オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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第26話 ブレイン対コキュートス!

 最初に受けた強烈な違和感。それは頸椎に触れた刃から伝わってきた、過去に体験した事の無い感触だった。大幅に知覚能力が向上する≪領域≫発動中だったことで自分の中から湧き出る吐き気が一際鋭く刺さる。

 斬る力が流れて伝わっていないというより、触れた瞬間に霧散している。

 だがどれだけ嫌な手応えがあったとしても、この渾身の秘剣は流石のブレインを以てしてもキャンセルを掛けることができない大技だ。一度抜き放てば出し切るしか無い。

 

 硬直が解けると同時にブレインは身を捻りながら大きくバックステップをした。両手で持った神刀をやっとの事で正眼に構えているが、型も何もあったものではない。その全身からは緊張による汗が噴き出している。

 

「はあっ、はぁっ……」

 

 やはりと言うべきか、秘剣によって首を飛ばされるはずだった骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)は眼前にて健在、刃の触れた首元を確かめるようにゆっくりと(さす)っている。それは刀の感触からブレインが想像したものではあったが、見たくない光景でもあった。剣士が最大最強の一手を防がれては、もう状況を好転させる要素がほぼ無いからだ。何かの属性に特化した訳ではない、それ故に苦手な相性が無いタイプであるブレインの場合はなおさらのこと。神刀の魔を祓う性質からいけばアンデッドとの相性はむしろ良いはずだ。

 

 相手は疲労することが無い。元々長期戦は自分に不利なのだ。即座に方針を逃走に切り替えたブレインは視線だけで闘技場の通路、外へ繋がっている可能性が最も高い方向を確認した。

 

 パチ、パチ、パチ、と乾いた音がする。骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)が骨の手を叩き合わせていた。ポロリと落とした黒剣と円盾が地面に着く前に光の粒となって消え、なおも孤独な拍手は続く。

 

「……素晴らしい。実に見事だ」

「何っ!?」

 

 おもむろに賛辞の言葉を口にした。ブレインの知る限り、話す骸骨(スケルトン)なんて見たことも聞いたことも無い。アンデッドの中には高い知能を持ち人間と交渉や協力関係を築く者もいるとか。だがそれは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)など、ごく一部の話だ。目の前の存在は一体何なのか。ブレインの困惑を他所(よそ)にアンデッドは話を進める。

 

「剣士として熟練されているのは私にも分かる。特にさっきの一撃は際立っていた。武技の一つという訳か。かのガゼフ・ストロノーフに勝るとも劣らない腕前だ」

「……ガゼフ・ストロノーフを知っているのか」

「ん? ああ、ちょっとあってな」

 

 ガゼフの名を聞いた途端にブレインの眼がギラつく。ガゼフを超えることがブレインの剣士としてのアイデンティティであり、その名を聞いて右から左へ流せるほど器用な性格ではない。

 

 一方アインズは王国戦士長と言うからにはそこそこ有名なのだろうと思ってリップサービスのつもりで引き合いに出しただけだったのだが、予想外の反応で逆に虚を突かれた。

 最後の攻撃も何か他のよりスゴいなと感じたから適当に武技かとか言っただけだし、所詮本職ではない自分に正確な見極めなんてできないのだ。謙虚と言えば謙虚だが、有り体に言ってしまえば最初から諦めているのだった。やはり餅は餅屋である。

 

「自己紹介がまだだったな。私はアインズ・ウール・ゴウンと言う」

「……ブレイン・アングラウスだ」

「そうか。ブレイン・アングラウス君。有意義な時間だった。と言っても何が何やら分からず混乱していることだろう。付き合ってくれた礼として3つ、君からの質問に答えようじゃないか」

 

 三つとは言ってもこちらの質問にまともに答えるのか、そもそも正しい答えが返ってくること自体あやしいものだ。仮に得られた情報が真実であったとしても、この場からの脱出に繋がるものでなければ意味が無い。

 気を失っていたのは精々半日、運ばれたにしてもたかが知れている。真っ先に思い付くのはトブの大森林深部。平野にこれ程の闘技場(コロシアム)があれば嫌でも話題に上るだろうが、年単位で記憶を(すく)ってみても耳にしたことが無い。であれば人目に付かず『死を撒く剣団』の(ねぐら)から一日足らずで行ける場所など、少なくともブレインには他に思い付かなかった。

