけど、別に源之助まで連れて行かなくて良かったんじゃあ……)

 

 抱きかかえていこうとすると、なんか布咥えたまま鳴きもせずじーっとこっちを見つめて、その後明美さんの方をまた見つめるという行為を繰り返すのでなんとなく彼女に預けてしまった。

 まぁ、源之助なら大丈夫だろうが……。

 

「さてさて、とりあえずパパッとシャッター下ろして白髪グラサンの行動を阻害してっと」

 

 ここら辺の操作は仕事と訓練で慣れたものだ。

 安室さんと瑞紀ちゃんが用意したハッキングやシステム介入のシミュレート700選×2、次郎吉さんが企画した鈴木財閥の所有するビルなんかで実際に行った潜入、脱出訓練。最近だと沖矢さんとのハッキングの特訓。他の皆と比べてスキルや才能、頭脳などといった足りない部分を補うために色々と手を付けていたことが、無駄じゃなかったと実感できる。

 や、仕事にはずいぶん役に立ってたけど、物語(世界)を加速させる役に立つとは。

 

(やー、それにしてもこれほど大きく事態が動いた切っ掛けはなんなんだろうか)

 

 この世界、本当にコナンが主人公格であるのならば当然時間が動く鍵も奴のハズ。フラグのほとんどがアイツに集中する……が、全部が全部そうとは言えない。例えばヒロインであるだろう蘭ちゃん、その父親の小五郎さん、友人の園子ちゃん。

 誰の行動がどこにどう繋がるか、これが誰かの作り上げた物語ならばそこには必ず一定の法則性がある。

 どの人物が扱いやすいのか、良く使うのか、そしてどれくらいのタイミングで使っていない人物にテコ入れをするのか。

 男女の間柄を重視するのか。同性の友情を重視するのか。その場合男か女か。あるいはミステリーに全振りなのか。好みは喜劇か悲劇か。あるいはそれらを交互に物語に組み込むのか、三回に一回なのか四回に一回なのか。

 

 そこらへんを把握出来れば、この世界の流れをコントロールすることもできる……はず……なのだが。

 

 四六時中コナンに張り付いていればある程度は確信が持てるのかもしれないが、次郎吉さんによる事務所設立という予期せぬ先制攻撃を喰らったおかげでそれも無理。

 まぁ、そのおかげで安室さんを始めとする人材が集まったんだけどさ。

 七槻やふなちの収入源が確保できたのも正直ありがたい。下手な会社員よりも給料は出せてるし。

 

 そんな事を考えていると、緊急時(死ぬかもしれない時)用の携帯が震えだす。

 ディスプレイを見ると、当然非通知。というか、これに電話をかけられる人間は非常に限られている。

 通話ボタンを押すと、予想通りの声がする。

 

『もしもし、そっちは大丈夫かい? こっちは今、鳥羽さんと合流した所さ』

「今の所は大丈夫です。キャメルさんは?」

 

 安室さんだ。万が一の可能性を考えてキャメルさんにだけメールをしていたのだが、一緒に居た為こっちに来ることになった。

 一瞬、どうしようか悩んだけどぶっちゃけ上手い断り方も思い浮かばなかったし、マリーさんと別行動ならまぁいいかとそのまま話を進めていた。

 それに、キチンと七槻を家に送り届けてくれているし、信頼してるしまぁいいや。

 万が一裏切っても、七槻を下手に巻き込む人じゃあないだろう。いざって時は俺だけぶっ刺すか撃ち抜いてくださいお願いします。

 それならお礼参りの際に手加減はキチンとしますので。

 

『えぇ、キャメルさんはモノレール発着場の反対側の海で待機しています』

「例の船?」

『えぇ、念のために小沼博士がササッと黒く塗ってくれました。エンジン音が少し不安ですが……』

「あ、それなら大丈夫です。多分ド派手な音がボカボカすると思うんで」

『…………』

 

 俺がそう言うと安室さんは少し黙って、

 

『ひょっとして、前の事件の時の爆弾がまだ――』

「いやそっちじゃなく、新しく仕掛けられています。まぁ、簡単に爆発させるつもりはありませんが」

 

 ごめんなさい、むしろ片っぱしから爆発させます。

 一応、今からの作戦内容知ってるのは俺と諸星さん、明美さんだけだ。コナンにも伝えておきたいけどこの携帯に情報はあまり残したくないし、探偵バッジの無線機能は盗聴される可能性もあるから使えない。

 

『爆弾……よりによって、また君が関わるのか』

 

 よりによってってどういう意味ですかね。俺なら爆発させそうだ?

