オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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スマホで書いてた下書き2000字くらい寝ぼけて削除してしまいました。
一話丸々とかじゃなかったのと大して念入りに書いた部分じゃなかったのが不幸中の幸い。
バックアップはこまめに取らなきゃね……。




第6章 王都の巨悪たち
第44話 蒼の薔薇


 冒険者。モンスターの討伐や薬草、鉱石の採取やボディーガードなど各々の腕次第で報酬を得るなんでも屋に近い職業。

 4〜5人程度のチームを組む者たちが多いが、中には一人で仕事をこなす者もいる。まさに実力主義の世界だ。

 

 原則組合に所属している冒険者は、これまで成した功績によってランク付けされる。(カッパー)から始まり上に行くほどより希少な金属の名を冠したものになっていき、その金属で作られたプレートタグが組合から授与される。

 高ランクは実力の証明であり、要望の満たされる期待度を依頼主側がはかる指標の一つとして有効だ。ランクに比例して当然それなりに報酬も高くなるが、有用な商品が高いのは経済活動の基本である。

 

 なおランクごとの最低報酬額は冒険者組合によって決められており、冒険者本人への値切り交渉は徒労に終わることがほとんどだ。そもそも彼らはそれを決める立場に無いのだから。むしろ勝手に値引きを決めると組合からのペナルティによる罰金、降格、最悪冒険者資格の剥奪といった制裁措置まで考えられる。

 

 (カッパー)は登録さえ終わらせれば誰でも取得できるためランクとしての価値はゼロに等しい。ミスリル級にもなれば何かしら代名詞的な功績やエピソードを持つチームも少なくない。

 

 そんな冒険者の最高位が、アダマンタイト級冒険者である。

 

 他の者たちとは一線を画した、その所属数が国同士のパワーバランスにも影響を与えるほどの存在。掛け値無しの英雄である彼らには冒険者たちはもちろんのこと、人々を湧き立たせる求心力がある。だからこそ冒険者組合も認定には慎重であり、リ・エスティーゼ王国内においてはごく最近認定されたチームを含めても3組に留まる。だが決してこれは少ない数ではない。

 

「ふぁ……」

 

 天蓋付きのベッドの上、極上のエメラルドをはめこんだような目を眠そうに(こす)っているネグリジェを着た女性。やや癖のある金髪は寝起きのせいか右へ左へはね放題だ。体を起こしたものの下半身はもうしばらく暖かい布団に包まれていたいらしく、軽く伸びをしたり髪のはね具合を手触りで確認してこのあとの段取りを整理してみたり。

 朝日はカーテンに遮られて鋭さを穏やかにしているが、部屋に差しこんでいる深さはちょうどよい頃合いであることを示していた。

 

「よし」

 

 起きると決めてからの行動は早い。ベルを鳴らして呼んだフロントに水とタオルをもらい、顔を洗う。朝に汲んだ井戸水は神秘性を感じる冷たさで、身も心も引き締められる。

 タオルで顔を拭ったあとにはさっきまでの寝惚け(まなこ)が嘘のように吹き飛び、何かの儀式でもしているような錯覚を感じる。

 いや、広義の意味で捉えるならばこれは確かに儀式だった。

 

 自前の(くし)を引っ掛けることもなく通すと細かいはね髪は綺麗に落ち着く。こめかみから頬にかかる部分と後ろ髪は先端を使って器用に巻き、(くし)が離れても美しい螺旋を崩すことはない。

 系統が違うので詳しいことは分からないが、この(くし)は魔力を帯びた魔法道具(マジック・アイテム)の一つだ。多少の寝癖はこれのひと撫でで解消できる。

 普通に髪を整えようとしたら毎朝湯浴みをしなければならないため、どこへ行くにもいつでも持ち歩いている。朝以外で役立つことも結構あるのだ。

 

 優に数十着は収納できるクローゼットを開けると、中に1着だけ吊られていたドレスを手に取る。スタンダードなAラインドレスだが、右側は肩紐がなくオープンになっていて攻めた印象のデザインだ。色は地味過ぎず派手過ぎない落ち着いた薄いピンク。

 

 化粧台の上に置いてあるジュエリーボックスから黒真珠のネックレスを取り出す。金属のような重苦しさも無いためお気に入りだ。やや小粒なものを多めに通しているため主張も控えめで今日着けていくには妥当な品だ。

 ジュエリーボックスの横に二つ並べてあるのはスクエアパターンのブレスレット。他の手持ちの品には大きな宝石を埋め込んだものもあるが、用途が違うため今日は用意していない。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)の中には宝石に魔力を貯めたり、ときにはそれを解放して本来のキャパシティ以上の魔力を運用する者がいる。古より宝石は魔力が宿るとされ、稀少な品は文字通り桁違いの高値で取引されることも珍しくない。

 魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)が身に付ける宝石はそういった側面を持つため、人によってはある種実力を測るためのものさしになっている。より力のある宝石を手にするには相応の金銭を稼ぐか、未踏のダンジョンに潜って生還するくらいしか方法が無いからだ。どちらであったとしてもそれなりの場数は踏んでいることになる。

 

 もっとも、信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり主な戦闘手段が剣である彼女にはあまり興味をそそられる話ではない。

 にもかかわらずなぜそんなものを持っているのかというと、単に趣味の問題だ。

 

「起きてるかー?」

 

 無遠慮に開けられたドアを内側から叩く音とそれ以上に鼓膜に響く朝のあいさつ。

 廊下が見えないくらいに大きな体躯は鍛え上げられた筋肉の鎧を帯び、勇ましい眼光を引き立たせる。

 アダマンタイト級冒険者チーム、「蒼の薔薇」の戦士ガガーラン。刺突戦鎚(ウォーピック)を軽々と振り回す腕力を活かした近接戦が得意で、常にチームの先頭に立って突破口を開く。

 

「おはよう。ガガーラン」

「くはっ! 普段からその恰好してりゃ言い寄る男にゃ困らねぇぜ」

 

 好き勝手な感想に呆れ顔をしている彼女の名はラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。蒼の薔薇をまとめるリーダーであり、若くして英雄級とまで称される実力はまだなお成長の余地を残している。行動力にかけては昔から飛び抜けていて、貴族の身でありながら家を飛び出して冒険者になったという型破りな性格の持ち主だ。

 

 貴族位を()てた訳ではなく、リ・エスティーゼ王国第三王女のラナーとは旧知の仲である。今日も相談を兼ねた茶会に招待されており、これから王城へ向かう。そのため袖を通すことの少ないドレスを着て、装飾以上には意味のないアクセサリーを引っ張りだしたのだ。冒険者としての生活に輝きを見出している身としては、やれ男だ恋だというのは巷の人々に大いにやってもらえばいい。少なくとも今のラキュースにとっては食指の動く対象ではないのだった。

 

「男が寄ってきたらうっとうしいからダメ」

「ティナ……いつの間に? もしかして朝からずっといたの?」

「さっき戻った」

 

 部屋の角から音も無く伸びた影が溶けるように消えると、そこにはティナと呼ばれた一人の女性が立っていた。縛った短めのポニーテールが(ほうき)のように天を突き、首を口元ごと覆うストール。線の細い身体つきに両肩と腹部を露出した軽装だ。網状のインナーと前垂れに、膨らんだシルエットのパンツはオリエンタルな妖しさと魅力がある。

 

 これでこの部屋に「蒼の薔薇」5人のうち3人が揃った。残る2人は魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるイビルアイと、ティナとそっくりの容姿を持つティア。

 イビルアイにはラナーからの招待状については昨夜のうちに伝えていたのだが、城の堅苦しい雰囲気が嫌なのと冒険者組合に用事があるから行かないと言っていた。姿が見えないということは一足先に出たのだろう。

 ティアについてはとある調査を頼んでいるので昨日からティナと二人で別行動を取っていた。朝を迎えたためバディを解散してティナだけが先に戻ったのだ。ラナーとの会合は先日彼女らにも伝えており、その際の護衛役を頼んでいる。ラキュース自身が普段通りの装備であればそもそも護衛など不要なのだが、流石に有事でもあるまいに、茶会に招かれた者が剣を帯びて王女の部屋に立ち入るわけにもいかない。

 

「ティナ、そのままの格好で行くつもり?」

「む? 護衛なんだから当たり前」

 

 悪びれもせず言い放つ言葉は本心であり、むしろそれが何かと問いを返すような調子だった。徹底した功利主義的な性格は戦闘などのシビアな場面では頼り甲斐があるが、こういった人間同士のしがらみや緩衝についてはまるで無頓着なのが困りものだ。確かに護衛として付いてきてもらう以上最低限武装は必要だが、最高位のアダマンタイト級冒険者がフル装備で王城を出入りするというのはそれだけでもラナーの示威行為と受け取られてもおかしくないのだ。

 

(でもまあ、大丈夫かな……)

 

 幸いというべきか、ティナたちは武器といっても小さな飛び道具や暗器の類いが主武装なので、遠目に見て物々しい雰囲気にはあまりならないはずだ。ラナーとは付き合いも長くチームメンバーのことは彼女もよく知っているし、特に咎められるということはないだろう。

 

 ラナーは普段はいかにも世間知らずなお姫様という感じだが、思考能力については間違いなく天才的と呼ぶにふさわしい光るものを持っている。

 最近王国内で問題になっている平民の食糧難の件以外にも、少し知恵を借りたい案件があった。

 

 視線だけをティナの方へ向けると、その足下には片手持ちサイズの鞄が置いてある。あの中には先日犯罪組織八本指の麻薬生産施設を襲撃した際に入手した文書が入っている。

 メンバー全員で顔を突き合わせてみたものの暗号化されていると思われる記号の羅列から内容を読み取れた者はおらず、いよいよお手上げの状態だったのだ。

 とにかくこれはラナーに見せてみるより他にない。

 

