「すまんな、上等な物を用意できずに……。好きな物を取れ」
工藤新一を通して、浅見さんを知るために蘭を助けたサングラスの男が、コンビニの袋を俺と蘭に差し出して来る。
中身は惣菜パンやサンドイッチなどだ。適当に選んだのだろうが、そこそこの数が詰められている。
もう一方の袋には水やお茶のペットボトルが入っている。
「いえ、こちらこそすみません。こんなに面倒をみていただいて……」
怪しい事この上ない男――いや、正直この男が何者なのかは見当が付いている。浅見さんから聞いている特徴が完全に合致しているのだ。
あの時、浅見さんの腕を撃ち抜いた
コードネーム……『カルバドス』
「ねぇ、おじさん。これからどうするの?」
なるだけ子供っぽく、でも不自然にならない程度に演技をしてそう声をかける。
よくは分からないが、少なくともこの男は蘭を害する気はないようだ。
とはいえ組織の、それも恐らくは追われているだろう男だ。
「俺も追われる人間だ。あまり俺と接触しているとお前達にとって好ましくないだろう。トロピカルランドへ辿り着いたら別れた方が賢明だが……」
こうして話してみると、とても奴らの一人とは思えない。
「ただ、お前達を狙撃した人間が気になる。出来ることならば、ソイツだけは俺の手でなんとかしたい」
「え、なんで?」
あまり表情に変化の見られない男の眉間に、僅かに皺が寄る。
「恐らく、俺がケリを付けなければならない相手だからだ」
男は、片耳に着けていたイヤホンを外しながらそう言った。
繋いでいるのは……無線傍受装置か? 警察無線で何か掴んだのか。
「狙撃してきた人、知っているんですか?」
自分を狙ってきた人間の事だ、気になって仕方ないだろう。
蘭が食い付くが、カルバドスと思われる男は首を横に振る。
「いや、遠目だった上に辺りは暗闇だったからな。……ただ、」
「ただ、なに?」
今度は俺が尋ねる。
男は静かに、だが自信気に、
「おそらく、あの狙撃手……女だ」
「なんでわかるの? 見えなかったんでしょ?」
ひょっとしたら、知っている人間に朧げに似ていたのか。
そうなれば、そいつは黒ずくめの――っ!
「……そういう目は養っている」
まるで、どこぞの誰かが言い出しそうな事を、真面目な顔で言い出しやがった。
(あぁ、そうだ。この感じなーんか覚えがあると思ったら……)
この男、どこか浅見さんにそっくりなんだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「で、知恵を貸してくれるのかい? 真純の嬢ちゃん」
「あぁ、貴女にも興味はあるし……いや、今はそんな事どうでもいい。コナン君と蘭君を早く見つけ出さないと……」
毛利探偵事務所が襲撃されたという知らせをキャメルから受けた時は心底驚いた。
犯人は、そこまで堂々とした真似が出来るタイプじゃなく――もっとこう、セコセコしててネチネチした奴だという印象を受けていたんだが……。
「ホントに毛利のおっさんの所を襲った奴と今回の犯人、同一人物なのかねぇ」
「別人かもしれないって?」
「大体、狙撃なんて大胆な手段がすぐに使えていたんなら、駅のホームの時にドタマぶち抜いているさね」
「……まだ銃が手に入っていなかったとか?」
「それなら大人しく銃が手に入るのを待つんじゃないか?」
「でも、犯人にはいつ蘭君の記憶が戻って証言をされるか分からないだろ? 一刻も早くって思うんじゃないかなぁ?」
「……あぁ、確かにそうか」
今、キャメルは毛利蘭の捜索を続けている。
現場の近くを警戒しながら、肝心の時に居合わせなかった事を悔いているらしい。
「納得いかないみたいだね、鳥羽探偵」
「その鳥羽探偵ってのはやめとくれ。アタシは探偵って柄じゃないさ。普通に呼んどくれ」
いくつか事件解決の場にいるだけで探偵扱いときたもんだ。
取材に来た雑誌なんかが探偵呼ばわりするからこうなるんだ。
あの胸糞悪い姉貴共へのあてつけでマスコミの取材に出てみたが、今は後悔している。
「じゃあ、鳥羽さんでいいかい? その代わり、嬢ちゃん呼びは止めてくれよ?」
「わーったよ。それじゃあ呼び捨てでいいかい? 真純」
今はこっちの事務所で、本当ならあのボウヤに見せる予定だった書類を真純に読ませている。
真純はアタシの提案に頷いて了承する。
「アタシとあのボウヤで、そこに書いてある心療内科の先生が怪しいと睨んでいたんだけど……」
「証拠、だね?」
「そういうこと」
例の傘からは硝煙反応、発射残渣が検出されたという報告がトメさんから来てる。
ついでに指紋が残ってくれていればと期待したんだが、さすがに拭き取られてしまっていた。
今では鑑識が更に詳しく調べているが……。
「傘を使ったトリックは分かったんだ。これで蘭君の目撃証言があれば、確実に捕まえられると思うんだけど……現状、追い詰める方法となると……」
「――そうだねぇ……」
現状手に入る情報はここまでだ。となると、別の物が欲しい。
例えば――まだ入手できていない警察の捜査資料とか。
携帯を取り出して、目当ての人物を電話帳から探し当てて通話ボタンを押す。
数コールですぐに相手は出る。
