オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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第4話 カルネ村襲撃

 円卓の間、宙空に浮いた鏡を前にしてモモンガが座っている。

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)。離れた場所の目視確認ができるアイテムで、ユグドラシルにおいては最もポピュラーな探査方法の一つだ。ただし色々対策を打たなければこちらの情報も漏洩してしまうので、経験の浅いプレイヤーが軽率に使って痛い目を見るというエピソードは枚挙に暇が無い。

 

 アイテムが機能するかのテストも兼ねて展開し、さらには外界の様子を探る手段として運用可能かどうかのチェックも必要だった。そのために骨の手を右へ左へ、ときには上に下に振っている。表情が無いために傍目には分かりにくいが、その動きに機敏さは無く、気怠げな雰囲気すらある。

 

 それもそのはず。この作業は昨晩から現在、鏡を通して見える外の光景では太陽が正中を回り、やや傾きつつある時間までぶっ通しで続けられていた。アンデッドになった結果なのか、いまのモモンガには睡眠欲や食欲といったものがほぼ皆無であった。なんとなく横になりたい気持ちなどはときたま感じるので精神的要因による休息は適宜必要のようだが、肉体が疲労することは無いため結果的には必要な行動をひたすら実行し続けることができた。

 

 しかしながら単調な作業は思考を放棄させる。思う通りの成果が得られた時のカタルシスだけを頼りに、へし折れそうになるメンタルを支えつつ墳墓の主は骨の腕を揺らす。

 

 

 腕の角度を少し変えて振ると、それに合わせて映像がズームアウトする。

 

「おっ!」

 

 目当ての操作に行き当たり、モモンガは内心胸を撫で下ろした。パチパチと手を叩く音とともに、側に控えていたセバスが賛辞の言葉を贈る。

 

「おめでとうございます。モモンガ様」

「ありがとう、セバス。付き合わせて悪かったな」

 

 いえ、従者として当然のことでございます。とその執事然とした外見に違わぬ洗練された動作でピシリと礼を返す。

 

「こうですか? こう……こうか」

 

 隣で同じように四苦八苦していたぶくぶく茶釜に操作のコツを教える。五分ほどすると茶釜も操作に慣れたようで、ズームアップしたりズームアウトしたり縦横無尽に映像を動かしていた。

 

「おっ、村発見」

 

 視界に入った村をズームアップすると、ゴマ粒のようなものがわらわらと家々のあいだなどを忙しなく動き回っている。少しずつ拡大していくと、ゴマ粒は人間であることが見て取れた。

 

「祭りか?」

「いえ、これは…………」

 

 語尾を濁し、眉を僅かに顰めるセバス。さらに拡大していけば、人間は二種類いた。ありふれた、いかにも村人らしい服装をした者たちと、鎧に剣を帯びた軍人と思しき者たち。

 

 村の所々には赤い染みが目に付いた。村の様子を俯瞰でひとなめするあいだにも、赤い染みはまたひとつ、またひとつと増えていく。

 

 

 虐殺であった。村人は千々に逃げ回り、その多くは襲撃者に抗う術無く鮮血に沈んでいく。

 

「チッ……!」

 

 嫌なものを見た。本来であればリアルの自分、鈴木悟は神経が太い方ではない。人が殺されるところなどたとえフェイクであっても目を逸らしてしまうタイプだ。それがいまは特に強く湧き上がってこない。感じている嫌悪感は、単に一方的に村人を虐殺する軍人たち、その自分勝手な下卑た雰囲気にイラついただけである。

 

 不機嫌そうな主人に、意見を主張するでもなくセバスがいかがなさいますか、と尋ねる。

 村の位置はナザリックから十キロほど離れた場所。放置していても何も問題は無い。そのまま村人を狩り尽くした軍人共が引き上げるならよし、仮にナザリック地下大墳墓へ紛れ込んできたら、その部隊は永遠に行方不明になるだけだ。

 

 見捨てる、と言いかけたところでセバスを見てハッとなる。純銀の騎士にして近接最強のワールドチャンピオン、セバスの創造者にして正義の人であるたっち・みー。その幻影をセバスに幻視する。

 誰かが困っていたら、助けるのは当たり前。彼の行動理念に度重なるPKから折れかけの心を救ってもらったのはいつだったか。彼が居なければ自分はとうにユグドラシルを去っていただろう。いまも記憶に鮮やかに輝く、掛け替えのない皆との日々は無かった。純銀の騎士はいま何処(いずこ)、されど彼の者が残した存在にはその善性が間違いなく受け継がれている。

