オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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~前回のあらすじ~
リザードマン対ナザリック開戦


第39話 宴の夜

 アゼルリシア山脈の足下を飾る広大な山麓は、トブの大森林の名で呼ばれるよりもさらに以前から数々の恵みを現地の生物にもたらしてきた。特に山地との境目あたりに位置するひょうたん型の湖は山脈沿いに流れ込む雨水を潤沢に貯水し、自然のサイクルの中で大きな役割を担っている。

 湖の周辺で比較的大きな勢力圏を持っているのは蜥蜴人(リザードマン)とトードマンだ。多少の縄張り争いは過去あったのだろうし今でも仲は良くないが、テリトリーがある程度固まったことで実際的な異種族間の摩擦はほとんどなくなっていた。

 互いに不干渉であることが共倒れを防ぐ有効な手段だと感覚的に知っているからだ。主とする食料が違った点も幸運だった。

 

 この二種族の生息圏はひょうたん型湖を隔てて南北に分かれているためそう簡単には対面することがない。もしそんなことがあればどちらかの種族になんらかの異常が発生したと考えるのが普通だろう。

 

 得体の知れない連中から宣戦布告を受けた蜥蜴人(リザードマン)たちは数年前に分散した部族が再集結するという動きをしていたが、縄張りの外に向かう動きではなかったためにトードマンたちが反応することはなかった。

 

 

 

 湖に面した木はどれも真っ直ぐ天に向かって伸び、大きく育った葉は昼日中であっても色濃い影を地上に作っていた。

 その内の一本の樹上から対岸にあるトードマンの集落の観察を終え、右目に当てていた単眼鏡を追加装備のウエストホルダーに仕舞う。腰を回るベルトに小さなポーチが並んだデザインになっている、ちょっとした道具を持ち運ぶための追加バックパック装備だ。

 一応無闇に物音を立てないようにはしているが、アイテムの効果で不可視化しているので実際にはそう神経質になる必要も無かった。森の中では目立つはずの長い赤金(ストロベリーブロンド)の髪を持つシズ・デルタが歩き回っていてもある程度以上の距離を置いていれば現地の生物に気取られる心配はいらない。

 そして種族が自動人形(オートマトン)でありスナイパーの職業(クラス)を持つシズは元々の視力が非常に優れており、遠距離の索敵や観察はお手の物だ。

 

 蜥蜴人(リザードマン)に宣戦布告をしたあとの猶予期間中に何度か監視のため足を運んでいたが、トードマンは蜥蜴人(リザードマン)たちが集まる前と違った様子は見せない。

 監視継続の必要無しと判断したシズは木から飛び降りると、ホルダーから取り出した円柱を輪切りにした形の物体を足下に埋める。サイズはシズの手の平に収まる程度で、土を被せたあとは湿地帯であることも手伝ってどこに埋めたか容易には分からない。

 

 今回の作戦にトードマンの出番は無いし、予防策も打った。まだまだ回らなければならないポイントはいくつもある。コキュートスの指揮による進軍はそう時間を置かずに開始されるはずだ。

 

 移動時間とやるべき作業の組み立てをしながらシズは森の中を駆ける。道に迷うことはない。(ひら)けた自然のトンネルからいきなり横に()れたり、普通だと避けて通りそうな藪の中を分け入ったり、ときには奇妙にも思えるルートを進んでいくのは単純にそれが最短だからだ。

 

 

 

 アウラと協力して(おこな)ったハンティングはデミウルゴスの巻物(スクロール)素材確保の目処がついたことで終了となった。至高の御方々のためにできることが一つ減って内心残念に思わないことはなかったが、機会は思いの(ほか)早々に巡ってきた。

 

 蜥蜴人(リザードマン)への宣戦布告をした当日、シズは玉座の間へと呼ばれた。しばらく待てと言われたのでその通りにしていると、ついこのあいだまで揃って森を駆け回った階層守護者アウラが姿を見せた。

 そしてありがたいことにまたも揃って至高の御方から新たな任務を仰せつかったのだった。

 

