「やれやれ、会社の金で海の外に来れるとはいい会社に入ったもんだ。なぁ、恩田」
「鳥羽さん……普通にロンドン楽しんでましたよね」
「レポートはキッチリまとめたよ。仕事だからさぁ」
鳥羽の言う通り、自分達がここに来たのは誘拐や立てこもりと言った特殊犯罪に対しての交渉術の基礎を学び、それのノウハウを持ち帰るためだ。
なぜか途中、爆弾テロに出くわしてその犯人追ったり格闘したり解体したりと慌ただしかったが。
(コクーンで解体実習やっておいてよかった……)
ゲーム感覚というのもあって爆弾解体や格闘、狙撃、パラシュート降下等の完成したシミュレーターをいくつか行っていたが、かなり有効だった。特に爆弾の捜索シミュレーターはかなり役に立った。
「それより、恩田」
「……これ、やっぱりそうなんですよね?」
適当なカフェで食事を摂りながら自分は――そして鳥羽も――目を動かさずに視界でそれを探知していた。
「尾行……それも二組」
「イギリス側でしょうか?」
「さてねぇ。ま、仕掛けてくる様子はないし護衛と考えておこうか」
鳥羽は本当に気楽そうにそう言うが、気が気ではない。
なにせ、つい先日テロを相手にしたばかりである。
「ここで気付かれる程度の相手なら気にしなさんな。わざとなら意味が無いし――」
鳥羽はサンドイッチを摘み、眉をひそめる。
「……安室の作った奴の方が美味いな」
「あの人、なにやらせてもプロ顔負けですから……」
自分も一つ摘まんでみる。確かに、ウチのエースの作るサンドイッチの方が美味い。
なんというか、微妙に冷たいし味が微妙だ。
「それで、尾行は本当にこのまま放置でいいんですかね?」
「あぁ、ここでウチらになにかあったら、ウチらのボスがどう動くか読めないだろうし――ボスも万が一の対策は打っているって言ってた」
「なら、私達は本来の仕事に専念すればいいんですね?」
日本での仕事ならば、大抵緊急事態が起こって企業や警察関連の施設に潜入したり見張ったりする事になるのだが……。
「そうそう。ま、肩の力を抜いて楽~に――」
そう言う鳥羽の言葉が止まる。
視線が、尾行とは違う方向に向かう。釣られて自分も。
一台のバン。
人通りが多い中に溶け込むような、普通のちょっと使い古された車。
その中に、押し込まれる少女の姿を見た。
「楽に……とはいかないようだね」
「――ですね」
脱いでいたジャケットに袖を通し、手持ちの装備の確認をする。
いくつかの装備は置いて行っているが、基本的な装備は十分に足りている。
――要するに、事件を解決するには十分な装備が。
「さて、行こうか。浅見探偵事務所の出張サービスだ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
1月1日
何が地獄って年賀状が地味に地獄すぎる。
単純な取引先やお得意先だけでも大変なのにそれ以上にわんさか送られてくると、それを返すのにまたえらい手間がかかるちくせう。
まぁ、忙しいからあんまり余計な事考えなくていいってのは良いのかもしれない。
例によって事務所の皆と初詣。今回は色々手が回せたおかげで以前みたいにマスコミ連中でごちゃつく事は無かった。
去年と違うのは、少年探偵団が別行動だった事か。志保の事もあるし、阿笠博士に頼んで手配してもらった。
実際、ウチは新年の挨拶って事で午後からはレストラン使って立食パーティになってたし。
料理は同じ物を送ったし、元太も満足していたらしいし問題なし。
こっちと向こうで違う物があると言えば、この間皆を連れて行った釣りで元太が自分で釣った魚を料理にして出したことか。
うん、よし。やっぱりボート買おう。
1月5日
昨日今日と連続で警察の人間と飲み会だ。
昨日と今日で非番の人間が違うので、交互にそれぞれの飲みに参加した形だ。
昨日は刑事が多く、今日は交通課の人間が多かった。というか婦警か。
酔っぱらった由美さんに絡まれたり、三池さんに惚れた男の事で泣きつかれて、佐藤さんには怪我が絶えない事で絡まれたりの飲み会だった。
あれだよね。ずぼらな所もあるけど、佐藤さんなんだかんだでオカン気質だよね。面倒見いいよね。
だから高木さん、明日からあの眼は止めてくれませんか? 止めてくれますよね?