 一見無表情にも思えるセバスの瞳の奥に、燃える正義と慈愛を見た気がした。

 

 少なくとも、村人に憐憫の情が欠片も無ければ、どう致しますかなどとは問うまい。

 

「誰かが困っていたら、助けるのは当たり前、か…………」

 

 助けよう。誇り高き騎士を擁したギルド、その長として。いまは借り物かも知れないが、皆がいれば成したことを、いつか帰るこの場所を預かる者として成そう。罪無き村人の死に心を痛めているであろうセバスを安心させるためにも、密かな決意は心の奥に秘め、決めたことだけを伝える。

 

「セバス、助け「モモンガさん!! 助けに行きましょう! 今! すぐに! ナウ! 転移門(ゲート)はよ!!」

 

 万感の思いを込めた指示は怒涛の勢いで押し寄せたぶくぶく茶釜の意見に吹っ飛ばされ、面食らった骨と執事は困惑するしかなかった。ぶくぶく茶釜の見ていた遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)には、軍人に襲われ今まさに危機的状況にある姉妹の姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

「なめないでよねっ!」

 

 怒りのままに叩き付けた拳。妹のネムとともに騎士に追われていたエンリ・エモットの精一杯の抵抗だった。ただでさえ素手で破壊など適わない鋼鉄を殴りつけたものだから打ち付けた箇所の皮が破れる。骨も折れているかも知れない。

 

「きさまぁあああー!」

 

 そして一撃は相手を激昂させただけで、最悪の状況に依然変わりはなかった。

 

 妹を守るように抱き、白刃から僅かにでも遠ざける。僅かの時間を買う代償は自分の生命。冷静に考えれば、姉の次は妹。身を挺して庇ったところで行き着く先は逃れようの無い死だ。

 

 だがその死は妹はおろか姉にすら降りかかることは無く、背中の熱からじわりと滲むような痛みを感じ始めた。

 怪訝に思ったエンリが咄嗟に閉じていた目を開けると、たじろぎながら後退る兵士の姿。その視線は自分たちを見ていない。その後方へ注がれている。

 

 何事かと振り向いたエンリが見たものは、闇から漏れ出た(おぞ)ましい骸骨の姿だった。

 

 

 恐ろしい。いまなお自分が晒されている生命の危機よりも、目の前の存在が。意識を手放してしまいたかったが、妹の存在と背中の熱がそれを許してくれない。

 

 永遠にも思えた数秒後、骸骨はローブに包まれた全身を現し、同じく闇からドロドロしたような肉の塊のような物体が、ズルリと出てくる。彼らの出てきた闇は何も無かったかのように霧散し、異様な闖入者がその口を開く。

 

「どうした? ただの村娘なら追い立てられるが、少々毛色の違った相手は無理か?」

 

 煌びやかな杖を左手に支え、右の掌を兵士に向けた骸骨は呪文を口にしながら手を握り締める。

 

「≪グラスプ・ハート/心臓掌握≫!」

 

 同時にエンリの側にいた兵士が短い呻き声を上げると地に倒れ伏し、動かなくなった。混乱している様子のもう一人の兵士は、仲間が倒れたきりピクリともしないのを認めると、踵を返して逃走を試みた。

 

「おっと、逃がさないよ」

 

 言うが早いか、兵士の全身に細いロープのようなものが絡みつく。騎士は抵抗しているようだが、まるでロープがその空間に固定されたように微動だにしなかった。ロープの元を視線で辿ると、骸骨の隣にいるシチューをぶっかけた肉塊みたいなモノから二本の触手が伸びていた。

 

 エンリの横を抜けて、触手に拘束されたままの兵士が引き寄せられ、空中に仰向けのまま固定された騎士へ骸骨が顔を近付ける。

 

「お前たちは何者だ? 何故この村を襲う」

 

 締め付けが少し緩み、訓練されている分恐怖心が抑えられているのか声をうわずらせながら騎士は口を開いた。

 

「わ、我々は帝国軍だ。軍事行動の一環として王国の辺境地であるこの村へ来た」

「なるほど? 帝国と王国……。ここは王国の領土と言うわけか。そこの娘」

 

 くるりとこちらを向き、突如呼ばれたことに全身が総毛立つ。

 

「えっ、あっ、はい! な、なんでしょうか?」

「帝国と王国は戦争状態なのか? 防備もロクに無い村々を襲ってくるのがここいらの戦争のやり方だと?」

 

