オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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みなさまよいお年を! 来年もよろしくお願いします!


第33話 争奪戦

 ぶくぶく茶釜が改めて集合を掛けて通達した内容に、各階層守護者の反応は実に様々だった。

 

 おどおどと周囲の様子を窺う者、火蓋を切る前から挑発を投げ合い火花を散らす者たち、表面上は穏やかながらも他を出し抜こうと策を巡らせる者、至高の御方の言葉の真意を汲もうと沈思黙考する者、迷わないように魔樹をじっと見つめる者。

 一部を除いて騒がしいことはないが、場はさっきまで無かった緊張感に支配されている。

 

 ザイトルクワエは現在ぶくぶく茶釜が相手をしている。といっても向こうの攻撃を(はじ)いて無効化しているだけなので、規格外の体力はまだまだ残っているはずだ。

 当初はデミウルゴスの特殊技術(スキル)<ジュデッカの凍結>によって固有時間を停止させたところ、効きはしたのだが何らかの耐性があるようで1分そこいらで解除されてしまった。

 

 階層守護者同士の戦いを始めるまで作戦タイムとして十分間の猶予を与えられた。そのあいだはぶくぶく茶釜がザイトルクワエの対処をしているという訳だ。

 

「シャルティア、いまならまだ許してあげるから負けてみっともない姿を晒す前に棄権すれば?」

「お、お姉ちゃん」

「くぬっ、ふ、ふん! それはこっちのセリフでありんす。ぶくぶく茶釜様のお側仕えはペロロンチーノ様に創造されたわたしが務めんすから、おチビはせいぜいそれを物影から見ているがいいでありんす。そういえばペロロンチーノ様がこういうのを確か『NTR』とおっしゃっていんしたが……」

 

 不意に出た至高の御方の名に表には出さずとも全員の注意が向く。ペロロンチーノといえばアインズとの友誼(ゆうぎ)も厚く、ぶくぶく茶釜と切っても切れない関係にある至高の41人の内の1人だ。

 バードマンである彼はその翼で天空を舞い、閃光の矢で敵を撃ち抜いたとか。

 

 シャルティアの発した言葉の意味が理解できなかったマーレが首をひねる。

 

「えぬてぃーあーる……?」

「なんでも属性の1つだそうでありんすが、あのペロロンチーノ様をして苦手と言わしめんすなら、相当危険なシロモノには間違いないでありんしょう。耐性をお持ちでないと(おっしゃ)っていんした」

「属性かー。ナーベラルに聞いたら何か知ってるかな?」

「ふぅむ……ナーベラルは属性に特化したエレメンタリストでもありんすから、あるいは断片的なことは聞いたことがあるかも知れんせんわえ」

 

 いまさっきまでガンを飛ばし合っていたのは何だったのかと思わずにはいられない程、すっかり共通の話題で盛り上がっている。

 

 それを遠目に見るのはコンパクトな丸眼鏡の奥に鈍く光る目。悟られるのを避けるようにブリッジ部分を指で押し上げるのは赤いスタイリッシュなスーツに身を包んだ悪魔デミウルゴス。

 

 ここのところ羊皮紙確保の件でしばらく留守にしていたが、今回の階層守護者を中心とした出撃に参加できたのは望外の幸運だった。

 そしてこの場でぶくぶく茶釜が出した提案は普段冷静沈着なデミウルゴスさえも他者を押しのけて掴み取りたいと思ってしまうほどの、まさに悪魔的な魅力ある話だった。

 

 (はばか)りながらもナザリック随一と評された智を持つ者として、そのような本能的な欲望の炎に身を投げてよいものか。こればかりは己の精神的な問題であって、論理的に答えが割り出せるものではなかった。

 階層守護者たる自分にこんな葛藤をさせるなど、世界広しといえど至高の四十一人くらいのものだろう。その事実が忠誠心と掛け合わさり、身体の芯から痺れにも似た震えを生む。

 

「気楽なものね」

「ッ!」

 

 迷いを表に出すデミウルゴスではない。それにも(かかわ)らず後方から迷いの核心を突いているのか(とぼ)けているのか、絶妙な言葉を掛けながら現れたのは守護者統括アルベド。背筋を氷柱(つらら)の先でなぞったような、空恐ろしい感覚がじくりと侵蝕する。

