オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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~前回のあらすじ~

【悲報】ナーベラルやらかす【いつもの】


第36話 異種族交流

 守護者統括アルベドが床に倒れている。息があがり、起こした上半身を支えるしなやかな両腕は力が入らない様子で小刻みに震えており捕食者を前にした小動物的な弱々しさを感じさせる。

 向かいに立つのはうねうねと二本の触手を(うごめ)かせるピンクの肉塊、至高の御方ぶくぶく茶釜である。

 

 スルスルと伸びた触手の先が、首筋、鎖骨、脇腹などに軽く触れていく。その度に、あっ、はっ、やんっ、などと声を漏らすアルベド。

 

 ナザリックに帰還した早々、自分が何を見せられているのか理解が及ばなかったアインズはしばし静観していたが、色っぽい声が混じってきたあたりでロクでも無いことだと気付いた。

 

「……何やってるんですか、茶釜さん」

「え? あーおかえりアインズさん。いやヒマだったからアルベドのキモチイイトコロ開発ごっこしてた」

「ごっこって言うか純然たるセクハラじゃないですか!」

 

 あいだに入ってぶくぶく茶釜を押し離す。自分が改変してしまった部分に性的な要素が含まれていたこともあり、それによる心労からは自分が守ってやらねばという心理が働いている。後ろめたさによる代償行為とも言うが。

 

「アルベド、大丈夫か」

「あっ、アインズ、様。ちょ、ちょっとその、お、お待ちください」

「倒れたときにどこか打ったのか? 見せてみろ」

「いえっ! ちが、違います怪我はありませ……ああっ」

 

 床についていた腕を取り、打ち身が無いか見落とさないようじっくりと見る。たわわに実った女性の象徴も視界に入るが、心配が先立っているため変に意識はしない。腕に怪我は無いようだ。

 ではもしかしてもう一方の手で隠していた顔か。女性の顔に傷など付いては一大事だ。だがナザリックの施設もあるしペストーニャもいる。決して傷は残さず治療ができるはずだ。だからまずは傷の度合いを見なければ。顔を上げたアインズの目に映ったのは、綺麗な顔だった。端整という意味でもあるし、無傷という意味でもある。

 ただ、茹でたタコみたいに羞恥が耳まで赤く染め上げており、いまにも溢れそうなくらい涙目になっていた。思わず手を離してしまう。

 

「お、おお……ええと……ス、スマン」

「い、いえ…………すみませんやっぱり1分だけ失礼致します」

 

 アインズが掴んでいた腕を軽く(さす)ると、足早に玉座の間を出ていった。

 

 2分後にアルベドが戻ってくるわずかのあいだにアインズお兄ちゃんのセクハラ骸骨〜とこの場で最も言われたくない相手に罵られたが、泣かせかけたアルベドに対する負い目のために何も言い返せなかった。

 ちなみに戻ってきたアルベドは何事も無かったかのようにいつもの調子を取り戻していた。守護者統括の地位は伊達ではない。

 

 また藪をつついて蛇を出す訳にはいかないので、そろそろ本題に入ることにした。

 

 ナザリックの戦力増強目的で蜥蜴人(リザードマン)の集落を取り込む計画があり、そのために今回一時帰還したのだ。めぼしい依頼は粗方完了させたので、モモンの姿が数日見えずとも問題は無い。

 

 以前捕獲した陽光聖典の隊員を使って、触媒ありでアンデッドを作った場合は時間制限無く存在し続けることが確認できている。触媒無しだと一定時間経過後に消えてしまうので、継続的な戦力増強にはならないのだ。

 そこでアルベドが目を付けたのが蜥蜴人(リザードマン)だった。人間よりも基礎身体能力が強ければ、そこから作成したアンデッドにも好影響を与えるかも知れない。また、人間に比べて形成している社会形態の規模が小さいため全滅させても不測の事態はまず起きないと思われる。実験がてらにはおあつらえ向きの相手だ。

 

 ここで一つぶくぶく茶釜から問題提起があった。規模の小さな種族をどんどんアンデッドにして取り込めば、確かにナザリックの戦力増強にはなる。しかし行き着く果てはアンデッドが主戦力と化したナザリックと人間の対立構造なのではないかと。

 勢力が二極化すればどうしてもそうなる。その場合は人間など他種族と同じく滅ぼしてしまえば良いのではとアルベドは言ったが、これにはアインズが反対した。

 