 そんな訳は無い。この村は戦火にさらされたことは無く、脅威と言えばトブの大森林からはぐれ出てくるモンスターくらいのものだ。

 近隣の都市であるエ・ランテルでたまに耳に入った話では、王国と帝国は毎年小競り合いが決まった場所で行われている程度で、確かにその際は男達は少なからず徴兵されるが本格的な全面戦争になったことは無い。だからこそ村には突然の襲撃に対する備えなど無く、今回の惨劇に抗う術が無かった。

 掻い摘んだ説明を一通り聞き終えると、骸骨は再び兵士に向き直る。

 

「つまり、他国の領土へ勝手に侵略をしてきたお前たちはこの場において討ち果たしても何も問題は無いと言うことだな。安心したよ。茶釜さん、もういいですよ」

「はーい。えい」

 

 兵士を覆う触手の輪郭が一回り小さくなったかと思うと、隙間から鮮血を飛ばして空中に赤い花が咲いた。無造作に打ち捨てられたのは、中身ごとぐしゃぐしゃに折れ曲がった金属と血肉。

 あまりに現実離れした光景にエンリの思考はまるで追い付かないが、精神の緊張はそろそろ限界を迎えようとしていた。

 暴れる猪を突如現れた熊が殺したとしても、脅威にさらされている状況には変わりない。

 

「わぉ、グロい。あ、モモンガさん見ました? ギュッ♡ てしたら爆発しましたよ。リア充狩りが捗りますね!」

 

 何やら楽しげな雰囲気で骸骨に話し掛けている。内容の意味は分からないが。ギュッという言葉に抵抗するかのように、腕の中の妹を強く優しく無意識のうちに抱きしめていた。死の顕現を目の前にして、抵抗する意思はエンリには湧いてこなかった。

 

 話していた二人(二体?)がこちらを向き、いよいよ終わりかと目を伏せると、そこに掛けられた声はさらに混乱を深めるものだった。

 

「大丈夫? 怪我は……あああああ背中! 血! ポーションポーション! えーとえーと、こっ! れ……もういいやこれ飲んで!」

 

 もにゅもにゅ蠢いた後に差し出してきたものは、赤い液体の入った透明の小瓶。蓋に見事な彫刻がされており、これだけでも相当な値打ちものだろう。

 

(……いま、身体の中から出てきたよね)

 

「それ、いいんですか茶釜さん」

「んんんんもう探してる時間惜しいからいいです!」

 

 本来、ポーションは熟達した錬金術士が精製する高価な薬だ。薬効次第で値段はピンキリだが、行きずりの他人に軽々しく振る舞う人は稀だろう。ましてこの小瓶の彫刻。低位の安物でなかろうことは容易に推し量れる。人外たちの問答も当然と言えた。制止を諦めた骸骨が説明を添える。

 

「娘、手遅れにならない内にそれを飲め。治療薬だ。体に害は無い。飲んだ後しばらく奇妙な感覚を覚えるかも知れないが、それも薬効の内だ。心配は無い」

「わ、分かりました!飲みます。飲みますからネムには! 妹には手を出さないで下さい!」

「お姉ちゃんダメ!」

 

 機嫌を損ねては妹共々何をされるか分かったものではない。差し出されたままの小瓶を慎重に素早く受け取り、蓋を開ける。薬臭さは全く無く、訝しんだものの何が変わるわけでもない。

 覚悟を決めてエンリは小瓶の中身を一気に飲み干した。背中の痛みが、熱を持った時の感覚を逆再生しているように引いていく。自分の理解を超えた感覚に恐る恐る傷口に手をやると、傷跡や引き攣れる感触も全く無い背中がそこにあった。

 

「嘘……!」

 

 即時効果のあるポーションの存在は幼馴染の薬師兼錬金術士から聞いたことがあったが、これほどのものなのか?

 

 エンリの驚きはそれだけでは終わらなかった。なんだか頭がスッキリする。緊張で霞んでいた視界はかつて無いほどにクリアになり、さっきとは違った、(おこ)りのような熱が身の内から湧き出てくる。でもこれは、自分に害のあるものではないことが感覚的に分かる。

 

 研ぎ澄まされた五感が、妙な揺れを感知する。地震のようでもあるが、これは違う。どんどんこちらへ近付いている。移動する地震など聞いたことが無い。ナニカが向かってくる方向を凝視する。

 突如揺れが断絶し、疑問符を浮かべると同時にそれは上空から降り立った。

 