 

 頭脳の回転に掛けてはデミウルゴスとて彼女に引けを取るつもりはない。しかし守護者統括の地位は伊達ではなく、彼女に比べれば自分はやはりまだ至らぬときがあると痛感させられる。すなわちそれは至高の御方の意思をどれだけ汲んでいるのかということにも繋がる話で、この上ない忠誠を捧げる者として負けたくない部分でもあった。

 

「アルベド……。私は戦闘能力からいっても、あなたを始めとして他の守護者には敵わないでしょう」

「あら、もう敗北宣言?」

「事実です。ですが────」

 

 悪魔が笑う。己の中の残虐性を隠そうともせずに。

 

「勝ちにいかせていただきましょう。今回ばかりは傍観していられません」

「でしょうね。でもそれは(わたくし)も同じこと───」

 

 金色(こんじき)の目を細め、不敵な笑みを浮かべる。穏やかな口調ながらも伝えたのは明確な決裂だった。

 

「残念、とは思いませんよ」

「お互い様よ」

 

 白と黒のグローブはそれぞれが作った握り拳の先をコツンとぶつける。統括と守護者ではない。ただ1なるシモベと1なるシモベとして。対等の争いであることを形にしたに過ぎないが、全てが終わった後に禍根は残さない。そんな無言の誓いが確かに交わされた。

 

「ソロソロダナ」

 

 一人静寂に身を置いていたコキュートスは時計を持っていなくとも、ぶくぶく茶釜が切った十分という時間を正確に感じ取っていた。平常心を保ちつつも、精神集中によって基礎ポテンシャルが高まっている。いや、引き出されていると言うべきか。

 武人である彼には策略を練るという選択肢は無い。己は1本の剣だ。剣は目の前の敵をただ斬り払うのみ。

 

 迷いは無い。至高の御方が望むというならば是非もなし。

 

 視線の先ではぶくぶく茶釜が強めに触手を(はじ)いた。先にやったのと同じだ。スタンで時間を稼ぐつもりなのだろう。

 コキュートスの推察は正しい。ザイトルクワエをまたも少々行動不能にさせたぶくぶく茶釜はバトルロイヤルの開始を告げるためにこちらへきた。

 

「十分経ったね。じゃ、始めようか」

 

 ぐるりと視線を回して、異議申立てなどが無いことを確認する。うん、と頷くと、高らかに宣言をした。

 

「第一回アイテム争奪戦! ルールは簡単、ザイトルクワエの頭頂部に生えてる薬草を真っ先に届けた人の勝ち! よーい、ドン!!」

 

 一斉に守護者たちが走り出す。目指す先は一点だ。

 

 頭ひとつ抜け出たのは森での活動が得意なアウラ。身体能力だけならシャルティアやアルベドの方が優れているが、走るだけなら前を譲る気は無い。

 

「あっ、このっ! 待ちなんし!」

 

 長い耳が遠ざかりつつある後方からシャルティアの声を拾う。目標が視界に入っているくらいの短距離(スプリント)レースなら、最初に抜け出た者が圧倒的優位に立つのは誰の目にも明らかだ。加えてザイトルクワエとのあいだに障害は何も無い。開幕5秒で早くも手にした勝利の確信は、いつも小競り合いをしている奴の悔しそうな顔でも見てやろうかとさえ思うほどの精神的な余裕を生んでいた。

 

「へっへーん、待てったってや〜だ」

 

『<トランス・ポジション>』

 

「よ〜……え!? あれ!?」

 

 アウラは面食らった。なにせ振り返った先には悔しがるシャルティアどころか、誰もいなかったのだから。

 

「ああっ! アルベド、ズルいでありんす!」

 

 すぐ前から聞こえた耳慣れた声に振り向くと、シャルティアがいた。ほぼ並走する位置にデミウルゴスとコキュートスとマーレもいる。

 進行方向を見ると、白いドレスにかかる長い黒髪が見えた。距離はちょうどアウラが引き離していた分に等しい。

 

 事態を理解したアウラの表情が歪む。やられた。アルベドがわずかに出遅れていたのはフェイク。彼女は最初から先頭に抜け出た者と場所を入れ替えるつもりだったのだ。

 アウラの考えを肯定するようにほのかに笑顔を浮かべたアルベドが振り向く。

 

