オーバーロード 粘体の軍師   作:戯画

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~前回のあらすじ~
エントマちゃん無事帰還


第56話 集結

 王城の一室にしてはそう広くもない部屋は、いつにない物々しい雰囲気で満たされていた。

 統一感の無い装備に身を包んだ者たちだが、男女関係無く共通する点としてその場にいるほぼ全員が様々な色をした金属製のプレートを首から提げている。中には懐へ仕舞いこんでいる者もいるが、同じデザインの紐は目にすることができた。それは冒険者であることを証明する貴重品であり、冒険者組合に認定されたランクに応じた金属で作られている。つまりプレートを見るだけでその冒険者のランクは誰の目にも分かりやすく、彼らは例外無く冒険者ということだ。

 その中には『漆黒』のリーダーである戦士モモンと、その相方を務める女性魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり『太陽』の二つ名を持つレジーナの姿もあった。冒険者の最高位たるアダマンタイト級に異例の早さで登り詰めたと、最近話題になっている都市エ・ランテル所属のチームだ。

 

 

 

 王都から馬で三日はかかる都市エ・ランテル所属の冒険者である彼らが何故王都にいるのか。その理由は前日の朝に受けた依頼だった。

 

 名指しに加えた破格の報酬。表向きは不穏な情勢に危機感を覚えた王国貴族からの邸宅警備の依頼だったが、本当の依頼は犯罪組織八本指の拠点制圧。特にアダマンタイト級の漆黒には敵の最強格である六腕の相手をしてもらいたい、という内容だった。もっとも、依頼を出した本人すらも真実を知っているとは言えない。組合へ足を運ぶ前から裏を知っているアインズは高額の報酬に内心狂喜しながらも、最高位冒険者としての威厳を損なわないよう細心の注意を払って依頼を受注した。

 

 転移魔法を使えば王都へ移動する労力はほぼ皆無になるが、冒険者モモンとして行動する必要がある以上それはできない。移動については依頼者側が飛行魔法と、荷物などを負荷無く運搬できる浮遊板(フローティング・ボード)を使用できる魔法詠唱者(マジック・キャスター)を用意していた。これによって強行軍ではあるがほぼ一日で都市エ・ランテルから王都への移動を可能にしたのだ。

 

 王都に到着した頃にはすでに夜になっていた。依頼主である貴族の館には同様の依頼を受けたのであろう、エ・ランテルでは見かけない顔の冒険者も多く集められていた。彼らは八本指の拠点制圧という表向きの真実を聞いたうえで首を縦に振った者たちだ。少なからず腕に覚えのある者ばかりであり、結果を出せれば貴族の覚えもめでたく高額な報酬ももらえて万々歳だと景気のいい話に華を咲かせていた。だがその浮かれた雰囲気に水を差したのは他ならぬ依頼主である貴族、レエブン候だった。

 

 戦力が無事集まったのだ。喜びこそすれ顔色を悪くする理由は無いはずだ。

 ホールに現れたレエブン候は玉のような汗を(ひたい)に浮かべて、八本指の拠点襲撃は中止になったことを伝えた。

 

 元より王都で集めた戦力によって拠点攻めはすでに開始されていた。時間のかかる後発組はいざというときの予備兵力というつもりではなかったのだが、仕掛けを遅らせれば八本指に逃走の時間を与えてしまう状況のため仕方がなかったという説明に、集められた冒険者たちは概ね理解を示した。

 この時点で冒険者たちの反応はざっと見て二つに分かれた。

 

 呼ばれてわざわざ王都まで来たのに報酬が無くなるのではないかと不安を訴え出す者、()()()()()()()()()()()()()が気になるという顔をしている者だ。

 

 理由が混在した不穏な空気を鋭く感じ取ったのか、レエブン候は頼みたい仕事があることに変わりは無く、報酬についても組合を通して事前に説明した通りに支払うことを明言した。

 

 より詳しい説明をするために王城への移動という指示に疑問を浮かべた者もいたが、この場にいる者は多かれ少なかれ名の売れたプロフェッショナルの集まりだ。話が違うなどとあっさり手を引くことはしない。

