オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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今回から四章だと言ったな、あれはウソだ。

投稿の順番間違えた……(´・ω・`)


番外編その5 ハムスケでござる

 幅の広い机を囲む配置の椅子。深く腰掛けられるタイプのそれらは職人が一つ一つ丁寧に作ったもので、相当に値の張る品であることが分かる。よくよく見れば壁に掛けられた絵画や書類が仕舞われている書架にカーペットまで、どれも高級で質の良い品が揃えられている。だが決して華美な装いではなく、むしろシックで落ち着きのある雰囲気を醸し出していた。

 これらは部屋の主の趣味で集めたのではなく、交渉相手に舐められないための工夫の一つだった。

 

 この建物の利用者は実に多岐に(わた)る。地方の村人もいれば、腕に覚えのある者、学者、薬師、鍛冶師、ありとあらゆる職種の者がいる。

 その中でもこの部屋に入れるものは一握りだ。特に客として来る者の多くはプライドだけは一丁前の地方貴族や我の強い商人など、有力者と呼ばれる者たちである。

 

 部屋に飾った絵画の値段を競うつもりは無い。しかし安っぽい装いを小馬鹿にする連中は自称含む上流階級の人間にはいくらでもおり、時には本意ではない演出にも気を配る必要があった。その一環として、この数年で自分も演技がうまくなったものだと自嘲を含んだ鼻息を漏らす。

 

 だがそんな哀愁はひとときの気紛れである。ノックの音に振り向いたときには、精悍で知られるエ・ランテル冒険者組合長プルトン・アインザックがそこにいた。組織を束ねる者として、常に壮健たれ。そして今日これから話をする相手は丁重に扱わなければならない。

 

「すみません、アインザック組合長。依頼があったため遅くなりました」

 

 姿を現したのはもはやトレードマークとも言える漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包んだ剣士モモン。入室を促すと慣れた動作で椅子に腰を下ろす。

 それもそのはず、モモンにとってこの部屋は既に幾度となく招かれている場所なのだ。座るのはいつもと同じ、最も下座から一つ中へ寄った席である。謙虚な姿勢を示しつつもリーダーとしての威厳は失わない、彼の人となりをよく表した習慣だ。

 

 エ・ランテル初のアダマンタイト級冒険者となってから、名指しの依頼は日に日に増えていた。冒険者組合に強いコネクションのある貴族や商人からの依頼は、いつもアインザック自らがモモンに依頼の話をするようにしている。厄介な依頼も多いが、これらは依頼主が依頼主だけに金払いが良く、斡旋する側としてはやりやすい。しかしこのモモンという男は単純に金目当てで動く男ではないことをアインザックも、それ以外の者も知っていた。

 

 報酬額に関わらず、基本的に受けた順に依頼を完遂する。内容によっては前後する場合もあるが、それは放っておけば甚大な被害拡大などが予想される火急の案件に限る話であって、万人が納得する理由があった。本日受けていた依頼もその類だ。

 

「いや、連絡は受けているから構わない。護衛任務の途中で出くわしたギガントバジリスクを討伐したそうだな。放っておけばどれだけの被害が出たか……。私からも礼を言おう。報酬には色を付けておく」

 

 蛇に似た形の巨体に八本の足、頭には王冠状のトサカを持ち、石化の視線に加えて猛毒を分泌する鋭い牙。少なくとも複数のミスリル級冒険者チームが専用の対策を備えて掛からなければならない魔獣だ。

 それをたまたま出くわしたからと護衛任務のついでに討伐するなど、普通は考えられない。対策を常備している訳も無く、護衛対象に危害が及ぶリスクを上げるだけだ。99.9%の冒険者はできる限り注意を引かないようにその場を離れ、良心のある者は組合に報告するのが関の山だろうし、その行動を責める者は誰もいない。対策や罠も無く少数での直接戦闘など、ただの自殺と変わりないのだから。

 

 しかしこのモモンがリーダーを務める『漆黒』は格が違う。異例のスピードでアダマンタイト級に駆け上がった後も、他の追随を許さず前人未到の領域を走り続けている。

 その業績をまざまざと見せ付けられているアインザックは、ギガントバジリスクの討伐が驚愕に値する成果だと頭では理解しているが、それでも成した者がこのモモンだと言うだけで一々驚くには値しないと反射的に考えてしまうようになっていた。

