オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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話の展開上必要だけど、原作と内容をあまり変えられなかったシーンは非常に悩みます。


第10話 森の賢王

 なだらかな丘を越え、小さな村が視界に入る。あそこを拠点にトブの大森林での採集を行う予定だ。視点は違えど、モモンはその村に見覚えがあった。

 もっとも、以前は村の外周を囲う丸太造りの柵などは無かった。自分が知るカルネ村とは少々様子が違う。それは漆黒の剣にとっても同じのようで、不審に思ったルクルットが全員に警戒を促した。阿吽の呼吸で奇襲を受けても反応できるよう気を引き締める者達。

 レジーナが隣にいるモモンにだけ聞こえるよう耳打ちをする。

 

(なるほどな)

 

 色々思い当たる節があったモモンはもはやほぼ警戒していなかったが、この時点で言及するのは不自然だ。一応警戒を装って村に接近する。

 

「旦那方、そこで止まってくだせえ。おおっと武器も手放すのをお忘れなく」

「ゴ、小鬼(ゴブリン)!?」

 

 丈の長い茂みから、一行を包囲する形で矢をつがえた小鬼(ゴブリン)が現れる。非戦闘員のンフィーレアを庇いながら抵抗するのは困難な状況だ。下手な行動を起こす前にモモンが口を開いた。

 

「みなさん、彼らの言う通りにしましょう。すぐにこちらを害するつもりは無いようですし」

「話が早くて助かりますぜ。特にあんたと隣のねーちゃんはヤバい雰囲気がプンプンする」

 

 圧倒的強者であるモモンの判断に、やや躊躇いつつも従う漆黒の剣。彼の怯えの無い態度に頼った行動だと言えばその通りだが、完全包囲された中で素人を無傷で守り抜く事が限りなく難しいことを彼らはよく知っている。穏便に済むならそれに越したことは無い。

 

 (あね)さんの判断を仰ぐから待っていろと離れた小鬼(ゴブリン)が連れて戻ったのは、ンフィーレアの幼馴染であり、アインズたちに命を救われたエンリ・エモットであった。

 

「急に来てって一体なんなの……ンフィー!?」

「エッ、エンリ!?」

 

 互いが違った理由の驚きに声を上げ、再武装の許可を得た一行は馬車を村の中へ引いていった。

 

 

 

 

 

 

「おじさんたちが……」

「うん……もしアインズ様たちが助けてくださらなかったら、私たちも村のみんなも命は無かったと思う」

 

 事の顛末を聞いたあと、好きな人を危険に晒して自分は何をやっていたのかと悔恨の念に駆られつつも、薬師でありながら錬金術士でもあるンフィーレアは謎の人物に考えを巡らせる。深手を瞬時に癒すポーション。話を聞く限りではブリタが持ち込んできた品と同一のようにも思える。神の血と言われるポーションの出元を探ったら全く違う所から似た物の情報が謎の人物と共に出てきた。

 あれ程の品が表立った話題にもならず数多く出回っているとは考えにくい。つまりモモンとアインズという人物は何らかの繋がりがある可能性が高い。ポーションの事を探るのが本来の目的だが、人のいい少年はそれよりもエンリを助けてくれた事の礼を伝えたかった。

 その一心が、か細い糸を辿るようにモモンの下へ足を運ばせた。

 

「これがお救いになった例の村っすか。随分辺鄙なとこっすね」

「確かに何も無い村だ。だがそれ故の利点もある。その片鱗はもう見えている」

「はー、流石はモモンさん。自分には想像もつかないっす」

 

 村を見下ろす小高い丘で佇む二人。モモンの肩越し後方に、丘を登ってきたンフィーレアが見えた。体力はあまり無いのか、息を乱して顔は紅潮している。何か言いたい事があるらしく、呼吸を整えると前髪に隠れた双眸がモモンを真っ直ぐ見据えた。

 

「モモンさん、モモンさんはアインズ様をご存知ですか」

「なっ! おま、それをどこでっ」

 

 種族特性による精神抑制が働くが、ンフィーレアは知る由も無い。

 

「……エンリ・エモットから聞いたのか。いやそれとも妹のネムか」

「え、ええ確かにエンリから聞きましたが……モモンさん、ネムを知っているんですか?」

「え」

 

(し、しまったあああああああ! モモンとしてネムにはまだ会っていなかった! 誤魔化すか? いや変に隠して警戒されるのはまずい)

 

 ホームラン級の大失態であった。精神抑制が断続的に発動するが、結論の出ていない動揺は中々おさまらない。聡いンフィーレアの事だ。これだけ情報が出揃えばモモンがアインズその人である事に気付くだろう。状況証拠が大半とは言え、言い逃れは苦しい窮地に陥っていた。

