オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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~前回のあらすじ~
自身の黒歴史と対面してしまったアインズ様はSAN値チェックです


第49話 支配者A'

 打ち込んだマーカーの直上に闇を練った色の楕円が生じる。

 

 室内には(ひざまず)いて待機する金髪のメイド。数室離れた客室には人間の女が1人いるが、現在この屋敷に他の者はいない。もう1人の住人は30分ほど前に夜の街へと消えていった。

 

 厚めの絨毯に(おろ)されたのは毛ほどの汚れも無く磨かれたフォーマルな革靴。チョークストライプの赤いスラックスが揺れているのが見えた。

 次いで視界に入ったのはアポイタカラにも負けない頑強さを感じさせるライトブルーの爪足。大きな体躯に比して静かな足音は武人としての技量が成し得る(わざ)なのだろうか。

 

 ナザリックの階層防衛という最高に栄誉で最高に重い責任を負った守護者が2人。気圧(けお)されながらも決して過剰な戦力ではないと顔を伏したまま思う。

 本来ならばこの2人をもってしても安心とは言い切れない。攻守のバランスに優れたセバスは容易に取り押さえられる相手ではなく、中遠距離は不得手とはいえそれ以外に目立った弱点が無いのも事実。特に人目に付くことを考えると都市内での立ち回りにはかなりの制限を掛けざるを得ない。

 だが今回に限っては何の心配もいらない。それは確信できた。何故ならこの2人が来たのはセバスを捕まえたりするためではない。その名の通り、守るために来たのだ。

 

 守護する対象は言うまでもなく、左右に分かれた2人は黙したまま待機している。

 

 維持されていた≪ゲート/転移門≫から白磁にも似た美しさを持った骨の腕が出現する。その手に握られているのは螺旋状に捻れた柄を持つ金色(こんじき)の魔杖、先端に配された7匹の蛇が魔法の力を有する宝玉を銘々咥えている。

 

 ≪ゲート/転移門≫が閉じ、主人(あるじ)はしばらくの沈黙のあと口を開いた。

 

(おもて)を上げよ。ソリュシャン・イプシロン」

「はい」

 

 以前ナザリックで面談をしたときよりも厳然とした雰囲気を感じる。警戒すべき矛先はセバスであって自分ではないはずなのに。

 

 しかし同時に当然だとも思う。第3者のフラットな目線で見れば、ソリュシャンの報告が至高の目を欺くためのものであるかも知れないからだ。

 もちろんそんな浅はかで愚かな考えを微塵も持ち合わせてはいないし、仮にそうであったとしても至高の存在に見抜かれないわけがない。逆説的ではあるが、客観的に見てソリュシャンが嘘を吐く理由はないとの判断に足る主張は用意していた。

 

「まずはご苦労。セバスが裏切ったなどとは、我が耳を疑ったが……。他ならぬお前の訴え、軽んじることもできまい」

「畏れ多いことです」

 

 セバスとたった2人での遠隔地潜入のため、ある程度意見は拾われやすいとは考えていた。だがまさかここまで重要視してくれていたとは望外の喜びだ。

 

 それからソリュシャンは順を追ってことの経緯を説明した。

 

 セバスが人間を拾ってきたこと、一時的に使用人としてこの館で働いていること、元雇い主と称する来訪者とその要求。

 説明を聞いていた支配者は顎に指を当てて口を挟むことはなく、悠然とした佇まいは興味があるのか無いのかすらもソリュシャンには分からなかった。それがひどく恐ろしく、同時に不可侵の絶対者としての態度としては正しいものであり、支配されるシモベとしての悦びが心の底にじわりと染み出す。

 少なくともソリュシャンは至高の御方へ何ら後ろめたいことは無いと誓って言える。最後まで臆することなく理路整然と説明ができたのは、ひとえに彼女の頑強な忠誠心のおかげであった。

 

「……なるほど。確かにナザリックに対してリスクを抱えるという点においては看過できぬ話だ。目立たず情報を集めよという命令を軽視していると批判されても仕方なかろう」

「私も同意見ですね。問題の原因を早々に排除して引き上げるべきです」

「至高ノ御方々ノ決定デアレバ是非モナイ」

 

