もし慎二が良い奴だったら   作:駒由李

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桜を頑張って助けた後。桜(ヤソデレブラコソ)がはっちゃけ、慎二(お人好しは雁おじ譲り)が襲われ、士郎がツッコミを放棄した。桜がいよいよ捕食系女子に……途中経過の話は書くとしたら超断片的だと思います。
▼鶴野さんが何気に生存しているのは、慎二が気遣いが出来る子だった為のバタフライエフェクト的な何かだと思います。屹度。


もし慎二が良い奴だったら:桜救済後

 温かな日差しが、ドレープカーテン越しにこの家の長男の部屋へ差し込んでいた。鳥の囀りが聞こえてくる。恐らく、今年は咲いた庭の桜の木に集まっているのだろう――慎二は、覚醒した意識の中、微睡みを惜しんで瞼を閉じていた。己の体温を反射して温まった布団も、以前に比べれば冷えていない部屋の温度も心地良い。

(心地良い……そんな言葉、前なら決して出て来なかったな)

 己の気持ちにふと笑いが込み上げる。それは決して悪い感情ではない。こんな心情を、この冬まで慎二は味わった覚えがなかった。そう、生まれてこの方。

 ――いつだって罪悪感、嫉妬、憐憫……他者に向けられた感情ばかりで、本当に自分がどう思っているかなど、彼はまともに感じが覚えたないと、最近、気付かされた。周りの余計な要素に邪魔をされ、本当は義理の妹に対してどう思っているかを。今年のはじめに、それを思い知った。そして、それの悪い方面ばかりを彼女にぶつけた。

『お前、重いんだよ! いつもいつも僕の罪悪感や哀れみに付け込んでっ……』

(本当は、ただの妹だったらどんなによかっただろう。ただの兄妹として関係を築けたら、どんなによかったか。けれど僕が嫉妬よりも大きく抱いた感情は、彼女の依存をただ受け入れるばかりで。拒絶出来たらどんなによかっただろう、けれど重すぎる依存という名の愛情すら、この家ではほんの少しだけ嬉しかったから、甘えてもいた)

 けれど彼女は、泣きそうに微笑んだ。

『それでも、そう思ってても……今まで一緒にいてくれて、有難う。慎二兄さん。愛してる』

 その涙は、桜の花弁のように美しく散った。散った刹那の、彼の後悔は自身の胸に傷を残した。

 

 それが2月の話である。

 義妹をマキリから解放する為に、彼女の代わりとして参加した聖杯戦争。最早何の犠牲も厭わないつもりで、魔術回路を持たぬ慎二は仮初めのサーヴァントであるライダーに魂食いをさせた。しかしそれを止めたのが、聖杯戦争による犠牲を出さない為に動いていたセイバー陣営と彼らと同盟を組んでいたアーチャー陣営であった。ひょんな事から彼らとも同盟を組む事になり、間桐桜の救出作戦を展開させる事となった。

 結果としては、途中でアーチャーの衝撃の正体がわかったり第4次聖杯戦争における士郎の養父である男の外道ぶりが露見したり言峰綺礼が泰山の麻婆豆腐を食べられるような人格と同じぐらい破綻した味覚の持ち主だとわかったりと様々な事があったものの――何とか桜の中に埋め込まれていた第4次聖杯戦争における小聖杯の欠片及び臓硯の本体は処分。間桐家の当主の座は当初の予定通り彼女のものになったものの、魔術の基本はライダーに、知識は間桐家の蔵書を幼い頃からこっそり読み漁っていた慎二から教授されている。尚、一応は彼らの父である鶴野は、解放された反動で倒れてしまい、現在は病院で療養中である。そんな為、慎二は家や貸し付けている霊地の管理などにこの春休みは忙しかった。桜も少なくとも既に名義上は間桐の当主であるものの、土地の管理などの方法も勉強している最中だ。伊達に間桐家に君臨していた訳ではない戸籍上の祖父がいなくなった事は、間桐家を慌ただしくさせた――但し、その分家の淀みは吹っ飛んだが。

 その多忙さの為、間桐兄妹は衛宮邸で生活をしている事が多かった。何せ寝食にも忘れるような状況だったが、倒れる訳にはいかない。その為、「間桐兄妹が揃って部活に来ない」という美綴綾子からの陳情が来て見かねた士郎の方から「生活を世話するからウチに来たらどうだ」と申し出があったのである。なのでこの1ヶ月強、彼らの生活基盤は間桐ではなく衛宮邸にあった。そしてそれぞれの霊地の代理管理人に適した人材を見つけ、あとは鶴野が退院してきたら当面の総合的な家・霊地の管理は彼に任せる事になり(事後承諾)、漸く彼らの生活が落ち着いたのはつい先日――間桐邸に彼ら兄妹及びライダーが帰ってこられた。

 そんな彼らを出迎えたのは、ここ数年は咲いていなかった桜の花。彼らの努力を吸い上げて咲いたようなそれに、彼らは思わず笑った。

 

 ここまでなら感動的な話で終わったかも知れない。

 

(……あーそうだ、ほったらかしのガラスとか壁とか直さないとな。何となく今までは面倒だったけど……)

 ベッドの上で目を瞑ったまま寝返りを打つ。ふと、扉が開かれる音がする。そして共に、食事の香りが漂ってきた。それに、慎二はその音の主が自分の義妹――桜である事を察知した。無意識に眉間を顰めてしまう。

(……そりゃ使用人扱いした僕が悪かったけどさ……何も今でもここまでしなくても。あー使用人もまた雇い直さないとなー、これだけでかい家だと維持に困るし)

「兄さん、起きて下さい」

「ん~……」

 脳内で反省を展開しながらも(自分が家事をするという考えはこの時点ではない)、寝穢くまた寝返りを打つ。そんな慎二に、桜の声が優しく囁きかけた。けれど起きようとはしない。意識はあるものの、彼はまだもう少し微睡んでいたかった。そんな彼に溜息を吐くでもなく、桜は布の擦れる音を立てた。ぱさり、と軽い何かが落ちる音が慎二の耳に届く。

(……ぱさり?)

