オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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~前回のあらすじ~
エントマちゃん、ピンチ。


第55話 襲来

 当たる。確信を持った次の瞬間、すさまじい衝撃に吹っ飛ばされたティナは地面を数度バウンドした勢いのまま建物の壁に激突した。

 

「ありゃ……まあ、大丈夫でありんしょう。多分」

 

 恐るべき速度と精度と手段で割り込みをかけたそいつは、目元を覆い隠す仮面で顔は見えないが身長や体格は少女のそれであり、どう考えても戦闘向きではないドレスに身を包んでいる。

 蟲使いを一瞥すると山積みにされた人間や屋敷に関心の薄そうな視線を流していた。

 

「あ、ありがとうございます」

「あれで全部?」

「全部ですぅ。でもぉ、最後のを捨てるときに……」

 

 金髪の少女が指差した先は山積みにされた人間。蟲使いの言葉には戦闘中ほとんど感じられなかった焦りが含まれていた。説明の最後にティナが突っ込んだ壁とガガーランの方をチラリと見る。仮面越しでも分かる、邪魔者に対する敵意がそこにはあった。

 対して金髪の少女はまるで興味が無さそうに一応話を聞いているという雰囲気だった。それを裏付けるように蟲使いの主張を一通り聞き終わると、あらかじめ決めていたのかほぼノータイムで指示を出す。

 

「大体分かりんした。終わってるなら問題ありんせん。さあさ、とっとと行きなんし」

「はぁい」

 

 金切り声にも近い鳴き声をあげた蟲使いの周りに種々様々な蟲がどこからともなく飛び集まり、そのまま夜空へと連れ去った。

 ひとつの脅威はとりあえず目の前からいなくなったが、新たに増えた脅威を前にガガーランは追撃に移ることができない。ティナの突進を蹴りひとつでいなした奴を無視できるはずもない。

 

 だがさっきの蟲使いの態度が気になる。もしあれ以上の強者だとしたら対処は容易ではない。

 

 少し崩れた瓦礫の中からティナが一足飛びに戻ってきた。全体的にやや埃っぽく汚れているが、大きな怪我は無いようだ。

 

「……何者?」

「さあな。やべー奴なのは間違いないだろ。かといって、放っとくわけにもいかねーよな……。あー、そこのお前、何者だ?」

「うん? ああ……うぇ!?」

 

 意外なことに金髪の少女は仮面越しでも隠せない狼狽を見せた。声をかけたガガーランの頭からつま先を無遠慮に観察すると何かぶつぶつ独り言を呟きだした。

 

「配置が被った……? でもそんな話は聞いていないし……ええー?」

「おい、何を言って……」

「ちょっと待ちなんし! 確認しんす」

 

 小さな手で制する姿には有無を言わせない妙な迫力があった。ガガーランそっちのけでもぞもぞと懐から取り出した巻物(スクロール)が空中で青白い炎に包まれて消滅する。

 

「ああデミウルゴス? エントマが持ち場を離れたけれど仕事は終わっていんす。それより、あの()の持ち場に豚鬼(オーク)を追加したのは伝えてなかったでありんすか? なにかモメて……え? 知らない?」

 

 仮面で隠れているため表情は見えないが、ちらちらと様子を窺う姿は明らかに不審者に対する態度だ。下手に手を出せないにしても、ガガーランの胸中には釈然としない靄のようなものがじわじわと広がった。

 隣の仲間は笑いを押し殺そうとしているが全然隠せていない。というよりあまり隠す気が無い。

 

「話の分かる相手かもしれない」

「あーそうかよそいつはよかったな。嬉しくって涙が出るぜ」

 

「どんなって……ええと、背はコキュートスより小さくて、武器は刺突戦鎚(ウォーピック)を持っていんす。……あー、これが? はぁ……。了解でありんす」

 

 うなだれる様子を隠そうともしない。通信を切った仮面の少女は全身から露骨に「面倒くさい」という空気を漂わせていた。

 

