平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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086:事態は動き、夏が近づく

 2月26日

 

 一階のテナントを色々と話し合った結果、夏美さんのお店を出すのはどうだろうという話になった。

 先日作ってもらった洋菓子はどれも製品レベル――というかパリの第一線でバリバリ働いていた人だし、腕は確かである。

 それに、先日の一件で知り合ったというか刺された真悠子さんが、店のデザインなどで力を貸してくれるそうだ。

 というか、ついでに真悠子さんの事務所もここで立ち上げようか。本人、例の件以来ずっと落ち込んでて仕事もしてなかったけど、夏美さんのお店の話が出てから少しずつ元気を出しているみたいだし。

 

 例のクソ野郎の店を超える店を創るという宣言に向けて、これを機に本格的に動こうとしているみたいだし、俺も美人の味方だ。可能な限り力になるつもりだ。

 そのためならば広告塔の役も喜んで引き受けよう。

 

 

 

 2月27日

 

 妃さんから嬉しい報告だ。

 俺が燃えた事件の(みゆき)さん、上手くいけば執行猶予が付く可能性が出てきた。

 殺人を思いついた切っ掛けが切っ掛けだし、本人は手を汚していないし……死体遺棄と殺人教唆の方が少々重いが……妃先生を信じよう。

 

 長門会長からも念入りに頼まれているし、もし彼女が長門家に帰る事を拒んだら頼むとも言われているし……越水の会社に秘書枠で送り込むか。

 まぁまだ先の話だけど……。

 調べてみる限り裁判に関しては普通に動いているみたいなんだよなぁ。

 ホント、どういう法則なんだ?

 

 法則で思い出した。この街に常駐させる人員どうしよう。

 出来れば今の半分くらいの人間が常に事務所離れているのが理想なんだけど……

 

 

 2月28日

 

 沖矢さんから電話が来て、俺自身が新潟に向かう事になった。

 これはどっちで? 向こうでなにか起こるのか、それとも俺がいなくなったこの街でなにか起こるのか。

 

 残っている人員には常に警戒するように言っているし、安室さんと真純がいるし大丈夫だろう。

 念のために、メアリーには周りを警戒するように頼んでるし……そういえば、メアリーってば地味に最近真純と仲良いんだよね。

 この間なんか、デートすっぽかされたってしたたかに酔っぱらってた秀吉(しゅうきち)さんと肩組んでラーメン屋に行ったら真純とメアリーが飯食ってた。

 万が一仕事の話をしてたら不味いと思ってすぐに店変えたけど、いつの間にあの二人仲良くなったんだろう。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 依頼の件は解決した。

 かつて起こった交通事故の真相。

 それは、些細な姉妹喧嘩だった。

 

「……全部、分かってしまったんですね」

「まだ全てという訳ではありませんが……8年前、現在服役中の山尾さんが引き起こしたひき逃げ事件。そのきっかけの一つは、貴女と妹さんの喧嘩だったんですね?」

「色々と調べたら、8年前のあの日の夜、村を出て行こうとする妹さんを見たって奴がいてねぇ。ま、当時子供だった子の証言だし? 8年前だし? 裏付け取るのに色々と時間かかっちまったけどさ」

「その時、見られたんですね? 冬馬(とうま)君に」

 

 元々の依頼は、交通事故の調査等ではなかった。

 8年前に崖から落ち、そのまま昏睡状態が続いている少年――立原冬馬(たちはらとうま)

 彼が、なぜ崖から落ちたのか。本当にただの事故だったのか。それに関しての調査を、彼の母親である立原冬美(たちはらふゆみ)が調査会社の方に依頼してきていたのだ。それが社長の越水の判断で事務所預かりとなったわけだ。

 

「ええ……それで、怖くなって追いかけて……そしたら――」

「崖から落ちて、意識が戻らなくなったと」

「アンタがあのロッジで働き続けてたのは、あの子を見張るためかい?」

「……えぇ」

 

 沖矢は、眼鏡を上げながら事故の元であった女性の様子を観察する。

 おそらく、記憶が戻ったからと何かをするつもりはなかったのだろう。 

 ただ、そうしてしまったのだろう。

 

「私、もしこの事が知られたらこの村には居られないって……そう思ったら、あの子が怖くなって」

 

 隣に立つ鳥羽初穂は、ただ見ているだけだ。

 ひょっとしたら、彼女の場合は『芯が細いねぇ』と呆れているのかもしれない。悪い女を自称する彼女ならあり得る。

 

「話さなくちゃね。冬美に……冬馬君が意識を失った原因は私だって……」

「今回の件、警察へ報告しても、事故扱い……あったとしても、恐らくほとんど罪にもならないでしょう」

 

 仮に罪に問われたとして、自ら警察へ全てを話せば多少の温情はあるだろう。なにより、報告を上げれば間違いなく所長が動くだろう。

 

「それでも、もうこの村には……いられないわ」

 

 束ねていた髪を下ろし、掛けていた眼鏡は雪の中に突き刺さっている。

 

 

――なら、俺達の力になってくれませんか?