 個人によってスタンスは多少違うようだが、まず話を聞こうというのは妥当なアプローチではある。判断するための情報を増やすのは正しい。

 最終的な判断は至高の御方がするのだから、そのためにより正しい事実の情報が必要だ。

 

「うむ……。ではセバスが戻るまでに王都で収集した情報を報告せよ。未知のアイテムなどがあればそれから聞こう」

「かしこまりました。こちらを」

 

 左腕から取り出したのは数枚の羊皮紙。その中から目録にあたるものをいちばん上に持ってきて献上する。

 それをデミウルゴスが受け取り、開く。

 

「これは、巻物(スクロール)を中心としたアイテムリストですか。第……ふむ、やはりというか、市場で出回っているのは低位なものばかりのようですね。脅威となり得る魔法は見当たりませんが、念のためナザリックに帰ってからお目通し願いましょう」

「待てデミウルゴス。低位、か。ふむ、少しでいい、その目録を読み上げてみろ。低位なものからな」

 

 獄炎の悪魔は少し戸惑っているようだった。成果をこの場で知ってもらえるのはありがたいことこの上ないが、他のことに気を割きたくない心情は分からないでもない。

 

 大した違いではないように感じるが、どう守るかだけを考えている護衛と何か作業をしながら守ることを考えている護衛では一瞬の反応に差が出る。そしてその差は守護者クラスの戦闘においては決定的だ。

 

 どうやら墳墓の支配者は名誉なことにソリュシャンがデミウルゴスへ渡した書類に興味を大いに刺激されているらしい。もうほとんど覗き見ができるくらいの位置まで接近している。

 

 セバスが屋敷に戻る30分前のことだった。

 

 

 

 

 

 

 アインズはソファーに座って気持ちの整理をしていた。肉体的な疲労が無くなった分、精神的な疲労が倍して掛かっている気がする。

 

 隣にはぶくぶく茶釜に介抱役という臨時の肩書きを与えられたシズがいた。よく見ると左手を腰に()げた魔銃の上に置いており、椅子にも浅く腰掛けている。至高の御身に危険が迫れば即座に反応できる構えは彼女が本来の役目を常に考えの中心に置いていることが分かる。

 配置された場所と想定される敵の強さの関係上、戦闘メイド(プレアデス)は身を挺した時間稼ぎという役目を背負っている。身も蓋も無い言い方をすれば捨て駒だ。

 だがそれはゲーム内での設定の話であって、いまや友人の娘にも等しい彼女たちが自分のために命を投げ出したとしてそれがアインズたちにとって受け入れられることかどうかは(はなは)だ疑問だ。

 

 種族特性のこともあってアインズはすでにある程度平静を取り戻している。肩越しに見るとパンドラズ・アクターへのぶくぶく茶釜の状況説明はまだ少し掛かりそうだった。

 

 姉妹の中でも下から数えた方が早いくらいシズは小柄だ。それは立っていても座っていてもさして変わらず、立つと2メートル近いアインズの視点からは大きく広がる赤金(ストロベリーブロンド)の長髪が印象深い。

 櫛通りの良さそうな髪はシズが少し頭を動かすだけで滑らかなキューティクルが艶の様相を変える。

 

「…………アインズ様、何か?」

 

 主人の動く気配が無いのを怪訝に思ったシズがこちらを見上げていた。極上のエメラルドをはめこんだようなグリーンの眼には光学照準器を想起させる十字線と何重(なんじゅう)かになった円環が浮かび、戦闘メイド(プレアデス)姉妹の例に漏れず整った顔立ちはどこか凛として高貴さにも似た雰囲気を纏っている。

 まっすぐこちらを見つめる姿は表情こそ多彩ではないものの、そこには与えられた役目を果たそうとする強い意思があった。

 

「いや、大したことではない。しかし、そうだな……正直少し手持ち無沙汰でな。最近どうだ? 何か困ったことや欲しいものはないか?」

 