 ぶくぶく茶釜とアインズにしか分からない脅威、プレイヤーの存在があり得る以上二極化の状況あるいはそれに連なる流れは歓迎出来ない。いざとなった時言い訳が立たないからだ。

 最悪の事態を想定するならナザリックが人類の敵とされ、プレイヤーは人類側に立ち、過去にナザリックを襲った規模で侵攻してきたらどうなるか。あのときはタイミング的にインしていなかった者もいたが、至高の四十一人の多くが揃っていた。(トラップ)もほぼフル稼働してあの結果だ。もとより最終決戦の場は第十階層としていたが、第7階層までの守護者たちは全滅している。いまのナザリックならばまず間違い無く陥落するだろう。ギルドも崩壊し、そのときにNPCたちがどうなるかなど考えたくもない。

 

 軍門に(くだ)る形であればいつでも材料にして潰すのは容易(たやす)い。自発的に従うのであればなるべく元々の種族形態を維持するべきだ。現時点で即アンデッドにするのは、敗北してもなお恭順の意を示さない連中だけに絞っても良いだろう。というようなことを言葉巧みにプレゼンするぶくぶく茶釜。アルベドは本心から感心したようにふむふむと頷いている。

 

(わたくし)が浅はかでした。そこまでお考えだったなんて、流石は至高の御方ですわ」

 

 深々と頭を下げるアルベドを横目に、ぶくぶく茶釜に耳打ちをするアインズ。耳がどこにあるのか少し迷ったが、深く考えないことにした。

 

「ちょっと慎重過ぎませんか? 亜人種、それもモンスター寄りの蜥蜴人(リザードマン)なら万一他のプレイヤーにバレてもあまり問題は無いように思いますけど」

「いやいや、何言ってんですかアインズさん。考えてみてくださいよ。折角の異種族なんですから。制圧して仲間に引き入れたユニットが蜥蜴人(リザードマン)獣人(ビーストマン)妖精(エルフ)半妖精(ハーフエルフ)もなんもかんも次々アンデッドになっていくゲームなんて誰がやりますか」

 

 思いの(ほか)軽い理由が返ってきてアインズは肩を落とす。だが確かに言われてみれば、世界をそんなニッチなデザインに変えたい訳ではもちろんない。行き着く先、いまの自分たちの行動原理は大きく分けて二つ。アインズ・ウール・ゴウンのギルメンを探すことと、身の安全の確保だ。

 勢力を広げるのも人間社会に潜り込むのも、もとを正せばここに辿り着く。

 では仮にその二つが叶った時、異種族や未知に溢れた世界と意思の無いアンデッドが跳梁跋扈する世界とどちらがいいか。考えるまでも無い。

 

「ではまずは……」

「ちょい待ちアインズさん」

「え?」

「こないだは我慢したんだから、今回は私が仕切りますからね。絶対に」

「は、はい……」

 

 後半のドス声はぶくぶく茶釜が掛け値無く本気の証だ。触らぬ神に祟り無し。大人しく引き下がるアインズであった。

 

 

 

 

 

 

 トブの大森林の中にある瓢箪のような形の大きな湖、そこから枝分かれになった水流のほど近くに、蜥蜴人(リザードマン)の集落はあった。

 人間から見れば毎日がサバイバルな生活文化を持つ彼らだが、ごく稀に集落の外の世界を旅して、新しい知識を持ち帰ってくる者もいる。湖の上流、澄んだ水質の清流に作られた()()はその産物だ。魚の養殖場である。

 

 その水面をじっと見つめる1人の蜥蜴人(リザードマン)がいた。この生け簀の仕掛け人でもある。

 

「やはりここにいたか、ザリュース」

「兄者」

 

 林から姿を現したのは黒みの強い鱗を持つもう1人の蜥蜴人(リザードマン)だ。名をシャースーリュー・シャシャ。この集落に住む部族の長である。

 

 彼の弟であるザリュースは外界を回って戻った旅人であり、掟により部族における権力は持たないが、他部族含めて多くの者から尊敬の念を集める存在だ。優れた戦士でもあり、四至宝の一つである凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)の所有を許されている。

 

 そんな男が()()をこまめに世話しているというのは、なんとも似合わず滑稽にも見える。だが彼が真剣であること、成した偉業を正しく理解し、信じているからこそシャースーリューは弟を笑ったりはしない。

