幼き日の雷牙と母・・・・・・冴島カオルとの穏やかな日々には思わず涙が出てしまいました。
エンディングの奇跡の牙狼をまとめた映像は興奮しました。
こうして改めてみるとどの形態もかっこいいですね。
個人的には牙狼・闇が一番好きです。
ある日……上洛の準備がひと段落し、屋敷で一休みしている久遠に結菜が訪ねて来た。
「ところで、久遠。京と堺の旅で流牙とどれくらい進んだの?」
「ぶっ!?いきなり何を言い出すんだ!」
久遠は飲んでいたお茶を吹き出しそうになり、顔を真っ赤にする。
「だって気になるじゃない。流牙に聞いてもあの鈍感さんに聞いてもねぇ……」
「た、確かにそうだな……流牙とは堺で買い物をして、小谷で一緒に風呂に入って……」
「あれ?一緒の布団で寝てないの?」
市から小谷城での久遠と流牙の日々を書いた手紙を貰っており、一緒の部屋で一組の布団で寝ていると書いてあったが久遠は首を左右に振る。
「……流牙は小谷の一件以来、寝る間を惜しんで鬼の調査や城の警護、更には討滅に出掛けていたからな……」
「はぁ……魔戒騎士の自ら行う重労働は恐ろしいわね。久遠一人じゃ、いつまで経っても莉杏さんには勝てないわね……でも流石にそれだけじゃないわよね?旅だから何か話でもしたんじゃない?」
流牙の世界風に言うならワーカーホリック気味な夫に呆れる妻の結菜だった。
「話、か……」
久遠は流牙の話で暗い表情を浮かべた。
「ちょっと久遠、どうしたの?」
「……結菜、流牙の妻として知っておいて欲しいことがある」
久遠は京で聞いた流牙の過去であるボルシティの戦いを話した。
壮絶で過酷な戦いと愛する者の悲しき別れ……それを知った結菜は大粒の涙を流した。
「そんな……流牙と流牙のお母様にそんな辛い事が……」
流牙から母の波奏が自分の目を犠牲に敵に潰された目を治してもらった事を聞いていたが、まさかそれ程までに辛い出来事が降りかかっていたとは思わなかった。
特にガロに黄金の輝きを取り戻し、大切な約束を果たしたその直後にホラーになりかけている波奏を人間として死なせる……優しい流牙にとってこの上ない悲しみであると理解した。
「流牙は母上殿の愛と約束があったからこそ、優しく、強い魔戒騎士になれたのだ……」
「そして、お師匠様である符礼法師さんの厳しさと思いやりがあったからこそ痛みも苦しみも乗り越えてきたのね……」
「うむ……だが、それと同時に恐ろしいのだ」
「恐ろしい……?」
「流牙は私の希望の光になってくれると言った。流牙はとても優しく、情の深い男だ……この何が起こるかわからない戦国の世で流牙は闇に堕ちてしまうのではないかと不安でいっぱいなのだ」
「そうね……支えてくれる誰か、この世界に来るまでは莉杏さんが支えていたのよね。よし……決めた!」
結菜は何かを決心した表情をすると拳を握りしめて立ち上がった。
「結菜?」
「久遠、一つお願いがあるわ!!」
「お願いだと?」
「ええ!」
結菜の願い……それは表舞台には決して出なかった結菜の一大決心だった。
その願いは久遠、そしてこれから知る流牙を驚かせる内容だった。
☆
一方……鬼狩りに出掛けていた流牙は一足遅れて詩乃の元に到着すると既に桐琴と小夜叉は詩乃を襲っていると思われていた騎馬武者達に喧嘩をふっかけていた。
詩乃は無事でその後ろにいたのは松平家中の武士で美濃に連れて行く途中だった。
「桐琴さん……知ってて喧嘩をふっかけたな。久遠の夫として面倒なことにならない内に止めないと……」
「心の底より、ご武運をお祈り致します……」
「ああ。行ってくるよ……」
頭に若干の痛みを抱えながら流牙は魔法衣から牙狼剣と牙狼刀を取り出して走り出した。
すると、小夜叉と桐琴は大きな数珠に鹿のような角をつけた少女と戦っていた。
その少女はとても強く、小夜叉と桐琴を押していた。
流牙は牙狼剣と牙狼刀の鞘を抜いて三人が槍を振り下ろした間に飛び込んだ。
「それまでっ!!!」
ギィン!!!