 

「モモンさんは……アインズ様、なんですね?」

「……ああ、そうだ」

 

 誤魔化すことは不可能と判断したモモンは両手を上げて降参のポーズを取る。

 

「エンリを助けてくれてありがとうございました」

「成り行きでな。ところで、私がアインズである事は秘密にしておいてくれるかね。こちらも色々事情があってな」

「分かりました。誰にも言いません」

 

 物分かりのいい奴で助かった。この際と思い、ポーションの件も軽く突いてみたところ知的好奇心以外に彼の動機は無く、悪用したりこちらへ害を及ぼすような考えは無いようだった。実力行使で排除する羽目になったら貴重な生まれながらの異能(タレント)持ちを失いかねない。内心胸を撫で下ろす。

 

 そのあと、準備の完了した漆黒の剣と村の入り口で合流し、一行はトブの大森林へと向かった。

 

 

 

 

 

 採集は順調だった。薬草の知識もあるダインがいる事で効率が上がり、瞬く間に荷運び用の台車は一杯になる。報酬も期待できそうな成果に自ずと全員の頬も緩んだが、そんな空気を一瞬で吹き飛ばす事態が彼らを襲った。

 

「静かに! ……やべぇなこりゃ。何かでかいのがすげぇ速さでこっちに真っ直ぐ向かってくる」

 

 地に伏せて付けた耳から音を拾うルクルット。声の硬さからも並々ならぬ緊張が窺い知れる。逃げ支度をしかけた一同だが、ルクルットの渋面を見て踏み止まる。

 

「森の賢王かも知んねぇ。けどこの足の速さは想定外だ。二分と経たねぇうちにぶつかるぞ」

「……撤退は間に合いませんね。方向はどちらから?」

「あっちだな。ってモモンさん、何を……?」

 

 指差された方へ抜剣して構えるモモンに意図を計りかねたルクルットが尋ねる。泳いだ視線はいますぐこの場から逃げ出したい心境が表れている。

 

「皆さんは少し距離を取って私の後方へ。レジーナ、彼らに被害が及ばないよう護衛に付け」

「りょーかいっす」

 

 敬礼をしながら昨日と変わらない明るい調子で返事をするレジーナ。自分たちに迫る危機をまるで感じていないその様子は森の賢王に対して彼女が何も知らないと声高に宣伝しているのと同じだった。遠方から最近エ・ランテルへ来たのだから仕方の無いこととは言え、無知は冒険者にとってときに命取りとなる。そしてそれと同程度、もしかしたらそれ以上に命取りになるのは、勇気ではなく蛮勇である。

 モモンの指示を聞いて、これから何をしようとしているのか理解した漆黒の剣は血の気を引かせた。

 

「モ、モモンさん! まさかあなたは森の賢王と対峙するおつもりですか!?」

「ええ、撤退が間に合わない以上生き延びるにはこの道しかありません。初撃はなんとしても私が止めますので隙を見て逃げてください」

「いくらなんでも無茶ですよ!」

「むっ!」

 

 森の中に重い金属音が響く。火花を散らしたグレートソードを構え直したモモンに慌てる様子は無い。

 

「なんだ!?」

「時間切れのようだな」

 

 本体よりも先に躍り出てきたのは蛇の鱗を纏ったような物体による高速の鞭だった。一直線に突っ込んでくる電光石火の一撃を身体能力にモノを言わせて弾いたのだが、それが見えていたのはモモンとレジーナだけだった。

 

『むむ! 今の一撃を回避するとは、やるでござるな』

「……ござる?」

 

 森に響く言葉尻に違和感を持ちながらも、警戒は怠らない。

 

「森の賢王か。怯えていないで姿を見せたらどうだ」

『不敵な奴でござる。まあ先の一撃を回避した力量に免じて安い挑発に乗ってやるでござるよ。さあ拙者の威容に恐れ慄くが良いでござる!』

 

 森の賢王が放つプレッシャーに、付近にいた獣や鳥が逃げ出す。それらの音は波紋のようにざわめきとなって広がっていく。静寂が訪れ、木々の間を抜けてついにその魔獣が姿を現した。腹部にはルーン文字に似た刻印が青白い輝きを纏って浮かび上がっている。

 

 漆黒の剣は思わず息を呑む。そして矢面に立つモモンは別の意味で不意を突かれて困惑していた。

 

「あー、お前の種族はその、ジャンガリアンハムスターとか言わないか」

「せ、拙者の同族を知っているのであれば是非教えてほしいでござる。子孫を残さねば生物として失格でござるがゆえに」

「いや、悪いが私の知っている種族とは子孫は作れないと思うぞ。サイズ的に」

「残念でござる……」

 

