オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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~前回のあらすじ~
違法娼館壊滅。

今回はsideナザリック。42話の直後です。


第48話 無貌の水鏡

 ≪メッセージ/伝言≫を通じて部下から受けた報告は耳を疑う内容だった。あまりの衝撃に絶句する。

 

 にわかには信じがたい。しかもよりにもよってあのセバスが。先日カルネ村の一件でたっち・みーの面影を見た彼が裏切るなど想像だにしなかった。

 

 真っ白になった頭では目の前の仲間にオウムのごとく衝撃の報告を復唱することしかできなかった。

 

「セバスが? ほんとかなあ。作ったの誰かアインズさんも忘れたわけじゃないでしょ」

「忘れませんよ……。うん、そうか、そうですよね。セバスが裏切ったなんてはずないですよね」

 

 同じ考えの言葉を受けて冷静になる。少し動揺してしまっていた。

 まずはソリュシャンに言った通り確認をするべきだ。

 

「ああ、でも裏切ったかも」

「えええっ!!?」

 

 折角立ち直ったところへ冷水をかけられた気分だ。自分としてはジト目のような感覚でほのかな怒りを込めた視線をぶくぶく茶釜に送る。振り回されるのは今に始まったことではないけれど、そんなにあっさりとセバスを疑う発言をされるのはあまり心地の良い話ではない。

 

 そんな視線は知りませんとばかりに()った触手を顎の辺りに当てて粘体はゆらゆらと揺れる。

 

「あくまで可能性の話ですよ。もうセバスたちはかつてのNPCとは明確に違う存在なんですから。常に最悪を想定するのは悪いことじゃないです」

 

 正論だ。仮に何かの間違いだったのなら笑い話で済む。何にしてもいまは時間が惜しい。

 

「分かりました。それじゃまず玉座の間に行きましょう」

「玉座の間……って、ああ、なるほど。そうですね。了解しました」

 

 リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力によって先に転移したぶくぶく茶釜の姿が消える。 玉座の間と聞いてこちらの意図は伝わったようだ。

 

 ナザリック内の基本的なシステムはギルメン全員が把握している。ユグドラシルのときにあった個人用のメニューはゲームとしてのシステムだったが、これから見に行くのは玉座の間に固定されている、ギルド拠点としての機能だ。このナザリック地下大墳墓のリソース運用などが正常に働いているのなら、それらも同様に使用できる可能性は高い。

 

 転移した先は第10階層玉座の間の前に位置するソロモンの小さな鍵(レメゲトン)。奥の扉にはすでに一般メイドが待機していた。

 足を向けると開かれた扉はいつ見ても重厚な造りで、決戦の間に相応しい。結局最後まで見せ場が無かったのは良かったような残念なような複雑な気持ちだが。

 

 玉座の間では普段からここへ詰めているアルベドがちょうど説明を受けているところだった。玉座へ腰を下ろし、マスターソースを開く。

 空中に現れたホログラフ風のボードには、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』に所属する者たちの名前がカテゴリ別に並んでいる。

 

 拠点NPCのタブを選択すると、守護者統括であるアルベドを筆頭にレベル100NPCの名がズラリと並ぶ。

 指を滑らせ止めた場所にはセバスの名。文字の色は死亡や離反を示す警告色ではなく、正常な場合の白文字だった。思わず肩の力が抜けた。

 

「マスターソースの表示は正常。ではやはり何かの間違いだったのか」

「お待ちくださいアインズ様」

 

 異を唱えたアルベドはいつにも増して真剣な眼差しを向けていた。

 

「お話はぶくぶく茶釜様から伺いました。まだ完全に確認をするまで安心はできません」

 

 一理ある。マスターソースが本来通りに動いているという保証は無いのだから。変化するところを見ていない以上、変化判定が機能していない可能性を考えるとまだ確実とは言えない。

 ではどうやって確認するか。

 

