平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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082:名を捨てた男

12月3日

 

 自衛隊からウチでの研修を依頼されることになるとは……。ホント、なんで?

 

 どうも自衛隊からも横流しの疑惑が出ているらしく、今度『自衛隊情報保全隊』という防諜部隊を新設するらしい。研修はそのための防諜要員の教育――いや、書いてて思ったけどウチでいいんだろうか。

 

 安室さんに調べさせた所、土門さんが自衛隊時代のツテを使ってウチを推薦したらしい。

 止めてくんない? いや、政治的に利用するのはこっちもやってるから別にいいんだけど、まずは警察側を強化しないとマズいって言うのに……。

 マスコミに少しだけ情報リークしてウチと土門康輝の繋がりを勘ぐる連中が増えるように仕向けたのもアナタですよね? ちくしょう……とりあえず警察側のテコ入れを優先したいし……。

 

 とりあえずメアリーに、これまでに鈴木財閥内部に確保し続けてきたプログラマーさん達に作ってもらった専用のプログラム渡しておいたので、それを使っての情報、印象操作に専念してもらっている。

 

 

12月5日

 

 自衛隊の防諜だけど、ぶっちゃけ何をどうすればいいのか分からないのでどうしようか悩んでたら、メアリーがプログラムのひな形組んでくれたマジありがとう! おかげでどうにかなりそうだ!

 

 そのひな形を元に安室さんと沖矢さんで色々話し合って研修プログラムを組み立てる事になる。

 研修は来年だから、この一週間で完成させたい。

 

 

 今日は、空いたテナント部屋に阿笠博士に頼んでいた機材を積み込んできた。いや、思っていた以上にデカい。完全にフロア一つのほとんどを占拠しちまっている。複数台用意したとはいえ……念のための発電設備まで用意するハメになった。まぁよし。

 現在開発中のゲーム機の試作機という話だったけど、現在では最高クラスのシミュレーターという事だ。

 開発名称はコクーンだっけか。さっそく沖矢さんが狙撃の訓練プログラム試してたけど満足いく出来だったらしい。

 

 明日は日本に戻って来る金山さんが、安室さんと沖矢さん監修の元、研修用の訓練データの作製を行う予定だとか。

 

 

―追記―

 

 警察からも公安からも依頼が来た件について。どうなってんだ……。

 

 

12月6日

 

 研修プログラムのデータがさっそく盗まれそうになった件について。

 三重プロテクトの二層まで抜いてくるとかすげぇなぁと思ってルート辿ったらどうもCIAっぽい。なにやってくれてんだ大統領。この程度じゃ交渉のカードにも微妙過ぎるらへんが実に嫌らしい。

 

 ちくしょう、とりあえずカウンタープログラムで少し反撃させてもらった。

 日本に残っている連中はちょっとパニックになっただろう。おかげで国内のCIAの人員もうちょい掴めたんで公安に全て報告。まぁ、今回はこれくらいで許してやるか。

 

 試作型コクーンを設置した時に導入したセキュリティすごいなコレ。

 ノアズアークって名前のプログラムなんて見たことなくて鈴木財閥のデータベースで調べたら、コクーンのセキュリティに登録されていた。

 

 コクーンのセキュリティがなんで俺のPCとかにまで影響してんのかわかんねーけどあれか、関連してる所全部をガードするように出来てんのか。

 

 

 

12月7日

 

 少しでも社会不安を拭うために、恩田さんや安室さんにテレビなどの広報活動をお願いすることになった。

 こういう活動は馬鹿に出来ない。特に、状況が悪化しつつある状況では。

 俺にも取材が多いけど、仕事も多い。

 山猫隊使って密輸現場を強襲してきたけどダミーだった。完全に手の内を読まれている。

 

 マジで手が足りねぇ、本来なら七槻の会社の人員をアンテナにして情報集めながら事務所の精鋭で潰す予定だったのが逆になってる。会社が稼働した今でも、かろうじて依頼や事件を捌けるかどうかレベルだ。

 

 人を増やすにも、募集をかけるのは止めておけとメアリーに止められた。

 組織としての価値が跳ねあがった今、余計な虫を内部に入れるリスクは避けるべきとの事だ。

 要するに、会社のほうはともかく事務所で人を増やすのは、こちらからのスカウトに限定すべきという話だ。

 

 スカウトって言ってもなぁ……。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「えぇ、はい。話を聞いてみた所ジョディ=スターリング捜査官は表向き休業中ということでして……」

「えぇ……休業中で日本って無理あるだろそれ……」

「ですよね」

 

 最近ちょっと吹っ切れた感あるキャメルさんが、レポートを片手にFBIの動きを報告してくれている。

 ホント、色々と仕事押し付けてごめんね?