 目的はナザリックのダミー拠点の建設。ダミーとはいってもセーフハウスとしても使用できるようにするらしいので、状況に応じてその役目は変わるものと推察された。

 建設地は至高の御方々によって指定されていた。なんでもトブの大森林の中にぽっかり(ひら)けた場所があり整地の手間が多少なりとも減らせるだろうとのご判断だ。

 責任者に任命されたアウラは驚いてはいたが、期待が掛けられていることを理解するとやる気に満ち満ちた表情をしていた。

 

 実際、名誉な任務であるが守護者クラス以外の者には荷が勝ち過ぎている。栄光あるナザリックを模して造るということは一から万に至るまで完璧な出来が求められるのは当然のことだ。

 普段から部下の上に立つ者が音頭をとらなければ進むものも進まない。

 

 シズに与えられた役目はアウラのサポートと、トブの大森林内の調査任務だ。

 偽ナザリック建設の練習がてらにコキュートスが指揮に使うログハウスを作ることになったのだが、たとえばそれに使えそうな木材を切り出すにあたってどのあたりにどういった木が群生しているのか、加えて様々な種族や生物の生息域や勢力圏はどうなっているかなどだ。

 

 本来適任なのは森祭司(ドルイド)などの職業(クラス)を保有しているマーレなのだが、現在彼は至高の御方直々の命により第6階層から離れることができない。

 不安が無かったと言えば嘘になるが役に立ちたいという気持ちの方がよほど大きく、拝命するのに躊躇(ためら)いは無かった。

 

 一日目はアウラと一緒に相談しながら森を回り、どこから木材を切り出すかを決めたあとに運搬などを手伝う人員の手配をした。指示を理解して細かい動作ができる者に限定するとどうしても候補が絞られる点は仕方なかったが、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を借り受けられたのは幸運だった。

 当初は大図書館(アッシュールバニパル)の司書長であるティトゥスに部下の死の支配者(オーバーロード)コッケイウス以下5体を供出するよう頼みにいくつもりだったのだ。だがそうすると至高の御方々の財産である蔵書の管理負担を司書長と司書Jに強いることになる訳で、できることなら避けたい選択肢でもあった。

 

 下見に()っていたトブの大森林にアウラを残し、ナザリックとの往復の足になってくれたフェンリルを道中存分にモフモフできたのは役得だ。

 

 

 

 未開拓の森を迷わず最適なルートを選ぶことができるのは、この六日間で蜥蜴人(リザードマン)の集落を中心に調査を(おこな)っていたために近隣一帯は既に庭と言ってよい程に地形や方角が頭に入っていたからである。

 

 ほとんど小屋に近い藁葺きの家が十軒あまり建った場所に出る。この地で生活を営んでいた者達は数日前にいなくなっている。

 他にも同じような動きをしている集落はあったのだが、女子供も含め例の場所に集合したのはここくらいだ。恐らく少人数であったことや、戦士たちが留守にした場合この地で生きていけるだけの余力が無かったのだろう。家屋はそのまま放棄されているように見える。

 

 誰もいないのは知っているが一応警戒は怠らずにいまはもう廃村の様子を探る。最も大きな、といってもシズ達戦闘メイド(プレアデス)の自室の何分の一かぐらいの家屋の正面に回り込む。扉に相当するものは無い。

 断熱効果はあまり高くないらしく(ぬる)い空気が漂ってきている。そのくせ遮光は無駄に徹底していて直射日光が差さない場所は外との対比もあってほぼ真っ暗闇に見えた。

 

 多少の暗がりは問題無いが、何か見落としがあっては困る。奥の暗所へ入ってから一旦シズは足を止めた。

 

「……暗視モード」

 

 右目に映る視界が一瞬ホワイトアウトし、戻ったときには日中とまるで変わらない明るさが屋内の隅々まで満たされていた。

 もっとも、これはあくまでシズの受容している視覚だけに作用している。完全な暗闇というのは自然界にほとんどなく、夜も月明かりがある。

 そのわずかに存在する光を増幅させて擬似的に視界を明るくしているのだ。

 