「それは言い掛かりというものだわ。ダメージを与えるものでなければ魔法も特殊技術(スキル)の使用も禁じられてはいないのだから。(わたくし)はルールの中で最善の手を尽くしただけよ」

 

 ルールを守っている以上、糾弾は出来ない。シャルティアが押し黙ってしまえば思っていた以上に静かなものだ。

 

 静かといえば、マーレの姿が無い。少し後方を見ると、相変わらずなよなよした走り方で大幅に後れをとっているのが見えた。かろうじて視界には入っているが、さっき位置入れ替えをされた後じわじわと引き離されていたようだ。

 

「脱落第一号かぁ……ん? 杖をこっちに向けて何する気……?」

 

 攻撃魔法の使用はぶくぶく茶釜の決めたレギュレーションによって禁止されている。ルールを破れば一発失格だが、あのマーレが創造者の言い付けを破るとは考えられない。

 

 マーレが杖を軽く振った直後。ごう、という風切り音とともにアウラとシャルティアを追い抜き、アルベドに迫る影がある。

 

 デミウルゴスだ。だがその両足は普段のスマートなシルエットではなく、タランチュラを連想させるような八本の異形へと変化していた。

 

 特殊技術(スキル)<悪魔の諸相:八肢の迅速>。悪魔が持つ変身能力を足だけに発現させ、移動速度を上げる効果を持つ。本来ならこれでもシャルティアたちと並ぶかわずかに速い程度のはずだが、この速度は明らかにおかしい。

 

「ちょっと! なんでデミウルゴスがこんなに速いんでありんすか!」

「これはもしかして……<パワー・オブ・ガイア>!?」

 

 対象の力をアップさせる特殊技術(スキル)。アウラは知らないが今日モモンとマーレを乗せたハムスケもこの支援を受けて本来以上の能力を発揮することができた。ハムスケの場合は上がった力を余力に回すことで長時間の疾走を可能にしたが、長距離を走る必要のないデミウルゴスはそれを全て前に進むリソースに()てることで瞬間的にアウラたちをも超えるスピードを手に入れたのだ。

 だが問題はそこではない。答えを求めた訳ではないが、疑問は自然に口から漏れる。

 

「なんでマーレが……」

「おや、流石にバレましたか。まあ、理由はあとで自ずと分かります」

 

 いまだ先頭を走るアルベドは冷静な頭で考える。策を走らせたのは恐らく自分とのやり取りのあとだ。正々堂々という雰囲気を作っておきながら、その裏では大胆に暗躍する狡猾な男。ある意味それがデミウルゴスの正攻法でもある。ズルいなどとぼやくシャルティアの言葉は彼にこそ相応しいとは思うが、守護者統括としてはむしろ好感が持てた。

 

(そうでしょう。そうでなくては)

 

 だが頭の回転で互角となれば、肉体的な強さで勝る自分はなおさら負ける訳にはいかない。いや、負ける要素が無い。そう思えば並ばれるほどに距離を詰められようとも焦りは無かった。

 

「アルベド、余所見していていいのですか。触手が来ますよ」

「もうタイミングは完璧よ」

 

 盾を構えて備える。相手にダメージを与えてはならないのなら、防御に優れた自分にとって追い風だ。飛んでくる触手をいなしながら進むアルベドの真後ろにはピッタリと追走するデミウルゴス。アルベドを文字通り盾にしていい位置へつけている。

 これにはアルベドも後半の展開を予想して顔色が悪くなる。

 

 先頭を走る限り自分は盾に使われる。しかし触手を押し付けようとするなら一位に最も近いポジションを譲らなければならない。ジレンマを解決する手を見付けるには時間が足りなかった。

 

 妙案が出るより早く、二人はザイトルクワエの根元へと辿り着いた。ここからは木登りだ。とはいっても魔樹の表皮はあちらこちらがゴツゴツとしており、足場や指を掛けるポイントには困らなさそうだった。当然轢き潰されたカエルのような格好で堅実に登る必要は無い。アルベドは三メートルほど垂直にジャンプすると窪みの一つに優雅な動作で着地した。これならペースは多少遅くなるが、問題なく上までいけるだろう。本来ならば飛行能力を有するデミウルゴスには敵わないが、ぶくぶく茶釜によって飛行能力の使用は禁じられている。