 

「FBIの面々の動きはどう?」

「えぇ、どうやら何らかの犯罪組織を追っているらしいです」

 

 どっちだ。枡山さんか、それとも例の奴らか。

 

「わざわざ日本に来たって事は、明確な目標があるって事だよね」

「えぇ、何人か候補がいるらしいです」

「その人間、誰か分かる?」

「いえ、ほとんどは……ただ、一人だけ」

 

 そいつは貴重だ。例の組織に対しての調査が枡山さんのおかげで全く進んでいない現状では、情報はかなり貴重だ。

 

「その、所長の知り合いなのですが……」

「俺?」

「はい、その……アナウンサーの水無怜奈さん……らしいです」

 

 いやちょっと待て。それむしろ完全に君達サイドの人間やん。

 アメリカサイドやん。

 

 あー、ちょっと待てよ。

 そういやFBIとCIAってぶつかることが多々あるって大統領さん言ってたっけ。しかも今回は間違いなくCIA側の縄張りに踏み込んでいる訳だし……。

 

「とりあえず、一つ確定したな」

「何がです?」

「FBIは完全に独断で、後ろ盾を何も用意せずに日本に乗り込んでいるという死ぬほど面倒な事してくれやがってるって事さ」

 

 ひょっとしたらFBIという恐らく重要な登場人物たちを強制送還にしかねないから政府筋には問い合わせてなかったけど、どうやらマジで正解だったようだ。

 だけど、これどうしよう? アメリカサイドですら一枚にまとまってないよね、これ。

 

「あ、あの……どうしてそのように……推理を……?」

 

 キャメルさんが顔を真っ青にして尋ねてくる。

 あぁ、大丈夫ですって。元同僚さん達追いつめるような真似はしませんから。

 

「判断材料はいくつかあるんですが……まぁ、まだちょっと秘密で」

 

 大統領とCIAの長官が来月日本に来るから、その間に会談の希望を出しておく……か?

 FBIに関してどう動くか分からないけど、そこら辺把握しておかないとキャメルさんにどこまで話していいか分かんねぇ。

 

「しかし、そうなるとますます面倒だな」

 

 FBI内部の裏切り者もまだ一部しか確定していない。沖矢さん――赤井さんも独自に調べているけど……。

 

「――いっその事取り込むか?」

 

 ふと思ったことが口に出た。

 ……あれ? 意外と悪くない。

 強行策として公安に情報リークして、動きをマークした上で適当に捕縛。

 スパイだって囲い込んだ方が見つけやすいし、仮に政府サイドが出張ってきても貸し一になるように立ち回れば……おぉ……。

 

「あ、あの、所長?」

「あぁ、ごめん。それで、調査の方面などでFBIは人員足りてる?」

「え、えぇ。その、大丈夫みたいです。私も支援を願い出たのですが、十分だと断られまして」

「…………頭数も十分あるか」

 

 真面目に取り込み考えてみようか。

 あくまで組織の調査に関してだけで。ついでに内部のスパイとっ捕まえよう。

 

「キャメルさん。とりあえず現状維持をお願いします」

 

 ……うん、他の仕事はなるだけ振らないようにしますんで。身体を大事にね?

