まるで勝てるイメージが湧かない。与えられた十分間のインターバルがあったところで古今無双の力を得られるわけでもないし、自分にバフを掛けるにしても限度というものがある。始まる前から事実上敗退の心境だったが、それは自分に定められた運命として受け入れるしかなかった。
誰かを妬むようなことはしない。こうあれと創造された自分が八方手詰まりなのであれば、負けるべくして負ける必然なのだ。それに負けると言っても相手はナザリックの階層守護者たちなのだからナザリックの名を落とすことはないし、階層守護者としての格を落とすことにもならない。ノーカウントだ。
もちろん勝ちたくない訳ではない。むしろ創造者直々の命令なのだから、是が非でも勝利を手にしたいという気持ちは強くある。それは姉も同じことだろう。ただ希望に
そんな弟の苦悩を知ってか知らずか、姉はいつも通り同僚と小競り合いをしている。止めたところで無駄なのは分かっているし、色々な感情のモヤモヤを小さなため息にして吐き出すくらいのことしか今はできなかった。
「マーレ、ちょっといいかい」
「えっ、は、はい」
不意の言葉に振り向くと赤いスーツに身を包む丸眼鏡の男がいた。ナザリックにおいて五指に入るであろう頭脳の持ち主が声を潜めて持ち掛けた提案は双方にとって納得できるメリットがあり、マーレは一も二もなくそれに乗った。
そして、その作戦は完璧に実行された。
「お、お持ちしました。ぶくぶく茶釜様、どうぞ」
「はい、ごくろうさま」
手渡しされた薬草をアインズから預かっていた革袋に入れる。ただの
自分とアインズは
そしてあのニグンとかいった男はアインズが使った≪テレポーテーション/転移≫を一笑に付した。そんなことはあり得ない、という反応だった。
つまり転移魔法はこの地において汎用的に習得出来るものではなく、話に聞いた
(まあ後者だよね。『最高位天使(笑)の尊き姿をー』とか言ってたし)
少なからず魔法的な効果を持つアイテム。世間一般においてそれなり珍しく価値のある品であっても複数存在するものなら構わない。貰い物だとでも言っておけばアダマンタイト級冒険者に顔を売りたい商人や貴族はそれなりにいるだろうし、そういう手合いは踏み込み過ぎれば己の身を滅ぼす。深く探ってくる者はいないとは言えないが微々たるものだろう。
しかし誰もかつて目にしたことがないアイテムとなれば話は変わる。盗人や無法者が相手なら問題にならないが、あらぬ噂や権力者の根回しなど単純に力で解決できない手を打たれるとそこそこの時間と手間を掛けたモモンの存在がパアになる可能性もある。
「あ、あの……いえ、なんでも、ありま、せん」
「ん」
うっかり思考が明後日の方向へ飛んでいた。とにかく不用意に目立つアイテムを使わないようにするのはアインズとも話し合って決めたことなので心配は無用だ。
いまは見事にいちばんを取ってきた目の前のションボリ
触手で器用に革袋の口紐を結び、触り心地のいい金髪を撫でる。不安そうにしていた表情はすぐに消えて、目を静かに閉じたマーレは前後左右に動く触手の感覚に集中しているように見えた。
二歩下がった位置にはマーレの手助けをしたデミウルゴスが、今もなお粛々と佇んでいる。
下で見ていたぶくぶく茶釜には全てが見えていたが、我先にと頭頂部へ殺到した守護者達は思いがけない急展開で虚を突かれたことだろう。
「そろそろ締めますか?」
「ア、アインズ様! ご、ご覧になって……?」
「ああ、見ていたとも。マーレ、見事だったぞ」
「あ、ありがとうございます! もっと、もっと、がんばりたいです!」
健気、と表現するのが的確な態度で両手を胸の辺りでグッと握る。内股だし顔も赤いしプルプルしてるしと見た目は不安というか心配してしまいそうな様子だったが、強く熱い意気込みは十分伝わってきた。
「勝ったのはマーレだけど、デミウルゴスが協力するとは考えたね」
「いえ、私の考えなど至高の御方の前には児戯同然にございます」
目の薄い一位よりも自分も含めた適材適所の提案。これによって個々の力ならワーストとブービーの最有力候補だった二人がトップと二位に躍り出た。二位以下に順位をつけるとは言っていないが、自己主張の効果は十分と言える。
アインズがチラリと視線を横に流すと作戦に使用したらしい、樹木をそのまま使ったワイルドなシーソー型のジャンプ台が目に入った。ほう、と素直に感嘆の声を漏らす。
さっきの妙な破壊音と揺れはこれか。
謙遜しているが咄嗟にこれだけの状況判断と策を考えて実現させるとは、デミウルゴスの敏腕家な一面を見た気がする。これは彼も褒めて然るべきだが、迷う。
隣では触手に頭を撫でられながらすっかり表情筋が緩んだマーレがいるが、流石にデミウルゴスの頭を撫でるのはいかがなものか。ふざけているのかと激昂されても反論できない。
(うーむ……。そうだ、あれでいくか)
思い付いたのは、以前に男の冒険者同士がやっていたのを見掛けたあいさつみたいなものだ。相手を信頼していることが傍目にも分かる、気心の知れた仲なのだろうなということが伝わるいいあいさつだと思った。
あれをやれば自分の寄せる信頼がデミウルゴスにも少しは伝わるのだろうか。至高の四十一人を大事に思ってくれることは嬉しいのだが、あまりかしこまられるとこちらも息苦しい。
(そうだよ、もっとフレンドリーというか、気楽な関係を築ければいいじゃないか)
いきなり友達みたいな関係にはなれないだろうが、このやり方なら上位者の威厳を保ちつつ信頼の意を示せるはずだ。
タイミングを計りつつ近付く。
「お前はよくやってくれている」
すれ違いざまにデミウルゴスの左胸を握った左拳の
(……あれっ、反応なし?)