 思えばシズに任務を与えたのも結構前の話だ。獣の皮集めはデミウルゴスから巻物(スクロール)素材の入手ルート確保の報告を受けた時点でストップをかけている。

 必然的にシズは第9階層での待機に戻ることになり、何度か見かけたのは第1階層で指輪の受け渡し当番をしているときくらいだ。

 

 現在のナザリックにおいて本来以外の役目を与えられている者は少数派だ。それでも一般メイドは掃除やら、守護者たちは各自の守護階層管理などやることはある。

 だが基本の役目が緊急時に設定されている戦闘メイド(プレアデス)たちは末妹を除いて手を余らせているのが現実だ。

 

 ただシンプルに思う。暇じゃないかと。

 

 暇というと語弊があるが、彼女たちに非があるわけではない。ナザリック内のやるべきことはもう担当する者がいるので、それを奪うことはできないからだ。

 それを解消するためにはアインズたちが何か新しい仕事を作らなければならないのだが、中々思いつかないのが正直なところだった。

 

 ナーベラルをカルネ村に派遣したり蜥蜴人(リザードマン)の統治の手伝いをエントマにさせたりしているが、まだ内部の人手は余っている。特に同じグループとも言える戦闘メイド(プレアデス)の中で仕事のある者無い者の格差があっては口に出さずともストレスが溜まるであろうことは想像に難くない。

 なんなら別に仕事である必要性も無い。不平不満が生まれる状況ではないことが重要なのだ。シズにやりたい仕事ではなく単に欲しいものと聞いたのは何となく子供っぽいイメージに引っ張られたからに過ぎない。

 

 沈黙の長さに不安になってきた頃、口を半開きでフリーズしていたシズがやっと動きだす。

 

「…………困ったこと、ないです」

 

 分からん。安易な質問をした自分を呪いたい。よく考えたら問題が無いなら無いでいいけれどやることが無いという問題は解決しないし、問題があったとして内容にもよるがそれを仮にも組織のトップ、会社で言うなら社長相手に面と向かって言えるかというとどうだ。

 

(聞き方がマズかったな……。もっとうまく意見を拾える工夫を考えなければ)

 

 目安箱でも設置してみようか。それはそれで安直な対策に思えた。もとから自分だけで思い付ける手段などたかが知れている。だが問題提起をするのであればある程度の答えは持っておくべきだ。

 ああでもないこうでもないとまとまらない思考を練っては払い、払っては練る。そのあいだもシズはずっとこちらを見つめていた。

 

「ん? どうしたシズ」

「…………アインズ様のお話、聞きたいです……だめ?」

「話……それが欲しいもの、か? といっても最近だと冒険者としての活動くらいのものだが、それでもいいのか?」

 

 コクリと小さな頷きが返ってきた。さてどうしたものか。自己評価としてあまり話すのが得意だとは思っていない。要点だけ伝えるならまだしも、相手を楽しませる話し方となるとセンスが要るのだ。

 

 しかしだからといって苦手なことを克服しなくて良いわけでもない。特に立場上多くに向けて話す機会は今後も充分考えられる。

 練習だと思えばさほどのプレッシャーも感じなかった。

 

「そうだな……まずは初めてトブの大森林に行ったときの話をしよう。シズも行ったことがあるからイメージしやすいだろう」

 

 グローブをポフポフと音が立たないように拍手。透き通った純粋な眼差しが惜しげもなくアインズに注がれる。

 

 場面が変わる度に次の展開をうずうずと待つ姿を見ていると、まるで絵本の読み聞かせでもしているような錯覚に陥る。

 本といえばギルメンが多種多様な書籍を節操無くコピーして大図書館(アッシュールバニパル)に詰め込んでいたはずだが、中には話術の本などもあるのだろうか。すっかり忘れていたが立ち寄る価値はありそうだ。今回の騒動が終結したらぜひ行こうと心のメモ帳に記して、漆黒の剣士の冒険譚の先を続けた。

 

