真正面に立ち尽くす存在以外にも意識を向けると、ここは先ほどまでいたのと同じナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。
(サーバーダウンが延期されたのか?)
だとしたら何か通知が飛んできそうなものだ。メッセージコンソールを確認するため、右手を開いて自分の胸元あたりから床と水平方向に振り、ショートカットのコマンドアクションを取る。反応は無い。
不思議に思って試してみるが、他のコンソールも全く開かない。
ぶくぶく茶釜を見やると、モモンガと同じくコンソールを出そうと奮闘していたのか、先ほどからうねうねしていた動きを止めてこちらに向き合う。目はないけれど視線が合ったような気がする。
「茶釜さん、こっちコンソールが出ないんですけど」
「私もです。GMコールは?」
「ああ今やってみましたけど反応無しですね」
「「………………」」
沈黙が下りる。互いに今の状況は不可解であるということ、そして同じ症状なのであれば個々のデバイスが故障しているといったことでもないらしい。
かと言って運営側の問題なのかは確認する術が無い。完全に手詰まりだった。
沈黙を破ったのは意外な人物だ。
「いかが、なさいましたか? モモンガ様」
声のした方へ同時に振り向くと、心配そうにこちらの様子を窺っているアルベドがいた。
骨と肉は有りもしない目を合わせる。と思うといやいやと首を振り、またアルベドへ向き直る。そのシンクロした動きは、二人の疑問を雄弁に物語っている。
((……スクリプトか何か? いやいや、だとしても今のは無理でしょう。え、じゃあ何? 神アップデート?))
ナザリック地下大墳墓の支配者達に見つめられたアルベドは、驚いたのか僅かに身を震わせ、ひそひそ話をしている主人達へ微笑みながら言葉を渡す。
「何かお困りであれば、私に出来ることであればなんなりとお命じ下さい」
「……GMコールが利かないようだ」
「GMコール……ですか。申し訳ございません、モモンガ様。私はそのGMコールと仰るものについての答えを有しておりません。至高の御方のご要望に対してお応えできないなど、守護者統括として恥ずべきこと。如何様にも罰をお与えくださいませ!」
「よい。アルベドよ、私はお前の全てを許そう。茶釜さん、メッセージは使えますか?」
「発動するんでしょうか。まあ連絡用の魔法だし危険は無いでしょうからとりあえずやってみましょうか。≪メッセージ/伝言≫」
深く考えず補助魔法を詠唱する。自分の中にある力が糸のように伸びていく感覚。理屈ではなく、感覚で理解する。糸が届いた感触に、ぶくぶく茶釜は魔法が自身の意図した通りに発動したことを確信した。
『モモンガさん、聞こえますか?』
『はい、繋がったときの感覚も分かりましたよ。問題無さそうですね』
『そうですね。ってモモンガさんアルベドまだ跪いてるんですけど。一向に立つ気配無いし声かけた方がよろしいのでは』
『うわ本当だ。すみませんフォローお願いします! あとメッセージはとりあえず繋いだままにしておきましょう。その方が都合がいいですし』
『了解ですー』
「モモンガさん別に怒ってないから大丈夫だよ。ほら立ちなさいなアルベド」
「お、お二方の……慈悲深きお心に、感謝……致します」
声が震えていた。ゆっくりと、それでいて優雅な動きで立ち上がったアルベド。顔を上げると金色の瞳を湛えた双眸から溢れたものが頬を濡らしていた。
────涙。
(え、今の泣く要素あった!?)と内心慌てる支配者達を他所に、アルベドが口を開いた。
「本当に───ああ、本当にご帰還なされたのですねぶくぶく茶釜様。至高の御方々が次々と、ついにはぶくぶく茶釜様もこの地を去られ、モモンガ様だけが残られました。不敬ながら、私達は最後に残られたモモンガ様さえもいつかはと恐々としておりました。さらには他の至高の御方々はもう戻られないのではないかと────」