前に見た冒険者達はこのあと小気味いいやりとりを二、三して意気揚々と冒険者組合を出ていったのだが。沈黙されると意外に気まずいことに気付いた。だが一旦始めてしまったものを今更取り繕うこともできない。このままいくしかない。
「……た、頼りにしているぞ」
背中を向けあった状態で掛けた言葉の返事を待たずにアインズは視界の先にいるアルベドたちの方へ向かった。彼女らにも
「とのー! もう勝手にお側を離れたりしないでござるー!」
「止ま、止まってぇえぇえぇえ」
ドドドドと砂煙を巻き上げながらぶくぶく茶釜たちの横を爆走していくハムスケ。背中には振り落とされまいと必死にしがみつくピニスンの姿が見えた。
ぶくぶく茶釜がその後を追いかけ、目を丸くしたマーレもそれに続いた。
右手をまだ痺れるような錯覚の残る左胸へと伸ばす。いま、二つの思いの奔流が乱れ、ぶつかり合っていた。
一時的にとはいえナザリックから離れることは不安だった。外を恐れたのではない。自分の目が届かぬ内に、己の仕えるべき主人たちがまたもこの地を去ってしまうのではないかと恐れた。そんなことは決してしないと、確たる誓いを立ててほしいと何度思ったことか。だがそれは傲慢であり不敬である。
主人を疑う前に功績を上げ、自分たちの価値を証明し続けること。それが最大にして唯一の道だと信じた。だからこそ胸中の不安を断腸の思いで圧し殺し、いままで邁進してきたのだ。
それがいま、晴れた。元より唯一姿を消すことのなかった御方ではあるが、決して何も告げずにいなくなる方ではない。確信を伴った感情の波は目頭を熱くさせ、思わずデミウルゴスは眼鏡を取りハンカチを当てた。
ピタリと身体が固まり、頭に雷が落ちたかのような衝撃がデミウルゴスを襲った。
『────あとで必要になるからな────』
震える。これが震えずにいられようか。あのときから、全ては至高の御方の掌の上だったのだ。いや、それは元より承知している。だが手玉に取られていることを自覚した瞬間の、なんと甘美なことか。
ナザリックにおいてトップクラスの頭脳を与えられた自分の能力には、創造者への敬意もあってそれなりの自信がある。だがそんなものは
二重三重の智謀、それを惜しげもなく使った戯れ。そう、智略の悪魔の裏の裏をかくなど、至高の御方にとっては文字通り児戯にも等しいことなのだ。
この涙は至高の御方がお許しになった歓喜の涙だ。広がった染みを感慨深く、そして大切に内側へ折り畳んだハンカチを胸ポケットへとしまい、丸眼鏡の悪魔はいつもと変わらぬ不敵な笑みを浮かべて仕えるべき主人たちを追った。
アインズはアルベドとシャルティア、それとコキュートスに囲まれていた。
もっぱら口がよく回っているのはシャルティアだけで、アルベドとコキュートスは大人しい。というよりシャルティアがアインズに懐いた猫のように身を擦り寄せるものだから他の二人が口を差し挟むことができなかった。
二人掛かりならシャルティアを力ずくで引き剥がすこともできるが、至高の御方が嫌がる素振りを見せない以上割って入るのは躊躇われる。
できることといえばシャルティアに視線を送って至高の御方が気分を害される前に早く離れろというプレッシャーをかけるくらいだ。
アルベドが動かないことを判断材料の一つとしてコキュートスもまた沈黙を守っていた。
「ああ……やっぱりアインズ様はこなたのお姿が美しゅうございんす」
身体を預けて潤んだ目でこちらを見上げてくる美少女。彼女の創造者と同じ性的嗜好持ちではなくとも、純粋な美しさからくるものという意味で魅力的だった。
(うん、それはいいんだけどさっきから後ろの二人がすっごい見てるから! 頼むから気付いてくれ!)
シャルティアを無視して頭越しにアルベド達に声を掛けられない小心者のアインズの心の叫びが届くことはなく、シャルティアが自分に向けられる視線に気付くこともなかった。
「なにやってんのこのばかー!」
「あたっ!」
ザイトルクワエを一気に駆け下りた勢いのまま、シャルティアの後頭部にスパーンといい音をさせて平手打ちを叩き込むアウラ。
別にダメージはないのだろうが、頭を両手で押さえてしゃがんだシャルティアはヘッドドレスの傾きを丁寧に直しながらゆらりと立ち上がった。引き攣った口元からは鋭く伸びた白い犬歯が覗いている。
「おチビ……いませっかくいいところなんでありんすから、ちょーっと、引っ込んでておくんなまし」
「何が、せっかくいいところー、よ。アインズ様がお優しいからって調子乗ってるんじゃないの? あーヤダヤダ、独りよがりな女にはなりたくないわー」
「くぅ……! 言わせておけばー!」
この2人が口喧嘩をするのはもはやここまでいくと化学反応と言って差し支えないくらいだ。アウラに詰め寄って以前
「……待たせたな。アルベド、コキュートス、守護者同士競争してみてどうだった?」
「
「精神ノ修練ガ不足シテオリマシタ」
アインズの位置からはザイトルクワエの触手をシャルティアと同じく駆け上がっていったコキュートスの姿しか見えていなかったが、開幕トップに立ったアウラをうまく使ってアルベドも途中までいい位置にはつけていたと聞く。
最終的なトップではない以上大っぴらに褒めてやることはできないが、何も無しというのも味気ない。
「うむ……。結果はどうあれ、得たものがあったのならばそれを次に活かすことだ」
「ハッ」
「しかと胸に刻みます」
豊満な胸、身体のラインを惜しげもなく強調したドレスを着たアルベドが言うとどうしても妙な連想をしてしまう。性欲は残滓を感じる程度のアンデッドだからこそ取り乱すこともないが、もし生身のままであったらどうなっていただろう。考えるだに恐ろしい。
(多分腰周りの装備をガッチリした金属鎧に真っ先に着替えただろうな)
そういう点では狼狽えずに表面上冷静を装えるこの身も捨てたものではない。
横目で見るとまだシャルティアはアウラが相手をしている。並んで立っているアルベドとコキュートスに距離を詰めた。
「これからも頼りにしているぞ」
両側から捻れた角を生やした頭の上に手を被せる。美しい黒髪の型をなるべく崩さないよう意識したせいで、撫でるというよりポンポンと軽く叩く感じになってしまったが。
それに美人だとは思うし大切な存在ではあるが、親しい友人の残した娘のような関係だと思うとなおのこと色々複雑な感情がある。
続けてコキュートス。さっきスベった気がしないでもなかったが、同じ守護者の男性(?)で差を付けるのも忍びない。言い方がよくなかったかと思い、セリフを考えながら半ば開き直った感覚でアインズはコキュートスの胸、人間なら心臓がある辺りを目掛けて拳の
「────我らが誇り高き守護者たちよ」
静寂。アルベドはもとより、さっきまでぎゃあぎゃあと言葉のインファイトをしていたはずのアウラとシャルティアの声も聞こえてこない。誰か≪サイレンス/静寂≫でも使ったのかと思うほど、ピタリと周囲の騒がしさが消失したかのような錯覚。
その場にいた守護者全員が呼吸すらも止めて固まっていた。
(な、なにかまずかったのか?)