明日もあの眼だったら強行犯係の前でずっと土下座してやる。延々土下座してやる。
そろそろ恩田先輩達の飛行機が着く頃だし、お迎えに行ってこよう。
なんか向こうにいる間に誘拐やらテロやらに出くわしまくって大変だったらしいし、秘蔵の酒瓶で歓迎するとしよう。
1月10日
各機関からの研修依頼を本格的に処理する事になった。
と、いうか一部の県警がえらく熱心に打診してきて仕事が増えている。
彩実さんや高明さんが、こっそりとウチらの宣伝をしているのもあるだろう。
もっとも、肝心の長野も埼玉も動きが鈍いけど。
この二県が要注意対象か。安室さんに調べさせておこう。
とはいえ、長野は最近妙にガードが固い。埼玉も同様だ。
これまでは、コナンが住んでいる場所だっていう理由で警視庁を重視していたけど、どうもこれから先はそれだけでは足りなさそうだ。
場合によっては警察内部の裏切り者の策で警察そのものが敵になったり、警察の施設が占拠される可能性もあるんじゃないかと考えるようになった。
話的に、敵対とまでは行かなくても一度か二度警察とは当たりそうだしなぁ。
推理物で主人公が疑われるなんてお決まりだし。コナンは見た目小学生だから無いにしても、小五郎さんとか……あと、俺とか。
現在、安室さんと沖矢さん、初穂の三人と山猫隊主体で警察署が制圧される場合のパターン、その場合の制圧作戦、奪還作戦のシミュレーションを立てさせている。
使う事がないのが一番だけど、万が一に備えて損はないだろう。
今は警視庁をモデルに計画を組み立てている。
機会があれば、小田切さんや白馬警視総監に掛け合って実際に訓練と称して計画通りいくかやってみるか試してみるのも良いかもしんない。
1月13日
安室さんからの提案で、シミュレーションに公安の風見さんも一枚噛ませる事になった。
これで、ある意味で公的なプロジェクトになったわけだ。
そうだよ、安室さんの提言なかったら俺らただのテロリストだよ。
だって計画、警察署だけじゃないもん。
書類に偽装テロとか交通網破壊とか物騒なワードが並んでるもん。そりゃあ例のセキュリティの一番ガードの固い所にデータ封印ですわ。
風見さんドン引いてたもん。懐に手が行ってたもん。あれひょっとしなくても手錠取り出すかどうか悩んでたもん。
1月16日
再び安室さんからの提案で、公安職員が守る建物を、銃火器無しで制圧できるかどうか演習を行ってみた。
人員は俺、安室さん、沖矢さん、瑞紀ちゃん、キャメルさん、恩田先輩に山猫隊各員。
結果? 意外に勝てた。
エアガンっていうか、ペイント弾を向こうに使ってもらって、こっちはペンみたいにインクが付くナイフのみでやってみたら、負傷扱いが数名出たけど勝っちゃった。
まぁ、安室さんと沖矢さんが強すぎただけな気もするけど。あと瑞紀ちゃんの援護というか撹乱がドンピシャすぎて……。
一番驚いたのは恩田先輩か。風見さんと普通に格闘戦して、ほぼ相討ちとはいえ勝利をもぎ取った。
安室さんがめちゃくちゃ感心してたわ。
1月25日
越水の調査会社の方からこっちに流す必要があるとした仕事はこちらで受け取れるようにしていた。
今、それをすごく後悔している。ちょっと仕事増えすぎ。事務所にしばらく泊まる形になってしまった。
やはりというかなんというか、誘拐事件が思った以上に多い。恩田、鳥羽コンビはここ最近本気で忙しかったと思う。神経使う仕事だし。
多分、今まで表に出ていなかった分が、警察じゃない民間という捌け口が出来て吹きだしてきたのだろう。
二人の意見聞いてみると、何人かプロっぽい犯人がいたって話だし。
SITの葛城さんとも協力して、この一週間ちょいで誘拐事件5件解決。人質無事保護。うち、犯人逮捕は3件。
恩田先輩、今は企業合併の調査、交渉役として次郎吉の爺さんに最近連れ回されていていないんだけど、SITの葛城さんから電話来るんだけど。
まぁ、初穂さん行かせたけど。
調査会社の方でも、基本的には素行調査や探し人――あるいは物が主となっているが、たまに奇妙な依頼が来る。具体的には護衛依頼とか。
危ないと感じた時は、メアリーに依頼。瑞紀ちゃんから教えてもらった変装技術で俺直々にちょっと顔を変えさせて援護を頼んだ。
でも、最近思うけどメアリー結構手が早いよね。なんていうか、口より先に手が出るタイプというか。
いや、俺も制圧しなきゃいけない可能性があるとしてメアリーを投入してるんだけど、制圧率100%というかなんというか……。
後、地味に俺の病室のセキュリティ攻略するの勘弁してくれませんか。俺が解く楽しみが減るじゃないですか。
おととい、ちょっと車に轢かれて検査入院している間にあっさり入ってきて俺びっくりしたよ。