「くっ!!?」
流牙は三人分の槍を牙狼剣と牙狼刀で受け止め、全身に力を込めて何とか踏ん張った。
「あぁ!?」
「おう!?」
「あや!?」
「三人共、戦いはそれまでだ!この場は俺が預かる!!」
そして、三人の槍を弾き返し、謎の少女の方に視線を向ける。
「あなたは……」
「俺は道外流牙。織田家中、流牙隊の隊長で松平へ使いに行った詩乃の上司。そして二人は織田家中の武士だ。すまないことをした……」
「あなたが流牙様でしたか。なるほどぉ、これはあれです?力試しとか腕試しとかいう、そういうのです?」
「まあそんなところだね……」
少女は納得すると槍を引いて名乗った。
「我が名は本多平八郎忠勝、通称、綾那というです。見知りおいてくださいです、流牙様!」
「こちらこそよろしく」
「へへ〜〜〜♪」
綾那は流牙を見るなり照れながら喜んでいた。
「どうしたの?」
「あのですね。綾那はですね、ずーっとずーっと流牙様にお会いしたかったのです♪」
「え?俺に?何で?」
「実はですね、流牙様は田楽狭間で、綾那の前にご降臨なされたのです!」
「田楽狭間って俺がこの世界に来た時か……その時俺は意識を失ってたけど、近くにいたの?」
「そうです!三河衆は、田楽狭間では隅っこに追いやられていて、異変に気付くのが遅れたです。で、慌てて駆けつけた時にーー」
「俺が落ちてきたのか?」
「です!雨が降る中、流牙様が落ちてきたところだけ、お日様がブワーッと照らしてて……話に聞く阿弥陀様がご降臨されたのかと思ったです!」
「俺は仏じゃないし、人間だからね」
「あの時の光景を綾那は今でも夢に見るですよ!それに、綾那、流牙様の後ろにピカーッて光が見えてるですよ?」
「光ってないよ!?むしろ光ってるのはガロの鎧の方だから!」
「やれやれ。相変わらずの誑しっぷりですね、流牙様は……」
「詩乃ぉっ!?だからそれ誤解だから!何もしてないよ!?」
呆れ果てている詩乃に流牙は弁明したいが、既に諦めている詩乃の耳には届かなかった。
一方で桐琴と小夜叉と綾那は気が合うのか互いに笑いあっていた。
そして、流牙達がここに来た理由を話すと……。
「はぁ〜〜〜〜……」
詩乃は呆れ果てていた。
「そこまで呆れなくても……」
「いくら流牙様が魔戒騎士とはいえ、最近は無茶しすぎです!」
「魔戒騎士は多少無茶をしてなんぼだよ」
「それでも!これほどまでに危険なオイタは感心できません!久遠様と同様、流牙様は我らの玉体で在らせられるのですから!」
「なんか前にダイゴが少し似たようなことを言ってた気がするけど……大丈夫、俺は絶対に死なないから」
「全くあなた様は……それに久遠様がお考えになっているであろうことを実現するためには流牙様のお力が絶対に必要なのです!」
「久遠の考えてること?」
「さて。今の状況と結菜様が先日お話しして鑑みた上で導き出した持論ですから確たることは言えませんが、それは時期が来れば久遠様よりお話があることでしょう」
謎解きのような詩乃の言葉に首をかしげる流牙に桐琴達は待ちきれない様子で、今回の鬼狩りに詩乃も力を貸すと言う。
すると、綾那は足軽に誰かを呼ぶよう頼んだ。
「誰か、歌夜を呼んでくるです!」
「歌夜?」
「歌夜は綾那の親友なのです!元康様の親衛隊の一人で榊原小平太康政って言うです!歌夜は頭が良いですからさっきの話を聞いてもらうです!」