 はっはっは、いい勘してるじゃないですか。今回だけですけど。

 

『浅見君、やはり僕もそっちに行こう。今からならキャメルさんに迎えに来させて、裏側から侵入出来ると思う』

「? 安室さん?」

 

 普段よりも少し早口になってそういう安室さんに、少し焦りを感じる。

 

「特に気にせず、いつも通りに行けば大丈夫ですよ。今回は十分以上に勝算……じゃないな、なんていうんだ? 逃げ道はキチンと確保してますし」

『しかし、君が――っ!』

 

 これだよ。これだから、どうしても安室さんを疑いきれないんだよなぁ。

 園子ちゃんに美容院に叩きこまれた辺りか、あるいは警視庁の人からトオルブラザーズと呼ばれだした辺りからか、本気で俺の身を案じてくれているんだなぁと分かる時がある。……あるというか、しょっちゅう感じる。いやなんかもういつもすみません。

 

「焦ったらダメですよ、安室さん」

 

 退院してから何度かあった銃撃関連の事件の時とかそうだ。マリーさんは事態に対応しながらこっちを観察しようとしているけど、安室さんは真っ先に俺の安全を確保しようとしている。本っ当にすみません。

 

「こういう一種の極限状態の時こそ、焦ったらアウト。大抵碌な事にはならない」

 

 だから信用してるし信頼してるし、大好きなんだよなぁ。

 

「焦りこそ最大のトラップ。そうでしょう?」

『…………』

 

 あれ? 安室さん? 聞こえてました?

 

『お前という奴は……本当に……』

 

 おぉう、呆れ果てている姿が目に浮かぶようです。なんというか重ね重ねいつもすみません。

 あ、初穂さんの爆笑する声もちょっと聞こえました。おめーは今度覚えてろよ。

 

『とりあえず鳥羽さんとここに残っているから、何かあったらすぐに連絡してくれ――いつでも飛びこむ用意は出来ている』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「さってさて、とりあえず会長さん達を観客席までご案内しなきゃねー」

 

 安室さんとの会話を終えて少しすると、すぐに状況に変化が起こった。

 

 モニターの一つに、ある防犯カメラの視界が映っている。

 金髪で長髪の男、がっしりした体形のサングラス男、そして……何度も食事を共にし、共に酒を飲んだ枡山会長が映っている。

 

「そういや、前に言ってましたっけ。一度、俺と対局したいって」

 

 カメラの場所はモノレールの昇降口。金髪とサングラスは真っ直ぐ非常口の方へと向かう。ちょうどいい、そっちは観客席への直通路だ。

 そして、枡山会長。

 会長は特に走るでもなく、ゆっくりと辺りを見回し――そして画面越しに、こちらを睨みつける。

 確信している。間違いない。

 今、自分と俺が、モニター越しに互いの目を合わせていることを。

 

「一局、お願いします」

 

 真っ直ぐカメラへと銃口を向けた会長が、引き金を引き絞る。

 モニターに残されたのは砂嵐、そして直前に見せた枡山会長のどこか狂気――いや、狂喜を見せる笑みだけだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 報告書を終え、事務所に残ると言っていた鳥羽と別れて帰路に着こうとした恩田を引きとめたのは、事務所にかかって来た電話だった。

 ディスプレイに映っていた文字は――『毛利探偵事務所』

 

 

『なーーんでぇ、透の奴もいねぇのかよ……』

 

 

 電話に出ると、当たり前だが毛利小五郎の声がする。

 なんでも娘の蘭さんは友達と出かけているらしく、コナン君も今日は楓ちゃんの家である紅葉御殿でお泊まりをするらしく、食事は一人。せっかくなので所長を誘ってどこかの居酒屋で夕食も兼ねて食事をしようと思っていたらしい。

 

『よっし遼平! せっかくだしお前が来い! ビールに日本酒、焼酎! 酒につまみもしこたま買ってんだ!』

 

 そしてお誘いを受けた。

 以前、毛利探偵の格好をして先生の所を訪れていた時の事を一応謝っておこうと、所長と共に事務所を訪ねて以来、毛利探偵とは奇妙な縁が出来てしまった。

 所長の口が上手かったのもあったが、毛利探偵に憧れて探偵になった――という人物になってしまった俺は、何かと所長と毛利探偵の飲み会に付き合うことが増えた。

 まぁ、誘って来るのは基本的に所長だ。大体は安い居酒屋や焼肉店などで三人で飲んでいる。

 何度かそういうことを繰り返せば、次第に一人でも誘いを受けるようになり、こういう関係になったわけだ。

 

