平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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056:ゼロ

 聞きたい。すっごい聞きたい。是非とも問いただしたい。

 

 なんでこっちにおるん?

 

 白髪のライフル持ちも上に行ったやん。あの金髪とグラサンの二人組も上に登ってたじゃん。そこでカメラ破壊されたけどさ。

 普通単身で誰が何人いるか分からないこっちに来る? どう考えても重要拠点だよ? 普通防衛側は待ち構えるよね? だからシャッターほとんど下ろしてなるたけ遠回りのルート作ってたんだよ?

 それをガン無視されたら――もう皆上に行くと思うじゃない。お外に向かって走るしかないじゃない。

 いや、死ぬ用意も覚悟も済ませて来たけど想定外の事故死はちょっと……

 

「さて、顔を隠した人間に名前を喋らせようとするのはマナー違反だな。初めまして……ナイト・バロン、と呼べばいいかな?」

 

 マナーとかいいからあっちに行こう! お外に行こう! そこまでなら俺付き合うからさ! すぐに海にダイブして逃げるけど!!

 こっちの武器って明美さんから預かった弾一発しか入ってない拳銃だけなんだけど!

 特定されないように念入りに持ち物を削ったから武器になるようなモノ無し!

 

 やっぱり直感を信じていつもみたいに六角ナットとか、それか小釘くらい忍ばせておけば良かった。

 

「あの工藤優作が生み出した傑作小説の主人公。神出鬼没にして大胆不敵、出生すら不明の怪人。なるほど、この死地に踊り込んできた君にこそ似合う衣装だ。素晴らしい」

 

 登場人物補正が受けられないイレギュラーな俺じゃあ中途半端な変装程度じゃバレるかもしれないと思ってフルフェイスにしたんだよ! 深い意味なんてないやい!

 というか、こうして直接対峙してコナンの親父さんと関わる名前をまんま名乗るのは拙いか。

 

「私が尊敬する方の一人が生み出した存在を、そのまま使わせて頂くのは品に欠けますね。そうですね、私は――」

 

 声は大丈夫、瑞紀ちゃんから声を変えるコツをおしえてもらい、快斗君からその特訓を手伝ってもらっている。たまにステージ後に、土井塔さんに変えた声のチェックをしてもらってOKもらったから問題ない。

 舞台に来る紫音さんにも驚いてもらった。間違いなく問題ない。

 

 さて、名前名前――

 

 ワトソン。まんますぎるし助手って立場をまんま名前にするとどこかで足が付きそうだ。

 もっと違う、この殺人世界に違和感のない――あ、そういや前にコナンからシャーロック=ホームズのうんちくを聞かされた時に、なんかちょうどいい語感の名前が……あぁ、そうだ。

 

 

 

「――出来そこないの名探偵(シェリング=フォード)

 

 

 

 シャーロックホームズの初期設定のネーム。実際に使われなかったその世界に存在しない、だが同時に存在している名探偵。

 うん、これでいい。限りなく近く、だが外れている名前。

 

「以後、そう呼んでいただければ」

 

 物語の世界ならばキャラ付けはある程度必要じゃないかと、それっぽく一礼する。

 ゆっくり顔を上げると枡山さんは拳銃を腰に差し、パチパチと軽く拍手をしながらゆっくりと近づいてくる。

 

「素晴らしい」

 

 歳のいった枡山さんだからこそか、妙に絵になる姿だちくしょう腹立つ。

 

「実に素晴らしい。あぁ、やはり君は素晴らしい。奇妙に思うかもしれないが――惚れ直したよ、君には」

 

 ……あの、なんで笑顔がすっごく怖くなるんですかね。

 

「例の製薬会社に、手の込んだ潜入をした二人組がいたと聞いた時からそんな予感はしていたんだよ」

 

 何の話!? あれか、前に依頼で調査の電話をした製薬会社の事か!? いやでも潜入とかまだしてねぇし!

 

「綺麗にデータまで吸い取ってくれたねぇ、シェリング=フォード。まったく、見事な手際だったよ。まぁ、こちらも念には念を入れてダミーにすり替えておいたが」

 

 知らねぇ! おら知らねぇ!

