スーパーロボット大戦3F ~マクロス・コンサート~ 作:デスフロイ
コンサート、当日。
マクロスで最も巨大な会場。見渡す限り、客席は全てびっしりと埋まっている。大方の予想通り、チケットはプラチナ化し、かつてないほどの激烈な争奪戦が行われた結果であった。
まだ暗転していない客席からのざわめきを、ランカはステージの袖から聞き入ると、駆け足で他の面々の元に戻ってきた。
「なんかすごいです! 落ち着いてるんだけど、みんながじっと力を溜め込んで、うねりを上げてる感じ。私、ここまでの雰囲気、今までのステージで経験ないですよ!」
「あなたはそうでしょうね。本当のビッグステージは、こういうものよ」
シェリルは、少なくとも表面は落ち着いて見せている。
「ではわたくしも、本当のビッグステージを体験してこなかったということですね。わたくしも、ランカさんと同じ気持ちです」
「ラクスさんも、ですか!」
「ええ。ここが、わたくしが歌手として生まれ変わる場所になります。光栄ですわ」
花のような微笑みのラクス。
「いいやまだまだ! こいつらを、俺たちのハートでもって、もっともっと熱くさせてやるんだろ? 俺たちには、それができる!」
バサラが不敵に、サングラスの下の目を光らせた。
ミンメイは頷き、全員を見回した。
「いよいよ始まるわ。最初は、私とシェリルでオープニング。みんな、出番が来たら、よろしくね」
「もちろん! 気合いは充分!」
「ミレーヌ」
突然シェリルに声をかけられ、ミレーヌはぎょっとした。
「な、何よ? こんな時に喧嘩売ろうってんじゃ」
「前に、売り言葉に買い言葉であんたの歌にケチつけたけど、あんたがいいもの持ってるのは分かってる」
「え……」
「あんたは、あのステージに上がる資格があるわ。今日はフルスロットルでいきましょう」
「も、もちろん!」
ミレーヌの満面の笑みを、シェリルは受け止めた。
そんな彼女の横顔を、ラクスはじっと見つめていた。
気づいていないのか、シェリルはラクスに背を向け、ステージに向き直った。
「それじゃ行きましょう。リン=ミンメイ」
「ええ」
二人がステージへと出ていくのを、ラクスはただ見送っていた。
観客が、二人の歌姫の登場に、大きな歓声をあげていた。
『みんな、今日は来てくれてありがとう……!』
『今日は、音楽史に残るくらいのコンサートになるわ。私たちの歌を聴け!』
ミンメイとシェリルの呼びかける姿が、モニターに映し出されていた。
ナデシコのブリッジで、ユリカが嘆息している。
「あ~あ、本当に行きたかったな~。こんなちっちゃな映像だけじゃ物足りない~」
「大画面にしたら、艦長は間違いなく戦闘に集中しませんから。本来、モニターに出すべきではないと、個人的には考えています」
「ちょっと、それはあんまりじゃない~。ルリちゃんは興奮しないの?」
「しているつもりです。明らかに、血液中のアドレナリンが増加しています」
全く表情を変えずに、ルリは戦闘用のモニターに視線を落としていた。
「バルキリー全機、配置完了。モビルスーツ全機、配置完了」
奇しくも、アルトとキラはほとんど隣となっていた。
「始まったみたいだな」
「うん。……間違っているのかもしれないけど、今日ほどモビルスーツに乗っててよかったと思ったことはない」
「俺も同じだ。おそらく、一条中尉もだ。あの人、ミンメイさんのことを応援していく気持ちは変わらないって言っていた」
「そうなんだ……」
その時、近くにいたヒイロが、珍しく口を挟んだ。
「コンサートは必ず成功させる。それが、俺がリリーナから託された任務だ。そして、ここにいる者達全ての使命だ」
アルトも、キラも、同意の声をあげた。
一方。
ザフト軍は、やはりマクロスに接近しつつあった。
「今回の作戦は、プラントに反逆したラクス=クラインを拘束することにある。フリーダムを強奪し、共に逃亡したキラ=ヤマトは必ず撃墜させろ」
クルーゼの言葉に、新型ジャスティスガンダムの中で、アスランはただ黙っている。
「アスラン=ザラ。君はラクスの許嫁であり、キラの親友でもあった。大丈夫か?」