 ただし性質上、元々明るい場所が多く混在する場所では使い勝手が悪い。ある程度は部分的な自動調整がはたらくが、起動時と同様に数瞬のあいだ視界を喪失してしまうため今回のように安全が確保された状況でなければ咄嗟の対応が遅れる危険性があった。

 

 そういった理由から暗所の調査はさっさと済ませたいところだ。

 

 室内をぐるりと見渡すが、本当に数日前までここが生活の場だったとは思えないほど生態の読み取れるものが少ない。基本的に文化が発展すればするほど身の回りの物品というものは雑多になっていく。安眠するためのベッド、料理をするための調理器具、歴史を書き(のこ)すための羊皮紙。深く考えずとも思い付く品々はこの場に何一つとして無かった。

 蜥蜴人(リザードマン)の有する文化や歴史は口伝などのアナクロな手段で保存されているのだろうか。あるいはまだ歴史などと大層なことをいうほどではない新しい種族なのかも知れないが。

 

 壁際に作られた小さな棚を見付けた。それは三、四段の階段状になっており、ところどころに何かを置いていたような跡があった。よくよく見ると棚の周りの地面には明らかに土とは違う色が混じっている。しゃがんでひとつまみ、指の腹で擦ると赤や緑が横に線を引いた。

 

「……塗料?」

 

 塗料というより色粉だが、残されていた数少ない情報だ。手を軽くはたいてから懐へ入れる。取り出したのはデフォルメのイワトビペンギンがデザインされたメモ帳だ。ぺらぺらとめくって報告ごとをまとめているページの最下段に丸っこい文字で『と料 粉?』と追記する。

 

 室内にはこの祭壇以外に目を引くものは特に無い。暗視モードを切って他の家屋内も見て回ったが、どこも似たようなものだ。

 食料や武器などが残っていないところを見ると手荷物をまとめる程度の時間的な猶予はあったらしい。

 

 次のポイントに向かう前に、広場の中心あたりにトードマンを監視していた湿地でやったのと同じアイテムを埋め込んでおく。

 

 準備を終えた後は戦況を見るために適した場所で待機だ。観察済みの蜥蜴人(リザードマン)たちの戦力からいってコキュートス指揮隊との戦線は極端に広がるとは考えにくく、頭に白い雪を被った山脈のエリアまで踏み入る必要はなさそうだった。位置としては蜥蜴人(リザードマン)が集結している村の斜め後方を目指して移動を再開する。

 ()てられた村を出る際に迷彩柄のマフラーに触れると、森の中では注意を引くはずの赤金(ストロベリーブロンド)の髪やスカート状のプレート外装も何もかもがたちまち見えなくなる。不可視化しても足跡などの痕跡を無くせる訳ではないので、森の中の追跡などに長けた野伏(レンジャー)ならばシズの存在に気付くかも知れない。

 もっとも、気付いたところでただの人間に比べて遥かに高い身体能力を持つ彼女を追い捉えることはできそうにない。

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓内の執務室にいたアインズの前には大きな鏡があり、鏡面には上空から俯瞰する視点でアンデッドの群れが映し出されている。少し手を左右に振ると、蜥蜴人(リザードマン)の集落、南側へ動くとアンデッドたちの壁を越えた先にポツンと小さなログハウスの屋根が見える。

 チェックしておくべきポイントを再確認した後は全体が視界に収まるよう視点を引いて、背を椅子に預けた。

 

 アインズの隣ではぶくぶく茶釜が少し違う視点から同じ現場を見ている。正式な宣戦布告を終わらせたあと、すぐにこちらへ戻ってきたのだ。戻り際にコキュートスには開戦の旨を告げておいたため、現在はちょうど両者がぶつかるところだ。

 

 最前列の歩兵だけが突出しており、やや数が減ってきたあたりで第二陣が前進していく様子が分かる。本陣周りに動きは無い。接敵しているアンデッドが常に供給され続けているため戦線は押しも引きもせず一見すると膠着状態だが、三千を超える兵の数は一方的に減少していた。

