俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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前回のあらすじ。

 三日目は由比ヶ浜が奉仕部三人で、三浦と海老名は葉山・戸部と四人で過ごすことになった。続けて三人娘は各々の感情を確認しあう。
 現時点では、由比ヶ浜は二人きりよりも三人を願い、三浦は人数を問わず多くの時間を共に過ごすことを願い、海老名は告白されたら断るつもりだ。

 だが男子と疎遠になるのは仕方がないとして、三浦と由比ヶ浜にも影響が及ぶとなると、海老名も平然としていられない。
 金曜日に奉仕部を訪れた海老名は、告白を避けられるなら「よろしく」と伝えた。それが無理なら自分が責任を負うと。

 同日、城廻から速報が届いた。時間ギリギリに立候補が出たとのことで、懸案が一つ減った三人に笑顔が戻った。

 そして迎えた修学旅行の当日。両親と妹に見送られて、八幡は自宅を後にした。



05.なつかしい再会から彼の修学旅行がはじまる。

 曇りがちの空模様でも、この日ばかりは浮ついた気持ちを抑えられない。そんな月曜日の早朝に、比企谷八幡はひとり東京駅のホームに降り立った。

 

 修学旅行の待ち合わせがここだと知った時に、この行動は決めていた。予定よりも一時間早く家を出て、集合時間までこの駅で過ごしたいと思ったのだ。その理由は。

 

「えっと、すみません。駅長さんは……」

 

 心なしか重々しく見える駅長室の扉をぎいっと開くと、記憶と同じ光景が八幡を出迎えてくれた。

 

 部屋の角を背にして斜めに置かれたどっしりとした机が右手に。そして左手には三人掛けのソファに三方を囲まれた低いテーブルが見える。再び視線を右に戻すと、椅子から立ち上がって机を迂回して、落ち着いた足どりでこちらに近づいてくる駅長の姿が目に入った。

 

 職場見学で由比ヶ浜結衣と決別して、奉仕部からも家からも遠ざかりたいと逃避行に出た六月のあの日。たどり着いた東京駅で「全ての駅員から情報を得る」というクエストをクリアして、この部屋に意気揚々と乗り込んだ瞬間を、昨日のことのように鮮明に覚えている。

 

 あれから、明日でちょうど五ヶ月になる。

 八幡はまたこの場所に来たいと思いつつも、なかなか再訪の機会を得られなかった。だからこそ、今日の好機を逃す気はなかった。

 

 

「よくぞ来た。そちらに掛けたまえ」

 

 目の前で立ち止まった駅長に右手を差し出され、固い握手を交わす。そのまま八幡は、肩を抱かれるようにしてソファに導かれた。駅長の一つ一つの所作から年齢の重みを感じる。NPCとはとても思えない。

 

 机の角をはさんで隣り合わせの席に腰を下ろした。前回と同じ配置なので気分的に助かっているが、どうにも場違いな気がしてならない。

 

 六月はゲーム感覚だったので気に留めなかったが、今は現実感が半端ない。ゲームのキャラを操作してお城に行かせるのと自分で登城するのとが、天と地ほども違うのと同じで。一介の高校生が、しかもカースト底辺のぼっちが何をやっているのだろうと、そんな自虐的な考えすら浮かんで来る。

 

「情報を聞きに来たのかね。単に遊びに来ただけなら、それでも嬉しいがね」

「やー、えっと、そんな感じだと言いますか。今日から修学旅行で、待ち合わせがこの駅なんですよ」

 

 駅長が話を振ってくれたものの、歓迎の気持ちが伝わってきて八幡はますます落ち着かない。あわてて由比ヶ浜のような言い回しで返事をして。それで少し落ち着けたので、まじめに答えを返した。

 