「アルベドの言う通りだ。では王都に出向いて私が直接確かめるとしよう」

「そんな、危険です! アインズ様が後れを取られるとは思いませんが、セバスの手足は至高の御方にも届く牙。わざわざその(あぎと)に御身を晒す必要などございません!」

 

 引き止めようと懇願されるが、そもそもアインズは最初からセバスが裏切ったとはどうしても思えなかった。何か理由があるならまだしも、アインズたちはたっち・みーの掲げた正義に真っ向から敵対するような真似はしていないし、問答無用で拳を向けてくるタイプとも違う気がする。

 

 だが、セバスの動向は立場上アルベドも無視できないらしい。己の身をずいと押し出し、事態解決のための名乗りを上げる。

 

「事実確認であればお手を煩わせずとも、調査隊を編成して送りこめばよいのです」

「それはダメです」

「……どうしてかしら? デミウルゴス」

 

 にべもない却下の言葉とともに現れ、凍りつくような冷たく鋭いアルベドの視線に刺されるのもものともしない悪魔はアインズたちに礼を取る。この肝の太さはある意味見習うべきところかも知れない。

 

「こう言いたくはありませんが、セバスは単騎の戦闘能力において私たち階層守護者と同等以上。粒の揃わない数だけ送りこんでも、返り討ちに遭うのがオチです。それはアルベド、貴女自身がよく知っているはずでは?」

 

 デミウルゴスの言い分はセバスが裏切っている前提のものだったが、主張は分かる。

 特にセバスは確かモンク系の職業(クラス)を持っているため、屋内でも小回りの利く無手での戦闘はお手の物だ。

 

 時間停止対策も当然されているので、生半可な作戦は労力と戦力の無駄遣いになる。

 

 アルベドはセバスに対して有利だが、それはあくまで相性の問題だ。防御重視の前衛と攻撃重視の前衛。単騎でぶつかれば無傷というわけにはいかない。

 

「ですので、ここは私とコキュートスが行きましょう。第5階層と第7階層の警備管理を守護者統括殿にはお願いしますよ」

「……仕方ないわね。でも移動手段はどうするつもり? シャルティアを連れていくということかしら」

 

 王都までの距離を一気に移動するなら、≪ゲート/転移門≫で飛ぶのが確実だ。

 だがそうなると、判断を仰いだり即時の報告のためには≪メッセージ/伝言≫の巻物(スクロール)を使うことになる。量産に向けて動いてはいるが、連絡手段を一つに限定せざるを得ない状況はややリスキーだ。

 その点はデミウルゴスも懸念していたらしく、どうしたものかと一考する。

 

「やはり、私が行こう」

「「なりません!」」

 

 知恵者が2人でツッコミも2倍。思わずたじろぐが、より良いと思える案があるなら主張はするべきだと自分を奮い立たせる。

 

「だが現状それが最も効率的だろう。私の影武者でもいるなら……あ。ん、んん! いや、まあ、その、万一のことがあってもお前たち守護者同士で戦ってほしくはない。説得するにしても私か茶釜さんから話した方が良かろう。茶釜さんが≪ゲート/転移≫を使えない以上、私が行くのが妥当ではないか?」

「アインズさん、影武者といえば……」

 

(くっそおおおお折角流したのにやっぱり聞かれてた!)

 

 しまったと思ったときにはもう遅く、こぼれた言葉は戻せない。思い付いてしまった方法は冷静に考えるとできれば最も取りたくない手段のひとつだが、守護者同士でシャレにならない争いをしてほしくないというのも偽りの無い本音なのだ。しばらくの葛藤の末、仲間の残した守護者たちと羞恥心を乗せた天秤は多少ふらつきながらも前者へと傾いた。

 

 ソリュシャンにはもう15分ほど遅れることを伝えて、アインズたちはナザリックの宝物殿へと転移した。ぶくぶく茶釜とアルベド、そして入口のパスを忘れていたときの保険として戦闘メイド(プレアデス)のシズ・デルタ。

