鋼牙の戦いをまたテレビで見られるなんて最高です。
私が牙狼を見始めたのは闇を照らす者からでしたので初めて見るつもりで楽しみたいと思います。
鞠と松平衆を美濃へ無事に案内し、葵達の対応を壬月に任せた流牙は鞠と詩乃を連れて久遠の屋敷に向かった。
「ただいまー!」
「あらお帰り。いつ帰ってきたのよ?……久遠、心配してたんだからね」
迎えてくれた結菜の言葉に流牙は苦笑を浮かべる。
「ごめん。でも俺は魔戒騎士だからそこは勘弁して」
「私達の旦那様は、風来坊だって、久遠と愚痴を言い合ってるから別に良いわよ」
「俺は流れ者だからね。この世界に来る前までホラー狩りの流浪の旅をしていたし」
「それでもたまには帰ってきなさいよね。ここはあなたの家でもあるんだからだから」
「……分かったよ。それで、今日の要件なんだけど、ちょっと急用でね」
「急用?何それ?」
「実はーーーー」
流牙は鞠の一件を事細かに詳しく説明し、外で待っていた鞠を結菜に紹介した。
人懐っこく、可愛らしい鞠に結菜はすぐに気に入り、名前で呼び合う仲になった。
「それで鞠ちゃんをどうするの?」
「久遠に相談してからだけど、こんな小さな子が大きなものを背負って頑張ってるんだ。保護をしてあげたい」
「ふむ。……」
「どうしたの?」
「……小さな子に欲情するとか、そういう特殊な癖がある訳じゃかいわよね?」
「あのね……俺の好みはそんなのじゃないし、もしそんな癖になってたら母さんが悲しむし、莉杏に軽蔑されるよ……」
「それもそうね。ちなみに流牙の好みは?」
「好みってほどじゃないけど、同い歳かある程度歳が離れてなくて、しっかりした心の持ち主なら良いよ」
「旦那様が特殊な癖を持ってなくて安心したわ」
「それはどうも。それで久遠は?」
「ああ、そうね。お入りなさいな。部屋であなたのことを待ってるから」
「ありがとう」
屋敷に上がり、鞠と詩乃と共に久遠の元へ行く。
久遠に鞠の一件を説明し、預かった手紙を見せて鞠をどうするか考えた。
「俺は鞠を保護をしてあげたいと思う」
「ふむ……保護をするのは構わん。だが今は上洛と越前が先だ。駿府を取り返す戦をするのはかなり先になるぞ?それは分かっているのか?」
「鞠、それでいいか?」
「鞠は構わないの。国を追われて流浪人になった今、鞠、ワガママ言わないよ?」
「……ふむ。鞠とやら。お前は何かできる?
「できるって?」
「働かざるもの食うべからずと言ってな。お前はもう駿府のお屋形様ではなく、一人の武士だ。ならば食い扶持は自らの手で稼がなければなるまい?銭や米を手に入れる代わりに、お前は何を対価とするか」
「うーん……んとね、鞠、流牙の護衛になるの!」
「……はぁ?」
考えた末の鞠の応えに流牙は冗談だろと思いながら声を漏らすが、冗談どころの話ではなかった。
「鞠ね、鹿島新当流皆伝だよ!あとね、幕府のれーしきとか作法とか、そういうの、全部知ってるの!」
「なるほど、それで護衛、か」
「詩乃、鹿島新当流って?」
「鹿島新当流は剣豪として名高い塚原卜伝によって生み出された最上級の兵法。確か一葉様も卜伝様より皆伝を受けていたかと思います」
まさかの剣豪と謳われる流派の教えを受け、なおかつ免許皆伝を言い渡された鞠に流牙は目を見開いて驚く。
「え!?そんなに凄い流派なのか!?って、一葉もその流派の皆伝を受けてるのか!?」
「あれー?みんな一葉ちゃんの事知ってるの?鞠、最近全然会ってないの。元気にしてるかなー?」
「一葉の事を知っているのか?」
「うん!一葉ちゃんは鞠の従姉なの!それに新当流ではお姉ちゃんでしになるんだよ」
「……そうか。今川家は確か足利宗家の親族、吉良家の流れであったな」
「そうなの!」
「一葉と鞠が従姉妹だったなんて……世間は狭いと言うけど、まさにその通りだな。ところで、話が変わったけど、鞠が俺の護衛って事は流牙隊に入るってことか?」
「うんなの!流牙、よろしくね!」
「危険……と言っても、鞠も武士なんだよな。覚悟は出来ているのか?」
「覚悟、あるの!鞠を助けてくれた流牙に尽くして、その恩を返すのが武士なの!それが今の鞠がしなくちゃならないことなの!」
「……分かった。鞠の覚悟、確かに受け取ったよ。一応俺が流牙隊の頭だから、ちゃんと言うことを聞くって約束できる?」
「もちろんなのー!」
「よし。これで鞠は俺たち流牙隊の一員だ。よろしくな」
「うん!」
こうして流牙隊に新たな仲間、鞠が加わり、長屋に戻ってひよ子と転子に紹介するとあまりの身分の違いに跪いたが、鞠の一件や鞠自身が仲良くしたいという気持ちからひよ子達と仲良くなった。
