オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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第24話 ブレイン対スケルトン

 暗い。視界は真っ暗闇だ。背に感じる冷ややかさだけが、自分が地に寝ていることを教えてくれる。まだ薄ぼんやり霞み掛かった思考と共にブレイン・アングラウスは意識を取り戻した。

 

 最後に見たのは首無しで動くメイド。何かの悪い冗談だ。悪夢だ。そうであればどれだけ良かったか。

 だがあれが微睡(まどろ)みの幻想なら、自分はランタンが灯る洞窟にいるはずだ。

 

 ここは洞窟の中じゃない。鍛え上げた剣士の鋭敏な感覚は空気の湿気や流れをも情報に翻訳する。

 肌がじんわりと粘つく。水気を含んだ土の感覚は似ているが、ここの空気には妙なものを感じる。大きく流れてはいないが隙間風のようにチョロチョロどこかから漏れている。そんな感じだ。

 

 徐々に目が慣れてくると、壁は上に行く程半径を縮めたドーム状になっているのが分かる。やたら規則的に凹凸のある岩肌の延長上にある天井は高い。十メートルはあると思うが、暗さのせいで判別が付かない。アイテムで発動させた暗視対策の効果は既に切れていた。

 

 体の部分一つ一つに緩やかに力を込める。どうやら両手足は無事らしい。痛みも無い。周囲への警戒をしつつも、ゆっくりと上半身を起こした。足を引き寄せて胡座をかく。

 

 意識を持っていかれたときの状況からして、あの連中には自分を見逃す理由が無かった。認めたくはないが、あっさり負かした相手であっても数は邪魔だ。二度と動かないようにしておくなら大した手間でもないしリスクも減らせる。

 

(……違う。そうじゃねえ)

 

 冷静な頭は順を追って記憶を辿る。ガキの方は興味無さそうだったが、眼鏡を掛けたメイドは確かこう言った。

 

 

『はい、他とは少し毛色の違う者が。そこのあなた、一つ質問しますが、あなたは武技というモノを扱うことはできますか』

『』

『でしょうね。ですが私たちはどうしてもそれを知る必要があるのです』

 

 

 武技。あのメイドはそれを調べるために自分と戦ったのか。ただそれだけのために。何故武技を調べる必要がある。考えても答えは出ない。

 意味の無い思考を頭の隅に追いやり、今の状況を推察する。

 

「まんまと捕まったってことかよ……」

 

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフをも超えたと自負していた男が、聞いたことも無い謎の首無しメイドに負けて何処かへと連れ去られる。売れない物書きでももう少しマシなホラーを書くだろう。一周回って酔っ払いの与太話だ。

 

「くそっ、あの女、ユリ・アルファ……ん?」

 

 思考を巡らせながらも身の回りのチェックは体が覚えている。腰に下げていたポーション瓶は洞窟での戦闘前に使用したから当然無い。だが違和感が無くて逆に違和感があったのは、腰に下げたもう1つ。

 

 神刀。最速にして最強を目指した自分が追い求め、やっとの思いで手にした牙。それがなぜ、ここに。

 

 理由はどうあれ、捕まえた相手は丸腰にするのが基本中の基本。と言うか常識的に考えて普通はそうするだろう。あとは牢に繋ぐなりして自由を奪えば、哀れ拷問待ちの捕虜1名完成といったところだ。

 

 不可解な状況は疑念を生む。蒸し暑さのせいか頬を流れ、一つ、また一つと落ちる汗は自分の焦りや不安が絞り出されているかのようだった。

 

(本当に俺の刀か?)