少し視線を右に振ればアウラたちが視界に入るはずだが、いきなり揃って無言になった2人は一体どんな表情をこちらに向けているのだろう。いきなり何を言ってるんだって顔か。それともけれん味が強過ぎてドン引きされているのか。ウルベルト辺りは好きそうな言い回しだったが、いまそれは何の助けにもならない。
「オ、オオ……! アインズ様、必ズヤ、必ズヤゴ期待ニオ応エイタシマス!!」
喜びの声を真っ先に上げたのはコキュートスだった。胸元に当てられていたアインズの手を両手で固く握り、その武者震いが伝わってくる。
他の者も概ねコキュートスと考えは同じだったらしく、さっきまでの喧嘩がまるでなかったかのように仲良く揃って頷きつつアウラとシャルティアも同意の声を上げた。
「まったく、その通りでありんす。わたしも次は負けんせん」
「うんうん、そういえば何かアインズ様たちのお役に立てることは他にはないの? アルベド。……アルベド?」
まだ一人だけ大人しい者がいた。アウラの呼び掛けにも反応する様子はない。訝しく思ったアウラがてててっと寄り、両手で頬を覆って俯いたままのアルベドを下から覗き込む。
「あ、アインズ様……アインズ様が私の……」
白い肌は紅に染まり、縦長の瞳孔を持つ金の眼は羞恥の涙で潤む。これに近い状態を最近見た覚えがある。気を失うほどではないようだが、まともな応答は期待できそうにもない。
「もしもーし、アルベドー?」
一応目の前で手をヒラヒラさせてもやはり反応は無い。少しあきれた顔を浮かべたアウラは爪先立ちでアルベドに顔を寄せると、何ごとかをつぶやいた。
ビクリと一瞬身体を震わせたアルベドは錆び付いたハンドルを思わせる固さでアウラを見た。ぼそぼそと耳打ちをし、最初はふんふんと頷いていたアウラの表情が怪しいものを見る目になり見る見る困った顔になる。最終的にはアウラまで顔を赤らめてアルベドの口をグローブで押さえて話を打ち切ってしまった。
「あ、あー、アインズ様、申し訳ございませんが、あたしたちちょーっとだけ外しますね」
そういうアウラの後ろに回した右手はアルベドの腕をしっかりと掴んでいる。明らかに何かを隠している風だが、分かりやす過ぎて逆に突っ込みにくい。
「花摘みにでも行きんすか?」
「っ! そう、それ! あんたも行くよ!」
「はあ? わたしは別に……」
「いいから来て」
有無を言わさぬ強い語調で同行を指示すると、のそのそと精彩を欠いた動きのアルベドの手を引く。茂みに消えていった二人を何がなんだかとひとまず追ってシャルティアも姿を消した。
「なんなんだ……」
「ゴォオオオオオ!!」
バタバタと置き去りにされたところへ、上方から轟音のような咆哮が浴びせられる。警戒して大人しくしていたザイトルクワエがついにしびれを切らした。
どれも手痛い反撃を受けたせいか、さっきまでやってきた触手の打撃や種射出はしてこない。だが近付いてくるということは他になんらかの攻撃手段をまだ持っているということだ。
分かりやすくてシンプルなのは巨体とその質量を活かした倒れ込みだろうか。もっとも、拘束もされていないのに鈍重な体当たりがヒットするとも思えない。相手に拘束手段があったところでそもそも拘束への耐性を整えているため無駄なことだ。
「グォオオオオオオ!!」
なおも続ける咆哮はさらに勢いを増している。威嚇のつもりかは知らないが、その姿はむしろ滑稽に見えた。
「騒々しいですね。<ジュデッカの凍結>!」
対象の固有時間を停止させる
「遅れました。大変失礼致しました」
謝罪を述べる悪魔の口元にはほんのりと笑みが浮かんでいた。こちらを避ける素振りも見せないので、さっき投げかけた言葉が彼の中でどう受け止められているのかは分からない。「さっきのどうだった?」と聞くのも支配者としては威厳に欠け過ぎるため選択肢から除外だ。
どう心情を探ったものか黙考していると、パキパキと薄氷が割れるのに似た音が聞こえた。見上げるとさらに硬質なものが砕け散る音とともに、ザイトルクワエは自由を取り戻していた。
「ふむ、何らかの時間停止対策は施されているようですね」
対策無しにとっての時間停止は即全滅に繋がるチート能力に等しい。止まった時の中では飛び道具での迎撃もできず距離による間合いはあって無いようなものだし、死角に回り込んでの不意打ちに始まり、何も無いただの平野だったのが一瞬の内に自分の周りだけ猛毒の沼と屋外用罠まみれのデスゾーンになるなど、やりたい放題である。
たちの悪いのだと、多重召喚した野良モンスターのターゲットをなすりつけて自分はそのまま去るというテロじみた手口も一時流行ったらしい。
ちなみにこれにも運営は何も対策をしなかった。その対応は予想されていたので、事件発生の二十分後という異様な早さで結成された自警団が急行してモンスターを殲滅、犯人をユグドラシル情報共有bbsにマルチポストして特定追及するというハンムラビ法典もビックリの力技で慢性化はしなかったが。
レベル帯で言うと70以上からは本格的に考慮しなければならない。プレイヤーの大半は対策をしていてモンスターは大抵耐性持ちばかりになるのだが、ごく稀に対策を忘れていたり耐性がなかったりする。当然それらはいいカモだ。
一時的にとはいえ時間停止系の
「あんた全然頼りになんないじゃん……」
「普段どんな目でわたしを見ているんでありんすか」
「お、お待たせ致しました」
消沈しながらも文句を言い合いつつ戻った二人と、その後ろにはまだ多少顔が赤いもののまともな会話が出来る程度には回復したアルベドがいた。