「……プラントのためです。やり遂げます」
ようやく、言葉を絞り出す。
「本当だな!? もしラクスがコンサートで変なことでも口走ったら、プラントの立場は悪化するんだぞ」
「やめなよ! アスランはちゃんと分かってる」
問いつめるシンを、側にいたルナマリアが制止した。
シンは眉根を寄せたが、さりげなくアスランのイージスガンダムに接近した。
「ところで、新しいラクスとはうまくいってるのか?」
「やめてくれよ。ルナマリアやメイリンは、ミーナのことに触れるとなぜか過剰反応するんだ」
「あの子、お前にしきりにくっついたり、積極的にキスせがんだりするからな~」
「俺もあんまりベタベタされるのはどうもな。あの姉妹も案外潔癖なんだよな」
「気づいてないのか!? だから鈍だって言われるんだよ」
「シン!!」
ルナマリアの突然の声に、シンは肩を縮める。
「アスランに何吹き込んでるの!? あんたは黙ってなさい!」
「あ、いや! その、なんだ。いいか、キラが出てきたら、情けとか無用だからな! 少しでも集中が乱れたらやられるぞ」
「それも分かってる。キラとは、決着をつけなきゃならない」
彼らが話をしている間にも、コンサートの中継が、音声のみではあるが入ってきている。
ミンメイとシェリルのデュエットが、終わった。
『それでは続いて、今日のスペシャルゲストを呼びますね。プラントの歌姫、ラクス=クライン! ようこそマクロスへ!』
この時、今までで一番の歓声が聞こえてきた。
そして、ステージ上に現れたらしきラクスの声が流れる。
『マクロスの皆さんこんにちは。ラクス=クラインです。今日は、こちらのお二人にお招きいただいて感激しています……』
アスランが、一瞬身を固くした。
ルナマリアは、少し焦った口調で、
「ちょっと、始まっちゃったわよ! ラクスが出てきてる」
「……進軍を続けますか?」
「当然だ。これ以上彼女に喋られてはまずい。せめてコンサートなどぶち壊してしまわないとな」
平静そのもののクルーゼの返答に、アスランは内心でうんざりしていた。
(この時点でコンサートを妨害しても意味はない。世間の反感を買うだけだ……分からないのか?)
「やあ、マイヨ大尉。ギガノスも到着してくれましたか。心強い」
飛来するメタルアーマーを確認したクルーゼが、声をかけた。
「……よろしく頼む」
マイヨは、言葉少なく、そう返事しただけだった。
先ほど、部下のダンと交わした会話が、頭をよぎる。
『マイヨ隊長! この出撃は、本当に我がギガノスのためになるのでしょうか?』
『言いたいことは分かる……。ジオンはプラントに離反されたくないが、自分の兵力を割きたくないから、同盟軍の我らにやらせている。だが、今のギガノスはまだジオンの力が必要だ。月の完全な独立を手に入れるまではな』
『ですが、これではギガノスはジオンの属国ではありませんか! 奴らは我々をプラント同様にしか見ていない』
『口が過ぎるぞ! 我らの挙兵そのものが、ジオンの後ろ盾あってのものなのだぞ』
(だが、ダンの言うことにも一理ある……心の沸き立たない戦いというのは空しいものだな)
ザフト軍と、ギガノス軍が、いよいよマクロスに近づいていく。
そこではすでに、ビームの光跡が飛び交い、小さい爆発があちこちで起こっていた。。
「何!? 仕掛けているのはベガ星人か! 我らと足並みを揃える予定だったのではないのか、ガンダル司令!」
「だ、黙れ! 戦場に、不測の事態は付き物だ! 貴様らが遅すぎるのだ」
その声だけでも、劣勢に回っているのは明らかだった。
「やむをえん。我らグラドスは攻撃を開始する!」
マイヨの指示と共に、メタルアーマーが一斉に戦場に躍り出た。
ほぼ同時に、ザフト軍のモビルスーツも加速する。
そして、マクロスの護衛部隊が、彼ら全員の視界に入った。
「……フリーダム!」
アスランが、その姿を見つけた時であった。
フリーダムの背部から、5対の翼が広げられた。
そこから動き出した機体は、ザフト・ギガノス双方の砲撃をくぐり抜けていく。