 特に普段接点の無い王城という言葉に金や名声の匂いを察知する辺りは実に商魂逞しい姿と言えた。

 

 

 

 通された部屋はナザリックの私室とは比べるべくもないほど荘厳さに欠けるというか、いわゆる王様やお城といったフレーズから華やかで豪勢なものを想像していたらがっかりするくらいには普通だった。

 それでも城などとは縁遠い中位以下の冒険者は物珍しさもあってか、一種の感動を覚えているようだった。

 

 城まで一緒に来たレエブン候は報告のためと足早に去っていった。

 

 部屋には先客がいたのだが、彼らの中にはミスリル級の下である白金(プラチナ)級や(ゴールド)級どころではない、(アイアン)級や駆け出し同然の(カッパー)級までが混在していた。レエブン候のところへ名指しで集められた連中と比べれば二段三段と格が落ちる。

 

「総動員って感じだな」

「ああ。しかし口の堅さも怪しい低ランクまで集めるとは、ただごとじゃないぜ」

「やっぱり、移動中に見えた炎の壁が関係しているのか」

 

 小声でのやりとりは憶測も含んでいたが、的外れというわけでもない。だが圧倒的にピースが足りない彼らには想像と行動の選択肢に限界がある。

 

 待っている時間はそう長くはなかった。開かれた扉から入ってきたのは錚々たる顔ぶれであり、場を支配するには十二分のカリスマを持った者たちだった。先頭は蒼の薔薇のリーダーであるラキュース。続いて黄金と称される第三王女ラナー、王都冒険者組合長、ラキュース以外の蒼の薔薇四人、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

 冒険者組合長が今回の招集が異例であることを簡潔に述べ、事態の詳細説明はラキュースに引き継がれた。

 

「冒険者のみなさん、まずは集まってくれてありがとう。といっても、事情が当初と変わってしまったから本意でない人がいたらごめんなさいね。私は蒼の薔薇所属、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラです」

 

(『蒼の薔薇』か。他のアダマンタイト級がどんなものなのか見てみたい気持ちはあったが……)

 

 認定されている数が多くないため、自分たち以外のアダマンタイト級冒険者に会うのは初めてだった。どの程度の強さを持っているのか、潜在的脅威としてマークしておくべき対象なのかを見極めておくのは重要だったのだが。

 

(何か、肩透かしをくらった気分だな)

 

 直接ぶつかってはいないが、突如王都を襲撃したヤルダバオトの脅威を説明する蒼の薔薇のメンバー。彼女たちの認識は空前絶後の強さを持った敵に襲撃を受けて王都どころか王国全体の危機、というものだった。少なくとも総力戦が必要ではないかと真面目に検討するくらいに。話を聞いた冒険者たちは蒼の薔薇が敵の底を測り切れていないということに驚愕していた。

 よほどうまい演技でなければ、アダマンタイト級とはいえ大したことはないとアインズは結論付ける。もっとも、それ以上のランクが無いので彼女たちがアダマンタイト級の底辺クラスである可能性は捨て切れないが。

 

「朱の雫にも連絡はしているけれど、彼らは評議国周辺にいるわ。到着に半日はかかるでしょう。この一夜、敵が大人しくしていてくれるかしら?」

 

 あんな目立つ炎の結界を張っておいて、丸一日動かないとは考えにくい。

 

「そう悲観したものでもない」

 

 沈痛な空気が漂い始めた場で小柄な魔法詠唱者(マジック・キャスター)の言葉は皆の注目を集めた。

 

「私の見たところ、ヤルダバオトは近接戦が得意ではない。強いには違いないのだが、奴が本来の強さを発揮できるのは魔法ではないかと私は思う」

「つまり、近接戦を仕掛けるのか?」

「そうだ。それも一対多でな」

 

 数の利は子供でも分かる勝ち筋だ。もっとも子供の喧嘩なら個々の力量に大した差は無く、だからこそ数が単純に大勢を決する要素足り得るのである。

 たった一体の凶悪なモンスターに、パーティがたちまち壊滅に陥るといった話は冒険者という稼業をしている以上ちょくちょく耳にするものだ。

 