 ()()で手間暇掛けて育てた魚はでっぷりと大きな身を持ち、脂の乗りが天然の比ではなく味も良いという。決してつまみ食いにきた訳ではないのだが、売り込みの真似事を聞いて口の中の湿り気が増したのを感じる。

 だが族長という立場の者として安易に欲望に屈する訳にはいかない。しかしからかい混じりにザリュースには尻尾が正直だと笑われる。しかもその話は妻から流れていたらしい。

 

 顔が熱いのは気恥ずかしさからではない。今日はいい天気だった。降り注ぐ陽射しはあらゆる生き物にとっての活力剤だ。自然の中に生きる者たちであればその感覚は特に強い。

 

 シャースーリューが村に戻ると、村の入口付近に村の者が集まっていた。妙だ。モンスターが紛れ込んできたなら若い戦士たちが追い出すなりなんなりしているはずだが、戦っている様子も無ければよもやの全滅という雰囲気でもない。結局のところ聞いてみるのが手っ取り早い。

 

「どうした、何があった」

 

 族長、族長、とシャースーリューに気付いた者たちが道を空ける。割れた人波の先に見えたものは、四足歩行の爬虫類を思わせるシルエット。その体は蜥蜴人(リザードマン)より大きく、ザリュースが家族のように接している多頭水蛇(ヒュドラ)であるロロロと同程度だ。左右に付いた目玉が互い違いに忙しなく動き、周りの様子を窺っている。あれだと死角はほぼ無いだろう。背の中央あたりからピンク色の肉が突出している。元々そういうモンスターなのか、何かに寄生でもされたか。何にしても警戒しておくに越したことはない。

 

「兄者」

「ザリュース……」

 

 騒ぎに気付いた弟が横から頭を出す。相手を鋭く見据えた彼は戦士の顔になっている。あのモンスターを外で見たことがあるか聞いてみるが、ザリュースは首を横に振った。

 スルスルと数歩、音も無く接近した相手を見て警戒心は跳ね上がる。ザリュースは腰に下げた凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)に手をやった。表面に感じる冷気が、緊張した頭を冷静にさせてくれる。

 両者のにらみ合いは終わろうとしていた。

 

 

「よーしよし、ストーップ、クアドラシル」

 

 アウラのシモベであるクアドラシルに乗り、ぶくぶく茶釜は蜥蜴人(リザードマン)の集落までやってきた。

 

「も、もう着いたんですか?」

「クアドラシル、お疲れ様」

 

 ぶくぶく茶釜の後ろからヒョコッと左右に顔を出したのはマーレと、その双子の姉であるアウラだ。最初はクアドラシルだけ借りようと第6階層を訪ねたのだが、護衛も付けずに行かせる訳にはいかないということでアウラが付いてくることになった。

 

 普段は自分の階層で引き篭もっているマーレだが、ただでさえカルネ村での一件を姉からさんざん聞かされている。至高の御方々とおでかけするだけでも羨ましいのに、あまつさえぶくぶく茶釜が直接戦うとても珍しい姿を見せてもらったとか、帰りは背を預かってもらったりとか。しかも前回は置いてけ放りにされている。それについてはもう仲直りして根に持ってもいないが、この機を逃すことは出来ない。

 自分も付いていくのを止められそうになった時、『泣いちゃうぞ』という悲壮な雰囲気を出したら同行を許してもらえた。

 

「おっと、二人とも顔引っ込めて。殺気とか飛ばさないようにね」

「「はぁい」」

 

 こちらに気付いた蜥蜴人(リザードマン)が続々と集落の入口に集まってきている。だがそのどれもが傍観者の域を出ない。狙うタイミングはもう少し先だ。

 

 しばらくすると人だかりが割れたところから黒い鱗を持つ個体と、もう1体。心なしか精悍な顔つきをした連中が出てきた。あれが恐らく集落のリーダーなのだろう。

 この時を待っていたぶくぶく茶釜は(ふところ)から取り出した拡声機を向ける。ピー、ガーと軽いノイズが走り、こちらの声を増幅する準備は整った。

 

『あー、あー、マイクテストマイクテストー。聞こえますかー、蜥蜴人(リザードマン)のみなさーん』

 

 警戒していた蜥蜴人(リザードマン)たちには、今度は困惑の色が浮かんでいた。それはシャースーリューたちも例外ではない。

 

 

