平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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072:終結に向けて~② (副題:瞳の中の暗殺者への黙祷)

 傍受した警察無線でその情報を聞いた時、こう思った。

 

 

 まだ終わっていない、と。

 

 

 奴との因縁は――まだ始まったばかりなのだと。

 

 

(……ピスコ)

 

 初めて見た時は、いつか重大な失態を犯すだろうと思っていた。

 過剰な保守に回った人間は、静かに生きるのならばともかく、組織に与すると害をもたらす。前へと進む足を引っ張るのだ。

 そう、そう思っていた。だから気にした事はなかった。

 

(それが、今では最大の脅威になるとはな)

 

 自分自身の最大の壁は誰かと問われれば、間違いなく浅見透だ。

 だが、最大の敵は誰かと問われれば――それは、まぎれもなく奴だ。

 だからこそ――

 

「……今のあの男が、お前達のような素人を雇うとは思えんな」

「えぇ、別にあのお爺さんの部下になったわけじゃないもの」

 

 すでに日は沈んでいる。遊園地から少し離れた大きな駐車場の照明の光が、ここまで届いて僅かに照らしてくれている。

 

 倉庫や、事務所らしきいくつかの小さな建築物、放置されている車やバイク、スクーター。

 その中に混じっている真新しい車から、一人の女が姿を現す。彼女の左右は、UZIで武装した男が固めていた。

 ……やはり、プロの気配を感じない。

 そもそも、こうして策も狙いもなく馬鹿正直に前に出てきている時点でこいつらは違う。

 

「以前、先輩達と組んでの計画にちょっとした邪魔が入っちゃってね。ソイツを排除しようと思っていたんだけど結局取り逃がしちゃって……」

「隣にいる男達はその始末役か?」

「えぇ……もっとも、肝心の彼は最近姿をあんまり見せなくて、いざ姿を見せた時は脱出しづらい船の上」

 

 僅かにカールをかけた、長い茶髪を少しかき上げて、女は続ける。

 

「ホント、いい加減に隙を出してほしいわね。あの奇術士様(マジシャン)には……」

「……奇術士(マジシャン)……」

 

 その言葉が似合う厄介な人間。そうなると思い浮かぶのは、二人。

 一人は女。浅見透の傍を固める一人で、あの夜に浅見透に肩を貸していた『マジシャン』――瀬戸瑞紀。

 一人は男。浅見透と直接関わりを持ったわけではないが、彼の下にいる子供――あの江戸川コナンとの間に因縁を持つ、『怪盗』の一人。

 

「……その奇術士の暗殺を、あの男に依頼したのか」

「えぇ。この間、警察とドンパチやっているグループを見つけてね。その時にちょっと手を貸してあげたのよ」

「……あの老人は、お前ごときが使いこなせる相手ではないぞ」

「えぇ、知っているわ」

 

 とっさに口にしたのは、警告の一言だった。

 それなりに見栄えは良い女だったからサービスのつもりだったのか、あるいは自分なりの善意だったのか。

 いずれにせよ、その一言はばっさり切り捨てられた。

 

「でも、先輩の所の兵隊だけじゃ心許なかったし、彼を狙う時はあのキッドキラーって持て囃されているボウヤがいる」

「子供に気を遣うタイプには見えないが?」

「当然。でもあのボウヤ、あの浅見透に近いでしょう?」

 

 思わず、眉をひそめる。

 

「……なるほどな。あの男ならば悦んで取引に乗るだろうな」

 

 正確には、乗った振りだろうか。

 あるいは――

 

「……奴の尖兵として利用されるだけだとしても……それでもお前は止まるつもりはないのか?」

「ないわぁ。そりゃあ保身も大事だけど、賭ける事が必要な時だってあるのよ」

「自ら、戻り道を消しながら歩いているだけだろう」

「犯罪者ってそういうものでしょう?」

「…………そうだな」

 

 左右の男達はニヤニヤ笑うばかりだ。ナンセンスな物言いだが、品が無い。

 

「確かに、お前の言う通り、犯罪者と言うのはそういうものだろう」

 

 罪を犯した者も、罪を犯すだろう者も――あるいは人はすべからくそういう存在なのかもしれん。

 

「だがな、表にも、裏にも――どちら側にもルールはある」

 

 腰に差している銃に手を――かける必要はない。

 