 

「いえ、礼なら私の我儘を通させてくれたビョルケンヘイムさんに伝えて下さい。それと追加の報酬は結構です。仰る通り護衛任務の途中だったため部位の持ち帰りもしていませんので」

「あれは報酬目当ての虚偽報告を撲滅するためにやっていることだ。嘘を吐く君ではないだろう」

「ルールを破るのが嫌いなだけです」

 

 こういう男なのだ。言いながらもアインザックは彼が恐らくこちらの申し出を固辞するだろうと予想していた。その通りになった訳だが、狙いは彼に対する組合からの信頼のアピールなのだから問題は無い。

 

 軽い会話であっても礼を尽くせば人は縁を切りにくくなるものだ。アダマンタイト級を擁するというのは組合としても誇らしいことであり、より多くの人と金を集める看板でもある。それは冒険者組合が居を構える都市エ・ランテル自体としても言えることで、都市長のパナソレイからは直々にチーム『漆黒』の心を鷲掴みにして離すなと強く念押しされている。

 言われずとも、どんな手を使ってでも彼らを手放す気は無い。幸いと言うべきか、チームのリーダーはこの男、モモンだ。同性であればこそ、より束縛に有効な手段が思い付こうというものだ。

 

 現在魔術師組合長であるラケシルの伝手(つて)で『琥珀の蜂蜜』、『天空の満月亭』、『紫の秘薬館』といった高級娼館への打診をしており、準備が整い次第友好を深めるため()()()()連れていく計画を水面下で進行させている。

 

 だがその際に一つ気になるのは、彼のパートナーの美しさだ。高級娼館の一級品と並べたとしても異彩を放つ程の美女であり、とても目立つ燃えるような赤い髪はその名を知る者も知らぬ者も関係無く男の視線を惹き付ける。男女二人組の冒険者は恋人同士や夫婦が多いが、「大事な仲間です」とモモン自身は男女の仲を否定していた。下世話(げぜわ)なことだが、仮に彼女が夜の相手をしているとするなら、娼館への手回しは無駄になる可能性があった。

 とは言え男は上半身と下半身が分離した生き物だ。ダメで元々くらいの気持ちでやはり計画の実行を決意するアインザックであった。望まぬ女衒(ぜげん)の真似事をしてでも、この街に引き留めるだけの価値が『漆黒』にはある。

 

「ん……? 彼女は一緒ではないのかね」

「ああ、どうしても外せない用があるから少し遅れると言っていましたが、程なく着く頃でしょう」

 

 言い終わるが早いか、扉を開けて長く赤い二本の三つ編みを揺らした女が入ってきた。やや褐色の肌と、大きくスリットの入ったくるぶし丈のトゥニカは神聖さと淫靡さが同居している。チーム『漆黒』のもう一人、通称『太陽のレジーナ』と呼ばれる彼女は(まさ)しくチームの華だ。しかし今日に限っては二つ名の由来になった笑顔は影を潜め、半目の(ほう)けた表情には緊張感というものが感じられない。

 遅参の相方に漆黒の剣士が問い掛ける。

 

「来たか。そういえば何をしていたんだ?」

「や、それがっすね、モモンさんが仕留めたギガントバジリスクの肉を切り出して屋台のおっちゃんに串焼きにしてもらったっす。でも硬いわ臭いわでヒドかったっす」

 

 聞かなきゃ良かった。「ああ、そう……」と短く答えてプイと顔を背けたモモンからはそんな心の声が聞こえてくるようだった。助け舟という訳ではないが、ゴホンとわざとらしい咳払いをして、アインザックは本題である依頼の話に入った。

 

 

 

 

 

 

 組合からの依頼を受領したモモンの足は外壁の検問所へと向かう。冒険者組合の建物内やその付近と、少し離れた大通りでは周りの者から向けられる視線がまるで違っていることに気付く。

 冒険者の業界では、彗星のごとく現れて閃光のごとき勢いでアダマンタイト級に登り詰めた『漆黒』を英雄視する声が少なくない。多くの者が憧れの眼差しを持ち、そして冒険者ではない街の人々のあいだではある理由のために万人が知っている訳ではないにしても周りが多少ざわつく程度には認知が広まっている。

 

