オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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第15話 英雄の凱旋

 まだカジットが存命で、100%の本気を出していない頃。少し離れた場所で近接戦闘を行う二つの人影があった。一方はショートレンジ向きのスティレットを持った軽装の女。もう一方は大の男が両手で扱うのにも持て余しそうなグレートソードを、事もあろうか二刀流にした漆黒の全身鎧(フルプレートアーマー)

 なぎ払いと突きの猛攻をかいくぐって打ち込まれる刺突を回避して距離を取り、再び三たび、とぶつかる。そんな戦いを暴風のごとき勢いで繰り返していた。

 やがて呆れた声が女から発せられる。

 

「なーんか妙だよねぇ。その装備に負けてないくらい打ち込みの威力はある癖に、剣士としての技量はド素人同然。なんなのアンタ」

「実際やり合ってみないと分からないものだな……この世界特有の剣技とかがあるのか?」

 

 後半は独り言だったが、それが相手の癇に障ったらしく、イラつきを隠そうともしないクレマンティーヌが殺気を叩きつけてくる。

 

「独りで何ゴチャゴチャ言ってんだテメェ。連れの女は可哀想に、多分いま頃泣き入れてるよー」

 

 咆哮が響いた後、遠目に鈍い銀色の竜が見える。

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)か」

「ありゃ、あんま驚かないね。つまんなーい。まあ魔法詠唱者(マジックキャスター)には天敵だし、単独で勝つには少なくとも(ゴールド)級以上の冒険者じゃないとねー」

 

 鎧兜の中では苦笑が漏れる。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はユグドラシルではレベル16の中型雑魚モンスターだ。確かに『冒険者レジーナ』には荷が勝つかも知れないが、相性の良し悪しを考慮に入れてもレベル59の『ルプスレギナ』の敵ではない。それより、あれで(ゴールド)級冒険者相当と言うなら最上位のアダマンタイト級の地位も思っていたよりもあっさり手に入るのではないだろうか。

 しばらくすると、モモンの特殊技術(スキル)≪死者の祝福≫に引っかかる反応がもう一つ現れる。方角と規模からして二体目の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)。さっきの口ぶりでは一体召喚でもそれなりの脅威だと認識されているようだった。あの血色の悪い男が少なくとも(ゴールド)級冒険者以上の実力者ということなのだろうか。それとも何か隠し球があったのかも知れない。やはり警戒をしておくに越したことはないと気を引き締める。

 

「何、私の連れについては心配いらない。それよりこちらに集中しなくていいのか? そろそろ終わらせよう」

「あーん? なめたこと言ってくれんじゃねーか。そんならお望み通り終わらせてやるよ」

 

≪疾風走破≫≪超回避≫≪能力向上≫≪能力超向上≫

 

 異様に低い、クラウチングスタートの体勢を取ったクレマンティーヌは自身のありったけの武技を発動させる。さっきからの小競り合いでも要所要所で≪不落要塞≫と≪流水加速≫を使用していたが、四つ同時発動は先制に全力を込めて一撃で沈める、クレマンティーヌ渾身の一手だ。

 自分が負けるとは露ほども思っていないが、相手の余裕がまるで揺るがないのは気に掛かった。下手に追い詰めて危険な切り札があったらマズい。ならば現時点でさっさと仕留めてしまうのが良策。

 冒険者の考えに通じるものがあるが、クレマンティーヌは自身の戦闘経験で独自にこの考えに至った。

 

「いっくよ〜」

 

 常人には瞬間移動したように感じられる速度での突進。視認すらも困難なスピードに目の前の戦士はすかさず二刀での薙ぎ払いを交差させてくる。

 

(っ! どんな反射神経してんの……け、ど、甘いっ)

 

 さらに≪流水加速≫を発動させ、刺突後の隙を無理矢理無くす。二刀を抜けたのを確信すると、腰からもう一本のスティレットを引き抜き全身鎧(フルプレートアーマー)の弱点の一つである面のスリットへ一本、もう一本と突き入れた。

 

「所詮このクレマンティーヌ様に敵うわけがねぇーんだよぉ! アーッハハハハハァー!!」

 

 武器にストックしておいた≪ファイヤーボール/火球≫と≪ライトニング/電撃≫を炸裂させて内部から全身を破壊させる。物理と魔法、一点と全体。最短で最強の手を叩き込むクレマンティーヌの必殺の連撃。元々これは一人の男へ叩き込むために試行錯誤の末辿り着いた答えだった。英雄級と言われる男と対峙する前にテストができたことは僥倖と言うべきだったが。