その間にも、キラのヘルメットのバイザーには、モニター上で次々と敵機がロックオンされていく様が映し出されていた。
そして、フリーダムの肩から、腰から、手にしたビームライフルから、夥しい一斉射撃が放たれた。
ハイマット・フルバースト。キラの技量と、フリーダムの性能が合わさったその攻撃は、次々と敵機を撃ち抜いていった。
「こ、このくらいで俺たちが落ち……う、うあぁっ!?」
イザークのデュエルガンダムはかろうじて回避したが、その挙動を先読みしたヒイロに、バスターライフルを撃ち込まれてしまった。ディアッカのバスターガンダム、ニコルのブリッツガンダムも、同様にロンド・ベル各機の砲撃を浴びて、戦闘不能に陥っていく。
「何と……!? 我がギガノスの精鋭が。ザフト軍が。こんな短時間に!」
「マイヨ!」
ケーンが、数少ない生き残りの敵の中に、ファルゲンの姿を見つけていた。
「てめえまでノコノコと何だ!? これはただのコンサートじゃねえんだ! そんなに平和が嫌いか!」
「黙れ! ギガノスの本願の方が大事だ……」
「見損なったぜ! 力で何もかもぶち壊すことしかできねえ外道か! 本願が聞いて呆れるぜ!」
ケーンの台詞を苦い思いで聞きながら、マイヨは間合いを詰めていった。
その間にも、ラクスの歌が終わり、続いて彼女の語りが始まっていた。
『……プラントは、このままでは滅びてしまいます。新たな道を見出すために、共に探し求め、歩む人たちを……』
アスランは、もはや戦う意味がほとんどないことを悟っていた。
ふと、自分の方に飛来するフリーダムを見つけた。。
「アスラン! 今更こんなことをして何になるんだ!」
「……分かっていても、どうにもならない! 俺はザフトの軍人だ!」
「ラクスは国に追われてまでも、自分の信じる道を選んで戦っている! 君はどうなんだ!? 本当に今のままでいいのか!」
「それ以上言うな! でないとお前を落とさなければならない」
「落ちたりしない! 僕はラクスを、このコンサートを守る!」
ケーンとマイヨ、キラとアスランが、激しい一騎打ちを始めた。
「我々だけでも、マクロスに強襲をかける! シン、ルナマリア、行くぞ」
クルーゼのディンが、先陣を切った。シンのインパルス、ルナマリアのザクウォーリアがそれに続こうとした。
が。
そのすぐ前に、ウイングゼロが位置していた。
天使の羽根のようなウイングスラスターが大きく開かれ、バスターライフルがディンに向けられていた。
「散開するぞ! こいつは厄介そうだ」
ディンが左、インパルスとザクウォーリアが右に回り込んだ。
それぞれで挟み撃ちする、本来なら必殺のポジション。
だがそれが、ウイングゼロにとっては狙いの配置であった。
バスターライフルが、縦に二つに割れた。右と左、それぞれの手に一挺ずつ握られている。
そして、ヒイロが呟いた。
「お前らの動きは、全てゼロが教えてくれている……」
ツインバスターライフルから伸びるビーム。
それらを、3機はいずれもかわしてみせた。
だが。
ビームは通り過ぎても消えない。そのままの位置で、ウイングゼロは回転を始めた。
伸びたビームが、そのまま斬撃と化した。まず、ザクウォーリアが下半身を切り落とされた。
ディンは間一髪回避したが、
「逃がすか!」
その動く先をアルトが予測して狙い撃つ。さすがのクルーゼも直撃を受けた。
なおもビームの斬撃が、ファルゲンとジャスティスにも襲いかかる。
ファルゲンはまだ回避できたが、不幸にもフリーダムとの戦いで背後を向いていたジャスティスガンダムは、避けきれなかった。
ジャスティスガンダムの背に装着されていたファトゥムが大きく切り裂かれた。右足も切り落とされはしないものの、甚大なダメージを受ける。
「……くっ!? 動かない!? 推進システムが、軒並み死んでいる……!」
アスランは機体の各スラスターを作動させようと、必死で操作するが、ジャスティスガンダムは全く動かない。斬られた衝撃で、機体は宙を漂い始めた。
「アスラン!! どうしたんだ、今助けに」
「持ち場を離れるな。キラ=ヤマト」
ビームのエネルギーを使い果たしたヒイロが、制止した。