 言葉ではくだらないやりとりをしていても、一流の冒険者は戦闘中に警戒を切ったりしない。むしろあの蟲使い以外にも仲間がいるとしたらいっそう注意が必要だ。

 

「誤解があるようでありんすが、あの()が何かしたでありんすか?」

「あれ作った奴相手に誤解もねぇと思うがな」

 

 積み重ねられた人間は誰一人として身じろぎすらしない。

 

「ああ、あれ……。麻痺させてるだけで死人はいないはずでありんすが」

「なに? おいティナ」

「いま調べてる。……確かに、死んでるのはいない。下のはちょっと骨折れてるっぽいけど命に別状はない」

 

 見るからに雑な扱いで山を崩す。ティナたちとしても館の連中を丁寧に扱う筋合いは無かった。

 

「これで満足?」

「あ、ああ……いや、待て待て。お前は何なんだよ? さっきの奴の仲間なのか?」

「そうでありんす。……と言ったら?」

 

 可愛らしく首を傾げた仕草には殺気も何も無い。ただの戯言、上っ面だけの言葉を投げ返しているだけに過ぎない。目の前の人間はこの前の野盗より多少強そうだとはいえ、所詮は雑魚であることに何ら変わりは無いのだ。

 エントマのプライドを損ねる寸前まで追い込んだのには同じく至高の御方に仕える者としてのイラつきを覚えないではなかったが、人間をむやみに傷付けたり摩擦を起こすのは至高の御方の望むところではない。それを前もって聞いていたからこそ、自分にとっては本来玩具(おもちゃ)か嗜好品でしかない人間を相手にしても会話に興じることができていた。

 

 嘲るような態度は圧倒的強者の余裕と、それを露見させることなく強気に出る愚かな人間の姿を愉しむための言わば遊びだった。

 

 問答無用で襲いかかってこないところをみるとさっき蹴り飛ばしたのがよほど印象的だったのか。

 あんなものは転がってきたボールを蹴るのと大差無い、児戯にも等しい行為だ。むしろ蹴った勢いで殺してしまわないように狙いもピンポイントに定めた。

 警戒して噛み付いてこないならそれはそれで、他にも暇の潰しようはある。

 

 この人間はいったいどんな捨て台詞を吐くのか、それとも身の程も知らずに口汚く呪いの言葉を吐くのか。どちらにしても自分には届かない、響かない。滑稽な遠吠えだと思えば間の抜けた道化師程度には楽しめる。

 暇つぶしの感覚で相手の出方を待った。

 

「そうかい。じゃあよ」

「うん?」

「早とちりしたこっちも悪かったけど、あんま紛らわしい真似すんなよって言っといてくれ」

「…………はぁ?」

 

 思わず素が出る。場の雰囲気などまるで気にも留めない忠告に驚いたのはこちらだけではない。細身の女は無表情ながらも鋭く突き刺さるような視線を投げかけていた。

 

「ついに知能まで人間やめた?」

「バカ言え。俺は身も心も人間だ。正直、あいつがいなかったとしてもここの連中には俺たちが近いことをやってただろうしな」

「他の場所で暴れられたら迷惑」

「まあ、そりゃな。だからこのお嬢ちゃんに伝言頼んでるんじゃねーか」

「理解できない。仲間だというならこいつも危険」

「あーもう、何でお前らは姉妹揃ってそういうとこ融通が利かねえんだよ!」

 

 ぎゃーぎゃーわーわーと、二人の会話は勝手にヒートアップしていく。

 

「何だか緊張感の無い連中でありんすねぇ」

 

 肩透かしをくらった気分だが、元から大した思い入れがあったわけでもない。

 

「恥ずかしい話だが、まったくその通りだ。おいお前たち! 何をサボっているんだ!」

 

 路地から姿を現したのは真紅のローブに身を包んだ────声から察するに女。だが何らかの魔法効果なのかその声は少女のようにも老婆のようにも聞こえた。顔全体を覆う仮面によって表情は口元すらも探ることはできないが、二人へ浴びせた怒声は分かりやすいほどに感情的だった。

 

「よお、イビルアイ。そっちも終わったか」

「この筋肉モンスターがいうこと聞かない」

「いつもの茶番は後にしろ! だいいち一般人の子供がいるならさっさと避難させるのが優先だろうが!」

(はて、子供? そんなのいたでありんすか?)