「アルベド、体調が悪いのか? 熱は────」
「「わーっ!」」
熱でもあるなら先にナザリックに帰っておくように言おうとしたのだが、たった一歩踏み出したところで妙に息の合った二人にブロックされてしまう。
「ア、アインズ様。アルベドは大丈夫ですので、いまはそっとしておいてあげてください」
「そ、そうでありんす。いまは、どうか」
「そ、そうか」
確かに多少は回復の兆しがあるようだし、大したことがないなら必要以上に自分が深入りするのも良くない。この庇いようを見る限りアルベドから目を離すこともないと思われる。
「では、ひとまずアルベドはお前たちに任せてもいいか?」
「えっ」
「それは……」
やはり分担するにしても子供二人に任せるには荷が重いか。問いに対して揃って困り顔だ。
「なら仕方ない。茶釜さんに頼もうか」
「だっ、ダメです! 絶対ダメ!」
「そうでありんす! 至高の御方にあんなことをさせたとあっては、アルベドともども自害してもお詫びしきれんせん!」
(いやただの風邪の看病でそこまで!? ていうか看病した病人が自害したら元も子もないどころじゃないよ!)
「分かった。ひとまず早急にこの場を締めくくるとしよう。としたら……ヤツにはもう少し黙っていてもらおう。≪エクステンドマジック/魔法持続時間延長化≫・≪タイム・ストップ/時間停止≫!」
凝縮した魔力が反転し、アインズを中心に広がる。力場に飲まれた領域はその一切が写真を切り取ったように静止していた。それはザイトルクワエも例外ではない。
「三十秒……といったところでしょうか」
「さすがはデミウルゴス。妥当な線だ」
アイテムなどで耐性を獲得しているナザリックの面々は誰一人として時間停止の影響は受けていない。
「茶釜さん」
「はい。じゃあ時間も無いしサクサクいくよ! あ、アインズさんはタイミング見て時間停止掛け直しよろしく。
時間停止中は他の魔法や
つまり効果が切れるタイミングの見極めさえ完璧ならば、理論上はMPが尽きるまで切れ目なく時間停止状態を維持することが出来るのだ。ただし停止が有効な時間は一定でも、実際には個別の耐性の違いによって無効化されるまでの時間にばらつきがある。
≪タイム・ストップ/時間停止≫の性質上重複して発動させることはできないため、効果時間中に
相手の反撃を許さないほど間を詰めて連続停止するのは相当の経験と練習が必要だ。
「最後の幕引きは誰がやるか。マーレ、決めていいよ。二人までなら複数もあり」
「えっ、ぼくですか?」
レースで1位になった賞品代わりだ。それくらい好きにさせてやってもバチは当たらない。人数に制限を設けたのは、結局全員で掛かるという結論にならないようにするためだ。
「えっと、それじゃ……ひっ!」
周りの連中からは自分を指名しろと無言の圧力を込めてギラギラした視線が集中する。遠慮も立場も何もない、シモベとしての純然たる欲望が交差して火花を散らす。
今回の出撃の最後を締めくくる、重要な場面だ。ここで首尾良く仕留められるか否かで至高の御方々の覚えもめでたくなろうというものだ。
「ふふー。みんなヤル気満々ね。マーレ、どーする?」
「は、はい。ゆ、許されるなら、ぶくぶく茶釜様とアインズ様にお願いしたいです。こ、こんなこと失礼だなって自分でも思うんです。でもいつもカッコいいお二人が戦うお姿は、もっともっとカッコいいと思って……。ダ、ダメですよね。申し訳ございません」
至高の御方々はあらゆる全てを引き換えにしてでも守るべき対象だ。それをあえて敵前に出すのは愚行極まりない。ただしそれは敵が御身を害する危険を予想するがゆえに遠ざける必要があるのであって、ここまでの攻防とも言えない小競り合いでザイトルクワエが至高の御方はおろか守護者相手ですらもまともな戦いにならない雑魚であるという体験的な共通認識ができていた。
取るに足らない相手を危険だと過剰に警戒するのはナザリックの格を貶める対応であり、さらには至高の御方々の強さを軽んじているにも等しい。
状況からいって至高の御方々がザイトルクワエと直接戦闘をすることは問題ない。
最大にして唯一の問題が解消した上で、個人ごとの理由は様々なもののマーレの希望には守護者全員が内心賛同していた。あとは至高の御方がどうするかだけだ。
「≪エクステンドマジック/魔法持続時間延長化≫・≪タイム・ストップ/時間停止≫!」
少しコマ送りをした映像のようにザイトルクワエが一瞬動き、即座に三たび時の止まった世界へと飲み込まれる。
動かないのを確認したアインズは振り返る。眼窩の奥の光がゆらゆらと踊っていた。
「ハッ、ハハハハハ。そうか、カッコいい姿か。それは期待に応えないとな。ねえ、茶釜さん」
「わたしはいつでもイケますよ」
おおお、と感嘆の声が上がる。至高の御方の戦う姿を見たことのない者にとっては神話の出来事を目の当たりにするに等しい感動があった。
「ただあれですね。わたしは防御が専門だし趣向を変えていきましょう。わたしプロデュースの作戦で主演アインズさんってのはどうかな……? アインズさん耳貸してください」
「はい。……ええ、あー、まあできなくはないですね。……え? ええー……それはどうなんですか。……間違いなく盛り上がるって? ほんと? ……分かりましたよ。言う通りにしますって。ええ、はい」
「ぶくぶく茶釜様は直接戦いはしんせんの……」
眉をハの字にしてポツリとつぶやきが漏れる。それを咎める者はいない。至高の御方が戦う姿を見たいという気持ちには誰も嘘がつけないのだから。