「そうは言うが、聞いた通りの相手なら束になってかかっても蹴散らされるだけじゃないのか」

 

 自分たちより遥か高みにいる蒼の薔薇が強敵と称するものを、近接戦ならせいぜい十人にも満たない人数で攻撃したところでどうなるものでもない。身の程を知るというのは危険に遭わないための知恵だ。

 

「ああ、気を悪くしないでほしいがミスリル級程度の冒険者がよってたかって斬り込んだところで奴の前には無意味だろう」

 

 異議を唱える者はいない。遭遇現場には最高クラスの戦士であるガガーランもいたと聞かされている。彼女が口を挟まないということは、ヤルダバオトに対するイビルアイの評価が適正であると言っているに等しい。

 イビルアイは落ち着いた調子を崩さない。何故なら彼女の作戦はここからがキモだからだ。

 

「だが、こちらと同じく奴にも誤算はある。切り込むのがアダマンタイト級冒険者……それも、三人ならどうだ?」

 

 蒼の薔薇リーダーであるラキュースは魔剣キリネイラムの所持者であり、剣の腕前も伊達ではない。同じくガガーランは誰もが認める優れた戦士だ。

 皆の注目は必然的に残る一人へと向けられる。壁に背を預け、部屋に入ってから唯一微動だにせず沈黙を守り続けている男。

 

「英雄級とも聞くその力、ぜひ証明してもらいたい。『漆黒』のモモン殿」

 

 名指しされてもモモンは動かない。やや失礼とも言える態度であるが、アダマンタイト級とはそれが許される存在なのだ。代わりに隣の相方がチームの意向を伝える。

 

「んんっ! えー、私は『漆黒』のレジーナです。力の誇示に興味は無いが、市民の安全が(おびや)かされるのであれば協力は惜しまない。と、モモンさんは言ってます」

「それは心強い。本当ならば四人で掛かりたいところだったのだが……」

 

 幻の四人目。名を呼ばれずともこの場にいる誰もが理解していた。あるいはモモンの噂を尾ひれのついたものだと思っていた者は三人目こそ彼だと考えたはずだ。

 

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。平民の出だが、かつて王国の御前試合で見事優勝を果たし現在の地位を国王ランポッサⅢ世より賜った。

 武人を絵に描いたような気性と、剣の腕一本で昇りつめた実績は王国の内外問わず尊敬の目を集めている。

 

 そのガゼフは王の警護に就くために打って出ることができない。当然これには他の者たちの不満が出たが、ガゼフの立場ではどうすることもできない話だ。

 

「皆の気持ちは分かるけど、王城の警護を空にするわけにもいかないでしょう? それに、今回の出資は国庫からじゃなくてラナーの個人資産からよ。急遽エ・ランテルから人を集められたのもレエブン候の協力あってこそ。方法は様々だけどここにいる誰もが脅威の排除に力を尽くしてくれているわ。きれいごとが完全な納得にはならないと思う。でも、そのことは知っておいてほしいの」

 

 あわや危機を前にして精神的な亀裂が生じるのを食い止めた。発言者がラキュースだったため冒険者たちの神経を逆撫でせずに済んだとも言えるが、感情的にならず彼女の言い分の筋が通ったところを受け入れられたのが大きい。

 

 作戦はスポンサーでもあるラナー王女の口から語られた。敵首魁であるヤルダバオトに直接ぶつかるのは蒼の薔薇の二人とモモン。他に必要な役目は大きく分けて二つ。防衛ラインの堅守と三人の消耗を抑えてヤルダバオトの前へ辿り着かせるための露払いだ。前者は可能な場合に避難誘導なども行うため、白金(プラチナ)級以下の冒険者数組のチームを作ってエリア担当を割り振っていく。後者は道を開くことに加えてできるだけの討伐を行う。少しでも魔物の数を減らすことで王都内への流入拡散を防ぐ狙いだ。

 

「それとクライム、炎の結界内部にも当然家々があります。危険は承知のうえですが、域内の生存者の救出をお願いします」

「はっ! 全身全霊をもって、必ずやご希望に沿える働きを致します!」

 

