平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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短文再び。


067:役者、揃う

 ガラスの破片が飛び散り、机の上の書類が宙を舞う。

 棚も扉もソファーも家具も次々に穴だらけになり、その残骸が宙を舞う。

 

(私のせいだ……)

 

 なんとなく、脳裏をよぎるのは、血まみれになる誰かの姿。

 若葉色を基調としたおしゃれなドレススーツを着た、綺麗な女の人が……見る見るうちに赤く染まり、そして――

 

(また、また私のせいで――!)

 

「蘭、大丈夫だ! やたらめったら撃ってるだけだ! 動くんじゃないぞ!」

 

 小五郎さん――私のお父さんが、お母さんという人を抱きかかえて床に転がっている。

 さきほど何かが掠め、赤い筋が入った頬を震える手で撫でる。

 

(逃げなきゃ……逃げなきゃ――)

 

 ここにいたら、また誰かを巻きこんでしまう。特に――今も私を庇う様に私を押さえたまま、誰かが銃を撃ってきている窓の外を睨みつけている――この江戸川コナン君。

 

 あと少しで電車に跳ねられるという時に、線路に飛び降りて私を助けてくれた、小さな男の子。

 きっとこのままじゃ、この子また危ない事をしちゃう――だから!

 

「あっ! ま、待て蘭!」

 

 足に力を入れる。大丈夫、私、空手をやってるって言ってたし、体力はあるはず。キチンと身体は鍛えているはず。

 ごめんなさい、小五郎さん――お父さんっ。でも、自分はここにいちゃいけないんです!

 

「らぁーーーーーんっ!!」

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「蘭姉ちゃん止まってっ!!」

 

 咄嗟に叫び、後ろを追い掛ける。せめて廊下の所にいてくれればと思ったが、期待は外れて階段を駆け降りる音が聞こえる。

 

(駄目だ蘭、出入り口は狙撃犯から丸見えだ!!)

 

 毛利探偵事務所の出入り口は、当然だが真正面。狙撃された窓側だ。

 蘭の後を追って階段を駆け抜ける。

 恐らく、蘭を狙ってだろう銃声が響く。

 相手が持っているのは狙撃用のライフルと、連射が可能なオートマチックライフルの最低二丁。

 今した銃声は一発だけ。また狙撃に切り替えたのだろう。入口の郵便受けが、火花と共に穴が空く。

 

「くっそぉ……っ!」

 

 入口を超えて、跳弾の音がする方へと急ぐ。

 蘭は、近くの路地裏へと入ろうとしている。駄目だ、それじゃ逃げ場がない! 狙撃犯も狙いやすい!

 

「蘭姉ちゃん!」

 

 大きい道を選んでと叫ぼうとするが、蘭は反射的に足を止めてこっちを向く。不味い!

 

「駄目コナン君、来ちゃだめ!!」

 

 狙われる! そう思った瞬間身体が動いた。

 足に力を込めて、思いっきり跳躍する。多分、犯人がいるだろうポイントと蘭の直線上に割り込むように。

 僅かに、離れたビルの屋上に小さな灯りが見えた。マズルフラッシュだ。

 

(来るっ!)

 

 頼むから外れるか、せめて俺の体に当たってくれ!

 

 そう願った時、俺たちの視界に黒い大きな物が割り込む。

 大きなブレーキ音。それと同時に響く、軽い跳弾音。

 

「乗れっ!!」

 

 割り込んできた物の正体――黒い大きな車のドアが開く。

 

「で、でも――」

 

 恐らく、誰も巻き込まないようにと思っていたのだろう蘭が戸惑いの声を上げるが、運転席に座る男は、それほど大きくはない、だが妙に響く声で、

 

「急いでこの場を離れなければ、無関係の人間が更に巻き込まれるぞ」

「――っ!」

 

 それが決定打だった。

 蘭は開けられたドア――助手席に乗り込む。俺も、そこに飛び込む。

 

「こ、コナン君は駄目よ! これ以上は――」

「議論している時間はない。出すぞ!」

 

 男がアクセルを踏み込むのと同時に、俺がドアを閉める。

 こんな夜中だというのに、サングラスをかけたまま、キャップを被った男はアクセルを思いっきり踏み込み、そしてハンドルを切る。

 

「あの、貴方は一体……っ?!」

 

 

 

 

 

 

 

「――俺は……ジョン=ドゥ(名無し)だ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「警察だ! 動くな!」

 

 

 毛利探偵事務所への銃撃がされたと思われた建物の屋上に、二人の刑事が拳銃を構えて突入する。

 毛利探偵事務所の外を固めていた白鳥、高木の二人だ。

 目暮警部は、逃げた毛利蘭の追跡の指示に回っており、千葉刑事は銃撃に巻き込まれ足を負傷していた。

 

「……いない、ですね」

 

 銃を構え、周囲の安全を確保しながら高木がつぶやく。

 

「それにしても、なんだこの匂い。火薬――硝煙の臭いと……お酒?」

 

 高木と白鳥は、屋上の端に置かれたままになっている銃に近寄る。

 

「チャーターアームズ……中距離スコープを付けて、か。残弾は無し……連射式の方はないな」

「匂いの元はこれですね……中身の入ったまま割ったのか?」

 

 その狙撃銃の傍に、なぜか割れている瓶が転がっている。中身が入ったまま地面に叩きつけたのだろう、辺りは少し変わった酒の匂いが充満している。

 