 

 あたりを見回してみても自分以外には人間が三人。山積みから散らかされた連中にも子供はいなかった。あるいはと思って細い路地の暗がりにも目を向けてみるが、やはり誰もいない。

 

「そこのチビっこいの、寄り道しないでさっさと帰れ」

「……もしかして、わたしのこと?」

「お前以外にいないだろう。いい子だから早く帰るんだ」

 

 たかが人間ごときが自分を子供扱いとは。本来ならばこの場で仮面とローブも剥ぎ取って全身を切り刻み絶望と羞恥に(まみ)れた死を与えるところだ。だが煮えたぎる腹のものはぐっと我慢する。目元の筋肉が痙攣するほど力が入ってしまうが、ここで感情のままに暴れたらそれこそ作戦は大失敗に終わる。自分が圧倒的強者であることは間違いないのだから、いちいち目くじらを立てる方がおかしいのだ。

 

「でも……」

 

 ただし、それでも絶対に譲れないものは誰にでもある。

 

「誰がチビですってぇえ~!? そういうそっちこそわたしと変わらないじゃないの!」

「あ、いや、別に背のことを言ったつもりではなかったのだが。気にしていたのならすまなかったな」

「きい~! やっぱり馬鹿にしてるでありんす!」

 

 予想外の剣幕で噛みついてこられたイビルアイはどう対処していいか分からずただたじろぐばかりだった。戦いに明け暮れる日々を長く過ごしていたために、それ以外の分野についてはまるで疎い。仲間の珍しい様子を眺めながら、言い争いをしていたはずの二人は冷静になっていた。

 

「なあ、あれどう思う?」

「たまには痛い目見ろと思ってたからスカッとした」

「違ぇ。()()()の方だよ。あれ見てもまだ力ずくでおさえるべきだと思うか?」

「……害意が薄いのは認めるけど、危険な存在であることは変わりない」

「かー、頑固だな。そのくらいが俺らはちょうどいいんだろうけどよ。何にしてももうこれ以上時間をかけてもいられねぇ。幸い仮面のあいつは現行犯で何かやってたわけじゃねぇ、言うなりゃ通りすがりだ。できるならさっさとお引き取り願おうぜ」

「詭弁」

「嘘は言ってねぇ」

 

 イレギュラーはあったものの、八本指の拠点は例の蟲使いが潰してくれていたので結果的には何の問題も無い。これ以上長引くと三人揃って鬼リーダーの説教フルコースは避けられないこともあって撤収のために歩を進める。

 小柄な二人の口喧嘩はますますヒートアップしていた。

 

「百歩譲って背は同じくらいとしても、女の魅力では圧勝でありんす!」

「女の魅力……声がでかくて他人の話を聞かないことか?」

「くわぁあー!」

「しつこいヤツだ。もういい加減……に……」

 

 言葉を失う。衝撃的なものに心を奪われたときも似た表現を使うことがあるが、イビルアイが黙ったのはそんな煌めいた理由ではなかった。

 

 赤いスーツに身を包み、緑の仮面を被った男が悠然とした佇まいでそこにいた。後ろで揺れる銀色の尻尾は、彼が人間ではないということを明確かつ誇らしげに知らせている。これだけ接近するまで気付かないほど散らしていた気配が急激に色濃く、どす黒いものへと収束していく。常人であれば身が竦むほどの恐怖がイビルアイを、この場を一瞬で包んでいた。

 

「私がヤツの注意を引くから、この娘を連れて逃げろ……」

 