 白い全身鎧(フルプレート)に身を包んだ少年に驚愕と呆れの視線が集まる。無茶だという声もちらほら上がっているほどだ。これだけ大掛かりな結界を張っているということは、術者であるヤルダバオトとの遭遇率は結界中心部へ近付くほど上昇する。使役される手下の悪魔の密度も高くなるはずだ。そこでただでさえ難しい救助活動を行うなど自殺行為に等しい。命令も無茶だが、それに即答した彼もまともではない。危険性に考えが及んでいないのか、狂気的な忠誠心の持ち主のどちらか、あるいはその両方だ。

 

「頼りない。途中まで決戦組と移動して、接敵前に私が離脱させる」

「そうですね。ティアさんに協力してもらえば避難もさせやすいでしょう」

 

 蒼の薔薇の、それも隠密能力に長けたサポートが付くならとやや安堵を含んだ空気が流れる。

 

「では担当区画の説明と調整をしますので、『漆黒』以外のチームリーダーの方はこちらへお願いします」

 

 メンバーの能力や今日の調子の良し悪しは個別に話を聞かなければ分からない。万が一にも失敗できない作戦だからこそ、この時点で可能な限りの調整をしておかなければ戦線の崩壊にも繋がりかねないのだ。すぐにでも動きだしたいところ慎重に慎重を重ねるアプローチはラナーが戦略家としても有能であることを認識させるに充分な内容であり、いつの間にか冒険者たちの中には使命感すら芽生えていた。

 

 彼らの段取りが片付くまで漆黒の出番は無い。アインズたちの周りには憧れや今後のための顔繋ぎを目的とした者たちが列をなしていた。

 誰もが一定の敬意を持って挨拶に来る様子は、これまで冒険者としての評判を高めてこられた証明だ。

 

「すまない、通してくれ。ああ、悪い」

 

 人波を抜けてきたのは前に集まっていたチームリーダーの一人だ。

 

「モモン殿、各班の地域担当をお伝えしますのでこちらへお願いできますか」

 

 どうやら調整はスムーズに終わったようだ。指示はおそらくラナー王女から。挨拶の順を待っていた者も思わず足を引いて道を開けた。

 

「そうですか。ではレジーナ、行ってきてくれ」

「了解っす」

「モ、モモンさんは行かないのですか?」

「順番を待ってくれていた人たちがいるのでね。挨拶が終わってから私も行きますよ。それまでの内容は彼女が聞いておいてくれれば問題ありません」

「モモンさんにはちゃーんと伝えておくから大丈夫っすよ」

 

 伝言に来た者の返事を待たずにするりと人の隙間を抜けていく。少し人垣が割れていたとはいえ、裾さえ誰にも当てることなく颯爽と通り抜ける姿は彼女の美貌にミステリアスさを添えた妖しい色香となって男たちの鼻腔をくすぐった。

 魅了されている者を脇目に、何事もなかったかのようにアインズは挨拶を続ける。心なしかこちらに向けられる視線にキラキラしたものが増えたような気がしたが、アインズはまるで別のことを考えていた。

 

(ガゼフに声を聞かれるのは避けたい。バレたからとその場で騒ぎだすようなことは無いだろうが、状況が状況だけに余計な疑いを掛けられても面倒だしな。まあ疑いっていうか大当たりなんだけど、いまはまだモモンの正体を晒すタイミングじゃない)

 

 

 

 壁を囲うように形成された人混みを赤い髪がスルスルと抜けてくる。『漆黒』のもう一人のメンバー。モモンの印象が強過ぎるために取り立てて注目されることはあまり無いが、決して見劣りはしない実力を持つ女性魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 王都の地図を取り巻くラナーたちの前までくると、二つ名通りの笑顔を見せた。

 

「モモンさんはお忙しいので、配置は私が聞いておきます」

 