だがそれを黙って見逃せない者もいた。隣で聞こえたため息に振り向くと、頬に手を当ててかわいそうなものを見る目でこちらを見据えている金眼があった。
「アルベド、何か言いたげでありんすね」
「そうね。……まあいいわ。さっきのお礼に教えてあげる。シャルティア、あなたが大きな勘違いをしているということを」
「勘違い……? それは、どういうことでありんすか」
ぶくぶく茶釜との作戦会議の合間に再度効果時間を延長した≪タイム・ストップ/時間停止≫を掛けるアインズを見る。何かを見落としているのか。
「デミウルゴスは気付いているわよね?」
「ええ。説明しても?」
アルベドの沈黙を肯定と受け取り、話を聞く相手の集中力を上げるためにスーツの悪魔はピシッと一本指を立てる。
「まず、あのザイトルクワエが雑魚であることは疑いようがありません」
「それは最初から分かっていんす」
「だが考えてもみたまえ。あれに至高の御方お二人の同時攻撃が、最後まで耐えられるかどうか」
「それは……」
無理だ。中には段階的な攻撃を経て美しさと強さを兼ね備えた一撃に至る技がある。その一種をコキュートスも修得しているのだが、もしそのテの技を使ったなら、中途半端なところでザイトルクワエの体力が尽きてしまい、なんとも言い難い消化不良な感覚が残りそうな気がする。
「お分かりいただけたようだね。この場合はいくつかの手数で攻撃するのなら攻め手を絞るのが正解だ。そして構成を組むのは稀代の戦術家であるぶくぶく茶釜様。つまりこの布陣こそが最善手……。恐ろしいお方だ」
「そ、そこまでの深いお考えを! ああ、わたしが愚かでありんした」
「いいえ、シャルティア、気に病むことはないわ。私も言われてから気付いたのだから。デミウルゴスも、ね……」
「……ええ、そうですね」
先を譲る気はない。鋭い視線で刺した釘は、さっきの意趣返しだ。デミウルゴスが説明の括りに使った、恐ろしい方という言葉。ぶくぶく茶釜が直接戦闘をしない立場に回ることが予想外の事態でなければこんな言葉は出てこない。
貢献した者が評価されるのは至極当然のことであり、そこに対して難癖をつけるつもりは毛頭ない。だが勢いのついた評価というものはバランスを壊す。守護者たちを、ひいてはナザリックのシモベ達を統括する立場としてそれは是正しなければならない。
個人的な感情が皆無かといえばそうでもないが、ベクトルが合っていれば何も問題は無い。守護者統括アルベドはすっかり本来の顔を取り戻していた。
「≪エクステンドマジック/魔法持続時間延長化≫・≪タイム・ストップ/時間停止≫! よし、ではいくぞ! ザイトルクワエよ、次に時が動き出した瞬間がお前の最期だ!」
高らかに天を指差して、静寂の世界に勝利の宣言が響く。その場にいる者全員が胸を高鳴らせ、十数秒後に動き出す時を待った。
ぶくぶく茶釜の立てた作戦を実行するため、アインズが動いたのは時が再始動する数秒前だった。
「≪ディレイ・マジック/魔法遅延化≫・≪リアリティ・スラッシュ/現断≫! そして≪エクステンドマジック/魔法持続時間延長化≫・≪タイム・ストップ/時間停止≫!」
軽く払った腕の軌跡に魔力が固定される。一瞬解除されて即座に停止した時間の中でそれらは術者からアウトプットされ、切り離されたものとして時間停止の影響を受けていた。
「≪ディレイ・マジック/魔法遅延化≫・≪リアリティ・スラッシュ/現断≫! ≪ディレイ・マジック/魔法遅延化≫・≪リアリティ・スラッシュ/現断≫! ≪ディレイ・マジック/魔法遅延化≫・≪リアリティ・スラッシュ/現断≫!」
横一文字だけではなく、軌跡が網状になるほどに何度も詠唱を繰り返す。
中でも第十位階の≪リアリティ・スラッシュ/現断≫は威力こそ凄まじいものの燃費が非常に悪い。
膨大な魔力量を有するアインズであっても、残りはそう多くない。これ以上消費の激しい魔法を行使するのは難しい。
「仕上げだ。≪ディレイ・マジック/魔法遅延化≫・≪ヘルフレイム/獄炎≫。……魔界の炎で塵へと還れ」
次元ごと切り裂く防御すら許さない死の線。タイムラグを圧縮したことでそれはさながら死の網となって、効果範囲にあった一切を抵抗無く寸断する。
魔法によって切り刻まれた巨体は自重によって押さえられているため即座に崩れはしなかったが、斬撃が通っているのは間違いない。触手の一部が地に落ちる。
こちらに近寄ろうとしていたザイトルクワエ本体は完全に動きを止めている。
まだ時が止まっているのかと錯覚してしまいそうな光景の中を、ちらちらと動くものがあった。
赤でも青でもない、こぶし大の黒い火種。切り刻まれる空間の派手さに隠れて標的へと送り込まれていた、揺らめきながら不自然に直進するそれは着実に彼我の間を進みいままさに崩壊しかけんとする魔樹の表皮へとたどり着いていた。
それは一瞬のことだった。着弾した箇所から黒炎が広がり、逆巻く渦となってザイトルクワエを包んだ。苦悶の声すらも上がることはない。
凄まじい火力によって見る見るうちに全体が炭化し、その巨体が瓦礫のごとく崩れ落ちる。刻まれてブロック状になった
ローブを大仰に払い上げながら振り返る。これもぶくぶく茶釜の指示だった。なるべくゆったり、大きく動くことを心掛けるようにとの演技指導を思い出しながら次のセリフを記憶から引っ張り出す。
「フッ、次に転生するときはもう少しマシな強さを身に付けてくるがいい。私を退屈にさせない程度には、な……」