 車を飛ばして近くのスーパーで惣菜やつまみ、多分本当に買い込んでいるんだろうけど念のために酒も補充して、事務所に辿りついた時には――既に毛利探偵は出来上がっていた。

 

「おーぅ、遅かったじゃねぇか遼平ぃ~~」

「すみません先生、色々モノを買っていたら遅くなりまして」

 

 大抵毛利探偵と話す時、それもプライベートの時は先生と呼んでいる。こう呼ぶといつも機嫌が良くなるのである。

 毛利探偵事務所での先生の定位置、入って一番奥の机で、空き缶の山を現在進行形で築き続けている。

 

「とりあえずお腹に溜まるモノとして、スーパーでオードブルとか焼き鳥とか、あと粉モノ系買ってきました。まま、とりあえずは私も一杯」

「おう! ジャンジャン飲め飲めーい!」

「はい、いただきます!!」

 

 こう言ってはなんだが、毛利探偵は思っていた以上に親しみやすい人だった。なんというか……ちょっと年上というか、入ったばかりの頃の大学の先輩の様な――ただ、大学にいる先輩や後輩たちよりも邪気は感じない。ある意味で自分達学生よりも欲に素直で、無邪気で、どこかホッとする人だ。

 所長曰く、『目を離した隙に身持ち崩しそうでハラハラする人』でもあるとの事だが。

 

「かんぱーい!」

「乾杯!」

 

 カシュっと勢いよく開けた互いの缶ビールを軽くぶつけ、グッと飲む。

 

「ぷはーっ! やっぱりビールは美味いねぇ!」

 

 いつもながら先生の飲みっぷりは見事なモノだ。いつもいろんな所から誘われるのも分かる。一緒に食べたり飲んだりしていて楽しい人というのはそれだけで貴重な技能といえるのだ。浅見探偵事務所で言えば、所長やキャメル、瀬戸がそれに当たる。

 

「ん……だけどこりゃちょっと温いな……ちょっと待ってろ遼平、新しい缶取ってくる。ついでにいくつかのつまみもレンジにかけてくらぁ」

「あ、それくらいなら自分が」

「いーから座ってジャンジャン飲んどけぃ! 透なら今頃三本は開けてるぞ」

 

 あのアルコールを燃料に動くスーパーミュータントと一緒にしないでほしい。心からそう思った。

 

「ん?」

 

 冷蔵庫の方へとフラフラ歩いていく毛利探偵。

 ふと、彼がいなくなった机の方に目を向ける。

 自分から見て左側に空き缶の山、右側には同じく吸殻の山を築いた灰皿と書類らしき山が見える。

 書類が汚れたら大変だと思い、そっと紙束を手に取ってトンットンッと軽く整える。

 

「おっと。……これは」

 

 一番上の書類――何かをコピーして二つ折りにしていた紙に挟まれていた写真が零れ落ちる。 

 元の所に戻そうとその写真を手に取る。

 

「確か……所長の元々の……」

 

 そこにいたのは、蘭さんの学校の制服を来た男子生徒。チープな言葉だが、非常に頭良さそうに見える。

 当然だ。『あの所長』を助手にしていた高校生探偵。工藤新一その人なのだから。

 

(所長よりも更に年下で、その所長を使っていた高校生か)

 

 きっと、所長以上にとんでもない人間なのだろう。

 銃撃戦も刀傷沙汰もなんのその、撃たれようが刺されようが斬られようが骨を折られようが抉られようが顔色一つ変えずクールに事件を解決する、そんな高校生だったのだろう。なんだただの怪物か。

 

 なんとなしに、それが挟まっていた紙を開いてみる。開いてからちょっと、いやかなりマナー悪い事をしていると思ったが、目に入ってしまったモノは仕方ない。

 

(? これは……卒業アルバムのカラーコピー? 小学校のモノか?)

 

 何人もの子供が一人ずつ笑顔で映っている。左上の方には小学生の頃の蘭さんが映っている。

 その時、どこかで見たことある様な顔がもう一人目に入り、思わず凝視する。

 

「……江戸川君?! いや、でも――」

 

 そこには、あの奇妙なまでに頭の切れる少年。事務所員ではないが、間違いなくエースの一人である江戸川コナンその人が、眼鏡を外して映っていた。

 

 

 




世紀末と暗殺者、順番スイッチさせるかもしれません(汗)

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