「ザリュース、あれは何かの魔法か?」

「いや、声を届ける魔法は確かにあるらしいが、あんなのじゃないハズだ」

「得体が知れないのは変わらずか」

 

『えー、簡単に言うとあなた達を勢力下に置きたいと思いまーす。一応話し合いの場を(もう)けたいと思うので、誰か代表を立ててもらえますかー?』

 

 ざわ、と不穏な空気が流れる。話し合いなどと言っているが、一方的に勢力下に置くというのはもはやただの侵略行為だ。頭のおかしい化け物の戯れ言か、あるいは強者の余裕か。

 どちらにしてもハイそうですかと受け入れられる話ではない。向こうもそれが分かっているから『一応』話し合いの場を(もう)けると言っているのだろう。

 

『ちなみにー、ここ以外の集落には別のメッセンジャーが行ってるんで、みんなで集まって相談するのをオススメしまーす。八日後にまた来るんで、ヨロシクー』

 

 ガー、ピーとやたら馴れ馴れしい口調での通告を終わらせて、謎の一行は集落を離れていった。

 

「あれは……背後にいたのは闇妖精(ダークエルフ)、か……?」

「兄者、奴が背を向けるまで俺は後ろの二人に気付かなかった」

「俺もだ。普通じゃないな」

 

 シャースーリューもまた、優れた戦士である。蜥蜴人(リザードマン)は過去の食糧難が原因で現在は五つの部族に分かれているが、強い者が上に立つべきというある意味生物として極めて自然的な価値観に基づいた社会を形成している。

 旅人になっていなければ、自分たちの部族"緑爪(グリーン・クロー)"族の族長は弟の方でもおかしくなかったとシャースーリューは思う。

 仮にも自分たちは部族"緑爪(グリーン・クロー)"族の戦士二トップだ。その二人が気配すら感じられなかった。違和感を持たなかったことそのものがあとになって強烈な違和感として残った。

 相手が他の部族に(おこな)ったという宣戦布告の内容は恐らくほぼ同じだろう。部族単位ではなく、蜥蜴人(リザードマン)種族全体に火の粉を掛けてきた。

 底が知れない相手だが、部族で割れたまましのぎ切れるとは到底思えなかった。

 

「奴は他の部族にもメッセンジャーを送っていると言った。まず俺が話を聞きにいってくる」

「ザリュース、いいのか」

「力を束ねることができなければ、あれには勝てない。同じような奴が現れたのなら、他の部族もそれは感じているはずだ。過去のわだかまりに囚われて未来を失う訳にはいかない」

 

 しばらく無言で弟を見据えていたシャースーリューは、やがて深く頷いた。押さえ付けていたバネを手放したかのような勢いで、ザリュースが駆け出す。川の上流へ向かったのは、ロロロを連れていくつもりなのだろう。

 決めたあとの行動が早いのは、兄弟どちらも同じだった。シャースーリューは皆への説明と、女子供の避難、その他考えられる限りのベストを尽くさなければならない。まずは具体案を決めるために有力者を集める。決意を込めた二本の足は力強く集会所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 ザリュースたちが各部族のまとめ上げを図っているあいだに、攻め手であるナザリックの者たちもまた大規模戦闘の準備を進めていた。普通に考えて、あの通告を受けて戦闘にならない訳がない。そもそも最初から大規模戦闘の模擬実戦が目的の半分なのだから、受け入れられては困る。

 

「あー、コキュートス大丈夫かなー。こっちの兵站気にしなくていいのはイージーモードだけどなー」

「茶釜さん、落ち着いてください。初戦は任せるって決めたじゃないですか」

 

 まあねえ、と言いつつもそわそわした様子のぶくぶく茶釜。自分たちを含めユグドラシルでレベルが最大値の100だった者はナザリックに複数いる。それらがここからさらに成長し、強くなれるのかどうかは今後の安全のためにも必要な情報だ。その検証の一つとして、今回の蜥蜴人(リザードマン)襲撃を活用しようと考えたのだ。

 

「当日はエントマから経過報告もあるでしょうし、仮に被害が出たとしても自動POPのアンデッドだけなんですから」

「分かってはいるんですけどねー。エントマちゃーん、早よー」

 