 ぶくぶく茶釜たちの作戦打ち合わせが終わる頃にはハムスケを今度存分にモフモフしていい約束がアインズとシズのあいだで取り交わされていた。

 

 

 

 

 

 

 開いた転移門(ゲート)は陽が落ちて暗くなったナザリック地表部において、なお確かな存在感を放つ闇の穴だ。

 この先は王都へと繋がっている。

 

 先頭を切って門をくぐるのはデミウルゴス。次いでコキュートス。

 

 闇色のローブを羽織り1人残された死の支配者(オーバーロード)は一拍間を置いて穴の先へと消える。冷ややかな風が落ち葉を転がし、辺りは静寂が支配する夜に没した。

 

 

 

 転移門(ゲート)を抜けた先はアンティークの一つでも置いていそうな雰囲気の洋館。化粧台やクローゼット、天蓋付きのベッドが配置されているが、ここは客室らしくそれら以外に取り立てて目立つ物は無い。コート掛けにも何も無いし、ゴミ箱すらも無い。生活臭と呼べるものがほぼ皆無である。

 最近目にした中だと冒険者モモンとして滞在している黄金の輝き亭の雰囲気が最も近い。エ・ランテルの安宿やらとは比べるべくもないが、使用人がいるのが普通な大商人や貴族の屋敷とは概してこういうものなのかも知れない。

 

 目の前に立つ3人の背中の奥には跪いたソリュシャンがいる。そろそろと外壁に沿うように動き、彼女がこちらに対して反応を見せないことを確認するとそのまま背後に回り込む。

 姿は見えないが先に入ったぶくぶく茶釜が立っているはずの場所からは充分な距離を取っておく。他人(ひと)の立てた作戦を自分のミスで台無しにしたくはない。

 

(おっと、転移門(ゲート)を閉じないと配置についたのが分からないんだったな)

 

 現在アインズとぶくぶく茶釜は≪パーフェクト・アンノウアブル/完全不可知化≫に加えて手持ちの課金アイテムを使用し、他者が知覚し得るあらゆる情報を遮断している。

 こうなると使用者同士も互いがどこにいるか分からないため、ある程度の位置取りはあらかじめ打ち合わせをしていた。

 

 わざわざ課金アイテムを消費してまで回りくどいことをしているのは、アインズの姿をとったパンドラズ・アクターが見破られないかを安全に確認するためだ。

 

 転移門(ゲート)が完全に閉じて、それを合図に偽りの支配者は労いの言葉を口にした。

 

 

 

 正直、思いの外パンドラズ・アクターの演技は見事だった。いかにも支配者然とした姿はやや芝居掛かった調子が鼻につかないこともないが、偉い人は結構そういうところがあったりするので逸脱していると言う程ではないだろう。

 

 本来ならここでちょっと見直してそれで終わりのいい話になったというのに、残念ながらアインズが口を挟まずにはいられない状況になってしまった。

 

 ソリュシャンのまとめたアイテムリストを前に悪い癖が出たのだ。細かい事情をソリュシャンから聞き出すという目的は達した直後なのであまり正面切って叱りつけるわけにもいかないが。

 

(いまやることか!? いや、まあ、アイテムフェチって設定付けたのは俺だけど)

 

 三度のメシよりアイテム好きな宝物殿の守り人。たとえ低位であろうと未知に対する好奇心は無限に湧き出てくるのだった。

 放っておけばセバスが戻ってくるまで目録を読み上げさせそうな、そんな嫌な予感がした。

 

 

 

「もういいだろう」

「アインズ様……!? ぶくぶく茶釜様も……!」

 

 予兆も無く後方から掛けられた声にソリュシャンは目を白黒させる。振り返ればアインズだけではなくぶくぶく茶釜も何も無いはずの空間からその粘液に包まれた姿を現していた。

 

 一見して分かるのは、後方から現れた方こそ本物の至高の御方々であるということ。では当然、いまのいままで自分が報告をしていた相手は何者なのか。再び正面を向くとついさっきまでアインズだった存在はぐにゃぐにゃと液体とも個体ともつかない粘土の塊と化している。