 ここまでリードを保っていられるかが勝負の分かれ目だったが、どうやら杞憂に終わったようだ。

 

 そう決め付けるのは早計が過ぎた。二度目のジャンプをしようとしたアルベドの隣を地上と変わらぬ涼しい顔で通過していくのは八肢の足。上げた口角はここまでの展開が彼の想定通りだったことを物語っている。

 

「なんですって!」

「貴女にしては珍しい手抜かりですね。もっとも、分かっていたところで打つ手はなかったでしょうが」

「く、くううう……!」

 

 流石にどうにもならない。いくら守護者統括たるアルベドでも、個々の能力を完全に把握している訳ではないのだ。デミウルゴスにここまでの対応力があるとは考えていなかった。

 

 これでアウラに続きアルベドも脱落だ。鋭利な足が樹皮に食い込んでいるが、攻撃の意図が無いためかぶくぶく茶釜のストップは掛からない。もはや目の前にぶら下がった勝利に我を忘れそうになるが、それを簡単に許す階層守護者達ではない。

 

 近付く二つの足音が聞こえた。位置はデミウルゴスから見て頭の上方だが、現在デミウルゴスは直立したザイトルクワエの幹に対してほぼ90度の角度をとっている。その自分の頭の先は何も無いはずの空中だ。

 足音はうねるように、なおも近付いてくる。予想は付くが、目視して確認するだけの余裕は無い。

 

 デミウルゴスがザイトルクワエの頭頂部に着くのと、二つの影が降り立ったのは同時だった。

 

 フシューと冷気を吐き出し、(たの)しんでいる様子を隠そうともしないコキュートス。そしてなにか勝ち誇ったような表情を浮かべたシャルティア。

 

 二人の後ろには長く地上にまで続いた複数の触手が見える。あれを走り昇ってきたのだ。うねるように足音が移動していたのは足場が上下左右に動いていたから。それらは頭頂部の周りで等距離の円状に並ぶと、のろのろと先端を撫でるように下ろしてはまた持ち上げてを繰り返している。

 そろそろ格の違いというものを本能的に理解したのか。

 

 対峙した三人の立ち位置は丁度きれいな正三角形になっていて、お互いの動きを探るように誰も動こうとはしない。

 

 単騎最強と物理攻撃力最強の二人。力で拮抗する相手としてはデミウルゴスの手に余る。直接戦闘をする訳ではないにしても、基礎能力の違いによる影響は大きい。

 

 動けば負ける一触即発の状況。デミウルゴスが選択する行動は自ずと限定される。

 

「コキュートス、シャルティア、その場から動かないことをお勧めします。至高の御方々を失望させたくなければね」

 

 ぎし、と場の空気が軋む。それは瞬時に放たれた冷ややかな怒気と禍々(まがまが)しい殺気が暴れ狂う死の領域。十数通りの反応を想定していたデミウルゴスすらも気を抜くことは許されない。

 二つの死を眼前に見たデミウルゴスだが、その内心は最高の展開だとばかりにほくそ笑んでいた。もちろんおくびにも出すことはないが。

 

 

 

 シャルティアの頭にまず浮かんだのは、「ふざけるな」だった。自分のような強さは無くとも、随一と評される頭脳はアインズによる緊急事態宣言が出されてからも至高の御方々の助けとなり、本人も東奔西走してナザリックのために尽くしていたことは聞いている。だがそれとこれとは別の話だ。たとえ力不足を埋めるための策であろうとも、そのダシに至高の御方を使うなどとは決して許容できるものではない。

 

「シャルティア、動クナ」

「なっ!? コキュートスまで何を!?」

 

 冷気を伴った吐息は荒い。平静を装ってはいるが、コキュートスも彼なりに憤りを抑えている。それは彼がシャルティアと同じ考えに至っていたことを示していた。

 頭の回転はアルベドたちに敵わずとも強者同士お互いが(まと)う闘気はシンプルな心情を読み取るのに充分だった。特にコキュートスは連れ立ってナザリック9階層のバーに行くなどデミウルゴスとの親交も深い。口を挟むのも決まりが悪いかと思い、この場はコキュートスに譲った。