 巨大な狼の魔獣。七メートルほど離れた場所に着地し、のそりのそりとこちらへ近付いてくる。

 

 流れるような緑の長毛と、落ち着いた振る舞いから感じる威厳。これだけの異常事態に囲まれながら、エンリは場違いながらきれいだと思った。

 

「フェン、ぶくぶく茶釜様とモモンガ様に砂埃掛けてない? うんうん、ならいいよ」

 

 幼さを感じさせる声が魔獣から聞こえる。よく見ると魔獣の背に男装の少女が乗っている。じゃあこの魔獣はあの子に従っているのか。

 それより背に乗ってるということはさっき飛んできたときも背に乗っていたということで今日何度目か数えるのも馬鹿らしいくらいもう何が何だか分からない状況にエンリの思考はぐるぐる答えの出ない迷宮に入る。

 

 よっ、と軽い掛け声とともに少女は魔獣の頭を飛び越えるようにくるりと一回転して完璧な着地を決め、快活そうな笑顔でこちらへ駆け寄ってくる。きめ細かそうな金髪が風に揺られて、実りを蓄えた麦畑を想起させた。

 

「ぶくぶく茶釜様、モモンガ様、お待たせしました!」

 

 

 

 

 

 

 アウラとフェンリルが合流した。

 

 ナザリックでぶくぶく茶釜に急かされて転移門(ゲート)で移動する直前、セバスを通じて地上で合流するよう指示を出しておいたのだ。本心はぶくぶく茶釜とコンビで行きたいところだったが、階層守護者クラスを供に付けるようセバスかららしくない程に強く進言された。

 

 自分が行きたいであろう雰囲気がビシビシ伝わってきたが、プレアデスのリーダーであるセバスを連れて行くのは少々マズい。セバスは前日からほぼモモンガの側に付き、多くはない会話のやり取りの中でも偽り無い忠誠心が見て取れた。希望的観測かもしれないが設定が忠実に反映されているなら、妙な暴走も起こすまいというある程度の信用ができた。

 

 しかしプレアデスは玉座の間で一見しただけであり、個々の忠誠心など分かりはしない。杞憂と言えばそれまでだが、石橋を叩いて叩き過ぎということはなかった。いずれ個別面談でもしてNPCたちへの理解を深める必要があるなと思案しつつ最初は突っぱねようと思ったが、あのセバスですらこうなのだ。仮にアライメントが悪に寄ったアルベドにバレたらどうなるか。わざわざ助けるメリットも提示できないとなれば想像するだけで頭が痛くなる。妥協案としてアウラを供に付けることにした。

 

 ぶくぶく茶釜との再会の様子から概ね信用して良さそうなことと、能力的な根拠があった。転移先はナザリックから十キロ程度しか離れておらず、後衛は魔法職の自分と前衛はギルドが誇るタンクであるぶくぶく茶釜がいる。ひとまず戦力のバランスは揃っているので、こちらへなるべく早く合流でき、かつ斥候としての能力がある存在が望ましかった。シモベであるフェンリルの足があり、レンジャーのクラスを持つアウラはまさに適任だった。

 

「おお、早かったな」

 

 えへへー、と褒められたアウラは照れくさそうにはにかむ。と同時に少し怪訝そうな顔でこちらを見ている。

 怒っているような泣いているような、一言で言えば奇妙なデザインの仮面を被った墳墓の主にその視線は注がれていた。どうやらいかにも骸骨な見た目は必要以上に怯えさせてしまうようで、せめてまともな会話ができるようにこの嫉妬する者たちのマスクを装着していたのだ。完全にモンスター寄りの茶釜がセーフで自分がアウトというのは微妙な心境だったが、半端に人間に近いからこその恐怖というものもある。

 モモンガは内心そう結論付けて自分を納得させた。

 

 説明を受けたアウラが視線を揺らすと、なるほど本来露出していた両腕にもイルアン・グライベルというガントレットを着けている。特殊技術(スキル)や魔法を使わなければ、視覚だけで中身を看破することは難しいだろう。

 

 理解を得たところでアウラには村を襲っている戦力の確認を指示する。村から離れた広範囲の探索にフェンリルを回そうとしたが、結局はモモンガたちに先行して村を襲っている戦力への先陣を切らせることになった。

 というのも至高の御方々を護衛無くむざむざ敵の前に晒したとなっては守護者の名折れとばかりにアウラが悲嘆に暮れた様子で訴えかけてきたからだ。

 あれこれ理由を言って抵抗していたら涙目になってきたあたりでぶくぶく茶釜が良心の呵責に耐えられなくなったらしく、アウラに抱き付いて涙声にモモンガを止める始末。

 