 

 

 そして、白い雪景色の中に男は現れる。

 黒いスーツを身にまとった、若い――のにどこか外見には似合わない落ち着きを持った男が、白い雪を踏み締め、歩いてくる。

 

「貴方……は?」

 

 女性の呟きに、男は小さく微笑んで答える。

 

「遠野みずきさん、ですね? 話は全て部下から聞いています」

 

 優しい笑い方に、だが鳥羽初穂は頭を抱え、沖矢は楽しそうに笑っている。

 その二人を左右に侍らせるように立って、男は口を開くのだ。

 

「貴女を迎え――いえ、助けに来ました」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 3月1日

 

 沖矢さんからの強い勧めで、遠野みずきという女性をウチに引き入れてきた。

 美人さんだったから説得にも気合いが入るよね、うん。

 と言っても、しばらくは8年前の事故に関しての警察の事情聴取が主みたいだけど。それで今は向こうの警察とのパイプ作りも兼ねて初穂が向こうに残って手続きやら相談をしている。

 

 沖矢さん曰く、彼女は鍛えれば自分の代わりになるって言ってたけどマジかい。

 沖矢さん、新潟から戻ってきてずっと金山さんと小沼博士と一緒に一生懸命コクーンの訓練プログラム作ってる。

 けどさ、ちらっと内容見たけど偉く物騒な気がしたけど気のせい? 主に狙撃方向の。

 

 

 3月3日

 

 みずきさん(日記ではひらがなで書くことにした)は夏前――5月か6月くらいに東京に移る事になりそうだ。

 母親である冬美さんへの謝罪も、一悶着こそあったが一応決着はついたと初穂から連絡が来た。

 

 なお、新しい人間を入れる事に関して初代みずきこと瑞紀ちゃんから、『トオル・ブラザーズに続いてミズキ・シスターズまで作っちゃったんですね』というコメントをなぜか拳と共に頂いた。なんでや。

 

 今日は阿笠博士と色々話し合って、ウチが阿笠博士の正式なスポンサーになる事が決定した。

 これでこちらの用意も整えられる。まずは例のスーツの性能強化を依頼した。やっぱりなんやかんやで、万が一の備えには備えておきたい。

 また枡山さんが俺の前に出てくる事があったら、生半可な用意じゃ俺とか普通に死んじゃいそうだ。

 いや、死なないって決めてるから死なないけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4月15日

 

 相当間が空いてしまった。この一か月、年度末ということを引いても事務所は地獄だった。本気で地獄だった。事務方面で。

 

 今度来るみずきさんは、沖矢さんの訓練以外は事務に当てるという方向にする予定なのだが……本当にある意味で人手が足りていない。でも迂闊には採用できないという負のスパイラル。

 

 加えて、強盗や誘拐が多くて対処が大変だった。

 特に俺は、どういうわけか立ち寄った店で強盗が起こる事が多くて多くて……。

 コナンや少年探偵団が傍にいるときは心の準備が出来ているんだけど、そうじゃない時は本当にビビる。

 一つだけ気付いたのは、どういうわけかジョディさんが来ると事件が起きるという事だ。

 

 おかげでキャメルさんから、俺がますますFBIに疑われているという話を聞かされたよちくせう。

 さすがにキャメルさんはある程度こっちを信じてくれているようだけど、正直現状手の打ちようがない。

 

 ……書いててふと思いついた。こういう、多分俺寄りの問題なら紅子に相談してみよう。

 流れに関してかどうかはともかく、俺か世界のどっちかがおかしいって気付いているような女だ。こういう時は頼りになる。

 

 

 

 5月4日

 

 この一月、大学も完全に休んで瑞紀ちゃんの変装と声帯模写の特訓を受けていました。

 瑞紀ちゃんがいない間もひたすら特訓して、今日は高木刑事に化けてコナンや安室さんと話したりしてみた。後でネタバレしたが、やはり気付かれていなかった。これでOKだろう。

 

 紅子に相談してみて、占ってもらったら『死者を模す事で道が開ける』という事だった。

 死者……関わりありそうなのだと赤井さん? それとも宮野明美? でも、下手に化けたら赤井さんや志保の姉さんに迷惑かかるしなぁ。

 ともあれ、変装や声帯模写のスキルは覚えておいて損はないだろうというにもあって瑞紀ちゃんに頼んでいた。

 今度二人で、新しく出来たパンケーキの店に行く事を条件に了承してもらった。

 瑞紀ちゃんは、なんというか所々で分かっているというか、男に理解があるから話していてすごく楽だ。

 どうにも快斗君に気があるみたいだから口説いていないけどちくしょう。もしそうでなかったら割と本気で口説きにいっている所だ。

 

 ともあれ変装だ。

 爆発には巻き込まれていたけど生き残った感じの変装にするか。火傷痕のメイクも練習しておこう。

 記憶も失って喋れなくなった感じにするのもいいかもしれない。それなら基本黙っているだけでいい。

 

