スーパーロボット大戦3F ~マクロス・コンサート~ 作:デスフロイ
そして、時は流れた。
ロンド・ベルはその後も幾多の戦線をくぐり抜けた。
マクロス・コンサートは、リリーナの狙い通り、プラントの親ジオン派の凋落を招いた。そして、プラントは反ジオン派のギルバード=デュランダルのクーデターによって首脳陣が交代、方針を大きく転換。ジオンの傘下から外れて、コロニー共和連合への参加を表明した。その結果、中立派であったコロニーの多くがコロニー共和連合に軸足を移すこととなった。
ある事件を契機として、ロンド・ベルはDC、メタトロンと合流。三軍連合を結成し、地球圏最強の軍団として、なおも続く紛争解決のため戦い続けていた。
その果実として、地球連邦に代わり、太陽系合衆国が設立。初代大統領には、DCがヨーロッパにて支援していた、トレーズ=クシュリナーダが就任していた。
だが、そんな矢先、トレーズの出身母体であるロームフェラ財団にまつわるスキャンダルが、デュランダルによって暴露されたのである。
『今週の10位ランキングは、今お聞きいただいた、ミーア=キャンベルさんの新曲でした!』
『みんな! ホントありがとね~』
ラクスは、モニターに映し出されている、自分とそっくりの少女の姿を、微笑みながら眺めていた。
しばらくして。
自分の控え室のドアをノックする音が聞こえてきた。
「あら? わたくしの出番にはまだ時間があるような……どうぞ、お入り下さい!」
ドアが開き、入ってきたのは、先ほどまでモニターに映っていたミーアだった。
いつ見ても囚われる不思議な感情は置いておき、ラクスは彼女を出迎えた。
「あら、ミーアさん。初のベスト10入りですわね。おめでとうございます」
「1位はあんたの新曲でしょうが。……聞いた? あの声明」
ドアを後ろ手で閉めながら、ミーアは本題を切り出した。
「……聞きました」
「前にも言ったと思うけど、あのデュランダルはいずれ何かやると思ってたわ」
「わたくしの替え玉をあなたに仕立てたのも、あの人でしたわね」
「その頃はまだ、あいつはプラント評議会の幹部だったけどね。……【ディスティニー・プラン】っていうのを、デュランダルは計画してるみたい」
「何ですかそれ?」
「あいつがつい漏らしたのを耳にしただけだから、あたしも具体的なことまでは知らないんだけど。ただ、以前は遺伝子関係の研究者だったらしいし、そっち方面じゃないかなぁ?」
「……分かりました。少し調べてもらいます」
ラクスは携帯電話を取り出し、リリーナの連絡先を呼び出し始めた。
リリーナの反応は、素早かった。
次の日には、リリーナはラクスを伴い、トレーズの執務室を訪れていた。
「では、デュランダルから打ち明けられていたのですね? ディスティニー・プランを」
「というより、賛同を求められた。太陽系合衆国でこれを実行してはどうか、とね」
「それを、閣下は拒絶されたと」
「彼にも問題点は指摘したのだがね。どうやら聞き入れてはもらえなかったようだ。それどころか、正統ジオンと連携してきた」
この頃には、ジオンも内部事情によって分裂。正統ジオンとネオジオンの二つが存在していた。
リリーナは、一つため息をついた。
「わたくしがあまりにも浅はかでした。あの人の表面だけで信用してしまいましたから」
「君はディスティニー・プランを知らなかったから、無理もない部分もあるが」
「当然ですわ。知っていたら、コロニー共和連合の代表になど推薦いたしませんでした」
リリーナは、やはり未成年の自分では荷重であるということを理由に、いったんコロニー共和連合の代表の椅子から降りていた。
そんな彼らの会話を、じっと聞いていた青年が、たまりかねたように口を開いた。
「……そこまで悪し様に言われることなのか? デュランダル代表のプランは」
「やめなよシン!」
ルナマリアが、シンの裾を引っ張る。
シンは、戦場に出てきていたトレーズに撃破寸前まで追いつめられ、その保護下に入っていた。トレーズを見極めたいというシンに、今やそのパートナー同然となっていたルナマリアも同行していた。
「いいや言う! 代表は、戦争のない世界を望んでいるのは確かだろう? 俺には、他に思いつかなかったんだ。だから代表のプランを受け入れた!」
「今、他に思いつかないからといって、目の前のプランを検討もしないで受け入れるのですか?」
ラクスが、シンを見つめて問いかけた。
「大体、あんたに口を挟む資格があるのか!? ラクス=クライン。あんたは、プラントが窮地に追い込まれる前に、さっさと逃げ出したじゃないか! 自分だけ好きな歌をやれればよかったのか!?」
「わたくしは、ラクスさんが逃げ出したとは思いません」
今度は、リリーナが口を挟んできた。
「黙っててくれ! 俺はラクスと話してるんだ」