 

 疑惑を以って、立ち上がりながら柄へ手を伸ばす。触れる。強く握り締めた感触は、手に入れてから毎日何度も無数に振った記憶をトレースする。

 

「シッ!」

 

 少し深く息を吸って、一息に刀を抜き放つ。次の一瞬には刃文に沿って(かす)かに反射する煌めきが自分の正面に伸びていた。その重みはこの上無く手に馴染みのあるものだ。

 

 納刀し、周囲の岩壁を探る。自然物にしては何故自分がその中に捕らわれているのか説明がつかないし、かと言って人工物だとしたら出っ張りが多く登り易い壁は脱走を助長する。牢とするには適さない。

 

(壁の外に何かいるな……)

 

 この空間の所為なのか、先程から漏れ聞こえている。壁を隔ててそう離れていないであろうその音は蚊の鳴くようなわずかなもの。ハッキリとは聴き取れないが、乾いた木を叩くような音が断続的に鳴っている。

 

 聞き耳を立てるように壁の側へ近付くと、暗闇の地に光の輪が射した。その輪はどんどん広がっていく。

 密室の天井へ視線を上げると、高らかな空。そして壁が上方からどんどん外側へと零れ落ちていく様子が見えた。

 

 やがて壁の多くが崩れ去り、開けた視界は新たな疑問を生んだ。同じではないが、これと似た場所を知っている。かつて辛酸を嘗めた、人生の転機である一戦を行った場所。

 

 これは闘技場だ。

 

 平坦な土のフィールドと、一段高い壁の先からすり鉢状に広がる観客席。一際突き出た場所は貴賓席だろうか。基本的な作りは似通っていても、この闘技場は過去自分が立った場所とは決定的に違う。

 

 王国での御前試合は、国の主催という事も手伝って様々な者が押し寄せた。優勝して召し抱えを狙う出場者は元より、広く顔を売るのが目的の傭兵や純粋に己が腕を試そうという流れの戦士など。

 練度の高い者同士の戦いはそれ自体がいい見世物だ。娯楽を求める街の人々がぎゅうぎゅう詰めになって立ち見をしていた。

 人が集まる所は金が動く。商人たちが詰め掛け、さらには非公式に賭博の胴を開く者まで現れた。衛兵との小競り合いがあちこちで勃発していたが、お祭り騒ぎの熱狂がそこにはあった。

 

 だがこの闘技場はどうだ。人どころか、生物の気配すらない。普段から使われているならば足跡などの痕跡が地面に残っていそうなものだが、まるで誰かが(なら)したようにまっさらな印象を受ける。

 そのくせボコボコとあちこちに自分の身長よりも高い土塊(つちくれ)の山が目に付いた。試合を盛り上げる状況設定には珍しいことではないが、土の表面は湿り気の抜け切っていない色味だ。つまりこのフィールドはついさっきと言っていい程の時間に誰かが造成したということになる。

 

 その物陰から、乾いた木を叩くような音を鳴らしながら姿を現した者がいた。

 

骸骨(スケルトン)……いや、一丁前に剣と盾を持ってるってことは、骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)か?」

 

 さっきから聞こえていた音の正体はコイツで間違い無い。こちらへゆっくりと、しかし確実に近付いてくる素振(そぶ)りを認めて腰の刀に再び手を添える。

 ここがどこなのか分からないが、まともな場所でないのは確実。ならばやるべきことはシンプルだ。危険を排除して脱出する。捕らわれたままでは己が大望は果たせない。ここにガゼフ・ストロノーフはいないのだから。

 

 ≪領域≫を使うまでもない。間合いに入った瞬間繰り出した白刃を受け、骨の頭が地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 氷結の武人コキュートス。

 

 巨体と言って差し支えないライトブルーの甲殻装甲を持ち、こと戦士としてのポテンシャルはナザリック内においても他の追随を許さない。

 現在彼は守護者統括アルベドを通して連絡を受け、忠義を捧げる主君の下へと急いでいた。

 

 第5階層守護者であるコキュートスは、主たる役目がナザリックの防衛である。そのため基本的に自分の階層から出ることは無く、今回の未知の事態においても主君からの下命はいままで無かったのだ。

 武人気質の性格はこの状況に焦れていたと言って差し支え無いだろう。防衛任務という立場上、誰かが攻め入って来なければ勲功をたてることはできない。かと言って侵入者を望むのは至高の四十一人への不義である。

 それを重々承知しながらも、忠義を形にする機会を欲する日々を過ごした。

 