吐露を続ける彼女の涙はなおも止まらない。
「ですが、それはやはり私の浅はかな考えでした。今こうして、ぶくぶく茶釜様はご帰還なされました。そして以前と変わらぬご慈愛をお持ちです。至高の御方々に疑念を持ってしまった私に、是非とも払拭のご機会をいただきたく思います。ぶくぶく茶釜様、晴れてのご帰還お喜び申し上げます」
もはやそこに悲壮な雰囲気は無く、晴れ晴れとした満面の笑顔があった。
妖艶とも言うべき美貌の持ち主である彼女の笑顔は、それこそ大輪の花が咲いたと言うに相応しいものだった。
「ア、アルベド、その、ごめんね? 長らくこっちに来れなくなっちゃって」
「いいえ、私に謝罪などは不要です! 私達は至高の御方々にお仕えすることこそが至上の喜びでございます!」
お、おおう、などとおっかなびっくり対応しているぶくぶく茶釜と、嬉々としてあれこれ世話を焼こうとするアルベドを眺めるモモンガ。自分でも驚くほど思考は冷静で、観察から分かったことを整理する。
今も目の前の二人が繰り広げている会話に、プログラムされた定型のような返しは無い。村の入り口に立っている老人が何度も『ここは○○村じゃ』と言ってたりするアレだ。
ぶくぶく茶釜の言葉に対して齟齬無く応えている。あまつさえその雰囲気から心中を察してフォローまで入れる様子すら見られる。
そしてその外観。口が動いている。ユグドラシルではやれば出来ないことはなかったが、仕組みは人形劇と同じようなものだ。リアルタイムのアドリブ会話で実用するのはまず不可能。
さらにはその一挙手一投足、あまりにも自然過ぎる。確かに待機時などはランダム発生のモーションなどはあったはずだが、今のアルベドには無駄な動きが多い。普通、歩きのモーションなどは決められた動きを最短で行う。だが目の前の光景は全くそれに当てはまらない。
ボディーランゲージを交えて自分の忠誠をぶくぶく茶釜に滔々と語る様はどう見ても一個の生物として存在しているように見える。
(って茶釜さん普通に会話してるし……具体的な辻褄合わせしてないのに核心に触れずにアルベドの追及躱してるのもすごいけど、今の状況には動じてないのかなこの人)
リアルでは声優であるぶくぶく茶釜のことだ。場慣れしていたりアドリブの話術には強いのかも知れない。少し心強さを感じるとともに、ボロが出て襲いかかられたりしないかとハラハラしつつもモモンガは自分の中で結論付ける。
(他の状況が分からない以上、一旦はロールプレイの時のキャラは維持して振る舞った方が良さそうだな。茶釜さんは確か声ちょっと作ってる程度でキャラは大してロールしないタイプだったから、話の口裏を合わせておけば大丈夫かな? 次に確認するべきことは……)
「アルベドよ。こちらへ来い」
「はい、モモンガ様」
ぶくぶく茶釜も流石に話すネタに限界が来ていたらしく、モモンガの呼びかけに応じて離れていく彼女にほっとしている様子だった。
「
玉座の側にアルベドが寄ると、モモンガは立ち上がり、純白のロンググローブに包まれた手を取る。
「モ、モモンガ様! ああ……
陶然とした表情を浮かべ、腰の羽がパタパタと揺れている。
「脱がすぞ」
「……えっ」
耳を疑う主人の言葉に理解が及ぶ前に、骨の手で引き脱がされた布の下から、白磁のような素肌が晒される。
「モモモモモモンガ様いいいい一体何ををを」
顔を紅潮させて軽くパニックになっているアルベドを他所に、モモンガは手首を返して脈をはかる。
(脈がある)
どんどん早くなっている気がするが、問題はそこでは無い。次に検証するべき方法を考えると、色んな意味でアウトなやつなので、どうするべきか悩む。特にぶくぶく茶釜のいる場でやるのは非常に躊躇われた。
「……後でいいか」
「はい? な……なんでしょうか」
