・浅見一行、主力を撃破。中継も終わらせ、銭形はルパンもとい伯爵を追う
・フジ=ミネコもとい峰不二子、浅見透を後ろから撃つ
「ハァ……ッ、ハァッ……!」
気付けたのは運が良かったとしか思えない。
前にキャメルさんから、護衛のコツを教えてもらっていたのが役に立った。
刃物、銃、あるいは薬品などの凶器を隠し持っている人間の行動、よく待ち伏せしている場所や襲撃パターン等を凶器別に色々教えてもらっていた。
その基本と、俺自身が気になった所を注意しながらアトラクションを廻り、日が暮れてからナイトパレードを待っている時に、ちょうど視界に入った。
ほとんどの目がナイトパレードに向いているのをいい事に、サイレンサー付きの銃を堂々と抜いている男――奴だ!
―― 『蘭姉ちゃん、こっち!!』
咄嗟に、俺は蘭の手を引いて走り出していた。
人の多い中に紛れていこうかとも思ったが、次の瞬間に破裂したすぐ近くの風船を見て止めた。
あの野郎、他の人間を巻き込む事なんてなんとも思っちゃいない。
(黒ずくめの奴の方がよっぽどマトモだったじゃねぇか、クソッ!!)
カルバドス。浅見透を狙撃した男。黒ずくめの組織の幹部にして、今は裏切り者として追われる者。
奇妙な男だった。
確かに裏にいる人間であるにも拘わらず、あのジンとは違う人間臭さが残っていた。
「コナン君、私達、いったいどこに向かって――?!」
「ちょっと待って!」
今俺たちがいるのは5つに分かれたエリアの中で『夢とおとぎの島』、パレードの最中なら人が多くて、中に紛れればすぐに逃げられると思っていたけど――構わず撃つのならば多くの人間を巻き込んでしまう!
ここからすぐに行けて、かつ逃げ場の多そうな場所……。
このエリア内はダメだ、他の人間を巻き込まない場所となるとアトラクションの中とかになるけど、それじゃ逃げ道を簡単に塞がれちまう。
この時間に人が少なくて、逃げるルートを瞬時にいくつか選べる場所――
「蘭姉ちゃん、こっち!」
ここからマップでは上に書かれているアトラクションエリア、野生と太古の島!
道の関係上、ナイトパレードに使われるエリアは少ないから人も少ないし、なによりあそこには、あのエリアを構成する河と――そこを回れるボートがあったはずだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「真純、そっちはどうだい? えぇと、怪奇と幻想の島だっけ?」
『あぁ、こっちでは今の所見つけられてないよ。ちょうどこれからパレードが来る所だから人がやっぱり多いね』
「あのボウヤがいるんだ。いざって時にすぐ逃げれるように、身動きの取れない最前列にはいないだろうから……」
トロピカルランドは、5つのエリアに別れたテーマパークだ。
世良、そして後から合流したふなちの二人は、今『怪奇と幻想の島』で毛利の嬢ちゃんを探している。
紅子と小沼は『科学と宇宙の島』を、キャメルは『冒険と開拓の島』を。
そして恩田は『野生と太古の島』へ、双子がショッピングエリアでもある『夢とおとぎの島』を捜索している。
『そういう鳥羽さんはどこにいるんだ? 恩田探偵と一緒に行くはずだったんだろ?』
「あぁ、ちょいと思いついたことがあってね。ここの警備の連中に話を通して、各エリアの巡回してる奴らからリアルタイムで情報を吸い上げてる所」
『……全部話したのかい?』
「まさか! 浅見探偵事務所の所属である事と、厄介な事態になってる事と、一歩間違えたら怪我どころじゃ済まない人間が大勢出る『かもしれない』って事を伝えただけさ」
『…………』
恐らく、電話から少し口を離したのだろう。
小さく『マジかよこの人』という呟きが聞こえた。
『え、えぇとさ、それって後々キチンと説明するのとか色々面倒な気がするんだけど……』
「犯人がここらでやらかしてくれれば説明すら不要になるし、そうでなくても所長さんのおかげでウチは信頼度は高いからね。適当にそれっぽい事言ってりゃ向こうが勝手に納得してくれるさ」
『いや、だから説明とか面倒事――』
「恩田に任せるさ」
『彼に全部ぶん投げるのかい?』
「仕事の分担さぁ。説明とか交渉とか、人相手の面倒くさい仕事はアイツの役割」
『……アンタの役割は?』
「ちょっとした雑用と、所長が死にかけた時に手当てをするかお祈りするかの判断をするのがアタシのし・ご・と」
『それ本当に仕事かい!?』
「そーそー、だからアンタも適当に無茶していいさ。恩田と所長がどうにかするからさ」
『いやそれ恩田さんも浅見探偵も後で困るよね!?』
「アタシはそんなに困らないさ」
再び小さい声で『この人……マジで……』と聞こえてくる。