「目当ての皿以外には手を付けない事だ」

「あのお嬢ちゃんのことかしら? それこそ仕方ないじゃない、そういう取引だったんだから」

「目的もクソも知らず、知ろうともせず、か」

「わざわざ余所様の取り皿に何が盛られているか、覗き込むのも失礼でしょう?」

「ディナーならな。立食会(パーティ)ならば話のタネにもなる」

 

 もう、言葉は要らないだろう。

 女が軽く肩をすくめる。それと同時に、男達が一歩前に出る。

 分かりやすい。

 

「あのお爺ちゃんから、貴方は別に好きにしていいって言われているの」

 

 そうだろう。あの男は、自分にさほど興味は持っていない。

 だからこそ、自分を適当な踏み台に使おうとした。

 

「だからまぁ――死んでちょうだい」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ん、アンタも祭りには間に合ったようだね」

 

 環さんと共にトロピカルランドに到着し、チケットを購入しようとした所に、購入済みのチケットを複数ヒラヒラさせている女性がいた。鳥羽さんだ。

 

 

「キャメルさんは?」

「後から合流だ。そちらは……あぁ、例の医者の妹さんかい」

「えぇ――その、すみません」

 

 顔を合わせたら真っ先に、頭を下げると決めていた。

 自分がもうちょっと上手くやっていれば、今頃全面的な警察の協力を得られたのではないだろうか。

 

「むしろ良くやったと思うけどねぇ、アンタ」

 

 だが、嫌みの一つ二つ覚悟していた自分に鳥羽さんはただ笑い飛ばすだけだった。

 

「あのプライド高い警察絶対主義の堅物が、貸し一って事にしたんだ。それも、そこにいるルポライターが情報を渡す可能性を見逃がした上でだ」

「……それは……」

 

 確かに、あの後環さんから情報の提供はしてもらっていた。

 

「今はそれより、さっさと嬢ちゃんたちの確保だ。中に入るんだろう?」

「えぇ、そうですね。例の男も、トロピカルランドを目指している可能性がありますし」

「……ねぇ、本当なの?」

 

 ずっと沈黙していた仁野環が、口を開く。

 

「私の兄を殺した犯人が、もう分かっているって……」

「九分九厘間違いないさ。だけど、残念な事に証拠がない。だから目撃者だけでも確保しとくって話さ」

 

 分かったかい、妹さん? と鳥羽さんが言うと、彼女は戸惑いながら頷く。

 まだ実感が湧かないのだろう。

 自分の兄の仇に近づいているとは。

 

「とにかく、中に入りましょう。スタッフに聞き込みをしていけば……子供と女性の組み合わせでは、あまり印象に残らないかもしれませんが、一応写真も先ほど穂奈美さんに頼んでメール……で……」

 

 そこまで口にして、ようやく此処にもう一人いる事に気が付いた。

 世良真純だ。

 少し離れた所で、なぜか渋い顔をしている。

 

「……あの、彼女どうしたんですか?」

「あぁ、チケット買おうとした時に、アタシと真純の顔見たスタッフがカップルチケットを薦めてきたのをまだ気にしてんのさ」

 

 

「――悪かったねぇっ!!」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 もう夜だ。

 宮野志保――こと、灰原哀は、桜子の用意したシチューとサラダ、パンを全てお腹に収め、テレビを見ながらフルーツを口にしている。

 

「えぇ、えぇ……それじゃあ、もう七槻さん達は帰ってこれそうなんですね?」

 

 灰原のためにフルーツを切り分け、洗い物をしていた桜子は先ほど鳴った電話を取っている。

 どうやら相手は越水七槻のようだ。

 

「よかった……実は、皆さんが海外に行っている間に事件が起こって……えぇ、警察の人が次々に襲われていて……」

 

 恐らく、受話器の向こう側では越水七槻が『落ちついて、順番に話してください』とかなんとか言っているのだろう。

 灰原のそんな考えを裏付けるように、桜子が事の始まりから説明を始めている。

 

(さすがに、状況聞いたらあの男も飛んで帰ってくるでしょうね)

 

 保身という本能の一つをどこかに落とし、空いたスペースに『特攻精神』とか『突撃上等』とかそういった何かを埋め込んだとしか思えない男――浅見透。

 

 正直な話、先日聞かされた『組織の人間が周りにいる』という話。

 決して軽いノリで話す内容ではないのだが、あっけらかんとそう言われてから正直胃が痛いばかりだった。

 だと言うのに出発する前に、別に任務が入ったのかあの事務所を離れるというマリーとかいう女への贈り物について『なぁ志保、ああいう仕事の出来るクールビューティを体現した美人にはどういうプレゼントがいいかね?』とかいうふざけた質問をする男だ。