 その場にいた冒険者チームリーダーの一人が苦い顔をして口元を覆う。普通は王女の呼び出しと天秤に掛ける何かがこの場にあるばずも無い。

 それを平然とやってのけるのがモモンという男なのだ。相方のレジーナも、モモン自らが来なくて申し訳ないとかいった感情は皆無に見える。ある意味勝るとも劣らないパートナーといったところか。

 

 

 

「と、いうわけっす」

「はは、いいじゃねえか。気に入ったぜ」

「伝えておいてもらえるなら問題なかろう」

 

 レジーナから事情説明を受けたラナーは蒼の薔薇二人の同意を得て説明を進めた。

 

 包囲網は戦況が優位に進めば徐々に狭めていくが、そのとき制圧スピードに差があり過ぎると防衛戦が伸びきってしまいかえって突破されやすくなってしまう。

 それを防ぐためにいくつかの遊撃隊を用意しておき、侵攻の激しいエリアのフォローに回す。同時に敵の手薄なエリアからヤルダバオトがいると想定される中心部にラキュースたち決戦組と救助担当のティア・クライム組が突入、近接戦で畳み掛けるという作戦だ。

 

「ここまでで、何かある方は? レジーナさん、何か気になるというお顔ですが」

「大したことじゃないんですけどね」

「構いません。万一の見落としもできませんから、どんなに些細でも気になったことは遠慮無く仰ってください」

「そうですか。それじゃ遠慮無く」

 

 噂ばかり耳にするアダマンタイト級冒険者が果たしてどんな意見を出すのか。そのテーブルの周りだけに熱がこもるような錯覚。ラナーもガゼフも蒼の薔薇も、全員の注目はレジーナに集まっている。

 

「この作戦────────どうなったら"勝ち"なんですか?」

 

 時間が止まる。そんな表現が的確だろう。誰もが虚を突かれ、空白が場を支配した。だがそんなものは大気中に発生した真空と同じで、すぐに埋め潰される。

 

「勝ちって、そりゃあ、ヤルダバオトを倒すことだろ……」

「いや、これはそう簡単な話ではないぞ。……なるほど、ああ、そうかクソッ! 私もガガーランと同じ知能程度まで成り下がったか」

「おい」

「ちょっと待って、話が見えないわ。レジーナさん、どういうことかもう少し詳しく話してもらえる?」

「そっちの小っちゃい人は分かったみたいだけど?」

「小っ……! いや、何も言うまい。気付いたのは貴女だ。それを私が得意げに話しても恥の上塗りだろう」

 

 だからやってほしかったのにというつぶやきは幸い誰の耳にも届くことはなく、いつもの明朗な調子でレジーナは口を開いた。

 

「いくら直接戦闘が苦手でも、そう都合よく打たれ弱いとは思えないっす。初っ端に最大手で決められなかったらあとはジリ貧しかないっすよ」

 

 最強の駒をぶつけての敗北。それはすなわち王都の、ひいては王国だけではない人類

の壊滅を意味する。トップクラスの強者三人が地に這いつくばる絶望の情景を思い浮かべたのか、振り払うように苦し紛れの意見が絞り出される。

 

「な、なら隙を突いて封印できないのか!」

「人出も準備も不充分なのにできるわけないだろ」

「いっそ八本指を標的にして探し物を渡したらどうだ?」

「向こうが大人しく待つ理由がない。それにそんな物騒なアイテムを奴の手に渡して使われたらどうする!」

 

 一気にボルテージが上がる。議論を重ねれば重ねるほど、ヤルダバオトの影は彼らの中で強大な恐怖へと変貌していた。

 ともすれば殴り合いにでも発展しそうな一触即発の空気を数発の拍手(かしわで)が切る。

 

「はーいはい、甘く見てたらやばいってことが分かってもらえたんで次行くっすよ。殺すのも無理、封印も無理となったらあとはもう丁重にお帰り願うしかないっすよね」

「話し合いに応じるとは思えんが」

「あはは、そりゃそうっす。でも、まあまあ痛い目を見れば考えも変わるんじゃないっすか? 労力と見返りが釣り合ってないのに突っ込むタイプならわざわざこんな結界張ったりピンポイントで拠点に現れたりしないっすよ」

