平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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リハビリを兼ねて投稿。かなり短いですか、どうかご勘弁を。


096:好奇心が産み落とす物

 女は、言い寄ってくる男に対して必ずある事をしていた。

 

 それは、毒を盛る事。

 

 無論、死ぬには程遠い量だ。

 

 体調を悪くさせて軽そうな男を追っ払うのも目的の一つではあるが、その実ただの彼女の趣味の様なもの。

 

 毒を盛られてもピンピンとしていたという、自分の中に流れる血の元である男を示す逸話にあやかって。

 

 あるいは、探し続けていたのかもしれない。

 

 自分の中に流れる血。それをもっと濃くし、あるいは先祖の生まれ変わりとすら言えるような存在を。

 

 だが、そんな簡単にそんな存在が現れるわけがなかった。

 

 大抵の男はすぐに具合を悪くする。

 とはいえ毒は種類を選んでいる事に加えて微量も微量。嘔吐の一つでもすれば問題はないレベル。

 

 逆に言えば、嘔吐するくらいには体調を崩す。その程度の男に女は興味なかった。

 

 今度の相手も、一度自分と『交戦』した男とは言え、やはりそうなるだろうと思っていた。

 

 

 

――だが、男はそれを飲み過ぎたと感じただけだった。

 

 

 

 また違う日、女は再び男に毒を盛った。

 今度は僅かに量を増やして。

 

 今度はさすがに倒れた。

 だが吐き出しはせず、次の日の朝にはピンピンとしている。

 

 三度、毒を盛る。

 また量を増やして。

 

 四度、五度、六度、七度、八度――

 

 一体どれだけの量を飲ませただろうか。

 

 共に食事をするたびに女は必ず毒を盛り、男は時々体調を崩しながらも翌日には必ず目を覚ましていた。

 

 そして――増え続ける毒の量は、ついに通常での致死量に追いついた。いや、追い抜いた。

 

 さすがに、女の手も震えた。

 ホテルで一緒にいるのは自分。もし死ねば、疑いは間違いなく自分に向く。

 しかも、すぐに大仕事が待っている状況だ。余計なリスクを背負うべきではなかった。

 

 だが、震えながらも手は止まらない。

 

 

 この男なら、あるいは。

 

 

 そう考えてしまった。この時、すでに分水嶺を越えてしまっていた。

 女も――そして男も。

 

 女は、男のグラスに毒を盛る。

 シャワーから戻った男は、なんの疑いもなくグラスの酒に口をつけ、そして女と一夜を過ごす。

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――『おはよう』

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「浅見の野郎はまだ見つからねぇーのか!」

 

 おっちゃんが忌々しそうにテーブルに拳を叩きつける。

 傍に立つキャメルさんに越水さんも、険しい顔をしている。

 

 キッドによってエッグが奪われた昨夜の騒動の後、エッグは落下し回収。今は破損していないかどうかのチェックが行われている。

 そして、その直前まで謎の人物と交戦していた浅見さんが行方知れずとなってしまった。

 現場には浅見さんの血液、そして海面には、なぜかキッドのマントが落ちていた。

 

「マントに空いていた穴は銃弾でほぼ間違いないらしいで。今、大滝はんから情報が上がって来た」

 

 携帯電話を片手に、服部が部屋に入ってくる。

 同行していた世良真純と和葉ちゃんも一緒にだ。

 

「ボスがそうそうやられるとは思わないけど、負傷してどこかに身を隠しているのかもしれないね」

 

 真純の言葉に、越水さんが頷く。

 

「うん。今ウチの人員使って、分かっている範囲のセーフハウスを調べさせてる。浅見君が逃げるとしたら、こっちが回収しやすい所に一応は逃げ込むと思う」

 

 先ほど、ふなちに指示を出していたのはそれだったのか。

 やっぱり、数を動員できる越水さんの事務所は強い。浅見さんがわざわざ事務所と分けたのも分かる気がする。

 

(探偵――推理力では俺が上だってまだ確信しているけど……あの人の本当の武器は――)

 

 人脈、人材、資産を駆使した組織運用。こればかりは、とてもじゃないが勝てる気がしない。

 

「浅見君の事は、とりあえずは警察と僕達に任せてくれないかな? コナン君」

「――え? あ、うん……」

 

 そして越水さん。

 トランプの事件を解決した後くらいから、妙に俺やおっちゃんの動きに注視している気がする。

 何かに気付いたのか、あるいは勘づいたのか。

 ともかく、ある意味で今一番油断してはいけない人間だ。

 

「彼の行方は、わが鈴木財閥の方でも人を動かしております」

 

 そんな時、世良達の後ろから桐の箱を抱えた恰幅の良い人が入って来る。

 鈴木財閥会長の史郎さんだ。

 

「会長、エッグの方は大丈夫でしたか?!」

 

 テーブルについたまま、今まで碌に喋っていなかった面々――先日エッグを求めていた面子が一斉に顔を上げる。

 いや、正確には男性陣のみだ。

 夏美さんと青蘭さんは、顔を俯かせたままである。

 

 無理もない。

 青蘭さんは浅見さんの飲み仲間で、よく色んなレストランやバーに出かけていた。

 

 夏美さんも、例の洋菓子店の話が出た時から浅見さん達と一緒にいる事が多い。

 浅見さんの事を『まるで生意気な弟みたい』と、安室さんと一緒によく可愛がっていた。

 

「ええ。精密検査の結果、破損は見られないとの事です」

 

 テーブルの上に、箱から取り出してそっと丁寧に置かれたエッグを、全員揃って観察する。

 手を出さずに顔だけ近づける姿は、まるで茶道の名物茶碗を観察するかのようだ。

 

「名品においては非常に観察眼の高い彼女からもOKをもらっております。大丈夫でしょう?」

「彼女?」

 

 蘭が尋ねるのとほぼ同じタイミングで、もう一人がドアから顔を覗かせる。

 

「はい! お待たせいたしました!」

 

 浅見さん曰く、バーテンダーの様な格好。

 ネクタイ姿に、この暑い時期でも外さない手袋。

 浅見探偵事務所の一員にして、探索や解錠のスペシャリストにしてマジシャン。

 

 

 瀬戸瑞紀が、いつもの笑顔を浮かべてそこに立っていた。

 

 

 

 




一度体調崩すと、テンション元に戻すのに時間かかりますね
急性胃腸炎マジツラい……

皆様もこの季節、口にする物にはお気を付け下さい。

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