理想を求める者達も異世界から来るそうですよ?   作:幻想のtidus

26 / 29



私は理解するために信じる


Credo ut intelligam.

「今日という今日は絶対に逃さないのですよ、あのお馬鹿様方ァァァァッ!!!!」

 

 黒ウサギの独り言という名の絶叫が響く。

 今や彼女は疾風の如く街を疾駆し、赤窓の歩廊を駆け抜ける。

 先程、レティシアが飛鳥と夏海を捕まえた事を黒ウサギ自慢の高性能ウサ耳が探知した。

 残りは十六夜、龍悠の二人のみ。

 1kmの範囲内にさえ接近してしまえば、最早振り切るのはあの二人とて困難だろう。

 箱庭の中枢に接続された月の兎のウサ耳を持ってすれば、相手の言動や位置など残らず筒抜けとなる。

 

 

 そして、徐々にウサ耳に聞こえる情報が増えていく。

 あの問題児二人の事だ。はしゃぎ過ぎて周囲に人集(ひとだか)りが出来ても可笑しくはない。

 そして、ウサ耳により詳細な情報が流れ込む。

 

 

 ───殺、してやるッ……!

 殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……

 

 

「─────ッ!?」

 

 

 思わず耳を千切りたく成る程の鬼哭啾々の怨嗟。そこに込められた怒り、悲しみ、憎しみを黒ウサギは正確に余さず聞いてしまう。

 黒ウサギは四肢に力を込め、小規模のクレーターを刻みながら怨嗟の渦巻く中心へと跳んだ。

 

 

 子を奪われた親の悲しみに満ちた嗚咽が聞こえた。

 

 

 ───心が軋む。

 

 

 懸命に事態の収拾に当たる火龍の声が聞こえる。

 

 

 ───心が張り裂けそうになる。

 

 

 皆の心の底からの吐露が聞こえる。

 

 

 ───今日この時に、こんなに自分の自慢の耳を千切りたくなるとは思いもよらなかった。

 

 

 ───怒りに満ちた少年の声が、聞き覚えのある声が聞こえる。

 

 

「ッ! 十六夜さん……!」

 

 

 黒ウサギは更に、強く大地を蹴る。

 あの自分の正義を持っている彼を追うために。

 

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 

 風が奔り抜け、轟音が鳴り響く。

 ローブの男と十六夜の逃走劇は拮抗していた。

 これは両者の走力が互角を表しているが、彼らの疾走には明確な違いがあった。

 十六夜の疾走は力強く、周囲に被害を招いてしまう程のモノ。元々、彼が全力を出せば都市一つは簡単に消し飛んでしまうのだ。

 現在は彼がギリギリまで力をセーブして、被害を最小限にしながら走っている。

 

 

 片やローブの男は静寂に近い。

 一歩一歩は常人のそれだが、圧倒的なまでに軽やかだった。

 十六夜の様に周囲に被害を招く要素など皆無。物理法則を無視したかの様な疾走。

 

 

(……時間操作の恩恵か?)

 

 

 十六夜は、その頭脳を持って男の恩恵を割り出していく。

 彼の見立てでは、男は己の様な膂力を持ち合わせていない。ならば何故、ここまで己から逃げ切れるのか。

 単純に加速する恩恵か?

 あり得なくもないだろう。

 ギリシャの英傑、アキレウスの逸話のレプリカか、或いは韋駄天の加護を受けている可能性もある。

 

 

 だが、これは断じて違う。

 加速の恩恵ならば、確実に周囲に影響が出るはずだ。

 故に時間操作が一番近いと十六夜は推測する。

 

 

(埒が明かねえ……)

 

 

 そう、このままでは千日手。お互いに拮抗したままだ。

 だから十六夜は()()()()()()

 

 

「其処のお前ら。ちょっと離れてろ」

 

 

 巻き込まれたくないなら、と十六夜は警告する。なんの事から分からない者達は首を傾げる。そして疑問は悲鳴に変わる。

 十六夜は近くの時計台へと近づき、

 

 

「愉快に素敵に吠え面掻きやがれ神隠し……!」

 

 