 なぜか、その音に猛烈な嫌な予感を覚えた。瞼を開く事を躊躇う程に。その逡巡を狙い澄ましたかのように、ベッドが軋んだ。マットレスの撓み具合から、慎二は人がもうひとり乗ったのだと悟る。さて、この部屋に今いるのは2人しかいない筈だ。そしてひとりはベッドに寝ていた。そうとなれば……

 足に、柔らかい感触。男のそれとはまるで違うそれにぎょっとして目を開いた。

 慎二は、朝も早くから驚愕の悲鳴を上げる事となる。

「今日は始業式ですよ? お寝坊さんな慎二兄さん」

「寝惚けてるのはお前だ! 服を着ろ桜ああああああああ!! 何で裸エプロンんんんん!?」

 ――桜は、薄暗い部屋でもよくわかる白い裸体の上に、ピンクのフリルがふんだんにあしらわれたエプロンのみを纏い、慎二の上に跨っていた。

「あ、シャツの方がよかったですか。それとも和服?」

「そういう問題か! あと風邪をひくだろうが!!」

「やだ、やっぱり優しい……そういうところを愛してますよ、兄さん……ううん。慎二さん」

「お、押し付けるなぁぁぁぁぁ!!」

 ……根本的には好色。しかし女性と遊ぼうとすれば悉くその機会を義妹により潰されてきた慎二は、女性への経験値が浅い。それゆえに、義妹といえど、大人の女性と同じぐらいに発育した彼女の身体に反応しない訳ではなく。

 

「……サクラ……さすがに、シンジが気の毒です」

 階下で彼の悲鳴を聞き届けたライダーは、箸を並べながら、己のマスターへ届かぬ言葉を呟いた。

 

 

 あの激しい戦いが嘘のように、麗らかに春が訪れた。

「好い天気だなー遠坂」

「そうねー」

 通学路の坂を、士郎と凛がのんびりと歩く。今日から新学期だ。制服を身に纏った彼らは、平和を味わっていた。

 昨年度末は忙しかった。そうでなくとも聖杯戦争があったが、どちらかというと間桐家の変動の煽りを喰らっていた方が精神的に大変だった。尤も、本当に多忙だったのは当の間桐兄妹なのだが――その日常の世話を請け負っていた士郎は、先日漸く事がほぼ済み、帰宅していった3人の姿を思い出す。

 自然と、あの家に帰ろうという気になれた彼らの背中を見て、とても安堵した覚えがある。たとえどんなに歪でも、彼らの間に結ばれた絆は確かに本物だと、士郎には思えた。そう、あの背後から迫ってくる足音のように激しい――

「衛宮!」

「うわっ、……お早う。どうしたんだよ朝から」

 いきなり士郎の肩が掴まれた。隣では凛が眉を顰めて「何かあったの」と尋ねる。しかし彼女の方にまで気を配る余裕はなさそうだ。鬼気迫った様子で、士郎にいう。

「衛宮、頼む。今日からでも家事教えてくれ」

「へっ? いいけど……何でまた」

「うっかり寝てると襲われるからだ! あと絶対いつかは家を出るから!! それじゃぁまたあとでな!!」

「ちょっと、慎二!?」

 一挙に捲し立てた慎二は、そのまま駆け出した。そして上り坂を懸命に走っていく。彼の名を呼びながらも、そのまま見送ってしまった2人。その背後から、軽やかな足音が近付いてくる。「兄さん、待って下さーい」

「……桜?」

「あ、姉さん、先輩! お早う御座います!」

 どちらともなく、彼女の名を呼ぶ。制服姿で鞄片手に駈けていた彼女は、今を盛りに咲き誇る桜のように笑顔を綻ばせた。その表情はとても幸せそうなのだが――士郎と凛は、その足下の影が揺らめいたのを確かに見た。

(あれ、俺ら、あの時ちゃんと前の聖杯の欠片は取り除いた筈だよな……?!)

 背中に冷たいものを感じながらも士郎達が彼女を見ていると、桜は「御免なさい、先を急ぐので」と駈けていく。そして捨て科白のように、言葉を落としていく。

「兄さんってば、裸エプロンと彼シャツと和服のどれがいいか結局選んでくれなかったんですもの」

「――ちょっと、待ちなさい桜ぁぁぁ!?」

「あ、遠坂」

 その直撃を喰らった凛は、暫し士郎と共に放心していたが――泡を食って桜を追い掛けていく。それを呼び止めようとしたが、凛は被っている猫もかなぐり捨てて実の妹を追い掛けていった。

 ……そして、あとに残されたのは士郎ひとり。

 通学路でぽつんと立ち尽くしていた彼は、それでも、ひとり微笑んだ。

「……平和だなぁ」

「衛宮、ツッコミを放棄するな」

 あとから坂を登ってきた一成が、頭を振った。

 

End.

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