平成のワトソンによる受難の記録   作:rikka

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098:癌は、じわじわと広がるから怖いんだ

「あの、本当にいいんですか?」

 

 車の後部座席に座る瑛祐君が、前にいる俺たちに向けて恐る恐ると言った様子で口を開く。

 

「本当は良くないんだろうけど……放っておいたら、浅見君は何をやらかすか不安でね。目の届く所にいてくれた方がまだマシと言うわけさ」

「ひでぇな白鳥さん」

「激痛と貧血で動く事すらままならないはずなのにヒョイヒョイ動いている貴方の存在の方が色々酷いです。色々」

 

 病室に現れたのは、非番だったハズの白鳥刑事だった。

 どうにかこうにか連休取って伊豆に行くって話だったけど、事のあらまし聞いたところいても立ってもいられず俺を探しまわってくれたそうだ。いやなんかもうホントにすみません。

 

「今から高速を急げば、例の横浜のお城には夜までには辿りつけるだろう。それまでは寝ておいた方がいいさ、浅見君」

「け、警察の人なら浅見探偵を止めて欲しかったんですが……」

 

 瑛祐君が後ろからボソリと呟いてくるが、まさかの白鳥刑事これを軽く笑ってスルー。

 どしたの白鳥刑事。というかなんか違和感あるんだけど白鳥刑事。大丈夫なの白鳥刑事。

 右側の視界悪くて上手く観察出来ないけど……ん~……なんだこの違和感。

 

「そういえば浅見君。君の部下への報告はいいのかい?」

「ちょっと思う所がありまして……今エッグを運んでいる面子へはまだ連絡していません。美術館警備に付けていた山猫隊へは連絡して待機状態に戻しましたけど……」

 

 マジックショーで動いてる瑞紀ちゃんには念のために瑛祐君の携帯でメールだけ入れておいたら、すぐさま大人しくしていてくださいってメールが返って来た。

 いつも心配してくれてありがとうね? だけどごめんね?

 やっぱり鉄火場にいないと俺じゃないんだよね。

 

「それなら、どうしてまだ携帯と睨めっこしているんだい?」

「いや、ちょっと連絡待ちの人がいまして……」

 

 未だ事情を全部知っている訳ではない瑛祐君が一緒にいるため、白鳥刑事が病院に来た後こっそり連絡をした水無怜奈――さんにだ。

 

「重要事項かい?」

「えぇまぁ……下手したらまた交渉合戦になりうるくらいには」

 

 最悪、ヨーロッパにいる面子を大至急呼び戻すことになるかもしれん。

 ……いや、それはそれで枡山さんの足跡追うのがまた大変になるし……うーん……

 

――ブー、ブー、ブーッ

 

 そんな時、手に握りしめていた携帯が震えだす。

 来たっ。

 

「誰からですか?」

「ん? お姉ちゃん――」

 

 後ろの瑛祐君の質問に、反射的にそう応えてしまってから『しまった』と思った。

 瑛祐君のお姉さん――水無怜奈の関連はあんまり外に漏らすわけにはいかない。特に、警察関係者の目の前では。

 どうやって誤魔化すか――

 

「……ひょっとして、僕の携帯でお店の人に連絡取ったんですか?」

 

 おいこら。

 いや助かったけど。

 

「バレた?」

「まったくもう……別にいいですけど、いつか女の人に刺されますよ?」

「そこらへんは安心してほしいなぁ、瑛祐君」

「どう安心しろと?」

「一応こう見えても刺される事には慣れてきた男だぜ?」

「どう安心しろと!!?」

 

 あと、別にそういう関係じゃないけど女に刺されたり斬られたり撃たれたのはそういう方面にカウントされるんでしょうか瑛祐君?

 いや、よく考えたら青蘭さん――あぁでも向こうから誘われる割には一夜過ごす時には睡眠薬かなにか仕込まれてたしなぁ。嫌われてるわけではなかったみたいだけどアレはなんだったんだろうか。

 

 なんかこっそり針で飲み物や食べ物をチクッて刺してたし、それ口にしたらすっごく眠くなっちゃって特になにも……。多分あの針にそういう薬を仕込んでたんだろう。

 まぁ、一昨日は効果を弱めてくれたのか特に不快感はなく――うん、まぁ色々。

 

 結局俺は、浦思青蘭という女にとってどういう男だったんだろうか……。

 

 おっと、それはいいからメールメールっと……。あれ? 尋ねてた内容と違――

 

 

 

 

 

 

 ――そら来た。斜め上の事態が。

 

 

 

 

 

 

「浅見君?」

 

 白鳥刑事が俺の様子に違和感を覚えたのか横目で覗き込みながら尋ねる。

 が、正直今それどころじゃない。

 とりあえず、山猫はいい。病院出る時に横浜への移動を指示しておいた。

 念のためにグレーゾーンぎりぎりの武装も許可しておいた。

 

 むしろ問題は俺が間に合うかどうか。後――

 

 すぐに携帯に番号を打ち込む。

 

 耳元で数回コール音がしたあと、しばらく耳にしていなかった声がする。

 

『透か? 定期連絡は美奈穂さんに済ませたばかりのはずだが……どうした?』

 

 安室透。組織の幹部、バーボン。だけど、どうにも敵と言う感覚がしない人。

 コナンからは気を許し過ぎだとちまちま怒られている始末だが、敵に見えないのだから仕方ない。

 完全にオフの時の雰囲気の所を申し訳ないが、緊急事態だ。

 

「安室さん、今すぐ今いるメンバーでロシアに入国。今から俺の説明を聞いて、調べるべきだと思った所を徹底的に探ってください」

 

 

 

 

 

「――ひょっとしたら、俺達も山猫の群れを引き連れてそちらに向かうことになるかもしれません」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「ほー……こらまた見事なまでにお城やなぁ」

