平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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今回薄味


065:捜査経過

「で、大丈夫なの? あなたのガールフレンド」

「あぁ、身体はな……」

 

 翌日、自分が住んでいた――いや、住んでいる街の様子で何か思い出さないかとおっちゃんと妃弁護士とあちこちを散歩している時に、米花公園に来ていた少年探偵団の面々、楓ちゃんに付き添っていた衛子さんに王三郎さんも来ていた。前に会った時は車いすに乗ってた王三郎さんだが、今日は杖を突きながら自分の足で歩いていた。

 

「それでね、私は吉田歩美! こっちは元太君に光彦君、そして楓ちゃん!」

「歩美ちゃん……元太君、光彦くん……楓ちゃん」

「そう! で、あっちでコナン君と一緒にいるのが灰原哀さん! 蘭お姉さんは、会うの初めてになるね!」

 

 どちらの探偵事務所にもまず来ない灰原は、当然蘭とは顔を合わせたことがない。

 実質、今日が初顔合わせだ。

 

「哀ちゃん、か。……よろしくね?」

 

 蘭がそう言ってほほ笑むと、灰原は『えぇ、よろしく』と笑みを浮かべて軽く手を振る。

 

「おめぇのそんな顔、何気に初めて見た気がするぜ」

「愛想良くするの、苦手なのよ」

「……あぁ、確かにそんな顔して――」

 

 灰原の言葉を思わず相槌を打った瞬間、灰原がいつものジト目をさらにきつくして睨んでくる。

 そう言ったのおめぇじゃねぇか!

 

「で、これからどうするの?」

「蘭の事か? それとも事件か?」

「どっちもよ」

「……そうだなぁ」

 

 事件のあらましは昨晩、目暮警部から聞いた。

 去年の夏に自殺と断定された仁野保という医師。その自殺と断定された理由が理由なために、再捜査が行われていたところ、その捜査を行っていた警察官が全員襲われたということだ。

 

「蘭の記憶に関しては、おっちゃんと妃弁護士に任せるしかねぇ。専門知識のない俺じゃあ、下手なことして却って蘭を追いつめちまうかもしれねぇ」

「となると、追うのね。仁野保の事件、そして警官射殺事件の真相を」

「ああ」

 

 浅見さんがいないため、いつものような後ろ盾がないのが心細いがなんとかしてみせる。

 それに、犯人を捕まえれば蘭の事件に対する恐怖心も薄れるかもしれない。そうなれば、記憶を取り戻す助けになるかもしれない。

 

「怪しいのは三人。まず、仁野保の事件の容疑者でもあったロックバンド歌手の小田切敏也」

「あの小田切刑事部長の息子が、ロックバンドねぇ……」

「あのって……知ってんのか?」

 

 まさか、組織に関わっていたのだろうか?

 少し怖くなりながらも聞いてみると、灰原は首を横に振って、

 

「浅見透の家に来たのよ。彼が私をあの家に連れていった日にね」

「浅見さんの?」

「えぇ。浅見さん、居合いを齧ってるから……小田切刑事部長は居合いの達人だから色々と話が合うそうよ。月一くらいで、向こうの家で練習も兼ねて食事や晩酌にお呼ばれしてるとか」

「浅見さんが居合い? 聞いたことないけど」

「話すほどじゃないと思ったんじゃない? 居合いの師匠に、そっちの才能は並って言われたらしいし」

「へぇ……」

 

 そういや、あの人の部屋に木刀あったっけ。

 

「ん? そっちは? ってことは他にも何か習ってたのか? あの人」

「さぁ? それより、他の二人は?」

 

 あ、ヤベ。そうだよ今はこっちの方が先決だ。

 

「残るのは、仁野環(じんのたまき)さんと、友成真(ともなりまこと)さん」

「……仁野に友成。それぞれ身内?」

「あぁ」

 

 殺された医師、仁野保の妹。

 そして、小田切敏也さんを調べる途中、発作で亡くなった友成刑事の息子。

 

「動機は十分な人間が盛りだくさんっていうわけね」

「あぁ、あのパーティー会場にもいたし……」

 

 誰からも硝煙反応は出なかった。

 あの時点で姿を消していた友成真か仁野環か。あるいは何らかの方法で硝煙反応検査を逃れた者がいたのか。

 

「ともあれ、事件の事なら昨日鳥羽さんとキャメルさん……が……っ!?!?」

 