 

 森なら水や食料には比較的困らないし、南側ならそのまま森を抜けた先に都市エ・ランテルがある。北西寄りの位置だった場合はあまり気が進まないものの王都リ・エスティーゼが近いはずだ。

 考えたくないのは森が国境の代わりをしている帝国寄りの位置だが、道が整備されている訳でもない深い森を大の男一人担いで半日程度でそこまで移動するのは不可能だ。

 

 つまりこの場さえ離れてしまえば、逃走の余地はいくらでもある。いかなモンスターの群れとて、対話出来る程の知能を持ったヤツなら滅ぼされるのが明らかなのにノコノコ人間の都市まで追っては来るまい。

 ブレインの沈黙を疑いと取ったか、アインズが口を開く。

 

「ああ、それとこれは信用してもらうより無いが、私は質問の答えについて嘘は言わないし、答えられないことは答えられないと返答する。アインズ・ウール・ゴウンの名において誓おう」

 

 見透かされたか。いや、状況的にその疑いを持つのは当然のことだ。自分に言い聞かせてブレインは深めに大きく息を吸った。

 

「……お前が嘘を吐かないと言う保証がどこにある」

「それが一つ目の質問か? まあいい、これはサービスしておこう。言葉で否定するのは簡単だが、私はこれでも部下を持つ身でね。いまも彼らが見ている。名にかけて誓ったことを反故にする無様はせんよ」

「いまも……」

 

 アインズがすぐに襲ってこないと踏んだブレインは、改めて闘技場(コロシアム)内を見回す。もちろんアインズへの警戒は怠っていない。

 だが認識阻害の魔法でも使っているのか他の者の姿は見えなかった。≪領域≫内に入れば確実に知覚できるだろうが、隅から隅まで探す意味も余裕も無い。

 

 アインズの落ち着きようからして、一連の流れは繋がっている。あの眼鏡を掛けたメイドと銀髪の少女は仲間と考えるのが自然だが、果たしてそう単純に捉えて良いものか。アンデッドの精神構造は分からないが、少なくとも目の前の存在は理性的で、嘘を言っているようには見えなかった。

 

「一つ目の質問、いいか」

「どうぞ」

「俺を攫った理由は何だ?」

「武技の研究のためだ。邪魔が入らないようここへ連れてきたが、別に君でなければならない理由など無かった。たまたま早く当たりを引いただけさ。ふむ、そう考えるとガゼフ・ストロノーフは当たりだったのか……?」

 

 元より期待してはいなかったが、やはりこの闘技場は信じ難いことにダンジョンの一部らしい。それにしてもこの言い方はガゼフ・ストロノーフとの直接的な接触を匂わせる。ヤツは王国戦士長の地位に就き、基本的には王都をその活動拠点としているはずだ。接点があるようには思えなかったが、武技の話でガゼフ・ストロノーフを持ち出す程度には知っているということか。

 

 ゴブリンなど集団社会を形成するモンスターや亜人種については、対応策や過去の事例からある程度社会性を含む生態が明らかになっている。虫や獣と同じで親と子があり生物的な繋がりがあるのだ。

 だがアンデッドについては別だ。基本的に発生のプロセス自体が、負のエネルギーが溜まった場所に偶発的に生じるある意味自然現象のようなもので、集まる瘴気の濃さなどによって稀に骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)といった強力な個体が形成される。

 故に親や子といった概念を持つ種類は多くない。吸血鬼(ヴァンパイア)に眷属化された者など、便宜上『親』と『子』と呼称する事はあるが、それはあくまで人の都合である。

 生物的な系譜とそれによる組織性および社会性は、そもそもアンデッドには自然的に発生するものではないのだ。だからこそ、交渉するだけの知能があるアンデッドの個体も自ら組織を作ったりすることは無い。根源的な活動理由は生者への憎悪と己の邪悪な欲望のみだ。

 