 

 唯一の不幸は、いま対峙している相手の本質を看破出来なかったこと。確実に仕留めた筈の相手が両腕を回し、クレマンティーヌを羽交い締めにする。

 

「なっ!? テメェ、あれ食らってなんで生きてやがる!」

「見事だ。戦士としての技量は間違い無くお前の方が圧倒的に上だ。切り札の属性も汎用性の高い組み合わせを考えているな」

 

 拘束から逃れようと暴れるが、全身鎧(フルプレートアーマー)は微動だにしない。発声をしているという事は、まだこれ以上に締め上げる余力があるということ。血の気が引くのを感じる。

 

「答え合わせといこう」

 

 全身鎧(フルプレートアーマー)がつむじ風を伴って消え去ると、そこにはローブを羽織った骨の顔があった。

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)!?」

 

 驚愕の表情を見せたクレマンティーヌはなおも必死に逃れようと力を込めた。僅かに緩んだ拘束の隙を逃さず真上に飛び抜けながら両足を引き上げ、相手の顔面目掛けて両足で蹴りを放った。鋼鉄の塊を蹴ったのかと思う程硬い反動が返ってくる。さっきの刺突と密着した二発の第三位階魔法が効かないヤツなのだから、体術でどうにかできる訳も無い。

 だがそれで良かった。目的はダメージを与えることではなく、反動で距離を取って逃げる事なのだから。着地と同時に武技を発動させて、脇目も振らずに街の方へ走る。街がパニックになれば人ごみに紛れて逃走の成功率は飛躍的に上がる。元々カジットの召喚魔法で死都にするつもりだったのだから、過程はどうあれ結果は同じ。赤の他人がどうなろうが自分には関係無いのだ。

 

 捻った体が弧を描いて天地が逆さまになる。このままいけば着地も完璧。地に着いた瞬間走り出せる体勢になる。

 冷や汗が引くのを感じたクレマンティーヌ。一瞬意識が途切れたと思うと顔に、腹に、足にヒヤリとした感触があった。全身の感覚が鈍い。視界も真っ暗だ。

 

「な……ああ?」

「おや、着地は失敗かね。惜しいな、なかなかのウルトラCだったのに」

 

 頭の斜め後ろからくっくっと笑いを押し込めた声が聞こえる。さっきの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の声だ。四肢に力を込めても、ピクリとも動かない。辛うじて首が動いたのでうつ伏せから顔だけを上げて口に入った砂を吐き出した。視界には入らないものの恨みがましい声を投げる。

 

「テメェ、何しやがった……」

「大したことではないさ。≪タイム・ストップ/時間停止≫で停止時間中に回り込み、解除のタイミングに合わせて≪タッチ・オブ・アンデス/不死者の接触≫で麻痺させただけだ」

 

 戦いの中で思考停止するような精神はとうに持ち合わせていないクレマンティーヌだが、アインズのこの発言を前にして頭の芯に氷柱を突っ込まれたような感覚に襲われる。

 魔法は専門外の自分でも、時間停止なんて本当にあるかも疑わしい伝説級の魔法だと分かる。法国の秘宝を漁ればあるいは情報の断片くらいは掴めるかも知れないが。

 ある訳がないと理性は言うが、いまの自分の無様さは化物の言を肯定する。確かにこの状況はそれこそ時間でも止められたとしか説明が付きそうにない。

 

「まあ、それはいい。大事なのは結果だ。そうだろう?」

 

 結果。いまの結果。相手は実力を隠した伝説級の化け物でした。あわれクレマンティーヌは全身を動かすことが出来ず、目の前の化け物に生殺与奪権を奪われてしまいました。

 

 相手のふざけた強さと自分のバカさ加減に怒りが湧いてくるが、何を思おうが結果は変わらない。問題はここからどうするか。どうすれば生き残れるかだ。だが頭をフル回転させても、体が動かないことにはどうしようもないという結論に堂々巡りする。

 

「そこで提案なんだが、私たちの協力者にならないか」

「はぁ?」

「我々は身の安全のために情報が欲しい。人間の裏社会を探る人手を必要としている」

 

 この状況で『提案』とはよく言ったものだ。だが対話の余地があることは分かった。

 

「それで? 私はアンデッドにでもされちゃう訳?」

「まさか。それでは質問した意味が無い。これでも私は信賞必罰を是としていてね。成果を出せばそれに応じた報酬も出そうじゃないか。いまなら前金代わりにこの場の命も助かるぞ」

「『この場の』ね……まあ贅沢言えないか」

 