 ちなみに灰原はそれを耳にしたきっかり一秒後、浅見透――いや、男にとって共通の最大の急所を思いっきり蹴り上げ悶絶させていた。

 

 その後少年探偵団の面々へ、お別れ会の企画を依頼していた事を知り深いため息を吐いたのもよく覚えていた。

 

「えぇ、そうなんです。毛利さんの所の蘭ちゃんが記憶を失くしていて、しかも命を狙われていて――――はい、昨日の夜にあちらの事務所が銃撃されて、蘭ちゃんは逃げ出してそのまま行方が……コナン君も……」

 

 少し涙声になっている桜子の様子に、無理もないとため息を吐く灰原。

 普通に生きていて、知り合いの家に銃弾を叩きこまれるなど予測出来るハズがない。

 そして、こういう時にもっとも頼りになる面々のほとんどが、帰ってくるのも容易ではない海外にいるのだ。

 

「えぇ、はい…………え?! 透君――じゃない、所長は今そちらにいないんですか!??」

 

 あぁ、やっぱり。

 ホイップクリームを乗せたオレンジを口に運びながら、灰原はそう思う。

 

 これだけ長い間向こうから連絡が入らないのも向こうに行っている面子――浅見透や越水七槻の性格からして少し変だし、なによりこの家の家主が妙な事に巻き込まれないはずがない。

 

(全く、ちゃんと帰ってくるんでしょうね……)

 

 未だ姉に会えていない今、彼女の行き先を知っている人間が揃って日本から離れている上に、その中の一人が導火線というか火薬というか核地雷のような人間なのだ。

 姉との再会を望む灰原にとって、彼らの生還は心から望むものだし、そもそも誰にも死んでほしくないと思ってはいるのだが――

 

(なんとなく考えてしまうのは、あの男が変な方向に優秀だからかしらね)

 

 工藤新一から色々聞かされていた――というより、愚痴られていると言うべきなのだろうか。

 曰く、目を放したら大怪我している。

 曰く、放っておいたら手足を失くしていそうだ。

 曰く、むしろ3秒以上目を離したら死んでいるかもしれない。

 

 彼と共に過ごした時間は僅かだけど良く分かる。

 ある意味で組織の人間と同じ、血の臭いのする男。

 違うのは不特定多数の返り血か自分の血かの違いだろうか。

 

 ……純粋な悪者は前者だが、色んな意味で性質(タチ)が悪いのは後者だ。

 

 ああいう類は傍目でも分かる。色んな人間を振り回して、色々面倒くさい人間を惹きつけて、色々と事態をややこしくする人間だ。

 ある意味でおみくじのような人間だろうか。

 引いて、中身を読むまで当たりか外れか分からない。

 

 もっとも、引いてから中身を読むまでの間にきっと何度もとんでもない目に遭うのだろう。

 灰原はそう当たりを付けていた。

 だからこそ、決意する。

 

 世話にはなるが、深入りするような真似は全力で避けるべきだと。

 

「依頼主は明かせなくて、今まで一切の連絡も許されなかったって……所長今度はどんな事態に巻き込まれたんですかぁ……」

 

 アメリカで名を明かせない依頼主なんて腐るほどいるだろう。今こうして越水七槻が連絡出来ている事を考えると裏側の仕事を掴まされたということはないだろう。

 そうなると一応表と言えなくもない裏側に関わったのだろう。

 

 政府。ペンタゴン。国家安全保障局(NSA)中央情報局(CIA)連邦捜査局(FBI)。あるいは各州が持つ組織か。

 そのどこに関わっていても驚かない。なぜ? だって浅見透だから。

 灰原にはそうとしか思えないし、答えられない。

 

 なんとなしに、テレビのリモコンを操作してチャンネルを次々に変えていく。

 ニュース、俳優やアイドルだけ豪華な安っぽいドラマ、何かのアクション映画、刑事モノ、時代劇、クイズバラエティ……ピンと来るものがない。

 

 なにか面白そうな番組はなかったかと、テーブルの端に畳んであった今日の夕刊を手に取り、テレビ欄を流し見る。

 

(……あら?)