 しかしこのアインズと名乗ったアンデッドは重ね重ね妙だ。高い知能を有するアンデッドは第3位階魔法を使いこなすなど、総じてそこいらの人間ではまるで相手にならない強者がほとんどだ。経験のある冒険者チームなら僧侶がいなくても対処出来る程度だが、その場合は相手もそれなりに警戒する。どこからどうみても剣士以外の何物でもないブレインには侮った大上段からの態度に出てくると思ったが、今のところそんな印象は無い。

 

「二つ目の質問だが」

「どうぞ」

「いや、二つ目と三つ目の質問は()()にする」

「……何?」

「聞こえなかったか? 保留にすると言ったんだ」

 

 

 

 

 

 

「ほっほ〜ぅ、彼、中々面白いね」

 

 貴賓席で高みの見物を決め込んでいたぶくぶく茶釜が、心底楽しそうに感心した。言葉の意味が分からなかったらしいシャルティアはユリに不思議そうな視線を向けるが、首を横に振られてギブアップした。

 

「あのぅ、ぶくぶく茶釜様、一体どういうことでありんすか?」

 

 ちょっと申し訳無さを感じながら、おすおずと至高の御方に尋ねる。この場にデミウルゴスかアルベドあたりがいれば解説してくれただろうが、デミウルゴスは巻物(スクロール)の材料を探しにナザリック外で東奔西走しているし、アルベドは実験が終わるまで玉座の間でナザリックの施設運用管理代行をしている。

 結局ぶくぶく茶釜に聞く方が早いと言うか、他に聞ける相手がいなかった。

 

「うん。さっきアインズさんは『礼として質問を受け付ける』と、そして『アインズ・ウール・ゴウンの名に誓って答える』と言ったよね。ここまではいい?」

「ええ、確かに(おっしゃ)いんした。でも人間ごときに至高の御身直々の礼だなんて必要ありんせん」

「それそれ。アインズさんから提示した礼を保留にしたまま、つまりアインズさんが約束を果たせていないままあのブレインとかいう人間が死んだらどうなる?」

 

 得心がいったらしいユリが銀縁の眼鏡をクイッと持ち上げた。その表情は様々な感情が入り乱れているようであった。

 

「なるほど、あの方は存外狡猾ということでしょうか」

「ユリ。ど、どういうこと?」

 

 この場にいるもので理解できていないのは自分だけらしい。筆舌に尽くし難い疎外感が不安となってシャルティアを襲う。ユリとぶくぶく茶釜を交互に見るその顔はいまにも泣き出しそうである。

 

 意地悪するつもりは無かったので、本格的に凹む前に解説の続きをすることにした。

 

「結果的にとは言え約束を反故にする形になるってことだよ。アインズさんは名にかけた誓いも守らない最低野郎の烙印を押される」

「そんな! たかが人間ごときとの口約束を破ったとして、誰がアインズ様を責めんしょう!?」

 

 むしろ一部の者達からは称賛の声が上がりそうだが。確かにナザリックの者がそんなことでアインズに失望するとは考えにくい。だから楔を打ち込まれたのはもっとアインズの内面の部分だ。

 

「そうだね。でもそういうの気にするんだよ。アインズさんは」

 

 ただでさえ律儀な性格だ。そのアインズがよりによってアインズ・ウール・ゴウンに誓うと。その約束を反故にすることは、誇りとする自分たちのギルドに唾を吐くも等しい行為。強力な呪いとなってアインズの言動を縛るだろう。

 これで少なくとも、質問の権利を消費するまではアインズに殺されることはない。そして至高の御方であるアインズが殺さないと宣言するのは、実質的にナザリックにおける身の安全を保証されたのと同義だ。

 

(狙ってやったのか、たまたまか。さあアインズさんどうする?)

 

 傍観者に徹してワクワクしながら成り行きを見守っているぶくぶく茶釜に≪メッセージ/伝言≫で助け舟を出すという発想は一ミリも無かった。

 

 

 

 

 

 

 予想外の返答を受けたアインズも、ぶくぶく茶釜と同じ考えに至っていた。だが当事者である自分はこのあとの行動をどうするか決めなければならない。

 

(保留って……いや、でも考えようによっちゃこれ都合がいいんじゃないか?)