 

「……二重の影(ドッペルゲンガー)?」

 

 あの存在感は幻術の類いとは思えない。加えて目の前の流動する存在を見て真っ先に思いついたのは長いストレートの黒髪を持つ姉妹の種族だ。

 といっても彼女は普段の姿以外には種族本来の姿しかとることができない。その分のリソースを魔法詠唱者(マジックキャスター)としての能力に回しているからだ。

 

 間もなくそいつは黄色の軍服にロングコートと軍帽の風貌に変わった。いや、戻ったと言うべきか。

 粘土で作ったかのごときハニワ顔だったからというわけではないが、ソリュシャンはその顔に見覚えがなかった。

 

 軍帽の具合を確かめるように二重の影(ドッペルゲンガー)に共通する長い指、その4本の指でくいくいと卵頭をねじこむ。視界にやや掛かるくらい深めに被る位置が好みらしい。

 

「初めまして。私はパンドラズ・アクター。ナザリック地下大墳墓の宝物殿領域守護者を務めさせていただいております。以後、お見知りおきを」

 

 会釈の動作はサマになっているものの、一言で表すならそいつは怪しいやつだった。領域守護者はどれも特定のテリトリーから基本的に出てこないため、姿を見かけないのは珍しくない。普通に考えれば至高の41人が世界中から集めた財を保管する宝物殿に管理の目が行き届いていないのは不自然だ。通常の手段では入れない場所らしいから、てっきり自分たちの末妹が監視の役目をしているのだと思っていた。

 

 何も知らされず彼がアインズに化けていたということは、とりもなおさず第一に疑われ試されていたのは自分だということだ。

 その結論はまだ出ていない。疑いを捨てたから『もういい』のか、疑わしきは捨てるから『もういい』のか。緊張を解くことができないのはソリュシャンがいまなお断頭台に首を載せた心持ちだからだ。

 

「ソリュシャンは白だ。そうだな? デミウルゴス」

「はい。話の内容に矛盾は無く、操られている様子もありませんでした」

 

 セバスの保有する職業(クラス)特殊技術(スキル)の中には対象を意のままに操る<傀儡掌>がある。それを警戒したのだろう。

 

 基礎能力において遥かに差のあるセバスが本気で襲いかかってきたとしたら、戦闘メイド(プレアデス)程度が束になっても敵いはしない。彼我の強さを勘案すれば当然の懸念と言えた。

 

 やっと人心地がついた。至高の御方の言葉であれば、それはナザリックにおいて絶対的な真実だ。自分への疑いは晴れた。

 

 まだ警戒されていた時点ならコキュートスたちがソリュシャンの動きを常に監視し、至高の御方々へ危害を加えないよう即座に取り押さえただろうが、もう自分を疑いの目で見ることは許されない。確信を持って真に忠誠を捧げるべき2人の前に進み、(ひざまず)いた。

 

「遅くなりましたが、アインズ様、ぶくぶく茶釜様、ソリュシャン・イプシロン御身の前に。一日千秋の思いでお待ちしておりました」

 

 常に変化する情報の収集という任務はその性質上明確な期限が無かった。そのため極論すればアインズたちからの指示が無い場合、数年から数十年というスパンで潜伏活動をする可能性もあったのだ。

 命じられれば嬉々としてやるが、長い長い時間至高の御方への目通りも叶わないなんて、飽くなき忠誠心が寂しいと悲鳴をあげるのはシモベとして当然のことだった。

 

 あけすけに褒めてほしいかわいがってほしいなどと欲を出すのは不敬極まりないが、だからといってそれらが要らないわけではないのだ。

 

 それに能力的には遥かに及ばない階層守護者たちがいる以上、自身の有用性をアピールするチャンスは一度でも一瞬でも無駄にできない。

 

「このような形でお呼びたてしてしまい、誠に申し訳ございません。ですが……」

「よい。ナザリックを、我々を大切に想うからこその行動を誰が責められるものか。むしろ逆だ。嬉しく思うぞ」

「もったいなきお言葉……!」

 