 絞り出した声は後方にいるティナとガガーランにギリギリ聞こえる程度の小ささで、可能な限り仮面の男を刺激したくないというイビルアイの心情が嫌でも伝わってきた。

 

「つれないですねぇ。≪ディメンジョナル・ロック/次元封鎖≫」

「早くしろ! ≪シャード・バックショット/結晶散弾≫!」

 

 打ち出されたのは威力よりも範囲を優先した無数の水晶。といっても立木を削り折るくらいの破壊力があり決して生ぬるい魔法ではない。

 水晶の礫は仮面の男に触れることすらなく粉々に砕け散った。

 

「なんだと!? くそっ、足止めにもならないのか!」

(もぐ)れない!」

 

 影を介して対象者を移動させるティナの能力。短距離に限るが一瞬で移動できるため緊急回避にも使える。だがそれは不発に終わっていた。

 

「みなさまお初にお目にかかります。私はヤルダバオト。お会いしてすぐにお別れというのも味気ないものです。このエリアにおける転移は封じさせていただきました」

 

 この場で全員が逃げおおせるのは不可能だ。唯一目があるのは素早さに優れるティナが娘を抱えて、他の二人は決死の覚悟で壁になること。それでもこの相手にどれだけ保つかは分からない。

 分の悪い賭けだが、他に道が無ければ突き進むしかない。

 

「おい! 何するつもりだ!」

「何っ!」

 

 注意を引くのも構わずガガーランが叫ぶ。理由はすぐに分かった。仮面の男から視線を切ることができないイビルアイの視界の端に、純白のドレスが揺れていたからだ。

 

「ばっ……! お前、下がっていろ! 死にたいのか!」

「外野が多少五月蝿いでありんすが、同じ仮面同士ちょっと踊りんせん?」

「それは素晴らしい。観客を蹴飛ばさないように気を付けなければいけないね」

 

 仮面を被っているせいなのか楽しそうだとのたまうヤルダバオトの姿はどこか演技じみていて、本心では何を考えているのかまるで読み取れない。長年の戦闘経験が確信しているのは、この男が次元の違う強さを持っているということだけだった。

 そのヤルダバオト相手に悠然とした態度で話しかける少女の胆力はある意味才能かも知れないが、どう考えても無知からくる危機感知能力の欠如としか思えなかった。

 

「これが最後だ。ここで皆殺しにされたくないなら振り向いて全力で走れ」

 

 イビルアイは腹を括った。ヤルダバオトが少女に興味を向ける前に不意打ちの離脱はもうできない。影を通した転移ができないとしても、ティアなら少女を担いでもこの場から最速で離脱できる。

 

(そしてさっき言ったな。このエリア、と)

 

 つまりヤルダバオトの転移封じはある程度の範囲までしか効果が無いということだ。転移が使える場所までいけば少女を逃がして応援を呼ぶことも可能になる。

 問題は足止めをすることになるイビルアイとガガーランがどこまで耐えられるかということだ。

 乱戦になるとしても現場にいる少女を庇いながらではハンデがあり過ぎる。望み薄な作戦であっても最良の結果のためには最良の状況を少しずつでも整えていくしかない。

 

「ひとつ、言い忘れていんした」

「あとでいい! 早く……な!?」

 

 そこに、か弱い少女はどこにもいなかった。背を向けたまま立っていたのはドラゴンをも屈服するほどの圧力(プレッシャー)を放つ、少女のカタチをした暴力。殺気が向けられていなくとも触れてはいけないと分かる圧倒的強者だった。

 ヤルダバオトと少女の意識が交差する。他の誰をも凌駕した二人の熱気がこの世のものとは思えない緊張を生み、空間すら歪む錯覚に最高位であるアダマンタイト級冒険者チーム蒼の薔薇の三人は誰一人として動けずにいた。

 