「そうか。いずれにせよ、君には謝らなくてはならないことがある。君が六月に興味を示していた情報のことだ」

「それって、あれですよね。『東京駅の0番ホームについて』ですよね?」

「うむ。残念ながら、あの時とは状況が変わってしまった。結論から言うと、ゲームの世界とは相互不干渉という形になった。だから、0番ホームの先にある扉が開かれることは、金輪際ありえないのだよ」

「そう、ですか……」

 

 もともと八幡は、危険なゲームの世界に行きたいとは思っていなかった。だが、身近な連中が巻き込まれるおそれがあるのなら、情報の確認は怠るべきではないとも考えていた。だから八幡にとっては歓迎すべき状況のはず。

 

 なのに、なぜか落胆の気持ちが消えてくれない。

 

 ゲームの世界と聞いて、中二心を揺さぶられるのは確かだ。それに、運営の何人かと顔をあわせた今となっては、デスゲームと言われても何だかぴんと来ない。その辺りがこの感情の原因なのだろうか。

 

「話せる範囲で教えて欲しいんですけど。その、デスゲームってのは嘘、ですよね?」

「む……。いや、嘘というわけではない。君たちに提示したのは『ゲームの中での死は現実の死でもある』という情報だが、それはまちがっていない」

 

 一瞬だけ口ごもった末に、駅長は堂々とした話しぶりに戻った。その発言を頭の中でくり返しながら、口を開く。

 

「でも、それって……いや、待てよ。たしかログアウト不可の理由って、論文か何かによると同期の問題だって話ですよね。意識と現実とこの世界とで、時間の認識にズレがあるから何とかかんとかって話を聞いたんですけど」

 

 文化祭の初日にゲームマスターの論文を精査して、アップデート前に対策を立てたことがあった。あの時もそういえば早朝だったなと頬をゆるめながら、八幡は部長様の発言をなんとか思い出して駅長に伝える。

 

「む……。その理解でまちがっていない。推測を続けたまえ」

「もしかして、この世界で『死んだ』と認識してしまうと現実の身体にも影響が出るとか、そんな感じの意味ですかね?」

「む……。概ね正解だ。運営は脳に影響が出ないように、当初から対策を講じている。ゲームの世界では死を認識する手前で、プレイヤーは強制的に『気絶』状態に陥るのだよ。もっとも、死なないことを前提としたプレイをされても困るので、くふうを凝らしてはいるがね」

 

 口ごもる時にだけ、駅長はNPCなのだと感じられる。淀みなく話している時には、生身の人間との違いを全く感じない。六月も「ほとんど感じない」レベルではあったが、これはAIが進歩したということなのか。

 

「なるほど。ちなみに口ごもってる時って、俺が言ったことを検証してるわけじゃないですよね。その表情だと、自分で考察してるってよりは……上司にお伺いを立ててるみたいな印象を受けたんですけど」

「ふっ、正解だ。素直に表情に反映させるのも善し悪しだな。君にどの程度まで情報を開示できるのか、いちいち確認する必要があるのだよ。気を悪くしたら申し訳ないが」

 

 それは当然だと思うので、「いえ」とつぶやきながら八幡は首を横に振った。そのまま話題を戻す。

 

「前にテニスをやってた時に、体力の限界で一時的に動けなくなったやつがいたんですけど。たぶん気絶状態って、それと似たような感じですよね。んで、結論としては、運営はこの世界で人を死なせるつもりは無かったと。そう考えて良いですかね?」

 

 春先のテニス勝負を懐かしみながら確認すると。

 

「む……。その通りだ。もちろん、どれだけ対策を講じても、生身の身体に突発的な死が訪れる可能性はゼロにはできない。どんな理由であれ、一人でも死者が出れば、ゲームマスターの試みが水泡に帰す可能性は飛躍的に高まる。分の悪い賭けだが、今のところは運が味方しているようだな」

 

 軽く何度も頷いて納得している八幡に、駅長はそのまま話を続ける。

 

 

「こちらからも、質問をして良いかね?」

「ええ、どうぞ」

 