鳥羽からすれば、一応事実だ。
そもそも、本来の自分の仕事は浅見透の付き人だったはずなのだ。そう副所長から言われていた。
それが浅見透に目をかけられ、仕事を何度かこなす内に今度は、『あれ? 混ぜたらいけない人だった……かな??』と言われたのは記憶に新しい。
鳥羽にとっては、褒め言葉である。
越水のあの言葉は、つまり自分があの常識外れの男に付いていける存在だという事だ。
他の何よりも自信の付く言葉だった。
「とりあえず、すぐに動けるようにしてな。格闘技できるアンタは戦力なんだから」
『人使いが荒いね』
「アンタみたいなじゃじゃ馬は、抑えようとするよりこき使った方がいい仕事すんのさ――っと」
軽口を叩いている間に、警備の人間に動きがあった。
どうもスタッフから妙な事があったという報告が上がったようだ。
『どうしたんだい、鳥羽さん』
「ちょいと待ちな」
報告を受けたのだろう警備スタッフが、怪訝な顔をしながらこちらへと向かってくる。
「あの、鳥羽探偵。今しがた園内スタッフから奇妙な報告があったのですが……」
「えぇ、そのようですね。一体、なにが?」
鳥羽は素早くスイッチを切り替える。仮面を被る。――正確には、猫を。
「実は、そちらから聞いておりました特徴と一致する女性と少年の目撃情報が上がって来たのですが……」
「何か、妙な事でも?」
「えぇ、それが……その二名が、『冒険と開拓の島』のボートを奪ってエリアの川を暴走していると……」
「…………」
ふむ、と鳥羽は考え込む。
あの二人――片方がこれまで自分が知っている女ではないが、それでも良識はある人間だ。
となれば必然、そうせざるを得ない理由があったという事になる。
「失礼ですが、無くなったボートはそれだけですか?」
「え?」
「……現場のスタッフは一人だけなのでしょうか? 今どうなっているのかお聞きしたいのですが」
「あ、あぁ。はい、あのボートはもう閉める所でして……メンテナンススタッフが今向かっている所だったんですが、今いるスタッフは彼一人だけでして……」
猫かぶりを破って舌打ちしそうになるのを、鳥羽は抑える。
(ウチの人員なら、基本ツーマンセルだし現場の押さえ方分かってるからすぐに情報伝わるけど……こういう時にはイライラしちまうね)
せめて追跡者がいるかもしれないという事まで情報提供しておくべきだったか、とも少し後悔する。
が、余計にスタッフを緊張させてぎこちなくさせる事で流れを濁らせる真似もしたくない。
(ちっ、目暮のダンナには言っておくべきだったかぁ? ……いや、向こうは向こうでなぁ……)
警察に伝えなかったのは、拳銃を所持している可能性があるとはいえ恐らくは素人だろう犯人の確保に人員を割くより、例の狙撃犯の確保に全力を注いでもらいたかったというのが本音だ。
この日本に本物のプロがそうそう容易くいてたまるか、とは思う。
だが、敵が金がかかる上に拳銃以上に手に入れにくい狙撃銃を――つまり、後を辿れそうな証拠をその場において逃走し、しかもその場にわざわざ目印のようなものまで残しているのだ。
厄介な相手に違いない。
(まぁ、拳銃持ってるかもしれないこっちも厄介っちゃあ厄介だけど……)
正直な話、今更だ。
拳銃や猟銃ごときでいちいち退いていたら、この事務所ではやっていけない。
所員の中で最も一般人に近い恩田ですら、拳銃相手に立ち向かえるのだ。足は震えているだろうが。
世良達との会話に使っている物とは別の、阿笠が作製した小型通信機を手に取った。
最初っからスイッチは入っている。
「恩田」
そして繋がっている相手の名前を小さい声で呼ぶと、片耳に付けているイヤホンから声がする。
『もう向かっています。キャメルさんは今聞こえたボートに行くと連絡があったので、私はボートを使って降りられそうな場所を当たっていきます』
(そうだよ、これくらいの判断の早さは欲しいもんさね)
要領の悪い所はあるが、誰かの命が懸かっている時のこのフットワークの軽さは調査員向けだ。
特に、文字通り警察が駆けつける――あるいは動きだすまでの護衛が多い自分達では特に。
了承の意を込めて通信機のマイク部分の辺りを軽くノックする。
「真純達も上げておくかい?」
『そうですね、知恵を貸していただければ助かります』
そして、常に自分を最底辺だと考えているからだろうか、プライドやメンツにこだわる所がないのもいい。安室やキャメルが日頃言っているように、使いやすい。
素直というのは、いい事ばかりではないが役に立つ場面はやはり多い。
(さて、それじゃあ……)
