「くそっ! キッドの野郎ぉっ!!」
暗号の内容がようやく解けた。
日は正しかった。だが間違っていたのは時間と場所。
暗号文が示す『秒針のない時計が12番目の文字を刻む時』は、アルファベット、五十音、いろはのどれでもなかった。
正解は、予告文そのものだった。
予告文の12番目の文字は『へ』だ。つまり示す時刻は午後7時20分。
そして『光る天の楼閣』は、ライトアップされ照らされている大阪城ではなく、文字通り自ら光を放っている高い塔――通天閣。
その意味に気付いて服部、そして世良と共に通天閣に向かおうとした時に、停電が起こった。
服部、そして世良も、キッドの意図にいち早く気付いた。
中森警部が、違う場所にエッグを移動させている事には気付いていた。
正確には、動きを察知していたキャメルさんが教えてくれた。
今、キャメルさんは浅見さんの指示でどこかに配備されているらしいが……。
「この大規模停電は、重要施設以外で復旧する場所を確かめるためのもの! そうだろう、コナン君!?」
「うんっ」
「くそっ! あの中森って刑事が予備電力でも復旧させたら一発でモロバレやないか!」
服部と世良が、バイクを並べて夜の街を疾走させる。
俺は世良に押し付けられたヘルメットを被って、服部の後ろにしがみ付いている。
「おい、世良の姉ちゃん! アンタん所の上司はどこ行ったんや!?」
「ボスなら――おっと!」
信号機が止まり、混乱している車道の中を、服部も世良もスイスイと間をくぐり抜けて行く。
世良の場合、休日に時間が合えば浅見さんやキャメルさんとバイクを飛ばしたり、都合が合えば鈴木財閥の手が入っているサーキットを走らせたりしているからなおさら上手い。
もっとも、それなら普通に結構な腕前を持っている服部はなんなんだという話になるのだが。
「ボスなら別行動だよ! なんでも、気になることがあるとかでキッドは任せるってさ!」
「はぁ? キッドは任せるってどういうことや!? キッド以外になんかあるっちゅうんか!?」
服部の叫びに、俺はとっさに思い出す。
浅見さんが、ずっと警戒していた相手を。
「まさか、スコーピオン……来てるのか?!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「所長、キッドが現れたようです。エッグを奪い、逃走中だと」
「……逃走中? エッグ持ったまま?」
「ええ」
「そっか、持ったままか。……持ったままなのかぁ」
キャメルさんから中森警部がエッグを少人数で美術館から動かしたという報告を受けて、俺はすぐにコナン達と別れてメアリーを動かした。
七槻とふなちの護衛に付けるつもりだったが、どうにも状況が怪しいので今回は保留。
代わりに二人には、美術館に張り付いてもらっている。
――多分、二人ともキッドが来ないどころかエッグがない事に気付いていたっぽいけど我慢してもらいたい。次郎吉の爺さんや会長の周り空っぽにする訳にもいかないんだから。
メアリー。
ウチの調査員の中で最もバランスの取れている安室さんに匹敵するだろうハイスペックな女の子。
潜入・潜伏技能に関しては、ひょっとしたら安室さんよりも上かもしれない彼女だから、間に合うかな~と思って頼んだらその瞬間に報告を上げてくれた。ホント、心強いです。
スイスにいる安室さん、メアリーと交代して帰国早々紅子の周りを固めてくれている沖矢さんの二人がとっておきの見せ札なら、メアリーはとっておきの隠し札である。
「所長は、何が気になっているのですか?」
「んー……何と言われるとちょっと困るけど……」
これまでコナンから聞いているキッドの事件は、『宝石を盗み出した方法』と『キッドは誰に化けているのか』の二つを当てる物語構成だ。
方法はすなわち、マジックの種明かし。そしてそれが可能だった人物を見つけ出し、コナンが追いつめてキッドが逃げる。
これがキッドの事件の……なんというか、ストーリーのルールだ。
コナンは、キッドが宝石以外の物を狙った事が気にかかっていたが、俺の目線ではそこは大して重要じゃない。
俺にとっての問題は、大規模な停電まで起こしているド派手さ。
高校生探偵が、前に警視総監から紹介してもらった白馬君を除く高校生探偵が揃っている事。
そして、コナンも含めた探偵勢とほとんど接触せずに、もうキッドが逃走に入っていること。
加えて、目当ての宝を返さずにそのまま持ち去っている事。
「キッドの事件らしくないなぁ、と」
(なんだこれ。なんか……ズレている?)