 

 そんなシャルティアを視線だけで認めると、改めてコキュートスは言葉を続ける。

 

「デミウルゴスガ『止マレ』ト言ウナラバ、ソレナリノ理由ガアルノダロウ。ダガ畏レ多クモ至高ノ御方ヲ己ガ詭弁ノ道具トシタナラバ、ソノ不敬ノ大罪ハ死ヲモッテシテモ(あがな)ウコトハデキヌト知レ!」

 

 苛烈なまでの宣言をした氷結の武人には、親しい相手へと向ける手心といったものは一切無かった。そしてそれはナザリックにおいて実に正しい。あるいは、階層守護者という立場ある友人が道を誤ったならば、せめて己の手で葬ってやろうというのが慈悲だと考えているのか。深い真意までは読み取ることはできなかった。

 

 常人には耐えられぬ殺気を(すず)やかに受け流し、悪魔は笑顔を浮かべた。(あざけ)りや皮肉ではなく、温かみのある笑顔だった。

 

「……ええ、コキュートス、当然です。これから説明をさせていただき、それをもって身の証を立てるとしましょう。ところでシャルティア、幻の薬草とやらだが……一体どうやってぶくぶく茶釜様のところへお持ちするつもりだね?」

「え? それはもちろん、()んで直接……」

「もし薬草が低レベルアイテムだったら、どうするつもりだったのですか。貴女が手にした途端使い物にならなくなりますよ」

「え、そ、それは、そのぅ……そう、とりあえず手に取ってみれば分かるじゃありんせんか!」

「『幻の』と言うからには、たとえ低位であっても現地では結構な稀少アイテムなのでは? 前回の収穫は約三十年前と伺いましたが、駄目だったらまさかアインズ様に三十年ものあいだお待ちくださいとでも言うつもりですか? これは至高の御方々からのご命令であると共に、アインズ様の計画の一部である冒険者モモンの受けている依頼でもあることをお忘れなく」

「くぅ……わ、分かっておりんす……」

 

 ぐうの音も出ない。確かに、我先にと功を焦るあまりに細かいところまで気が回っていなかったのは事実だ。いちばんを取って褒められたいと思うのも素直な気持ちだが、それも至高の御方々の役に立ってこその話だ。手に入れるべき薬草を手の中で腐らせてどの(つら)下げて言えるものか。

 

 すっかり大人しくなったシャルティアに危険はないと判断したデミウルゴスは、間髪容れずもう一人の説得にあたる。

 

 交渉は流れが大事だ。均衡が崩れた勢いを殺さず、ここは一息に駆け抜けなければならない。逼迫(ひっぱく)した状況では時間を掛けてもいられないため、決裂すれば二度目の交渉は実質的に不可能だ。

 

 自分を落ち着かせるため、そして相手に余裕を見せ付けるためにわざとらしく長い息を吐く。

 コキュートスはなおもデミウルゴスの言葉通りに、最初の着地点から微動だにしていない。

 

「では次にコキュートス、数歩下がって足下を見てください」

「……コレハ」

「分かりましたか? 任意で抑えられるのは知っていますが、いま現在無意識のうちにその有り様であれば、薬草に近付ける訳にはいきません」

 

 全身から発する強力な冷気は、さっきまで足を置いていた場所を中心に霜を下ろしていた。退いたときのかすかな衝撃で細かい草葉が粉砕され、パラパラと破片が散っているのが分かる。

 しなやかな葉も凍結すれば割れやすく、脆くなる。コキュートスの集中力は他の守護者たちと比較しても優れているが、一つのことに没頭するとその他が(おろそ)かになるのは性格的な欠点でもあった。よしんば御前(おんまえ)まで持っていけたとしても、もしその場で褒められでもしたらつい気が緩んでしまうことも考えられる。

 彼我の距離がある玉座の間とは違って、手渡しとなれば冷気のフィールドに至高の御方を巻き込んでしまうだろう。考えるだけで<フロスト・オーラ>の比にならない寒気がする。

 

 理路整然と語られた正論を前に二人はすっかり消沈してしまう。目標が手の届く場所にありながら事実上のリタイアなのだから。

 

 やっぱり頭では敵わない。シャルティアはそれを認めながらもどうにかして薬草を手に入れる方法は無いか考えていた。

 