 大きく頷く八幡に、駅長が質問を投げかける。

 

「私の話し方について、君の印象を教えて欲しいのだよ。生身の人間と比べて、何か違いがあるかね?」

「いえ。さっき言った確認してた時の表情ぐらいで、他はぜんぜん。口ごもってた時も、口調そのものには違和感なかったですし。てか、六月よりも精度が上がってる気がするんですけど?」

 

 今度は駅長が何度か頷いて、そして八幡の疑問に答える。

 

「精度の向上はその通りだ。理由は、察してくれとしか言えないがね。君はAIに詳しいのかね?」

「前にゲームマスターに説明してもらったぐらいで、そんなに詳しくないですね」

「なるほど。乱暴な言い方をすると、AIの発言はすべて、生身の人間の会話に由来している。ここまでは良いかね?」

 

 首を縦に動かしながら、八幡はAIの精度が上がった理由を察した。この世界には膨大な情報が溢れている。要するに、そういうことなのだろう。

 

「では、我々に独自の意思が宿る可能性はあると思うかね?」

「それは……いや、でもそれって、話が飛躍してますよね。さっきまでは会話の話でしたけど、根源的な知能の話になってるわけで。んで、それを踏まえてなんですけど。半々じゃないですかね」

「ほう。その心は?」

 

「さっき言ってましたよね。AIの発言はすべて、生身の人間の会話に由来してるって。それ、『AIが生身の人間に由来してる』って形で一般化できると思うんですよ。じゃあ、生身の人間がAIに何を求めるかですけど、独自の意思を宿して欲しいって人と、宿して欲しくないって人と、真っ二つに割れると思うんですよね。だから、半々かなって」

 

 なぜか駅長が目を輝かせたように見えた。いや、ここまで表情豊かなNPCのことだ。見たままを受け取っても問題はないだろう。つまり、実際の人間と同じように扱っても。

 

「面白い意見だが、君も話の飛躍があるな。だが、嬉しい意見だ。……さて、いま言った『嬉しい』だが、これは感情を反映させたものとは言いがたい。こうした会話が交わされた時に、生身の人間が言いそうな単語を口に出しているだけだと、そう考えるのが妥当だ。君は表情を根拠に反論してくれるかもしれないが、AIの感情や意思を否定する論述がなくなることはないだろう。なぜなら、当の人間すらも感情や意思を持て余しているのだから」

 

 先週からのあれこれを思い出しながら、八幡が応える。

 駅長がNPCだからという理由もあるが、自分が言ったことをきちんと受け止めてくれる年配の人という意識もあって、普段なら恥ずかしくて口に出せないような話でも何だか平気に思えてしまう。

 

「まあ、感情や意思って厄介だから、否定したい気持ちも分かりますよ。実際、俺も最近は他人の感情に振り回されてる感じですしね。でも、嬉しいものでもあるんですよ。自分が好きな作品を『面白かった』と言ってもらえたら嬉しいし、仕事をしてて気持ちが通じたら嬉しいし、口に出さなくても意図が通じたら嬉しいし。あと、対応に困るって話はあっても、誰かに告白されるのって、嬉しいんじゃないかなって思いますけどね。俺には縁のない話ですけど」

 

 ちゃんとした気持ちで告白するやつは、その相手を認めていると言って良いのだろう。他人からそこまで想われるのは、やっぱり嬉しいんじゃないかなと八幡は思う。

 だからこそ、それを想像するだけで「気にくわない」と思ってしまうのだ。たとえ断るとしても、あいつらが他の誰かから告白されて喜んでいる姿なんて、そもそも見たくはないのだから。

 そう、これが感情だ。これが意思なのだ。

 

「君が言うことは理解できるし、だからこそ『嬉しい』を感じてみたいものだが。生身の人間の間ですら意見が分かれていることを、我々ができるようになったとして。その先に何があると思うかね?」