少しして奥から一人の少女が近づいてきた。
「綾那、何か用?」
そこに現れたのはおっとりとした雰囲気の少女でまるで綾那の姉のような感じだった。
「こちらが詩乃のご主人様であり、織田の殿さんの夫さん!それに歌夜と二人で見た、あの田楽狭間のーー」
「もしかして、道外流牙様?」
「ですですですーっ♪」
「まぁ……これは失礼しました。まさか本物の流牙様にお会いできるとは思いもよりませんで……我が名は榊原小平太康政。通称、歌夜と申します。流牙様はお気軽に、歌夜とお呼び捨てくださいませ。そして綾那ともども、お見知りおきを」
「こちらこそよろしく、道外流牙だ。えっと、歌夜さん」
「歌夜、でごさいますよ、流牙様」
「分かった、歌夜。鬼の巣のことなんだけど……」
流牙はこの近くに鬼の巣があり、今から鬼狩りに向かうことを説明した。
ちなみに鬼の規模は三十でかなり多く、その事実を知った詩乃は更に呆れ果てあ。
「はぁ〜〜〜……三十の鬼を、たった三人でどうしようと思っていたのですか!」
「ぶち殺そうと思っていた」
「ぶち死なそうと思ってた」
「切り裂いてやろうと思ってる」
重なった桐琴、小夜叉、流牙の三つの声に詩乃は大きな頭痛を抱える。
「はぁ〜〜〜〜〜〜!全く、この三人は!」
「心配するな、詩乃。織田最強の二人に黄金騎士の俺、この三人が行けば三十の鬼ぐらいなんてことないさ」
「がははっ!良い良い、それでこそ殿の夫だ!!」
「よっしゃあ!早い所鬼の巣に行ってぶち殺そうぜ!!」
「綾那も行くです!五人なら楽勝です!」
「そうですね、それに……今話題の流牙様の黄金の鎧を目に出来るかもしれないですから」
綾那も歌夜も鬼狩りに参加し、六人で鬼の巣へ向かった。
薄気味悪い洞窟の近くに到着すると、洞窟の中に複数の気配があり、流牙はザルバのカバーを開いた。
「ここか……ザルバ、他に鬼の気配は?」
『あの洞窟以外にはいないな。まだ昼間だから眠りについている』
「分かった……まずは驚かせて引きずり出そう」
「おお……流石は流牙様、喋る指輪さんを持ってるです!」
「本当に不思議ですね……ところで、どうやって攻めますか?」
「考えがある……洞窟の中に火を放って鬼達を混乱させてそこを叩く!ザルバ!」
『おう!』
流牙は牙狼剣を抜き、刃をザルバの歯に噛ませる。
そのまま牙狼剣を引いて刃を歯を噛ませたザルバに滑らせると火花が散り、翡翠色の魔導火が刃に灯される。
「「おお〜っ!」」
翡翠の炎を操る烈火炎装に思わず拍手をする綾那と歌夜だった。
「凄いです!流石は阿弥陀如来の化身、流牙様です!」
「綺麗な炎……翡翠の火神の名前通りね、それから詩乃の瞳と同じで綺麗ね」
「あ、ありがとうございます、歌夜殿」
「今から炎の斬撃を洞窟に投げ飛ばす……みんな、準備はいいね?」
「おうよ!」
「いつでも来いや!」
「綾那もやるです!」
「準備は出来ています!」
詩乃以外の全員が各々の愛用する槍を構え、詩乃は岩陰に隠れると流牙は魔導火を纏った牙狼剣を振り払う。
「はっ!」
放たれた炎の斬撃は洞窟の中に放り込まれ、中にいた鬼達は突然の襲撃に驚愕し、魔導火で体を焼かれながら出てきた。
流牙の作戦通りとなり、我先にと動く桐琴と小夜叉だが、それよりも早く流牙が前に出て牙狼剣を放り投げた。
武器を放り投げて何をしているんだと皆が驚く中、牙狼剣は流牙の意思に応えてきっ先で空中に円を描いた。