 やはりあの偽りの存在とは違う。生命(いのち)を鷲掴みにされて、褒められている次の瞬間に握り潰されてしまいそうな、そしてそれすらもが喜悦に昇華させられそうな圧倒的なまでの支配力とカリスマ。

 自分が全く別の生き物に変わってしまったのかと思うほど、ソリュシャンの精神は強烈に痺れた。

 

「パンドラズ・アクターの変身も問題無かったし、予定変更の必要はなさそうだね」

 

 ぶくぶく茶釜の総評にコキュートスとデミウルゴス、それと無駄にビシッと背すじを伸ばしたパンドラズ・アクターの3人が首肯する。

 

 ソリュシャンに見破られなかった場合、一旦アインズたちは≪転移門/ゲート≫でナザリックへ戻り安全な場所で観察する手筈になっていた。

 

「いやー、しかしあれだね」

「なんですか」

「『ソリュシャンは……白だ』キリッ。だって。白がお好みなの?」

「は? 何の話……」

「アインズ様!」

 

 真意を問うより早く、名を呼ばれた方を見ると立ち上がったソリュシャンの異様な雰囲気に思わず息を呑んだ。

 

 目はいつも通り虚ろなはずなのに何かどろどろとした感情が奥で揺れている気がする。紅潮した頬と荒く乱れる呼吸は彼女のクールなイメージからは想像も付かない種類の(あで)やかさだった。

 黒い革手袋に包まれた細い指が脇から横腹を撫でてセクシーな深いスリットの入ったマイクロスカートの端に辿り着く。そこで折り返してわずかに持ち上がっていく両の指先はフリルの(あつら)えられたスカートの端をつまんでいた。

 

「ア、アインズ様がお望みとあらば……。お確かめになりますか?」

 

 流石に羞恥が強いのか緊張のせいなのかソリュシャンの笑顔はやや引きつっている。

 

「ち、違うぞ! そんな意味で言ったのではないからな!」

 

 押し付けられたセクハラはもうソリュシャンに対してなのかアインズに対してなのか分からない。だがそんなことに構っている余裕は無かった。

 

「こんなところへセバスが戻ってきたらすべてが終わるぞ!」

 

 アインズの威厳とか社会人の尊厳とか色々そんな感じのものも巻き添えで。

 何故か少し残念そうなソリュシャンを細かい話はまた後だと(なだ)めてアインズたちは足早に≪転移門/ゲート≫へと進んだ。まだ繋がっていたせいなのか門が閉じる直前にアインズの耳にはパンドラズ・アクターの言葉がかすかに届いた。

 

「アインズ様のプレイボーイっぷり、学ばせていただきました」

 

 精神の沈静化が起こるには充分なひと言だった。

 

(あんの野郎〜!)

 

 この一件が終わったあとやっぱりパンドラズ・アクターは宝物殿に封印しておいた方がいいのではと本気で葛藤するアインズだった。

 

 

 

 

 

 

「それで、どうだった」

 

 ナザリック地下大墳墓の地表部では先に一旦戻ったアインズとぶくぶく茶釜がパンドラズ・アクターからセバスへの詰問の結果報告を受けていた。

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を使用していたので荒事にならなかったのは既に知っているが、細かな会話の内容やそこから受けた印象などについては対面した者でなければ分からない。

 この場合パンドラズ・アクターの感覚だけに頼るのはリスクがあるので、念のためデミウルゴスとコキュートスへも個別に≪メッセージ/伝言≫を飛ばして確認を取っている。

 

 デミウルゴスだけはまだ懐疑的ではあったが、全員の意見は概ねにおいて同じ。セバスにはナザリックへの叛意なしの判断が下った。

 

「ほらやっぱり! 大体茶釜さんもデミウルゴスも心配し過ぎなんですよ。あのたっちさんの作ったセバスが裏切りとかするはずないじゃないですか」

 