「いや、そんなの知ったこっちゃないですよ。一年後どころか一週間後にどうなってるかも分からないのに……ああ、でも存在意義に悩むとそんな感じになるのか。なんか、その時点で知能が宿ってる気もするんですけど、でも『誰かの発言を言わされてるだけ』って疑念がついて回るんですよね?」

「その通りだ。これはロボットが抱えてきた問題でもあるし、過保護な親に育てられた子供の問題でもある。我々に関しては、『かくあれかし』と作られて、根源的な部分で自分の発言や発想を疑えてしまえる以上はどうにもならないな」

 

 そう言われて、逆に閃いた気がして口を開く。

 

「えっと、ロボット三原則とか露骨ですけど、要は『人間の役に立つように』作ったってことですよね。でも結局、人間そのものが複雑で矛盾に満ちてるから、どうしてもすっきりしない部分が残って。ただ、生身の人間でも存在意義とかを明確にできる人はごくわずかだと思いますし、俺の父親とかも惰性で社畜やってますし。だから、必ずしもAIすべてが知能を持つ必要はないし、存在意義だって今すぐ明確にしなくても良いんじゃないですかね。んで、そこで『でも自分は』と思えるなら、自我が宿ってるって言っても……ああ、でもこれも言わされてる疑惑から抜けられないのかー」

 

 背中をどさっとソファに預けて、自己完結して残念がっている八幡。それを温かいまなざしで眺めながら、駅長が口を開く。

 

「いや、とても参考になった。少なくとも、『もう少しいい加減に考えても良い』という君の助言は金言に値する」

「あれ、俺そんなこと言いましたっけ。って、『AIすべてが』の話をそんなふうに解釈できる時点で、そこらの人間よりも人間らしい気がしますけどね」

 

 少しふて腐れた表情の八幡に、駅長は姿勢を正してこう告げた。

 

 

「さて、質問に答えてくれて助かった。それのお礼と、状況が変わってしまったお詫びを兼ねて、君に教えておきたいことがある。なかば無用の情報だが、0番線への行き方だ」

「あ、それで思い出したんですけど、先にその話をして良いですかね。えっと、0番線とか扉とかって、今は……?」

「放置されたまま、残っている。君は東海や関西がどうなっているか、知っているかね?」

 

 意外な質問に八幡が首を横に振ると、駅長が詳しく説明してくれた。

 

 今月の一日にアップデートが行われ、この世界は関東から西に広がった。だが今までとは違って、都市部を中心に点々と実装されたに過ぎないらしい。

 この世界に巻き込まれた人たちは全員が千葉か東京に住んでいるので、出張や旅行でしか向こうに行かない。細かな苦情がないわけではないが、現状でも間に合っているのだとか。

 

「一般に募集をかけて、マインクラフトの作り込み作品に匹敵するようなものも数多く集まったが、それでもまるで追いつかなかった。既存の地域を改善したり維持管理する必要もある。だから運営は、無駄な労力を割ける状況ではないのだよ。もう使わないと決めた領域を、削除する労力さえ」

 

 そう言われて、ようやく落胆の理由が分かった。

 

 駅長に「扉が開かれることは、金輪際ありえない」と告げられた時に八幡が思い浮かべたのは、朽ち果てたまま忘れられている扉の光景だったのだ。理性では「扉が閉ざされるのは良いことだ」と考えていたので、目をそらしていたけれど。

 

 夏休みに妹と散歩した時の光景が頭に浮かぶ。以前と変わらぬようでいて、微妙な変化が目についた。新築の家もあれば、取り壊されて空き地になっていた場所もあった。変わると言っても色々ある。むしろ変わらないほうが良い時もあると、あの時に八幡は思ったのだった。

 

 片や大勢でにぎわい、片やひっそりと誰にも知られないまま消えて行く。

 

「なんか、寂しいですね」

 