 極端に強いアンデッドが手駒にいないため、蜥蜴人(リザードマン)側は回復が間に合ってさえいればどこまでも打ち倒し続けることができる。戦力的な決め手に欠けるのは事実だが、それならそれなりの戦い方というものもあるはずだった。だが、コキュートスの采配にはそれを意識した動きは見られなかった。

 

「こりゃあ、負けますね」

 

 ぶくぶく茶釜の冷静な、ただ事実を率直に述べたような一言はアインズの考えが間違っていなかったことの裏付けだ。素人目ではあるがいまの攻めを続けても形勢が一気に傾くとは思えないし、アプローチを変えるには手駒を減らし過ぎている。手詰まりだ。

 予想していたより兵力の底をつくのが早かったのは、それだけ蜥蜴人(リザードマン)の戦闘力が高かったということか。だとしたら最終的に取り込むつもりなのは変わらないので、嬉しい誤算と言うべきだろう。折角ならノーコストでPOP(自動湧き)する雑魚アンデッドよりは使いどころがあってほしいものだ。

 

 敗北が決定的になったときの指示をエントマに出すため、ぶくぶく茶釜が玉座の間を後にする。アルベドも付いていったのはこの場にいない階層守護者達を集めるためだ。

 

 

 

 

 

 

「お取り込み中失礼しますぅ。コキュートス様、アインズ様とぶくぶく茶釜様がお呼びですぅ」

「……承ッタ。スグニ伺オウ」

 

 大勢は決した。自分にできることはせめて全滅の汚名を被らぬように、残った三百余りのアンデッド兵に撤退命令を出すくらいのもの。敗走だ。

 

 強く噛み締めた顎からギチリ、と軋む音が漏れた。敗北という決してあってはならない最悪の結果を招いておきながら、なんと浅ましいことか。全滅のところを壊滅にしたから、それがなんだというのだ。

 ナザリックを名乗る以上、手にするべきは勝利のみ。僅差であろうが大差であろうが、敗北に違いは無い。泥を塗っておめおめと恥を晒すことになろうとは。

 

 確かに、ナザリックの擁する戦力の中では下から順に見繕ったのかと思うほど弱い、弱過ぎるモンスターで構成された旅団規模の部隊ではあった。いまになって思うと弱いならば弱いなりのやり方があったはずだ。しかし自分が見たのは結局一つの過程であり、その結果もまた一つだった。今更何を考えても詮無いこと。全ては終わったことなのだ。

 

 己の処遇は主人たちが決める。自害を命じられれば喜んでこの命を差し出そう。ただ、一つ気掛かりであったのは自分の失策によって他の守護者たちの評価を落としたり、あるいは自分たちに見切りを付けられて二人の主人たちがナザリックを去ってしまわないかということ。

 たとえ命を差し出そうとも、階層守護者の地位を剥奪されて生き恥を晒すことになろうとも、それだけは絶対に阻止しなくてはならない。

 

 悲壮なまでの決意を持って、コキュートスは敗戦報告のためアインズたちのもとへ向かった。

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓玉座の間には、コキュートスの報告を待つ面々が揃っていた。守護者統括アルベドは言うに及ばず、ナザリック一の知恵者と名高いデミウルゴスも列席している。そして闇妖精(ダークエルフ)の双子アウラとマーレ。真祖(トゥルー・ヴァンパイア)のシャルティアも。

 事の顛末を見ていたのは、アインズとぶくぶく茶釜。それとアルベドとデミウルゴスの四人だ。他の三人は敗北が確定的になった段階でアルベドによって招集された。そのため彼女たちの現段階の認識は、何か呼ばれたけど至高の御方々にお会いできるなら喜んで。くらいのものだ。その証拠にさっきからぶくぶく茶釜の周りにはアウラとマーレが、アインズにはシャルティアが纏わり付いている。

 

「ぶくぶく茶釜様ー、たまには第六階層をお散歩でもしませんか?」

「こ、この前新しい花が咲いてました。キ、キレイでした。えへへ……」

 

 うんうん今度ね〜。と割と適当に受け流す様はまるきり子供を抱えた主婦という雰囲気だったが、下手なことを言うと触手が殺気を乗せて飛んできそうなのでアインズは胸中に止めておいた。

