早くモチベーションをあげていきたいです。
月が輝く夜……縁側で結菜は寝間着の浴衣姿で静かに月を見ていた。
「越前から越後、そして甲斐……随分色々回ったわね」
流牙の側にいて守るために今まで一緒にいたが、まさか色々回ることになるとは思わなかった。
結菜は流牙の贈り物で久遠とお揃いの蝶々の飾りが付いた簪を手に取りながら月を見上げる。
「久遠……元気にしているかしら……?」
たった一人の大切な親友で夫の久遠。
離れ離れになってしまった久遠が今どうなっているか分からない。
おそらく一緒にいる一葉の妹で結菜と同じ側室の双葉や壬月たちが側にいて支えているはず。
久遠の手にはザルバの半身の指輪がはめられており、久遠の無事は確認出来ているが、それでも心配が重なるだけだった。
「越後で美空様たちの問題を片付けた次は信州で光璃様たちの問題か……下手したらお二人が激突してもおかしくないわね」
轟天という先祖から受け継いだ黄金騎士の力の一端を返すという大切な理由があったとはいえ強引に脅す形で美空から流牙を奪い取り、そしてすぐに祝言を挙げてしまった。
美空もいつ怒りを爆発……否、既に爆発して次の怒りを溜めているかもしれない。
しかも美空の側には一葉を始めとする流牙を想う乙女達がいる……越後の小さな問題を片付けたらすぐにでも攻めてくるかもしれない。
「そうしたら、流牙は何が何でも二人を止めようとするでしょうね……」
流牙をきっかけに戦が始まったとなれば人間同士の戦いとはいえ、自分の全てをかけてでも戦を止めようとするだろう。
結菜は雷閃胡蝶の雷の蝶を一つだけ出し、人差し指に乗せる。
「私が……ううん、私達で流牙を支えないと」
雷の蝶を夜空に舞い上がらせながら静かに消えるのを見つめながら結菜は流牙を守る決意を新たに固める。
すると結菜の背後に金色の光が現れた。
「ふふっ、流牙は幸せ者ね。こんなにも素敵なお嬢さんに想ってくれているなんて」
「っ!?誰!?」
結菜は振り向いて雷閃胡蝶を出そうとしたが、その姿に目を疑った。
無数の金色の粒子が集まって女性の姿となり、結菜はその金色の光に見覚えがあった。
「ガロの輝き……?」
「こんばんは、結菜さん。いつも息子が、流牙がお世話になっています」
流牙を息子と呼び、結菜は今度は耳を疑って困惑の様子を見せる。
「息子!?そんな、まさか……あなたは!?」
結菜が困惑するのも無理はなかった。
何故なら目の前にいる人物は結菜が会って話をしてみたいが、それは永遠に叶わないとずっと思っていた女性だからだ。
「初めまして、流牙の母の波奏です」
それは流牙の母でガロの鎧の中に眠っていた波奏の魂だった。
「あ、あの!は、初めまして!私、流牙の側室で、名は斎藤結菜と申します!」
結菜はずっと会いたがっていた波奏を前に珍しく慌てながら礼儀正しく礼をした。
「ふふふ、本当に可愛くて良い子ね。結菜さん、少しお話してもよろしいかしら?」
「は、はい!もちろんです!」
結菜と波奏は縁側に並んで座ると波奏から話を切り出した。
「まずは結菜さんにお礼を言わせて。流牙をずっと側で守ってくれてありがとう」
「い、いえ!とんでもありません!私は流牙の妻ですし、それに……放っておくと流牙は誰かを守るために無茶ばかりしますから」
「それが守りし者……ううん、流牙の持つ優しさだからね……私も鎧の中でいつもハラハラしているわ」
「波奏様は鎧の中で流牙を見守っていたのですか?」
「ええ。本来ならこうして鎧から出ることは出来ないのだけど、この人界とも魔界とも異なるこの異世界の影響でこうして顕現することが出来た……」
波奏は流牙と再会し、こうして結菜と話すことが出来たことに心の底から喜ぶがこの異世界が干渉する説明がつかない謎の影響力に不信感を抱くのだった。
しかし、愛する流牙と再会することが出来、結菜と話せることが出来た……それだけで十分価値がある。
「ところで、ずっと気になっていたんだけど……流牙の奥さんってどれくらいいるの?」
「えっ!?」
まさかの質問に結菜は固まる。
波奏が気になるのも当然の話である。
自分の愛する息子に何人妻がいるのか母として知る権利がある。
もっとも妻が数えなければならないほどたくさんいるのもとんでもない話だが。
奥を取り仕切る結菜は苦笑いを浮かべながら妻の正確な人数を教える。
「えっと……正妻は四人、側室は二人、愛妾が十二人です……」
正妻は久遠、一葉、美空、光璃。
側室は結菜、双葉。
愛妾はひよ子、転子、詩乃、鞠、梅、雫、麦穂、和奏、雛、犬子、秋子……合計で十八人である。
もっとも、流牙に好意を抱きながらも素直になれず妻になってない者もいるのでまだまだ増えることは確定である。
「まあ……全部で十八人も……多いわね」
多いと最初から覚悟はしていたがまさか十人以上はさすがに予想以上で肉体を失い、魂の存在である波奏は頭痛を覚えるのだった。