≪ヘルフレイム/獄炎≫は魔界の炎なのか。そもそも魔界ってあるのか。この世界に輪廻転生ってあるのか。知る訳がない。むしろ誰か教えてくれ。
支配者然としたシナリオとは裏腹にアインズの頭の中では小市民的な疑問がとめどなく生産されていた。
締めの役者がそんなことを考えているなどとは露ほども知らずに、守護者達からは称賛の声が上がった。個人的な心情としては照れくささが先に出てきたが、そんな思いは盛り上がっている守護者達の後ろからこちらを凝視している粘体を見て霧散する。そう、ぶくぶく茶釜のプロデュースはまだ続いていたのだった。
流石はアインズ様とぶくぶく茶釜様だ。などと褒め称える声が掛けられているが、実際問題アインズにとっては会話次第でアドリブ力が必要なここから先の方が色んな意味でよっぽど大変な道のりと言えた。
「マーレよ」
「はっ、はいっ!」
いきなり名を呼ばれて少し飛び上がる。裏返りそうな声で返事をしたマーレはやはりオドオドとした反応だった。
「リクエストには応えられたかな?」
「もちろんです! あ、ありがとうございます!」
「あ、いや……コホン! ……なに、大したことではない」
深々とお辞儀をする姿に思わずそんなことしなくてもいいのにと言い掛けてしまうが、ぶくぶく茶釜が指定したイメージの中の支配者ならそんなことは言わないので咳払いで誤魔化す。あまりしどろもどろにならずに済んだのはナザリックではなにかと一般メイドにお辞儀されることなどが非常に多いからだろう。最初こそ戸惑ったものの、もう今となっては日常的な風景の一部となり、彼女達に対してはそこそこ支配者とメイドらしい関係が築けてきたような気がする。
(と言っても表情とかで嫌がられてはいないなとか感じる程度なんだけど。今度機会があればそのあたりの話をしてみてもいいかも知れないな。あくまで世間話くらいのノリで。なんにしても感謝の気持ちは伝えるべきだよな、うん)
用も済んだことだ。引き上げのための指示を出す。マーレとコキュートスはハムスケの誘導でぶくぶく茶釜と一緒にピニスン本体の掘り出しに向かい、今回マーレへのアシストと作戦提案が高評価だったデミウルゴスは一足先にナザリックへ戻らせることになった。
帰還してからゆったりする間もなく出撃したため、持ち帰った成果物の整理もまだのはず。ピニスンの植え替えなどを考えればまだ撤収には多少時間が掛かるし、そのあいだ仮眠を取るなり大浴場に行くなり自由な時間が多少なりとも取れるはずだ。
外での成果も上がったのであれば、緊急性の低い報告なんか後回しにて休息を取ったって構わない。
今はこのザイトルクワエ以外に急ぎで片付けなければならない依頼もなく、大仕事を終えて戻ってきた部下にしっかり骨休めをしてほしいというアインズのささやかな気遣いだった。
「「じゃ~ん、け~ん、ぽん!」」
「へへーん、あたしの勝っちー!」
「あーっ!」
声に釣られて振り向いた先では
やることがあるからとデミウルゴスと一緒に先にナザリックへ戻ると言い出したアルベド。今日は風邪でも引いているようだったので、ナザリックに一般メイドはいるが念のために誰かが側に付いているように命じたのだ。当然、同性がとなれば選択肢は二つに一つであり、公平に決める方法としてジャンケンが採用された。勝敗は見ての通りだ。
「くすん……。アインズ様、早うお戻りになっておくんなましね」
何度もこちらを振り返り、実に名残惜しそうな余韻を残してシャルティア他二名はナザリックへ帰還した。
ピニスン掘り出しチームは行き違いにならないよう、無事に本体の移送が可能になったらここへ戻ってくる手筈となっている。大きな根を傷付けてしまうとピニスンへのダメージが怖い。作業はやや慎重気味に進めると言っていたのでもうしばらくはアウラと二人きりだろう。
この場で特にやるべき作業もなく、炭と化したザイトルクワエの残骸相手にドロップアイテムを漁る気にもなれない。実に手持無沙汰であった。だがそれはアウラとて同じこと。ぶくぶく茶釜からも女性を退屈にさせるのはNGだと釘をさされている。
「ずっと立って待っているのもなんだし、座……」
腰を下ろそうかと思った倒木は粉々になった大量の炭を被っており、このままでは汚れるのは必至だ。あとで触手に締め付けられそうな未来を予見して、事態の解決案を考える。あくまでも余裕は崩さずに。言葉に詰まってしまったのはいかにもやれやれという雰囲気で誤魔化すことにした。
「……ふむ、これでいけるか? ≪ブラックホール/暗黒孔≫」
ほとんど使い尽くした魔力だが、撤収の指示をしているあいだに多少は自然回復している。この程度の魔法を撃つのに問題はない。
中空に出現した黒い
ここでアインズが思うのは、あれは科学的に解明されているのと同じ仕組みをしたブラックホールなのかどうかということだ。魔法によって生じたブラックホールは根本から違うという疑念。単一の事象としてはさして重要ではないが、この思考の延長上には事象が発生する箱たる世界がある。
つまり世界の物理法則自体に自分やぶくぶく茶釜の知っている常識が通用しないかもしれないということに依然変わりはない。思いがけない落とし穴にハマる危険を否定できない以上、これからも引き続き軽率な行動はしないようにしなければ。
強烈な吸引力で吸い上げられる炭の塊は歪んだ空間ごと孔の奥へと消えていった。多少引っ掛かった草や枝が巻き込まれたが、大した問題ではない。
(思ったより周囲への影響が少ないな。これはあの炭をザイトルクワエだと認識している自分の知覚が影響しているのか?)