 実質上の宣戦布告をしたはいいが少なくとも約束の八日後まで出番が無い。仕方が無いことは理解しているが、なんとももどかしいものだ。今回のアンデッド隊の指揮を()るコキュートスの(そば)に付くようエントマには指示を出してある。手伝い件お目付役といったところだ。戦闘の様子は遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で見られるが、コキュートスの指揮官としての振る舞いを覗き見たりするのは流石に趣味が悪い。間近に張り付いても無駄に気を遣わせてしまうだろう。

 任務を受けたエントマは六日後くらいを目安に現場に向かう手筈となっている。

 

「あー、そうそう。いまのあいだにセーフハウス作りの練習させときません? こっちも時間がかかるだろうから、本格的なのは後日にコツコツやるとしてですね」

「それもそうですね。よし、アルベド、アウラとシズを呼べ」

「かしこまりました」

 

 会社も大きくなれば支社を作ったりするものだ。その目的と、万一敵対的なプレイヤーなどの干渉でメイン拠点であるナザリックに帰れなくなったときのための隠れ家を作ろうと考えていた。

 アインズ・ウール・ゴウンが所有したあとはサービス終了まで陥落することは無かった鉄壁の地ではあるが、予想外の事態は常に予想しておくべきだ。それに千五百人の討伐隊を退けたのも、黄金期とも言うべきメンバーが揃っていてこそ。現在のナザリックの防衛力は最盛期の六割がいいところだ。

 守りたいものがある。危険を0.1%でも減らせることがあるなら、可能な限りやっておくべきだ。心強い味方もいる。自分の隣の誇るべき防御役(タンク)兼指揮官役。つくづく自分の周りはすごい人ばかりだったと思う。たとえばその弟。

 

『モモンガさんイェーイ! ところでNPCの下着の中まで作り込んでみましたけど完成してから見えないことに気付いたよチクショー!』

 

(……まあペロロンチーノ(アレ)はあれですごかったな、うん)

 

 過去の記憶は美化されると言ったのは誰だったか。断片的な思い出はあまり美しくないものも多少、いや結構相当あったが、これでも美化された結果だったのだろうかと思うとなんとも言い難いやるせなさと気恥ずかしさが湧いてくる。なぜならこのとき自分も結構ノリノリで返していた気がするからだ。徹夜のテンションで撮影した動画を素面(しらふ)に返ってから見るのに近い。

 もしアンデッドの精神安定効果がなければ、取り乱していたかもしれない。いまの体質に何度目かもう分からなくなってしまった感謝を捧げるアインズであった。

 

 

 

 

 

 

 守護者統括。その名称は実態に即した表現に変えるとすれば統括守護者と言えるだろう。組織の構成上、各階層に属することは階層守護者を通して通達などが回される。だが中にはそれらに当てはまらない者たちが存在するのだ。代表的なものが戦闘メイド(プレアデス)である。元々は階層守護者と同等の扱いになっているセバスがリーダーを務めているため彼に伝達すれば良かった。だが現在は至高の御方の命により長期不在となっている。一応代行を長姉のユリ・アルファが拝命し、副リーダーもいるのだが、極めて重要な連絡を経験の浅いリーダー代行へ丸投げするのは本人にとっても悩みの種になってしまいかねない。後者はどちらかというと一般メイドの取りまとめ役を担っているので、筋違いというものだ。

 

 よってアルベドは現在至高の御方の命を伝えるために第九階層の廊下を歩いていた。目指す先は戦闘メイド(プレアデス)たちの自室だ。代行には荷が重いとはいえ、その肩書きを形骸化させてしまうのは御方の意にも反することになる。だからまず話を持っていくのはリーダー代行であるユリのもとだ。

 

 ナザリックのありとあらゆるものを管轄する立場として、才女と呼ぶに相応しい高い処理能力を与えられていたのはアルベドにとって幸運だった。階層が変われば世界が変わると言っても過言ではないナザリックにおいて、並の頭脳の持ち主では処理するべき情報量が多過ぎてパンクしてしまうだろうからだ。本来なら階層守護者とは別に管理系の内部組織を作ってしかるべきなのだが、問題は二つあった。それらを任せることのできる人材がほとんどいないということと、現状アルベド一人でなんとかしてしまっているということだ。そう、なんとかできてしまっているのだ。実務上破綻が無いのならアインズたちも何も言えない。結果としてアルベドが望むままの組織形態が維持されていた。

 

 優れた能力の一端は、アルベドの行動を追えば自ずと知れる。

 