「なるほど……」

 

 確かに、思えばイビルアイたちがヤルダバオトと遭遇したのは八本指の拠点を攻めたからだ。奴が手当たり次第ではなく同じところへ襲撃をかける予定だったのだとしたら、周到な調査を済ませてから動く計画を立てていたことになる。あの場で素早く退()いたのは計画に無いイレギュラーを嫌ったから。

 これらの行動がレジーナの仮説を裏付けている。

 

「もちろんこっちの底を見せたら台無しなんで、前に出る人は死にそうな状況でも不敵に笑えるくらいのメンタル必須っす」

 

 堂々と言い放つレジーナのそれは不敵というより爽やかな笑顔だったが、言っていることは反してヘビーだ。着眼点と考えの鋭さは『漆黒』を強く印象付けた。その後の作戦修正の着地点はヤルダバオトの撤退、それもしばらくは人間に手を出すまいと思わせる反撃を食らわせること。この二点に主眼を置いて論議された。

 

「みんな! 準備はいい? 各チームの役割と担当エリアはそれぞれリーダーから共有をお願い。時間もそう余裕は無いけれど、ラナーから激励の言葉があるわ」

 

 ラキュースの呼び掛けに静まる室内。演説台などあるはずもないが、一歩前に出たラナー王女に全員が息を呑み言葉を待った。

 

「皆さん、この場に留まってくださったことに感謝の言葉もありません。私たちは未だかつてない危機に直面しています。恐ろしく、困難な危機です。ですが、どうか忘れないでください。恐怖を避けるのではなく、胸に留めてなお歩みを進める者こそが勇者であるということを。そして、いまここにいる勇者たちに祝福を。平穏なる未来のため、ともに戦いましょう!」

 

 耳が痛くなるほどの静寂。ぺこりと礼をしたラナーが脇にはけると同時に上がる歓声と拍手の嵐。

 

 ひとしきり落ち着いたタイミングを見計らってガゼフは王の身辺警護のため一足先に退室し、決戦組は戦闘の擦り合わせを行うことになった。

 

 

 

「ああ、少しいいか? どこで話すか迷ったのだが、ここにいる連中には知っておいてほしいことがある」

 

 別室に移動してからすぐ、イビルアイが口を開いた。

 

「さっきヤルダバオトと対峙したとき、私たちは見たんだ。素手でヤルダバオトと殴り合う、ドレスを着た仮面の少女を」

 

 事情を知らないラキュースやラナーはキョトンとした顔でイビルアイを見ている。いまさっきかつてない強敵だと称したヤルダバオトと同格の戦闘ができる少女など、荒唐無稽もいいところだ。しかしそんな無意味な冗談を言う人物ではないと知っているがゆえに、この話をどう受け止めればよいか戸惑っていた。横を見ればその場にいたであろうガガーランとティアが無言で頷きを返す。幻覚ではあり得ないと思っていたが、見間違いの類でもないらしい。

 

「それでその少女はなんなの?」

「知らん。確実なことはそいつがヤルダバオトを知っていて、敵対しているということだけだ」

 

 失敗できない場面で予想も制御も不可能な要素が飛び込んできた。イビルアイがこのタイミングで話したのも、不確定要素からくる不安が広がるのを危惧したからに他ならない。

 

「敵対しているというなら力を貸してもらうことはできないのでしょうか」

「クライム……」

「楽観的過ぎ」

 

 どこまでもまっすぐな青年の意見に、忍者の双子の片割れが苦言を呈する。裏の世界をよく知っている身としては、敵以外は全部味方とでも考えているとしか思えないクライムの平和ボケじみた発言に呆れる他ない。人を疑うということを知らないというより、それが悪であるとさえ考えているのはそれだけ彼が染まる程世の中の闇を見たことが無いという証明なのだが、生来の察しの悪さと噛み合って見事に場の空気を読めない男になっていた。

 

「考えても仕方ないわ。でも頭には置いておいて。第三の勢力だとしたら警戒は必要よ」

 