 身を翻し、力を溜め込む。針金の様なしなやかさで全身をしならせ、時計台を全力で蹴り飛ばした。

 

 

『あの人間滅茶苦茶だァァァァッ!!!!』

 

 

 下の集まった群衆は即座に逃亡を開始。

 時計台は第三宇宙速度という馬鹿げた速度で男に向かって飛来する。

 しかし、刹那の内に男は印を結び陰陽五行の金を行使。時計台を抑え込む様に大地から土塊の触手が伸びる。

 一つ、また一つと飛来する時計台が触手を破壊するが、触手幾重にも覆い被さり時計台の医療を殺す。

 そして、それを知っていたのか十六夜は既に次の行動に移していた。

 

 

「オオオオオォォォォッ────!!!」

 

 

 十六夜は上空に跳び、時計台を土塊の触手ごと瀑布の如き拳撃の嵐を浴びせる。

 殴った端から砕けた欠片は礫となって飛び交う。先の攻撃は大きすぎる上、避けられる可能性も多大にあった。

 これこそが本命、小さいながらも相手を追い詰めるには丁度良いのだ。

 男は先程同様、土塊の触手を己の周囲に広げ防御するが、礫が当たるたび防御が削られていく。

 

 

「くっ……!」

 

「当然、テメェは動けねえよなァァァァッ!」

 

 

 防御で動けない男に向かって十六夜は駆ける。何者よりも早く、速く、疾走(はや)く───ただただ、速い。

 拳に力が入る。目の前の男を拳で撃ち抜かんと己が魂を震わせて、拳を振り抜いた。

 

 

 だが、男は終わらない。

 拳が迫る一瞬の内に印を組み、十六夜と男の間に何層にもなる障壁が隔った。

 それは次元を隔てる断層結界。

 生半なモノでは決して砕けぬ秘術。

 無論、この様な物など十六夜の拳を持ってすれば障子紙を破くが如く容易い。

 だが、数が異常だ。

 一枚、二枚、四枚、八枚と鼠算式で増殖する障壁が、男の死を遠ざける。

 

 

(オン)剣婆(ケンバヤ)剣婆(ケンバヤ)薩婆訶(ソワカ)

 

 

 続けて紡がれる真言。

 それは全ての不浄を焼き(祓い)清める神秘の言霊。

 言霊は力を持ち、虚空に火種が産まれる。

 それは徐々に膨張し莫大な熱量を持つ炎となって十六夜に襲いかかる。

 

 

「しゃらくせえ!」

 

 

 豪腕一振り。たったそれだけで神秘の炎は砕け散る。

 だが、煌びやかに散る火の粉の中で男は数多の術法を描く。そのどれもが既存のモノから離れた独創。男が描いた数々の術が最大効率で(まわ)される。

 腐食の毒を撒き散らす呪術。

 火炎の真言。

 氷のルーンetc……

 放たれた術法は瀑布の如く、数々の術の釣瓶打ち。それを十六夜はいとも容易く砕き、踏破する。

 此処で男が重々しく口を開いた。

 

 

「……成る程、理解した。君は物的攻撃以外は効かないのか」

 

 

 土塊の触手を、十六夜は素手で破壊した。

 炎、氷、ありとあらゆるモノを放ち、腐食毒の呪詛を放った時、男は十六夜の恩恵の一端を理解した。

 それは確信にも近いものだ。

 十六夜は自分に不利益なる恩恵を無効化している。アルゴールの石化の褐色光で石化しないのもそれが影響しているのだろう。

 つまり、十六夜には物的攻撃しか通らない。

 かといって、物的攻撃など地殻変動に比する膂力を持つ十六夜の前では生半な攻撃など無いに等しい。

 だから男は、十六夜の怒りを()()()()()()()()()()()

 

 

「集えよ。我が奴隷───」

 

 

 男の陰々とした言の葉が木霊する中、建築物の影から人影が現れる。

 まるで待っていたと言わんばかりにぞろぞろと姿を表す。

 

 

「な、────ッ!?」

 

 

 十六夜は絶句した。

 この百人はいるであろう人影。

 これらが全て、ジンやリリと同年代であろう子供達だったから。

 彼らの共通点は皆、光の失った瞳であること。

 

 

「さて、先程言っていたな。“俺の矜持を踏み躙った”、と。

 それなら訂正した方で良いな。何故なら、()()()()()()()()()()()()()

 

「───ッ、テメェ!!!」

 

 

 男の号令の元、130人の子供達が十六夜目掛けて飛びかかる。

 十六夜は子供達に手を出すことができない。自分の矜持もある。だが、それ以外にも理由はある。

 

 

(く、まさか此奴ら……! みんな神隠しにあった連中か!?)