「死にたくなかったら、下手に動かないことでありんす」

「お前は……いったい何なんだ?」

「わたしは残酷で冷酷で非道で──そいで可憐な乙女でありんす」

 

 聞きたいことは山ほどある。だがそれを問う前に少女は消えていた。甲高い金属音を追うと、異様な密度の攻防を繰り広げるヤルダバオトと少女。誰も近付くことすらできないワルツのように円を描きながら、砕けた石畳の破片を辺りに飛び散らせていた。

 

「なかなかやりますね。これは防げますか? 避ければ後ろの者たちは死ぬでしょうが」

「ふん、わたししかいなくても避けたりなんかしんせん」

「では。<悪魔の諸相:触腕の翼>」

 

 背から生えた漆黒の翼が突風に吹かれたように襲いかかる。高速の羽先は剣士の振るう大剣にも近く、鋭利な印象を受ける。

 

「っ! ≪クリスタル・ウォール/水晶防壁≫!」

 

 せめてもの抵抗。迫りくる翼を阻むように半透明の水晶でできた壁が瞬時に立ち上る。物理・魔法問わず汎用性の高い防御策でもあり、様々な用途があるためイビルアイが得意とする魔法のひとつだ。

 だが、翼はまるで勢いを減じることなく水晶壁をあっさりと斬り砕く。ティアたちの使う不動金剛盾の術に比べれば劣るとは言っても、ここまで効果が無いとは予想していてもやはり精神的な負荷を感じずにはいられなかった。

 

 信じ難い展開はまだ続く。目の前で砕け散る水晶を気にも留めず、金髪の少女はあろうことか凄まじい切れ味を証明したばかりの翼を素手で力強く弾いたのだ。コースを逸らされた翼が石畳を抉る。擦れたときに千切れた無数の羽が周囲へと舞い散り、超然とした光景からさらに現実味を奪う。

 

「次はッ! こっちの番!」

「ッ! <悪魔の諸相:豪魔の巨腕>!」

 

 両腕がおぞましくも恐ろしげなフォルムに肥大し、あれに殴られればガガーランの突進と同等以上のダメージを受けるであろうことは想像に難くない。交差させればすっぽりと全身を覆い隠す強固な盾となる。

 攻めあぐねるどころか、勢いよく振りかぶった拳はガードの中心を何の躊躇も無く殴り付けた。その反動でヤルダバオトは石畳の上を豪快に滑っていく。

 

「やれやれ、貴女と戦うのは本来の目的ではないのですが」

 

 元に戻した腕でスーツの裾を軽く払う。あの破壊的な痛打がまるで効かないとしたら、たとえ王都中の冒険者が束になってかかったところで死体の数を増やすだけだ。

 

「ふぅん? それは……えーと……」

 

 後半はボソボソと聞こえなかったが、さしもの少女も動揺を隠せないようだった。

 

「あれしきの攻撃、どうということはありません。左手だけではなく、右手も試してみますか? その小さな右のこぶしで」

「右の……こぶし……」

 

 分かりやすい挑発だ。恐ろしいのは強がりなどではなく、本当にさっきの攻撃がろくにダメージを与えていないということ。あの一撃で倒れないどころか受け切って平然としている相手にいったいどう対処しろというのか。

 

「ふ、ふん! その手には乗りんせん。デミ……じゃなかった。ヤ、やるだばおと? ほんらいのもくてきとはどういうこと?」

「とあるアイテムを探していましてね。この王都にあるらしいというところまでは分かったのですが、隠し場所が不明でして。ひとまず運び込んだ方々を訪ねて回っているのです。確か、八本指……でしたか」

 

 思わず血が滲むほどにこぶしを握り締める。仮面の下でイビルアイの表情は怒りに歪んだ。

 王都で好き放題の悪事をはたらく八本指が排除するべき対象であることに異論は無い。だからこそラナーの頼みを引き受けている。いくらラキュースがラナーと懇意とはいえ、冒険者という立場からすれば受けるべきではない依頼。チームメンバーの反対意見を押し切ってまで強行はしない。