軽く目を回しているアルベドが蚊の鳴くような声で尋ねる。
「い、いや。なんでもないで……なんでもない。それより、今はそれどころではない。ナザリックの危機だ。守護者統括アルベドよ」
自身が至高の存在から賜った地位を口にされ、アルベドはすぐさま冷静になり、危機についての主人の言を一言一句聞き逃すまいと居住まいを正す。
モモンガは深い息を吐いた。
「アルベド、現在我々は未知の事態に巻き込まれている。調査が必要だ。セバス!」
「はっ」
白髪にダークスーツを着こなした紳士然とした男が一歩前に出る。主人へ捧げた礼は万人の手本となるような完成された動作だった。
「セバス、ナザリック地下大墳墓を出て周囲一キロ内の様子を探れ。知的生命体がいれば、なるべく友好的に接して情報を引き出せ。異形種に抵抗が無いようならここまで連れてきても構わない。脅威になる存在がいれば即時撤退せよ。万一のための
「ソリュシャン・イプシロン、御身の前に」
セバスの後に続き整列していたプレアデスから、金髪縦ロールの美女が歩み出る。胸元を開いたデザインのメイド服が、モデル体型に見事にマッチしている。太腿から下へは騎士鎧からでも取ってきたのかと思うような純銀のグリーブが覆っている。
「ソリュシャン、聞いての通りだ。隠密と索敵能力に長けた
「かしこまりました」
ソリュシャン・イプシロンは優雅な動作で礼をする。
「万一の場合は最悪ソリュシャンを逃せ。私はナザリック内でやるべき事がある。セバスとソリュシャンはすぐ取り掛かってくれ」
「はっ。ただちに」
「それと……」
中空へ手を伸ばすモーションでアイテム携行用の
取り出した二つの
「≪メッセージ/伝言≫は少なくとも機能するようなので、
「かしこまりました。失礼致します」
それを恭しく受け取ったセバスとソリュシャンが先んじて退室する。
「他の
アルベドの首肯を確認し、自分の指に輝く指輪を見る。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。ギルメンに行き渡るよう百個だけ製作されたアイテムなのだが、メンバーが途中で増えなくなったために結局その半分以上は眠ったままだ。
その効果は、ナザリック内であればどこへでも無制限の転移が出来るというものだ。拠点内に配置した
それを無制限に使用可能となれば、絶対に奪われてはならない至宝のひとつと言っても過言ではないだろう。
「茶釜さん、リングはありますか?」
話を振られたぶくぶく茶釜がもぞもぞ蠢めくと、スライム状の体内から絞り出すようにモモンガと同じデザインの指輪が宝玉を覗かせた。
「大丈夫みたいです」
『ってモモンガさんこれどうやって使うか分からないんですけど!』
『俺も分かりません! とりあえず今更引っ込みつかないし俺の私室イメージしながら指輪に目力込めてみましょう!』
視界がぼやけたかと思うと、モモンガとぶくぶく茶釜が立っているのは第九階層に配置されたギルメンのためのロイヤルスイート。その内のひとつであるモモンガの私室だった。ぐるりと見渡すが、部屋付きのメイドもいなければ、不可視化したシモベが潜んでいるといったことも無いようだ。アルベドに人払いを頼んであるから、新たに誰かが来るということもないだろう。
モモンガはベッドに身を投げる。
「はぁ……まいった」
「モモンガさんロールプレイ全然イケてるじゃないですか」
「いやーもういっぱいいっぱいですよ……ずっとこうしてもいられないな。茶釜さん、とりあえずいまの時点で分かったことをまとめておきましょう」
「分かりました。そう言えばなんかアルベドイメージと違うんですけどあんな感じでしたっけ?」
「う! いやそのあれは実は……」
「?」
モモンガの懺悔を聞いたぶくぶく茶釜は呆れ半分理解半分といった感じで呟いた。
「なにやってんですか……」
「うわああああすみませんすみません! タブラさんに申し訳ない!」