 第九階層は至高の御方々の私室や各種娯楽施設のある、特に重要な階層だ。そのためそこかしこで掃除に精を出す一般メイドが目に入る。迷わない足取りでありながらも、アルベドの視線は忙しなく動いていた。絨毯にシワは無いか、埃や汚れ、壁や柱に傷は無いか。そして一般メイド達。服装に乱れや、至高の御方々が作り上げたナザリック地下大墳墓に敬意を持って接しているか。いわばこれは簡易な内部監査だ。

 そんな思惑を知る由も無い一般メイドたちはアルベドに気付くと作業の手を止めて丁寧にお辞儀をする。上位者に対して正しい反応だ。アルベドは内心を一ミリも表に出すことなく、微笑みと手振りで応える。何人かはその美しくも自信に満ち溢れた理想的な女性の姿に素直な憧れの気持ちを抱き見惚れていた。

 

 当然ながら至高の御方の自室と違い、戦闘メイド(プレアデス)達の部屋にはお付きのメイドはいない。背負った役目が違うとはいえ彼女らもまたシモベたるメイドに過ぎないのだから。

 立場だけで見れば守護者統括が勝手に出入りしたところで咎める者はいないだろうが、そこは一応女性同士のマナーとして数度扉をノックする。

 

 扉越しに聞こえる足音。内から開いた扉の先には長い黒髪をボリュームのある夜会巻きにまとめて眼鏡を掛けた、姉妹の中では最もスタンダードなメイド然とした外見を持つユリ・アルファがいた。唯一メイドとかけ離れた異彩を放つのは凶悪な棘がいくつも生えた緑色のガントレットだが、必要が無い場合は外しているため今はどこから見ても普通のメイドだ。

 

「はい。これは、アルベド様。どうされましたか?」

「エントマはいるかしら。至高の御方からの命を伝えにきました。ユリ、あなたも立場上知っておいてもらうべきだと思って」

「至高の御方の……! かしこまりました、どうぞ中へ」

 

 招き入れられた部屋は共同部屋のためかナザリック内の生活スペースの中でも圧巻と評するほどに広い。

 

 部屋の中央辺りには楕円形の大きなテーブル。周りを囲むようにしてちょうど七つの席が置かれている。そのうちの一つを引いてアルベドを案内するとユリは部屋の奥へと消えていった。戻るまでのあいだ、部屋の観察を再開する。巨大樹のときもそうだったが何かと確認をしてしまうのはほとんど無意識的な癖とも言えるものであり、ヘロヘロ辺りに言わせれば完全に職業病である。本人に自覚が無いのが恐ろしいところだ。

 

 立派なのは広さだけではなく調度品に至るまで雰囲気の統一が図られていた。壁際に堂々と配置されたホールクロックは実にレトロな造りながらも振り子の刻む正確な音は落ち着きのある空間の演出に一役買っている。側に置かれた蓄音機はすぐ下の戸を開ければ数え切れないほどのレコードがストックされている。ちなみに蓄音機ではあるが5.1chサラウンド対応らしい。言葉の意味は分からないが、蓄音機を回す状況がまずないため大したことではない。

 他にも女性の部屋らしく化粧台や大きな姿見が置いてある。奥の壁には暖炉があるが、そもそもナザリック内は自動の温度管理機能が働いているため暖炉に火を入れる必要性自体が皆無であった。

 

 座ったまま目の届く範囲をひとしきり見終わったのとほぼ同じタイミングでユリが奥から出てきたが、その顔には若干の困惑が含まれていた。何かあったのかを首を傾げて問う。

 

「すみません、エントマの姿が見当たりませんね。実は私もついさっき部屋に戻ったばかりでして、行き違いになったようです」

「あら、そうなの? でもそれは困ったわね」

 

 事情を知らないのだからエントマに非は無いが、見当たらないからと言って下命をすぐに伝えなくてよいという理屈は無い。少なくともユリに言伝を頼んでおけば部屋に戻ってきた時点で本人には伝わるだろうが、いつ戻るか分からないという点で確実性に欠ける。

 多少人員を動員してでもエントマは探し出さなければならない。

 

 それはユリも分かっているのか、何か手掛かりになる情報が無かったかを記憶の海を探ってしばらく一緒に考え込んでいた。そして一つの解決案に着地する。

 

「うーん、ここで考えていても埒が明きませんね。ちょっとお待ちいただいてよろしいですか? ……ああ、オーちゃん? 少し調べてほしいことがあるのだけれど」

 