円が光の陣となり、ガロの鎧が召喚され、走る流牙の体に装着される。
そして、牙狼剣の姿が変化するとそのまま流牙の右手に飛び、一番手前にいた鬼を斬り裂いた。
「あっ!流牙てめぇ!」
「ワシらより先に飛び込むとは!」
「悪いけど、一番槍……いや、この場合は一番剣か?とにかく、いただいたよ」
「くっそぉ!だったら母と流牙よりも沢山ぶっ殺してやらぁ!」
「ぬかせぇ!ワシが一番殺してやる!」
流牙に一番槍を奪われ、悔しがる小夜叉と桐琴は更に気合を入れて鬼狩りをする。
一方、黄金騎士ガロの姿を見た綾那と歌夜は感動しながら鬼を倒していた。
「おお〜っ!あれが流牙様のもう一つのお姿、黄金の天狼ですね!」
「美しい……本当に鎧が金色に輝いておりますね」
「補足させていただくと、流牙様のあのお姿は黄金騎士ガロです」
「「黄金騎士ガロ……」」
二人はガロの名前を呟きながら流牙の戦いを目に焼き付ける。
そして、流牙と四人の戦国武将達の活躍で三十体の鬼がわずか数分で討滅された。
しかし、あまりにもあっさり討滅してしまったので殺したりない桐琴と小夜叉は別の鬼の巣へ向かうことになった。
流牙は詩乃と一緒に近くの村で三河衆を待つことになり、本日宿屋で泊まることとなった。
そこで改めて流牙は鬼の事を綾那と歌夜に説明し、共に戦う決意を示した。
そして……詩乃達が風呂に入り、流牙は外に出て夜の星空を眺めていた。
この世界は流牙のいた世界と違って電気などは無いので星は綺麗に見えるので修行時代の無人島で見た星空に似ていた。
草叢に横たわり、静かに過ごしているとカバーを開けていたザルバから知らせがあった。
『おい、流牙。そこに子供が生き倒れているぞ』
「ふーん……って、何だと!?」
のんびりとしたせいで反応が遅れ、すぐに起き上がった。
ザルバの言う通り、小さな女の子が行き倒れており、流牙が近づいてその小さな体には見合わない強い気迫を放っていたが、
「うにゅぅぅぅ……」
そのまま流牙にしがみついて力なく崩れ落ちてしまった。
「お、おい!?」
「おなか……すいたの……」
そして、女の子は気絶してしまった。
見たところ外傷はなく、本当に空腹だったらしく腹の虫がなっていた。
すぐに流牙は女の子を連れて宿屋に戻り、宿屋の人に頼んでお粥などを作ってもらった。
すると、女の子の顔を見て歌夜と綾那は何処かで見たような気がすると言っていた。
そして、お粥の匂いに女の子は目を覚ました。
「おはよう、目が覚めた?」
「う、うん……」
「食べる?お腹が空いていただろ?」
「うん!」
流牙は優しく接しながら女の子にお粥を勧め、満面の笑みで食べ始める。
最初は元気よく食べていたが、途中でゆっくりと礼儀正しく食べていた。
恐らくは良家の子だろうと推測し、流牙は女の子の頭を撫でて話しかける。
「ねえ、ここには礼儀作法で文句を言う人はいないから自分の好きなように食べなよ」
「いいの……?」
「ああ、お腹いっぱい食べて元気を出して」
「うんっ!」
女の子は余程お腹を空いていたのかガツガツとお粥やおかずを食べて腹を満たしていく。
そして、お腹が満たされ元気になった女の子は流牙の姿を改めて見て目をパチクリさせた。
「黒衣に銀の指輪……もしかして、道外流牙殿……?」
「そうだけど、どうして俺の名前を?」
「え、えっとえっと!赤い鞘の剣を持ってる?」
「牙狼剣を?持ってるけど……」