 その時、突然灰原が勢いよく振り返った。

 まるで何かを警戒するかのように。

 

「……どうした、灰原?」

「う、うぅん……誰かに見られているような気配を感じたんだけど……」

 

 灰原はそのまま、傍の木陰や公衆トイレの周囲など人が身を隠せそうな場所に目線を這わせる。

 

「ごめんなさい、気のせいだったみたい」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「どうだいキャメル、何かわかったかい?」

「いえ、さっぱりです。……仕事を受けてなくて助かりましたね」

「普通の会社じゃ考えられない発言だねぇ」

 

 仕事を受けてないおかげで残っている人員をフルに使える。

 それをそのまま口にしたら、鳥羽さんは低い笑い声をあげて、もう短くなった煙草を灰皿に押し付ける。

 

「仁野保。当時の結論として、数日前に起こした手術ミス、その遺族から裁判を起こされているのを苦に自殺したと断定。実際、ミスを謝罪する遺書も見つかっているけど……」

「鳥羽さんは、これをやはり殺しだと?」

「間違いないねぇ。写真を見てすぐに分かった。アタシに近い感じがする」

 

 初めて事務所に来た時に、にこやかに挨拶していた彼女はもういない。というかそんな女はいなかったと言うべきか。日に日に被っていた『猫』を外し、今では女らしい笑みよりもどこかニヒルな笑いが彼女の特徴になっている。

 

(ワル)だよコイツぁ。ただし、そこまで賢い感じはしないねぇ……場当たり的に馬鹿やってこけるタイプさ。自分のミスで自殺? ないない、そんな殊勝な人間じゃないよ」

 

 悪党に対する彼女の嗅覚は一級品だ。彼女の勘は、ある意味で所長のそれに近く馬鹿に出来ない。

 もっとも、彼女曰く『本気でヤバい奴はちょっと怪しいと思ったら止まってしまう』らしい。

 具体的な例を聞いたら、『所長に関して勘が働かなかった』ということだ。正直、しょうがないことだと納得してしまう。

 

「こんな時、所長がいて下さると心強いんですが……」

 

 口をついて出るのはこればかりだ。

 いかに普段からあの年下の男に頼っているかが良く分かる。

 警察を始め各方面の人脈を駆使して、捜査のバックアップをしてくれるのがどれだけありがたいか。

 今では、警視庁の方はともかく米花署から資料を見せてもらうのに一苦労だ。

 所長が教えてくれていた三池苗子という婦警経由で対策本部の動きを多少回してもらうのがやっとだった。

 

「いない奴を計算にいれても仕方ないさ」

 

 鳥羽は次の煙草を取り出そうとして、煙草の箱を逆さまにして取り出し、ポンポンと叩いて……

 

「――キャメル、アンタ吸ったっけ?」

「あ、いえ。自分、煙草はやらないので……」

「あぁ、そうだったねぇ。ちっ、沖矢かマリーがいりゃねぇ……」

「……いない人を計算に入れても仕方ないのでは?」

「わーかってるよ!」

 

 煙草の箱をくしゃっと潰し、ゴミ箱へとバスケットボールのようにシュートする。見事な3Pシュートだ。

 

「恩田は?」

「ふなちと紅子さん、小沼博士と一緒に米花サンプラザホテルに。もう一度現場を見たいと……いくつか資料も持っていってます」

「ふぅん……」

 

 先ほど穂奈美さんが下から持ってきてくれたスープを少し口にして、鳥羽さんは今までに手に入れた資料をパラパラめくる。

 

「私は目暮警部と合流して、行動を共にしようと考えています。鳥羽さんはどうします?」

「そうだねぇ……ったく、本来の予定だったら今頃下笠パシらせて事務所の部屋借りて飲んだくれてる所なんだけど」

 

 あなたは本当に駄目な人ですね。

 割と本気で口にしかけた言葉を必死に飲み込む。

 

「くそ、帰ってきたら所長から秘蔵の日本酒分けてもらわなきゃ割に合わないねぇ、小田切の大将から贈られてきた物だっていうし……なぁに、この間知り合った綺麗ドコロを連れていきゃ所長の懐も緩くなるだろうさ」

「貴女達はもう人として手遅れですよね。本当に」

 

 なぜ自分は遠慮等という無駄なことを考えたのだろうか。

 今度は言葉のストレートをぶつけてやるが、彼女は全く堪えずヘラヘラと手を振っている。

 この人は本当に……。

 