「まあ私も『ちなみにビッチである』はどうかと思いますけどね。そこを『実は箱入り娘並に純情』に改変するとは結果論ですけど風紀的な意味でもよかったんじゃないですか? でもなんというアンビバレンツ設定……」
「そう、かな?」
ようやく落ち着きを取り戻し、自分の招いた事態に前向きになってきたようだ。
「ええ、そうですよ。まあ特に問題は起きてないしいいんじゃないですか? とりあえずそれは後回しにして現状の整理しましょうよ」
「了解です」
まずアルベドを始めとしたNPCはプログラムではなさそうであること。脈があったこと以外にも、セバスとソリュシャンへの指示は身振り手振りをせず敢えて言葉だけで
そしてここはやはりユグドラシルとは別の世界である可能性も考えなければならないということ。元々ユグドラシルは十八禁に相当する行動などには滅法厳しく、セクハラして運営からBANされるなど掃いて捨てるほどある話だった。多少なりのリスクはあるが、いつかどこかで確認はしておいた方がいいだろう。
ユグドラシルの魔法であった≪メッセージ/伝言≫がそのまま使えたり、自分達の肉体についてなど腑に落ちない点は尽きないが、少なくとも異世界にキャラメイクそのままで転移したと仮定して動いた方が何かと無難だ。他にもギルメンやプレイヤーが同じ状況になっているかも知れない。
もしこの世界で、ギルメンが同じ事態に陥っているなら早急に合流したいが、ユグドラシル時代に敵対的なプレイヤーが少なくなかったことから、おおっぴらに「あなたユグドラシルプレイヤーですか?」なんて聞いて回るようなことは危険過ぎてできない。
とにかく情報が足りないということは間違いないので、まずナザリック内部の把握と、外の情報を拾いつつなるべく秘密裡にプレイヤーを探す方向でこの場は落ち着いた。ノープランにも等しい結論だが、他に仕方無いのも事実。
また、他のNPCの様子がまだ分からない以上は変にロールプレイを崩さない方がいいと言うモモンガの意見に対して、ぶくぶく茶釜は元々素に近かったので感覚が分からず、そのあたりのさじ加減はモモンガに一任するという丸投げを強行した。最低限ボロを出したりしないようフォローするとは言ってくれたので、無いはずのモモンガの胃痛は心なしか和らいだ。
「さて、とりあえずの方針は決まりましたし、
モモンガは中空に遊ばせておいたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手に取る。
「随分早くないですか。集合まではまだ一時間くらいありますよね?」
「ええ、一応他の攻撃魔法とかも試しておこうかなと。考えたくはないですが、すぐに必要になるかも知れませんしね」
ぶくぶく茶釜は感心する。この発言からして、モモンガはまだNPCが自分達に襲い掛かってくるリスクを想定して、さらにはそれに対する手札の用意まで考えている。慎重さもさることながら、よくまあそこまで頭が回るものだと。
確かPVPの戦績も50%越えとか言ってたし、分析と対策の能力が常人離れしているのではなかろうか。
しかしこの人がギルマスとして慕われていたのはそういう能力に因るところではないことを自分は知っている。
浮かない雰囲気なのは危険を想定してのこともあるだろうが、なにより仲間の作ったNPC達に襲われることを『想定している自分』に凹んでいるのだろう。つくづく律儀な人だ。
そんなギルマスの背を触手で軽く叩く。
「私もいるから大丈夫ですよ。モモンガさんにも、『あの子たちにも』怪我なんてさせられません」
「茶釜さん……ありがとうございます。それとお願いがあるんですが……」
◆
暗がりの通路から明るく開けた場所へ出る。ここはナザリック地下大墳墓第六階層、擬似的に作られた天空と森林の中にある