 自分だけではなく、ティアもティナもガガーランも、全員が納得して受けた話なのだ。

 

 そしていま、何故もっと早くに八本指を潰しておかなかったのかと悔やんでもどうしようもない感情の波が押し寄せていた。

 

 様々な分野の悪事に手を染めている八本指のことだ。珍しい魔法道具(マジック・アイテム)を入手することもあるだろう。

 だがそのついでにとんでもないものを呼びこんでしまった。

 

 まだ(くだん)のアイテムを確保できれば交渉の余地もあるだろうが、所在も知れない状態でハッタリをかます相手としては危険過ぎる。

 古き英雄譚で聞く魔神にも匹敵するその力が無秩序に振るわれれば、王都は混乱をきわめるどころか一人の生者もいない死都と化すだろう。

 

「しかし、思わぬところで邪魔が入りました。仕切り直しさせていただきましょう。その方が楽しい」

「逃がすと思っていんすか?」

「逃がしますよ。さっき言っていたアイテムですが、負のエネルギーに反応して悪魔の大群を召喚します。つまり私がその気になればこの王都のどこかから悪魔の群れを突如出現させることができます」

 

 王都の強固な外壁も、内側に敵が発生するのなら全くの無意味だ。考え得る中でも下から数えた方が早いくらい最悪の事態だった。

 

「ですが、そうするとアイテムに込められた魔力は解放されてただの置物になってしまいます。それは本意ではありません」

 

 つまりアイテムを発動させない代わりに見逃せというのだ。普通は一蹴するところだが、これだけ厄介な敵の言を右から左へ受け流すというわけにもいかない。

 

「これより王都の一部を炎で包みます。追ってくると仰るならばご自由に。ですがそのときは煉獄の炎に焼かれる覚悟をしてきてください」

「待ちなんし!」

 

 宣戦布告とも取れる言葉を残してヤルダバオトは走り去った。その後を壮絶な戦闘を演じた少女がこれも異様な速度で追っていき、現場には嵐が過ぎ去ったような破壊の傷跡と静寂が残された。

 

「おい、どうするよ」

「どうもこうもあるか。ヤツがどう動くつもりか知らんが由々しき事態だぞ。ラキュースたちと合流して王城へ行く。ティナ、悪いが他の八本指の拠点を確認してきてくれるか。制圧済みのところだけで構わん」

「例のアイテムらしいのがあれば回収してくる」

 

 もし先んじて発見できれば交渉の手札になり得る。疑いたくなるほど強烈な能力ではあるが、目の前であれだけ次元の違う戦闘能力を見せられてはブラフとも思えない。

 

「それにしても、あの嬢ちゃんのことリーダーになんて説明すりゃいいんだ……?」

 

 ガガーランのもっともな悩みにイビルアイは答えを持ち合わせていない。ヤルダバオト、過去を振り返ってもあれほど圧倒的な強さを持つ者はいなかった。強者としての格は白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)級か、あるいはそれ以上。だがその格を正確に読み取ることはできない。そんな二百五十年に一度あるかないかという強さを持つ者がもう一人。目的も何も分からない、分かるのはヤルダバオトと敵対していることと、こちらも次元違いの強者であるということだけだ。

 一から十まで分からないことだらけの夜に思わず漏れたため息は、これからの苦労を想像してのことなのか自分でも判断は付かなかった。

 

 

 

 

 

 

「この辺りまで来ればもうよいでしょう」

「随分とまぁ、さっきのところから離れたでありんすねぇ」

 

 さびれた裏路地。周囲に人の気配は無い。それもそのはず、ここは前もって確認しておいたスラムの一角だからだ。紛れ込んでいた人間はシモべに捕獲させて排除してある。他にも盗聴や覗き見の対策を二重三重に張り巡らせているため、情報が洩れる心配は皆無と言っていいだろう。一応この後の戦場となる付近にも同様の密談ポイントを用意してあるが、当面使う予定は無い。