 机の上の置き時計を見ると、迎えが来るまでもう大した時間は無い。流石に確認しないわけにもいかずラキュースはベッドから腰を上げた。

 

「ガガーランは行かないの?」

「あー、俺はパス。かたっ苦しい城内で夜露みてえな紅茶チビチビ飲むくらいなら居酒屋で肉食らってる方が性に合ってらぁな。つーことで俺は下にいるからよ」

 

 おおむね予想通りの返答だ。思わず腰に両手を当ててため息が漏れる。王城へ行くとは言っても別に王に謁見するわけではない。ラナーがいるのは領地内にあるヴァランシア宮殿の自室であって、王やその取り巻きのお偉方と直接顔を合わせることはそうそうない。

 そんなことは実際に何度か王城へ参じたときに分かっているはずだが、おそらくそういう問題ではない苦手意識でもあるのだろう。

 ラキュースとて王族貴族特有とも言える蛇が絡み合っているような権力闘争は好きではない。

 それでも立場上、家と家の複雑に絡んだ関係を断ち切ることはできない。アダマンタイト級冒険者といえど人の子、通すべき筋と守るべき義理がある。

 

 元より貴族出身であるラキュースはそういった世界にまだ耐性がある方だといえる。そのため仲間に無用な我慢を強いるのもどうかという考えから、王族や貴族が絡む件には仲間に対してどうも甘くなりがちだ。

 うるさく言わないラナーが相手であればなおさらである。

 

 そんなラキュースのことをよく分かっているガガーランは答えも聞かずに踵を返し、手をひらひらさせながら階段を降りていった。

 

 

 

 迎えの馬車はラナー側で手配されており、宿の前につけた御者を待たせることなく外へ出た。

 自慢ではないが王国内でも数少ないアダマンタイト級冒険者のリーダーであるラキュースの顔は多くの人々に知られている。ラナーとの親交についても周知のことであり、王国の紋章付きの立派な四頭立ての馬車に乗りこむラキュースたちを見ても騒いだり人垣を作るというようなことはない。向けられる視線はどちらかといえば、最高位であるアダマンタイト級冒険者に対する純粋な敬意や憧れだった。

 あるいは、普段のものものしい鎧姿ではないドレスに身を包んだ乙女に目を奪われた者も少なくなかった。

 

「いつもよか注目されてたね」

「ラナーがこんな大きな馬車用意するからよ。まあ正式な招待状を出している以上色々融通利かないところもあるんだろうけど」

 

 広々としたコーチに設置されたソファは、王族が使うということもあって汚れ一つ無いのは当然として座り心地も極上だ。何時間揺られていても身体への負担が少ないように細心の注意を払って製作されたのだろう。沈みこむ感触に少し懐かしいものを感じつつラキュースは腰を下ろした。

 

 ラキュースの正面から半身ズラして向かい合う位置にティナも腰を下ろす。浅く腰掛けたやや前傾気味の姿勢は何かあったときにすかさずラキュースを庇えるようにするためだ。進行方向を背にしたのも慣性を有利に働かせる狙いがあった。すでに護衛は始まっているのである。

 ラキュースたち蒼の薔薇にはアダマンタイト級冒険者という社会的にもそれなりに強い立場があるため表立って喧嘩をふっかけてくる奴などそうはいないが、警戒はしておかなくてはならない。

 ラナーとの親交が深いラキュースは貴族同士の対立を激化させるためには恰好の材料だからだ。

 

 かたや護衛される側のラキュースにはまるで緊張というものがなく、この馬車に乗るのも初めてではないためどこか上の空というか、ようするにボーッとしていた。というのも、ティナの警戒レベルは彼女が無意識レベルで普段からやっていることに毛が生えた程度のもので、ピリピリと刺すような神経の尖らせ方はしていないのが分かっていたからだ。そもそも幼少の頃から諜報・暗殺の技術を高めてきた彼女を出し抜くなど並大抵の者には不可能だ。そしてそれほどの手練れがこんな人目もある晴天の下で堂々と襲い掛かってくるとは考えにくい。

 

 馬車は急ぐこともなく、順調に王城へと続く道を進む。宿屋の前を出てすぐは様々な飲食店や道具屋、武器防具屋が立ち並ぶメインストリート。放射状に広がる街並みは王城に近付くにつれて大きな家々が多くなり、ちらほらと巡回や立ち番の衛兵が目に入るようになる。ラキュースたちの乗った馬車に向く視線を感じるが、向こうも慣れたもので(とどこお)ることなく哨戒任務に戻っていった。

 

 整備された石畳を馬車が進む。

 同じサイズの馬車が正面からきたとしても悠々とすれ違える道幅があり、この道が王城を出入りする正式なものであると誰の目にも分かりやすい。

 