「コンサートを守るのが、お前の役目だ。まだ敵は全滅したわけではない」
「だけど! アスランは、昔からの仲間なんだ! 見捨てるわけには」
「あの機体の救援ビーコンは作動しているようだ。拾ってもらえる可能性はある」
「キラ!!」
アルトが、有無を言わせぬ口調で呼びかけた。
「俺たちは、あのガンダムにとどめを刺すこともできるんだ! だけど、お前の顔に免じて、それはしない。後は、そのアスランって奴の運に任せろ!」
キラは、辛そうな表情を浮かべたが、ジャスティスを追うことはしなかった。
が、新たに数機のメタルアーマーが駆けつけてきた。新手と見て、身構える各機。
そこに、マイヨの元に通信が入ってきた。
「マイヨ大尉、至急お戻り下さい! 緊急事態です」
「何!? どうしたというのだ」
「月に、グラドスが攻め込んできました! 今、フォンブラウンで防衛戦となっています」
「何だと!? こんな時に! やむをえん、私も向かう!」
ファルゲンは機体を返すと、新手のメタルアーマーと共に急速に去っていく。
「マイヨ! 逃げるのか!? 待てよ!」
「逃がしておけばいい。ここは撤退させれば問題ない」
思わず追いかけようとしたケーンだったが、ヒイロの言葉に足を止めた。
マイヨの動向に一同が気を取られた隙に、インパルスはザクウォーリアの上半身を抱え、離脱にかかった。
「逃げるの、シン?」
「仕方ないだろう!? 俺一人で、勝てる連中じゃない! 今は、ルナの安全を確保する方が先だ」
「……ごめん」
「くそっ! この前の奴といい、天使羽根のあいつといい。どいつも俺の行く手を遮ってくる!」
歯がみするシンに、ルナマリアはかける言葉が見つからなかった。
「ミュンさん! お疲れさまです」
まだ上気したまま、ステージを降りてきたミュンを、ランカが労った。
「久しぶりだし、素顔で歌うなんて初めてだから緊張したわ。正直、もっとできると自分では思ってたんだけど。全然ね」
「あれでですか!? あの、失礼ですけど、ミュンさんがあんなにすごいシンガーだなんて思わなかったです。今日一番のアンコールでしたよ!」
「現役をさしおいて、それもどうかと思うけど。それに、次はいよいよ、みんなが一番注目してるらしいステージだしね」
「まったく腹立つよなあ」
バサラが苦笑していた。
「シェリルのやつ、涼しい顔してたけど、俺には分かる。あいつ、俺との曲の時より気合い入ってやがる。あいつにとっちゃ、ここが一番の勝負どころなんだ」
「でも、ランカには申し訳ないわね。本当はあの曲は、あなたとシェリルのために用意してたものなのに」
ランカは、頭を振った。
「ちょっと悔しいですけど、実は私も、聞きたいんです。あのお二人の歌を」
そのステージは、まだ、暗転していた。
観客が固唾を飲んで、光を待っていた。
やがて。
キーボードの音色が、リズミカルに響き始めた。
始まった。観客の間に、声なき響音めきが起こった。
そして、キーボードのソロパートが終わる直前。ステージに、誰もが待ち望んでいた光が宿った。
ステージの右側には、シェリル=ノーム。
ステージの左側には、ラクス=クライン。
二人の間には、大きく間が取られていた。
爆発したかのような大きな歓声が、会場全てに巻き起こった。
(ポスト・ミンメイの、頂上決戦……!)
ミレーヌは、ベースの力強い旋律を耳にしながら、心の中で呟いていた。
まずは、シェリルが歌い始めた。
(きらびやかで、妖艶で、自由な歌……!)
ラクスは、VTRでシェリルのステージを見た時のことを思い出していた。
まるで、ステージ全てが自分の世界であるかのように、場を支配するシンガー。
いろいろなものに縛られている自分と比較して、どうしようもない羨望と、否定しきれない嫉妬。そして、アーティストとして卓越したパフォーマンスに対する、尊敬の念。
(わたくしが、プラントを出た本当の理由。そう……シェリル! あなたと、並び立つ。そのためだった!)
そして今、それは実現している。
(恥ずかしいパフォーマンスはできない。わたくしの、今できる最高のものを!)