 

 

 彼らの衣服、所持品にはそれぞれ違うコミュニティの旗印が刻まれていたのだ。

 他のコミュニティの子供に手を出せば、確実に“ノーネーム”の評判は落ちる上、魔王以外にも敵を作ることになりかねない。

 

 

「くそ……!」

 

 

 更に言えば、十六夜はまともに逃げる事さえ叶わない。子供達は捨て身で十六夜を押し止めに来ている。

 もし、十六夜が子供達を振り切る様な速度、それこそ一気にローブの男を仕留める勢いで走れば、二次被害で子供達は傷ついてしまう。

 現状、彼は己の矜持とコミュニティの目的に雁字搦めにされているのだ。

 

 

 故に常人のそれと同様のスペックでしか避ける事しか出来ず、また攻撃も出来ない縛りプレイを強制されている十六夜を尻目にローブの男はその場を離れようと四肢に力を込める。

 

 

「では、さらばだ。縁があればまた会えるだろう」

 

 

 そのまま駆け出した男の背中を目で追った十六夜。

 男は思う。悔しいだろう。無念だろうと。

 皮肉げに笑って、最後に十六夜の顔を拝んでやろうと後ろを振り返った時、男の頭の中に疑問符が浮かぶ。

 

 

(笑っている……?)

 

 

 何が可笑しい、この場は完全に己の勝利。

 アレ(十六夜)は、まともに動く事さえ叶わない筈だろう?

 ならば何故───

 疑問は新たな疑問を呼び、男は完全に周囲の警戒を怠った、怠ってしまった。

 

 

 十六夜は彼女を見て、勝利を確信したのだ。

 彼女なら、今の状況を聞いていただろうし、理解していると思ったから。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「そこまでです! 神隠し!!!」

 

「─────ッ!?」

 

 

 突如、男の死角から強襲する影。

 その走力は十六夜と互角。第三宇宙速度で駆けてきた帝釈天の眷属。

 その健脚で、黒ウサギは男の右側頭部を蹴り飛ばした。

 男が吹き飛んだ影響か、子供達の動きは止まり、その隙に男は包囲網を突破する。

 

 

「……月の兎か、成る程。これまた大層なのが来たな」

 

 

 男は、何の痛痒も見せないまま起き上がる。

 だが黒ウサギの攻撃で右側頭部から流れる血が、確実にダメージを与えている事を如実に告げていた。

 故に畳み掛ける。

 黒ウサギはギフトカードから金剛杵を取り出し、十六夜は全力の跳躍で男に迫る。

 金剛杵に光が灯り、紫電が奔る。

 空気を裂く轟音と、視界を覆い尽くす雷に男はしない。いや、出来ないし、間に合わない。

 黒ウサギは勝利を確信する。

 例え、金剛杵の雷が外れようが、防がれようが問題はない。後に十六夜が控えているのだ。彼なら確実に男を倒せると信頼している。

 だが、────

 

 

 ───死ね。

 

 

 ───雷が男に当たるまでの数瞬、刹那の内に何かが聞こえた。

 

 

 ───みんな死んじゃえ。

 

 

 それは呪詛だ。万象を汚濁()で穢す、純粋なまでの殺意と凶念。

 三千世界の悉くを殺し尽くさんとする宣誓に他ならない。

 

 

 突如として吹き荒れる黒い風。

 風は男を覆い隠す。まるで大切な物を守る子女の様に。

 

 

「ふむ、彼女も心配性だな。事は上手く運んでいるというのに………」

 

「───ッ! 待て!!!!」

 

 

 此処で逃す訳には行かない。

 男は嗤って十六夜と黒ウサギを見る。

 