 山となった金貨、ところどころに埋もれ突き出た武器防具は乱雑と言ってしまえばそれまでだが、壁やら棚やらはもっとレア度の高いアイテムで埋め尽くされている。仕舞う場所が無かったがゆえの苦肉の策だった。

 

「深部へ向かう。落ちると面倒だからあまり離れないように」

「……シズ? 何をしようとしているのかしら?」

 

 おずおずといった感じで隣に寄ってきたシズが軽く上げていた手は、アインズのローブを掴もうとしかけたところでビクッと止まる。アルベドの笑顔の裏に不穏なものが混じっていたからだった。確かに至高の御方の召し物に断りも無く触れるのは失礼にあたる。守護者統括という立場としては当然の制止とも言えた。

 

 引っこめようとした手は真っ白な骨の手によって優しく掬いあげられる。

 

「アッ、アインズ様、なにを……」

「ん? ああ脅かすようなことを言って不安にさせてしまったようだ。手を握っていれば落とす心配も無いだろう」

「そ、そのようなことは…………うらやましい……」

 

 やや赤面したアルベドの言葉の後半はボソボソと聞こえなかった。

 ユグドラシルではチーム全体を指定して使用できた飛行魔法も、感覚頼りで視覚化されない現在では多少慎重になる。カルネ村で発動したときは自分とアウラだけだったが、今回はその2倍の人数なのだ。数が増えると効果範囲が狭くなっていたりしたら困る。

 

「よし行くぞ」

「アインズ様、私も──ぐうッぇ」

 

 反対側の手を取るために近付こうとしたアルベドからガマガエルを連想させる声が漏れる。その腹部には太い触手が回されている。

 

「これなら落ちても大丈夫でしょ。私も飛行の魔石持ってるし」

 

 咄嗟の状況判断には全幅の信頼が置ける。グローブ越しのシズの手をしっかり握ってアインズは魔法を発動させた。

 

「≪マス・フライ/全体飛行≫」

 

 重力の縛りを逃れた4人はそのまま床と天井の中間を進む。下を見ても大きな一枚岩を磨き上げた床と、両脇をこれでもかというほどの豪勢なアイテムに彩られた回廊。もはやそれ自体が一種の芸術品とさえ思わせる。

 アンデッドがうろついているとか、いきなりの断崖にボロボロの吊り橋が掛かっているといったこともない。

 

 だが薄っすらと紫掛かった空気に気付いたシズは誰に問うでもなくポツリと口を開いた。

 

「……ブラッド・オブ・ヨルムンガンド?」

「ああ。ここにいる4人には無意味だがな。アルベド、宝物殿の中で間違っても毒無効装備は外すな。罠対策もな」

「かしこまりました」

 

 空気に含まれる猛毒だけではない。あちらこちらにデストラップが山ほど仕込まれている。普通ゲームの宝物殿といったらボーナス部屋と相場が決まっているが、ナザリック地下大墳墓がそんな甘い場所だと思っている連中はここでゲームオーバーだ。

 もっとも宝物殿はフロアから切り離されたエリアのため、よっぽど条件が揃わない限り侵入される状況が発生し得ない。

 

 金貨の山を越えた奥には幾つかの扉が並んでいる。扉と言ってもドアノブなどは一切無く、密封された行き止まりに見えないこともない。

 

「ここは武器庫────まあ奥は繋がっているのだがな。そして普段は侵入防止のためにロックが掛かっている。茶釜さん、解錠の言葉覚えていますか?」

「ぅえ!? えーっと、確か……『汝闇より昏きもの、世界の全ての栄光を集め去るだろう』だったっけ?」

 