 検問所が精査をしているのは街に入ってくる者だけだ。基本的に外へ出ていく分には面倒なチェックも無く、せいぜい記録を残すための名簿記入係に名を名乗るくらいで事足りる。

 基本的に検問所の仕事に従事しているのは自警団の連中であり、彼らは普段都市内の警備も担当しており、その中には共同墓地も当然含まれる。

 あの、墓地からアンデッドが湧き出した一夜の恐怖と希望を目にした者の大半はこの自警団の者たちだった。そのため『漆黒』、特にモモンを英雄視する動きは彼らの中では爆発的と言っても良い勢いで広まっていったのだ。

 街に入る者たちが向かって右手に列をなしている。モモンが進んだ左手側の受付は運良く空いていた。

 

「これは、モモンさん。これから依頼ですか。ああ、名簿への記入はこちらでしておきますのでどうぞお通りください」

「いつも済まないな」

「いえ、この街唯一のアダマンタイト級冒険者であるあなたを煩わせる訳に行きません。それに……」

 

 検問所の自警団員の視線は正面に並ぶ人の列、そして門へと流れていき再びモモンへと戻った。並んでいる人々の視線の多くは門の外へ向いている。

 

「お蔭で仕事が退屈じゃなくなりましたから」

 

 もはやフリーパス状態の検問所を通り、日中は開いて固定されている表門を出ると、左手に見慣れた毛玉があった。これこそ冒険者ではない街の人々にモモンの名が広まっている理由だった。

 毛玉はもそもそと反時計回りに向きを180度変えると、つぶらと修飾するのが妥当に思える目をこちらに向けてきた。

 

「殿! このハムスケ言いつけ通りに大人しくお待ちしていたでござるよ!」

 

 おおっ、とどよめいたのは検問所の順番待ちをしていた人々だ。口々に魔獣と、何よりそれを手懐(てなず)けている漆黒の全身鎧(フルプレート)を着た男について感嘆の言葉がひそひそと交わされている。

 

(よしよし。最初は心配だったけど宣伝効果はバッチリだな)

 

 あの反応であれば、街に入った彼らは夜には知人と酒でも飲みながら魔獣の話をし、そしてアダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』の業績を聞くことになるだろう。

 全身鎧(フルプレート)とは思えない身軽さでハムスケに騎乗するモモン。その姿に向けられる人々の視線が心底からの驚嘆だと理解してからは、かつて羞恥プレイだと断じたこのスタイルもそんなに悪いものではないと思えていた。

 

「よしハムスケ、今日はトブの大森林に……どうした?」

 

 下半身から感じる感覚がいつもと違う。毛が逆立ってブルブルと震えている。

 

「と……殿ぉ……な、なんだかヒゲがぞわわ〜って、嫌な感じでござる」

「嫌な感じ? ふむ、興味深いな。まあそれは大丈夫だ。付いてくる奴がいるが危害は加えてこないから気にせずトブの大森林に行くぞ」

「わ、分かったでござるよ」

 

 図体に似合わず軍馬にも負けない速さで走り出した魔獣ハムスケ。砂煙を上げながら爆走していく姿に人々の目は奪われ、外壁を飛び越え出た存在に気付くことは無かった。

 

 

 

 街道を抜けるとじきにトブの大森林に着く。道中のハムスケは後ろから追ってくる気配が気になるらしく、後方確認のために無駄な蛇行をするたびにモモンからの注意を受けていた。

 

「うう……気になるでござる」

「大丈夫だと言っているだろう。そろそろいいか……ハムスケ、そこを右だ」

「と、殿がそう仰るなら信じるでござるよ」

 

 深い藪の中へ分け入り、街道からモモンたちの姿は一切見えなくなった。

 

 生い茂る草木を物ともせずにハムスケの巨体が疾走する。五分と経たないうちに、視界の開けた場所に出た。既に広大なトブの大森林の領域に入っている。

 ハムスケを止めたアインズはヒラリと飛び降りた。そしてその場から動こうとはしない。どうかしたのか聞こうと顔を向けたと同時に、ハムスケの耳は下草が揺らす何者かの音を捉えた。

 

「とっ、殿! 曲者でござる!」

(『曲者』って)

 

 言い終わるよりも早く、茂みから飛び出してきた音の犯人は2人の前方5メートルの位置に姿を現した。

 

 それは、茶色と黒の混ざった毛並みを持つ狼だった。

 