「これ、なんていう酒なんだ……あ、あると……かーめん?」

 

 割れた瓶は、偶然なのか綺麗に残っていたラベルを上にして転がっていた。

 触らないようにしながら、懐中電灯で照らし、そのラベルを高木が読み上げようとするが見なれない酒であるのもあって分からない。

 

「カーメンじゃない。カルメンだよ高木君」

 

 ここ最近、浅見探偵事務所のアンドレ=キャメルや安室透に揉まれているためか、身のこなしが格段に良くなっている白鳥が、周辺を確認しながら高木の方を見もせずそう言う。

 

「アルト・デル・カルメン。それがその酒の名前だよ。度数がかなり高いから、君にはオススメできないな」

 

 そして周囲に誰もいないことを完全に確認したのか、白鳥は高木の方へと歩いていく。

 

「聞いた事ないですね。ブランデーか何かですか?」

 

 高そうで度数が高い酒となると、反射的にブランデーだと思ってしまう高木に白鳥は、

 

「ある意味、ね。それは、ペルーのブランデーと呼ばれる酒」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――正式には……ピスコ、という種類の酒さ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「あの、どうして……どうして私を助けてくれたんですか?」

 

 特に目的もなく車を走らせていると、隣に座る毛利蘭が口を開いた。

 

「……俺とお前に直接の面識はない。ただ、行方を知りたい男の手掛かりがお前だった……それだけだ」

「知りたい男の人って、誰なの?」

 

 彼女の膝に座っている小僧が、今度は口を開く。

 ……どことなく、あの男を思い出させる目だ。意志の強さといえばいいのか。

 狙撃されかねないあの状況で、迷わず毛利蘭の盾になろうとした決断力と行動力――あの覚悟は嫌いではない。

 

「工藤新一」

 

 正直に答えるつもりはなかった。だが、記憶を失った毛利蘭に情報を思い出させるのは、記憶を刺激させていった方がいいかもしれないと思いつき、結局答えた。

 実際、助けた理由もそれだった。

 そして、正直に答えた価値はあったようだ。

 女ではない。膝に乗っている小僧が息を飲んだ。

 

「小僧、お前は知っているのか?」

「う、ううん。最近どこにいるのかさっぱり。蘭ねーちゃんにも電話一つよこさないんだよ?」

 

 小僧は、小僧らしい様子でそう言うが……ひっかかる。

 

「おじさんは、どうして新一にーちゃんの事を知りたいの?」

 

 ……逆に探りを入れてきたか。

 

「――浅見透」

 

 隠す必要はない。この小僧が、浅見透に近い事は知っている。

 

「俺は、奴を知りたい」

 

 奴の生い立ち、育てた親――正確には親代わりになった存在、どういう教育を受け、どうやって自立していったのか。いまの『浅見透』が構成されていった過程と言うのだろうか。それを知りたい。

 

「あの……貴方は浅見さんと――お兄ちゃんとどういう……」

「? お前はあの男と血縁が?」

「あ、いえ、血の繋がった兄とかいう意味じゃなくて……」

 

 今の毛利蘭に記憶はない。だからだろうか、どこか第三者の目線で見ている自分の人間関係が気恥ずかしいのか、わずかに頬を染めているのが見えた。

 

「私、浅見さんって人の事をたまにそう呼んでいたらしくて……」

「……そうか」

 

 人好きのする男だとは聞いている。

 個人主義のバーボンですら、あの男に懐き始めているように見えていた。

 だからあの女も――ベルモットも奴に興味を持ったのだろうか。

 

「俺とあの男がどういう関係か、だったな」

「はい」

「わからん」

「……え」

「少なくとも、一言では説明できないな」

 

 毛利蘭は、じっとこっちを見る。その膝に座っている小僧――確か江戸川コナンだったか。特徴的な名前だったので、覚えている。妙に頭の切れる小僧だとキールが話していたのもある。

 

「最初に感じたのは……恐らく嫉妬だろう」

「やっぱりそうなんですね」

「……やっぱり?」

 

 横目で見ると、毛利蘭は不信感を露わにしていた。

 

「妃さん――お母さんが言っていました。浅見さんってとんでもない女たらしだったって」

 

 思わず、噴き出してしまう。

 膝の江戸川コナンも、眼鏡をずり落としていた。

 

「そうだな、否定はできん」

 

 俺は浅見透と直接話した事はほとんどない。キールと共に接触した時、スコープを隔ててやり取りをした時、そして……あのアクアクリスタルでの闘い。

 

「あの男は、人たらしだ。周りにいる人間が皆、なんらかの強い感情をあの男に抱いてしまう」

 

 バーボンは恐らく……庇護欲、キールは強い恐れ、そして尋常ではない執着を示す――ピスコ。

 

「奴の事は、何も思い出さないか?」

「はい……他の事も……」

 

 恐らく記憶が戻らない事に焦りを感じているのだろう。

 それもそうだ。こうして命を狙われているのに、その相手の事や事件の事が何もわからないのだ。

 状況に対する理解が追いつかないという恐怖は、かなりの恐怖だろう。それが命の危機ならばなおさら。

 

「ただ……」

「ただ?」

 

 毛利蘭は、額に手をあて、何かを思い出すように、

 

「さっきテレビで見ていた場所が……ちょっと覚えがあって……」

「どこだ?」

 

 

 

 

 

 

 

「――たしか……トロピカルランドって……」

 

 

 

 




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