 実際無視できる存在ではないのだが、手掛かりがイビルアイたちの目撃情報だけであればどうすることもできない。こういった切り分け判断の早さはラキュースのリーダーとしての経験の深さを思わせた。

 

 謎の少女の件は当面は考えないことにして、決戦の要となる近接戦へと話題は移行する。普段からよく知っているラキュースとガガーランは問題ないが、そこへモモンが入るとなれば複雑な連携は取れない。せめて互いが足を引っ張り合うことにならないよう、それぞれの戦闘スタイルを共有しておく必要があった。

 武器による接触しか攻撃手段が無いモモンとガガーランが両サイドから、神官(クレリック)職業(クラス)を持ち回復や補助に加えて浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)による中距離牽制のできるラキュースはやや下がって二人の中間位置をキープする。これを基本形にするのはすぐに決まった。

 

「でだ、俺の武器で地震を起こすときには一声かける。それを合図に飛び退()けば影響は受けねえ」

「了解しました。ラキュースさんの剣にもそういった能力があるのですか? 確かかつて黒騎士の使用していた魔剣のうちの一本と耳にしましたが」

「ええ。魔力を増幅して攻撃に使うことができます」

「どっちかといえば広範囲の敵に向いてる技だからな。ヤルダバオト相手なら初手に打って雑魚を一掃するかトドメくらいにしか使えねえだろ」

「なるほど。ではやはり攻撃のメインは私とガガーランさんになりそうですね。あとは戦闘の中で息を合わせていきましょう」

 

 さらりととんでもないことを言う。ゴブリンやらの討伐とはわけが違う無類の相手に、微調整しながら即席チームが息を合わせるなどやろうと思ってできることではない。

 つまり思考ではなくセンスの問題だ。モモンはガガーランの戦士としてのセンスに賭けたということだ。

 

()()ねぇ! いいぜ、気に入った。『さん』なんてかたっ苦しい敬称いらねぇよ」

「ふ……。分かったよ、ガガーラン」

 

 男以上に男らしい豪放で獰猛な笑みを浮かべる。勝手に分かりあっている二人を前にこれ以上の議論は時間の無駄と判断したラキュースは別室を出た。

 包囲網担当チームはすでに王城を出て配置に付くため移動を開始している。残っているのは決戦組の周囲で露払いをするための前衛組。中心部に近付くにつれ激しい衝突が予想されるため、彼らは戦闘経験も豊富なミスリル級以上のチームで構成されている。

 

「出るわ! 準備はいい!?」

 

 全員が返事の代わりに覚悟を内包した視線を向ける。流石、この形勢も分からない状況でよく肝が据わっている。

 ラキュースを追う形で蒼の薔薇、漆黒、ラナーと護衛の青年クライム。ラナーの警護を近衛に引き継ぎ、決戦組も王城を出る。

 

 外に出ると城壁を越えた向こうに立ち昇る炎の結界が見える。勢いをまるで衰えさせることなく、あれこそがヤルダバオトの欲望の顕現であると主張するように。

 

「……妙だな」

 

 怪訝な顔をしたガガーランが足を止めた。城壁内は普段から配置されている警備兵以外にも臨時増員しているはずなのだが、巡回兵はおろか立ち番の兵もいない。

 警戒をしながら進み、城壁の正門前まで来たところでそれが目に入った。

 

 赤い逆光を浴びながら、兵士へ突き刺した大鎌が引き抜かれる。水音とともに鮮血が散り、絶命しているであろう兵士は力なく倒れた。周辺には十を超える兵士の死体。見当たらなかったのはここに集まっていたからだ。

 

 背負った大剣にモモンが手を伸ばす。鞘を外すためレジーナがその後ろに付いた。

 

「人間ではないな。友好的でもなさそうだ」

「その通り。名乗らせていただこう。我は強欲の魔将(イビルロード・グリード)。ヤルダバオト様に仕える者である」

 

 悠々とした宣言。翼膜のついた翼を広げた姿は強欲の名に相応しく、自分の欲を満たすことに何の遠慮もしない性格が透けて見えた。

 

「ヤルダバオトの手下か。大胆に攻めてきたものだが、返り討ちに遭う可能性は考えなかったのか?」

 