 

 今自分は民放チャンネルだけを流し見ただけだ。

 今見ているテレビ欄には、その中に長い枠で、外国のお姫様の結婚式の中継があるはずなのだが……先ほど流し見た中にそんなものはあっただろうか?

 

 時計を見る。時間は間違っていないはずだ。

 見落としていたのだろうか? 灰原はそう思って、もう一度チャンネルを回す。

 別に見たいという訳ではなく、ちょっと気になっただけだった。

 

『続けぇ! 天下の埼玉県警が探偵さんに後れを取るんじゃぁない! 突撃ぃーーー!!!』

 

 そして番号を押して合わせたチャンネルは、先ほどアクション映画だと思った物だった。

 盾と警棒で武装した機動隊が、時代錯誤な西洋鎧で身を固めた男達に突撃している。

 

『ごらんください!』

 

 レポーターだろう女――なぜか迷彩柄のような服を着ている――がマイクを片手にそう言う。

 

『ルパン三世を追ってきた銭形警部、そして日本の探偵浅見透が現場に突入しております!!』

 

 リモコンを取り落とした。

 

 後ろでは、桜子が受話器を取り落としたのだろう音が聞こえてくる。

 

 画面の向こうでは、鎧の上から魔法使いが着てそうな頭からつま先まで隠す全身ローブの黒尽くめという奇怪な服装の集団が、手にした長剣で躍りかかっている。

 

 見知った顔に。

 というか、この家の家主に。

 

『さすがにこっちも慣れたんだよクソッタレが!』

 

 その問題の家主というか問題児その1は笑いながら、突き出された長剣を握る腕を掴み、背負い投げのようにして黒尽くめの衣装を着た騎士を投げ飛ばしている。叩きつけられた時の音からして、固い装甲服のようなものだろう。

 さらによく見ると、浅見はいつも通りの服装だがシャツのボタンが外れて前が肌蹴ており、腹部に包帯が巻かれているのが見える。

 

 ついでに言うなら、背中にライフルを背負っている。

 

(あぁ、やっぱり大怪我したのね。そしてそのまま大暴れしてるのね)

 

 江戸川コナンが頭を抱えた姿を思い出し、灰原も同じように頭を抱える。

 やっぱり、ここの家主が何もやらかさない訳がなかった。

 

 そうこうしている間に戦いが始まる。

 機動隊が盾で体当たりをし、警棒で殴り倒し、浅見透がライフルで相手の動きを止めて、投げ飛ばす。

 見ていればわかるが、どうやら指揮をしていると思われるよれたスーツにコートの男の援護をしているようだ。

 そして撮影しているレポーターの女も、かなりアグレッシブなようだ。途中でメインのカメラマンと切り替わり、自ら小型のカメラを持って突入する。

 ルパンが逃げ込んだ? という細長い階段。そこを守ろうとする兵士達を、コートの男――銭形という警部と共に浅見が蹴散らしていく。

 容易く、ではないだろう。たまに映る彼の腹部の包帯が徐々に赤く染まっていく。

 

『おぉ?! なんだここは、まるで造幣局ではないかぁ!!』

 

 そして辿り着いた先にあるのは、とてつもない造幣施設。

 銭形という男が、ここで印刷されていたのだろう紙幣を抱えてカメラに向けて見せている。

 

『なんということだー!ルパンを追っていてとんでもないものを見つけてしまったー!』

 

(……なんて分かりやすい小芝居……)

 

『どうしよう?』

 

 とぼけた顔でカメラに向かって銭形がそう言った瞬間、カメラの外から轟音が響いた。

 

『おーおー、ようやく来たか』

 

 リポーターがカメラを向けると、今度は黒尽くめの装甲服を着込んだ集団が整列していた。

 それに対して、あの男は不敵な笑みを浮かべている。

 

『他のメンバー配置も確認済み。それじゃあ本番と行こうか』

 

 手にした長いライフルで肩を叩きながら、平成のホームズ曰く『下手な犯罪者よりもネジ飛んでるかもしれない』男は開戦を告げる。

 

『俺にとっちゃあコイツは試金石でね。試合の勝ちはもう貰っている。こっから先は俺がどこまでやれるかって話だ』

 

 装甲服の一団が、鋭い金属製の爪を剥く。

 

『来いよ、偽札作りども。来いよ、世界でとびっきりの闇とやら。銃も、剣も、爪も、毒も! 船もヘリも戦車もミサイルも!! 使えるもん全部揃えてかかってこいよ!』

 