「それで、どうするんです?」

「そうだねぇ……」

 

 資料の束をパラパラとめくり、その中から一枚抜き出して鳥羽はこちらに飛ばして来る。

 それを掴んで、印刷面のほうに目を通す。

 

「仁野保……ですか」

「あぁ、とりあえず――大元から洗ってみるさ。アタシ、これでも看護師だからさ」

「……元、ですけどね」

「野暮な事言ってんじゃないよ」

 

 口寂しいのを誤魔化すために缶コーヒーを一気に飲み干した鳥羽は、外へと向かいながら上着掛けのジャケットを羽織る。

 

「看護師が病院に行くのは、自然な話だろ?」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「これでいいですか?」

「ありがとうございます。すみません、お仕事中に……」

「ううん。浅見探偵事務所の検証ってのには興味があったからいいわよ。あの事務所の新入りっていう恩田君、君にもね」

 

 髪を左右に分けて三つ編みにしている若い女性の鑑識さん。――確か、所長が以前交通部の婦警達とカラオケに行った時に一緒にいた人だ。

 彼女に協力してもらって、現場を再現してもらっている。

 正確には現場というより、状況の再現か。

 彼女の背中には、小さな丸の赤いシールが張られている。それぞれは微妙に一部が盛り上がっており、少し斜めになっている。

 その上から1,2,3と番号が振られている。

 

「病院のカルテを鳥羽君と儂で計算し、銃弾の入射角を再現しておるぞ!」

 

 小沼博士が、犯人役としてトイレの入り口でモデルガンを構えながらそう叫ぶ。

 鑑識の女性は佐藤刑事の、そして洗面台の傍には蘭さんの役として紅子ちゃんが立っている。

 

 鑑識の女性に付けた赤いシールは、当然佐藤刑事が銃弾を撃ち込まれた部位である。

 背格好がもっとも近かったので佐藤刑事の役を彼女にお願いしたと言う訳だ。

 

「恐らく、体勢を崩しながら撃たれたと思われるので、入射角度の90°に近い順に番号を振っておる」

 

 阿笠博士曰く、発明家として必要な発想力や思い切りは少々不足しているらしいが、単純な数字にはかなり強いということだ。

 元看護師で、これまで数々の検死や現場保存を手伝い、知識と経験を溜めた鳥羽が出した答えならば信じていいだろう。

 

「まずは停電が発生し、恐らく佐藤刑事の行動パターンからして、蘭さんをその場に待機させ、自分が様子を見に行ったはずです」

「辺りは真っ暗だったろうから、手探りよね」

 

 そして鑑識の女性が、手探りで入口の方へと行く振りをする。

 

「そして、洗面台下に仕掛けられていた懐中電灯に毛利蘭が気付く。棚を開けて電灯を取り出し、佐藤美和子の方――おそらく入口の方を照らす」

 

 そう言って、紅子ちゃんが懐中電灯を、入口の方に向ける。

 

「犯人の姿自体は、見えていなかったかもしれないわ。彼女、腕っ節は強いんでしょう? となると、おそらく犯人はトイレ入り口廊下の曲がり角に身を隠していて……」

 

 小沼博士が、紅子ちゃんが言った状況を再現するように身を隠す。

 そして、雰囲気を出そうとしてか銃をスライドさせ――

 

「……んん? ……お、おぉ! おぉそうじゃ! 犯人は、ここで弾を装填したんじゃないかのぅ?! 最初っから装填したままだったとは思えんし、ホテルの明るい中ではそのような動作は出来まい!! となると、人目がなくなる暗闇の中で装填したとしか思えん!」

 

 確かに、小沼博士の言うとおりだ。

 と、なると――

 

「なるほどね。そして、その装填音を聞いて異変を察した佐藤刑事がとっさに蘭さんの懐中電灯を下ろさせようと振り向き駆けだした所を――」

 

 鑑識さんが振り向き、同時に小沼博士が曲がり角から姿を出して銃を構える。

 そして鑑識さんがちょっとだけ走ったところを紅子ちゃんが抱きとめた。

 走った振りの間――というより倒れた振りの間に、紅子ちゃんが支えながら角度と向きを確認していく。

 

「そうして次々に犯人が撃った、という事かのう」

 

 ただのモデルガンなので、弾どころか発砲音一つしないが、律儀に実際発砲されたのと同じだけ引き金を引く。

 