 シャープではあるが一目で筋肉質と分かる強靭な肉体、後ろに垂れ下がった幅広の尻尾を規則的に揺らし、口元には何故か肩掛けタイプの白い大きな鞄を咥えている。磨き上げた黄玉を嵌め込んだかのような金色の両眼に映るのは漆黒の戦士とその従者だ。

 

 この者こそエ・ランテルを出た時からハムスケの感じていた違和感の正体だった。街からここまで、近いと言える距離ではない。馬よりよっぽど頑丈なハムスケが駆けて、それを追跡できる者はそう多くないだろう。だが、ときには獲物を追って百キロメートルを優に超える追跡を行うことすらあるという狼であればあり得ない話ではない。数少ない例外だ。

 もちろん並の狼なら多少の群れに襲われたとてハムスケならば問題にならない。しかし現実はどうだ。ハムスケはすっかり萎縮してしまい、しかし感じている恐怖がどこから湧いてきているのか分からず困惑しているように見える。

 

 全ての答えを知っているアインズからすれば、その反応は正しい。だが本当の正解に辿り着くには思考と閃きが足りなかったので四十点と言うところか。

 

 隣でおっかなびっくり様子を窺いながら髭を震わせている魔獣になるべく優しく声を掛けてやる。

 

「安心するのだハムスケ、あれはレジーナだ」

「ヒゲが……拙者のヒゲがぁ〜、ぁ? レジー……ナ殿、でござるか?」

 

 応えるように腰を下ろした狼の尻尾が地を叩き、咥えていた鞄をそっと置いた。慎重に扱っていたらしく穴が空いたりはしていない。

 ゴロンと横になってこちらに背を向けると、眠りにつく時と同じ姿勢で丸くなった。するとハムスケより少し小さいくらいだった体がさらに小さくなっていく。ピンと尖った耳の毛先から、下方向に色が流れ染まる。秋の紅葉よりも鮮やかで、森を焼く炎よりも激しい(ほむら)(あか)。長く伸びた髪に吸われる様に、後ろと前ではなくなった手足と胴はつるりと張りのある薄褐の肌となり、瞬く間に1頭の狼は一人の美女に姿を変えた。

 

 むくりと上半身を起こし、大口を開けてくわあっと欠伸なのか威嚇なのかよく分からない声を漏らす。

 

「な……」

「おお、本当にレジーナ殿でござる! 拙者のヒゲがぴくぴくしていたのはそのせいでござったか。いやはや、話は聞いていたけど狼のお姿を見たことが無かったので襲ってくるのかとヒヤヒヤしたでござるよ」

 

 赤髪の彼女は少し悪戯っぽい笑みを浮かべて肩越しにこっちを見る。

 

「お? 襲って欲しかったっすか? 自分の命を投げ打って主人を護る魔獣……うん、いいんじゃないっすか?」

「よくないでござる」

 

 適当にからかいながら、その視線は向かって右、自分にとっての真実(ほんとう)主人(あるじ)に向かう。他に追跡が無いかを確認しているのか、こちらには背を向けて微動だにしていない。

 

 自分の種族である人狼(ワーウルフ)のように超感覚がある訳ではないから警戒をする、というのは分からなくもないが、ただでさえ自分と、あまり頼りにならないが一応ハムスケもいて、動物などが接近すれば一キロメートル以上離れた場所でも余裕で察知できる。

 それでも警戒を任せきりにはせず自分でも二重の確認をする徹底振りとは、流石は至高の御方と感心する一方で情けなくもあった。そもそも部下たる自分たちが完全に信頼に足る働きをしていれば至高の御方の手を煩わせる必要も無いのだ。

 

 ハムスケにスタスタと近付くとその細い指を桃色の鼻先に当てて軽くぐにぐにする。わぷ、ちょ、なんでござふか、と少し嫌そうに上下左右に頭を動かすが、吸い付いているのかと思う程ピッタリと寸分の狂い無く付いてくる指に四苦八苦している。

 

「……もういいか?」

「あ、はい」

 

 指を離すと出る寸前だったくしゃみをブルッと全身を震わせて抑え込んだハムスケ。もしかして(じゃ)れているあいだ待っていてくれたのだろうか。なんと言う慈悲深い主人なのか。他の姉妹や守護者達を差し置いてというのは申し訳無い気もしないではないが、至高の御方のすぐ側で特別にお仕えできるいまの環境に自分は間違い無く喜びを感じている。羨望の目はその代償として甘んじて受けよう。それでも十二分にお釣りが来るくらい、感動に溢れる毎日だ。