 これまで生殺与奪の権利を握る側だったからこそよく分かる。このアンデッドはクレマンティーヌという個に執着していない。役に立てば儲けもの、邪魔になるなら消す。その程度のシンプルなスタンスでこの話を持ち掛けている。極めてビジネスライク。であればこそ契約を守っている内は下手に手を出してくることも無いだろう。

 

「それで、私に何をやれっての?」

「さっき言ったように裏社会の情報収集だ。特に強者については裏も表も問わず情報が欲しい。しばらくはこのエ・ランテルに滞在するが、河岸を変えることがあれば付いてきてもらうとしよう」

 

 しばらく滞在。追手の掛かっている身としては歓迎できない。かと言って既に面倒事を背負い込んでいると知れればこの場で全てが終わる展開もあり得る。

 追手が諦めるまで逃げるつもりではあったが、いまついさっき事情は変わった。強者の情報を欲しているこの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は、認めたくはないが自分が手も足も出ないくらい異常な強さだ。それなら、うまく立ち回って追手をこいつにぶつければ、労せずして片を付けることができる。

 それに(なが)く存在するアンデッドの中には強力な魔法道具(マジックアイテム)を所持していて、交渉次第で人間にそれを提供する個体も僅かながらいると聞いたことがある。いまの戦法が間違っているとは思わないが、必ず殺すと決めている男に必勝かと言うと断言はできない。

 人智を超えた才を持つ者に勝つには、装備でも思考でも、こちらも人智を超えなければならない。

 

 腹は決まった。あとはこの交渉と言えない交渉をどう持って行くか。交渉は相手に飲まれたら負けだ。力技に出ても勝てないのは明らかだが、向こうが形だけでも交渉の体で話をしてくれている以上はそのセオリーは生きていると見ていいだろう。少しでもこちらに被害の少ない結果を導くには、もっと相手の意図を汲まなくてはならない。そのためには情報が必要だ。慎重に言葉を選ぶ。

 

「それはいいんだけどさー、自分で言うのもなんだけど私、極悪人だよー? 死の螺旋も正直アンタら来なかったら今頃は……」

「死の螺旋? ああ儀式の名称か。そういえばその死の螺旋だが、犯人は数名の魔法詠唱者(マジックキャスター)一味、主犯は細身の顔色が悪い男でいいのかな」

 

 この件については見逃す。と言うか事実を闇に葬るつもりか。信賞必罰とは言っていたが、やはり人間とは違う倫理観の持ち主なのか、徹底した実利主義者なのか。あるいはその両方。

 何にしても地下神殿に百五十を超える動く死体(ゾンビ)を溜め込んでも気付かれないザル警備の墓地、目撃者もおらず事件と自分を繋ぐ事実を知っている相手はそれを公表するつもりが無い。なら何も問題は無いはずだ。

 

「おっけー、そんでいいよ。集めた情報はどこに?」

「私は冒険者モモンとして行動している。人目に触れないように注意して適宜連絡をくれればいい。それと言うまでもないだろうが我々の正体を無闇に話すことは当然禁止だ。代償は言わなくても分かるな?」

「死人に口無し、って?」

「いいや? 殺すようなことはしない。私の部下に拷問官がいてな。彼、いや彼女……? とにかくそいつに引き渡して、死亡も発狂もしない責め苦を飽きるまで続けさせるだけだ」

 

 口を割らせるのではなく、痛め付けることを目的とした拷問。苦痛のあまり死を懇願する者を何度も見てきたクレマンティーヌの顔色が悪くなる。だがそれでも、元より取れる選択肢など無いに等しかったのだ。とにかくこの場は首を縦に振るより無かった。

 

 話が落ち着いた頃、遠くから聞こえる振動がある。進んできた方向から二メートルくらいの毛玉がそこそこのスピードで近付いてくる。

 

「うわっ、何あれちょっと、嘘でしょ、止まれ! 止まれェ!」

「殿〜! このハムスケ遅れ馳せながら助太刀をうわああああ! 骨のオバケがいるでござるぅうううう」

 

 どざざざざーと走ってきた勢いのまま頭を地面に擦り付けてスライディングしながら萎縮する巨大ジャンガリアンハムスター。

 ガタガタ震えて小さくなっている様はかつての森の賢王などという呼称の見る影も無い。そもそもこいつこの問題解決能力の無さでよくいままで野生で生きてこられたなと生態への疑問を一つ増やしながらアインズはため息を吐いた。

 