 木製の車輪で硬い石の道を進むのだから当然馬車はそれなりに揺れる。それでも意識しなくてよいくらいに振動が伝わってこないのは、人が乗るカゴの部分や最高級のソファーがよい仕事をしているからだ。

 加えてラキュースはティナの頭の横、小窓越しに御者(ぎょしゃ)を見る。座っている配置の関係上顔は見えないが、実に落ち着いた手綱捌きだ。

 わずかな動きで緩急を馬に伝え、それに馬が応える。人馬の信頼関係が築けていなければできる芸当ではない。

 パッと見は単に小綺麗な老人といった印象だったが、侮れない技量を持っているものだと素直に感心した。

 

 御者(ぎょしゃ)のさらに向こう側にはいよいよ城門が見えてきた。

 

 左右に立つ門番が半歩ずつ中央に寄り、軽量型の斧槍(ハルバード)を交差させる。数メートル前から徐々に速度を落としていた馬車は馬の鼻息が門番にかからない絶妙な位置で停止した。

 

 城の出入りは当然厳しくチェックされて、帳簿に書き記される。これは単なる警備上の理由だけではなく、時が経てば王家の歴史の一部になるのだ。過去の帳簿は城内の書庫に保管されており、編纂作業が進められている。しかしながら王家の歴史は必然的に貴族との関係が深く、現代のパワーバランスによってはあまり公にできない箇所などがどうしても生じてくるため定期的に作業は巻き戻しやリセットを余儀なくされてしまう。そういった事情のため実質的な作業は動く死体(ゾンビ)の歩みのごとく遅々として進むことがなかった。

 

 記録係と思われる兵士の一人が御者(ぎょしゃ)に話を聞いているのが見える。王家お抱えの馬車なので見知った顔ではあるだろうが、それでフリーパスにしていては門番の意味がない。

 おそらく誰宛ての入城なのか、誰が乗っているのかなどを確認したのだろう。ほどなく交差された斧槍(ハルバード)は元の位置へと戻り、馬車は緩やかな歩みを再開する。

 

 ラキュースが窓際に座っていたため、すれ違うときに見送る兵士の顔が見えた。いまの自分たちは招かれた客であり、最低限とるべき態度というものがある。冒険者として慣れ親しんだ宿や冒険者組合の出入りのようによくいえばフランクな、悪くいえば雑な挨拶をするべきではない。

 そしてラキュースが選択したのは会釈はせず、口を開くこともなくただニコリと微笑むことだった。

 慌てたように礼を返した兵士の顔はすぐに見えなくなった。

 

 客の格は招いたホストの力を映す鏡だ。貴族出のラキュースはそのことを充分に理解している。自分たちの無様な行動一つが友人であるラナーの立場をたちまち悪くしてしまうことだって考えられるのだ。だからこそ立ち居振る舞いには気を付けている。ガガーランたちはアダマンタイト級冒険者として有名になったのだから多少の不作法は目を瞑ってもらえることもあるだろう。だがチームを率いるリーダーであり貴族社会を知るラキュースに向けられる目は自然と貴族に対するものになり、到底無視できるものではなくなっている。

 王族貴族が支配者階級である王国においては、最高位のアダマンタイト級冒険者が貴族出身であるという事実は大きな意味を持つ。同時に、民衆からの人気があるラナーと懇意にしていることに将来的な危惧を覚える貴族がいても何もおかしくはない。

 ただ、上の兄二人が健在であるため第三王女であるラナーは最も王位に遠く、繰り上がりのために暗殺されるといった心配をあまりしなくてよい。だがそれでも削げる力は削いでおくといったような内部工作の芽がないともいえないのだ。

 

 無事城内に入ると、広場を挟んだ真正面に一際大きく立派な建物がまず目を引く。玉座のある王の間を擁し、王を交えた会議や謁見など、内政外交ともに文字通り国を左右する論議が行われる場所でもある。

 

 馬車は広場の半分くらいまで進むとゆるりと頭を右に振り、正しい目的地へと進む。

 馬の頭が向いた先には同じような形状の建物が3つかたまって建てられたヴァランシア宮殿がある。最も大きいものが王族の住まう場所であり、招待主であるラナーの自室もここにある。

 

 宮殿の正面には馬車乗降の定位置があり、側働(そばばたら)きのメイドが2名待っていた。停止した馬車に慣れた動作で近付き、一礼してからコーチの扉を開く。

 

「ようこそお越しくださいました。アインドラ様。素敵なお召し物で」

「ありがとう。それじゃ行きましょうか。案内をお願いね?」

「お気遣いいただきありがとうございます。どうぞ」

 

 何度も訪れている友人の部屋へ行くのに案内も何もない。たとえ目隠しをしても迷うことなくたどり着けるだろう。だがそれではこのメイドの立場がない。それにいくら勝手知ったる顔見知りだとしても王族の住む領域を歩き回るのは対外的にも好ましいこととはいえなかった。

 