「ああ、そう言えば名乗ってなかったね。

 私の名はアリストテレス。

 まあ……縁があれば、また会えるだろうよ」

 

 

 アリストテレスは黒い風の中に消えた。

 空間転移か、それとも別の恩恵か。

 だが、どうでも良い。

 十六夜と黒ウサギはアリストテレスを取り逃がしてしまった。

 

 

 ☆★☆★☆

 

 

 景色が変わる。

 黒い風が腫れていく。

 視界に映るのは箱庭の北側に位置する、とある洞穴の岩場。

 アリストテレスは何の動揺もしないまま奥に進む。

 視界が開け、其処にはアリストテレスを呼び戻した少女がコミュニティ、“ウィル・オ・ウィスプ”製の玉座に座りながら、男を手招きする。

 

 

「些か、心配し過ぎではないか? 私ならばまだ問題はなかったのだが………」

 

「あら、現状を把握、更にその先を読み、活路を見出せと言ったのは貴方でしょ。私は言う通りに事を為しただけよ。何か問題が?」

 

「良いや、お前は私の教えた通りの事をしただけだ。確かに、今後の事を考えれば君の一手は英断だっだろう」

 

 

 少女達にとって、一人でも欠員が出る事は甚大な損失だ。それは計画にも多大な影響を及ぼし、失敗という可能性さえ出てくる。

 それだけは避けたい。何せ相手は白夜の魔王に火龍共、油断や慢心など百害あって一利なしだ。

 すると、少女は思い出したかの様にこう切り出した。

 

 

「ねえ、アリス。何であんな事をしたの?」

 

 

 またか、とアリストテレスは溜息を吐きながら、近くの岩場に座り込む。

 彼は目の前の少女に連れてこられるなり、質問攻めされていた。

 彼女は何時もそうだ。

 彼が何処かに行くと、必ず質問攻めを毎回行う。

 何処で何をしたのか、何を思ったのかを詳細に、事細かに説明させられている。

 それがどういう意図があるのかは分からない。

 

 

「あんな事とは?」

 

「連れ出した子供達の親の目前で嘲笑したりとかよ」

 

「見ていたのか」

 

 

 アリストテレスは苦笑しながら、少女を見つめる。

 少女はまるで子供の様にはしゃいでいた。楽しい、と心の底から思っている様だ。

 

 

「ふむ……強いて言うなら……」

 

 

 そう、強いて言うならば。

 

 

「何とも思っていないからだな」

 

「何とも思っていない?」

 

 

 少女にとって、その答えは予想外だったのか、目を丸くしていた。

 ならば何故、彼らを嘲笑った。何故───

 

 

「ああ、彼らには感情という感情を向けた事はない、というより向けるだけの関心が湧かんのだよ」

 

「それ、矛盾してないかしら?」

 

 

 そう、アリストテレスの言っている事は矛盾している。本当に感情を、関心を向けていないのであれば、あの様な行動なんて取れない筈だ。

 

 

「だから、だよ。自ら矛盾を冒さずには私の目的は果たせない。彼らには絶望してもらわねばならない。

 今の私に必要なのは悲劇。彼らには悲劇を演じてもらわねばならないのだ」

 

「………そろそろ貴方の目的、教えてくれても良いんじゃない?」

 

「まだ、その時ではないよ」

 

「またそうやってはぐらかす」

 

 

 何時もだ、何時も彼は目的の事を聞くと答えない。それ以外は何でも答えてくれたのに。

 

 

「貴方、そんなんだからヴェーザーやラッテンに嫌われるのよ。

 この前だってヴェーザーに『彼奴を信用するな』って念を押してきたんだから」

 

「これは手厳しいな。まあ、彼らには実績で示すとするよ。私が信用するに足る人物かどうかをね」

 

「期待しているわ、アリス」

 

「期待されているよ、ペスト」

 

 

 そう、準備は整っている。

 今回の出来事は全て前座。

 さあ、恐れ慄け。

 かの伝承はこの箱庭の地で紡がれる。

 さあ、“グリムグリモワール・ハーメルン(我ら)”の笛の音を聞くが良い。

 悪意の笛の音が鳴り響く。

 魔王襲来は近い。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。