 扉に変化は無い。ここへ頻繁に出入りしていた者ならともかく、久しぶりにナザリックを訪れた身であるぶくぶく茶釜に正確なキーワードを言えというのはいささか意地が悪い。

 キーワードを言った本人はまあまあ自信があったらしく、「あれー?」と頭を捻っている。だが実はアインズも日常的にここを訪れていたわけではない。十中八九間違えないとは思うが、ナザリックごと転移してからは初めてだった。やはりここは安全策として連れてきたシズを頼るのが慎重で賢い選択というものだ。なんだか元々慎重派寄りだったのが最近輪を掛けてあれこれ警戒するようになってしまった気がするが、軽率な行動をして手痛い傷を負うよりはいい。

 

 手振りで解錠の指示を出す。着地してからも手を繋いでいたシズは少し名残惜しそうにしながらも頷くと、扉の前に立った。

 

「ぶくぶく茶釜様……惜しい。です」

 

 部下としては何もおかしい言動ではないのだが、小柄で子供然としたシズにフォローされると何とも言い難いむず痒さを感じる。あれが自分に向けられていたらどうなるか。多分気恥ずかしさで自室に逃げたくなる。

 

「『かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう』」

 

 すらすらと(そら)んじたキーワードに反応し、壁になっていた暗闇の塊が霧散する。奥へと続く通路の先には黒曜石を磨いたような床面が見えていた。

 

 自分の記憶と扉の鍵が一致していることに安堵する。同時に、ナザリック内全てのギミックを把握しているというシズの設定が生きているのが分かったのは大きな収穫だ。

 過去を振り返ると枚挙に暇がないのだが、新しく設置したゴーレムがいきなり襲ってくるなど一部の悪ノリ好きなギルメンの仕込みには精神衛生上よろしくないものが多かった。外から深部まで攻め入ってくる者がいないにしても、何で自分のギルド拠点内で襲われなければならないのか。シズがいてくれればひとまず知らない罠での事故は回避できそうだ。

 

 奥への道を開けたシズは無表情ながらも心なしか顔がツヤツヤしている。ギミックが好きなのは創造者譲りなのか、自分で動かしてご満悦らしい。

 

「よし。はあ……いや、行くぞ」

 

 先にいるものを自分の目で確かめるのが恐ろしい。いっそいまからでも玉座の間に戻って別の案を相談したいくらいだ。

 だがこの案が守護者達の懸念をクリアしつつ事態を解決に導くベストだとアインズ自身納得してしまっている。

 

 それにここまでわざわざ連れてきた部下の手前、全員が納得するに足るだけの対案がなければ中止の指示など出せるはずがない。

 対案無き意見の否定はただの言い掛かりだ。

 

 左右の壁を数千もの武器が埋め尽くす回廊を抜けると、少し開けた部屋に出る。壁にはアイテムは配置されておらず壁も床も漆黒の大理石に似た石材がぴっちりと敷かれているため、全体を削り出した巨岩の中にいるかのような錯覚を生じさせる。

 ≪コンティニュアル・ライト/永続光≫によって照らされてはいるが、暖色でも寒色でもない微弱で機械的な照明は実際以上に部屋の中を寒々しい雰囲気に仕立て上げていた。

 

 入口から離れた壁の近くに、テーブルを挟むソファが一セット。こちらに背を向ける形で一つの人影があった。

 

 シズとアルベドが息を呑む気配がする。そこにいたのが予想外の人物だったからだ。

 

 背から伸びる上下に分かれた4枚の翼。両腕には鷲の爪よりも凶悪な鋭さを有したガントレットを着けており、外側へ向けてブレード状の突起が付いている。膝から下の脚甲も似た造形だ。二の腕や腹部は白い羽毛が覆い、頭部には先端の尖った面とボリュームのある黒髪。長く垂れた腰布と合わせて、空を舞えば流星のように尾を引く姿が想像できた。

 

「ペロロンチーノ様!」

 

 至高の41人の内の1人の名を思わず呼んだのは守護者統括アルベド。しかし回転の早い頭脳は向ける視線を疑念と敵意で瞬く間に埋め尽くした。

 

「いいえ、違う。見掛けはともかく、至高の御方ではないわね。名乗りなさい。何者?」

 