 完全に自分が悪者になってしまっている構図には茶釜さんひどいと思わなくもなかったが、元々気を使う必要の無いぶくぶく茶釜とのんびり行きたいと思っていた程度だったのだ。少女を泣かせてまで我を押し通す程の理由は無かった。

 

 役割が決まれば行動は早い。フェンリルはモモンガの下令をアウラを通して受け取ると、疾風のごとく村の方へ駆けていった。

 

「あの、ぶくぶく茶釜様、さっきからそこにいる人間は? 鎧を着ていないからとりあえず何もしませんけど」

 

 上等そうな革手袋で指差されたエンリは身を強張らせた。自分でも気付かない内に金髪の少女を凝視してしまっていたようだ。浅黒い肌、長く尖った耳。一目で異種族だと分かるが、何より整った容姿が目を引いた。

 

「なに? なんか言いたいことでもあるの?」

 

 露骨な不快感を隠そうともしない態度だが、それでも均整の取れた顔に影が落ちることは無い。

 

「ご、ごめんなさい。失礼しました。ただ、その、美人だな。……って思って」

 

 口を突いて出た。そうとしか言えないくらい、自分自身も意識せずにそんなことを言っていた。でも、そう。間違い無くそれは本心からの言葉だった。言われた本人は鳩が豆鉄砲くらったような顔をしているが。

 

 しばしの静寂、破ったのはぶくぶく茶釜だった。いきなり振り上げられた触手に反応できた者はおらず、即座に振り下ろされたそれは、エンリの手を取って激しく上下に振られていた。ぶんぶんと困惑する少女の手を一頻り振ると、ぶくぶく茶釜はモモンガに言い放った。

 

「モモンガさん! この子いい子です! 私気に入りました!」

 

 もう呆れを通り越してモモンガは諦観にも似た心情だったが、同時に納得もせざるを得なかった。あれだけ姉弟にコンプレックスがあり、その発露とも言うべきアウラとマーレを創り出したぶくぶく茶釜。

 ギルメンが作成したNPCは基本的に一人一体。それを二体、しかもどちらもレベル一〇〇NPCなのだ。並々ならぬ拘りと言うかもはや執念めいたものを感じるが、ぶくぶく茶釜にとってはアウラだけでもマーレだけでも足りなくて、二人一緒でこその存在なのだろう。

 それが拗れてなのかは分からないが、『きょうだい』に対する愛着は人並み外れたものらしい。

 

「分かりましたよ。とりあえず事態を終息させてから回収に来ましょう」

 

 ぶくぶく茶釜に返答しながら、姉妹を中心として防護の補助魔法をかける。ついでに懐に余っていた小鬼(ゴブリン)将軍の角笛を投げ渡し、簡単な説明をする。

 

「では我々は村へ向かう。ここから動かなければまず安全だ。危険を感じたらその笛を吹け。直後に現れる小鬼(ゴブリン)の部隊は召喚者に従う」

「は、はい。あの、非常に申し訳無いのですが、村に取り残されている私達の両親を助けてはいただけませんか!? お願いします! あなた達しか頼れる人がいないんです!」

 

 身の丈を弁えない発言にアウラから一瞬剣呑な雰囲気が漏れ出るが、それを制して要望に応える旨を伝える。

 

 無論、可能であればという補足付きだが。

 

「あ、ありがとうございます! モ、モモンガ……様?」

 

 側にいる二人が呼んでいたので、名前はエンリも知るところになっていた。

 

「いや、まだ期待に沿えると決まった訳ではない。それと、私の名は確かにモモンガだが、……その名は大切なもの、なんだ」

 

 しばし沈思黙考し、モモンガは言葉を続けた。

 

「私のことは、そうだな、アインズ・ウール・ゴウンだ。アインズと呼んでくれ。茶釜さん、ギルドの名前借りてしまいます。すみません」

「いや、おっけーおっけー。プレイヤー相手にはその方が分かりやすいでしょ」

 

 流石はナザリックの智謀担当。モモンガ改めアインズの発言から真意を見抜いた。現状二人の最優先事項は、プレイヤーの発見だ。特にもし自分たちのギルメンがこの世界のどこかで同じ状況になっているなら、それこそ比喩ではなく世界中を探してでも合流したい。しかしリスクを考えると悪目立ちするのは避ける必要がある。分かる者には分かる、一種の暗号のような目印にギルド名はちょうど良い。