2月3日
志保の研究室が稼働できるようになった。セキュリティも万全である。
そして同じ病院に俺の専用病室が作られていた。七槻テメェ……いつの間に次郎吉の爺さんに依頼してやがった。
とりあえずコナンを呼び寄せて病院で一度精密検査をしてもらっている。志保もだ。
そのデータは全部志保に渡る事になっている。コナン達の身体検査や研究のデータは基本的に全部志保の管理で、地下にはIDを持った人間以外は入れないようにしているから大丈夫だと思う。
今のところ、入れるのは俺と志保だけだ。
で、問題は早速それを調べ回ってる奴がいる事だ。
監視カメラで怪しい人間チェックしたら、例の金髪メガネさんがいた件について。
よくこっちが分かったなというのが正直な感想だ。俺がよくブチ込まれる病院の方にダミーばら撒いてたんだけど、どうやら引っかからなかったらしい。
こうなると、狙いは俺というよりも志保と考えるべきなのだろう。
とりあえずいつでも動けるように準備だけは済ませておくか。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「キャメル、例の病院施設にどうにかして入れないの?」
「え、えぇ……。そもそも、ジョディさんから聞いて初めて知りましたし、どういうセキュリティが張られているのかも全く……」
「それじゃあ、水無怜奈との繋がりは!?」
「そ、それも……森谷帝二の連続爆破事件以前には全く見られません。例のクリス=ヴィンヤードも同様です。所長の話だと、以前何度か顔を見た程度だったと――」
鬼気迫る表情で問い詰める金髪の女性――ジョディの気迫に押されながら、自分が知り得る情報は出来るだけ隠さずに伝えていた。
唯一ぼやかして伝えているのは、政府関連の仕事の内容くらいだ。
(それにしても、わざわざ病院を買い取ったうえで機密区画を作るなんて……)
あの所長が、この数カ月で急激に組織を拡大させているのは確かだ。
今までマスコミや医療機関に強い興味を示していたのは知っていたが、枡山憲三が手配されるようになってからは多方面に手を伸ばしている。枡山憲三が会長を務めていた会社を手にしようとしている気配もある。
「……彼がガールフレンドに建てさせた会社は?」
「特別おかしい所はありません」
あの会社についても調べていたが、おかしい所は何もない。
そもそも、あの所長が元副所長――越水七槻に無茶な事をさせるはずがない。中居芙奈子も一緒というのならば尚更だ。
「強いて言うなら、ある意味で浅見探偵事務所以上に警察との繋がりが強い事でしょうか。多数の法律相談事務所とも繋がりを強めています」
何かと話題になるのは浅見探偵事務所だが、地域と密着しながらも警察と上手くやっているのは調査会社の方だろう。
所長が越水七槻に求めているのはそれだろうし、越水七槻もそれを理解して動いている。
「……必ず何かあるわ。浅見透と、奴らの間には」
「それは……」
否定は出来ない。
枡山憲三――連中の幹部、ボスにもっとも近いとされる存在の一人だった男に、ある意味もっとも強い関係を持つ男。それが自分の仮初のボスであり、自分達FBIがもっとも警戒してしまっている男である。
「幹部である可能性の高い水無怜奈、それに……あの女とも接点のある男が……」
先日、浅見透に接近しようとしたジョディだが、その計画は延期になった。
ジョディが、とても冷静ではいられなくなったからだ。
「無関係な訳、ないじゃない……っ!」
「ジョディさん……」
そうだ、無関係ではない。それは自分も強く思う。
ただし、ジョディが考えているのだろうそれとはまったく真逆だった。
彼こそ――浅見透こそ、自分達と共に戦ってくれる人間ではないかと。そう考えている。
(どうすれば、ジョディさんがあの人を信じてくれるのか……)
つい先日、何者かがこちらの通信を傍受しようとしているのが発覚した。
ジョディ達は、それを浅見透の手に依る物だと強く信じているようだ。
無理もない、FBIであるという事が知られていると自分が伝えてしまったからだ。
(どうするべきなんだ、私は……)
最近増えたため息を付いて、キャメルはそっと携帯を開く。
FBI同士の連絡に使うのとは別。浅見探偵事務所用の携帯だ。
そして、先日届いたメールに目を通し、再びため息を吐く。
『この間キャメルさんと一緒にいた女の人、ジョディさんだっけ? ちょっとヤバい気がするから目を離さないようにね♪』
(所長……せめてもうちょっと詳しく書いてください……)
そろそろ灰原視点+リクにあった双子視点も書くか。
そしてもう一話追加して激変していく世紀末じゃない世紀末編突入