 

「アインズ様。お呼びいただいて光栄でありんすが、ここは周りが騒がしくて困りんす。あちらの寝室へ(はよ)う行きんしょう」

「シ、シ、シ、シャルティア! あなたはまた……羞恥心というものは無いの!?」

「はァん? これは恥ではありんせん。愛でありんす」

「あ、愛……!」

 

(だれか、たすけて)

 

 アインズの心の叫びは支配者として振る舞わなければならない義務感と、精神安定化の強制鎮静効果によって沈黙を守った。打開を図るためにデミウルゴスへチラリと視線をやる。彼もこの有り様はあんまりだと思ってくれていたのか、頷きを返すと軽く数度手を打って耳目を集める。

 

「皆さん、それぞれ言いたいことはあるでしょうが、いまはそれどころではありません。アルベド、説明をお願いしても?」

 

 名指しを受けてハッとなったアルベドは、素早く居住まいを正した。そこにあるのは守護者統括の顔だ。雰囲気の変わりようから、並大抵のことではないと感じたアウラとマーレ、シャルティアは至高の御方々にまとわり付きつつもアルベドに視線を寄せた。

 

「そうね。蜥蜴人(リザードマン)の制圧のためにコキュートスが部隊を率いて攻め入ったのは知っているわね?」

「話だけは耳にしていんす」

 

 個々の把握している情報レベルには大きな隔たりがある。能力適性の関係上他者の任務にかかわる頻度にはどうしても偏りが出るためある程度は仕方がないが、組織としてはあまり良いことではない。

 アウラは指揮に使う小屋を建設していたから当然知っているし、マーレは姉からナザリックを留守にする理由を聞いている。

 蜥蜴人(リザードマン)の強さは()の身体能力が人間よりやや勝る程度のもので、数で劣る分殲滅は容易だ。部隊の詳細は知らないが、コキュートスがいるのなら何も問題は無い。アインズたちが付与した条件を知らない者達はそう思っても仕方の無いことだろう。

 結末を口にするのをアルベドは躊躇(ためら)ったが、デミウルゴスとアインズの視線を受けて観念したようだ。

 

「ついさっき、蜥蜴人(リザードマン)に大敗を喫したわ」

「「……は?」」

 

 目が点になっているアウラとシャルティア。抜けた声に思わずお互いの顔を見合わせた後、言葉の意味が理解できないとばかりに揃って首を傾げた。その反応もやむなしと、アルベドが順を追って開戦からの経過と現在に至るまでを説明する。

 

 

 

「状況は分かりんした。でも、それならのんびりしていていいのでありんすか? その身の程知らずな蜥蜴人(リザードマン)たちなんてさっさと皆殺しにしてしまえばいいのに」

 

 うんうん、とアウラとマーレも珍しくシャルティアに同調し、それを無言の微笑みで見守るデミウルゴス。その考え方がナザリックに属する者としての正しい論理である。その根本は至高の御方々に仕える者にとって敗北は許されないということ。それはたとえ地位を同じくする階層守護者であり、気の合う友人であっても変わりはしない。

 しかし、それすらも掌の上ならば。眼鏡を持ち上げながら、至高の御方々に目だけを向ける。実に落ち着いて、支配者として相応しい貫禄を感じる。だが、これが意図せぬ敗北にしては余りにも穏やか過ぎるように見えた。

 

(これは、やはり────いや、全てはコキュートスが来てから、ですか)

 

 不満の声を漏らすシャルティアたちであったが、アインズがコツンと肘掛けを指で叩いた音でピタリと口を閉ざした。

 

「これで終わりではない。経過はどうあれ目的を達すれば問題無いのだ……そろそろコキュートスが来る頃ではないかな?」

 

 アインズが言い終わるが早いか、控えたメイドからコキュートスが謁見に訪れたことを伝えられた。入室の許可を出すと、開いた扉から現れた氷結の武人が深々と礼をする。

 

「失礼イタシマス」

 

 真っ直ぐこちらへ向かってくるコキュートス。その足取りは止まることこそ無いものの、一歩一歩の重みに彼の心情が表れていた。膝を折って臣下の礼を取る。

 