 

 そもそもがブレインを攫ってきた理由は、さっき本人にも言ったように未知の技能である武技の研究である。個人差も大きいようだが、使い潰して毎回攫ってくる労力とリスクを負うのは避けたい。

 

 かと言って深い理由も無く人間を手厚くもてなすというのも何か違う気がした。

 過去には例外もいるにはいたが、元々の立ち位置からしてナザリックの者が無下にできないのだからアテにはならない。第一あれはユグドラシル時代の話だ。

 

 質問の保留を理由にすれば、無理せずブレインの安全度を高めることができる。ついでにナザリックの者たちが人間種にどう接するかを間近で見るいいテストケースになる。万一が無いように通達はしておく必要があるだろうが、何度も拉致してくる手間を考えれば軽いものだ。

 

「ふむ……まあいいだろう。ではセカンドステージだ。私は観戦させてもらおう」

 

 初めの骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)はチュートリアルみたいなものだ。戦える状態かの確認と、ついでにアインズを警戒して逃げを打たれないように雑魚を倒させて気分を持ち上げるためだけの配置だったのでノーカウントだ。

 もっともサードステージは用意していないし順番の呼称に意味など無いのだが。

 

 崩れた土塔の欠片に腰掛ける。それと同時に一際大きな土塊が閃光を発した。斬り崩された土が剣圧に耐えられず爆発的な勢いで吹き飛ぶ。

 

「うおっ!」

 

 堪らず目元を防御するブレインと、涼しげに状況を見守るアインズ。二者の注目は当然、爆発の中心へ向かう。

 

 ギチギチギチと喜びに大顎を打ち鳴らしながら現れたのはライトブルーの外皮を持ち、4本の腕に4本の武器を携えた異形の戦士。全身に帯びた冷気が彼の足元に霜を降ろしている。

 第5階層守護者、コキュートスの登場だった。

 

(うおー、間近で見ると迫力あるなぁ。演出もボスっぽかったし、茶釜さんにも楽しんでもらえたかな?)

 

 四本の槍斧(ハルバード)や刀を空間に仕舞い込むと、心なしか冷気の勢いも落ち着いた。ブレインを視界の隅に入れると突然のことに驚きつつも警戒しているようで、いつでも居合い斬りを打てる体勢に構えている。

 

 実を言うとマーレに土のドームを作ってもらい、絶好の位置でアインズとブレインの攻防を見ていたのだ。そして満を持して至高の御方より直々に授けられた演出で登場。普段から役に立ちたくても機会に恵まれなかったコキュートスが、これで張り切らない訳がなかった。

 

「アインズ様、イツデモ準備ハ整ッテオリマス」

「うむ、だがその前にコキュートス、お前の所見を聞きたい。私と、このブレイン君についてどう評価する?」

 

 わずかに逡巡したコキュートスは浅めに冷気の吐息を漏らすとその口を開いた。

 

「至高ノ御方ヲ評価ナドトハ畏レ多イコトデスガ、申シ上ゲマス。アインズ様ハ戦士トシテノ経験不足ヲ身体能力ト明晰ナルオ考エニヨル先読ミデ、ゴ対処サレテイルトオ見受ケ致シマシタ」

 

 こと戦闘におけるコキュートスの観察眼は一級品である。そして事実は事実としてそのまま受け止め、伝える実直さは武人気質な性格による美徳だろう。

 指摘が的を得たものであることにアインズは感心する。距離が近かったとは言え、やはり戦士としての熟練度は自分と比べるべくもないコキュートス。数える程の攻防の中にも正確にこちらの力量を見抜いた。

 

 コキュートスがブレインに向き直る。ここからはアインズにとっても答え合わせだ。自分の感じたブレインの力は、コキュートスの目から見ればどの程度のものなのか。

 

「ソノ者ハ弱過ギマス。最後ノ一手ハ他ニ比ベ僅カニ速カッタガ、興味ヲ持ッテ見ヌ者ニハ違イナド分カラヌデショウ。武技トイウモノガアレダトシタラ、真価ヲ引キ出シテイルトハ思エマセン」

 

 容赦無かった。

 