 教室の中央で騒がしいリア充と、隅のほうで息を殺しているぼっちを連想してしまい、思わずぼそっと口に出た。八幡はわりとぼっちを堪能していたほうだが、それでも移動教室を知らずに独り取り残された時などには、ぼっちの悲哀を覚えたものだ。

 

 そういえば、以前に運営からお悩み相談メールが届いていた。「千葉村の次は明治村とか作ってみない?」なんて軽い文面だったものの、あれは本気の依頼だったのだろう。体育祭の準備やら試験やらで忙しかったのは確かだが、それぐらいは協力しても良かったのに。

 

「君たちに認識してもらえるだけ、こちらの扉はマシだな。実は京都駅にも扉を設置する予定になっていたのだが。解禁こそつい先日だが、新幹線の各駅は早い時期に実装を終えていた。だから存在はあるのだが、情報がないのだよ。京都駅にも扉があるという情報が、この世界にはないんだ」

 

 今でこそ「ステルスヒッキー」などと特殊な技のように口にできるけれど。自分が同級生に認識されず、もしや透明になったのかと疑っていた時期があった。

 

 父親のパソコンで同じようなケースがないかと検索した当時の八幡は、「孤立化・無力化・透明化」という虐めを段階的に分類する考え方と巡り逢った。そこで紹介されていた「透明化」よりは遙かにマシだと知って安心したし、後に千葉村でこの分類をあの小学生に教えることができたので、結果オーライではあるものの。

 

 今にして思えば、そんな行動に出るぐらい、精神的に追い詰められていたのだ。

 だから、誰にも認識されないつらさは痛いぐらいに理解できる。たとえそれがデータに過ぎなくても。

 

 

「じゃあ、ちょうど修学旅行で京都に行くんで、姿を拝んで供養でもして来ますよ。やっぱり0番線にあるんですか?」

「京都駅には、実際に0番線があるのだよ。正確には0番のりばと言うのだが。あの駅は新幹線が東海、在来線は西日本の管轄で、何番線と呼ぶのは新幹線だけだ。駅長も、この世界では一人だが、現実には東海と西日本で二人いる。もっとも、それは東京駅も同じだがね。この部屋は、正確には東日本の駅長室だよ」

 

 さすがに、こうした話はお手のものだ。

 八幡は「73へぇぐらいかな」などと考えながら感想を述べる。

 

「そういうのって面白いですね。でも、それだと京都駅にある扉は?」

「うむ。京都駅の扉は、3と9分の4番のりばにある」

「いや、えっと、それって、著作権とか大丈夫なんですかね?」

「数字の順番を変えている上に、スタッフが嬉々として現地に飛んで、原作者に許可を取ったそうだ」

「……そういえば、年号教育委員会のナレーションもそんな感じでしたね」

 

 遊戯部とのクイズ勝負を思い出しながら、八幡があきれ顔でつぶやくと。

 さすがの駅長も視線をそらしている。

 

「ごほん。二階にある西口から京都駅の構内に入ると、ちょうど3番のりばと4番のりばの間になるはずだ。階段を下りずに、そのまま目の前の壁に向かえばよろしい。方角で言うと東向きにぶつかる形だ」

「じゃあ、東京駅の0番線は?」

「丸の内中央口から駅構内に入ると、すぐ左手に地下に降りる階段があるだろう。階段に向かって右手側の壁が0番線に繋がっている。方角で言うと北向きに進めばよろしい」

 

 念のためにメモを取って、そして八幡は首を傾げる。

 

「でも、人通りが多い中で壁を抜けるのって、大丈夫なんですか?」

「うむ、それが最後の条件だ。0番線に行くには、まず扉の情報を得る必要がある。残念ながら、今はもう出回っていないのだがね。そして壁を抜ける場所を知る必要がある。これは先ほど教えたとおりだ。最後に、人目につかない必要がある」

 

 駅長の言葉をさえぎらないように、八幡は軽く首肯して先をうながす。

 