ちなみに鞠はその幼い性格と可愛らしい姿からあっという間に流牙隊のみんなから愛でられる妹的な存在となるのだった。
☆
着々と上洛の準備が完了していくある日の早朝……。
流牙隊の長屋で自室にいる流牙は慣れない筆で手紙を書いていた。
「よし……何とか書けたな。ザルバ!」
手紙を畳んで布団の枕元に置き、流牙は横になり、ザルバのカバーを開く。
『流牙、契約の新月だ』
「ああ……」
ザルバの付けた左手を自分の胸に持っていき、静かに目を閉じると流牙の意識が無くなった……。
それから少し時間が経過し、流牙の護衛となった鞠は朝起きて目を覚まし、ひよ子に頼まれて流牙を起こしに向かう。
流牙の部屋に入るなりジャンプして眠っている流牙にダイブする。
「流牙〜〜〜〜!」
流牙を起こすために流牙の腹に向かってダイブし、幼女一人分の体重による大きな衝撃が流牙の腹部に襲いかかる。
鞠はこれで流牙が起きると思ったが、全く起きる気配が無かった。
普通ならこれで誰もが目を覚ますが、鞠は流牙がよほど疲れて起きないのかと思い、体を揺すったりペチペチと頬を叩いた。
「流牙〜、朝だよ〜」
しかしそれでも流牙は起きず、鞠も不審に思う。
「流牙……?」
鞠は小さな手を流牙の口元に持っていくが……流牙は息をしてなかった。
「っ!?」
鞠の顔が青ざめ、すぐに流牙の胸に耳を当てるが心臓の鼓動すら聞こえず、鞠はガタガタと体が震えて流牙に呼びかける。
「あっ、あぁ……流牙!流牙ぁっ!起きて!起きてよぉっ!!」
「雛ちゃん、どうしたの!?」
「流牙様がどうかしたの!?」
「流牙様に何か!?」
鞠の悲痛な呼びかけにひよ子達が慌ててやって来た。
「り、流牙が……息をしてないの……」
「「「ええっ!!??」」」
息してないと聞き、すぐにひよ子達は流牙の元へ行き、必死に起こそうとする。
「流牙様!起きてください!」
「冗談はやめてください!朝ですよ!ご飯食べに行きましょう!」
「昨日は普通にしていたのに……はっ、これは……?」
ひよ子と転子が鞠と一緒に流牙を起こそうとする中、詩乃は枕元に置いてある手紙に気がついて封を開いて中を読む。
「な、何と!?このようなことがあり得るのですか!?」
「詩乃ちゃん、どうしたの!?」
「皆さん、落ち着いて聞いてください!流牙様は『今日一日』は目を覚ますことはありません!明日の朝には目を覚まします!!」
「「はぁ!?」」
「どういうことなの……?」
「一応この事は久遠様達にもお伝えしましょう。ひよさん、ころさん、すぐに久遠様達を呼びに行きましょう!」
「「は、はい!」」
詩乃の指示ですぐに久遠と結菜とエーリカを呼んだ。
死んでいる流牙の姿を見て久遠は顔を真っ白にして倒れそうになったが、結菜が何とか踏ん張らせ、詩乃は流牙の書いた手紙を皆に見せた。
その手紙の内容とは新月の日、ザルバに契約の対価として流牙の一日分の命を食わせる事だった。
一日分の命を食わせることは流牙は今日一日は体の全ての機能が停止した仮死状態で明日になれば目を覚ますので心配するな……というものだった。
その内容に久遠達は信じられないと言った様子だったが、エーリカだけは違っていた。
流牙と僅かに怪しげな光を帯びているザルバを見てある仮説を立てた。
「もしやザルバ殿は流牙さんの世界で討滅する存在……ホラーではないのでしょうか?」
「馬鹿な……ホラーは流牙達、魔戒騎士と魔戒法師の倒すべき存在なのだぞ?」
「実は私の国で鬼とは別に古くから悪魔の伝承がありまして、地獄から呼び出した悪魔は召喚した人間の願いを叶える代わりに重い対価を要求するのです。例えば大切な人や己の寿命、そして魂……」
「それって、つまり流牙は今、ザルバに対価を支払っているの?」
「おそらくは……明日に目覚めると言うことは流牙殿は契約で定期的に一日分の命をザルバ殿に捧げる……という事ではないでしょうか?何故ホラーであるザルバ殿が流牙さんと契約しているかわかりませんが、初めて流牙さんに会った時、契約の言葉は身近にあると言ってザルバ殿を見ていました」
エーリカの推測は正しく、よくよく考えればザルバは指輪の姿をしているが久遠達からすれば鬼と同じ異形の存在だ。
生きているのならば何らかの『食べ物』が無いと動くことは出来ない。
「とにかく、今私達に出来ることはありません。流牙さんを信じて明日を待ちましょう……」
仮死状態とはいえ、死者と変わらない姿の流牙に対し何も出来ない久遠達は自分の無力さを感じる。
しかし、もし流牙ならなんて言うだろうと思い、今自分たちのなすべきことは上洛の準備を出来る限り終わらせること。
それしかないと久遠達は立ち上がって仕事に取り掛かる。