 武技についての概要は実験開始前の打ち合わせでガゼフを盗み見したときを思い出しながら話したのだが、いかんせん剣士が本職ではないアインズとぶくぶく茶釜が的確に説明できる訳も無く、技名みたいなものを叫んだらスピードが上がったり、剣の1振りで複数の敵を斬っていた、くらいの漠然としたイメージしか伝えられなかったのだ。

 コキュートスも疑問符を浮かべていたが、これは彼を責められない。

 

(真面目なのは良いところなんだけどなぁ。遠慮が無いと言うかなんと言うか)

 

 結局、人間が圧倒的弱者であるという意見にはコキュートスも相違無かったのだ。スケールが違うと言ってしまえばそれまでだが、計られる側の人間からしたら堪ったものではない。

 何にしても今日の目的はまず武技がどんなものなのか軽く触れることなので、現時点で個体差の考慮まで踏み込むつもりは毛頭無かった。

 

 脱力しそうになる体に力を入れて、少しでも威厳のある雰囲気を出そうと足を組んだ。

 

「なるほど。では実際に戦ってみるがいい。……と言っても普通にやっては刹那も()つまい。コキュートス」

「ハッ」

「ハンデを付ける。攻性防性問わず特殊技術(スキル)の使用、並びに21本の所有武器の使用は禁止だ」

「畏マリマシタ」

「それと、ブレイン君は貴重なサンプルだ。彼と、彼の所有する刀を傷付けることを禁じる。残された手段で決着させてみろ」

「ホウ……」

 

 考え付く限りの制限を掛けたが、それでもなお人間と守護者の強さには埋められない隔絶がある。さらにハンデを付けるなら行動に縛りを付けるくらいしかないのだが、普通に考えて戦士にこの縛りは何もするなと言っているに等しい。

 だがコキュートスは目を細め、興味深いと言わんばかりの声を漏らした。

 

 如何なる条件を提示されようとも、結末は決まっているのだ。勝利。ナザリックに勝利を。至高の御方に勝利を。勝利を捧げることこそが武人の誉れである。

 そしてこの場合に勝利する方法とは。コキュートスは考える。至高の御方が決めたルールを破ることは武人以前にナザリックに属する者としてあり得ない。

 

 目的は2つ。武技を見極めることと、勝利すること。前者は問題にならないとして、後者をどうするか。攻撃にあたる行動は禁じられている。かと言って防御や回避のみで相手の体力を奪うやり方では冗長な展開になってしまううえ、どうしても受け身にならざるを得ない。疲れが出れば相手は攻めて来なくなる。

 デミウルゴスなどと比べると、お世辞にもコキュートスの頭は回転が早いとは言えない。それは自分自身も理解していることだ。だが、個人レベルでの戦闘行為については足りない回転をセンスでカバーできる自信があった。

 そしてアインズの出した制約を選択肢から排除していった結果、コキュートスはアインズが示唆してくれた1つの残された道に辿り着いた。

 

「ブレイン君、次は彼がお相手する。もし彼に一撃でもまともに入れる事ができたら自由の身にしてやってもいいぞ」

「ふん、そりゃ言外に無理って言いたいのか?」

「そう思うのは勝手だがね。だが彼は私とは一味も二味も違う。気を抜いたら死ぬぞ」

 

 脅しでも冗談でもない。ただ冷静に事実を伝えているだけのアインズの声に、ブレインの背中を冷や汗が流れた。姿を現したときのコキュートスとやらのプレッシャーは、自分が過去に感じたことの無い異質なものだ。力の底が見えない。できることなら逃げ出したいところだが、捕らわれた状況がそれを許さない。腹を決めたブレインはコキュートスを見据え、≪領域≫を発動させる。

 

「ユクゾ」

 

 ゆっくりと、無造作に接近していく。構えからして、相手の最高の技は『待ち』のタイプであるとコキュートスは瞬時に判断する。それであれば当然武技もそこに複合する可能性が高い。

 ブレインが打ち込んで来やすいように間合いへ踏み入る。さっきのアインズと違って、間合いの外から一気に侵入して攻め入ることはしない。元から縛りのためにそれができないというのもある。

 仮にまだ見せていないさらに上位の武技があったとしても、先程の一撃を100倍速にするとかではない限り、回避は容易(たやす)いと読んでいた。

 