 そうして悶々と悩む自分に、ついに声が掛かったのだ。(はや)る心のままに住居である大雪球(スノーボールアース)から飛び出し玉座の間へと向かったが、それが良くなかった。速さのあまりに小さなソロモンの鍵(レメゲトン)に到着したとき、第5階層で被った雪がまだ体のあちこちに残っており、扉の前に控えていた一般メイドに指摘されることになってしまった。

 

 雪を払ってくれると言うので言葉に甘えたが、メイド達は総じて身長が百五十センチ程度しかないため、コキュートスの胴より上には手が届かないようだった。自分から言い出したことをいまさらできませんとは言えないのか、ぴょんぴょんジャンプして手を振るもののやはり肩から上には雪が乗ったままだ。

 

「……至高ノ御方々ヲオ待タセスル訳ニハイカン。乗レ」

 

 四本ある腕のうち、下側の一本を足下に差し出す。あまり普段から接点を持たない上位者からのアクションに、メイドは少し体を強張らせた。

 

「……お手が汚れますよ?」

「ナザリックヲ想イ、常日頃オ前タチガ清メテイルコノ場所ガ汚イ訳ガ無イ。ソレヨリ雪ヲ被ッテ御前(おんまえ)ニ立ツ方ガ問題ダ」

「そ、それじゃ失礼します。わっとと」

 

 手に羽根ほどの軽さを乗せた腕は器用に背に回り、肩や頭に付いた雪にメイドの手が充分届く高さまで持ち上げる。

 

「頭の上、失礼しまっす。…………よし、キレイになった」

 

 下げられた掌から降りると、素早く自分の乗っていた箇所を拭った。

 

「では、入室のご許可をいただいて参りますので、もう少々お待ちください」

「待テ」

「はい?」

 

 扉に手を掛けようとするところで声を掛けられた。もしかしてやっぱり手に乗せてもらって頭払ったり失礼だったかなあ、いやでもコキュートス様が水向けてきたんだしでもうーんと突如湧き出した危機感に目がぐるぐる回り始めるが、それは杞憂に終わった。

 

「名ハナント言ウ」

「え、えーっと、フォアイル、です」

「ソウカ。フォアイル、礼ヲ言ウ」

「いえそんな! 大した事はしてません」

「至高ノ御方々ニ無様ヲ晒ストコロダッタ」

 

 礼を失さない性格であるコキュートスにとって、ここぞの決め時で間抜けにも雪を被っていましたなどと不敬の極みを犯す訳には絶対にいかない。それを未然に防いでくれたという点において感謝を伝えるのは、階層守護者だ一般メイドだという立場に関係無く彼なりの礼儀だった。

 一般メイドとて至高の御方々によって創造された存在であり、等しく敬意を示すことは何もおかしいことではないというのもある。

 

 少し照れ臭そうな表情を残して玉座の間へ入っていったフォアイル。程なく顔を出してどうぞ、と招き入れる。一層の気合いを入れてコキュートスは一歩を踏み出した。

 

「アインズ様、ぶくぶく茶釜様。オ召シニヨリ、コキュートス参上致シマシタ」

「コ、コキュートス、よく来てくれた」

 

 玉座に腰を落ち着けているのはナザリックの支配者アインズ。ぷしゅー、と湯気を吹き出して全身で怒りを表しているように見えるのは至高の御方々が一人、ぶくぶく茶釜。その隣で微笑みを湛えているのは守護者統括アルベド。組織のトップ二人の周りの管理業務の多くは彼女が処理している。

 

 仕える主君が複数人いるのは武人としてどうなんだと思われるかも知れないが、元々自分の忠誠は至高の御方々に捧げたもの。やんごとなき事情によりいまこの地に全員はいないが、コキュートスの心には一糸の乱れも無かった。

 