「……どうじゃ、紅子君?」

「まぁ、あの時と違って明るいというのはあるけど……そうね、ただでさえ洗面台前は出入り口からすぐ。仮に佐藤美和子という刑事の体で遮られていたとしても……」

 

 事務所員用のあのスーツに身を包み、長い髪を後ろで束ねてキャップを被っている紅子は、すでに事務所員として馴染んでいる。本人は知識が足りないので探偵役にはなれないと言っていたが、傍から見れば立派な探偵だ。

 

「毛利蘭が、走って来た佐藤美和子の方を見向きもしなかったとはとても思えない。……見た、と考えていいわね」

「……です、よね」

 

 恐らく、一応警察官は付いているはずだ。ただでさえ記憶喪失という状態で、しかも現場にいた人間なのだから。

 万が一があってはならないと警察も考えるハズだが……。

 

(確か、蘭ちゃんの近くには下笠姉妹が交代で一人は付いているハズだし。でも……)

 

 あの双子メイドも、合気道の練習をずっと受けているため護身術には長けているし。情報収集とその分析の術を安室さんや瀬戸さん、マリーさんからちょくちょく講習を受けている。頼りになる存在ではあるが……護衛となると……。

 

(キャメルさんに一応報告しておくか)

 

 そう考え、携帯電話をポケットから出そうとした時、

 

「トメ様! トメ様はいらっしゃいますか~~っ!!?」

 

 気になる事があると言い、フロントへ行くと言っていたふなちが戻って来た。

 こちらも仕事用のスーツに、指紋等で現場や証拠品を荒らさないように手袋を嵌めている。

 

「トメ様! こちらでしょうか!?」

「よう、嬢ちゃんか。どうしたんだい?」

 

 状況の再現を黙って傍から見ていた、少し歳のいった眼鏡の鑑識官。――トメさんと呼ばれている男がふなちに軽く手を挙げて答える。

 

「も、申し訳ございませんが……こちらを調べていただけないでしょうか?!」

 

 恐らく、本当に全力で走って来たんだろう。息を切らしているふなちは、手に持った長い物をトメさんに差しだす。

 傘袋に包まれたビニール傘だ。しかし、

 

「なんだい、その穴の開いた傘?」

「ひょっとしたら、犯人が犯行に使用した何かが残っているのではないかと思って従業員に色々話を聞きながら探していたところ、こちらを見つけまして……」

 

 トメさんが傘を慎重に受け取るのを確認して、ふなちはようやく一息吐く。

 

「この傘、どこかにひっかけたというのならば、普通このような穴の空き方はしませんわよね?」

 

 傘の一部分だけに穴が空いている。コンビニで売っているようなどこにでもあるビニール傘だ。

 そこまで丈夫な物ではないだろう。――あぁ、しかし、

 

「確かに、骨が折れた程度ならば考えられますが……傘に穴が空いたというのは滅多にないですね」

「えぇ、ですから……ひょっとしたら何か関係しているかもと思いまして……」

 

 気にかかった事柄は、基本的に納得がいくまで調べる。

 それが自分達のルールだ。

 

「なるほど、な」

 

 トメさんは、背中と肩のシールを剥がしていた女性鑑識官にそれを渡す。――娘という噂もあるがどうなんだろう。

 

「おぅし分かった。アンタらには世話になっているからな、すぐに調べさせる。結果は事務所の方にFAXで送っておこう」

 

 むしろこちらが散々お世話になっている気がするが……

 いつも自分達の力になってくれる頼もしい鑑識官は、頼もしく笑ってそう言ってくれた。

 

 

 

 

 

――毛利蘭が、殺されかかったという情報が入ったのは、そのすぐ後だった。

 

 

 

 

 

 




あさみんニュース

・逃亡後、久々の本格サバイバルにテンションあげあげ。
・侵入経路が見つからず、状況をしばし静観。
・「あ、銭形のおじさんお久しぶりです」


書くの忘れてた

●鑑識の可愛い娘

file603~605 降霊会Wダブル密室事件
劇場版『水平線上の陰謀』

大抵鑑識役はトメさんかモブ役なのですが、たまに出てくるすごく可愛い鑑識さん。
設定! 設定はよ!

トメさんの娘じゃないかって説もありますが……
なお、声優は半場友恵。


誰やってる人だろうと思ったら、……森精華に四葉……だと……

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