「此度ハ私ノ不手際ノタメニ醜態ヲ晒シ、誠ニ申シ訳ゴザイマセン」

「ふむ、不手際か。コキュートス、この戦いで何を感じ、どうすれば良かったと思う? 忌憚の無い、お前自身の言葉を聞かせてくれないか」

「ハッ」

 

 物量で潰せばいいと思っていたこと、蜥蜴人(リザードマン)たちが個々の能力の特性を活かした連携を取っていたこと、前もって相手の戦力を調べていなかったこと、それらに気付いたときには全てが遅きに失していたこと。報告をするコキュートスは絞り出すように沈痛な声の調子だったが、それに反してアインズの内心は踊っていた。

 いまコキュートスの話したことは、極めて戦略的な内容だ。専門性には欠けるのだろうが、少なくともユグドラシル時代のコキュートスを構成する要素に元々組み込まれていたものではない。

 つまり、NPCたちは少なくとも経験や精神面においてはまだこれから成長の余地が大いにあるということだ。ひいては自分やぶくぶく茶釜にも言えることである。冒険者モモンとして、剣士の経験が戦術を向上させるのは自らの実体験でほぼ確信していたが、念には念を、だ。NPCであるコキュートスにも同様の傾向が見られるなら、他の者たちも同じだと見ておいて問題無いだろう。

 

(それを調べるためにまず勝てなさそうな戦力を茶釜さんに見繕ってもらったんだけど、コキュートスには辛い役回りをさせてしまったな)

 

 内緒の実験はこれで完了。後はコキュートスに汚名を(そそ)ぐ機会を与えればいい。

 

「アインズさん、アインズさん。そろそろいいですかね」

 

 ぶくぶく茶釜もそのつもりらしい。いよいよ本腰を入れてナザリックの圧倒的な強大さを蜥蜴人(リザードマン)たちに思い知らせてやらなければならない。ぶくぶく茶釜に首肯で応える。号令を掛けるためにぐちゃぐちゃの肉塊のごとき容姿を持つ友人が一歩前に出た。

 

「それじゃ、コキュートス、よく見ておきなさい。これが戦略だ!」

「…………え?」

 

 何の話だと唖然とするアインズを横に、ぶくぶく茶釜は実にいきいきとした様子で≪メッセージ/伝言≫を飛ばしている。ちなみに誰を相手に話しているのかはアインズも知らない。ナザリックの誰かだとは思うが、事前情報は一切知らされていなかった。もはや事態はアインズにすら読めない謎の局面へと突入していた。

 困ったときは一にも二にも情報だ。現地の様子を見るため再び視線を遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)に落とす。

 

 どこに隠れていたのか、およそ千五百体余りの動く死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)たちが指揮小屋の付近に整列を始めている。恐らく上空の視点から見えにくい森の中に隠していたのだろう。

 

(えええええ!)

 

 

 

 

 

 

 蜥蜴人(リザードマン)の集落では酒盛りが行われていた。アンデッドの軍勢を叩き潰して凱旋した英雄たちを口々に褒め称え、蜥蜴人(リザードマン)四大至宝の一つである酒の大壺から無限に湧き出る酒を囲んで早くも真面目な雰囲気を吹っ飛ばした宴会の様相を呈していた。

 

 それを遠目に眺めるのは一等活躍を見せた戦士の一人、ザリュース・シャシャであった。隣には全身に白い鱗を持つ祭司クルシュ・ルールー。

 

 最前線に立ったザリュースは、敵が撤退していくまでアンデッドを倒し続けた。一体一体は大した強さではなくとも、固まった数になれば充分な脅威になる。結局最後まで切り札を使うことは無かったが、物量に押されて手傷を負う場面もあった。だがそれは隣にいるクルシュが癒しの魔法を使ってくれたこともあって最後まで戦い抜くことができたのだ。敵が撤退したのを見届けてから集落へ戻り、勝鬨を上げた。