 何の躊躇いも無く領域内へ入ろうと距離を詰める巨体。首回りは正面からは見えず、厚い外皮が鎧になっているため深く斬り込んで首を落とすのは無理がある。

 細くなった腰辺りにはライトブルーの装甲は無く、あそこを両断できれば良いのだが、四本の腕が邪魔になって刀を振り切るのは困難なように思えた。

 

 ブレインの迷いを見透かしたかのように、コキュートスは領域に触れるギリギリの所で四本の腕を持ち上げる。

 

「何!?」

「本来デアレバ刀ヲ振ルウトコロダガ、至高ノ御方ハ武技ノ照覧ヲオ望ミダ。サア、全身全霊ヲ込メタオ前ノ最高ノ一撃ヲ打ッテクルガイイ」

「舐めやがって……あの世で後悔しても遅いぜ」

 

 コキュートスがさらに一歩進む。ブレインの領域内へ。観戦しているアインズはどういう訳か斬撃耐性を持っていたようだが、どいつもこいつもという訳ではないだろう。

 見たことも無いモンスターだが、いまのブレインには渾身の振りができればギガントバジリスクであろうと仕留められる自信があった。相手の過剰な余裕は即ち油断に繋がる。

 一刀で終わらせる。放たれた居合斬りは剣士としての矜持も乗せ、間違い無くこれまでで最高の速度と精度で繰り出された。

 

 

 アインズの縛りを受けてコキュートスが出した結論は、体でも刀でもなく、心を折ることであった。

 

 

 最後まで刀を振り切った。幾千と反復した動作に間違いは無い。刀で何かを斬るとき、うまく斬れば反動も無く素振りをするかのごとき感触であると誰かが言った。いまの手応えは(まさ)しくそれだ。だがブレインは目の前の光景が理解できず、叫び声を上げたくなった。それを押し込めたのは、己が右手に握った愛刀の確かな重量と、絶対的強者に対する本能的な恐怖である。

 

 ブレインが振り切った神刀の先、先端の刃の起点である三ツ頭を爪状になったライトブルーの指が摘んでいる。ブレインが振り切ったと勘違いしたのは、そこで固定された刀から力が跳ね返って、振り切ったときの位置まで自分がスライドしていたのだ。

 刀を振り抜くとき、最もスピードが速くなるのはその剣先である。それを峰側から摘み、あまつさえブレインの全力が掛かっても微動だにしない。一体どれだけの身体能力があればそんなことができるのか、完全にブレインの理解の範疇を越えていた。

 コキュートスは神刀の刃文を観察しているようだったが、刀を通してブレインの力が抜けていくのを感じると、音も無く指を離す。よろよろと数歩下がったあとブレインは弱々しく尻餅を突いた。

 

「マダヤルカ?」

「う、いや、ま、負けだ。天地がひっくり返っても勝てそうにない」

「賢明ダ」

 

 拉致された先で襲い掛かるモンスターに完全降伏して、大抵の者はその先に悲惨な未来を想像するだろう。あるいは、死んだらお終いなのだから死ぬ気で抵抗しろ、足掻け、逃げろ、と言う者もいるだろう。

 しかしこのときのブレインには実感で分かってしまった。相手の次元が違うこと、抵抗も足掻きも逃走も、全てが無駄であることを。

 敗北を宣言したのは、絶対に勝てない相手に対しては恭順を示す以外に命を拾う術が無いためである。

 

「そこまでだな。コキュートス、自分で体験してみてどうだ」

「アインズ様ニ伺ッタモノトハ異ナリマスノデ、多様性ニ富ム、アルイハ複合性ノアル特殊技術(スキル)ノヨウナ技ダト推察致シマス」

「ふむ、ではまだ全容は分からなさそうだな」

 

 ちらりとブレインを見遣ると、へたり込んだ体勢のまま沈黙している。もはや抵抗する気力も無いといったところか。

 

「ブレイン君」

 

 名を呼ばれて身体が跳ね、恐る恐る顔を上げる。よく考えたら強さの次元が狂っているコキュートスが敬意を向けているこのアンデッドはいったい何なのか。斬撃耐性と言い、まず間違い無くただの骸骨(スケルトン)ではない。