「よう、恩田。今どこにいるんだい? ……小田切敏也のライブ会場? で、仁野環とたまたま会って今お茶中?」
真純の嬢ちゃんに目を向けると、驚いたように立ち上がっている。
「なるほどね。つまり、今警官受けするアンタが殺人事件の被害者遺族と一緒にいる訳だね? いいねいいね、悪くないコンビさ。利用しがいがある」
その立ち上がった真純の顔が、ドン引きしたものに変わっていく。
無駄に攻撃的で挑発的な癖に意外と潔癖だねぇ、この嬢ちゃんは。
「――恩田、ちょっと頼めるかい? そうそう、アンタが一番適任だからさ」
「可能な限り資料をもらってきてくれ。あの堅物の大将からさ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「哀ちゃーん、ご飯できたよー」
「ええ、今行くわ」
今日は日曜で小学校はお休み。
ふなちは昨日の夜から寝ずに工藤君と毛利蘭を探し回り、今日はこっちで少しだけ寝てからすぐに病院に向かった。
足を負傷した千葉刑事のお見舞いに行ってから、また捜索に行くと言っていた。
おかげで今日は静かだ。普段ならば浅見が越水さんにお酒のお代わり許可を貰うために腰に縋り付いていたり、浅見とふなちがテレビの前で並んで酒呑みながらゲームして騒いでいたり、おつまみ作ってくれた桜子さんに浅見がハグして肘鉄もらったり……
なんだ、騒がしい理由はほとんどあの男だった。
それなら静かなのも納得である。なんせ、あの男は今はアメリカだ。
(まったく、守りを固めるためにちょっと仕事を兼ねてスカウトに行ってくるなんて言ってたけど……)
正直、不安はある。
組織の幹部が注目していた男。組織が手を出すのを躊躇う存在。
当然、彼の周りには監視の目があるだろう。
彼は、もっとも不安だった者はこれから離れると言っていたが……。
(ま、でも今の所は何も無いし……)
浅見透が家を空けると言った時は非常に不安だった。
彼の部下であり、警護関連のプロであるアンドレ=キャメルが家を訪れてくれているのはありがたいが……なんとなく、あの男がいる方が安心できる。
「桜子さん、今日のお昼は?」
「今日は、哀ちゃんが好きだって言ってたしイタリアンで統一してみました! 昨日仕込んでおいたライスコロッケに、お手製パスタにサラダとか!」
いつもニコニコしているこの家政婦は、素姓の良く分からない自分にも本当に良くしてくれるいい人だ。
「哀ちゃんはコーヒーと紅茶はどっちがいいかな? 一応、どちらも用意出来るけど……」
「そうね……それじゃあ紅茶で」
「はい、了解」
語尾に音符マークが付いているのが目に見えそうな調子でそう言う桜子さん。
(無理して明るく振舞わなくてもいいのに……)
先ほど、誰かからは分からないが電話で毛利探偵事務所が銃撃された事を聞いたようだ。
私はいち早く鳥羽さんから電話をもらって状況を聞かされたため、大まかな経緯は把握している。
だが、桜子さんは私が知らないと思っているのだろう。
そして、友達――江戸川コナンが行方不明という事態を伝えるかどうか迷いながら、とりあえず必死に私を家から出さないようにしているのだろう。
この家ならば、ちょっとした襲撃くらい耐えられるから。
(本当にお人好ししかいないんだから、この家……)
あからさまに何かあると疑いながら、この家に私を置く事を了承した越水七槻。
なにか考えがあるのかないのか少々怪しいが、それでも私に構い続ける中居芙奈子。
疑いもしない米原桜子、中北楓。――中北さんは仕方ないと言えるが。
そして、全てを見透かした目で『どれだけ傷だらけになってもお前を守る』――なーんて、昔の恥ずかしいドラマでも言わないような恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく言える家主。
「今日は哀ちゃん、家でゆっくりするの?」
そうであってほしいと願っているのだろう。
首を傾げてそう尋ねる彼女に、
「えぇ、浅見さんが買ってくれたパーツも揃ったし、今日はマシンの組み立てとセットアップして……終わったら読みたい本があるから」
と答える。実際嘘ではない。
家主が必要な物はあるかと尋ねてきたので、とりあえず最新型のパソコンをと言ったら、即座に現時点で最高の各パーツから揃えてくれた。
組み立てまでやろうとしていたけど、自分で組み立てるとそれを断ったのだ。
「……最近の小学生ってパソコンとかも組み立てられるんだぁ……」
心から感心したように桜子さんが呟く。訂正しようにもそれができないので、『浅見さんが教えてくれたの』と誤魔化しておく。
すると、感心した顔から一転、呆れた顔でため息を吐き、『あの人……コナン君といい哀ちゃんといい小学生に一体何を教えてるんだろう……』とぼやき始める。
(――浅見透に悪い事したような……そうでもないような……)
なんにせよ、
「ホント、どっちでもいいから早く帰って来てくれないかしら……」
瀬戸瑞紀の三行旅行日記
・唐突に『俺ちょっと行方不明になるから』と言いだす上司
・泥棒侵入騒ぎの後、一人探索。
・怪盗、北の離れの塔にて大泥棒と姫の会話、その後のやり取りを盗み聞き、大体を察する。