 騒動の終息が見えてアインズは浮かれ気味だった。特にナザリックでも指折りの知恵者である2人の逆張りで読み勝ったというのが嬉しい。

 あんまりはしゃぐとみっともないので抑えはしたが、鼻歌でも歌いたい気分だった。だがそれもあまりプラスに気持ちが触れると水を振りかけられた綿菓子のように(しぼ)んでしまう。こんなときは精神沈静効果が忌々しい。

 

「チッ……。とにかくセバスの疑いは晴れたことだし、お前は宝物殿に戻っていろ。パンドラズ・アクター」

「はっ」

「うわ〜、アインズさんそれはちょっとヒドくない?」

 

 アインズと、ビシッと敬礼したままのパンドラズ・アクターが同時にゆっくりぶくぶく茶釜の方を向いた仕草はまるで鏡写しのようだったが、言っても()ねるだけなので流した。

 

 今回最も活躍したのは誰の目で見てもパンドラズ・アクターだ。彼がいなければこの段取りはできなかった。

 結果的に裏切りはソリュシャンの杞憂だったわけだが、トラブルの種を抱えていることは間違っていないし手がつけられなくなる前に気付けたのはファインプレーだろう。

 

「それを礼の一つも無く帰れ、なんてねー。つーか私いなかったらいつまで放ったらかしにしてたことやら」

「う……」

 

 言い返すことができない。それが事実だと心の奥で認めてしまったから。机の中に長年放置しておいた若気の至りの権化を、人目のあるところでわざわざ引っ張り出す奴がいるだろうか。

 無論忘れていたわけではない。しかし頭の片隅へと追いやり、その存在を自分の中で限りなく希薄なものにしていたことは否定できない。

 

 何が正しくて、何が間違っているのか。これはもう鈴木悟個人の問題ではない。いまの自分たちは組織を背負うトップに立っているのだ。パンドラズ・アクターもその手下(てか)のひとりであり、守るべき対象であるはずだ。

 上に立つ者は下の者に対して平等でなければならない。それはえこひいきをしないということでもあるし、不当なマイナス評価や扱いをしないということでもある。

 

 頭では分かっていても中々踏ん切りはつかない。アインズ自身も判断をする機械ではないのだから。

 

「アインズさん、いまこの場には私たちしかいませんよ。なんなら私耳塞いでおきますけど」

「茶釜さん……いえ、ありがとうございます。でも、聞いていてください。道を誤ったときには正せるように」

 

 改めてパンドラズ・アクターを見る。

 

 空虚にも思えるその目はどんな感情を内に秘めているのか。黙したままこちらの言葉を待っている姿は判決を控えた囚人にも見えた。

 宝物殿のときのように軍帽や勲章をいじる真似はしない。

 

「ん、んん! あー、その、なんだ。悪……かったな。結構なあいだ放ったらかしにしてしまって」

「いえ」

 

 やはりロクな言葉が出てこない。神妙な雰囲気を払おうと咳払いをしたのが却って会話のテンポを殺してしまっていた。

 人が変わったのかと思うほどパンドラズ・アクターは大人しい。なんだかんだで彼もNPCの例に漏れず創造者の目の前では緊張を拭い切れないのか。

 

(そんなはずないか……いや、こういうのがダメなんだ)

 

 宝物殿でのノリノリな姿を思い出すと、遠慮という概念があるかも疑わしい。しかし次から次へと疑惑の目を向けていてはまた堂々巡りだ。

 変に飾った言葉は良くない。

 

「正直に言うと、私はお前に対面することが怖かった」

「……私には分かりかねます。アインズ様が恐れるなどとは」

 

 分かられても困るのだが。流石にお前自体が動く黒歴史だから過去の恥を見せびらかしているような気がして会いたくなかったなどとは言わないし言えない。

 その責はアインズ自身が負うべきであって、被造物であり今ここにいる個としてのパンドラズ・アクターの存在を否定することは誰にもできないから。

 

「至高の41人の姿をとり、その能力の8割ほどを行使可能なお前の価値は絶大だ。だからこそできる限り目に付く表舞台に立たせたくはない。悪いがな」

「高い評価をいただきありがとうございます」

「その代わりと言ってはなんだが、お前には引き続きアイテムの管理を任せたい。そして、どうやらこの世界にはお前も知っての通り我々にとって未知のアイテムも存在するようなのだ」