「シテ、私ヲ呼バレタノハ如何ナルゴ用件デアリマショウ」

「うむ。お前に見極めて欲しいものがある。この世界特有の、武技と呼ばれる能力だ。技能、と言った方が的確か」

「武技……ハジメテ聞ク言葉デス」

「近接戦闘に優れた者の使用が確認されている。それがどういった効果をもたらすものなのか、新しくナザリックの者が習得する事は可能か、その検分をお前に任せたい」

「ハッ! 必ズヤ御期待ニ沿エル成果ヲ出シテ御覧ニ入レマス!」

 

 胸中に渦巻く歓喜。シャルティアやセバスはナザリック外での活動のためか、戦闘メイド(プレアデス)とチームを組んでの行動だと聞いた。イレギュラーが発生したときのリスク管理などのために複数人で事にあたるのは至極当然であって充分理解している。

 

(ダガソレデハ……)

 

 だがそれでは貢献度の所在が曖昧になるのもまた事実。単独で行う任務であれば、良しも悪しも全て己から出でて己へと還る。役に立ちたい、揺るぎ無き忠義を形にしたいと悩んでいたコキュートスにとって、この話は渡りに船だった。

 

「では早速行こう。細かくは道中」

「ああーっとアインズさん、段取りはいまこの場で詰めておきましょう」

「いやでもそんな大した話は」

「どぁめです! 人は水深二十センチあれば溺れるんですよ!」

「油断すると怪我するって事ですか? まあ茶釜さんがそう言うなら」

「よし決まり。じゃあまずは装備品を見繕いましょう。コキュートスの意見も交えつつね」

 

 ぶくぶく茶釜の視線を受けて頭を下げたあとにそっと退室したアルベドにアインズは気付く様子も無く、武具のことになると思いの外饒舌になるコキュートスとその知識に感心していた。

 

 

 

 

 

 

 玉座の間を退室し、至高の御方の言葉を伝えるため足早に廊下を進むアルベド。引き締めた表情の内には様々な思いが渦巻いていた。

 

 報告の最中に叫び声を上げたばかりか、御方のご指示も無いまま一方的に退室するなど失礼極まる行為。ユリは一緒に任務にあたった立場上放っておくことができないのは理解できる。だがシャルティアについては至高の御方々を除けばナザリックの最上位に位置する階層守護者なのだ。組織の上下を蔑ろにするとも取られかねない行為は注意しなければならない。これは守護者統括としての厳格な判断だ。

 

 一方で、ひとりの女性としての思考は彼女に同情もしていた。好いた相手に汚れた身嗜みについて指摘されるとは、叫びたくなる気持ちも分からないではない。

 

 第二階層死蝋玄室。シャルティアの私室の前にはユリがいた。こちらに気付くと自然な動作でお辞儀をする。

 

「ユリ、シャルティアは中に?」

「はい。ですがショックを受けておられた様子でしたので、声を掛けて良いものか……」

「構わないわ。伝えることがあります」

 

 アルベドの視線に従って部屋の前に立ったユリは、軽く息を吐いてノックをする。程無く開いた扉からは甘い香りが漏れ、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が顔を出した。

 

「はい、どちら様で……ユリ様、アルベド様! いかがなさいましたか」

「シャルティア様にお伝えすることがあるそうです」

 

 吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)吸血鬼(ヴァンパイア)系モンスターの中では珍しく、優れた容姿をしている。ただ、ヒラヒラしたホルタードレスのような服装も相俟って扇情的で艶やかな印象だ。

 いまノックに応じた者ともう二体。シャルティアによく付き従っている者がいた筈だが。

 ちなみにシモベである吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)はまだ多くいるのだが、その管理はシャルティアに完全に任されているので、人数と基本配置以外の情報がアルベドの所まで上がってくることは無い。

 

 主人の在室を問われ、気まずそうにしている。部屋に戻っているのはユリが確認しているのだから、いない訳は無いのだが。

 

「いえ、中にいらっしゃるのはそうなのですが、戻られたと思うとすぐに湯浴みに入られ、そのままずっと出て来られないのです」

 

 これは重症だ。思った以上に恋する乙女の心は深く傷付いたらしい。しかし、それで引き下がる守護者統括ではない。

 