 ラキュースよりも先に馬車を降りたティナはメイドを一瞥しただけで周囲を警戒している。メイドたちもティナに対しては歓迎の言葉を掛けることはなく、会釈をするのみだ。

 ティナに対して思うところがあるのではない。これは以前ティナとティアの区別がつかずメイドが呼び違えたり、合っているのに本人たちが無愛想なものだからやはり間違っていたと勘違いされて色々面倒が多かったためにラキュースがこの二人については特に気にしなくていいとラナーを通じて伝言を回してもらったのだ。

 根本的な解決にはなっていないが貴族家から奉公に出ている者も多い王城のメイドに余計な負荷をかけることは得策ではない。

 

 宮殿内には警備の空白地帯が発生しないように城壁周りの比ではない密度で近衛が厳重に配置されており、ここが国の要所であるといやが上にも思い出させる。特に王に近いこの場へは代々からの王派閥に属する貴族家の出身であることに加えて、厳しい審査を通過して王に対する個人の忠誠度が認められた者だけが配属を許される、いわば王派閥のエリートたちが集められている。当然彼らは将来的には家を継いで有力な王派閥の一角としてさらなる尽力が期待されている。

 親もそのまた親も王への忠誠を是とした教育を受けてきた者たちは必然的に貴族としての在り方や騎士としての精神を幼少の頃から学んでおり、敬意の向く先は王だけに留まらず王族全体や懇意の貴族たちまでへも及んでいた。

 その対象はラキュースとて例外ではない。

 

 むしろ王への忠誠心に付随する敬意だけでなく市井の冒険者たちと同様に純粋な強さに対する敬意もあいまってラキュースの存在は近衛たちにとっても格別好意的な認識が広まっていた。

 

 近衛兵の多くはすれ違うときに心を込めた礼を取り、その眼には例外なく憧れるものを見る情熱の炎を灯している。

 いつ来てもこれだけ士気の高い近衛がいてくれることは友人であるラナーの安全という意味でラキュースとしても心強い。

 

 

 

 形式上の案内を受けて到着した部屋の前。メイドが扉を叩くといつも通りにどこか子供っぽさを感じさせる声で入室を許可する返事が聞こえた。

 

「待たせたかしら?」

「いらっしゃい。ラキュース。ティナさんも。時間はちょうどいいわ。ほら」

 

 黄金と称されるリ・エスティーゼ王国第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。朝露に濡れた稲穂に見紛う美しく流れる金髪とアクアマリンのような深く透明感のある碧眼を持つ彼女が指差した先には丸テーブルを囲んだ5つの椅子があり、メイドがポットからティーカップへ紅茶を注いでいる。横付けにされたティーワゴンにはスコーンなどの菓子も見えた。テーブルにはラナーお気に入りの保温瓶(ウォーム・ボトル)も用意されており、準備は万端といったところだ。

 ポットの中身を注ぎ終えたメイドがティーワゴンを引いて退室するとラナーはおもむろに席に着き、促されたラキュースもまた向かい合う席に着く。ティナはスタスタと部屋の隅へ移動すると床に座って膝を抱えた。本人によると「角が落ち着く」とのことで、諦め半分でもう慣れたラキュースもラナーも特に声を掛けることはしない。

 

「今日は二人だけなのね?」

「ええ。ティアは調べもの、あとの二人はいつも通り。イビルアイは用事があるって言ってたかしら?」

「そう。色々意見を聞いてみたかったのだけれど、用事があるなら仕方ないよね。それじゃさっそく例の食糧難の対策だけど、いい案を思い付いたの!」

「へぇ、流石ね。いつもみたく抜けがなきゃいいけど……」

「え?」

「ううん、こっちの話。じゃ、聞かせて?」

「うん。まずは作物の収穫量を────」

 

 侃侃諤諤と白熱した議論はラナーの部下が部屋を訪ねてくるまで続いた。

 

 

 

 

 

 世間の人々がまだ寝静まっている夜明け前に、大通りを迷いなく進む人物がいた。小柄なシルエットだが身にまとった鮮やかな真紅のローブは顔の全面を覆う赤い宝石の埋め込まれた仮面とともに見た者へ形容しがたい印象を残す。そんな彼女を知る者は誰もがその冷静で堂々とした態度に畏敬の念を抱き、「小さいくせに生意気な奴だ」などと絡んでくる間抜けは少なくともこの王都においてまずいない。何故なら彼女は王国でも指折りの魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり、アダマンタイト級冒険者「蒼の薔薇」の一員だからだ。

 

 通りに面した中でも他より数倍した大きさの建物に到着する。目的地であった、冒険者組合だ。ドアノッカーのない正面の扉は施錠されておらず、取っ手を引くと軋みの一つもあげることなく開かれた。内側に設置されたドアベルが鳴り、人の出入りが分かるようになっている。

 