「ハムスケ、落ち着け。私だ。モモンだ」

「……えっ。た、確かにこのお声は殿! なにゆえそのようなお姿に成り果ててむぎゅっ」

「滅多なコト言うもんじゃないっすよ。アインズ様の真のお姿を拝謁賜って光栄に思いなさい」

 

 完全不可視化を発動させながらいつの間にかハムスケと一緒に来ていたルプスレギナが軽くチョップしながら叱る。聞いてみるとカジットとかいう男はルプスレギナが仕留めたらしい。組合へ首謀者として回収される役目はそいつに引き受けてもらうことにした。実際召喚魔法を発動したのはそいつなのだし。

 

「殿、あいんずさま……とは」

「ああ、そういえば名乗っていなかったな。私の本当の名はアインズ・ウール・ゴウンと言う」

 

 ハムスケがアインズにほえーと驚きと感心の視線を送っている横で、ルプスレギナが辺りを見回している。まだ何かが潜んでいるのか、しかしアインズの特殊技術(スキル)≪死者の祝福≫に反応は無い。では嗅覚で何か違和感を拾ったか。何にしても聞いた方が早い。

 

「ルプスレギナ、どうした?」

「あ、はい。アインズ様が始末なさった人間の死体が見当たらなくて、臭いはあるのにどうしたのかな~と思いまして」

「あ」

 

 ルプスレギナの嗅覚と、穴掘りに自信のあったハムスケのお陰で麻痺したまま土に埋もれて窒息寸前だったクレマンティーヌは無事に引き上げられた。

 

 ≪ヒール/大治癒≫でクレマンティーヌの麻痺を回復させるようルプスレギナに指示を残し、独りで今は捕らわれたンフィーレア以外誰もいない地下室へ降りていく。

 

 目を潰されていたのはルプスレギナにあとで回復させることにした。頭に装着させられていたレアアイテムは正直ちょっと欲しかったが、魔法で調べたところ普通に外せば発狂するという特性があったため諦めて破壊する。

 あらゆるマジックアイテムを使用できる生まれながらの異能(タレント)と、ポーション補給の糸口になるかも知れない薬師兼錬金術士。使うあても無いアイテムのコレクションと引き換えにするには貴重過ぎる。そして依頼を故意に失敗するのはアインズ・ウール・ゴウンの名に泥を塗るような行為だ。それは自分を許せない。

 ンフィーレアを肩に担いで地上へ出てきたアインズに、中に入れず待機していたハムスケが駆け寄り、鼻をふんすか鳴らす。

 

「殿! 真のお姿は魔法詠唱者(マジックキャスター)であられたとは、このハムスケさらなる忠義を尽くすでござる!」

「…………あっそ」

 

 魔獣との気の抜けたやり取りの横で、麻痺から回復したクレマンティーヌが顔を青くしていた。

 

「……ねえ、その肩に担いでるやつ救出の依頼受けてる?」

「そうだが?」

「え、叡者の額冠は? あー、その頭に付けてたサークレットなんだけど、もしかしなくても外しちゃった? 外しちゃったよね?」

 

 完全に伝え忘れていた。あれを外せば装着者が発狂するのは知っている。もしそのためにアインズの機嫌を損ねたら、さっきの交渉は丸々無駄になる。幸いンフィーレアは気を失っているためいま即座に露見する事ではないが、時間の問題だ。

 明らかに動揺しているクレマンティーヌ。少し考えてアインズはその理由に行き着いた。

 

「ああ……大丈夫だ。サークレットは破壊した」

「え?」

「破壊したと言ったんだ。彼は正気のままだ」

 

 良かった。一体今夜は何回死線をくくればいいのか。それも戦闘中のではなく、会話一つで死亡確定なんて流石に剣士のプライドが許さない。

 どうせならリスクのある話はこの際まとめて解決しておいた方がいいか。

 

「あとさー、それ攫ってくるときに同行してた冒険者チームと一悶着あったんだけどやっぱマズいよねえ?」

 

 できる限り大したことではないような雰囲気で言ってみる。墓地でこいつが名乗ったモモンという名をあの冒険者チームの一人が呼んでいた。所在が知れており、助けを呼べば来てくれると思える間柄。同じチームではないにしても険悪ではない繋がりがあると見ていいだろう。直接的な人的被害は出していないにしても、彼らが騒いで自分に手配でも掛かったら、法国の連中の警戒網にも引っ掛かるのは時間の問題だ。最悪、そうなる前にこの世から消えてもらわなければならない。

 そこで恐ろしいのが、彼らがアインズにとって必要な存在だった場合だ。生きる目があるとは言え、法国の追手を正面切って迎え撃たなければならないのがほぼ確定してしまう。

 