 隣で十手を構える銭形が、敵の一団よりも浅見にドン引いている。

 いつの間にか、カメラは適当な所に固定されていたのだろう。先ほどのリポーターが、片手に銃を、片手にナイフを持ってその反対側に立っている。

 

 

『――片っぱしから踏みつぶしてやるぜ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、七槻さん。テレビ画面の向こう側で透君がまた無茶やっているんですけど…………そっちでも見れます?」

 

 

 

 

 

 

『――あ・ん・の・お馬鹿さんは! 自重って言葉をどこに置いて来たの!!!!!』

 

 

 

 多分、母親のお腹の中にだと思う。

 

 受話器越しで、それもこの距離でも聞こえてくるこの家の住人の叫びを耳にして、灰原哀は静かにそんな事を考えていた。

 

 

 

 




≪ネジ飛んだ馬鹿に同行した事務所員のそれぞれの動き≫

・バーボン、傭兵を指揮して邪魔な戦力の足止め。
・キュラソー、花嫁の祝福に戸惑いながらもスーツの男や着物の男と共に公国暗部の本隊を迎え撃つ。
・キール、浅見達が作った隙に、公国の重要書類を回収。
・瑞紀、伯爵の後を追う。








「あそこだ! けっして奴らを逃がすな!!」

 あのガキンチョが連れてきた傭兵達に横っ面殴られて、正規兵や一部カゲは統率が取れていない。
 その隙を縫ってクラリスを連れて時計塔に逃げ込んだんだが、

「お~お~、きたきたぁ……!」

 ある程度階段を登って適度な階層から下を覗くと、兵士を引き攣れた伯爵が後を追ってきやがった。

「よ……っと……あらぁ?」

 牽制するため銃を抜こうとするが、銃口が引っかかる。

(しまった……)

 怪我をしているために、どうやら身体のバランスも少し崩れているようだ。いつもならばすんなり抜ける銃が上手く抜けない。

「おじ様!!」

 クラリスが叫び、自分を引っ張る。
 とっさに不味い! と思ったが、同時に耳に入ったのは、薄い何かが空を切り裂く音だ。



――カシュッ



 そして、恐らくはそれらが突き刺さる音。一拍遅れて、小さい爆発音も。
 見ると、こちらに向けて銃口を向けていたセンサー式のセントリーガンが、破壊されていた。
 その残骸に突き刺さっているのは――トランプ。

「なるほどぉ……結婚式で余興でも見せようと思ってたのか?」

 上を見上げると、石作りの壁に空けられた大きな窓にソイツはいた。
 気障ったらしく月を背に、白いマントをたなびかせ、白いタキシードに身を包み、白いシルクハットで顔を隠し、

怪盗キッド(手品師)さんよぉ……」

 奴はそこに立っていた。

「こちらに来ていたのは野暮用だったのですが、これでも私は紳士を自称する身」

 トンっと軽く跳躍し、俺達の傍にそっと舞い降りる。

「望まぬ結婚を押し付けられようとしている、か弱い女性にはついつい手を貸したくなるのですよ」

 ちくしょう、いちいち気障ったらしい奴だ。コイツ、17,8くらい……いや? よく見りゃ、あの浅見とか言うガキンチョの横にいた女装野郎じゃねぇか。

 そう言っている間に、コイツは俺たちに背を向けて自分の獲物を抜く。
 先ほど使ったのだろう、硬質カードを射出する特殊な銃。

「おい、伯爵は俺がなんとかする。奴のしつこさはとびっきりだ。――兵士共を頼む」
「それでいいのですか?」
「あぁ、ケリは俺が付ける」

 俺も、今度こそ獲物を抜く。
 今までずっと使ってきた、相棒を。

「……兵士は確実に足を止めます。犠牲者は出しませんよ」
「紳士は人を殺さないってかぁ?」
「いえ、乙女の花道を汚したくありませんから」
「かーーーーっ!!」

 このキザ野郎!

 思わず額に手を当ててしまう。

(コイツ、いつかぜってぇ化けの皮剥がしてやるぅ……)

 クラリスの手を引いて、奴に背を向けて階段へと向かう。
 この気障野郎はガキだし、勘に触る奴だが……修羅場をくぐってきているのは分かる。
 そこだけは、信頼していいと感じた。


「――頼むぜ。宝石泥棒」
「……宝を手放すなよ、花嫁泥棒」


 背中あわせに、俺とキッド――泥棒二人は、そんな言葉を掛け合った。



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