 

「負けてしまったな。だが元よりこれは勝負ではない。そして君は私が望む働きを充分にしてくれた。感謝しているよ」

 

 正直いまのブレインは俎上(そじょう)(うお)である。何をされてもおかしくない。いっそ一思いに自決すれば苦しまなくていいかも知れないが、何かが頭の中に引っ掛かっていた。

 コキュートスは何と言ったか。数分前のこととは思えないほど色褪せた記憶を絞り出す。そう、確かにこう言った。本来であれば刀を振るうところだが、と。

 

「私はもっと武技のことを知りたいのだ」

 

 つまりコキュートスは、他にも武器を使うのかも知れないが、少なくとも刀も使う。剣士の顔を持っているのだ。身体能力にモノを言わせた荒削りなものかも知れない。だが身体能力の高さは戦う者にとって大抵の場合アドバンテージであり、それによってさらなる高みへ上ることが往々にしてある。

 

「君さえ良ければもう少し協力して欲しいのだが、どうかな。衣食住はこちらが提供するし、身の安全も保証しよう。悪い話ではないと思うが」

 

 そのコキュートスが剣を振るったら、どうなるのか。死の恐怖は、剣士としての好奇心に塗り潰されていた。

 

「……俺は、強くなれるか?」

「ん? ああ見たところ武器も防具も全然だしな。伝説(レジェンド)級は流石にダメだが、聖遺物(レリック)級程度で揃えるだけでも見違えるぞ」

「何言ってるか分からねえけど、そういうことじゃなく……」

「ナレル」

 

 大人しく場を見守っていたコキュートスが横から口を挟んだ。肯定的な言葉は確信を込めて発されたもので、有無を言わさぬ力強さがあった。冷気を吐き出して先を続ける。

 

「強サヲ求メルソノ炎ガ消エナイ限リ、剣士ノ腕ニ後退ハ無イ」

「……はっ、はははっ! そうか、いや、そうだな」

 

 同じ剣士として感じる所があったのか、コキュートスの答えに満足そうな表情をブレインは浮かべた。

 もう臆することも無く、アインズをしかと見据える。その目にはギラギラしたものが映っていたが、これがコキュートスの言う炎なのだろうか。

 

「アンタ、ストロノーフのことを知ってる風だったな。俺には目標がある。ヤツに剣士として勝つことだ。それが叶うならたとえモンスター相手であろうと手を組むぜ」

「モンスターとは少し違うんだがな……まあいい、契約成立だな。では武技のデータ収集と、それに伴うブレイン君強化計画の実行主任はコキュートス、お前に一任する」

「ハッ! 必ズヤ成果ヲ上ゲテ御覧ニ入レマス!」

 

 跪いて臣下の礼をとるコキュートス。やはり間違い無くこの骸骨(スケルトン)が上位者なのだ。正直アインズの強さを感じられなかったブレインだったが、人間社会の王や貴族のようなものがモンスターの社会にもあるのだろうと深く考えないことにした。

 

「後で正式に通達するが、ナザリック内におけるブレインの立ち位置はコキュートスの部下としておく。第6階層に居住スペースを用意させるのでアウラとマーレには先に面通しをしておくとしよう」

「畏マリマシタ」

「そのあとは装備でも見繕った方がいいか?」

「イエ、当面ハ不要カト。ソレニ訓練ノ前ニ、部下トナレバコノ者ヘ礼儀トイウモノヲ叩キ込マネバナリマセン」

「そうか。ナザリックのこともある程度教えるならコキュートスだけでも大変だろう。アルベドを寄越すから二人で教えてやるといい」

「ゴ配慮イタダキアリガトウゴザイマス」

 

 この場では、慣れるまではナザリック内を一人で歩き回らないこと、いずれは外へ出すことも考えているがいまは我慢するようにとよちよち歩きの子供に向けるような諸注意を受けた。

 

 しばらくあと、頭に大きな捻れた角を持つ絶世の美女が到着したのと入れ替わりにアインズは姿を消す。透明化かと思ったが骸骨(スケルトン)がそんな魔法を使える訳が無い。絶句していたところへただ転移しただけだと何でもないことのように声が掛かり、自分の常識がガラガラと崩れていく音をブレインは聞いた。