まだまだ検証しなければ分からないことだらけだ。本心からやれやれと言いたくなる気持ちを抑えてアインズは横倒しになった木に腰を下ろした。
「ア、アインズ様! そんなところにお座りにならなくても……」
「乾いているし汚れはしないさ。それに自分で体験してみてこそ気付くことだってある。アウラも座ったらどうだ」
「そ、そうですか。じゃあ……失礼します」
ユグドラシル時代のリアル、鈴木悟の世界では栄養にあふれた土の匂いも森の中の澄んだ空気もこれほど鮮烈に感じられることはない。地は無機質なコンクリートやアスファルトで固められ、外気は日常的に専用のマスクを装着しなければならない。対策が普及する以前は肺を病む者が後を絶たなかったと聞く。見上げた空は昼夜関係なくスモッグが渦巻き、己の目で夜空を、星々を見たのはいまの奇妙な事態に巻き込まれてからが初めてのことだった。
一体この現象はどう解釈すればいいのか。ついつい思考の袋小路に入り込んでしまいそうになる自分を戒める。あるかどうかも分からない答えを急ぐのは危険だ。優先するべきはそこではない。
隣に座って鼻歌混じりに足をパタパタさせている
会話をし、褒められて喜ぶ姿は確固たるひとつの生命体であり、自分達と何ら変わることはない存在だ。アウラに限った話ではなく、仲間たちが生み出した掛け替えのない者たち。そしてナザリック地下大墳墓。
これらを守ることこそが、最優先するべきことだ。独りで拠点の維持をし続けていたときよりも俄然やる気に満ちている自分をどこか第三者的な視点で滑稽に感じる。
(さて、この時間を無為に過ごす手はないな)
ぶくぶく茶釜から言われているのは、支配者としての演技力をもっと磨くということだった。今後どうなるかは分からないが、たとえばなんらかの勢力と対話する場面が来たときに代表として立つのはアインズだ。
そこでもし場の空気に飲まれるようなことがあっては相手にも舐められるし身内に対してもいい結果に繋がらないだろう。
どこで見てきたのかはあえて聞かなかったが、ぶくぶく茶釜の知る有能な人物の多くはカリスマを持つ存在であり、偏見が弱く論理的だとか。
偏見については散々差別の対象にされた自分たち異形種ギルドでなにを今更という感じだし、論理的な思考は感情抑制のお陰もあって感情的な判断がしにくくなっている状態だ。
残る問題はカリスマ性だ。そもそもいちサラリーマンだった男から出てくるカリスマってなんだよと思わざるを得ない。第一具体的にどうすればいいのかもよく分からない。そこで苦言を呈したところ、ぶくぶく茶釜から出た回答が「うーん、じゃあとりあえず個々の絆を深める、平たくいうともっと皆と親密になればいいんじゃないですか」だった。随分カリスマ云々とは遠い話になった気がしたが、ぶくぶく茶釜の語った一説によるとカリスマも絆も
「アウラ」
「はい! なんでしょうアインズ様」
向けられるまっすぐな目が眩しい。もし何かトチったらけしかけたプロデューサーにフォローなりなんなり責任を取ってもらおう。
「そういえばお前の詳しい感想をまだ聞いていなかった。ぜひ聞かせてくれないか」
「それはもう、立案されたぶくぶく茶釜様と、それを完璧に実行なさったアインズ様。このあいだのカルネ村の比じゃないくらい、至高の御方々の偉大さを思い知りました」
非の打ち所もなく子供とは思えない程、アウラの回答は満点だ。必要以上に己の立場を弁えた発言だ。
すごいなと感心する反面、あまり子供らしからぬ謙虚さはそれはそれでなんとなく心配になってしまう。自分がアウラくらいの見た目の頃はもっと礼儀もクソもなく自分の本能に忠実な感じだったと思う。子供だと女の子の方が精神的な成長が早いらしいが、これはそういうことなのだろうか。
「それだけか? それは残念だな。マーレにリクエストされたのはなんだったか……」
「あーわわ! いやその、かっ……たです……」
「ん?」
「かっこよかった、です……アインズ様」
消え入りそうになった言葉は聞き逃さない。言わせた感が無くもなかったが、支配者ロールの練習だと思って割り切る。
「そうかそうか、かっこよかったか」
「はい。マーレにちょっと嫉妬しちゃうくらいかっこよかったです」
「はは、マーレは頑張って薬草を取ってきたからな。ご褒美と思って勘弁してやれ」
「薬草……。そ、そうだ、アインズ様にお渡ししておくものがあります!」
そう言うと腰に提げていた巾着袋を
入手の経緯を聞いた限りでは、確かに幻の薬草と同一品種でもおかしくはなさそうだ。一度は手に入らないと諦めたアイテムが入手できるかも知れない。コレクター気質のアインズのテンションが上がらない訳はなかった。
「なるほど……。素晴らしいぞ、アウラ」
「は、はい! ありがとうございます! それでその……」
胸の前で人差し指を突き合わせながら、視線はアインズとアインズの持つ巾着袋(芽入り)を行ったり来たりしている。
「フッ。なんだ、素直じゃないな」
最近の癖で頭に手を伸ばしかけて、ふと思う。毎回皆何も言わないけれど、他にやってほしいこととかは無いのだろうか。あまり金の掛かるものを要求されると困ってしまうが、アウラやマーレあたりに聞く分にはその心配も大して無いのではないだろうか。
「アウラ、これを入手した褒美に欲しい物はあるか?」
「えっ? うーん、いえ、特にはありません。あ……」
マーレのときのようにグリグリと何度も往復する撫で方ではなく、髪の流れに逆らわず手櫛を通す。古より髪は女の命というし、扱いも自ずと丁重になる。