 今日という日は蜥蜴人(リザードマン)を脅かす者を退(しりぞ)け、別れた部族が一時のこととはいえ和解し、結束した記念すべき日。そのはずだ。なのに茫漠とした不安の霧を晴らすことができず、戦勝気分に沸く者達の輪に入ろうとはしていなかった。

 

「よおよお、なんだしけた面しやがって。酒が不味くならぁ」

 

 なみなみと酒を注いだ、木の実を二つに割ったドンブリとしか言い得ない器を傾けながら絡んできたのはゼンベル・ググー。彼もまたザリュースと同じく、最初から最後まで最前線で活躍した別部族の勇者の一人である。

 年頃の男女二人をそっとしておいてやろうなどと気を回すタイプではない。どちらかといえばからかって面白がるタイプだ。一方で、蜥蜴人(リザードマン)の中でも最も実力主義の部族の長をしていただけあって、大雑把な性格ながらもこと戦いに掛けては侮れない技量の持ち主だ。それ故だろう、クルシュでは気付かない、ザリュースの纏う空気が先の戦いの最中よりもさらに錯迷を含んだものであると読み取れたのは。

 

「敵は倒した、種族は守った、嫁はできた、万々歳じゃねえか」

「な、何を言ってるの!」

 

 尻尾でパタパタと地面を叩いて抗議するクルシュ。心無しかその打ち付ける力は弱々しい。これがゼンベル一流のコミュニケーションなのだと半ば無理やり納得すると、尻尾をペタリと寝かせて落ち着いた。

 おちょくられたもう一人はというと、肯定するでもなく否定するでもなく、沈黙を守っていた。一暼すらもくれないのには流石にクルシュも少し妙なものを感じたが、それを問う前にゼンベルが言葉を続ける。

 

「こりゃ重症だな。何をそんなに気にしていやがる」

 

 ここでやっとというべきか、ザリュースはクルシュを、ゼンベルを見た。それは戦勝気分などとは程遠い、いまなお戦場に身を置いている者の眼をしていた。

 

「これで終わりだとは、俺には思えんのだ。どうにも腑に落ちないことが多過ぎる」

「腑に落ちないこと?」

 

 クルシュがクリッと首を傾げてオウム返しをする。あまりに場違いなくらい無邪気な仕草だったので少々毒気を抜かれた気がしたが、吹き出すと止める自信の無い情熱にグッと蓋をして、『偉大なるお方』のメッセンジャーを覚えているか質問する。

 

「ええと、確か非実体の……あなたがとても危険なモンスターだと言っていたわね」

「あぁ……なるほど、そりゃ確かにケツの据わりが悪ぃな」

 

 ピンと来たゼンベルと、自分だけ分からないからなのか頭のめぐりでゼンベルに負けたからなのか分からないが、ショックを感じてうなだれるクルシュ。

 

「つまりだ、昼間の奴らよかよっぽど強えのがいるのに、何でそれを出してこねえのかってこったな」

「あ」

「そうだ。あの計画性の感じられない攻め方も気になる」

 

 敵部隊にはあの黒い靄を集めたようなモンスターがいなかった。つまり少なくともあと四体はあの強力な手駒を相手は残している。そして口にはしなかったものの、ザリュースの内心にはあの得体の知れないモンスターと闇妖精(ダークエルフ)の子供二人の影がちらついていた。

 しかしまだ手を引いたと断言できない以上、集めた戦力をまた散らす訳にもいかない。かといって時間だけが経過すればかつて部族が(たもと)を分かつ原因になった食糧問題が重くのしかかる。戦勝気分に騒いでいる連中のどれだけが気付いているか分からないが、この中途半端な状況は時間とともに自分達の首を締め付けていくことになる。

 宴の場には兄の姿は無い。恐らく同じ考えに行き着いて長老会の意見をまとめようと奔走しているのだろう。

 

 翌日、ザリュースたちは大きな勘違いをしていたと気付かされることになった。




オートマトンのシズはスキルもメカニカルなものがありそう。

大壺から無限に沸く酒を煮詰めたりして保存食とか出来ないのかなぁと思ったけどリザードマン達に火を使ったり料理する文化が無いと無理か……。

2018/11/6 行間を調整しました。
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