 

「志保ちゃん……いや、宮野志保。彼女を押さえようとするのは正しい。戦略的にも戦術的にも。まぁ、幼いころから組織の中で育ったせいか、秘密を親しい者にも漏らさない慎重なところがある。君が彼女を自らの力にするには時間がかかるだろうが……。いや、この話は止めよう」

 

 枡山さんが、再び拳銃を手にする。

 一瞬、その抜こうとする隙を狙って最後の一発で叩き落とそうかと思ったが、発砲音を聞かれて上の奴らが降りてくると不味い。

 対して枡山さんは、オートマチックの拳銃にしっかりとサイレンサーを取りつけている。

 

「男と男がこうして相対しているのだ。ここにいるわけでもない女の話は無粋。そうだろう?」

 

 このまま話しててもいいのでは?

 

「さぁ、踊ってくれ! 魅せてくれ!」

 

 このまま警察が来るまで雑談しててもいいのでは?

 

「シェリングフォォォォォォドォォォォォォォォォォォォォっ!!!!!」

 

 このまま――あ、駄目ですかそうですか。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 サイレンサーは嫌いだ。空気の抜けたような発砲音が全てを台無しにする。

 いや、少し前ならばこんな事は思いつきもしなかったのだろう。

 全てが変わった。

 見守っていたい存在、観察したい存在、育てたい存在、手元に置いておきたい存在。――なにより……超えてみたい、超えるべき存在。

 まさか、そんな男が目の前に現れるとは思ってもみなかった。

 

 ラムが浅見透を排除、あるいは取り込もうと色々と計画をしているようだが……組織はどう足掻いても彼には勝てん。

 こうして彼を相手に戦っていると分かる。

 上手く言葉に出来ないが……何かしらの『枠』を外れない限り、浅見透を超える事は出来ない。それを強く感じる。

 だから私は捨てるのだ。地位も名誉も権力も栄光も金も部下も常識も経験も過去も未来も昨日も明日もいらぬ。そんなものはクソ喰らえだ。

 力だ。今までの自分を構築していた何かを脱ぎ棄て、そして新たに己を構築して初めて手に入るだろう力。それこそ、それこそが――!

 

 手元から、台無しな発砲音が三回する。

 その瞬間、奴は身を捻る。威嚇の二発は無視して、本命の一発だけを確実に避ける。並の動体視力ではない。

 

「……ちぃっ!」

 

 変声機を使っているのか、あるいは声を変える(すべ)を身につけているのか、普段とは違う声のまま奴がうめき声をあげる。

 一発は左足を掠め、一発は左肩の肉を僅かに抉る。が、その程度で止まる男ではない。

 いや、正確にはそうあってほしいという願いだったが、はたしてそれは正しかった。

 

 すぐ横の壁を強く蹴りあげ跳躍。そのまま回し蹴りの体勢に入る。

 私が狙いを定める前に拳銃を蹴り落とそうという腹なのだろう。だが――甘い。

 武器がピストルだけとは誰も言っていない。左手で腰から鞘に収まっているナイフを抜き、奴の横腹に突き立てる。

 仮面で見えないが、苦痛に顔を歪めているのは間違いない。

 これまでに見た事のない顔だ。仮面を剥ぎ取ってその顔をこの網膜に焼き付けたい衝動に襲われるが――そんな余裕を与えてくれる相手ではない。

 まるで痛みを感じていない――いや、無視したのかと思うほどの速さで、着地した瞬間にナイフを持つ手を裏拳で弾き、腹目掛けて鋭い蹴りが刺さる。

 まったくもって容赦がない。だが、それがいい。

 浅見透という男は、そうでなくては。

 

「はっはぁっ!」

 

 こうして痛みを感じるのはいつ以来だろう。

 まだ組織に入ったばかりの頃か、あるいは子飼いの部下を育てていた時か。

 

「歳の割に……っ!」

 

 後ろに跳躍した奴は変えた声でそう叫び、横腹に突き刺さったままのナイフを素早く抜いて手の中でくるっと回して、そのままナイフの刃先を指で挟む。

 

「ほう……やるなぁっ!」

 

 次の瞬間には、そのナイフが今度は自分の右肩に深く突き刺さっていた。

 

 いつ投げたのかさえ分からないほど見事な投擲術。ただのダーツや的当て等とは違う。身体の動作や身につけている衣服、そして手先を利用して相手に狙いを覚らせずに仕留める技術。とても高度な手裏剣術に近いそれを、この男は容易く行って見せる。

 

 そうだ、それだ!

 

「いいぞ! いいぞシェリングフォード! もっとお前という男を見せてくれ! もっと! もっと!」

 

 もっと! もっと! もっと! もっと! もっと!