 誰何(すいか)を受けた金色の鳥人は、首だけを動かしてアルベドを見た。だが問いに答えるつもりは無いらしく、沈黙を守った。

 

「そう。なら死体を調べるまでよ。シズ、撃ちなさい! 範囲系は使わないように。(わたくし)が前衛に出るわ」

「了解」

 

 硬質な音を立てて腰の魔銃を抜き放つ。これだけ近距離の射撃であれば的を絞りこむ必要も無い。素人がデタラメに弾をバラ撒いても当たるだろう。

 ガンナーの職業(クラス)を持つシズならばオート連射の全弾を片手保持で頭のてっぺんから爪の先まで一直線に叩きこむのも難しくはない。

 

 アルベドが敵と断定したのなら、正体は分からなくとも至高の御方の姿を偽り形取る無礼者に銃口を向けることに微塵も躊躇いは無かった。

 

 だがシズは引き金を絞る指を止めた。決して無視はできない、真の至高の御方であるアインズが射線を遮るように手を伸ばしていたからだ。

 

「戯れはその辺でよかろう。戻れ。パンドラズ・アクター」

 

 指示を受けた偽ペロロンチーノの全身が形を崩し、溶けたピーナッツバターを人型に集めたようにぐにゃりぐにゃりと蠢めく。

 

「パンドラズ・アクターと……? 最初からここに?」

「アルベドは知っているのか。シズは知っているか? 宝物殿領域守護者、パンドラズ・アクターを」

 

 腰の定位置に魔銃を戻して、シズはふるふると頭を左右に振る。ボリュームのある赤金(ストロベリーブロンド)が光に反射して煌めいた。

 

 やがてピーナッツバターの塊はディティールが明確になり、黄色の軍服に丈の長いマントを羽織った異形の姿を取った。

 一目でそれと分かるのは長く伸びた4本の指と、卵に3つの穴を開けただけのような埴輪を彷彿とさせる顔の造形だ。

 

「お待ちしておりました。私の創造者にして至高の御方、アインズ様!」

 

 トロそうな顔に似合わないキビキビとした動作で敬礼をキメるが、口にあたるらしい穴は相変わらずぽっかりきれいな円を描いているためどうもしまらない。勢いよく踵を合わせた音が反響して間抜けさに拍車を掛けた。

 そんなことはお構いなしにパンドラズ・アクターは長い指を惜しげもなく振り回し、大仰で無意味なアクションをしながら思いの丈を気の向くままに垂れ流す。

 

「ここへ来られたということは私の力が必要、ということですね。おお、Das ist gail(素晴らしきかな)!」

「うわぁ……」

 

 シズが思わず声を漏らすくらい強烈だった。他の守護者や戦闘メイド(プレアデス)たちとは全く異質な方向にキャラがとんがっている。何よりパンドラズ・アクターが言った通り、彼を創造したのは他ならぬアインズ自身だ。若気の至りというか、当時にタイムスリップできるならあらゆる手を尽くしてせめてフレーバーテキストだけでもまともに落ち着きのある内容に書き換えるものを。

 徹夜のテンションと同じようなノリで、思い付いたカッコイイものを無作為にどかどか詰め込んで出来上がったものがコイツだ。生きて動く黒歴史。本来机の引き出しに永久封印されているか人知れず焚書されているべき妄想を書きなぐった厨二ノートが自立して動き回り喋っているのだから、他の者がどう思うかは別問題としてアインズ自身にとっては視界に入れるだけで精神的HPに継続ダメージを受けている気分だ。

 パンドラズ・アクター本人に罪や悪気は無いと思う。それでも存在そのものがアインズの厨二心を固めて具現化したものだと思うと気恥ずかしさが尽きることはない。

 

Schöne Blumen(美しい花)。華々しきお嬢様方をお連れになったその姿はまさに! ナザリック地下大墳墓の支配者に相応しきご威光!」

「何ですって? (わたくし)は守護者統括アルベド。お嬢様などと軽々しい呼称は聞き捨てなりません」

「かちーん」

 