 しょげる巨大ハムスターを前にして、賢王と言う肩書きに期待していた自分が情けなくなってくる。この世界のことを色々聞けるのではないかと思っていたが、強さのスケールも違うようだし望み薄だ。

 

「では気をとり直して、命のやり取りをするでござるよ」

「ああ、うん……」

 

 ガッカリする気持ちに蓋をして、この場の目的を思い出す。森の賢王とまで謳われる魔獣は、名声を高める手段として最高のカードだ。とさっきまで思っていたのだが、巨大と言ってもハムスターをやっつけて自慢するのはどうなんだという気持ちが急に膨らんできた。

 いやいや、とかぶりを振って前向きに考える。と言うかそうしないと耐えられそうにない。漆黒の剣の反応を見る限りはコイツが森の賢王で間違い無さそうだし、倒してからの身の振り方は倒してからでもなんとでもなる。今は名前通りの脅威に相対しているものと思って演技をしなければならない。

 

「森の賢王よ、一騎打ちといこうじゃないか。後ろにいる彼らには手を出さないと約束しろ」

「ふむ、構わんでござるよ。ただしお主が死んだ後はその限りではござらんが」

「二言は無いな。ではいくぞ!」

 

 動物相手の口約束にどれだけの意味があるかとも思うが、少なくとも言質は取った。そしてこうしておけば最悪漆黒の剣に被害が出たとしても、悪いのは約束を破った卑怯な森の賢王ということになる。もっともレジーナに護衛を命じた以上万一にも彼らが傷付くことは無いだろうが、打てる手は万全に打っておくべきだ。

 レジーナが漆黒の剣の盾になる位置に移動したのを確認してから、肩にグレートソードを担いだまま、モモンは大地を蹴った。

 

 上段から振り抜く袈裟斬りを身を引いて躱し、変則的な軌道で襲い来る蛇状の尻尾を左のグレートソードで切り払う。またも金属音が鳴り響き、火花が散る。

 右の鋭い爪はグレートソードの腹に遮られる。両の爪で繰り出す連撃が全て弾かれると、次は攻守が入れ替わり縦横無尽に繰り出される斬撃を爪で叩き落とす。

 

 細かくターンが入れ替わる魔獣と剣士の攻防は高速で連続する金属音と共に、一つの生物のように他者の横入りを許さない。漆黒の剣達は逃げる隙を探るのも忘れて、その攻防に意識を奪われていた。

 

 斬り上げに体勢を崩した森の賢王。一際強く踏み込んだモモンの袈裟斬りを受けて、大きく後方へ転がった。向き直った目には未だ変わらぬ闘争心が感じられたが、左肩の辺りには出血で染まった赤い筋が走っていた。

 

 騒々しい森に≪サイレンス/静寂≫が発動したのかと思う程の戦闘の間隙。それがスイッチであったかのように漆黒の剣たちは歓声を上げた。

 

「うおおおおっ! 戦えてるじゃねーか!」

「い、いやそれどころか優勢だぞ!」

「モモン氏の力はこれほどであるか!」

 

 遭遇前の不安を一蹴したモモンの姿に、全員の思考は熱狂する。わずかな時間の内に交わされた攻防を捉えきる事は出来なかったが、魔獣へ距離を詰める様には余裕すら感じられた。

 

「拙者の毛皮を切り裂くとは、やるでござるな」

「フン、短い手足でよく防いだものだ」

 

 二者の間の空気が張り詰め、再び爪と剣が交差する。またも高速で打ち鳴らされる硬質な音がどれだけの時間続いただろうか。常人の目にも見て取れる変化が表れた。

 

 森の賢王の全身は血で赤く染まっている部分の方が多くなり、心なしか動作も緩慢になりつつある。決定的な深い一撃は無いものの、裂傷を負わせる斬撃がいくつも叩き込まれ相当な失血量になっていた。

 

「どうした? 動きに精彩が無いぞ」

「貧弱な人間とは思えない強さでござる! しかし拙者はまだ負けてないでござる!」

「ならばこれで……仕舞いだ!」

 

 二本のグレートソードの内の一本を上空へ投げると共に、両手持ちにした未だかつてない強烈な斬撃が森の賢王に迫った。強靭な爪で受け止めた瞬間、打ち込みの力が消失する。ただでさえ失血で集中力が切れやすい状態で虚を突かれた森の賢王は次の対処がワンテンポ遅れた。そしてそれはモモンに決定的な隙を晒すことになる。

 

 相手が剣を受け止めることを想定していたモモン。接触した瞬間に両手を離してさらに懐に入り込む。同時に地を強く踏み込み、繰り出したのは左のストレート。剣を受け止めるために立ち上がっていた姿勢の森の賢王の腹へ拳がめり込み、勢い後方へもんどりうって倒れる。