 

 

 

 咄嗟に振り向くことができたのは幸運と言う他ない。固まってしまわなかったのは、彼女がこちらを向く前に緊急事態に気付いたこと、それによる動揺を種族特性による抑制で最大限抑えられたからだ。ハムスケが何か言っていたが、大した内容ではないため聞き流していた。多少時間を取ったところで確認すると、問題無い旨の返答が来たので無防備に振り返ってしまった。

 さっきの比ではない勢いで感情抑制が働くのを感じながら、アインズは精神力を振り絞る。

 

「ふ……」

「ふ?」

「服を着ろーーーーー!!」

 

 きろー、きろー、きろー……無人の森に1人の男の声がこだました。

 

 慣れた手付きで長い2本の三つ編みを仕上げ、最後に獣耳を隠す役割もあるキャップをポスッと乗せる。丈の長い正装を入れていた大きな白い鞄はすっかりぺたんこになり、本来の武器である大聖杖の代わりに肩掛けにしてある。

 

「着終わったっす」

「……本当だろうな?」

「大丈夫っす! ね? ハムスケ」

「バッチリでござる」

 

 まあハムスケもそう言うならとおそるおそる振り向くと、今度こそいつもの服をちゃんと着ていた。

 その表情は恥ずかしがっているとは思えず、全くもってあっけらかんとしている。種族を考えるならば狼的な感覚で裸であることへの抵抗が無いという可能性も皆無ではない。それと見られることへの抵抗感は根本的に別だと思うが、こちらから藪を(つつ)いて蛇を出すのも避けたい。

 部下とは言え女子なのだ。敢えて無かったことにしようとしているのかも知れない。そこへわざわざ言及する男の上司。性欲があるのかどうかも疑わしい骨の身とは言え、セクハラの(そし)りは免れないだろう。

 

(よし、ここは無かったことにしよう)

 

 この件についての方針を決めたアインズは、今日の目的を説明することにした。

 

「ハムスケよ」

「なんでござるか殿」

「今日はお前をナザリックに連れていく」

「なざりっく……でござるか? 聞いたことが無い場所でござるな」

 

 

 この世界において、実質的に完全新規の手勢はこの巨大ジャンガリアンハムスターが初めてなのだ。組織に取り込む以上は拠点の認識と他の者への面通しをしておいた方がいいと判断した。

 ここで合流して≪ゲート/転移門≫を使わずに帰還するのも、ナザリックの場所とルートをハムスケに理解させるためだ。一つ心配なのは外からの異物にぶくぶく茶釜以外の皆がどんな反応をするかだ。全く予想が付かない。あまりひどい拒否反応を見せるようなら、少なくともハムスケはナザリックの者たちと分けて考える必要が出てくる。

 

 ちらっと横目でハムスケの方を見ると、頬袋を引っ張られてオモチャにされていた。右へ左へこねくり回している部下は「おもちみたいっす」と大笑いしている。

 

(このやりとりを見ているとまるで心配無さそうだけどなぁ)

 

 適当なところで切り上げて、一同はいよいよナザリック地下大墳墓へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

「ここだ。ハムスケ、着いたぞ」

「久しぶりっす」

「な……なんだかオバケでも出そうな雰囲気でござる」

 

 2人と1頭は今、ナザリック地下大墳墓地表部の墓地にいた。乱杭歯状に並んだ墓石はエ・ランテルの墓地に比べれば一言で表すと荒れた様相を呈している。死者に対する敬意を捧げる場ではなく、忘れ去られた数多の死が濃密に沈殿した吹き溜まりだ。

 陽が傾いた黄昏時でこれなのだから、死者の本領とも言える夜になれば(おぞ)ましい気配はさらに濃くなるのだろう。

 

「いい頃合いだな。では私は道中話していた通り、組合からの依頼を片付けてくる。後は任せたぞ」

「了解っす! ほらハムスケ行くっすよ」

「と、殿ぉ〜」

「情けない声を出すな……。取って食われたりしないから安心しろ」

 