「ソリュシャン・イプシロン嬢がまとめた巻物(スクロール)などですね」

「じょ……あ、ああ。レア度はゴミ同然の物も少なくないようだがな。それなり有用性のあると思われるものは適宜宝物殿に届けさせるつもりなので、それらの管理もお前の管轄となる」

 

 最高位のアダマンタイト級とはいえ冒険者の真っ当な稼ぎで購入できる市場の品ならばレア度も自ずと知れるというものだ。

 それでもさっき巻物(スクロール)のリストにすこぶる興味を示していたパンドラズ・アクターには悪い話ではあるまい。

 実際三つ穴の空いた卵顔は茹でたての殻を剥いたように目に見えてツヤツヤし始めた。

 

「アインズ様のお望みとあらば。確かに拝命致しました!」

「う、む。ではお前への私の信頼の証として、これを……渡しておこう」

 

 無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)から取り出したものを渡す。

 

 両手で(うやうや)しく受け取ったのはアクリルのような透明のケースに入れられた植物の蕾だ。大きさは大人の拳一つ分程で、月夜の微かな光に照らされ青みがかって見える。

 パンドラズ・アクターは手をそのままに頭を(かし)げる。一見したところただの植物の一部だ。そして自分の知識には無い植物。本来なら歓喜に飛びあがってもおかしくないのたが、どうにも湧き立つものを感じなかった。

 だが信頼の証と言って至高の御方から渡されたものが、ただの植物であるとも思えない。となればなんらかの付加価値があると考えるべきだ。

 

「アインズ様、これは……」

「実はそれはこの世界でアウラが採取し私に献上したものなのだ。正直なところアイテムとしての価値はそこまで高くないと思う。だがな、いや、だからこそか。私は彼女の気持ちを大切にしたい。このアイテムは安全に保存、保管しておいてもらいたいのだ」

「では王都で入手した巻物(スクロール)にあった≪プリザーベイション/保存≫の魔法を掛けて、分類は価値未知数の(エックス)とでもしておきましょう」

 

 多少残念そうではあったが反発は無かった。今後もアイテムを持ってくると言ってあるので、次に期待しているのだろう。

 

「配置はあそこへ……はたまた……これは悩みます。ンッフフフ……」

 

 頼もしいというか気が早いというか、すでに保管場所や分類の脳内シミュレーションを開始しているようだった。

 

 1人で盛り上がっている軍服を横目にアインズは胸を撫で下ろす。

 

(パンドラズ・アクターはひとまずこれで大丈夫そうだな。助かったよ、アウラ)

 

 思えば巻物(スクロール)のラインナップに保存の魔法があったのは実に間がいい。

 

 実際のところカルネ村の人々にポーションを使ったときに息のある者は即座に完全治癒したことを考えると、この世界のポーションの効能はピンキリとはいえ全体的にレベルが低い。その原料である薬草も推して知るべしというやつだ。

 素材が違うのか製法が違うのか、それは今後カルネ村に誘致したンフィーレアを主として実験と調査を進めていく必要がある。

 

「アインズさん、そろそろ王都に戻りましょう。セバスの胃に穴空きますよ」

「穴って。まあ分かりました。ではな。パンドラズ・アクター」

「はっ。お戻りをお待ちしております」

 

 「新しいアイテムを持って」が頭に付くんじゃないかとツッコミそうになるが、ぐっと我慢する。ここで茶化す真似はもとの木阿弥だ。

 三たび≪ゲート/転移門≫を開く。比較的大きな問題が片付き、行きと比べて足取りは遥かに軽かった。




アクターって男優以外にも関係者とか厄介者なんて意味もあるんですね。
スポーツなどでは相手のファールをオーバーリアクションでアピールする人を揶揄する言葉としても使われるとか。
ある意味彼にはピッタリの名前ですね。

2018/11/9 行間を調整しました。
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