 室内を軽く見渡すと待合のソファーで地図を広げている者やその仲間と思しき横になって寝息を立てている者、カウンターで書類のやりとりをしている者などがいた。この時間でも人がいるのはそう珍しい光景ではない。というのも、依頼の受注以外にも結果の報告や報酬の受け取りといった一連の処理は基本的にすべて冒険者組合で行うからだ。報告した結果は累積されて冒険者のランク昇格の判断材料にもなる。当然より早く正確に依頼をこなせた者への評価が高くなるため、上昇志向の強い者ほど一秒を惜しんで組合へと駆けこむ姿もよく見られる。ただどちらかと言えば組合は仕事の質を優先するので、極端に遅れでもしない限り時間に対する評価は参考程度だ。

 依頼の性質にもよるが、依頼が完了する時間帯は案件ごとにまちまちだ。それらにも十全な対応をするために、王都の冒険者組合は夜間帯に非常勤を配置して夜中でも明け方でも受け付けができるような体制を構築している。なにぶん人の多い王都では日中だけで対応を回すのが厳しいこと、そして田舎に比べると貴族からの依頼も比較的多く、組合の受付時間が原因になって対応が遅延すると無用な圧力を掛けられることにも繋がりかねないことが非常勤を配置した主な理由だ。みなが善良な依頼主ばかりであればいいが、現実問題そうもいかないのが実情であった。

 まだカウンターは報酬の引き渡しなどで埋まっている様子だったので、用件を伝えるため受付へと進む。

 

「いらっしゃいませ。蒼の薔薇、イビルアイ様。本日はいかがされましたか?」

「ああ、指名の依頼などが無いかの確認だ。カウンターは……埋まっているようだな」

「はい。申し訳ございません。よろしければ奥で何か温かいお飲物でもご用意致しますが」

「いや、それには及ばない。()くまで向こうを見ていることにする」

 

 肩越しに指差した先の壁には大きくスペースの取られた掲示板があった。

 

 期限の有無や特殊な指定のある案件などが区別され、壁には羊皮紙がところ狭しといわんばかりにずらりと貼り付けられている。これらは現在受注待ちのフリー依頼だ。羊皮紙には受注可能な冒険者のランクと、依頼の概要、報酬、依頼主といった情報が記載されている。出来高であったり憂慮するべき点がある場合は備考が付いていることが多い。

 基本的に依頼の内容や種類に決まったルールは無い。採取もあれば護衛や狩猟、果ては荷物運びの手伝いなんて依頼もある。

 冒険者組合の存在意義の一つとして、依頼者と冒険者との取引を円滑にするというものがある。いちいち詳細や報酬の交渉をしていては依頼主も冒険者もすさまじい労力がかかってしまうので、あいだに冒険者組合が入ることによってあらかじめ依頼内容の確認と適正ランクの決定、受注する冒険者ランクによる最低報酬といったものを設定して冒険者の利益を守っているのだ。依頼の内容にルールが無いとは言っても、犯罪に類するものや人間相手にトラブルを引き起こすのが明確な依頼などについては組合への依頼の段階で募集自体を拒否される。冒険者組合はその成立と運営が王や貴族に依存していない。そのため相手が貴族であってもある程度は強気の態度が取れるのだ。しかしながら高額な依頼を出してくれるのが貴族に多いというのも無視できない事実であり、あまり首を横に振ってばかりでは依頼が他へ流れかねないため多少の譲歩は必要だ。常時対応の運営もまたそのひとつだった。

 

(特にめぼしい依頼は無いようだな。おっと、一応中位以下の依頼も見ておくか)

 

 冒険者組合があいだに入っているとは言っても、基本的に依頼はそれぞれが独立したものとして発注される。そのため特に王都においては依頼主が誰なのか、貴族の場合のパワーバランスや情勢といったものを考慮する必要が出てくることがある。逆に言えば、依頼の内容をパーツとして組み立てることで貴族の力関係や現況を知る助けになるのだ。あくまで推測の域は出ないが、直接探りを入れるのに比べれば危険度は数段下がる。特定の貴族に肩入れしているような状況も回避できる。貴族社会との関係が深いラキュースには時に値千金の切り札ともなり得るのだ。毎日というわけではないが、組合に来たときはそういった情報を仕入れるのがほとんど習慣化していた。

 張り出しの依頼に一通り目を通したあたりで受付嬢がこちらへ近付いてきた。

 

「イビルアイ様、お待たせ致しました。確認して参りましたが、現在指名のご依頼はありませんでした」

「そうか。わざわざ済まないな」

 

 横目でチラリと見るとソファーにいた連中はカウンターにいた男の仲間だったらしく、報酬を受け取ると使い道の相談をしながら組合をあとにしていった。

 

(あてが外れたか。こんな時間に冒険者組合へ来る奴らだから何かこぼすかと思ったが、流石に王都の冒険者にそこまでぬるい奴はいない、か)

 

 依頼の終わった直後の雑談などは気が緩む者が多く、意外と貴重な情報が耳に入ったりすることもある。特に駆け出しや時間的金銭的に余裕の無い者ほどその傾向は強いのだ。魔法や魔法道具(マジック・アイテム)で盗聴対策をされたらいくらイビルアイでも聞き取ることはできないが、そもそもそんな手段を講じる奴らは普通にしていてもどこか隙の無い雰囲気を漂わせているものだ。