 あれ、結構いける? ちょっと真面目に赤井さんに相談して計画練ってみよう。

 紅子のアドバイスという時点で信頼はしているが、赤井さんの知恵を借りれば思った以上の大魚を釣る事が出来るかもしれない。

 

 

 5月15日

 

 赤井さん自身から赤井さん個人の変装、かつ記憶喪失を装って一度様子を見てみようという提案を受けて夜を歩いていたら、ジョディさんに見つかって泣き付かれて色々問い詰められた件について。

 しかもその後、例のジンとウォッカ、それにキールこと怜奈さんに襲われた件について。いきなりかい。

 

 変装中だったからいつものスーツもなくて普通に撃たれて撃たれてさらに撃たれた。

 もうね、ジョディさん逃がすので精一杯だったわ。赤井さんの声帯模写は念入りに練習したから大丈夫だと思うけど、バレてないよね?

 

 その後は海に逃げた所を怜奈さんに撃たれまくり。まぁ、薄々気が付いていたのかほとんど外してくれたけど。

 

 まぁ、これで分かった。

 なにせ、ジョディさんがFBIの仲間に通信を送った直後にあのクソロン毛がポルシェかっ飛ばして来たんだ。

 その連絡受けた奴をマークしておこう。キャメルさんにある程度情報渡して調べてもらおう。

 

 同時に、一番俺が危惧していたジョディさんが敵側の重要人物だという可能性は消えたと見ていいだろう。これも朗報だ。

 あの涙は本気だった。女の涙には一家言あるんだ大丈夫。

 

 これから先アクションを起こすには、まずFBI内部の膿をどうやって潰すかが重要になってくる。

 

 とりあえず赤井さん、俺が身体動かせるようになったらまた訓練お願いします。

 本格的に純粋な武力が必要になって来た。

 

 あと、起きた事を知っただろう皆が駆けつけてくるのが滅茶苦茶怖いです。

 多分赤井さんというか沖矢さんが色々と手を回してくれただろうけど。

 

 

 5月16日

 

 いつの間にか俺が長期出張していた事になっていた件について。沖矢さんパネェっす。ホントマジありがとうございます。

 ただ謝らんでください。紅子も。

 見通しどうこうとかじゃなく、ぶっちゃけ紅子から助言受けた時点で確実になにか動くとは思ってましたから。

 ただ、それがこっちの方面だと思わなかった。いや、油断していた。

 前回、防弾装備がなくても何も起こらなかったからなおさら。

 

 もっとも、利点もある。

 組織もFBIも、赤井秀一の死亡を今度こそ確信したようだ。

 ジョディさんも、今は少し学校を休んでいるらしい。目の前で、どう見ても死んだとしか思えない状況を見てショックを受けているようだ。キャメルさんも、数日の間仕事を瑞紀ちゃんや初穂に引き継いで休んだそうだ。

 

 恐らくだけど、赤井さんの不在を確信したためFBIの日本での捜査体制を立て直したのだろう。

 

 ともあれ、赤井さん達がある意味で完全にフリーになったというのはこちらにとって大きい。

 枡山さんの姿が見えない今、次はどこに向けて手を打つかしっかり考えておかないと。

 

 

 

 

『追記』

 

 病院抜け出して飲みに行ったバーで、妙に気の合う美人さんと出会った事をここに記しておく。

 具体的に書くと、今度こそ名前をキチンと聞きだせるようにだ。

 

 より物騒にした初穂って感じの外国人かハーフかといった感じで、左目周りにアゲハチョウのタトゥーというロックなお洒落をしていたけど、なんか妙に楽しかった。

 性格とか全然違うけど青蘭さんと飲んでる感じだった。

 もう一度飲み明かしたいな。

 

 




本日のピックアップキャラクター


○遠野みずき 33歳
『劇場版名探偵コナン 沈黙の15分』
ロッジ「KITANOSAWA」の従業員。

 コナンワールドには、どう考えてもおかしいレベルの射撃の持ち主が数多くいます。
 リボルバーで狙撃という真似をやらかす佐藤刑事のような重要キャラクターなら分かるのですが、ゲストキャラの中に射撃のオリンピック候補などが転がっているというのがあの世界。

 その中でも中々やべぇレベルの狙撃スキルを持っているのがこの人、遠野みずき。
 なお、おっちゃんが色目を使った女性というある意味でフラグ建ってた人でもある。
 眼鏡の外してみませんかのくだり結構好きだったなぁ。

 沈黙の15分は、某戦場カメラマンさんが声を当てているというのが話題になっていたり、最後のアクションが滅茶苦茶過ぎるなど色々とツッコまれていましたが、個人的には結構好きな作品。

 強いて言うなら、スキー靴を反対にする? のくだりがよく分からなかった。あれ、そんな事が出来るほど軟い作りじゃないよね?

 

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