これまでにも、いくつかズレを感じる事は多々あった。
毛利蘭の学校に入って来た新人教師。しかもFBIの捜査官とコナンの接触が遅かった事。
防弾ジャケット等の身を守る装備がないという、俺の負傷――あるいは殺害フラグが立っているのに何もない事がたまに起こる事。
「……いい経験値になると思ってスイスに向かわせたけど……みずきさんは残しておくべきだったか」
沖矢――いや、赤井さんというハイスペックな狙撃手がいる以上、それに関わる事件は必ず起きると確信している。
だからこそ、狙撃手の視点をもつ人間がもう一人いるというのは心強いと思って教育を急がせていたけど……『遠野みずき』の完成を焦りすぎたか。
(ありとあらゆる活動、行動の最大の障害は焦り。師匠にも先生にも言われた言葉だっていうのに――)
「みずきさん? ……といえば狙撃…………スコーピオンもエッグを?」
キャメルさんは俺の呟きに目をパチクリしながらも、即座に考えを察してくれる。
そして俺が頷くとすぐさま、すでに開いていたロードマップに再び目を通し、
「キッドが使っているのはハンググライダー。となると、風上に逃げるのが定石。ですよね?」
ホント、最近のキャメルさんは話が早い。
「問題は、仮にスコーピオンが来ているとして、このタイミングで空を飛ぶ奴に追いつけるか? ってことなんだけど……」
「ハンググライダーはキッドの代名詞、空を飛んで逃げる事はすぐに想像出来るはずです」
「あぁ、そっか。それを狙うとなると……待ち伏せなら可能か」
「高層建築物……いえ、キッドが来るという事でそういう場所は見物客がいるでしょうから、目撃される可能性が増える。となると――」
「低地で、人目を避けれて、かつ風上へと向かうルートを狙える場所」
「加えて、キッドからエッグを奪い取った後にそのまま逃走しやすいというのも……」
キャメルさんがロードマップのページを破り、膝の上に並べて行く。
俺も助手席からそれを覗き込む。
「キャメルさん、もし蠍が早い段階からキッドを襲う事を決めていたのなら――」
「自分が犯人の立場なら、やはり鈴木近代美術館からのルートを想定してシミュレートします」
阿笠博士に特注したウチらの基本装備の時計には色々な機能が付いている。
それに個人が注文した機能を追加していく形となっている。
ただし、コンパス機能といった基本的な機能は全員持っている。
すぐさまキャメルさんは窓を開けて風の向いている方角を確かめ、地図上の鈴木近代美術館からその方角に、ビッと線を引く。
その中で、条件に一致しそうな場所は――
「キャメルさん。相手がキッドをより正確に狙うため、移動する可能性もある」
「ええ、ですから最短ルートで行きます。掴まっていてください!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「貴方は大阪に行かなくてよかったの?」
浅見探偵事務所における異色のオカルト探偵として、徐々に名前が広がっている高校生――小泉紅子は、人の少ない浅見探偵事務所で、メイドの入れた紅茶に口を付けながら、一緒にいる男にそう問いかける。
「えぇ。私も帰国後すぐに所長の元に駆けつけたかったのですが……ヒューマンエラー因子の除去に努めるよう命令されましたので」
沖矢昴。
浅見探偵事務所のエースとして、安室透と肩を並べる名探偵。
先日までフランスに赴き、たった一人で大規模テロを阻止した男でもある。
「浅見透が撃たれた件からずっと、貴方はかなり働いていたでしょう? 彼、そういうの気にするタイプよ」
「えぇ。先日も電話で、ここしばらく最低限の休暇しかない事を謝罪されました」
「彼らしいわ」
「……上司としては、少々過保護だと思うのですが」
そう肩を竦める沖矢も、紅子と同じように紅茶に口を付けている。
ただし、こちらは双子のメイドが気を利かせて、ブランデーが少量入っている。
「気を使ってくれるのならば受けておきなさいな」
一月前、自分達の期末テストの際は学生組はほぼ全員強制休暇を取らされ、勉学に集中できるように仕向けた事を思い出して魔女は苦笑する。
唯一そうでなかったのは、快斗として休みを取りながら瀬戸瑞紀として働き続けた『彼』と大学生組位だろう。
「そっちの方が彼、喜ぶわ」
「ええ……。そういえば、紅子さんこそ事務所にいてよろしいので? 自分がフランスに行っている間にお弟子さんが出来たと聞きますが? その、占いの」
「流れでつい、ね。……それでちょっと悩んでいるのだけれど」
ちょうど一月前だったろうか。
とある有名な占星術師、
そして、その占星術師が殺される殺人事件に遭遇したのだが、その時に彼女の弟子をしていた女性に、どういう訳か懐かれたのだ。
「占い師ならキチンとした人を紹介すると言っているのに……」