 血の武装でコーティングしても、恐らく手に持つという点で同じなのでカースド・ナイトの能力で破壊してしまう。射出系特殊技術(スキル)の清浄投擲槍で地面ごと吹っ飛ばして届けるのは深く考えるまでもなく却下だ。

 

(そうでありんす<眷属召喚>なら……あぁ、でも直接お届けできんせんしそれはそれで困りんす……)

 

 薬草を届けることが最優先であることは理解しているが、もしお褒めの言葉や、畏れながら頭を撫でてくれたりした場合を考えるとどうしても踏ん切りがつかなかった。感覚が完全同調する訳でもない使い捨ての眷属が褒められて撫でられたところで、自分が得られたはずの喜びを奪われたような喪失感が残るだけだ。

 

 頭の中がショートするくらい考えたが、名案は浮かばなかった。コキュートスも実質脱落した以上、レースの勝者は二人を説き伏せた赤スーツの悪魔だ。

 転移門(ゲート)でトブの大森林に移動する前にぶくぶく茶釜に簡易な報告をしていたのを聞いた限りでは最近外出していた成果を持ち帰った様子であったし、この薬草奪取レースを制されれば立て続けの勲功ということになる。(ねた)ましいなどとは思わないが、対照的に自分がまるで役に立っていないような気がして落ち着かないのだ。

 

 自分とユリは先日、武技を使う人間の拉致という命を受け、多少のイレギュラーはあったものの見事に完遂した。そしてアインズの実験をぶくぶく茶釜と共にVIP席での見物(けんぶつ)を許されるという身に余る褒美を賜った。

 だが元よりナザリックのシモベは仕えること自体が喜びなのであり、もっと至高の御方のお役に立たなければならない。その思いは義務感からくるものではなく、純然たる忠誠心の発露だった。

 

 アウラが聞いたら案外考えてるじゃんと褒めているのか(けな)しているのか分からないが神経を逆撫でする言い方をしてきそうな複雑な感情と葛藤していたシャルティアだったが、そこにデミウルゴスから掛かったのは予想外の言葉だった。

 

「ああ、ご安心ください。私も採取は専門ではありませんので、無事にこの薬草を手にできる保証はありません」

「は……はあっ!? それじゃなに、私たちはこのままアルベドかおチビに薬草を持っていかれるのを指を咥えて見ているしかありんせんの!?」

「イヤ、イマノ話デハアルベドモ失格ダロウ」

 

 確かに。となればやはり────。専門ではないにしても森を得手のフィールドとする野伏(レンジャー)であれぱ、採取の心得が多少あってもおかしくはない。

 よりにもよってアウラとは、後で自慢気に胸を張る姿が目に見えるようだ。

 

 現在の最有力優勝候補は三分もしないうちに姿を見せた。

 

「よっ、はっ、ほっ。とうちゃーく。って、みんな降りてこないで何やってんのさ。早くぶくぶく茶釜様に薬草お届けしないとダメじゃん」

「業腹でありんすが今回は譲りんす。ほれ……持っていきなんし」

「えっ……シャルティアどうしちゃったの? いつもだったら突っかかってくるところでしょこれ。なんかアヤシイな〜」

 

 挑発混じりの返答にもムキになって言い返してこない。いよいよ本気で異常なものを感じるが、コキュートスにも「イマハソットシテオイテヤレ」とまで言われてしまっては下手に突っ込むこともできない。遅れてやっと頂上へ到着したアルベドもデミウルゴスからストップが掛かり、我先にと争っていた者たち全員の意見は(仕方なく)アウラが薬草を持っていくということで一致した。

 かに見えた。

 

「な、なんだか悪いけど、じゃあこれで勝敗は決まりってことで」

 

 アウラが薬草を採ろうと近付いた瞬間、デミウルゴスはそれが合図だったかのように丸眼鏡のブリッジをくい、と持ち上げた。口元は刺々しい白い歯がはっきりと見えるほどに三日月を描いている。

 

「ええ、勝敗は決まりです。ただし勝者はアウラ、あなたではなく()()()ですがね」

「何を……うわっ! な、なに?」

 