空の造りはプラネタリウムに近いのだが、二十四時間変化する手の込みようで、自然に異様な情熱を燃やしたギルメン、ブルー・プラネット渾身の仕上がりであった。完成までみんなで膨大な量のデータクリスタルを集めたときは終わりの見えない作業に疲労困憊したものだが、いざ完成したときの達成感は忘れられない。感慨深く歩みを進めると、明るいトーンの声がかかる。
「あたしの階層へようこそ! モモンガ様! とあ!」
ずざざ、とこちらへは砂埃が来ないよう考えられた完璧な位置取りで停止した金髪の少女は改めて挨拶をする。
「モモンガ様、ようこそお越しくださいました!」
「ああ、アウラ、邪魔するぞ」
アウラと呼ばれた少女はぶんぶんと音が聞こえてきそうな勢いで首を左右に振る。
「そんな! ナザリックの支配者であるモモンガ様がお邪魔だなんてありえません!」
赤いスケイルのアンダーを着込み、上下を白のブレザーとスラックスで固めたボーイッシュな服装。
揺れる金髪とピンとたった長い耳、浅黒い肌のダークエルフ。第六階層守護者の一人、アウラ・ベラ・フィオーラ。
「……モモンガ様?」
いかん、変に警戒してしまって気付いたら凝視してしまっていた。顔がうっすら赤いようだが敵意は感じられない。
「……フッ。いや、そうかそれはありがたい」
ボロが出そうになるのを必死に堪えた。誤魔化そうと思い軽く頭を撫でてみる。
うん、さわさわした感触が心地いい。手元で「ひゃわぁ」とか変な声が聞こえた気がするがまあいいか。
「……もう一人が見当たらないようだが」
尋ねつつ撫でていた手を離す。
「あ、はい! す、すぐ呼びます! マーレ! 早く来なさい! 失礼でしょー!」
赤い顔を後ろへ回して、アウラはもう一人を呼ぶ。よく見たらさっきアウラが飛び降りたところから同じように飛び降りる様子が見えた。
こちらへさっきのアウラとは裏腹にナヨナヨした格好で走り寄ってくる人物。マーレ・ベロ・フィオーレ。前髪を揃えた金髪と自信無さ気に下がった長耳と浅黒い肌。アウラとは双子の階層守護者であり、アウラとともにこの第六階層の守護を任されている。
「モ、モモンガ様、ようこそいらっしゃいました。お会いできて、う、嬉しいです」
「ああ、私も嬉しいぞ、マーレ」
こちらも頭を撫でてやると、顔を赤くしてふにゃりと蕩ける表情になった。
小動物みたいで可愛らしいが、こう見えてこの子何を隠そう男なのだ。
『茶釜さん、二人ともいますよ。今のところ敵意みたいなのはありません』
『さすがウチの子達! てゆーかマジですか二人とも超会いたいんですけどそっち行っていいですか』
『ダメですよ。念には念をって事で納得したでしょう。心配しなくても後で会えますから』
モモンガのお願いとは、万一に備えてぶくぶく茶釜は私室で待機しておく事。この後集めている主要NPCに敵意が無さそうであれば合流する手筈となっている。
アルベド他玉座の間にいた連中には口止めをしているので問題無いだろう。
「さて、アウラ、マーレ、今から一時間後に各守護者をこちらへ呼んである。それまで魔法の実験を行いたいので手伝ってもらえるか」
「「かしこまりました」」
ビーストテイマーでもあるアウラの使役するシモベにダミーターゲットを用意させ、≪ファイアーボール/火球≫を発動させる。自分でやってみると全てがごく自然な現象として理解できた。
魔法の着弾点、消費する魔力と再詠唱までのリキャストタイム。そして自分の内にある膨大な魔力。
寸分の狂い無く着弾した火球は、火柱を上げてダミーターゲットを瞬時に灰にした。熱を帯びた風が頬骨を撫でる。
次に、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに込められた七つの宝珠の内一つの能力で炎の精霊を呼び出す。一日に一度しか召喚できないが、レベル80オーバーの高位精霊をノーコストで使役できるのはありがたい。ギルド武器にマーレが憧れるような反応をしていたが、こういうところは男子共通の思いなのだろう。