 

「……イビルアイ様?」

「ん、ああ少し考えごとをしていた。気にするな。私の用は済んだ。ではな」

 

 ロビーにはイビルアイを除けば非常勤のカウンター職員と受付嬢しかいない。受付嬢が持ち場を離れて教えに来てくれたのも、この時間の組合利用者がさほど多くはないと知っているからだ。自分一人のためだけに職員たちの気を張らせるのもどうかと思い、足早に冒険者組合を出る。

 外は朝方の冷えた空気の中へわずかに太陽が顔を出し、日中の強い陽射しを予想させた。収穫が無かったことも拍車をかけて何ともなしに機嫌は傾く。

 

「嬢ちゃん、ちっとは成長したかの?」

「っ!!?」

 

 やれやれという感じで宿へ戻ろうかとした矢先、人の気配がまったくない道の中央で耳元に囁くような声。反射的に背筋をぞわりとしたものが走る。仮面をしていたことがこれほどよかったと思ったことは過去を振り返っても数度しかない。しかしすぐに平静を取り戻し、動揺がなるべく表面化しないよう声の主へ語り掛ける。

 

「……そこの路地へ入るぞ」

 

 返答は聞かない。左右を見渡して誰もいないことを確認すると、真紅のローブを揺らして路地へと飛びこんだ。

 

 左、右、右、左、左、右と一度も止まることなく進み、行き止まりの地点で振り返ることなく立ち止まる。

 

「どういうつもりだ、リグリット」

「ありゃ、バレちゃったかい?」

「白々しいことを……。朝方とはいえ気配も漂わせずに背後を取り、私をそんな風に呼ぶ奴が他にいてたまるか! だいいち貴様、うろつくと色々面倒なんじゃないか?」

「ほっ、誰もこんな老人がそんな御大層なものだなんて思いやしないさ。嬢ちゃんみたいに知った顔なら別だがねぇ」

 

 イビルアイが振り向いた先には、白髪に白い肌の一見するとどこにでもいそうな一人の老婆が立っていた。彼女こそはリグリット・ベルスー・カウラウ。かつてイビルアイとともに旅をした仲間であり「蒼の薔薇」へ加入する直接的な原因を作った張本人でもある。年の割に常に飄々とした態度は昔からまるで変わっていない。

 世間的には死亡したということになっており、実際そうなっていておかしくないくらいの年齢のはずだ。

 

「単刀直入に聞くぞ。なぜ王都へ来た? 理由も無くこんなところへ顔を出すとは思えん」

「なぁに、ちょっと前までは南の方にいたんだがねぇ。古い友人を訪ねるついでに寄ったらショボくれた泣き虫を見付けたってだけの話じゃよ」

 

 思わず仮面の下で苦虫を噛み潰す。大筋については正しいのだろうが、声を掛けたのは心配しての行動ではないだろうと素直に歓迎できない考えが頭をよぎった。この女が手に負えない理由はラキュースのさらに上を行くずば抜けた行動力だけではない。いたずらじみたことにはやたらと回る頭、そして本人はお茶目の一言で済まそうとする快楽主義的性格であることだ。過去に何度もおもちゃにされている身としては一歩引いたものの見方が嫌でも癖になった。

 

「多分まだこっちには出回っとらん情報でもやれば泣き止むかの?」

「誰が……! まて、出回っていない情報だと?」

 

 つかみどころがなく苦手な相手だが、不利益になるような嘘を流すタイプではない。冒険者組合で得られなかった情報にはおのずとイビルアイも注目せざるを得なかった。沈黙は金というが、大人しくなったイビルアイを前にリグリットは独自に得た情報を語りだす。それらは確かにイビルアイの耳には入っていないものだった。情報の発生源が遠く、かつ経済的商業的に王都との相互依存関係が浅いことが噂すらも届いていない理由の一つだろう。

 

 

 

「……『漆黒』? それが最近認定されたアダマンタイト級冒険者チームか?」

「そうさ。彼らが拠点にしているエ・ランテルに王都(ここ)の前に寄ったときに聞いた話さ」

「ふむ……?」

 

 それにしては妙だ。アダマンタイト級冒険者と言えばその前のオリハルコン級冒険者がさらに大きな功績を立ててやっと認定されることがほとんどだ。しかし「漆黒」の名は聞いたことがない。メンバーは戦士であるモモンという男と魔法詠唱者(マジック・キャスター)のレジーナという女の二人組ということだが尚のこと不可解だ。個人でできることには限界があり、たった二人では切れる手札も限られてくるため対応力で他の冒険者チームより不利なはずだ。これほどの異例のスピードで駆け上がるには、それこそ圧倒的な実力が無ければ不可能だ。だがそれほどの実力者が噂の一つも聞いたことが無いというのは解せない。