「漆黒の剣か。被害は無かったようだし、死の螺旋を阻止するための偽装だったとでも口裏を合わせておけば良かろう」

「あ、そう? んじゃそういうことにしとこう。あのコたちにはアンタが言っといてねー」

 

 かなり苦しいとは思うが、儀式の詳細は専門外の彼らには分からない。証拠も無いなら押し通せない事も無いだろうとアインズは判断した。森の賢王を捻じ伏せた話題ついでに今夜の事件も評判を上げるにはプラスになるだろう。どうせクレマンティーヌは表立って冒険者になる訳でもないし、手柄を持って行かれる心配も無い。

 

 不意に、ぐるると喉鳴りのような音が聞こえた。もしかして何かアンデッドの打ち漏らしでもあったのか。ぐるりと周囲を見渡すが、動く者は自分たち以外に見当たらない。では野犬の類か。それなら野生の勘でハムスケが気付きそうなものだが。と、ハムスケを見るとまたも小さくなって怯えている。何をしに来たのかすこぶる疑問であった。

 

「ハムスケ、私だと言っただろう。取って食う訳ではなし、そう怯えることもないだろう」

「と、殿は何も感じなかったでござるか? 流石は殿でござる。拙者はさっきから髭がビビっとなって直らんでござるよ。とにかくあの方をどうにかして欲しいでござる」

 

 ぷるぷる震える短い手で指し示した先には、ガンの飛ばし合いをするルプスレギナとクレマンティーヌがいた。傍から見ると修道女が絡まれているようにしか見えないが。ルプスレギナの第一声は火に油を注ぐものだった。

 

「アインズ様、この失礼な女をぶっ殺してもよろしいですか?」

「まだ言うかテメェ」

 

 クレマンティーヌが睨み返せたのは、ルプスレギナが本気の殺気を抑えに抑えているからだ。表情は至って穏やかな微笑みを浮かべているが、このセリフが出る辺りを見るに相当腹に据えかねているらしい。いつも飄々とした彼女にしては珍しいが、至高の御方々にどこの馬の骨とも知れない人間の女が馴れ馴れしい口を叩いていると聞けば、ナザリックに属する大半の者はその反応が正しいと支持することだろう。

 そんな事情を知る由もないクレマンティーヌは、喧嘩を売られた程度に考えているのか、挑発的に腰のスティレットを弄んでいる。

 

 麻痺を治してもらったことで仲良くなるきっかけになるんじゃないかと思っていたアインズからすれば頭を抱えたくなる展開だった。

 

 女二人の間に見えないスパークが火花を散らす。一触即発の雰囲気にハムスケは全身の毛を逆立てながら怯えて縮こまっているし、本当にこの魔獣が役に立つのか不安になってきた。

 

「やめろ。こいつは貴重な情報源になり得る。そしてクレマンティーヌ、このルプスレギナはお前よりもはるかに強い。早死にしたくなければ蛮勇は控えることだ」

「それがアインズ様のお望みなら」

「ほんとぉ? マジみたいね……ったく、これまで私と張り合える奴なんか片手で足りるくらいだったのに、今日は次から次へとなんなのよ全く」

 

 果たして自分が地下へ潜っている短い時間に何があったのか。とにかく、ルプスレギナの反応からしてクレマンティーヌを軽々にナザリックの者と接触させるのは避けた方が良さそうだ。とにかくいつまでもここにいる訳にもいかない。≪クリエイト・グレーター・アイテム/上位道具創造≫でまたも漆黒の剣士に姿を変えたモモン。凱旋だ。

 

「了解っす! モモンさん!」

「と、殿〜! 置いて行かないで欲しいでござるよ〜!」

 

 緋色のマントを風にはためかせ、漆黒の英雄は墓地を後にする。斃された死者は再び地に還り、踏みしめる土は悪夢の微睡みを払うように固い感触を返してくる。

 その一夜の内にモモン達冒険者一行、通称『漆黒』の名はエ・ランテル冒険者組合において知らぬ者がいない存在になる。

 

「あの、アダマンタイトみたいに硬い鎧が、魔法で作った物? あは、は……」

 

 一人墓地に残されたクレマンティーヌは、自分の中の常識がまた一つ音を立てて崩れていくのを感じながら、しばらく立ち尽くしていた。




 汚名を全部被る形になったカジットが少々不憫に思えなくもない。

11/22 誤字指摘の適用と行頭のスペース抜けを追加しました。
2019.3.3 指摘のあったモモンの滞在場所の記述を修正しました。
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