「なんだ、欲が無いんだな」
「えへへ……こうしてくださるだけでも、あたしはとっても嬉しいですよ」
「なら普段からもっと甘えてもいいんだぞ」
「ええっ! そんなしつ、いや、うーん」
少しばかり曇った表情は申し訳ないような困ったような複雑な感情が含まれていた。両の耳はピンと元気に上を向いているのを見るに、嫌がっているという訳ではないみたいだが。
幸いにもまだしばらくは二人きりだ。悩んでいることがあるなら言えばいい。一旦撫でるのを止めて、言葉を待つ。毛先を
「正直、甘えるってどうすればいいのかよく分からないんです。フェンとかはじゃれて甘噛みしてくることがありますけど、アインズ様にあたしが噛み付くのはなんだか変じゃないですか?」
噛み付かれたところで骨だけだし痛くも痒くもないが、その姿を想像すると甘えているところには確かに見えない。獣に育てられた野生児じゃあるまいし。
子供の頃に誰かに甘えるなどといった経験がなかったため、改めて具体的にどうと問われると明確な答えは自分の中にも無かったことに気付く。
パッと思い付くのは、ユグドラシルの村人NPCだ。どこの街にも家族が一組くらいはいたが、子供が肩車をされて喜んでいたり、手を繋いで歩き回っているのをよく目にした。
(でもあれは高い視点が楽しいだけなのかな? 高い場所からの俯瞰なんてアウラ達の身体能力なら新鮮みの欠片もないよなぁ)
「手を、繋ぐとか……」
「そんな、いいんですか!? アインズ様に手を繋いでいただけるなんて!」
「あ、ああ。いやしかし……まあいいか」
喜びの余り立ち上がってくるくる回っている彼女にはアインズの呟きは届かなかったようだ。手を繋ぐ程度のこと褒美と言わずいつでも好きにすればいいのだが、ああまで狂喜乱舞されては水を差すのも躊躇われる。
「そろそろ時間もいい頃だろう。行くとするか」
「はいっ」
差し伸べられた白い手を取り、二人は並んで歩き出した。歩幅を小さい方に合わせたのでその足取りは散歩にも似たものだったが、
合流地点に着くまで報告という
「それであの鳥は巣の中に────って、こんな話面白くないですよね。あはは……」
「いいや? 非常に興味深い話だ。もっと私に話を聞かせてくれ。アウラ」
「アインズ様……。分かりました! あの鳥は木の実を巣に溜め込むんですけど、ちょっと甘い不思議な香りがするんですよ。それから────」
「ほう、香水に加工できるかも知れないな。ぜひ今度────」
談笑しながら木漏れ日の中を歩く二人。繋がれた手は優しく、固く結ばれている。
厚手のグローブ越しにもしっかりと伝わってくる子供の手。初めは禍々しいほどの造形をした己の手が彼女を傷付けてしまわないか、恐怖を与えてしまわないか不安を感じている部分もあった。臆病だった。
だがそれは杞憂だったと知る。繋いでいるのは単なる骨とグローブなのか。違う。それは手と手だ。心と心だ。
冒険者としてこの世界の知識が増えていく中で、亜人などの噂を聞くたび胸中に渦巻く思いがあった。耳にする話はどれもロクな話だった試しがなく、周りの反応からしても世間一般に珍しくないエピソードなのだろうと推察出来た。
逆に地方では亜人種の勢力が強い地域もあるらしいと聞いているが、東のバハルス帝国を通り越したさらにその先の国の情報がいち地方都市であるエ・ランテルに酒の肴レベル以上の信憑性と新鮮さを伴って届くはずもない。だがそれも断片的な共通項から浮き彫りになるのは人間と亜人種の対立構造だった。
カルネ村から帰還したあの日大仰な演説をしたものの、あれは一応の指針を出すことでいらぬ事故やトラブルを生まないようにするだけの、いわば一時しのぎの目くらましに過ぎない。その実シモベ達に全ての責任を取れるほどの覚悟も考えも無かった。
あの頃はシモベ達を警戒していたとはいえ、卑怯だったと思う。その償いという訳ではないが、これから自分達の行く先に何を目指すのか。グローブ越しに伝わる熱が、それが錯覚だったとしても、言葉に出来なかった自分の願望を少しずつ形作っていってくれている気がした。
まだ誰かに話せるほど固まってはいないが、大丈夫だ。この手の中に確かにある尊いものが存在する限り自分の歩みは止まらない。止まれる訳がない。
(ありがとう。アウラ)
奥の方からピニスンの掘り出しに向かった面々が出てくるのが見えた。四本の腕を器用に使って、コキュートスが一本の木を背負っている。枝葉も根もきれいについた、生命力を感じる木だ。恐らくあれがピニスンの本体なのだろう。
ナザリックに帰還したらあれを第六階層に植え替えるなど、まだまだやることは数多くある。こんな時は不眠不休で動き続けられるこの身体で良かったと前向きになれる自分に物悲しさを感じなくもなかったが、そんな感傷は後回しだ。
「さあ、帰ろう。我らがナザリックへ」
「はい!」
かくして世界を滅ぼす魔樹ザイトルクワエの封印は破れ、人知れず討伐された。巨体の残骸は闇だけが潜む孔の奥へと消え去り、退けられた脅威を余人が推しはかる
もし存在が明るみに出ていれば王国にとって、周辺国にとって、世界にとってどれだけの危機であったのか。それを伝える目撃者はいない。
ナザリックに帰還したアインズ達を待っていたのは
ながくくるしいたたかいだった……。
新年一発目です。
自分は年末年始で風邪ひいたので、皆さんもこの時期気を付けてくださいね。
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