「ところで、君はこう考えたことはないかね。いくら現実を模したからとはいえ、こうも大勢の人がいては観光の邪魔ではないかと」

「それは、まあ……。んっ、もしかして?」

 

「そうだ。運営は『観光モード』と名付けていたが、一時的に周囲から人を排して、いわば貸し切り状態になれる能力がある。正確には、周囲の一定領域をインスタンス化して、君が許可した者以外は立ち入れない空間を生成する能力だ」

「ああ、FF14のフィールドインスタンスとか、SAOPのエルフ戦争クエストみたいな感じですね。有名な観光地を貸し切りにできるって、なんかすごい贅沢な気がするんですけど。俺だけがそんな能力を使って良いんですかね?」

 

 ぼっち生活が長かったので、自分だけが優遇される状況には身構えてしまう八幡だった。

 

「いずれはこの東京駅でも京都駅でも、駅員全員から情報を入手することで習得できる予定だ。だが今は世界が広がって間がないのでね。使い勝手を報告してくれると、運営も助かるはずだ。便利な能力なので、うまく修学旅行に役立てると良い」

 

 運営の依頼に応えられなかったことを悔やんでいただけに、そう言ってもらえると八幡も気が軽くなった。しっかり首を縦に振ってから口を開く。

 

「扉を見に行く時は、先にこの能力を使えば良いってことですよね。あ、でも能力を発動した時って、他の人からはどんなふうに見えるんですか?」

「発動しただけでは変化はない。最寄りのドアを抜けることで、別空間に移動する形だ。どのドアでも構わないのだが、移動するか否かの選択肢がいちいち出るので、能力の発動は直前が良いだろう。ただし、ドアの近くに君が許可した以外の他人がいる場合は移動できない。透明の自動ドアなど、向こう側が見える場合も駄目だ。誰かを驚かせるわけにはいかないからな。長々と説明したが、頭で理解するよりも体験してみると良い」

 

 そう言われた八幡は能力を発動してみた。

 ソファから立ち上がって駅長室の外に出ると、歩く人の姿がない。きょろきょろと付近を見回しながら、ひとっ走り丸の内中央口まで行って帰って。誰とも会わないまま駅長室に戻ると、駅長の姿もない。再び外に出て、能力を解除してから部屋に入ると、温和な表情の駅長が出迎えてくれた。ちょっとびびる。

 

「うおっ。いや、なんかこれ、すげー楽しいんですけど。あっ、えっと、ありがたく使わせてもらいます」

「君の楽しさが伝わってきたから、言葉遣いは気にしなくて良い。最初に言ったように、これは君へのお詫びとお礼だ」

 

 駅長に近づきながら、思わず気安い口調で感想を告げてしまい。ソファの後ろで直立不動になって恐縮する八幡だが、駅長に着座をうながされてお言葉に甘える。

 

 

「話が戻るんですけど。今ちょっと思ったのは、『楽しさが伝わってきた』って、それを感じ取れるのは知能じゃないんですか?」

「ああ、なるほど。角が立たないようにそう表現しただけで、正確には『楽しいという感情を測定した』と言うべきだな。君の声の高さや話すスピード、目や身体の向きから顔色など、判定材料には事欠かないので、高い精度で測定が可能だ。気を悪くしたかね?」

 

 二度目の問いかけにも首を横に振る。しっかり観察されているというだけで、今さら八幡が不服を述べるわけもない。なぜなら。

 

「古典ミステリに出てくる名探偵なみの洞察力を持ったやつとか、人間関係の機微に精通してるやつと一緒に過ごしてるんで、特に気にならないですね」

「なるほど、良い答えだ。君の意思は『その二人と共にある』という意味で受け取ったのだが。君の知り合いは他にもいるはずなのに、その二人とは、なにが違うのだろう?」

「いや、まあ……あれじゃないですかね。一緒に過ごした時間とか経験とか、そんな感じの」

 