 アルベドと一緒にシズも半目になってパンドラズ・アクターに睨みを利かせている。やれやれといった感じでこれまた大仰に両手を上げるハニワ顔。いちいち芝居掛かった仕草をしないと喋れないなどと設定した覚えは無いのだが。というよりあの2人にガンを飛ばされて全くこれっぽっちも意に介していないそのメンタルの強さはどこからくるのかがいちばんの謎だ。セバスといいアウラといいNPCは創造者に似るのかと思ったけれどパンドラズ・アクターは自分に全然似ていない。

 

「これは失礼……。一度にこれだけの人数が訪ねてこられるなど随分久しぶりのことでしたので、つい。アインズ様、本題を伺いましょう」

「う、うむ……ん?」

 

 何かがおかしい。まとわりつくような違和感がある。この場にいる全員の顔を改めて見渡すが、他に異常は感じない。パンドラズ・アクターを見ているとモヤモヤするのだが、これは違和感とは別の原因だ。

 

 パンドラズ・アクターの全身を再度注視してみるが、自分の記憶との差異は見られない。軍服はいま見てもカッコイイし強いからいいのだが、何か引っ掛かる。

 

 気付けばついジロジロと卵顔の軍服を()め回してしまっていた。(いぶか)しく思ったのか開いた手を伸ばして喜劇のシーンから持ってきたと言っても信じるくらい芝居っ気たっぷりの調子で無駄にいい声が響く。

 

「何か、お探しですかな? Mein Herr(我が主). アインズ様」

「それだぁ! ちょっとこっち来い!」

 

 首根っこをヘッドロックで捕まえて、横に伸びる通路に引きずっていく。領域守護者とはいえパンドラズ・アクターもレベル100NPCであり拘束対策はしているはずだが、目立って抵抗する様子は無かった。

 

 沈静化が働いても働いても次から次へと感情の波が湧き出してくる。八つ当たり気味に軍服の両肩を壁に押さえ付けた。

 

「あっドン……!」

 

 ダメージが通っていないかどうかを気遣う余裕は無い。全身から<絶望のオーラⅢ>を立ち昇らせながら追及を開始する。

 

「なぜ私をアインズと呼ぶ? アルベドの反応からして存在は知っていても詳しい所在は把握していなかった……。私が名を変えたのはごく最近のこと、誰がここへ来た?」

「畏れながら、私から申し上げることはできかねます!」

「な……パンドラズ・アクター! あなたは至高の御方にして創造主でもあられるアインズ様に反抗すると言うの!?」

 

 名実ともにパンドラズ・アクターにとってそれより上位の存在はいないであろう人物の、命令とも言える質問に明確な拒否を示した。

 アルベドが睨みつけたのはナザリックのシモベとしては珍しくない、むしろ当然な反応だ。

 

 一方でアインズは考える。誰かが来たことは否定しないが、言及を避けた理由は何か。『侵入者』の正体は言えないこと自体が既に答えを語っているにも等しい。

 もう一歩先だ。名を伝えただけで終わっていない。そこに言及するとマズい事態になるとパンドラズ・アクターは考えているのだ。

 

 だがそれはあくまで領域守護者としての立場からの目線だ。もしそれで彼に不利益があっても寝覚めが悪い。といってもアンデッドであるアインズは眠らないが。心にいらぬ(しこり)を残さないとも限らない。

 

「……ちょっといいか」

「はっ」

 

 パンドラズ・アクターを手招きしつつさらに部屋の角へ。それぞれローブとロングコートを羽織った2人が顔を寄せ合うと非常に狭苦しい。

 後ろの三人の様子を肩越しに見やり、声を(ひそ)めて質問を再開する。

 

「茶釜さんだろう? お前に私の新しい名を教えたのは」

 