 

「もっとだっ! なぁ!!」

 

 距離を空ければさらに撃たれると思ったのだろう。奴は躊躇わずに距離を詰めて格闘戦を仕掛けようとする。

 もし、これが浅見透と出会う前なら正解だ。

 今ならば――そうだな、60点という所だ。

 

「紳士だな! わざわざ落し物を返してくれるとは!」

 

 肩に深く突き刺さった――恐らく骨まで達しているのだろうナイフ。

 酷い傷だ。まさかこの歳になって、こんなに嬉しい贈り物をもらえるとは思わなかった。文字通り心身に残る贈り物だ。感謝の心しかない。

 だから――

 

「返礼しよう」

 

 勢いよく引き抜く。痛みは感じない。残念だ。

 そして奴の足に、同じように深く突き立てる。

 

 肉が裂け、血が零れる音が響く。

 奴はわずかに呻くだけで、大声はあげない。

 どうした麒麟児、音楽もない舞踏会など寂しいだけじゃないか。

 

「ぐ――っああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 だから突き立てたナイフを思いっきり回してやった。

 あぁ、いい。その声を聞きたくて、君と出会ったあの日から、ずっと老いた身体に鞭を入れて鍛え直したのだ。

 所詮は老骨。付け焼刃程度だがこうしてこの男と戦えている。

 安い言葉だが、拳で、蹴りで、銃で、刃物で――語り合っている。

 あるいは錯覚かもしれん。いや、錯覚だろうが――それでもそんな気がする。

 

「こん……のぉ……っ!」

 

 何度も繰り返すが、やはり、さすがは浅見透。さすがは出来そこないの名探偵(シェリングフォード)

 ナイフを掴む私の手を掴みあげ、ねじり上げる。

 見事な力の入れ方だ。骨が軋み、今度は明確な痛みが走る。

 その手を放させる『防御』という選択は浮かばない。

 あるのは『攻撃』……いや、違う。そんな一言で表せるものではない。もっとも近い言葉は――刻み込みたい。

 この私と、ピスコ――枡山憲三という男と戦った痕を。

 出来そこないの名探偵を名乗ると言う、『組織』への宣戦布告に等しい行為を平然と行い、正面から戦う道を選んだ『銀の銃』。

 

 左手で腰から拳銃を抜く。同時に、掴まれている右手に更に力を込め、ナイフで肉を更に抉る。

 奴の握力はそれでも緩まず、むしろ強くなり――私の右手を砕いた。

 

「ふ、は……はっはっはぁっ!」

 

 うめき声や苦痛にゆがむ声が出る。自分でもそう思っていたが、反射的に出たのは笑い声だった。

 さすがに痛みが限界に来たのか、彼は体勢を崩し倒れ込む。

 胸も、胴も、がら空きだ。

 

 静かに、そっと、銃口を向ける。頭ではない。まだその時ではない。

 そうだ、この男は死なせてはならない。死なせてはつまらない。この男を倒し、心をへし折り、そして――

 

(そうだ、必ず――かならず私は君を!)

 

 一発、二発、三発、四発、

 

 気の抜ける発砲音と共に、仮面の男の身体が跳ねる。

 どうやら防弾繊維の服を着込んでいる様で赤い血は見られない。だが、衝撃による痛覚への刺激は、ひょっとしたら弾丸に貫かれるよりも大きいかもしれない。

 

 七発、八発、九発、十発、十一発、十二発、

 

 決して死なないように、そして少しでも銃痕が残る様にまばらに撃つ、撃つ、撃つ。

 たまに赤が足りないと、手や足を貫く以外には血が全く出ない。素晴らしい防弾装備だ。やはり、彼の後ろには優秀な開発者がいるようだ。

 そしてマガジンが空になり、次のマガジンを装填しようとした時――今度は明確な破裂音が響く。自分の真後ろだ。

 それを認識すると同時に背後から流れ込む、真っ白な煙。

 

「くっ、おのれ……っ!」

 

 彼によって砕かれ、彼の血で赤く染まった右手で煙をはらうが白煙は濃く、視界を完全に奪われる。

 自分のすぐ横を、何者かがすり抜けていくのを風で感じる。 

 

「私と彼の間に入ってくるんじゃない!!」

 

 無粋な輩に素早く、装填したばかりの拳銃を向けて引き金を引こうとするが、それよりも早く何かが拳銃を吹き飛ばす。

 思わず舌打ちをしながら、彼がいた辺りを思いっきり蹴飛ばす。

 しかし、やはり感触はない。空を蹴るだけだ。

 そして煙が少し薄れた頃には――彼は消えてしまっていた。

 

「……っ」

 

 思わず拳を壁に叩きつける。年老いて薄くなった皮が割け、彼の血と私の血が混じる。

 これからだ。これからだったのだ。

 彼がやられっぱなしになるはずがない。ここから間違いなく、彼は反撃を始めていた。

 それを、それを――!