 地下へ続く入口のある霊廟へ向かい遠ざかっていくルプスレギナとハムスケの背中を見つめながら、アインズは見落としが無いか道中の指示を思い出す。≪メッセージ/伝言≫でアルベドにハムスケとルプスレギナの事は伝えてある。コストが低いからと常時起動させている(トラップ)も一時的に解除するように言ってある。ルプスレギナも付いている以上、ハムスケの身の安全は確保されているはずだ。

 

「……取って食われたり、しないよな?」

 

 どうにも拭いきれない一抹の不安を抱きつつ、≪テレポーテーション/瞬間移動≫を発動させる。いまの自分にできることは何も無い。

 

 

 

 

 

 

 ルプスレギナたちは墳墓を進みながら、ハムスケには今日ナザリックへ来た目的と、誰とこれから会うかを再度説明する。ついでにナザリック地下大墳墓そのものについても簡単にで構わないので説明しておくように至高の御方から仰せつかっている。しかしながらシズならまだしも、ルプスレギナはナザリック内のトラップの全てを把握している訳ではない。寄り道せずに通行する分には問題無いという程度だ。

 領域守護者には癖の強い者もいるため、とりあえず面通しはしなくていいらしい。黒棺(ブラック・カプセル)へ続く道はスルーする。基本的にあそこにひしめき合っている眷属達が広範囲に拡散することは無いが、あまり近付きたい場所ではない。妹のエントマはちょくちょく出入りしているらしく、この前袖の中に1匹紛れ込んでいたときにはユリを初めとして姉妹のほとんどが距離を取った。貧弱とは言えその個体もナザリックのシモベであることには変わりなく、エントマに帰しに行かせたが、無事に帰れたのかは分からないし知りたくもない。

 あの黒いのは確かに好きではないが、黒棺(ブラック・カプセル)の近くを通る時にルプスレギナはとても嫌な臭いが嗅覚を刺すのを感じていた。鼻と奥歯がむずむずする、とても苦手な臭いだ。

 

 壁の隙間を小さな黒いものがチョロチョロと動く気配を感じる。恐らく眷属の1匹だ。暗がりへ素早く姿を消したそれに、ルプスレギナは無言のお願いをする。どうかあの嫌な臭いのヤツが出てきませんように、と。

 

 着いた先は第二階層死蝋玄室。部屋の前には見張りと思われる吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が立ち番をしている。こちらに気付くと会釈をし掛け、(いぶか)しい表情で固まった。原因は言うまでも無く戦闘メイド(プレアデス)の隣の毛玉である。

 

「ご苦労様っす。シャルティア様は中っすか?」

「は、はい。室内におられます」

「アインズ様のご命令で、各階層守護者並びに戦闘メイド(プレアデス)に面通しをする新しいシモベを連れてきたっす」

「はいっ、少々お待ちください!」

 

 至高の御方のご命令とあれば、一秒の時間を惜しんでも主人(シャルティア)に即刻伝えなければならない。いちシモベに過ぎない自分からすれば、至高の御方は神にも等しい存在である。

 素早く、それでいて決して雑ではない動作で部屋に引っ込んだ吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)だったが、十秒としないうちにまた顔を出した。長い髪が傾げた首に釣られて、はらりと溢れる。

 

「あのう、ルプスレギナ様。ちなみにその新しいシモベの方というのはどちらに? よろしければ中でお待ちいただいても」

「ああ、お構い無く。そのシモベは私の隣のこれっすから」

「ハムスケでござる」

「これが……? あ、や、失礼致しました」

 

 無理に入室を促すことはせず、やはり疑問符を浮かべたまま吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)は頭を引っ込めた。今度こそ主人を呼びに行ったのだろう。

 隣ではなんだったのでござろうかなどと呑気なセリフを吐いているハムスケだったが、ルプスレギナはそれを生暖かい視線で見ていた。なぜなら今日面通しをする相手の大半には同じような反応をされるのが目に見えているからだ。

 

(私はハムスケの価値をアインズ様から教えてもらったけれど)

 

 至高の御方直々に。他の者が絶対に味わえない優越感に、浸ると思考がトんでしまいそうになる。

 冒険者としてのパートナーに選出されなければ、きっと自分もさっきの吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)と同じ反応をしていただろう。強さで言えばハムスケは吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)より少し上くらい。単騎だと相手にならないが、2体掛かりなら主力である尻尾に注意していればなんとか戦えるといったところか。