 決戦組の中からモモンが前に出る。抜刀された大剣は一本のみ。魔将は引き()れたような笑みを作った。

 

「ふは、は。(はな)から無いものを考えるのは非効率ではないか? 小虫を踏み潰すのに難しく考える必要が、どこにある」

「安心したよ。人間を舐めて小虫と評するくせに、考えは虫以下らしい」

「……人間ごときが。全員まとめて冥府へ送ってくれる!」

「やってみろ。お前の犠牲になった者たちの無念を、晴らす!」

 

 同時に踏み出した両者が庭園の中央で激突する。振り下ろされた大鎌を大剣の腹で受け止め、そのまま振り払う。魔将の攻撃は止まらず、目にも留まらぬ連撃のことごとくを(はじ)かれて重く鋭い金属音が鳴り響いた。

 

 初めて目にする剣士モモンの戦闘。カウラウから聞いた功績に嘘偽りは無かったのだと、イビルアイは実感する。グレートソードを小枝のように軽々と振り回す膂力といい、未知の敵相手にあれだけ自信に満ちた態度で臨めるのも納得だ。

 その実力に感心しているのは隣のガガーランも同じだ。むしろ同じ戦士だからこそ、刺激される興味はイビルアイ以上だろう。

 

「すげぇな」

「だが、防戦一方だ。まずいぞ。くそっ、下手に近いと私の魔法では巻き込んでしまう!」

 

 疲れるということを知らないのか、モモンは魔将にピッタリと張り付いたまま攻防を続けている。そのお蔭で他の者が狙われることはないが、イビルアイが得意とする攻撃魔法は水晶の散弾や電撃だ。矢のようにピンポイントを精密に撃ち抜くのには適していない。

 

「なら俺が……!」

「ちょっと待ったっす」

 

 助太刀のために踏み出そうとするガガーランを後ろから掛かった小声が制止した。

 

「モモンさんがアイツを引き付けてるあいだに、私たちは予定通り行くっすよ」

「なに? 大丈夫なのかよ」

「モタモタやってても包囲網が疲弊するだけっす。手遅れになったら目も当てられないっすよ」

 

 魔将との遭遇がイレギュラーなのだ。余計な時間が食われるほど、王都内への魔物の流入は手が付けられなくなる。それは同時に炎陣周辺の民を危険に晒すということ。モモンの強さを信頼しているからという理由だけではなく、レジーナの意見は冷静で筋の通ったものだった。

 

 蹴りを受け止めた勢いで距離が離れても、間髪を容れずモモンは相手の選択肢を削り殺すように距離を詰める。

 

「くっ、この人間、チョロチョロと!」

「ここは任せろ! 行け!」

 

 大鎌とグレートソードが火花を散らす。迷っている時間は無かった。もたつけばそれだけモモンの負担は大きくなる。何かを守りながら戦うというのは常に全方位へ気を張っておく必要があるため、精神面からくる疲労が大きいはずだ。集中を欠けば不覚を取るということも充分あり得る話だ。

 

「ちいっ、しょうがねぇ!」

 

 一気に城壁外へ走り抜ける。後方から聞こえてくる激しい戦闘音だけがモモンの無事を伝えていた。

 

「大した野郎だ」

「ああ、あそこで誰かが引き付けなければ全員まとまって脱出はできなかっただろう」

「いまは進むしかないわ。モモンさんを信じましょう」

 

 小柄なイビルアイ、一兵士に過ぎないクライムを連れていれば必然的に機動力は落ちる。モモンが相手を挑発し、意識を自分に向けさせたことで全員が無傷であの場を離れることができた。

 だがここからはモモンという牙を欠いて進まなければならない。消耗戦になれば体力で劣る人間側が不利になる。それが分かっている以上モモンを待って仕掛けることはできないのだ。胸の中に漂う不安を振り払って、ラキュースたちは炎陣の中心部を目指した。




王都編のガゼフってちょっと影薄い気がします。
こっちだとブレイン軟禁されてるせいでさらに出番が……。

2018/11/10 行間を調整しました。
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