「黙りません! 自分の安寧だけ求める人が、あのコンサートに出ると本気で思うのですか?」
「何?」
「飛び出した彼女が人前に出てくれば、プラントの国体を批判しかねないと考えるのは普通でしょう。現に、ザフトはマクロスを襲撃しました」
「う……」
「撃退できたからいいようなものの、一つ間違えれば彼女は殺されていたでしょう。それを彼女は受け入れて、コンサートに望みました。彼女を口説いたのはわたくしですから、それは一番よく知っています」
「……」
「モビルスーツに乗り込むことだけが、戦いではありません。わたくしも、ラクスさんも命をかけてコンサートをやりおおせました」
その一言に、シンはふと、サンクキングダムでの出来事を思い出していた。
『戦場に出るだけが、戦いじゃない』
インパルスの腕を斬り飛ばしたシーブックの台詞が、リリーナのそれと重なった。
「……じゃあ、改めて聞くよ。ラクス、あんたは代表の計画を否定するんだな? なぜだ?」
「……ミーア=キャンベルを知っていますか?」
「知ってる。あんたの影武者だった子だ」
「今、彼女は自分の名前で、自分の歌を歌ってます。熱気バサラは、こう言ってます。『あの頃に比べたら、全然別物だ。歌にハートが宿ってる。心底幸せそうな顔で歌ってる』と。歌は、歌い手の魂を伝えるものです。魂まで、遺伝子で縛れると思うのですか?」
黙り込むシンに、ラクスはさらに続けた。
「シン=アスカ。デュランダルは、遺伝子の適性のみで人の運命を決定しようとしています。あなたの遺伝子に、優れた戦士としての素養があったから、その役割を与えたのでしょう。そして、戦士なら戦場で戦えばそれでいいと。ですがあなたは、それでいいのですか? 戦場で人を殺しつづけるのが、あなたの望んだ世界なのですか?」
「そんなバカな!! 代表が、デュランダル代表が俺にそんなことを望むわけが……」
「では、出てきてもらいましょうか。彼女も、あなたに会いたがってましたし」
ラクスが執務室の脇の扉を開けると、そこからミーアが出てきた。
ミーアは、どこか哀れみを抱いた視線で、シンを見つめた。
「……あんたが、デュランダルの選んだ戦士さんね? あたしは以前、あの男に言われるままに、ラクスの影武者をやってた。あの頃は分からなかったけど、離れてみるとおぼろげに見えてくるのよね。あいつの正体が、さ」
「どういう意味だ!」
「あいつが用があるのは、自分の役に立つ人間だけ。役に立つ人間を、役に立つ所に置いて、役に立つ仕事をやらせる。そして、役に立たなくなったら、ボロ雑巾みたいに捨てるだけ。あたしもそうだった。あんたもそうかもね」
「お前っ……!」
激高しかけたシンより先に、ミーアが振り絞るように叫んだ。
「人の名前と顔で、人の歌を歌わされてきた屈辱があんたに分かる!? あの頃は、それを必死で押し殺してた。そういう人間が、際限なく出るわよ。あいつに従ってたらね。そんなこと、いつまでも続くわけがないわ」
怨念の籠もったその言葉に、シンは返答もできなかった。
ラクスが、視線をやや上に向けた。
「わたくし、あの時にマクロスに行って、本当によかったと思っています。プラントにいた頃は、わたくしを広告塔として考える方や、わたくしがクライン派のトップの娘ということで傅いてくる方々ばかりでした」
「……」
「ですが、マクロスに行ってからは違います。大勢の方々と巡り会い、様々な考えを聞き、そして教えられました。もしあのままプラントにいたら、今頃、幼い考え方のままで、過激な行動に走っていたかもしれません。狭い考え方に凝り固まっていては、とりかえしのつかない過ちを犯しかねない。そのことを、わたくしは学びました」
そしてラクスは、矛先を変えた。
「ルナマリアさん。あなたは、ディスティニー・プランをどう思うのですか?」
「え!? ……あたしは、難しいことは分かりません。だけど、あの計画を知らされて、本当にこれでいいのかなって……」
「やはりそうですか。理屈抜きで、肌合いで受け付けないのですね。おそらく、答えは最初から出ているのです」
「待てよ! ルナの気持ちを誘導しようとするな!」
シンが、ようやくラクスに噛みついた。
「そうだな。人間にとって大切なことは、何を言うかではない。何をするかだ」
トレーズが、静かにそう言った。
「だからシン=アスカ、ルナマリア=ホーク。私が、私たちが何をするのかを、その目で見てもらいたい。全てはそれからだ」
「……あんた、何で俺たちにそこまで介入するんだ? 俺たちを処刑するくらい、あんたの立場なら簡単にできるはずだ」
「私は、君たちを同志だと思っている。君が、私を間違っていると判断すれば、私を討てばいい。間違いは正されねばならない。私は、君たちの判断を信じている……」
その後、トレーズの行動は、シンのその後の人生を大きく左右することになる。
だが、それはまた別の物語である。