「そう。では私が話します。入るわよ」

「あっ、アルベド様、いまは……!」

 

 弱々しく制止する声を振り切って、部屋に入る。甘い香りが一層濃くなり、ピンクの薄絹が吊られた室内が視覚的にも淫靡な雰囲気を伝えてくる。まだ大丈夫と自分に言い聞かせながら、室内を見渡す。誰もいない。ベッドの上に得体の知れない器具が何個か転がっているだけで、部屋が荒れていたり八つ当たりされたシモベの死体が散乱していたりという事もなかった。

 

 シャルティアは湯浴みをしていると吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)は言った。この場にシャルティアがいないのも納得だ。

 

 部屋の奥側に位置するバスルーム。大方そこへ引き篭もっているのだろう。気持ちは分からないでもないとは思ったが、こうも露骨に落ち込まれては、流石に至高の御方々に失礼と言うものだ。

 若干の憤りを伴ってバスルームへ向かう。

 

 聞こえてきた嬌声に守護者統括アルベドは石像のようにフリーズした。

 

 後を追う形になった吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)は既に手遅れであったことを知り、反動が恐ろしくて下手に声を掛けることも出来ずに立ち尽くしていた。

 水の跳ねる音と共に一際大きく漏れた声。電気ショックを受けたようにアルベドが全身をビクリとさせて揺らめいた。

 

「シ、シシシャルティア! 何をしているの!」

 

 バスルームに指を突きつけながら、裏声混じりに追及する。ベールの向こう側でどんな状況が繰り広げられているのかを確認する度胸は全く無いらしい。後ろからは見えないが、恐らくその顔は羞恥で赤々と染まっているのだろう。

 アルベドが再起動した事で精神的な圧迫が少しマシになった吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)は、己が主人に遅まきながら来訪者の存在を伝える。

 

「シャルティア様、アルベド様とユリ様がお越しになられています」

「わたしはいま湯浴みに忙しいって分かってんだろうが! アインズ様に嫌われでもしたら責任取って死ぬか? ああ!?」

 

 普段の口調で話す余裕も無い、挙句に言ってることはまるきりヤクザ者のそれだが、あながち冗談で済まないのだろう。吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が身を固くして後退った。

 しかし上位者であるアルベドとユリを無視することもできない。板挾みになった吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)は赤い瞳を持つ黒目の下に涙を溜めておろおろと力無い視線を向けてきた。

 

 自分のシモベをどう扱おうが基本的にはシャルティアの勝手ではあるが、ナザリックという組織全体を見た時にあちこちでそのような自己崩壊が起こってはたまらない。

 助け舟も兼ねてアルベドは自分がわざわざ足を運んだ用件を話すことにした。己が役目を全うしようと思えば、この身に降り掛かる羞恥心などいかばかりのものか。まだ守護者統括としての矜持が冷静な思考でいさせてくれる。

 

「そう、湯浴みで忙しいなら仕方無いわ。折角至高の御方々から直々に賜った褒賞を、お前は辞退すると言うのね」

「…………え?」

「随分お嘆きになるでしょうね。でも強要はできないし、私からお伝えしておきましょう。何ならお暇をいただいてきてあげるから、ずっと湯浴みでもしていれば?」

「ちょっ、待っ! ど、どういうこと?」

 

 バスルームから飛び出してきたシャルティアは、全身ずぶ濡れである。身体を拭く間も惜しんで出てきたのだから当然ではあるが。花の香りを溶かし込んだ湯をたっぷり含んだ長い銀髪からポタポタと水滴が落ちた。

 アルベドの後ろに控えていた吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が素早くバスタオルを取り、手慣れた様子でシャルティアの身体から水気を拭き取る。当の本人は全く意に介していない様子で、聞き捨てならないことを言った同僚に怒っているのか困っているのかよく分からない目を向けている。

 