 しかし彼女たちは元々戦力の増強が目的ではなく、吸血鬼(ヴァンパイア)種の中では珍しくそこそこの容姿を持っているという理由でシャルティアのシモベ兼玩具(おもちゃ)として配されているに過ぎない。ハムスケが加わったとしても強者揃いのナザリックにとっては砂丘に砂を撒くがごとく、有ろうが無かろうが戦力的に大した影響は無い。

 

 ハムスケが冒険者モモンの名声拡大に一役買っていることは、直接的にはルプスレギナしか知らない。だが一つ分からない点があった。冒険者の姿においてのみ必要な存在ならばナザリックの者に面通しをする理由がそもそも無く、供の必要が無ければエ・ランテルから離れた平野にでも放置しておけばいい。ナザリックに不利益が掛かることをやったらぶっ殺すと脅しておけば、野生の本能で厳守することだろう。

 

 アインズ本人に聞けば話は早いのだが、その疑問に思い至ったのは別れてナザリックに入った後のことだ。しまったなと思いつつも何としても理由を聞きたいと言う程のことはない。忘れたならそれまで、覚えていれば後日にでも聞こうと余計な思考を片隅へ追いやる。

 

 5分としない内に部屋から出てきたのは紫と赤の混じった暗色のボールガウンに身を包み、白磁の肌と毛先を緩くウェーブさせた銀髪の少女。彼女こそがこのナザリック地下大墳墓第1から第三階層の守護者を務めるシャルティア・ブラッドフォールンである。他に類を見ない複数階層担当に加え、浅層において雑魚を()()()に掛ける役目のため骸骨(スケルトン)動く死体(ゾンビ)を初めとした物量重視のシモベを多く従えている。その種類と数は階層守護者でも随一だ。

 

 普段は自室にいる時高確率で湯浴みをしているのだが、それにしては対応が早い。これは伝言の内容に『アインズ様のご命令で』の一言を入れたのが少なからず影響している。ナザリックに属する者に、至高の御方々以上に優先することなど何一つ存在し得ないからである。

 

「お待たせしんした。ルプスレギナ、アインズ様からのご命令と聞きんしたが……ソレなに?」

「ハムスケでござる」

 

 思わず廓言葉でなくなる程、ハムスケの存在はシャルティアにとっても意味が分からなかった。またも感じる優越感はおくびにも出さず、簡単に説明を添えておく。

 

「コレはアインズ様がナザリックの外で服従させた新しいシモベっす。色々使い道があるらしいから、襲ったりしないよう配下の方々に通達をお願いするっす」

「使い道……ナザリックの者のエサか、ああ、傷付けてはいけないのならおチビにでも言って毛皮にでもするんでありんしょうか」

 

 顎に小さな手を添えて口を軽くへの字に曲げ、シャルティアは不思議そうに疑問を漏らす。物騒と言うかどっちに転んでも命が保たない予想にハムスケが不満の声を上げた。

 

「どっちもイヤでござる」

「あ?」

 

 瞬間、空間が軋みを上げてその場にいる全員を強烈に圧迫する。怒りに歪んだ顔で殺意の(こも)ったプレッシャーを噴出させているシャルティアを前に、ハムスケは一瞬で意識を持っていかれる。気絶するのは自我の崩壊を防ぐ、言わば生物としてのセーフティが働いた結果だ。

 命乞いをする間も無くハムスケが泡を吹いて仰向けに転がったことに、シャルティアは怒りのあまり気が付いていない。

 

「至高の御方の役に立つのが嫌だとぉ……」

「ちょ、待っ……ハムスケ殺したらアインズ様に怒られますよ!」

「はっ! そ、それはまずいでありんす」

 

 しおしおと怒りの気配が萎んでいくのを感じ、一触即発の危機を乗り切ったルプスレギナが長い息を吐く。額に流れる冷や汗は自身も命を賭した制止の証明。横目でハムスケが未だに痙攣していたので、念のために回復魔法を掛けておくことにした。

 

 

 

 声が聞こえる。遠いような近いような、自分を呼んでいる。二百年もの時を独りで過ごしてきた自分を呼ぶ者は誰だろう。その声が呼ぶ名は、かつて人間が畏怖によって付けた呼称ではない。ごく最近名付けられた、しかし唯一無二の大切な名だ。