 返答は無い。だが変えるべき表情が無いからこそ、少しの挙動や息遣いすらもが主人(あるじ)の言葉の正しさを肯定する。

 

「まあそれはいい。何故それを隠そうとする。言えない理由でも……いや、理由があるから言えないのか」

 

 希望的観測を排して考えると、現在の状況は未だに原因不明なのだ。ただでさえ情報が足りないというのに、組織内部のしかもトップ2人のあいだで秘密があるのは大きなリスクだ。

 何でもかんでもつまびらかに共有しろと言いたいわけではない。問題は領域守護者という地位のあるパンドラズ・アクターを巻きこんでいることだ。

 

 正直自分が創り出してしまったこの黒歴史が生きて動いているのを実際に見るだけで厨二ノートを大人になってから職場内で見せびらかされながら音読されているような羞恥を感じている。公開処刑、イジメの領域だ。ヒロイック・ハラスメント。相手は精神的に死ぬ。

 

 とにかくこそこそとそんな相手にあれこれ吹きこまれているとか考えると、どうにも落ち着かない。ギルメンにからかわれるのはいまに始まったことではないが、ある意味遭難とも言えるこの状況で変な猜疑心をぶくぶく茶釜に対して持ちたくなかった。

 

 しかし本音をそのまま言うと威厳が崩れて支配者に相応しくないと部下達に失望されてしまうのではないかという恐れも詰問の動機の一部だ。

 猜疑心を持ちたくないがために猜疑心を向け、臆病者と思われたくない臆病者。これでは偽善も偽悪もない。ただの偽り、ハリボテの支配者だ。

 

 そんな自分を鼻で笑う。隣の卵顔が身を硬くしたのを感じた。

 

 今更だ。もう歩き出してしまった自分は止まってはいけないと、ついこの前トブの大森林で感じたばかりだというのに。やはりセバス裏切りの報にまだ心の底では動揺していたのだろうか。

 ゴチャゴチャした後ろ向きな思いは心の倉庫に叩きこむ。今の自分はナザリックを統べる至高の41人のまとめ役なのだから。

 

「私はお前を責めはしない。だから命令する。何があった。……言え」

 

 

 

 

 

 

「……アインズ様、こわい」

 

 この前面談したときとは別人かと思うほどの近寄りがたい空気を感じ取り、ささっとアルベドの陰に隠れる。あれを真近で叩きつけられている卵顔の領域守護者は一体どんな精神状態なのだろう。軽く想像しただけで恐ろしくなってくる。

 

 恐怖を顕現させた威容は鳴りを(ひそ)め、いまでは部屋の角で何やら小声で話している。ちらりとアインズがこちらを見た。自分に視線が向いているわけではないのは瞬時に理解したが、思わずぴんと背筋が伸びる。

 

 隣のアルベドは苦虫を噛み潰したような顔をしながらパンドラズ・アクターに怨念めいた視線を送っている。アインズに無礼な態度を取ったことがよほど気に入らないらしい。その気持ちは分からないでもないが。

 

 触らぬ何かに祟りなしというが、触らなくても周りに被害が及びそうな気迫が感じられた。

 

 かすかに聞こえてきた話ではパンドラズ・アクターへの質問は遂に命令という形に変わり、いよいよもって黙秘すらも難しい状況に追いこまれている。

 

 恐怖の顕現ともいうべき存在のアインズの静かな圧力に屈するのはシモベとして何も間違っていないが、助けを求めて自然と行動してしまうのも意思を持つ者としてまた正しい行いだ。

 

 この場において頼れる存在はもう1人しかいない。盾にするなどと不敬な真似は当然しないが、隣にいさせてくれるだけでも安心は得られるはず。

 

 床に触れるサバトンが音を立てないようにそろりと後退(あとじさ)る。気配も殺す念の入りようだ。2歩分ほど下がっても誰の意識もこちらに向いていないことを確認するとやや歩幅を大きめに取り、一気に距離を稼いだ。