「聞いた話じゃ、CMなんかの撮影なんかにも使われているらしいね」

 

 長い船旅――道中窃盗騒ぎこそ起こったが――を終え、鈴木家の車による送迎によって、俺たちはようやく横須賀のお城に到着した。

 エッグを一目見たい――そして出来れば手に入れたいと狙う人間達。

 

 無論、同行者はそれだけじゃない。

 俺やおっちゃん、蘭。それに次郎吉相談役。

 世良真純や沖矢昴、瀬戸瑞紀、アンドレ=キャメルというあの事務所の関係者。厳密にはもう事務所の一員ではないが越水さん。スコーピオンの正体を明かしてやると大阪からそのまま同行した服部平次。――ついでに、

 

「ホンマやわぁ。なぁ平次平次! ちょっと一緒に写真撮ろうや!」

「……お前なぁ。遊びにきたわけやないんやぞ?」

 

 なぜかひっついて来た和葉ちゃんまで。

 大阪にいる時からそうだったが、なぜか和葉ちゃんは世良を敵視しているみたいだ。

 

(あぁ……そういや服部、世良とはメールでやり取りしているって言ってたけか)

 

 あるいは、服部がその事を話してしまっていたのかもしれない。

 彼女と話した事は少ないが、前に浅見から俺を女と間違えていたという話を聞いた事がある。

 ひょっとしたら、結構嫉妬深いのかもしれない。

 

「もうこっちにスコーピオンが来とるかもしれんのや。なのになんでお前鈴木の車で街に行かんかったんや……次郎吉のじーさんがホテル用意してくれる言うとったやんけ」

「……そないなこと言うたって……」

 

 ずっと和葉ちゃんは服部の服を掴んだまま、チラチラっと世良の様子を覗いている。

 もっとも、当の世良はそれに気付かず、沖矢さんと話し合っている。

 相手に狙撃犯がいると言う事で、恐らくもし襲われた場合の事を話し合っているのだろう。

 その話を、越水さんが難しい話で聞いている。

 ふなちは、取材で同行していた内田先輩や浅見の秘書――あの時、焼身自殺をしようとした幸さんと一緒にホテルで待機しているらしい。

 最初は越水さんもホテルに行くはずだったのだが、本人の強い意志で同行する事になっていた。

 

 

 

 

 

 ――ここまでやって見つからないっていうことは、上手い事どこかに隠れて、その上で本人の意思で隠密行動を取っているんだと思う。

 

 

 

 ――ということは、ある意味最前線のここにいればあの馬鹿は絶対に飛び込んでくるね。絶対。絶対。

 

 

 

 

 

 という非常に否定しづらい言葉の元、キャメルの傍を離れないという約束の元でここにいるのだ。

 

(……どっちにしろスコーピオンが捕まる時には浅見、お前身内にぶっ殺されるんじゃねぇだろうな)

 

 越水さんとかふなちはある意味当然として灰原とか桜子さんとか幸さんか、あるいはずっと顔を曇らせている青蘭さんか。――あぁ、ある意味で安室透も最有力候補だ。

 

 

「おい、工藤」

 

 そんな事を考えていると、和葉ちゃんをどうにか振り切った服部が傍に来ていた。

 

「どう思う? スコーピオンが俺らの中にいるかどうか」

「まだ分かんねぇよ。ま、強いて言うならあの寒川って野郎は違うと思うけど」

「あぁ、まぁな……」

 

 映像作家ということだが、どうやら数年前にアジアの内紛をカメラに収めようとしていた所、無神経と言うか無遠慮な所を、偶然居合わせていた鈴木会長の秘書である西野さんに咎められていた。

 西野さん自身は忘れていたようだが、寒川はそれを覚えており、ちょっとしたいたずらで憂さを晴らそうとしていたのだが――

 

「あの手品師の姉ちゃん、気配りも目配りもすごいで。よく事前に食い止めたもんや」

「あぁ」

 

 西野さんが、寒川の持っていた貴重品を盗んだ――ように見せかける。

 そんなくだらない――だが今起こっている事を考えれば洒落にならない事を食い止めたのは、船内を見廻っていた瑞紀さんだった。

 何かが起こるだろうと考えていたのか、瀬戸さんは沖矢さんと協力して船内の見回りなどを強化。

 耳にした会話などにも細心の注意を払い、船員とも情報などを共有して企みを察知。

 余計な火種を付けずに事を綺麗に終わらせたのだ。

 

「やっぱり、浅見が行方不明ってのがあるんだろうな……」

「あぁ」

 

 服部は、いつも後ろにして被っている帽子のツバを前に廻して、眼つきを変える。

 

「だけどな、工藤。安心せえ。お前なら尚更分かっとるやろうがあの兄ちゃん、容易く死ぬタイプやないで?」

「あぁ、わかっちゃいるんだが……」

 

 ふと、見なれた顔を観る。

 いつもと変わらないにこやかな表情で、だが周囲を隙なく観察している瑞紀さん。

 そうだ、いつもと変わらないハズだ。

 あの事務所の中でも特に優秀な一人で、でもどこか抜けていて、浅見透の周りを固める一人として知られる女性。

 沖矢昴――つまりはFBI捜査官、赤井秀一や灰原の姉の事を知る人間としても、今信頼できる数少ない人間の一人だ。

 だが――

 

「雰囲気……いつもと違うんだよな」

「あぁん? そら、自分ところの大将やられたかもしれんってなったらそらキレるやろ。世良の奴も沖矢さんもごっつ気合い入っとるやんけ」

 

 あぁ、そうだ。それは間違っていない。確かにそうだ。

 そうなんだが……

 

「な~んでか……すっごい違和感を感じるんだよなぁ……」

 

 


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