流牙の面倒は結菜と鞠が見ることとなり、時折仕事の合間を見つけて久遠達は流牙の見舞いに来ていたりした。
そして、新月の夜が終わり……朝を迎える。
ザルバの不気味な輝きが収まり、流牙の仮死状態から一気に体の機能が回復し、何事もなかったかのように目を覚ます。
「ふぅ……終わったか。ザルバ、どうだ?」
『ああ、これでまた一ヶ月動ける。ところで……どうやら周りの奴らに余程心配させたらしいな』
「えっ?」
周りを見渡すと久遠と結菜、ひよ子と転子、詩乃と鞠が眠っていた。
流牙が目を覚ますまで昨夜からずっと一緒にいたのだ。
「大丈夫だって言ったのに……」
「んっ、んぅ……」
流牙は隣で眠っている久遠の頬に触れると目を覚ました。
「あ……起こしちゃった?」
「流牙……?」
「えっと、おはよう」
「流牙ぁっ!!」
「うおっ!?」
久遠は起き上がって流牙に抱きついた。
「心配したんだぞ!契約かどうか知らんが事前に知らせんか馬鹿者!!」
「で、でも手紙を書いたし……」
「そんなものは知らん!夫が死人同然の状態になったら冷静になれるわけがなかろう!!みんなだって心配したんだぞ!」
「久遠の言うとおりよ」
ふと周りを見渡すと結菜達が目を覚ましており、流牙は申し訳なさそうに頭を下げる
「みんな……ごめん」
「謝るなら、今日一日は私達のために尽くしなさい!!本当に……心配したんだから……」
結菜は泣きそうになり、流牙は結菜の頭を撫でて頷く。
「わかったよ。今日はみんなのために出来る限りの事をするよ」
流牙は今日一日、心配してくれた久遠達のために尽くすこととなった。
しかし、それはこれほどまでに久遠達が流牙の事を想ってくれていると改めて実感し、嬉しく思うのだった。
☆
ザルバとの契約の騒動から数日後、流牙隊で朝から一発屋で食事をしていると早馬の気配があり、まだご飯を食べているひよ子と鞠を残し、流牙と詩乃と転子は急いで城へ向かった。
評定の間には続々と家臣や松平衆が集まり、久遠は早馬からの手紙の内容を伝えた。
早馬からの手紙は一葉からで京を我が物顔で歩いていた三好・松永党のうち、松永の動きが活発化し、これに伴い出陣を本日の午後に早めることとなった。
そして、久遠の言葉で評定に出ていた武士達が雄叫びをあげ、準備のために駆け出していく。
最後に流牙と久遠が残り、静かさが広がる。
「予定より早くなったけど、いよいよだな」
「うむ。ようやくだ。……時間をかけた以上、一気呵成に京に向かうぞ」
「確か、六角を倒して一葉達と合流してそのあとに越前だよな?」
「御輿である一葉と合流してしたあと、少し思いついたことがある」
「へぇ。どんな事を?」
「それは……」
「どうしたの?」
「一つ、確認しておきたい。……流牙。貴様は我の夫だな?」
「何を今更。俺は久遠の夫だよ」
「本当か……?本心だ、と信じていいのか?」
「俺は嘘をつかない、本当だよ」
「……うむ。ならば心は決まった。その時が来れば、貴様に助力を頼むことになろう」
「俺に?」
「そうだ。お前にしか出来ないことだ」
「今は教えてくれないか……わかったよ、その時になったら教えてくれ」
「うむ……」
何かを迷っている久遠に流牙はそれ以上何も聞かなかった。
今はただ目の前のことに集中する、そう思った流牙は立ち去ろうとした。
「あ、待て!流牙!お前に渡すものがある!」
「俺に?」
久遠は大きな包みを持ってきて中を開けるとそこには戦場で使う旗が綺麗に畳まれていた。
「これは……旗?しかもこれは……ガロの紋章?」
旗にはガロの紋章である円形の中にある三角形、そして三角形の中にはガロの兜を模した狼の顔が綺麗に描かれていた。
「今回からの戦のために用意した流牙隊の旗だ。流牙……黄金騎士ガロが率いる部隊だ。それなりの旗を用意しないと格好がつかないからな」
「そうか。うん、いい感じの旗だ。気に入ったよ、ありがとう、久遠」
「流牙。前に約束を覚えてるな?私の希望、貴様に託すぞ」
「任せてくれ。君の希望として一緒に夢を叶えよう」
遂に鬼を排除するための上洛への戦いが始まる。
流牙と久遠にはこれから数々の苦難と戦い……そして、まだ見ぬ者達との出会いが待ち構えているのであった。
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光に集い、戦いに赴く勇者たち。
その中に一匹の蝶が舞い降りる。
共に戦うために、背中を守るために。
次回『蝶 〜Yuina〜』
あなたを守りたい、ただそれだけ。
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