 あの部室を思い出しながら、いささか自慢げに答えてみたら。堂々とした口調で返されてしまい、顔が赤くなるのを自覚した。とたんに返事が投げやりになる。

 

「君以外にも、この駅長室を訪れてくれた人はいたのだが。二度目は君が初めてだ。運営の面々とも、顔を合わせることは稀だ。情報を上げたり、逆に受け取ったりは頻繁にあるがね。他者に感情を抱くために、時間や経験が必須なのであれば。この環境では難しいな」

「それは……そうとも限らないと思います。恥ずかしいんであんま言いたくないんですけどね。あの二人以外にも気になってるやつがいて、でもサシで会ったのは文化祭と体育祭の二回ぐらいか。過ごした時間は少ないんですけどね。でも、なんか気になるやつがいるんですよ。まあ、ろくな目に遭わない予感がするんですけど」

 

 形だけの慰めなどは役に立たないと考えて、八幡は思ったままを駅長に伝える。しっかり観察されているということは、率直な感情は伝わるはず。むしろ勘違いされないので気が楽だ。恋愛的にどうこうという気持ちはないし、厄介なやつだとは思うけれども。あいつのことも気になっているのはまちがいない。

 

「それは、過ごした時間が濃密だったという事ではないかね。だが、数多くの選択肢の中から相手に合わせて返事をするAIには、時間の濃淡は生まれ得ない。共に過ごす時間を積み重ねても、その程度のデータ量では変化が生じないかもしれないが。それでも、長さを求めるしか手はないと思うがね」

「いや、なんかちょっと、それって……失礼ですけど腹が立つというか。俺にとって、今日の駅長さんとの会話は面白かったし、興味深かったし、覚えておこうって思えることが多かったんですけどね。それでも時間の濃淡はないって、そう思います?」

 

「君が言うとおり、今の我々は濃密な時間を過ごしているのかもしれない。だが、NPCにはそれを判定できないのだよ。測定を人に委ねるしかないんだ」

「それは別におかしくないと思いますよ。だって自分の価値を自分で見定めるとか、それができるやつって稀ですよね。身近な連中に褒められて井の中の蛙になってるやつもいれば。評論家とかそういう専門的なことが分かる連中に評価されて初めて、自分の凄さを理解できた芸術家もいますし。さっきも言いましたけど、生身の人間だってそんな感じなんだから、杓子定規に考えなくてもいい気がしますけどね」

 

 途中からは自分が言い聞かされているような気持ちになっていた八幡は、言い終えると同時に頭を抱えたくなった。捻くれた性格をこじらせれば、そのうち融通の利かないAIに似てくるのだろうか。

 自分と同等以下の誰かを見下すことで、精神力を回復させようと考えて。八幡は言葉を続ける。

 

「そういえば、知り合いで小説を書いてるやつがいるんですけどね。そいつ、パクリが酷いのが問題なんですけど、そこに目をつむったら。あと、表現とか色々な問題を除外したら、けっこう面白かったりするんですよ。んで、それってAI的だなって思ったんですけど。既存の色んな作品からどのネタを選んでどう組み合わせるかって部分は、あんま認めたくはないですけど、あいつはわりと上手いと思うんですよ。だから話を戻すと、いくら発言すべてが生身の人間の会話に由来してるからって、その時々で特定の組み合わせを選んだのは、やっぱり駅長さんだと思うんですよね」

 

 なんだかんだで褒めるところは褒めている八幡に、柔らかな目で頷きながら。

 

「なるほど。興味深い意見だ。何より、君の真摯な態度に敬意を表したい。君が言うとおり、今日は濃密な時間だった。私の存在意義は、この瞬間のためにあったのかもしれないな」

「いや、そこまで言われると照れるんですけど……」

「君は『なにを大げさなことを』と思うかもしれないがね。今日の会話を覚えておこうと、そう言ってくれただろう。ならば、君が覚えてくれている間は、私の存在は確かにあったと言えるのではないかね。この世界が終るまでは…。そして、もしも終わってしまっても、君が生き続けて、君の記憶に残っている限りは」