「申し訳ありませんが、場合によってはボートを一隻貸していただく事になるかもしれません。まずは、現場の監視カメラ映像を見せていただけませんか?」
キャメルはすぐに動く。恩田もあの二人にそのうち追いつくだろう。
だが、あの江戸川コナンがボートをわざわざ奪ってまで急いでその場を離れたと言うのなら追手もすぐ近くにいるのは間違いあるまい。
仲間が二人に追いつくか、あるいは追手を捕らえるか。その時間を縮めるのが自分の仕事だ。
「待たせたね真純」
通信機を切って携帯を再び握りしめ、鳥羽はスタッフ達の目に入らない角度でニヤリと笑う。
「――喜びな、アンタの出番さ」
「ごめんなさいねぇ? でも、私もお仕事で来てるのよ」
浅見透。日本で最近名を売り始めた探偵が、その場に静かに崩れ落ちる。
殺していない。殺す理由はないし、この手の人間は殺した場合後が死ぬほど面倒だ。
彼の無防備な背中に打ち込んだのは、少し効果の強い麻酔薬だ。
(それに、このまま動きまわったら貴方死んじゃいそうだしねぇ……)
もともと高校生探偵の助手をしていたという事だが、いったいどこまでが本当の情報なのか判断がつかない。付けられないと言うべきか。
本当にただの高校生探偵の助手だったただの学生が、ここまで無茶を通すネジの飛んだ男であるとうのならば、この男を助手にしていた工藤新一とやらもさぞかしネジの外れた存在なのだろう。
いや、元々知っていた情報の中では、工藤新一は少々気障ったらしい所はあったがまだ高校生の範疇に入る男の子だった……ハズだ。
(あの姿が、もし擬態だったとしたら……)
もしそうだとすれば……なるほど、この男を使う人間としてとてつもなくふさわしい男なのかもしれない。
狂気、あるいは悪意を仮面で覆える人間はすべからく厄介だ。
例えば――自分とか。
「さてさて、それじゃあお目当ての物をいただいてっと」
目当ての物。それは、この国の闇の集大成と言えるもの。ある意味ではこの国そのものでもある存在――偽造紙幣の原版だ。
銭形達や公国の衛兵隊が暴れている以上、全てを回収して脱出するのはむずかしい。
となれば、価値の高いモノだけ回収して、混乱に紛れて脱出するのがベストだろう。
幸い、ここを守ろうとしていた衛兵や特殊部隊兵は全員倒されている。
(……それにしても、あの銃火器の取り回し……それに武器の使い方……)
どれもこれも、見覚えのある手付きだった。
(後で、確かめてみた方がいいかしらね……)
とにかく、早く目当ての物を回収しよう。
そう思い、造幣設備に足を向けた時――すぐ後ろで、一発の銃声が響いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
うごごごごごごごご! こ、この人容赦なく麻酔銃ブッパしやがって! 以前一度効力確かめるためにコナンに喰らったのもあって麻酔だって気付けたからギリッギリで対処できたものを!
「……ねぇ、アナタ……正気なの?」
美人のお姉さん――フジ=ミネコだっけ? いや偽名だろうけどさ。
CIAが手を回しておいた工作員がいるって話だったけど、まさか堂々と裏切られるとは思わなかったよ。
ドンパチに手慣れているミステリアスな美女に振り回されるとか、俺も出世したもんだ。
「自分でお腹を撃ち抜いて気付けするなんて、イカれていないと出来ないわ」
「俺からすりゃあ、狂っているのは俺以外の全員なんだよクソッタレ……」
「それ、つまり貴方がイカれている事の証拠じゃなくて?」
「うるさいよ、クソッ……」
ホント、誰か一人くらい気付いてくれてもいいんじゃない? もう何度も正月迎えてんじゃない。何度も春が来て夏が来て秋が来て冬が来てんじゃない。
しかも爆弾は何度も爆発するし、拳銃事件なんざしょっちゅう起こるし強盗団や密売集団、人身売買の誘拐組織なんかもゴキブリのごとく潰しても潰しても出てくるし。
「それにしても……っ、CIAの人じゃなかったのかよ」
「えぇ、御名答。ちょっと前に、メイドとして潜入していたどこかの工作員が地下に捨てられたって話をきいたから、きっとその人がアナタ達の協力員だったんじゃないかしら? ちょうどよかったから利用させてもらったけど」
「いいや、刺客さ。多分上手い事俺らとこの国ぶつけて美味い所だけ食おうとしてたんだろうさ」
あー、くそ。麻酔の効果が完全に切れたわけじゃない。手足にちっとしびれが来ている。おかげでさっきは強烈な眠気が迫っているのもあって、とっさに指ひっかけて腹ぶち抜くしかなかった。
元々開きかかっていた傷を完全に自分で開けちまった。
まだ呂律はしっかりしているから、全身に廻るにはまだ時間がかかるだろう。
いや、出血で少しは抜けるか?