 イビルアイの想像と疑問はリグリットによって語られた「漆黒」の功績によって裏付けられる。結論ありきの想定だったがゆえに、怒涛ともいうべき「漆黒」の実績には流石のイビルアイも目を細めずにはいられなかった。

 

「ギガント・バジリスクを討伐とは、それが本当だとしたらモモンとやらはガゼフ・ストロノーフ級の戦士ということになるぞ」

「相方の嬢ちゃんも大したものらしいのぅ。アンデッド大量発生事件の解決のときにはズーラーノーンの高弟を単独で倒したようだしの」

「ズーラーノーン? あの魔術結社か!」

「公式には発表されとらんらしいがの。人の口に戸は立てられん」

 

 他には北上してきたゴブリン部隊の殲滅、トブの大森林において森の賢王を服従させ超稀少薬草の採取に成功、カッツェ平野から流入したアンデッド師団を撃破、そしてアダマンタイト級への昇格の決め手となった強大な力を保有する吸血鬼(ヴァンパイア)の討伐。確かに、アダマンタイト級への昇格が妥当と思わせるに足る華やかな実績だった。

 特に吸血鬼(ヴァンパイア)について共同依頼を受けた、あるミスリル級冒険者チームは誰一人として生還できなかったほどの激しい戦いだったらしい。城塞都市とはいえアンデッドが湧き出るカッツェ平野にも近い場所で、ミスリル級冒険者チームが一つ消滅するのは自治組織としても少なくない痛手のはずだ。穴を埋めるために昇格を急いだという見方もできなくはないが、アダマンタイト級冒険者が伊達で認定されるような存在ではないことはよく知っている。

 となるといまリグリットが話した漆黒の情報に恐らく間違いは無い。少なくともエ・ランテルの冒険者組合がそれだけの評価に足る実績を確認したということだ。

 

 世界はいまなお広く未知が多くを占めているが、規格外の強さを持つ存在がいることをイビルアイは知っている。

 

「……神人か?」

「まだ分からんねぇ。何せいきなり出てきたんじゃ」

 

 神人。彼らは法国の基礎を築いたとされる六大神の末裔であり、中でも覚醒した者を特にこう呼ぶ。先祖返りともいうべき力の発現は常識の枠をやすやすと飛び越え、まさに言葉通り神に近しい強さを持つという。それが法国ではなく王国のいち都市を拠点にしているとしたら、予期せぬ遭遇も考慮して警戒しておく必要がある。もし法国が標榜している「人類の守護者」を地でいく奴なら、面倒ではあるができうる限り対面するのは避けたいところだ。

 

「んー、なんじゃビビっとるのか?」

「だ、誰がビビるか! 言っておくが法国がらみの連中を面倒に思っているのは私だけじゃないからな!」

「なるほどのう。まあそれは多分大丈夫じゃろ。さて、そろそろ私ゃ行くよ。またの、インベルンの嬢ちゃん」

「あ、まて! それはどういう────きゃん!?」

 

 呼び止めようとしたイビルアイの額に衝撃が走る。手のひらサイズの石が硬質な音とともに足下へ落ちた。すぐに辺りを見回したが、すでにリグリットの姿は無かった。仮面を着けていることもあってこの程度の(つぶて)を受けたところでダメージはない。リグリットもそれを知っているから、一瞬気を逸らせるために放っただけだ。

 分かっていてもやはりあの飄々とした性格は苦手だ。蒼の薔薇に入って誰かに振り回されるのにも多少慣れたかと思っていたが、ヤツは遠心力が他の比ではないと思い知らされた。

 

「くそっ、相変わらず……ん?」

 

 ぶつけられた石に不自然なものを見付ける。細く折った紙が結び付けられており、汚れなどは無く真新しい。リング状になった部分を左右へ引っ張るとスルリとほどけ、支えるものが無くなった石は再び地に落ちた。蛇腹になった紙を開くとそれは手紙、というより書き置きと呼ぶべきものだ。筆跡はよく知るリグリットのものであり、声を掛ける直前にでも用意したのだろう。

 中身は「泣き虫のインベルンを心配している」(てい)でやれ寂しがりだのやれ素直じゃないだのとイビルアイをおちょくる文章が書かれていた。半分ほど流し見したあたりでくしゃくしゃに丸められ、指先に走った電撃がたちまちそれを真っ黒な物体に変える。

 

「あ……の、クソババアーーーー!」

 

 疾風のごとく去っていったリグリットに追従するように吹いた風が灰となった手紙を乗せて散り、イビルアイの(むな)しい叫びは朝焼けの空に吸いこまれていった。




城内とか建物の色々は基本的にイメージです。誰か見取り図ください。

やっと蒼の薔薇出せた!
彼女たちも今後出番増やしたいですね。番外編もいいかも(脱線


2018.8.17 ラナーのフルネームの誤字を修正しました。
2018/11/8 行間を調整しました。
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