 なんか体調悪そうですので気を付けてください。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 キャメルさんが退室した後、穂奈美さんにちょっと雑務を頼んで所長室に戻る。

 そして、無駄に座り心地の良い椅子に腰をかけると同時に、天井から微かに気配がし――伏せ札(ジョーカー)が静かに床に降り立つ。

 

「どう?」

「お前の予想通り、アンドレ=キャメルは今もFBIだ」

 

 少し気になる事があってキャメルさんにメアリーを付けておいた。

 FBI連中の情報の第三者視点のものが欲しかったし――赤井さん地味にはぐらかしてたし。

 

「なるほど、やっぱりか。……大統領に赤井さんも、そこだけちゃっかり隠しやがって」

「……どういう人脈なんだお前は」

「俺の周りは、ちょくちょく奇跡が起きるのさ」

 

 なんせ主人公格のそばにいるんだからな。そりゃあミラクルだってあり得るさ。

 それにしても……赤井さんまでキャメルさんの事秘密にしてるとか……よろしい、今夜の飲みは赤井さん持ちな上に尋問タイムな。

 

「それでどうする? アンドレ=キャメルはお前に虚言を用いた。FBI側の人間だろう」

「いや、どうするって……別に?」

「お前に害をなすかもしれんぞ?」

「俺にならいいさ。罠にかけようが背中から撃とうが刺そうが」

 

 むしろ、これであっさり完全に俺側に付いたらそれキャメルさんじゃねぇよ。

 悩んで迷ってあがいて、それでも頑張り続けるのがキャメルさんだ。

 そんな人だから俺も信じてるんだ。

 

「状況が把握できたのならばそれでいい。後はキャメルさんの判断に任せる」

「お前を敵とみなすかもしれないのにか」

「あぁ、それでいいのさ」

 

 意味無く裏切る人じゃないし、仮にFBIが俺たちに理不尽な真似をしようとすれば、キチンと止めてくれるだろう人だし……まぁ、いいんじゃないかな。

 

「……つくづく、お前は掴めん男だ」

 

 あと最近メアリー、微妙にため息増えてません?

 

「まぁいい。それで、お前の方は成果はあったか?」

「ありません」

 

 あ、やめて、そのピースサインやめて、それ眼つぶしの用意だよね?

 

「そうは言っても。この環境下で優秀な在野の人間探し出すって難易度ベリーハードだと思うんですが」

「存在自体が難解なお前なら容易いだろう」

「君、俺の事なんだと思ってんのさ」

 

 なんだろう、最近メアリーってば、俺への警戒は下げてくれたけど代わりに扱いがすごく雑になってない?

 

「メアリーのツテで誰かいない? 推理力とかよりも警察と上手く連携できそうな人物」

「裏で動く逃亡中の人間に無理を言うな……いや、」

「ん?」

「話を聞く限り、例の元幹部――カルバドスという男は確保しておきたい」

「協力的にはならないと思うんですけど……」

 

 あの時真っ直ぐ俺目がけて撃ったし。

 

「少なくとも組織、そして枡山憲三に対しては敵対関係にあるのだろう?」

「俺に対しても敵対関係になりそうなんだけど」

「私には関係のない話――」

「お・く・す・りっ! 俺が研究者とのパイプ役って忘れてねえか!?」

「冗談だ」

 

 君、基本無表情だから分かりにくいんだよ!

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「アイリッシュ。準備、全て完了しました」

「あぁ。……ピスコは無事に?」

 

 アイリッシュというコードネームは、ピスコ――枡山憲三から与えられたに等しい名前だった。

 だから、今も男はその名を使い続けている。

 

「はい、無事出国致しました。ロシアに到着次第連絡を入れると」

「そうか……」

 

 事前に手引きをしていた仕事も今日で大詰めだった。

 これまでに裏に流してきた凶器、犯罪マニュアル、資金、情報。

 

「例の女も同行しているようですが、よろしかったので?」

「構わん。ピスコの傍に置いておく人間としては悪くない。それに、我流にしては狙撃の腕は高い」

 

 おかげで、全てが動いた。

 もう自分達は実質何もしていないに等しい。

 すでに社会の歯車に、くさびは打ち込まれた。

 

「組織の人間も、我々の象徴を利用しているようですね」

「こういう時だけフットワークが軽いのだな……」

 

 アイリッシュは、かつての自分の居場所を思い出す。

 何度も思い出す。へどの掃き溜めだった。

 どいつもこいつも、腹に一物抱えている。

 まともに話の通じる奴より、ただ殺す事だけを楽しんでいるようなイカれた奴の方がよっぽど信頼できる時点で、ろくでもない組織なのは間違いない。

 