ラクスのパートが始まった。
透明感のある、甘い歌声。普段の彼女の歌に比べると、アップテンボだが、それを歌いこなしている。
(ステージの空気が、変わった! やっぱりこの娘は、場を支配できる力を持ってる)
シェリルは最初から、それを予感していた。
リリースされていたラクスの歌は、何度か聴いたことがある。そのたび、シェリルはもどかしい思いに駆られたものだった。
(あんた、もっとできるシンガーでしょう? 何を遠慮してるのよ!)
そのラクスは、自分の置かれた立場から飛び出して、今、自分の隣で歌っている。
(まだ足りない。どこかで弾け切れてない。だったら、私が引き出してやる!)
そして、二人が同じ旋律を歌うところに差し掛かった。
二人の歌声が重なり合った瞬間、歓声が一段と上がった。
ランカは、モニターでそのステージ中継を見ていた。
「……二人とも、全然目を合わせない。一体どうして」
デュエットのステージは、互いに目線を交換しながらコミュニケーションを取るのが普通だ。しかし、この二人はそれをここまでしていない。二人の立ち位置もほとんど変化せず、間合いは全く縮まっていない。
(これじゃ、二人がバラバラに歌ってるだけだよ。もしかして、相性が合わないの? このまま曲が終わっちゃうの?)
ランカは、自分でも説明できない焦りを感じていた。
そのまま、曲は1番を終えた。
二人は互いに歩み寄るが、そのまますれ違い、立ち位置を入れ替えただけ。右と左の観客にそれぞれの姿を見せるための、予定通りの演出に過ぎない。
2番。今度は、ラクスが最初に歌い始める。互いのパートを入れ替えて歌うというのも、予定通りの流れである。
「やっぱり、パートを入れ替えると、曲の雰囲気が変わるわね」
そう呟いたミュンを、ランカが振り返った。
ミュンは、そんなランカを目で制した。
(あなたの言いたいことは分かってるわ。だけど、私は気づいてる。あの二人は、じっと機をうかがっている。おそらく、シェリルが仕掛けるはず)
やがて、2番も終了した。やはり、二人は目を合わせない。
短いフレーズを二人がそれぞれ歌い、それまでとは打って変わった、静かな間奏。
シェリルが、ふとマイクを下げた。
「ラクス」
マイクを通さないその呼びかけに、ラクスが視線を向けた。
「今ここには、私とあなたしか、いない」
厳かともいえるその声音に、ラクスは戸惑った。
そして、シェリルのパートが始まろうとした。
その時。
シェリルは、体の向きを変えた。
隣にいる、ラクスを真正面にしたのだ。デュエットといえども、まずありえない向かい方。
驚くラクスを前に、シェリルはそのまま歌い出した。
観客の存在など、まるで無視。見ているのは、ラクスただ一人。渾身の力と心を込めて歌っているのは、ラクスにも理解できた。
(シェリルは……わたくし一人のために歌っている!)
それを直感して、ラクスの心に、いいようのない感動が巻き起こった。
(これだけの歌手が、わたくしとのステージを求めてくれている。自分の想いに応えてくれと、そう叫んでいる!)
理解したラクスに、それを拒むことなど、到底できなかった。
ラクスのパート。
今度は、ラクスがシェリルに対して真正面に向き直った。互いに相対する二人。
(わたくしが、あなたとステージで出会うことを、どれだけ熱望していたか! 届いて!)
まるで縋るように、全霊を込めて歌うラクスに、シェリルは喜びを覚えていた。
(そう、それよ! 今のあなたは、他のことなんてどうでもいい。自分の中でのリミッターをかなぐり捨てて、ただひたむきに歌っている。それが欲しかったのよ!)