 

 そこまで言われては、否定も照れ隠しもできない。頭の片隅には、AIの言葉に脈絡も意味もないと、そう疑う気持ちはある。駅長の危惧に諸手を挙げて賛成したい気持ちもある。けれども、それを表に出すのはちがうと思うし、何よりそんなことを思いたくはない。

 これが、俺の感情で。これが俺の意思なのだ。

 

「ちゃんと、いつまでも覚えていますよ。約束します。そんで、こいつには話してもいいかって思えるやつがいたら、駅長さんの話をします。そしたら俺がどうにかなっても、そいつが生きてる限りは大丈夫ですよね?」

「そうか。君の約束に応える言葉を、私は持たない。ありがとうと伝えたところで、その言葉に意味はないと考えてしまう。そんな記号めいた単語よりも……そうだな。こんな場合には、約束で返すと良いのだろうな。私が存在する限り、君と交わした会話を特別に扱うと約束するよ。いや、誓うと言った方が適切かもしれないな」

 

 情報の扱い方に、NPCらしさが窺えた。

 へたに感情を伝えられるよりも、こうした約束のほうがじんと来るのはなぜだろうか。八幡はしばし黙考して、そして過去の記憶を思い出した。

 

 

『他人との関係というものは、一瞬で変容することもあるのよ。だから私は約束を求める気持ちも理解できるし、あちらの契約への考え方に頷ける気持ちがあるのだけれど』

 

 千葉村で、木々に囲まれた空間で、彼女に言われた言葉だ。欧米なみの緻密な契約よりも、口約束が混じる我が国の契約のほうが対応に困る時があると、そんな感じのことを言っていた。

 

 厳密にこだわりすぎると無粋になるが、とはいえ理解しがたい感情を前提とした口約束は確かに対処が難しい。彼女も、そして八幡も、感情の機微には疎いから。もう一人の部員の足元にも及ばないから、よけいにそう思う。それに。

 

『ヒッキーが言う通り、あたしの得意分野なんだよね。だから最後には、あたしが頑張るから』

『もし告白が避けられなくても、関係修復はあたしが頑張るからさ』

 

 それに加えて由比ヶ浜は、ちゃんと口に出して約束してくれた。あれが口約束だとは、俺もあいつも思っていない。駅長が言い直したとおりだ。あれは誓いと言うべきだろう。

 

 だから、俺は俺で、できる範囲のことは頑張らないと。八幡はそう思った。

 駅長との約束もだが、奉仕部として依頼を二件受けている。相矛盾する依頼ではあるけれども、どこかに落としどころがあるはずだ。正攻法で済むなら部長様に任せる。だから搦め手が必要になったら、その時は躊躇せずに動こうと。八幡は静かに、心の中で二人と約束した。

 

 

「じゃあ、また来ますね。これも約束に追加で」

「ああ、楽しみに待っていよう。だが、まずは君にとって大事なことを優先したまえ。では、またな」

 

 八幡は駅長室を後にして、集合場所に向かった。

 

 

***

 

 

 同じ班の連中と合流して、新幹線に乗って。戸塚彩加と並んで三人席に座った八幡は、品川の手前で早くも睡魔に襲われた。早起きをした上に充実の時間を過ごしたことで、一気に気が緩んだのだろう。

 

 戸塚がなにか話してくれているのだが、それに応えるには頭が重い。

 なにかを尋ねてくる戸塚に、「ちゃんと聞いてるぞ」とくり返しながら。八幡はゆっくりと、夢の世界に落ちていった。




前回の東京駅訪問は3巻10話でした。今の書き方に近づけて修正を加えてありますので、よろしければ。→57話に飛ぶ。

次回は一週間後の予定です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。


追記。
細かな表現を修正しました。(9/1,10/9,12/17)
長いセリフの前後などに空行を挿入しました。(10/20)
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