 戦闘メイド(プレアデス)の副官に与えられたアイテムを起動させ、ナザリックのセキュリティの核とも言える末妹へ連絡を繋ぐ。普段であれば彼女の手を煩わすことは監視の目を減らすことに繋がるためあまり褒められたものではない。しかし至高の御方の関連した案件となれば話は別だ。その認識が正しく、かつ同様の理解をしているためアルベドも咎める真似はしない。というよりこちらから頼もうかと思案していたくらいだ。自力でその手段にたどり着く辺り、ユリの副官としての能力には疑いが無い。

 

 結論から言うとエントマの所在はすぐに知れた。だがそれは必要な情報であったと同時に嬉しくない情報だった。

 

「え? ええ────……っな!? な、なるほど。それで……いえこっちの話。とにかく、分かったわ。それなら十中八九あそこでしょう。ありがとう。うん、それじゃまたね」

 

 通信を切ったユリは目を閉じて眉間に指をやりため息とも取れるような長い息を吐いた。

 

「アルベド様、エントマは現在第二階層にいるようです」

「そう。それだけでも分かれば十分だわ。では(わたくし)は急ぐからこれで失礼するわね」

「あのっ! いえ、お役に立てて何より……です」

 

 パタパタとアルベドが部屋を出ていく。最後まで引き留めようかと思って持ち上げた手を所在無さげに彷徨わせて下ろした。不確定な情報を伝えるのはどうかと思うし、仮にそれを伝えたところでどうにかなる類いの話ではないからだ。横へ向けた視線の先にある開いた戸棚。中に分けてあったはずの今日の分のグリーンビスケットは無くなっていた。

 

 

 

 第二階層へは下層から入ったため、管理者でもあるシャルティアが居を構える死蝋玄室へ行くには大峡谷に掛けられた吊り橋を渡る必要がある。だがアルベドは運が良かった。シャルティアに話を聞きにいく手間が不要になったからだ。と言うのは、地下聖堂をしばらく進んだところでちょうど部屋へ戻るエントマと遭遇したのだ。

 

「けぷっ……。ぇあ、アルベドさま。こんなところでお会いするなんて、珍しいですねぇ」

「あなたに用があったのよ。エントマ」

「え、わたしにですかぁ? なんでしょう?」

「ここで立ち話もなんだし、第九階層へ戻る道すがら話しましょう。あなたも戻るところだったん……で……」

 

 それに気付いたアルベドの顔が引き()り、血の気が引いて蒼白になる。この地下聖堂は表層部などと同じように朽ち果てた場所になっているため、まともな明かりが無く全体的に薄ら暗い。エントマの袖からポトリと落ちたそれは俊敏に長椅子の下を通って柱を駆け上る。不幸なことにアルベドの優れた動体視力はそれを見失わずに追えてしまった。いまや見上げる形になったそれが気になって視線を外せず、そのままエントマに上ずった声で質問する。

 

「あっ、あなた一体どこに行っていたと言うの!?」

「オヤツ部屋ですぅ。ユリ姉様ケチンボだからぁ、もらったグリーンビスケットだけじゃ足りなくってぇ」

 

 長く余った袖で照れくさそうに口元を隠す仕草はそれだけ見れば実にしおらしく華の乙女らしい反応だったが、言葉の意味と状況を重ねて考えるとおぞましい光景が想像された。

 

「お、おやつ……」

 

 目の前が真っ暗になりそうな衝撃を受けながらアルベドは自分の想像力の豊かさを呪った。頭の回転が速いのは万事において良いこととは限らないのだ。

 

 ちなみに、ヤツら通称『G』は自力で飛行することができない。あくまで滑空なのだ。だから自分よりも上の地の利を取られた時は警戒が必要だ。そして一説によると瞳の反射に反応するため、じっと見つめることは却ってヤツの意識を向けさせることになるとか。

 

 触覚をチラチラ振っていたそいつは突然(はね)を開いた。

 

「あ」

 

 地下聖堂にアルベドの絹を裂くような悲鳴が響いた。階層守護者の地位や威厳など全く頭に無いそれはそれは見事な絶叫だった。




サッカーしようぜ!お前ボールな!



アルベドさんも影では色々苦労しているんだろうなあ。

1/30 指摘のあった脱字を修正しました。
2018/11/6 行間を調整しました。
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