 上空から落ちてきたグレートソードが仰向けになった森の賢王の頭のすぐ上の地面に突き刺さり、もう一本が首元へ突きつけられた。

 

「大人しく負けを認めるならば命までは奪わんが、どうする?」

「せ、拙者の負けでござるよ。殿、これからは忠義を尽くすゆえ見逃して欲しいでござる」

 

 従属の意思を見せたのであれば、現地における配下と言っても差し支え無いだろう。特にこれからこいつには精々広告塔の役割をしてもらわなければならない。ただし、プレイヤースキルもたどたどしいレベル30強相当の即席戦士に真っ向戦闘で普通に負ける見た目巨大ハムスターのコイツが本当に世間的に脅威として認識されているならば、の話だが。もし鼻で笑われるような雑魚だったらどうしたものか。毛皮にしてアウラあたりにプレゼントしたら喜ぶかも知れない。

 しかし毛皮にするにしてもグレートソードでボロボロになってしまっていては値打ちも半減だ。ちょいちょいと手招きでレジーナを呼ぶ。

 

「なんすか? モモンさん」

「聞いての通り、森の賢王は私に下った。傷を癒してやれ」

「りょーかいっす! ≪ヒー……じゃなかった。えーっと、≪ミドル・キュアウーンズ/中傷治癒≫」

 

 掌を翳して第二位階の治癒魔法を発動させると、優しい光の欠片が森の賢王を包んだ。見る見るうちに傷口が閉じ、痛みも無くなったらしい。キョトンとした顔でふんすふんすと自分の体のあちこちの臭いを嗅いでいる。

 

 怒涛の展開に漆黒の剣は表情を引き攣らせていた。

 

「な、なあニニャ、さっきの治癒魔法って俺がよく見るのと違うけど」

「第二位階の治癒魔法ですね……良くて五千人に一人が使えるくらいの」

「レジーナ嬢は第三位階の魔法も修めていたはずであるが……」

「もうこの方たちは何をやってもおかしくないと悟りましたよ」

 

 かくして森の賢王はモモンの支配下に置かれることとなった。

 

 

 

 トブの大森林から無事に抜け出た一行は、改めて森の賢王の姿を見た。ここまで大人しくモモンに従っているが、傷が治癒しているためもし暴れられたら厄介極まりない。それにこれからカルネ村へ帰還するのだから、村を襲われて全滅なんてことになったら自分たちは全員縛り首になってもおかしくない。いまのところそれを止められそうなのは後ろにいるモモンとレジーナだけだ。彼らが余裕の態度で森の賢王の横にいてくれるからこそ、自分たちも恐怖に負けずじっくり観察することができる。

 

「これほどの魔獣、私たちだけなら成す術無く全滅していましたね」

「戦うっつったときはどうなるかと思ったけど、こうまで実力を見せつけられちゃレジーナちゃんが頼りにするのも納得だぜ」

 

 遭遇前の警戒は本気だったらしい。衝撃のコメントにモモンは頭をハンマーでぶっ叩かれたような感覚を覚える。お前らマジか。ジャンガリアンハムスターだぞ。ただデカいだけの。しかし彼らの森の賢王に対する評価はやはり高いようだ。一応念のために一押ししてみる。

 

「こ、このつぶらな瞳とかどちらかと言うとかわいいと思うが」

「いやいや、この恐ろしい眼光をかわいいとかないわ」

「圧倒的強者にのみ許された発言であるな」

 

 よく考えれば彼らもまたこの世界の住人なのだから、強さのスケールが違うのは当然と言えば当然だ。自分の感覚がおかしいのだろうか。救いを求める気持ちで隣のレジーナにも聞いてみる。

 

「……レジーナはどう思う」

「強さは置いといて、気合いの入った目っすね。それと、まるまるしてて食べ応えがありそうっす」

「ひいぃ、食べないでほしいでござるよ! これからは殿のために忠義を尽くす所存でござるがゆえに」

 

 ビビって身を縮める森の賢王。一方漆黒の剣は豪胆としか言えないレジーナの発言に顔を青くしていた。このあと荷物の整理のためにカルネ村へ戻ったのだが、案の定と言うか村人たちにも森の賢王は相当な脅威のようで、怯える村人へ配慮せずに連れ回す訳にもいかなかった。

 結局森の賢王は村を囲う柵の外でエ・ランテルへの出発の準備が整うまで暇を潰すことになった。




今回の捏造について。
ルプスレギナは≪ヒール/大治癒≫が使えるので、その下位魔法も使えるかな、と。
≪ライト・ヒーリング/軽傷治癒≫では充分に回復が出来ないので、森の賢王結構深手です。

2018.11.3 行間を調整しました。
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