呼び出された炎の精霊は、闘技場の中央あたりで待機しているが、召喚と同時に精霊を中心とした熱波が辺りを包み、アウラとマーレの側に付いていたシモベは熱風から主人たちを庇う。
確かユグドラシル時代は熱波で周囲に火属性のスリップダメージを与える能力があったはずだ。モモンガは元々アンデッドが炎弱点なので、装備品で火属性無効耐性を付けていた。アウラとマーレを窺うと、うずうずした雰囲気で炎の精霊を見ている。
「……戦ってみるか?」
「いいんですか!」
炎の精霊に双子を攻撃するように指示を出す。模擬戦なので、当然致命的な攻撃はしないよう念を押しておくが、まずその心配は無いだろう。所詮はレベル85、NPCとは言えレベル100が二人がかりなら遊んだ立ち回りでも全く問題にならないはずだ。
鞭を持った前衛のアウラと、第五位階程度の低級魔法でアシストするマーレ。その様を眺めながら茶釜へ報告する。
『攻撃魔法も、スタッフの召喚も問題無く行えましたよ。いまは炎の精霊と双子が模擬戦やってます』
『そうですかー。
マーレの防御結界の隙間から、アウラの鞭が舞う。クリティカルでも入ったのか、物理に高い耐性を持つはずの炎の精霊は燃え盛る体躯を斜めにし、崩れ去るように消滅した。いい汗をかいた双子がこちらへ戻ってくる。
『いまあっさり炎の精霊撃破されました。ガチじゃないとは言え、ナザリック内のレベルバランスはユグドラシルのときと変わってないのかも。また後で呼びます』
『りょーかいですー』
「二人とも、見事な連携だったぞ」
「ありがとうございます! でもまだまだ至高の御方には遠く及びません」
「あの、その……熱くて、怖かったです」
双子を労いながら中空に手を伸ばす。ゴソゴソと中身を弄って、目当てのアイテムを取り出した。
「喉が渇いただろう。これを飲むといい」
見た目にそぐわぬ主人の優しさに触れ、アウラとマーレは揃って息を呑む。
「おかわりは要るか?」
「あ、いえ、あたしは大丈夫です。ありがとうございます」
アウラが気の抜けた返事をし、こちらを不思議そうに見上げている。
「どうした、アウラ?」
主人を凝視していたのがバレてまずいと思ったのか、申し訳無さそうに両手を振ってアウラは答える。
「いえ、モモンガ様ってイメージと違ってすごくお優しい方だなと思いまして」
(どんなイメージだったんだろう……聞いてみたい気もするけど世界を滅ぼす血も涙も無い極悪人とか言われたら立ち直れなさそうだしやめておこう)
「フフ、そうか優しいか。誰にでもと言う訳ではないぞ?」
アウラから一歩下がった位置でウンウンと何度も首肯していたマーレが顔を真っ赤にして俯く。誰にでも……ボク達だけ……とか何やらボソボソ聞こえるが、炎の精霊が完全に滅び去った風音に、熱を帯びた呟きは融けていった。
アルベドが残念じゃなくなった分出番が減るかも……。正直先の展開がハッキリしてない中でキャラの根幹とも言うべきフレーバーを決めるのはとても大変ですね。
2017.5.12 ご指摘いただいたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの製作個数についての記述間違ってたのを修正しました。
2017.8.5 円形劇場の表記ミスを修正しました。
2017.8.8 句読点の表記ミスを修正しました。
2017.8.9 句読点他ルビのミスを修正しました。
2017.8.16 ご指摘いただいたマーレのフルネーム誤記を修正しました。
2017.9.14 ご指摘いただいた誤字を修正しました。
2017.11.22 誤字指摘の適用と、一部フリガナを付けました。
2018.08.14 数字の表記と誤字を修正しました。
2018.11.3 行間を調整しました。