「アルベド、いまなんと言いんした……?」

「湯浴みの最中で聞こえなかったかしら。三度は言わないわよ。階層守護者シャルティア・ブラッドフォールン。此度の働きに至高の御方々のお1人であられるぶくぶく茶釜様から褒賞を賜りました。共同任務という事で、戦闘メイド(プレアデス)のユリ・アルファへも同様の褒賞が与えられます」

「褒賞……? どうして」

 

 シャルティアの顔にはまるで理解できないという色がありありと浮かんでいる。時間が無かったとは言え外界での汚れを持ち込んだまま謁見したことを咎められるならまだしも、何故褒賞などという話になるのか。

 これはシャルティアでなくとも、ナザリックに属する者であれば大抵がこのような反応をするだろうとアルベドも想定していた。恐らくこのあとユリとも同様のやり取りをすることになるのだろう。

 

 ナザリックの者にとって至高の御方々のために働くことは存在意義の大半と言っていい。それ自体が褒美のようなものなのに、さらに褒賞とは畏れ多い。簡単に言ってしまえばそういうことだ。

 アルベドもその考え方に完全に同意するが、それ故に褒賞の件については受ける者に対して説明を要することを理解していた。

 

「何も今回が特別という訳では無いわ。成果を上げた者には相応の報酬を与える。これはアインズ様とぶくぶく茶釜様が案を練られて出した、正式なご命令なの」

 

 報酬の二重取りをしている感覚だが、至高の御方々直々の案、しかも正式な命令とまで言われては返す言葉も無い。それを否定するのは至高の御方々の意思を否定する行為だ。

 アルベドの言葉を呑み込むために渋い顔をしていたが、割り切ったように顔を上げた。

 

「話は分かりんした。それで、その褒賞の内容というのは」

「それは…………」

 

 

 

 

 

 

「アインズ様の実験同席権、ですか」

「ええ、本来は実験に必要とお声の掛かったコキュートスと、実験場として使う第6階層守護者のアウラとマーレしか目にする事はできないわ」

 

 話を聞いたシャルティアは今度こそ恥ずかしくない完璧な状態にするからと十分間の猶予を申し出た。実験の予定時刻まではまだ三十分以上ある。快諾したアルベドは退室し、部屋の外で待機していたユリにも褒賞の件を伝えていた。

 ユリも話を聞いた直後は戸惑いを見せていたが、至高の御方々の意向に異を唱える訳も無く、褒賞の詳細についての説明を受けているところだった。

 

「アインズ様は実験において御自(おんみずか)らが試行なさることを好まれるわ。つまり、その深遠なるお考えを現実になさる神々しき御姿を拝見する絶好の機会ということ」

「私には夢のようです。過分な名誉ではないでしょうか」

「ユリ、慎みのある考え方はあなたの美点よ。でも今回の褒賞について、私達たちの役目と立場が違えど至高の御方々に作り出されたという点において同等であるのと同じに、至高の御方々は働きの成果にシャルティアとあなたに優劣を付けてはいないわ。素直に拝受しておきなさい」

 

 守護者と戦闘メイド(プレアデス)に優劣は無い。立場の違いと組織としての上下はあれど、それだけなのだ。オフのときにはペストーニャを交えてアウラと気易く話をしているユリとしてもその話は実感を伴って理解ができた。

 

 説明が一通り落ち着いた頃、死蝋玄室の扉を開けてシャルティアが姿を現した。準備をしている間に落ち着きを取り戻したのか、振る舞いに慌てた様子は無い。

 

「待たせんした。……バスルームの! 片しときなんし!」

 

 部屋の中にいるのであろう吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)へ向けて出掛(でが)けの指示を出していく。バスルームの、とは恐らくさっきの嬌声の主か。折角引いた顔の熱がまた浮いてきたのを感じると、それを誤魔化すようにして第六階層へ向かう旨を再度伝えるアルベドであった。




 今回の独自要素
・階層移動時に前フィールドの影響を持ち越す
 ゲーム的に考えるとフィールド由来の雪などは移動すると消えてしまいそうですが、フォアイルの出番の事もあって持ち越しにしました。一般メイド達も見てて楽しいなー。

2018/11/4 行間を調整しました。
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