流牙は魔法衣から牙狼剣を出して見せるとぱぁっと表情が明るくなってピョンピョンと嬉しそうに跳ねた。
「やった!やっと会えたの!私は鞠!今川彦五郎氏真。駿河から、尾張の織田三郎殿に会いに来たの!」
「今川……?」
女の子……鞠の本名に詩乃達は衝撃を受けた。
鞠は流牙がこの世界に来た時の田楽狭間の戦で久遠が戦った今川義元の娘で今川家の現当主。
国を追放され、保護していた武田家当主の母、武田信虎に国を乗っ取られてしまった。
今川の家臣である泰能が書状を書き、久遠は母の仇であるが、書状は久遠か流牙に渡すことになっており、流牙は鞠から受け取った書状を詩乃と読む。
内容は鞠が話したのと同じだったが、周辺の国には任せられず久遠の織田家に鞠を任せたいと書いてあった。
美濃まで一人で旅をしてきたが、途中で路銀が尽きてあそこで倒れていたらしい。
「えっと……鞠ちゃん」
「鞠でいいの!」
「分かった。俺のことは流牙で」
「うん、流牙!」
「ああ。鞠、一つ提案があるんだけど子供一人で旅をするのは少し危ない。俺たちと一緒にいて、美濃に来ないか?」
「それって、流牙の客人ってこと?」
「ああ。一緒に美濃に行って、すぐに久遠に会わせてやるよ。俺も同席するし、悪い扱いにさせないよ」
「流牙様……また安請け合いを……」
詩乃はジト目で流牙を睨みつけるが、それを爽やかな笑みでスルーしながら鞠の頭を撫でる。
「こんな小さな子が大きなものを背負って頑張ってるんだ。大人として少しは手伝ってあげないとね」
「うん……!ありがとう、流牙!よろしくなの!」
「ああ、よろしく」
鞠は流牙の客人となり、しばらく一緒に過ごすことになった。
「はぁ……全く……」
相変わらず安請け合いをする流牙に詩乃は呆れ果てて頭痛に悩まされるのだった。
☆
数日後、朝早く綾那が起こしに来て外に松平の当主が到着したと連絡し、流牙は身支度を整えて外に出た。
鬼狩りに出ていた桐琴と小夜叉も若干寝不足だったが帰ってきた。
そして、優雅な雰囲気の少女が近づいて挨拶をしてきた。
「これは……。田楽狭間に舞い降りた天人とはあなた様のことでしたか。お初にお目にかかります。我が名は松平二郎三郎元康。通称は葵と申します」
「道外流牙だ。久遠の誘いに応えてくれてありがとう、久遠の夫として感謝する」
「い、いえ!そんなあなた様が頭を下げることなど……」
「なななんとーっ!」
流牙は葵に頭を下げて感謝の印を見せると、葵の後ろから派手な格好をした少女がわざとらしい声を上げた。
「田楽狭間の天人と言われる道外流牙様が葵様に頭を下げるとは!これはつまり葵様の方が更に高貴となりますぞ!」
「いい加減にするです!全く、悠季はからかいすぎなのです!」
謎の少女の言葉に綾那は怒り出した。
「はっはっはー。ちょっとした戯言を真に受けるなど、相変わらず融通が効かないわねー」
「ぐぬぬですー……!」
「えっと……君は?」
「我が名は本多弥八郎正信。通称は悠季と申します。流牙殿においては、以後、お見知りおきを」
「本多?綾那のお姉さん?」
「違うですよ!悠季は綾那の従姉になるです。全く……悪知恵ばかりの女狐なのです!」
どうやら綾那は悠季の腹黒なところに腹を立てているらしく、悠季の雰囲気に懐かしさを感じた流牙はポンと手を叩く。
「ああ、なるほど……どこかで感じたことのある雰囲気だと思ったら、この皮肉っぽい感じはガルドに似ているな」