 

「っ! ……?」

 

 粘性のある水音を耳が拾い、引いた左足が滑った。咄嗟にバランスを取ったので転びはしなかったが何か猛烈に嫌な予感がする。恐る恐る振り返った先の物体を見て2秒ほど固まった。

 

 ぬらぬらとした体液に包まれた玉体を持つぶくぶく茶釜。普段は足下の辺りからある程度自己吸収しているらしいので通った跡がぬちゃぬちゃになることはまず無いのだが、一回り大きく見えるくらいの勢いで全身から粘液が分泌されていた。脈打つ度に流れる液体が彼女を中心に大きな粘液溜まりを形成している。

 

 そっと左足を持ち上げると、靴底と床面の間に粘液が接着剤かと思うくらい幅のある糸をひいた。

 

「アッ、アインズさん! いまはそんなコトしてる場合じゃないデスヨ!?」

 

 珍しく取り乱した様子と対照的にアインズは静かに一旦追及の手を止めた。

 

「名前のこと喋ったの茶釜さんでしょ。マーレの件で隠し事はナシって決めたじゃないですか……うおっ、なんですかそれ」

 

 深い叡智を持つアインズにも足下の液体が何なのかは知らなかった。

 

「え? 汗ですよ汗! いやーあっついなぁここは」

「えぇ……? むしろひんやりしてるような」

 

 

 自分の知ってる汗と違う。片足を上げたままのシズは自分に話の矛先が向いていないのに、何故か気付けば窮地に追いやられていることに焦る。

 

「と、とにかく、バレているなら話は早いです! 名前の件については済みませんでした! だからそれ以上追及しないでくださいね!」

 

 アインズは振り返って動く黒歴史を見る。

 自分の後ろで帽子の角度や特に意味は無い勲章の向きを直したりしているこいつとぶくぶく茶釜とのあいだに本当に何があったのか。

 

「おいパンドラズ・アクター」

「はい」

「何があったか言え」

Nein(ダメです)!」

 

 またもパンドラズ・アクターの両襟を掴んで壁際まで押しこむ。

 

「ドイツ語だったか!? なんでそう(かたく)ななんだお前は!」

「わー! アインズさんマジでやめて私怒るよ!っつーか最悪泣く!」

 

(なんなんだこの状況は)

 

 そもそも何のためにここへ来たのだったか。ふと冷静になってみると言い争っている時間も惜しい。いくら自分の黒歴史といっても過度にキツく当たってしまったか。

 よく見たらぶくぶく茶釜の足下には本人曰く汗が水たまりを作っているし、その浸食を受けているシズは片足を上げてフラミンゴみたいになっているし。

 

 パチン、と小気味好く指を弾いた音が室内に通る。いつの間にか拘束を逃れた黒歴史が軍帽のつばに手を添えて何故か決めポーズを作っていた。

 

「そう、確かにぶくぶく茶釜様よりアインズ様の御尊名お伺いしました。ですが!」

 

 払った腕に押し退けられてコートが仰々しく翻る。いちいちそのアクションしないと喋れないのだろうか。

 

「このパンドラズ・アクター、アインズ様のご命令とあらばたとえ他の至高の御方と刃を交えることになろうとも喜んであなたの剣となりましょう! しかし淑女(レディー)に涙を流させるわけには参りません! おお、なんと罪深きジ・レ・ン・マ」

 

 どうあっても口を割る気が無いのはよく分かった。これ以上は時間の無駄だろうし、こうも延々独演を見せ付けられてはたまったものではない。

 落ち着くために長く息を吐いて、せめて少しだけでも今後のダメージの軽減を図るため絞り出すような声で命令する。

 

「分かった。分かったから、もういいから。そのドイツ語やめてくれ。頼むから」

 

 支配者の言葉は、もはや懇願と言っても差し支えない哀愁が漂っていた。




ある意味ナザリックの最終兵器登場。
2018/11/9 行間を調整しました。
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