 言葉の真意を問い質す前に、どこからともなく飛来した土と砂の塊が着弾する。薬草の生えている場所をピンポイントで覆ったそれは十秒ほど静止したかと思うとバランスを崩し落下。ザイトルクワエの表面を滑るように転がり落ちていき、勢いのままにザイトルクワエと下で待つぶくぶく茶釜の中間辺りで止まった。

 

「一体あれはなんでありんしょう……」

「ち、ちょっと待ちなさい! 薬草は何処へいったの!」

「え?」

 

 その場にいる全員の視線が交差した場所には、さっきまで確かにあった薬草はごっそり無くなっていた。まるでそこには元から何も無かったかのごとくきれいさっぱり跡形も無い。

 

「……まさか」

 

 アウラの眼はさっき下に転がっていった土塊の玉に向かう。すると玉は崩壊しながら左右に割れて、中から目を回したのかフラフラした足取りのマーレが出てきた。その手には例の薬草が握られている。

 

「マ、マーレ脱落してなかったの!?」

「これはどういうこと!? デミウルゴスっ!」

「どうも何も、私とマーレは手を組んだ。ただそれだけの話ですよ」

 

 答えながらデミウルゴスはザイトルクワエの頭頂部を走り、空へとその身を投げ出した。周到なことに皆の意識がマーレに向いているあいだに時間の掛かる部分変身を既に終わらせており、背中から生えた二枚の翼を広げてグライダーの要領で滑空していく。

 

「くっ、待ちなさいデミウルゴス!」

「きーっ! いっぱい食わされたでありんす!」

「全テハコノタメノ布石ダッタカ……。面白イ!」

 

 もはや薬草の無いこの場に用は無い。思い思いに好き勝手な悪態をつきながら守護者たちはザイトルクワエを駆け降りていった。

 

 どちらかというと感心していたアウラは見晴らしのいいこの場から少々俯瞰を楽しんでいた。悔しくないといえば嘘になるが、マーレが勝利を手にしたのは単純に嬉しい。遠目に見える表情は、もう嫌なことにウジウジしている子のものではない。

 デミウルゴスに借りができたかなと彼らを見下ろすと、自分の足元に蕾のようなものが生えていることに気付いた。多少土が残っているが、それはちょうどさっきマーレが採っていった薬草が生えていた場所だ。さっきまでは葉に隠れて見えなかった。標的である薬草はマーレが手にしているし、今更これを持っていったところで大した意味は無い。

 

「あ、でもちょうどいいかも」

 

 思い出したのは、幻の薬草とやらはコレクションとして興味があるが依頼品のため手元には残せないと少し肩を落としたアインズの姿だ。まだ新芽とはいえ、同じ場所に生えていたのなら近親品種の可能性もある。ちょっと見てもらって不要と判断されたら捨ててしまえばいいだけのこと。

 左右に動かしながら引っ張ると、さしたる抵抗もなく芽は取れた。

 

 ジャケットの裏地を手で探り、折り畳んだ革製の巾着袋を取り出す。これは少し前にデミウルゴスの依頼で(おこな)った狩りのときに余った皮を加工して作ったものだ。当然ではあるが特殊な能力は何ひとつ無い。

 

 芽を袋の中へ放り込むと巾着の口を縛ってベルト通しに結ぶ。軽く引っ張って(ほど)けないのを確認した。

 

 先に行った者たちに(なら)うように躊躇(ためら)いなく空中に身を投げ出すとほとんど垂直に近いザイトルクワエの表面近くを落ちていく。突き出た箇所を横に蹴って若干の制動を掛けながらジグザグに身を振っていくと、あっという間に地上に着いた。

 視界の奥にはぶくぶく茶釜に頭を撫でてもらって嬉しそうにしているマーレと、そのまた奥から合流してきたアインズの姿が見えた。(ねぎら)いの言葉を掛けられたらしいマーレは赤面してうつむいてしまった。

 

 また叱ってやろうかとも思ったが、至高の御方二人に挟まれれば恐縮するのも理解できるし、折角仲直りしたところへ水を掛けるような真似はしたくない。

 

「ま、いっか」

 

 今日くらいは勘弁してやろう。そう結論付けたアウラは巾着の中の物を献上するため駆け寄っていった。




スクロール素材に使えなかった獣皮の残りは司書長が保管しています。

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