「貴女の人徳のなせる技ですよ。現に、これまでにも事件で出会った女性達に懐かれているじゃないですか」
事実ではある。
初めて小泉紅子が関わった事件でも、その後に関わる事になった数々の事件でも。
どういうわけか、小泉紅子はどこか気弱な女性に懐かれる特性を持っていた。
「寄りかかる大樹が欲しいだけよ」
「ですが、貴女はキチンと彼女達を立たせているでしょう?」
「……どうかしらね」
二人とも食事は済ませているが、時間はちょうど夕食時。
下のレストランからは、ヴァイオリンとピアノの美しい音色が響いてくる。
今日は、音楽一家である設楽家の令嬢
有名作曲家と音楽界の名家の令嬢のステージが決まった時点で、今夜の予約は瞬く間に埋まったと二人は聞いている。
「浅見透は、誰かを立たせるためなら自分の身なんて放り投げて駆け付ける男だから――」
直接下で食事を取りながら聞く音楽も良い物だが、こうして薄ら聞こえてくるのも悪くない。
魔女はそんな事を思いながら、続ける。
「その負担が減るのならとついつい手を差し伸べてしまったのが……多分、私の間違いのはじまりはじまり」
「間違い、ですか?」
「ええ」
メイドの淹れた紅茶のちょうど良い温かさが、二人の喉を潤す。
「誰かと関わる事って――背負う事って、こんなに大変な事だったのね」
そう言って「ほぅ……」と小さくため息を吐く魔女に、死と顔を偽った男は笑みを零す。
やはりこの事務所は、あの男の周りは、まさしく人材の宝庫だと。
小さく。小さく。
「う~い、ただいま~っと……なんだい、あんたら事務所で優雅にティータイムかい?」
唐突に、ピピッというID認証の音がして扉が開く。
仕事で動きまわっていた鳥羽初穂が帰って来たのだ。
「あら、おかえりなさい」
「お帰りなさい鳥羽さん。食事はもうお済みで?」
「まだだよ。ったく、警察も所轄となるとやっぱり捜査の精度にムラがあるねぇ。おかげで昼も碌に取ってないさ」
ドカっと乱暴にソファに腰をかけた鳥羽は、肩を揉みほぐしながら買ってきたのだろう缶のお茶を飲み干す。
「メイドさん達が食事の下ごしらえはしているわ。声をかけてくるから――」
「あぁ、いいよいいよ。さっき上がってくる時に美奈穂とすれ違ってさ。今ごろ用意してくれているはずさぁ」
軽く手を振ってそういう鳥羽は空腹のためか、あるいは仕事内容に文句があったのかやや不機嫌そうである。
「お疲れのようね?」
魔女の言葉に、悪女はまぁねぇ……と肯定し、
「やっぱりウチのボスがいないと舐めてかかってくる奴多くてねぇ……」
「ふむ……所轄ですか?」
本庁の人間は、双子のメイドや小沼と言った、いわば末端の人間にまで敬意を払ってくれる者が多い。
となるとそれ以外かと沖矢が尋ねると、どうやら当たりの様である。
悪女は再び肩をすくめ、
「どうにも話を聞かないのが多くてねぇ。ちっ、せめて男を連れて行くんだった」
「恩田君も、今はスイスですからね」
「あぁ……。せめてキャメルがいれば良かったんだけどね」
ソファにもたれかかったまま、鳥羽はふぅっとため息を吐く。
「なぁ、沖矢」
「なんでしょう?」
「この間ウチらで警視庁襲撃したじゃん?」
「演習という言葉をちゃんと入れなさいよ」
横から口を挟んだ魔女に、悪女は手をひらひらさせて「へいへい」と答え、
「他の所轄にも持ちかけないかい? 所長経由でマリーも呼び寄せて、今度はこっちも遠野を含めた主力全員でさ」
「それは……また……」
沖矢は、眼鏡の位置をずらしながら再び笑みを零す。
先ほどと同じく小さく、だが今度は怪しさを含ませて。
「面白い提案ですね」
「だろ?」
rikkaのチョコっとコラム
File512 「砕けたホロスコープ」
アニメオリジナル
DVD:PART17-4
赤と黒のクラッシュなどの長編が続きまくったあとでのアニオリだけあって、中々に気合いの入っている作品でした。
数話前に出てきた『緑川くらら』もこのストーリーのゲストキャラでした。
笠原留美さんに桑島法子さん、千葉紗子さん。いやホント豪華ですわこの話。
なにより千葉紗子さん。『降霊会W密室事件』の和泉真帆といい私好みのキャラを演じてくださる素晴らしい方。
一作としてまとまっており、蘭がある意味蘭らしい作品。
しっかりとした『コナン』らしいオリジナルストーリーでした。
rikkaのちょこっとキャラ紹介
○
アニメ:File385-387 ストラディバリウスの不協和音
コミック:46巻
DVD:PART13-10
別名:加持リョウジ。いやホントにそう見えてしまうからしゃーなしやで。
原作のキャラでもかなり好きな人。アニメで尚更惚れた。
現在、どうにかこの人を原作事件以外でワトソンに出せる自然なルートがないか模索中――そうか、この人の事務所を浅見のテナントの中に放り込めばいいのか。
その後? なるようになるさー