 呼ばれているのならば行かなければ。自分を呼ぶ名付け親は、全身全霊で仕えるべき主人なのだから。

 

 

 

「……スケ、ハムスケ!」

「とっ、殿! 拙者がお側にぃ……おりょ?」

「ハムスケ……ああ、気が付いたっすね」

 

 ぼやけた視界のピントが急激に合い、目の前には共に同じ主人を仰ぐ人狼(ワーウルフ)の少女。まだ霧が掛かった思考をクリアにするために頭から全身をブルッと震わせる。ようやっと自分の周りに認識が及ぶと、ルプスレギナの隣で銀髪の少女がやや緊張した面持ちでこちらを覗き込んでいた。

 先の重圧を思い出して全身の毛が逆立つ。本能に刻み込まれた恐怖は大きな体を萎縮させてガチガチと前歯が鳴った。

 

「ハ……ハムスケと言いんしたか? もう怒っておりんせんから安心しなんし」

「ホ、ホントでござるか? 確かに殺気はもう感じないでござるが……」

 

 いまとなってルプスレギナはハムスケの案内に自分を付けた理由が分かった気がした。この調子では階層の半分も行かない内にハムスケは間違い無く死ぬ。間に自分が入って緩衝材の役目をしなければいけない。とは言え、この第二階層がある意味最大の難所と言えるので、ここさえ無事に済めば後は大した問題は起きないはずだ。

 

「よく考えたらただのエサをわざわざ面通しする必要もありんせんものね。さっきは悪かったでありんす」

「拙者も言葉のアヤでござった。申し訳無いでござる。殿には全力でお仕えする所存、この命も惜しくはないでござるよ」

 

 とりあえず誤解は解けたみたいだ。シャルティアはハムスケを観察する様に周囲をぐるりと回ってみたり、見た目程フワフワしていない毛を撫でてみたりしている。

 

「あーもう、さっきからうるさいでござるよ……あ、いや、お嬢のことではござらん」

「おじょ……そういえばまだ名乗っておりんせんかった。わらわはシャルティア・ブラッドフォールン。ナザリック地下大墳墓第一、第二、第三の階層守護者でありんす」

「これはご丁寧にありがとうでござる。うるさいと言うのはこいつでござる」

 

 頬袋をモゴモゴさせたあと、ハムスケの口から転がり出た物。こぶし大の黒っぽい球だ。

 

「これは何でありんすか?」

 

 口に入れていたせいで球の表面はハムスケの唾液まみれになっているが、特に気にする様子も無く指先でつまみ上げたシャルティアは僅かに顔を顰めた。

 

「た、確かにこれはうるさいでありんす」

「そうでござろう。最近は大人しくしていたのでござるが。でも殿からお預かりした品ゆえ、失くさぬよういつも肌身離さず持っているのでござる」

「ア、アインズ様からお預かりした……? くうぅ、う、羨ましいでありんす」

 

 少し名残惜しそうにも、至高の御方がハムスケに預けた品となればずっと自分が観察している訳にもいかない。そもそもシャルティアからすればアイテムそのものへの興味が無いので、再び地に置くことで返却の意を示した。

 パクッと死の宝珠を口に含んだハムスケは「なんだか大人しくなったでござるなー」などと独り言を言いつつ何度か口の中で転がした後、頬袋へとそれを仕舞った。

 

 あまり長話をする余裕も無いので、話の切りがいいところで次の階層へ向かうことにした。シャルティアはもっとアインズの話をハムスケから聞きたがっていたが、後日改めて話すことを約束するとぱあっと花の咲いたが如き笑顔になり、快くハムスケたちを送り出してくれた。こういうときは邪気の無い、見た目相応の美少女である。

 

「ハムちゃーん……ちなみにあのシャルティア様は私が本気で掛かっても片手で秒殺されるくらい強いから、怒らせたらダメっすよ」

「そ、そういうことは先に言ってほしいでござるよ! ルプスレギナ殿が秒殺されるならそれがしなんかどうなるでござるか」

「あはは、まあ他の人はそこまでじゃないっすよ」

「早くも先行き不安でござる……」

 

 野生の勘は意外と馬鹿にならないもので、この日この後、ハムスケの気が休まることはほとんど無かった。




次回からホントに四章です。

2018/11/4 行間を調整しました。
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