 

「逃げたら追うよう言われてたからとりあえず付いてきたでありんすが、何か予定外のことでもありんしたか?」

「もちろん基本的なシナリオは変わりません。タイミングを見て人目に付く場所へ出て決着をつけましょう。ただ、どうやらまだアインズ様たちが到着していないようでね」

「それは、確かにお待ちしていないとマズいでありんすねぇ」

「と言っても誤差の範囲内だとは思うがね……っと、噂をすれば。もう王都上空のようだ」

「上空ぅ? 何でまたそんなところに」

 

 見上げても愛しい主人の姿は見えるはずもなく、ただ満天の星が静寂とともに広がっているだけだ。シャルティアは夜空を右へ左へ見回していたが、やがて興味を失いつまらなそうに鼻を鳴らした。いくら暗闇を意に介さない眼を持っていようと、視界に映らないものを見付けることは叶わない。

 

「デミウルゴス様」

 

 闇の中から姿を現したのは強欲の魔将(イビルロード・グリード)。こめかみから伸びた二本の角と黒翼を持ち、赤髪の下には六つの赤目を模したハーフマスク。口元に覗く牙は人外の雰囲気を補って余りある。

 路地裏であることを何ら気に留めず、デミウルゴスのシモベである彼は膝をついてこうべを垂れる。

 

「聞いた通り、アインズ様もじきに到着される。ゲヘナ発動後は頃合いを見計らって手筈通りに頼む」

「かしこまりました。しかし、良かったのでしょうか」

「何がだね?」

「私などが至高の御方と戦うなど……」

「ああ!? 不満でもありんすかぇ!?」

「と、とんでもない! むしろ、身に余る光栄です」

 

 露骨に機嫌の悪いシャルティアが噛み付く。立場も純粋な戦闘力も敵わない相手に、つい返答も食い気味になってしまった。

 

 だが彼女の気持ちは理解できる。不満の噴出は羨望の裏返しだ。一時的とはいえナザリックの頂点に立つ至高の四十一人と同じ時を過ごすことができるのはシモベ全てに共通する根源的欲求と言って差し支えないだろう。

 戦闘メイド(プレアデス)のルプスレギナ・ベータが至高の御方のパートナーとして共に人間社会へ潜入すると聞いたときには、敬意とともに泥濘に身をうずめたような何とも言えない焦燥にも似た感覚に襲われたものだ。

 

「あくまで作戦のメインは我々ですよ。それは貴女も納得していたはずですが?」

「それは、そうでありんすけど……」

 

 指先を合わせて寂しそうに俯く姿は、ついさっきまで電光石火の格闘戦を演じていた人物とは思えないほど小さく見える。

 

「そういえば私が来る前から貴女のそばにいた人間たちは何をしていたのでしょう。私だけでは至高の御方々へ正しいご報告ができないかもしれません」

「あ……」

「これは困りましたねぇ。ご報告に上がる際にその辺りが分かる者がいればよいのですが」

「わっ、わたしっ! あの人間どものことはわたしがご報告するから! そのときにはわたしもぜ〜ったいに、一緒に行きんす!」

「それは助かります。よろしくお願いしますよ」

 

 むふん、と鼻息も荒く機嫌を直したシャルティア。空気を読んで黙っていたが、いまなら話に入っても叩き殺される心配は無さそうだ。

 

「そろそろ至高の御方がお着きになる頃かと。私は先に行って潜んでおります」

「ええ、くれぐれも名乗りだけは忘れないように」

「かしこまりました。()()()()()()()()()()()

 

 魔将は暗闇に染み込むように姿を消した。




イビルアイのローブが漆黒じゃなくて真紅だったり、強欲の魔将がハーフマスクだったり。
キャラデザは挿絵に合わせたりアニメに合わせたり混在しています。
なのでガガーランもカリアゲじゃないです。

2018/11/10 行間を調整しました。
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