二人のパート。曲そのもののボルテージも上がっていく。
互いだけを見つめ合い、共に歌いながら、二人の間合いが徐々に近づいていく。
シェリルがついに、自分のマイクを放り出した。すぐ側にあるラクスの手のマイクを掴んで歌いだす。二人は、一本のマイクで歌い続けた。
互いの髪が、ついに触れた。どちらも、見ているのは互いの目だけ。そのまま、曲の最後を歌いきった。
後奏のギターが鳴り響く中、シェリルの両腕が、ラクスの胴に回された。そのまま、ラクスを抱き寄せる。
ラクスも、意識しないまま、シェリルの首を抱きしめていた。
ギターがふっと止み、ステージ全体の照明が消え、ステージ奥からの光だけが残された。
抱き合う二人のシルエットだけが、一枚の絵のように浮かび上がっていた。
中立コロニーの一つ、オーブの戦艦が、マクロスへと向かっていた。
オーブはかつて、南太平洋の首長国であったが、十三ヶ月戦争を契機に宇宙に移住していた。中立国家を標榜していたオーブも、戦乱の時代にさらされていた。
そのオーブの首長の娘であるカガリ=ユラ=アスハは、ベッドの側に腰掛けていた。
「身体の具合はどうだ?」
「ああ、もう大丈夫だ……まさか君に救助されるとはね」
アスランは、ベッドから身を起こした。
「私の艦がうまく通りかからなかったら、宇宙の藻屑になっていたぞ」
「広い宇宙で、そんな都合よく通りかかるはずがあるものか。俺が連絡したからだろう?」
「お前、あのガンダムのパイロットか。なぜ、俺を助けた? 俺は、サンクキングダムを襲ったんだぞ」
問われたトロワは、全く表情を変えなかった。
「別にお前に恨みがあるわけじゃないからな。オーブは今、このカガリを名代として、ロンド・ベルと対話しようとしている。彼女を丁重に扱う必要がある。お前を助けたいと、泣いて縋られては助力するしかない」
「もう余計なことはいい!」
カガリが顔を赤らめている。
「そうか。あとは若いものたちに任せて、余計者はさっさと出て行こう」
「お前はお見合いの仲立人か! ……ってあの……」
「その……改めてありがとう」
カガリは、改めて座り直した。
「なぜキラと戦ったりしたんだ? お前たちは昔からの親友だろう?」
「仕方なかったんだ。プラントの国益のためにはああするしか……」
「国益のためなら親友を殺すのか! そんなことばかり繰り返して、戦争が終わると思っているのか!」
アスランは、黙り込んだ。
「お前、あのコンサートをどう思ったんだ? その……ラクスのこととか……引っかかることがあるのは分かる!」
「特定の個人名に引っかかっているのはお前じゃないのか?」
いつの間にか、カガリの背後にいたトロワが声をかけた。
「だから茶々を入れに来るな! あっちいけ!」
トロワを追い払ったカガリは、
「……えーと何だっけ……そうそう。途中で語りを入れたセシリー=フェアチャイルドが、『戦乱が続けば、こうした素晴らしいコンサートも開けなくなり、文化は廃れます。人類は今、さまざまな垣根を越えて一つにならなければ』と言っていた。私も全く同感だ。あのコンサートを仕掛けたリリーナ=ピースクラフトに会って話をするつもりだ」
「……」
「コロニー共和連合は、今までのようなロームフェラ財団の利益優先の組織とは違うと感じた。彼女が代表になってからだ。同時に、ロンド・ベルにも興味がある。あそこのグローバル艦長は筋の通った人物だと思う。同朋に無闇に攻撃をしない」
「カガリ。君は何が言いたいんだ?」
アスランは、カガリをじっと見つめた。
「私は、アスランにもキラにも死んでほしくないんだ……。ザフトに戻るならそれでもいい。ただ、キラとだけは殺し合いはやめろ。悲しすぎる」
「……戻らない。少なくとも今のザフトには」
「アスラン……」
「何の意味もなく、キラと殺しあうのはやっぱり嫌なんだ。外側からプラントのことを眺めてみたい」
「でも……ラクスはどうするんだ?」
「彼女とはもう婚約は事実上破棄されているよ。元々、親同士が決めた許婚だ。彼女は自分が選んだ人と人生を歩めばいい」
「そう、か」
「よかったな」
ほっとした様子のカガリに、また現れたトロワが追撃をかけた。
「だから、出てくるなって言っただろーが!!」
「一つだけ尋ねたい」
トロワが、アスランに問いかけた。
「たとえば、もしこのオーブの戦艦を、ザフトが攻撃してきたらどうする?」
「……まだ分からない。ただ、カガリは守りたい」
「今のうちに、気持ちをはっきりさせておけ。戦場での迷いは、死を意味する」
「分かっている……」
「俺の任務は、カガリ=ユラ=アスハを無事にマクロスに送り届ける、そこまでだ。リリーナ代表との会談が、彼女にどういう運命をもたらすか、そんなことまでは俺の知ったことではない。その後も、お前が彼女を守りたいというなら、勝手にすればいい」
「……ありがとう。考えてみる」
アスランは、どこか憑き物が落ちたような表情をしていた。