 

 

 村へ向かう途中、納得いっていない様子のアウラが質問してきた。

 

「ぶくぶく茶釜様、どうしてあんなに人間に優しくなさるんですか?」

 

 不満があるのではなく、単に理解できず腑に落ちないといった様子だった。

 

「う〜ん、そうだね、優しくしなきゃならない理由は無いんだけど、あえて言うなら私が気に入ったと言うか、まあめぐり合わせかな」

「そう、ですか……」

 

 普段ならばたわいない会話でも極上の幸せを噛み締めるようにしているアウラが、このときばかりは浮かない様子で、ぶくぶく茶釜の答えを聞いてからはむしろ消沈している。体調でも悪いのかとアインズが内心首を傾げていると、前を進むぶくぶく茶釜がなんだかプルプル震えている。声をかけようか逡巡したが、静寂はまたもぶくぶく茶釜によって破られた。

 

「も〜〜〜っ! かっわいいなあこの娘は!」

「は?」

 

 呆気に取られたアインズをよそに、ぶくぶく茶釜から伸びた触手がアウラの頭や頬を撫で回している。突如見舞われた望外のご褒美に、アウラは照れるやら混乱するやらで、撫で回され捏ねくり回されされるがままになっていた。

 

「私のイチバンはアウラとマーレ、これは絶対不動なんだから安心しなさい。全く、ちょっとした言葉の綾に嫉妬して、でもそれをぶつけるのには遠慮しちゃってむくれて……ってどんだけぇええええ! あーもうたまらん! 目から鼻血が噴き出る! 目ないけど!」

「落ち着いて茶釜さん」

 

 アウラを見ると耳まで真っ赤にしてもじもじしている。小声で「だって……あんな人間に……気に入ったって……」とか聞こえてくるが、ぶくぶく茶釜の指摘がドンピシャということだろうか。女性の心の機微に疎いアインズにはまるで読めなかった。

 

「そりゃダテに制作者じゃないですからね!」

 

 フフンと胸(?)を張るぶくぶく茶釜。アインズは少し気になることがあったので、いい機会と思い質問してみることにした。

 

「アウラ、人間は嫌いか?」

「わざわざ襲ったりはしませんけど、弱っちい種族だと思います。そういうところは嫌いですね」

 

 つまりアウラにとっては人間は虫程度の、手間を掛けて駆逐する対象ではないが、障害になるなら容赦無く殲滅するような存在。非常にシンプルではあるが、いささかリスクもある考えだ。危惧を覚えたアインズは釘を刺しておくことにした。

 

「そうか、確かに人間は弱い。しかしな、アウラ。いまナザリックが未曾有の事態に置かれているのは事実。そこで現地の生物というものは意外なところで役に立つことがあるのだよ。友好的にしておくに越したことはない。茶釜さんもそれが分かっているからこその行動なのだ」

 

 ね! ですよね! とぶくぶく茶釜に視線を送る。触手を口元(?)につけて首を傾げているが。

 やっぱり分かってないかも知れない。というか多分十中八九姉妹に目が眩んだだけっぽい気がする。

 

「そ、それに良かったじゃないか。取り越し苦労だったようだしな。茶釜さんのイチバンはアウラとマーレなんだろう? 私もそうだろうと思っていたぞ、うん」

「は、はい……えへへ」

 

 耳がピコピコ上下に揺れる。嬉しいと耳動くんだ……と闇妖精(ダークエルフ)に関するトリビアが一つ増え、村の端にあたるであろう民家のほど近くまで来たあたりで雑談を切り上げた。

 

 村の中央の方からは剣戟のような硬質な音、怒号と叫声が入り混じった喧騒が聞こえている。三人は足早に現場へ向かった。




 ぶくぶく茶釜さんの種族は不明です。原型はウボ・サスラあたりかと思ったけどソリュシャンが種族レベル持ちなんだよね……。
なので戦闘方法などはほぼ捏造の産物に。

 エンリに使ったポーションも原作とは違う捏造品ですが、おそらくポーション1つ取ってもユグドラシルには多様な種類があったのではないかと思ってます。


2017.5.14 ご指摘のあった遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)についての記述を修正しました。
2017.10.5 アルベドに関する記述を修正しました。
2017.11.22 誤字指摘を一部適用しました。
2018.5.22 フェンリルのサイズ感について一部記述を削除しました。
2018.8.15 数字と漢字の表記を修正しました。
2018.11.3 行間を調整しました。
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