 そしてナザリックの歴史に始まり礼儀を文字通り物理的に叩き込まれるという地獄がこのあと待っていたのだが、ブレインには知る由も無かった。

 

 

 

 実験の予定を終えたアインズは転移で一旦自室へ戻り、普段の装備に付け替えを行った。骨の身体には大差無いようにも思うが、やはりこの姿が落ち着く。

 再び転移で第六階層の貴賓席へ戻るとシャルティアとユリに感想を聞いてみた。

 

「アインズ様のあられもない……ではなくて、勇ましいお姿には惚れ直したでありんす」

「魔法の頂点を極めてなお(たゆ)まぬ向上心に感服致しました」

 

 自分で水を向けたものの、正面切ってベタ褒めされると少々照れくさいものがある。誤魔化すようにわざとらしい咳払いをして、この場を締めることにした。

 

「楽しんでもらえたようで何よりだ。今回の褒賞は初の試みということもあって実験的な色合いが強い。だが今後もこのようなことは続けていくつもりだ。希望があるならなるべくそれに沿うようにもする」

 

 確かに褒賞が無くとも、アインズの見てきたナザリックの者たちならば全員が嬉々としてナザリックのために動いてくれそうではある。しかしそれに甘えてはいけないと思うのだ。成果には分け隔て無く報酬を出すのが、正しい姿だ。ギルメンの一人であるヘロヘロのような思いをする者を生んではいけない。

 

「それにしてもアインズ様」

「なんだ? シャルティア」

「あの人間はてっきり殺すのかと思っておりんしたが、違うのでありんすか?」

 

 そういえば武技の研究のために捕らえて来いとしかシャルティアたちには言っていなかった。武技の確認はさっきの戦闘で終わったと思ったのだろう。それならあの人間を生かしておく理由も特に無いのではないかということだ。実にシンプルな思考ではある。

 

「ああ、あれはお前たち二人が苦労して捕まえてきた貴重なサンプルだからな。軽々しく潰すような真似はできないさ」

「ア、アインズ様……!」

 

 それに、無闇に痕跡を残す訳にもいかない。ある程度なら理由も付けられるが、あまり派手にしているといざ他のプレイヤーと遭遇したときに言い逃れもできず不利な状況を作ってしまいかねないのだ。

 

 自分たちの成果を大事に扱ってくれるアインズに感動したシャルティアが感極まって抱き付いてくる。身長差がかなりあるので、アインズとしては子供がじゃれてきた感覚に近いものがあったが。

 

 うまくいくか不安だった褒賞の席は、結果大成功だったと言っていいだろう。目的は大まかに二つあった。一つは功労者への褒美、もう一つはナザリックの者たちに対する理解を深めるということだ。

 概ねにおいて個々の性質は把握できていたり、予想が付く者もいるが、やはり触れ合う機会を重ねなければ相手のことなどお互いに分からないのだ。

 

 感慨深くシャルティアの頭を撫でるアインズの耳に、アルベドとコキュートスの超スパルタ教育の洗礼を受けているブレインの悲痛な叫び声が聞こえてくる。

 そっと≪メッセージ/伝言≫を使用した。

 

『あー、ペストーニャか? 悪いが第六階層の円形劇場(アンフィテアトルム)に来てくれ。至急だ。そこにいる人間を回復させてやってくれ。あとアルベドとコキュートスには精神的にも物理的にも壊すなよと伝えておいてくれ。うむ、頼んだぞ?』

 

 あの二人に教育係を任せたのは早くもミスだった気がしてならないが、何事もモノは試しと思うことにした。




ブレイン編が思ってたより長くなってしまいました。

コキュートスって別に頭悪い訳じゃないと思うんです。
ただ0→1が苦手なだけで。1→100にするのは筋道を提示してあげれば普通に出来るんじゃないかな。
種子島大量複製した日本人の気質に通じるものがありますね。


次回は番外編です。



11/22 誤字指摘を一部適用、表現を一部修正しました。
2018/11/4 行間を調整しました。
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