 

 吹きとばされた拳銃に目をやる。そこの隣には、忌々しい笑みを浮かべる悪魔のカード。

 

 

 

 

 

 

――ジョーカーが静かに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「所長さん、しっかりしてください! もう、もう大丈夫ですから!」

 

 瀬戸瑞紀は、浅見を抱きかかえて走っていた。

 脱出路は先に確保しておいた。

 すぐにでも浅見の助勢に入り被害を少なくするか、先に安全な逃げ道を作っておくか、ハンググライダーで施設内部に侵入した瑞紀は、文字通り苦渋の判断で後者を取った。

 

 見た目だけならば本来逆であるのだが、瑞紀は今浅見を抱きかかえて通路を駆け抜けていた。

 あの老人はすぐにでも追いかけてくるだろう。耳に入って来た声だけでもそれは判断できる。

 執着。

 言葉にすれば僅か一言のそれに、あの老人の声は染まりきっていた。

 殺意も敵意も感じさせず、ただ執着だけであの老人は浅見を相手にしていた。

 

「キャメルさんも外で待っています。安室さんも今初穂さんと一緒に埠頭で……蘭ちゃんと園子ちゃんは水無さんが、瑛祐君とマリーさんはコナン君が押さえています」

 

 ここまでの状況を説明していくが、浅見の反応は鈍い。いや、ぴくりとも反応しない。

 ただ、滴る血が床を叩く音が響くだけだ。

 布できつく縛って出来る限り止血をしたのだが、それでも負傷個所が多すぎる。

 

 瑞紀は、浅見の血で体中を濡らしながら、手で押さえられる所は必死に押さえながら速度を落とさず走り続ける。

 祈るように大丈夫、大丈夫ですからと繰り返しながら、走り続ける。

 

「帰ったら、きっと副所長はカンカンで、ふなちさんがお祈りしてて、穂奈美さん達と桜子さんはお夜食用意してて……」

 

 抱きかかえた時には、僅かに服を掴んでいた浅見の手からどんどん力が抜けていく。

 

「病院に押し込まれたら、きっと飯盛さんがお見舞いにちょっとした手料理を作ってくれて、西谷さんがお菓子を作って……小沼博士も多分、どこかのお店でお菓子とか持ちこんで来て……っ。だから、所長さん」

 

 浅見の右手がだらんと垂れ下がる。

 止血する手を離すわけにはいかない。ぐっと顔を近づけ、肩より少し下辺りの服に口付け、歯で引っ張り上げて浅見の体の上に置く。

 

 少しでも呼吸が楽になる様に今は仮面を外している。そして少しでも楽な体勢にして疲労を減らし、一滴でも出血を減らして体力の減退を抑える。

 だが、少しずつ力が抜けていっているのか、ますます重く感じる。

 

「所長さん」

 

 心なしか、薄ら開いていた瞼が閉じていく。

 

 

 

「所長さん!! しっかりしてくれ――――浅見さん!!」

 

 

 

 声が響く。

 瀬戸瑞紀でも土井塔克樹でも怪盗キッドでもなく――黒羽快斗の声が。

 

 

 

 

 

 

 そして、その腕に力なく添えられていた浅見の手が、それを力強く掴み――

 

 

 

 

 

 

「ふぁ……っ?! ご、ごめん瑞紀ちゃん! 安心したせいか眠りかかってた」

「………………」

「足は大丈夫だから下ろしてくれて大丈夫……瑞紀ちゃん? どうしたの瑞紀ちゃん黙ったまま……ねぇこっちは何もないよ瑞紀ちゃん? 中層部だから結構高いよ瑞紀ちゃん? 落ちたら死ぬよ瑞紀ちゃん――ねぇ、俺今ボロボロだから受け身取れずに潰れたカエルみたいになるよ!? 水没してるから海水に叩きつけられて身体パーンだよ瑞紀ちゃん?! ねぇ瑞紀ちゃんってば!? 瑞紀ちゃーーーーんっ!???」

 

 無表情のまま浅見を下層の海面に叩き落とそうとする瑞紀、今まで死にかかっていたと思えない力で必死に瑞紀にしがみつく浅見。

 

 その浅見の絶叫をかき消すように、上層からすさまじい爆発の轟音が鳴り響いた。

 

 




紅子様、帰宅してから延々お祈り中

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