「ガルド?誰ですか?」
「ガルドは俺の仲間なんだけど、初めて会った時は俺を結構悪く言ってきてな」
「えっ!?悠季みたいな腹立つ奴が流牙様の仲間ですか!?」
「ちょっと!めんどくさいことで有名な三河武士の筆頭にそういうこと言われたくないわね!」
「俺も最初は何だこのガキと思ったけど、実はガルドはとても妹思いで優しい奴なんだ。俺の事を信じてからは頼りになる、信頼できる仲間になったんだ」
「そうでしたか……あ、でも!悠季の事は気をつけてです、そのガルドさんみたいに優しい奴じゃないです!悪知恵ばかりが働いて口が悪いです!」
「まだ言うかー!?」
「その時は怒らずに笑って無視すればいいんだ。気にしたら負けって奴だよ。綾那もいちいち突っかからないで笑って吹き飛ばせば良いんだよ。綾那はいつも元気だから嫌なことを吹き飛ばすために笑うのも得意だろ?」
「な、なるほど……流石は流牙様です!今度から悠季の悪口も笑って吹き飛ばすです!」
犬猿の仲と言ってもよい綾那と悠季だが、流牙の言葉で今まで翻弄されていた綾那に一筋の光が見えてくるのだった。
流牙には皮肉な言葉は通じない……そう感じる悠季は頭を悩ますのだった。
一方、ようやく起きてきた鞠は葵を見るなり喜んでいた。
鞠と葵は幼馴染で小さい頃によく遊んだ仲だ。
流牙は鞠の事情を葵に説明したが、葵は雛にそれで良いのかと尋ねた。
「……鞠様はそれで宜しいのですか?」
「うんなの!でも、どうしてそんなことを聞くの?」
「それは、その……」
言いづらそうにする葵に流牙は腰を下ろして鞠の目線に合わせ、代わりに聞いた。
「鞠……俺は詩乃から話を聞いただけで詳しくは知らないけど、久遠は鞠のお母さんの仇なんだろ?それでも頼ることができるのか?」
「流牙さま!?」
「ごめん、こういうことは隠さずにまっすぐ聞いた方が良いと思うからさ。それで、どうなんだ、鞠?」
「……あのね。信長と戦って母様は負けちゃったけど、それは兵家の常だから仕方ないと思うの。だから鞠は、別に久遠を恨んだり、怒ったりなんてしてないの」
鞠は久遠が強かったから、凄かったから勝った……ただそれだけで自分の国を奪った信虎のことも恨んでいない。
しかし、いつか必ず駿府に戻って国を取り戻す、幼いながらも強い意志を示した。
そんな鞠に葵は感動し、流牙は笑みを浮かべて鞠の頭を撫でる。
「強いな……鞠。小さいのにここまで強い心を持てることはそう簡単に出来ることじゃない、尊敬するよ。葵、鞠は俺たちが預かり、必ず守る。久遠にも頼んで決して悪いようにはしない」
「……はい。しかしながら鞠様は我が旧主。松平家からも手厚い保護を、切に切にお願い申し上げます。鞠様のこと、お頼み致します、流牙様」
「ああ。任せてくれ」
葵から鞠を託され、流牙は頷いて約束を交わす。
そして、身支度を整えて流牙達と葵達松平衆一向は美濃へ向かった。
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古より受け継がれし絆。
一日の命を捧げ、最後まで共に戦う。
決して消えぬ事のない大切な繋がり。
次回『友 〜Zaruba〜』
それは孤独に生きる彼らの唯一無二の存在。
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