「ジン……いや、ラムが俺たちを探しているようだ」

「……となると、キュラソーも? あの事務所から抜けたとは聞いていましたが」

「恐らく、な」

 

 アイリッシュは、痛む頭を押さえる。

 

「あの女はやっかいだ」

「工作員としては組織の中でもトップクラス……だからこそ、あの男の傍につけられていたと思うのですが」

「組織はビビっているのだろう。だから身の周りを固めたがる」

「我々に、ですか?」

「いいや」

「では、浅見透? 確かに、もはや会社等ではなく勢力といえる集団ですが……」

「いや、それも違う。――どういう訳か、あの方とラムは気にかけているようだが、組織ならば恐らく勝てる相手だ」

「では、何に?」

「……流れだ」

 

 次の計画は警察署の襲撃。目標は長野県警本部だ。すでに内部に手引きはいる。

 元から警察内部の押収品などを横流ししていた連中だ。どこにも、腐った人間はいるものだ。

 

「ピスコは、あの男に会う度にいつも言っていた」

 

 浅見透。恐らくもっとも、ピスコ――枡山憲三に影響を与えた男。

 

「人とは、短い間にこうも変わるものなのかと」

 

 アイリッシュは、その言葉をよく覚えていた。老人が酒の酔いに頼って己の内を零す。

 

「ほんの数カ月の時間で、ただの学生がこれほどまでに輝くものなのかと、な」

 

 だが、その言葉はいつしか、アイリッシュ自身が枡山憲三に向けての言葉になった。

 

「何事にも勢いというものがある。あのガキしかり、ピスコしかり……社会しかり」

「それが、組織の恐れるものですか」

「そうだ」

 

 ある意味で、枡山憲三も恐れるものだ。

 

「急な流れはなにもかもを変える。この短い間で、社会が変わりつつあるように」

「だからピスコは、流れを後押しするのですね。我々という色を、この世界に塗りつけるために」

「……あぁ」

 

 

 

 

 

 

――自分でも信じ切れていない事に肯定の返事をする、か。……らしくないな、アイリッシュ

 

 

 

 

 

 

 別の男の、声がする。

 それに遅れて、爆音と熱風が。

 

 計画の要の武器の数々が、弾け飛ぶ。

 

 

 

 

「お前はそんな言葉を使う男じゃなかったハズだ」

 

 燃え盛る炎を背に、一人の男が歩いてくる。

 いつもと同じ様にキャップを被り、サングラスで顔を隠し――男は自分の足で、アイリッシュ達に向かってくる。

 

「……お前」

「あの女から聞いていたハズだ。あの老人は俺が撃つと」

 

 表情は見えない。サングラスが目元を隠し、口元に変化は見られない。

 唯一、忙しく動くのはその右手。

 リボルバーをくるくる回す、その手だけ。

 

「あの老人は、浅見透と戦うために最短のルートを選ぶだろうと予測していた」

 

 戦う意志を、その手に込めて。

 

「監視の体制が多い日本で戦力を集めるには限界がある。日本に種を蒔いて、外に出るのは予測していた。時間稼ぎの大きい計画を張る事も」

「……お前、本気で俺たちと戦うつもりだったのかっ!」

 

 アイリッシュは、信じられない気持ちで男の顔を見ていた。

 一人なのだ。

 

「だから、ここで出鼻を挫く。奴をこの国の外へと締め出し、その間に奴のくさびを外す」

 

 爆発により混乱したアイリッシュの――いや、枡山憲三の部下達が武器を持って集まろうとしている。

 負傷者は出ただろうが、それでもかなりの数の罵声と走り回る音が響く中――

 

「警察には情報をリークしておいた。少なくとも、再度あの男が日本に根を張るには時間がかかるだろう」

 

 目の前の、かつての同僚は一人で立っているのだから。

 

 

 

 

 

「お前達の計画、野望、野心」

 

 たった一人で、立ち向かうつもりなのだから。

 

 

 

 

「全て叩き潰す……っ!」

「カルバドスぅーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 




裏主人公、出陣

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