「それから、補足で妹が四人に娘が三人……かなりの大家族になってますね」
「知らない間に義理とはいえ孫ができておばあちゃんになっていたのね……」
喜べばいいのか、困ればいいのかよくわからない心境になる波奏を結菜はすぐに察した。
「波奏様のお気持ち、お察しします……」
「結菜さんこそ、色々大変な立場でしょう?あ、そうだ……良かったらこの世界での流牙の話を詳しく聞かせてもらえないかしら?」
「はい、私の話で良ければ」
「その代わり……流牙の小さい頃の話、聞きたくない?」
波奏だけが知っている流牙の修行に出るまでの幼少期の話に結菜は目を輝かせた。
「はい!是非お願いします!」
あの流牙がどんな幼少期を過ごしたのか妻として気になるのは当然だった。
そこから結菜と波奏……義理の娘と母の話が始まった。
流牙という共通する話題で二人は心の底から楽しんでいた。
そして……楽しい話はあっという間に過ぎ、静かに結菜は眠気が襲うと波奏は結菜の頭を優しく撫でる。
「そろそろ寝なさい、あまり夜更かしはよくないわ」
「は、はい……波奏様はこの後どうなされるのですか?もしかして、ガロの鎧に……」
「そのつもりだけど……こうして魂で動けるなら色々好都合なのよね」
「好都合?」
「少し、この世界のことで調べたいことがあるから旅に出るわ」
波奏の姿を構築していた金色の粒子が分解されて無数の粒子となる。
「流牙のこと、お願いね」
最後に結菜に流牙のことを頼むと波奏の魂が宿った金色の粒子は天に昇って何処かへと向かった。
「はい、お任せください。お義母様……」
結菜は波奏を見送り、何があっても流牙を守ろうと改めて心に誓うのだった。
☆
流牙と光璃の初夜……と言っても波奏が寸前に光璃を眠らせて止めたので何も起きなかったが、何も出来なかったことに光璃は少し不機嫌になっていた。
しかし、流牙の母である波奏が止めたと聞いて誰もが信じられなかったが結菜が実際に会ったと言い、本当に現れたのだと信じるしかなかった。
もっとも、その波奏はガロの鎧に戻らずに何処かへと行ってしまったが、流牙を置いて消えるわけないのでその内戻るだろうとザルバが言った。
ひとまず初夜のことは置いておき、光璃は流牙たちや武田のみんなを呼んで重要な話を始める。
「流牙……今川氏真が流牙隊に入っているのは本当?」
「ああ。氏真……鞠が流牙隊に入っているのは本当だ。今、美空たちと一緒に越後にいる」
光璃以外の武田家は今川の当主である鞠が流牙隊に入っていることに驚いた。
流牙たちは鞠が駿府屋形で叛乱が起きて逃げ延びてその後流牙隊に入ったこと説明した。
武田のみんなは鞠が当主でないのなら誰が駿府を支配しているのかと疑問に思いはじめ、夕霧や薫は真実に気付きはじめた。
そして、流牙は静かにその真実を語る。
「駿府屋形は今……光璃、夕霧、薫の母……武田信虎が支配しているんだ」
武田の先代の棟梁である武田信虎が駿府を支配してると聞いて夕霧たちは驚愕した叫びをあげた。
夕霧と薫は自分の母がしてきた事に怒り、悲しみの表情を浮かべていた。
流牙は鞠の身を案じて甲斐に連れてこなかったが、光璃は鞠を腹中において駿府奪還を名目に攻めるつもりだった。
鞠の親の今は亡き義元公には恩があり、更には信虎は身内の恥であるので駿府を奪還して鞠に返すつもりだった。
光璃が鞠のために駿府を信虎から奪還する決意を聞き、流牙も決意を決めた。
「俺も戦う……」
「流牙……」
「鞠との約束を果たすために。そして、信虎も俺たちジンケイの血を継ぐ末裔の一人だ。そいつが俺たちに刃を向けて立ち向かうなら、守りし者としてじゃなく、同じ一族の末裔として、光璃の夫として信虎を止める……それがジンケイの血を継ぐ俺としてのケジメだ」
魔戒騎士ではなく、同じジンケイの末裔として、光璃の夫として信虎と決着をつける。
そう誓いを立てる流牙に光璃は流牙の魔法衣を握り締め、上目遣いで静かに口を開く。
「一緒に……あの人を止めよう」
「ああ。必ず……!」
流牙と光璃は信虎を止める誓いを立て、他の者たちも一緒に信虎を止めると誓い合った。
流牙は信虎と戦う前にまずは甲斐に出没する鬼を討滅するために春日たち武田四天王や綾那たちと共に鬼狩りに勤しむ。
少しずつ武田に馴染んできた流牙たちだったが、この時はまだ知らなかった。
流牙を……愛する夫を取り戻すために、越後から怒り狂う龍が近づいていることを。
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龍は取り戻すために戦いを挑み。
虎は守るために戦いを受ける。
互いの想いがぶつかり合う。
次回『激 〜Crash〜』
龍と虎が再び相見える。
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