「……CIAからも命を狙われてるって……アナタ、本当に正気?」
最近皆からそれ聞かれるよ。
「正気さぁ。だからここにいるのさ」
鉄っぽい臭いがするし、ピチャピチャピチャピチャ腹から零れる血の滴が地面を打つ音がうざったい。
「CIAから受けた依頼は原版を始めとする紙幣偽造の確実な証拠の確保。だけど来る前に色々煽ったから殺しに来るだろうなぁとは思ってた。来る時点で爆弾仕掛けられてたし」
水無怜奈諸共殺そうとするかどうかが確認できたのは大きかった。おかげで、恐らくは物語の重要人物だろう水無怜奈をこちら側に引き込む切っ掛けが出来た。
出来る事ならもう一度くらい襲ってくれないかな。
「まぁ、そんなちっちぇ事はどうでもいい。ぶっちゃけもう終わった事だし」
「…………」
おかしい。なんか最近日本で感じるのと同じ視線を感じる。
七槻とかふなちとか桜子ちゃんとか。あぁ、志保もだ。
いいんだよ、本当にちっちぇ事なんだよ。もう終わってる事だし。
「重要なのは二つ。今日本が――皆の廻りがどうなっているか……」
こっちはなにかあった場合もどうにかなっているだろうけど、ちょっとした賭けだからちょいと不安だ。
何かあった場合すぐに戻れるように沖矢さんこと赤井さんはアメリカに残してきたけど、情報が入るかどうか……。
まぁ、何かあった所で中心にいるのは九分九厘主人公だ。大丈夫だろう。
「そして一番の問題は……俺が、どこまでやれるのかの限界を見極めること……っ」
これまで、次郎吉の爺さんのバックアップもあって優秀な人間を揃えてこれた。
物語の重要人物だろう安室さんを始め、キャメルさん、赤井さん、初穂に恩田先輩、それにマリーさんも。
これから先は、間違いなく本格的に物語が動く。
今日本でコナンがデカい事件に巻き込まれているのならば、これから先俺はこの『物語の世界』をある程度コントロール出来るはずだ。
そうなった時、俺はどこまでやれるんだろうか。それを知っておく必要がある。
「所詮俺は一般人なんだよ。精一杯背伸びしてここまでやってきたが、本来名前も出てこないようなただのモブなんだよ」
あるいは容疑者、あるいは被害者だった可能性は十二分にあるが、それでも大した存在ではなかっただろう。
そんな人間が分を超えた動きをしようというのだ。
「言っただろ。これは俺にとっての試金石だって……っ」
死ぬわけにはいかない。約束しちまった以上死ぬわけにはいかない。
今では志保――灰原という重要人物まで抱え込む事になったのだ。俺に死ぬことは決して許されない。
だから、どこまでやったら死ぬのか知る必要がある。
一応、いつ死んでもいいように作っておいた保険は丸々残してあるけど。
(さて……薬はちったぁ抜けたか?)
今までにない出血量だけど、伊達にこれまで刺されたり撃たれたり挽かれたり抉られまくってる訳じゃない。あとどれくらい動けるかは把握出来る。
「だから、なぁ、来いよ! アンタは原版が欲しい、俺もそいつを手に入れたい! だったら……なぁっ!」
全力で動きまわって大体5分。いや、3分も持てばいい方か。その後ぶっ倒れたら――まぁ、なるようになるだろう。
銭形のおじさんもいるし、水無さんには書類を回収したら俺の援護に来てもらう様に頼んでいる。
本気を出してみよう。
とことんまで、行き着く所まで行ってみよう。
そうして初めて、俺は俺が見えるかもしれない。だから――!
「まいったわねぇ。もうお仕事全部終わったと思ったら……お姉さん、とんでもない地雷を掘りあてちゃった気分よ」
フジ=ミネコと名乗っていた女は先ほどまで使って、そしてもうしまっていたナイフを再び抜く。
「――そういや結局お姉さんの名前は? まだ本当の名前聞いてなかったわ」
美人と出会って名前も知らないとか俺のプライドが許さん。
「そうねぇ……」
そして彼女は銃をスライドさせ、弾の装填を確認してまっすぐ俺を見る。
「お姉さんに勝てたら、教えてあげてもいいわ。アナタ、気に入ったしね――でも」
そして銃口も真っ直ぐ、こちらを向く。
「残念だけどちょっとだけ私の好みから外れてるの。無条件で教えてあげるのは安すぎるわ」
「――そいつは……ホントに残念」
この国での、最後の戦いが始まる。